解説記事2015年08月31日 【論考】 『監査等委員会設置会社』制度への移行の可否(2015年8月31日号・№608)
論 考
『監査等委員会設置会社』制度への移行の可否
神奈川大学法学部教授 葭田英人
Ⅰ はじめに
コーポレート・ガバナンスの強化と親子会社法制の見直しを改正の中心とする改正会社法が平成26年6月20日に成立し、平成27年5月1日に施行された。会社法改正前において、監査役会設置会社は、社外監査役に加えて社外取締役も選任することの負担感があり、委員会設置会社(改正後は指名委員会等設置会社)においては、社外取締役に取締役の人事および報酬の決定権を委ねる指名委員会および報酬委員会を置くことに対する抵抗感から、社外取締役の機能を利用しやすい制度設計となっていないという議論が背景にあり、社外監査役と社外取締役の双方を選任する負担や、指名委員会や報酬委員会の設置といった問題が解消され、そのうえ、採用が任意で、監査役会設置会社と委員会設置会社の中間的機関設計として、監査等委員会設置会社が改正会社法の目玉の1つとして創設された。
日本のコーポレート・ガバナンスに関して、主として海外の投資家から批判の多い日本独特の監査役制度は、今後も理解を得ることはかなり難しいようである。さらに、指名委員会等設置会社(改正前は委員会設置会社)の数も減少傾向にある。「監査等委員会設置会社」制度を採用することは、社外取締役の活用を促進するための方策として、社外取締役が構成員の中心となる監査等委員会が監査・監督を担い、取締役である監査等委員は取締役会において議決権を有することから、海外の投資家から理解を得られやすい制度設計の選択肢が増えることには意義があるが、自己監査などの弊害を払拭することはできないうえに、ガバナンス制度が複雑化する懸念がある。しかし、第三の新たな制度設計として、監査役を置かず、指名委員会および報酬委員会の設置が任意であり、社外取締役が構成員の中心となり、監査等委員会が監査・監督を担う「監査等委員会設置会社」制度が導入された。
そこで、他の制度設計と比較し、監査等委員会設置会社の課題や監査役会設置会社および指名委員会等設置会社が監査等委員会設置会社への移行を判断する際のメリット・デメリットを明らかにし、監査等委員会設置会社への移行の可否について検討する。
Ⅱ 各制度設計の比較
監査等委員会設置会社の監査等委員は取締役であることから、取締役会の決議に参加し、取締役会を通じて取締役の監督を行うと同時に監査も行う。それに対し、監査役会設置会社の監査役は監査機関であることから、監査は行うが監督は行わない。さらに、監査等委員会には、指名委員会等設置会社の指名委員会や報酬委員会のように取締役の選解任および報酬の議案についての決定権限はないが、株主総会において意見陳述権が認められている。また、監査等委員会は、指名委員会等設置会社の監査委員が業務執行の妥当性を監督する取締役会の構成員である監査委員会と同様に、妥当性監査の権限も有すると解することができる。
また、監査等委員会設置会社においては、監査等委員会が監査の主体となり機関監査が行われる。したがって、監査等委員は、指名委員会等設置会社における監査委員と同様、内部統制システムを利用した組織的監査を行い、実査を要せず、常勤者の選定は義務づけられていない。それに対し、監査役会設置会社は、監査役が独任制の立場から監査権限を行使し、実査を行い、常勤監査役の設置が義務づけられている。
監査等委員会設置会社においては、指名委員会等設置会社において執行役に重要な業務執行の決定に対する委任が認められるのと同様に(注1)、取締役の過半数が社外取締役である場合(会社法399条の13第5項)、または、取締役会の決議により、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができる旨を定款で定めた場合には(会社法399条の13第6項)、取締役会の決議により、業務執行取締役に対して重要な業務執行の決定を委任することができる。つまり、監査等委員会設置会社は、監査役会設置会社のように、取締役会が業務執行と監督の機能を有するオペレーティング・モデルの制度設計と、指名委員会等設置会社における取締役会同様に、監査・監督を中心とするモニタリング・モデルの制度設計のどちらにも柔軟に対応できる制度である。
Ⅲ 監査等委員会設置会社の課題
1 独任制 監査役会設置会社の監査役は、自らが独自に監査権限を行使できる独任制の機関であるが、監査等委員会設置会社の監査等委員は、指名委員会等設置会社の監査委員同様、監査役のような独任制の機関ではないため、監査等委員が実査することは要求されず、内部統制システムや内部監査部門を利用することにより監査を行う形式をとっている。また、監査等委員会で選任された監査等委員の取締役だけが調査権限(報告徴収権・業務財産調査権)を有し、常勤の監査等委員を選任する必要もない。
しかし、監査等委員は、報告の徴収または調査に関する事項についての監査等委員会の決議があるときは、これに従わなければならない(会社法399条の3第4項)。やはり、業務執行に関する妥当性の判断と異なり、違法・適法に関する判断は多数決で決着をつけるべき問題ではないことから(注2)、監査等委員に対して、監査役に倣って独任制を認めるべきである。
2 独立性 監査等委員会設置会社においては、監査等委員は取締役であり、取締役会で議決権を行使でき、代表取締役の選定・解職やそれ以外の取締役および監査等委員自身の選解任の議案決定にも関わっている。
監査等委員の選解任は、株主総会で決議されるが、監査等委員会の同意権や監査等委員の意見陳述権の行使では、独立性の確保の手段としては弱いともいえ(注3)、監査される取締役が監査する監査等委員である取締役の選任議案決定権を有するという構図に変わりはないので、取締役会から独立した機関でない限り根本的な問題が解決されたことにはならない。
また、監査等委員である取締役の任期が2年で、他の取締役の1年より長いうえに、解任にも株主総会の特別決議が要求され身分保障が手厚い。なお、代表取締役は、監査等委員になることはできない。しかし、監査等委員会は強力すぎる立場と権限を有することにもなりかねないことから、監査と経営の監督は、業務執行機関である取締役会から分離独立した人事権を有する機関が行った方が、経営に左右されることなく、その機能を合理的・客観的に果たすことができるはずである。
3 自己監査 監査等委員会設置会社においては、監査等委員は、監査を担うとともに、取締役会の構成員として、すべての取締役会決議事項の決定への関与を通じて監督機能を果たしている。しかし、後日、その決議事項の適法性が問題となったときに、自己監査の問題が発生する。
経営の決定への関与によって経営責任を負う以上、過去の自己の判断を否定する監査を期待することは難しい(注4)。もっとも、重要な業務執行の決定の全部を業務執行取締役に委任していればこのような懸念は生じないであろう。
4 常勤監査等委員 監査役会設置会社では、常勤監査役が義務づけられているが、監査等委員会設置会社では、監査等委員会が、内部統制システムを利用した組織的監査を行い、実査を要しないことから、常勤の監査等委員の選定は義務づけられていない。しかし、常勤の監査等委員の選定の有無およびその理由は事業報告の記載事項となっている(会社法施行規則119条2号・121条10号イ)。
常勤の監査等委員は、人的な面も含めて社内の状況を把握していることから、内部情報入手にとって有益であり、常勤の監査等委員の選定は、ガバナンスの強化の観点から、きわめて合理性がある。
5 任意委員会 監査等委員会設置会社においては、監査等委員会を設置するのみで指名委員会や報酬委員会の設置は必要ないことから、取締役の選解任や報酬の決定権限は取締役会が有することになる。しかし、経営の意思決定の透明性を確保できず、監督機能が弱まる可能性がある。
そこで、コーポレートガバナンス・コードにおいて、上場会社が監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきであるとされ(補充原則4-10①)、さらに、コーポレート・ガバナンスに関連する様々な事項を、こうした委員会に併せて検討させるなど、会社の実情に応じた多様な対応を行うことが考えられるとの補足説明がされている。
6 利益相反取引の事前承認 監査等委員会設置会社においては、監査等委員以外の取締役がする利益相反取引について、事前に監査等委員会の承認を受けたときは、任務懈怠の推定規定は適用されない(会社法423条4項)。しかし、推定されなくても、取締役の責任の有無は任務懈怠があるかどうかであることから、訴訟により利益相反取引について任務懈怠が認定されることは十分あり得る。
7 取締役会の業務執行の決定の委任 監査等委員会設置会社においては、取締役の過半数が社外取締役である場合や取締役会の決議により定款で定めた場合には、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができ、取締役会は経営の監督に専念できることから、意思決定の迅速性や機動性を高めるものとされている。しかし、こうした委任を認めることは、監督に当たる取締役会が業務執行の決定に関与しなくてもよいことから、ガバナンスの低下を招く可能性があり、慎重に対処する必要がある。
Ⅳ 監査等委員会設置会社へ移行するメリット・デメリット
1 監査役会設置会社との比較 監査等委員会設置会社においては、監査等委員が取締役会の決議における議決権を有しているが、監査役会設置会社の監査役は議決権を有していない。このことは、監査等委員が取締役会の意思決定に参加し、経営のモニタリング機能を発揮することができ、海外の投資家からも理解を得られやすく、モニタリングの強化と海外からの投資の誘引という観点からメリットといえる。
また、原則として、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社においては、取締役会は、重要な業務執行の決定を取締役に委任することはできないが(会社法362条4項・399条の13第4項)、例外として、監査等委員会設置会社においては、取締役の過半数が社外取締役である場合(会社法399条の13第5項)、または、取締役会の決議により、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができる旨を定款で定めた場合には(会社法399条の13第6項)、取締役会の決議により、業務執行取締役に対して重要な業務執行の決定を委任することができる。つまり、監査等委員会設置会社においては、オペレーティング・モデルの制度設計とモニタリング・モデルの制度設計のどちらにも柔軟に対応でき、機動的な取締役会の運営が可能となるメリットがある。
さらに、監査役会設置会社においては、社外監査役と社外取締役の両者が併存することになるが、監査等委員会設置会社においては、社外監査役は設置できないことから、社外役員としての機能の重複はなくなり、人件費の負担を軽減することができる。
しかし、監査役会設置会社の監査役は、自らが独自に監査権限を行使できる独任制の機関であるが、監査等委員会設置会社の監査等委員は独任制の機関ではないため、組織としての権限は行使することはできるが単独の権限は限定され、監査役と比較して機動的な監査を行うことができない点がデメリットといえる。
2 指名委員会等設置会社との比較 指名委員会等設置会社においては、指名委員会と報酬委員会を設置しなければならないが、監査等委員会設置会社においては、監査等委員会を設置するのみで指名委員会や報酬委員会の設置は必要ない。しかし、任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得ることができ、柔軟な運営を行うことができることがメリットであるといえる。
Ⅴ 監査等委員会設置会社への移行のための検討
1 実効性あるガバナンス体制構築のための検討 指名委員会等設置会社においては、社外取締役に取締役の人事および報酬の決定権を委ねる指名委員会および報酬委員会を置くことに対する抵抗感があり、社外取締役が適切な経営判断を下せるのだろうかという疑念がある。指名委員会等設置会社が減少傾向にあるのはこれらの理由による。
監査等委員会設置会社には、指名委員会や報酬委員会の設置義務はなく、任意に指名委員会や報酬委員会を置くことはできるが、社外取締役を委員としなくてもよい。さらに、監査役会設置会社は、社外監査役に加えて社外取締役も選任することの負担感があるが、社外監査役を社外取締役に横滑りさせてもよいことから、監査役会設置会社や指名委員会等設置会社から監査等委員会設置会社へ移行することは容易であるといわれている。
しかし、社外取締役である監査等委員は、指名委員会等設置会社における監査委員と同様、内部統制システムを利用した組織的監査を行うことから、代表取締役等の支配下にある従業員と協力しながら監査を行うことになるがうまく機能するのか、十分な情報が提供されて取締役会での議決権を行使できるのか、などが懸念される。
結局、社外取締役は人数ではなく、人選こそが重要なのであり、経営者としての仲間意識が強い上場会社の現役の取締役や何社も兼任している著名な弁護士・大学教授などを社外取締役とすることで実効性あるガバナンス体制が構築できるのか。さらには、監査役会設置会社や指名委員会等設置会社ではなく、監査等委員会設置会社へ移行する理由は何かを説明する必要があり、さまざまな懸念を払拭できる体制を整え、納得いく説明責任を果たすことができるのか。監査等委員会設置会社への移行に際して検討する必要がある。
2 社外取締役を有効に活用するための検討 改正会社法において、有価証券報告書を提出しなければならない公開会社で監査役会設置の大会社においては、社外取締役を置いていない場合には、社外取締役を置くことが相当でない理由を、その年度に関する定時株主総会で説明しなければならないとされた(会社法327条の2)。さらに、事業報告で開示することも定められた(会社法施行規則124条2項)。なお、改正会社法施行後2年を経過した場合において、社会情勢の変化を勘案し、社外取締役設置の義務化をするかどうかを見直すものとされた(改正会社法附則25条)。
しかし、コーポレートガバナンス・コードの原則4-8において、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであるとされている。また、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、そのための取組み方針を開示すべきであるとされ、上場会社は、社外取締役を2名以上置かない場合には、置くことが相当でない理由を株主総会で説明することが義務づけられた。
監査役会設置会社においては、2名の社外監査役が社外取締役に横滑りし、監査等委員に就任し、監査等委員会設置会社へ移行すれば、2名以上の社外取締役選任という課題は解消される。しかし、取締役の業務執行の適法性を監査する社外監査役と、取締役会で議決権を行使して、取締役会を通じて取締役の監督を行うと同時に監査も行う社外取締役である監査等委員とでは、業務内容や立場が異なることから、社外監査役が果たして監査等委員として適任であるかどうかが問題となる。
たしかに、形式的には上場規則などに反するものではないし、社外取締役を確保するための負担やコストは軽減される。しかし、コーポレート・ガバナンスの質が低下し、企業価値の向上につながらないようでは意味がない。監査等委員会設置会社制度を安易に採用しているとの評価を受けないよう留意する必要がある(注5)。
3 定款の変更のための検討 監査等委員会設置会社への移行については、株主総会特別決議により定款の変更を行い、機関設計や内部規定の制定などが必要となり、取締役会や会計監査人の設置が強制され、監査役(会)、三委員会、執行役などを置く規定は削除しなければならない。また、取締役の員数・任期・報酬も異なることとなり、重要な業務執行の決定に関する取締役への委任についても定款に定める場合には定款の変更のための検討が必要である。
さらに、監査等委員会設置会社の取締役会は、経営の基本方針、監査等委員会の職務執行のために必要なものとして法務省令で定める事項、内部統制システムの整備などについて決定しなければならない(会社法399条の13第1項・2項)。
Ⅵ むすび
監査等委員会設置会社への移行に際して、独任制の有無・独立性の確保・自己監査の問題・常勤監査等委員の選定・任意委員会の設置などの課題が解決されたわけではない。運用次第ではガバナンスの低下を招くおそれもあり、監査等委員会設置会社への移行のための実効性ある体制整備と説明責任を果たすことができるのかを十分検討しなければならない。
一方、監査等委員会設置会社は、社外取締役の活用を促進し、監査機能と監督機能を一元化し、業務執行機能と監査・監督機能が分離されたモニタリング・モデルと分離されていないオペレーティング・モデルのどちらにも対応した柔軟な制度設計が可能であり、海外の投資家からも理解が得られやすく、多くの会社が監査等委員会設置会社に移行するインセンティブは充分にあるといえる。
しかし、監査役会設置会社においては、監査等委員会設置会社の移行により社外監査役をそのまま社外取締役に横滑りさせ、新たに社外取締役を選任する手間とコストを省くという安易な選択をすることがないよう、形だけでなく中身も吟味して、実効性ある監査等委員会設置会社への移行の可否を慎重に検討する必要がある。
(注1)江頭憲治郎『株式会社法(第6版)』(有斐閣・2015)579頁注(4)。
(注2)江頭憲治郎、前掲注(1)524頁。
(注3)古川朋雄「監査等委員の権限・義務・責任」ビジネス法務14巻10号(2014)53頁。
(注4)浜辺陽一郎「監査等委員会設置会社の導入によるガバナンス改革の行方」青山法務研究論集9号(2014)24頁。
(注5)木村敢二・矢田一穂・寺岡隆樹「監査等委員会設置会社の実務対応[上]」商事法務2059号(2015)10頁。
『監査等委員会設置会社』制度への移行の可否
神奈川大学法学部教授 葭田英人
Ⅰ はじめに
コーポレート・ガバナンスの強化と親子会社法制の見直しを改正の中心とする改正会社法が平成26年6月20日に成立し、平成27年5月1日に施行された。会社法改正前において、監査役会設置会社は、社外監査役に加えて社外取締役も選任することの負担感があり、委員会設置会社(改正後は指名委員会等設置会社)においては、社外取締役に取締役の人事および報酬の決定権を委ねる指名委員会および報酬委員会を置くことに対する抵抗感から、社外取締役の機能を利用しやすい制度設計となっていないという議論が背景にあり、社外監査役と社外取締役の双方を選任する負担や、指名委員会や報酬委員会の設置といった問題が解消され、そのうえ、採用が任意で、監査役会設置会社と委員会設置会社の中間的機関設計として、監査等委員会設置会社が改正会社法の目玉の1つとして創設された。
日本のコーポレート・ガバナンスに関して、主として海外の投資家から批判の多い日本独特の監査役制度は、今後も理解を得ることはかなり難しいようである。さらに、指名委員会等設置会社(改正前は委員会設置会社)の数も減少傾向にある。「監査等委員会設置会社」制度を採用することは、社外取締役の活用を促進するための方策として、社外取締役が構成員の中心となる監査等委員会が監査・監督を担い、取締役である監査等委員は取締役会において議決権を有することから、海外の投資家から理解を得られやすい制度設計の選択肢が増えることには意義があるが、自己監査などの弊害を払拭することはできないうえに、ガバナンス制度が複雑化する懸念がある。しかし、第三の新たな制度設計として、監査役を置かず、指名委員会および報酬委員会の設置が任意であり、社外取締役が構成員の中心となり、監査等委員会が監査・監督を担う「監査等委員会設置会社」制度が導入された。
そこで、他の制度設計と比較し、監査等委員会設置会社の課題や監査役会設置会社および指名委員会等設置会社が監査等委員会設置会社への移行を判断する際のメリット・デメリットを明らかにし、監査等委員会設置会社への移行の可否について検討する。
Ⅱ 各制度設計の比較
監査等委員会設置会社の監査等委員は取締役であることから、取締役会の決議に参加し、取締役会を通じて取締役の監督を行うと同時に監査も行う。それに対し、監査役会設置会社の監査役は監査機関であることから、監査は行うが監督は行わない。さらに、監査等委員会には、指名委員会等設置会社の指名委員会や報酬委員会のように取締役の選解任および報酬の議案についての決定権限はないが、株主総会において意見陳述権が認められている。また、監査等委員会は、指名委員会等設置会社の監査委員が業務執行の妥当性を監督する取締役会の構成員である監査委員会と同様に、妥当性監査の権限も有すると解することができる。
また、監査等委員会設置会社においては、監査等委員会が監査の主体となり機関監査が行われる。したがって、監査等委員は、指名委員会等設置会社における監査委員と同様、内部統制システムを利用した組織的監査を行い、実査を要せず、常勤者の選定は義務づけられていない。それに対し、監査役会設置会社は、監査役が独任制の立場から監査権限を行使し、実査を行い、常勤監査役の設置が義務づけられている。
監査等委員会設置会社においては、指名委員会等設置会社において執行役に重要な業務執行の決定に対する委任が認められるのと同様に(注1)、取締役の過半数が社外取締役である場合(会社法399条の13第5項)、または、取締役会の決議により、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができる旨を定款で定めた場合には(会社法399条の13第6項)、取締役会の決議により、業務執行取締役に対して重要な業務執行の決定を委任することができる。つまり、監査等委員会設置会社は、監査役会設置会社のように、取締役会が業務執行と監督の機能を有するオペレーティング・モデルの制度設計と、指名委員会等設置会社における取締役会同様に、監査・監督を中心とするモニタリング・モデルの制度設計のどちらにも柔軟に対応できる制度である。
Ⅲ 監査等委員会設置会社の課題
1 独任制 監査役会設置会社の監査役は、自らが独自に監査権限を行使できる独任制の機関であるが、監査等委員会設置会社の監査等委員は、指名委員会等設置会社の監査委員同様、監査役のような独任制の機関ではないため、監査等委員が実査することは要求されず、内部統制システムや内部監査部門を利用することにより監査を行う形式をとっている。また、監査等委員会で選任された監査等委員の取締役だけが調査権限(報告徴収権・業務財産調査権)を有し、常勤の監査等委員を選任する必要もない。
しかし、監査等委員は、報告の徴収または調査に関する事項についての監査等委員会の決議があるときは、これに従わなければならない(会社法399条の3第4項)。やはり、業務執行に関する妥当性の判断と異なり、違法・適法に関する判断は多数決で決着をつけるべき問題ではないことから(注2)、監査等委員に対して、監査役に倣って独任制を認めるべきである。
2 独立性 監査等委員会設置会社においては、監査等委員は取締役であり、取締役会で議決権を行使でき、代表取締役の選定・解職やそれ以外の取締役および監査等委員自身の選解任の議案決定にも関わっている。
監査等委員の選解任は、株主総会で決議されるが、監査等委員会の同意権や監査等委員の意見陳述権の行使では、独立性の確保の手段としては弱いともいえ(注3)、監査される取締役が監査する監査等委員である取締役の選任議案決定権を有するという構図に変わりはないので、取締役会から独立した機関でない限り根本的な問題が解決されたことにはならない。
また、監査等委員である取締役の任期が2年で、他の取締役の1年より長いうえに、解任にも株主総会の特別決議が要求され身分保障が手厚い。なお、代表取締役は、監査等委員になることはできない。しかし、監査等委員会は強力すぎる立場と権限を有することにもなりかねないことから、監査と経営の監督は、業務執行機関である取締役会から分離独立した人事権を有する機関が行った方が、経営に左右されることなく、その機能を合理的・客観的に果たすことができるはずである。
3 自己監査 監査等委員会設置会社においては、監査等委員は、監査を担うとともに、取締役会の構成員として、すべての取締役会決議事項の決定への関与を通じて監督機能を果たしている。しかし、後日、その決議事項の適法性が問題となったときに、自己監査の問題が発生する。
経営の決定への関与によって経営責任を負う以上、過去の自己の判断を否定する監査を期待することは難しい(注4)。もっとも、重要な業務執行の決定の全部を業務執行取締役に委任していればこのような懸念は生じないであろう。
4 常勤監査等委員 監査役会設置会社では、常勤監査役が義務づけられているが、監査等委員会設置会社では、監査等委員会が、内部統制システムを利用した組織的監査を行い、実査を要しないことから、常勤の監査等委員の選定は義務づけられていない。しかし、常勤の監査等委員の選定の有無およびその理由は事業報告の記載事項となっている(会社法施行規則119条2号・121条10号イ)。
常勤の監査等委員は、人的な面も含めて社内の状況を把握していることから、内部情報入手にとって有益であり、常勤の監査等委員の選定は、ガバナンスの強化の観点から、きわめて合理性がある。
5 任意委員会 監査等委員会設置会社においては、監査等委員会を設置するのみで指名委員会や報酬委員会の設置は必要ないことから、取締役の選解任や報酬の決定権限は取締役会が有することになる。しかし、経営の意思決定の透明性を確保できず、監督機能が弱まる可能性がある。
そこで、コーポレートガバナンス・コードにおいて、上場会社が監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきであるとされ(補充原則4-10①)、さらに、コーポレート・ガバナンスに関連する様々な事項を、こうした委員会に併せて検討させるなど、会社の実情に応じた多様な対応を行うことが考えられるとの補足説明がされている。
6 利益相反取引の事前承認 監査等委員会設置会社においては、監査等委員以外の取締役がする利益相反取引について、事前に監査等委員会の承認を受けたときは、任務懈怠の推定規定は適用されない(会社法423条4項)。しかし、推定されなくても、取締役の責任の有無は任務懈怠があるかどうかであることから、訴訟により利益相反取引について任務懈怠が認定されることは十分あり得る。
7 取締役会の業務執行の決定の委任 監査等委員会設置会社においては、取締役の過半数が社外取締役である場合や取締役会の決議により定款で定めた場合には、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができ、取締役会は経営の監督に専念できることから、意思決定の迅速性や機動性を高めるものとされている。しかし、こうした委任を認めることは、監督に当たる取締役会が業務執行の決定に関与しなくてもよいことから、ガバナンスの低下を招く可能性があり、慎重に対処する必要がある。
Ⅳ 監査等委員会設置会社へ移行するメリット・デメリット
1 監査役会設置会社との比較 監査等委員会設置会社においては、監査等委員が取締役会の決議における議決権を有しているが、監査役会設置会社の監査役は議決権を有していない。このことは、監査等委員が取締役会の意思決定に参加し、経営のモニタリング機能を発揮することができ、海外の投資家からも理解を得られやすく、モニタリングの強化と海外からの投資の誘引という観点からメリットといえる。
また、原則として、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社においては、取締役会は、重要な業務執行の決定を取締役に委任することはできないが(会社法362条4項・399条の13第4項)、例外として、監査等委員会設置会社においては、取締役の過半数が社外取締役である場合(会社法399条の13第5項)、または、取締役会の決議により、重要な業務執行の決定を個々の取締役に委任することができる旨を定款で定めた場合には(会社法399条の13第6項)、取締役会の決議により、業務執行取締役に対して重要な業務執行の決定を委任することができる。つまり、監査等委員会設置会社においては、オペレーティング・モデルの制度設計とモニタリング・モデルの制度設計のどちらにも柔軟に対応でき、機動的な取締役会の運営が可能となるメリットがある。
さらに、監査役会設置会社においては、社外監査役と社外取締役の両者が併存することになるが、監査等委員会設置会社においては、社外監査役は設置できないことから、社外役員としての機能の重複はなくなり、人件費の負担を軽減することができる。
しかし、監査役会設置会社の監査役は、自らが独自に監査権限を行使できる独任制の機関であるが、監査等委員会設置会社の監査等委員は独任制の機関ではないため、組織としての権限は行使することはできるが単独の権限は限定され、監査役と比較して機動的な監査を行うことができない点がデメリットといえる。
2 指名委員会等設置会社との比較 指名委員会等設置会社においては、指名委員会と報酬委員会を設置しなければならないが、監査等委員会設置会社においては、監査等委員会を設置するのみで指名委員会や報酬委員会の設置は必要ない。しかし、任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得ることができ、柔軟な運営を行うことができることがメリットであるといえる。
Ⅴ 監査等委員会設置会社への移行のための検討
1 実効性あるガバナンス体制構築のための検討 指名委員会等設置会社においては、社外取締役に取締役の人事および報酬の決定権を委ねる指名委員会および報酬委員会を置くことに対する抵抗感があり、社外取締役が適切な経営判断を下せるのだろうかという疑念がある。指名委員会等設置会社が減少傾向にあるのはこれらの理由による。
監査等委員会設置会社には、指名委員会や報酬委員会の設置義務はなく、任意に指名委員会や報酬委員会を置くことはできるが、社外取締役を委員としなくてもよい。さらに、監査役会設置会社は、社外監査役に加えて社外取締役も選任することの負担感があるが、社外監査役を社外取締役に横滑りさせてもよいことから、監査役会設置会社や指名委員会等設置会社から監査等委員会設置会社へ移行することは容易であるといわれている。
しかし、社外取締役である監査等委員は、指名委員会等設置会社における監査委員と同様、内部統制システムを利用した組織的監査を行うことから、代表取締役等の支配下にある従業員と協力しながら監査を行うことになるがうまく機能するのか、十分な情報が提供されて取締役会での議決権を行使できるのか、などが懸念される。
結局、社外取締役は人数ではなく、人選こそが重要なのであり、経営者としての仲間意識が強い上場会社の現役の取締役や何社も兼任している著名な弁護士・大学教授などを社外取締役とすることで実効性あるガバナンス体制が構築できるのか。さらには、監査役会設置会社や指名委員会等設置会社ではなく、監査等委員会設置会社へ移行する理由は何かを説明する必要があり、さまざまな懸念を払拭できる体制を整え、納得いく説明責任を果たすことができるのか。監査等委員会設置会社への移行に際して検討する必要がある。
2 社外取締役を有効に活用するための検討 改正会社法において、有価証券報告書を提出しなければならない公開会社で監査役会設置の大会社においては、社外取締役を置いていない場合には、社外取締役を置くことが相当でない理由を、その年度に関する定時株主総会で説明しなければならないとされた(会社法327条の2)。さらに、事業報告で開示することも定められた(会社法施行規則124条2項)。なお、改正会社法施行後2年を経過した場合において、社会情勢の変化を勘案し、社外取締役設置の義務化をするかどうかを見直すものとされた(改正会社法附則25条)。
しかし、コーポレートガバナンス・コードの原則4-8において、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであるとされている。また、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、そのための取組み方針を開示すべきであるとされ、上場会社は、社外取締役を2名以上置かない場合には、置くことが相当でない理由を株主総会で説明することが義務づけられた。
監査役会設置会社においては、2名の社外監査役が社外取締役に横滑りし、監査等委員に就任し、監査等委員会設置会社へ移行すれば、2名以上の社外取締役選任という課題は解消される。しかし、取締役の業務執行の適法性を監査する社外監査役と、取締役会で議決権を行使して、取締役会を通じて取締役の監督を行うと同時に監査も行う社外取締役である監査等委員とでは、業務内容や立場が異なることから、社外監査役が果たして監査等委員として適任であるかどうかが問題となる。
たしかに、形式的には上場規則などに反するものではないし、社外取締役を確保するための負担やコストは軽減される。しかし、コーポレート・ガバナンスの質が低下し、企業価値の向上につながらないようでは意味がない。監査等委員会設置会社制度を安易に採用しているとの評価を受けないよう留意する必要がある(注5)。
3 定款の変更のための検討 監査等委員会設置会社への移行については、株主総会特別決議により定款の変更を行い、機関設計や内部規定の制定などが必要となり、取締役会や会計監査人の設置が強制され、監査役(会)、三委員会、執行役などを置く規定は削除しなければならない。また、取締役の員数・任期・報酬も異なることとなり、重要な業務執行の決定に関する取締役への委任についても定款に定める場合には定款の変更のための検討が必要である。
さらに、監査等委員会設置会社の取締役会は、経営の基本方針、監査等委員会の職務執行のために必要なものとして法務省令で定める事項、内部統制システムの整備などについて決定しなければならない(会社法399条の13第1項・2項)。
Ⅵ むすび
監査等委員会設置会社への移行に際して、独任制の有無・独立性の確保・自己監査の問題・常勤監査等委員の選定・任意委員会の設置などの課題が解決されたわけではない。運用次第ではガバナンスの低下を招くおそれもあり、監査等委員会設置会社への移行のための実効性ある体制整備と説明責任を果たすことができるのかを十分検討しなければならない。
一方、監査等委員会設置会社は、社外取締役の活用を促進し、監査機能と監督機能を一元化し、業務執行機能と監査・監督機能が分離されたモニタリング・モデルと分離されていないオペレーティング・モデルのどちらにも対応した柔軟な制度設計が可能であり、海外の投資家からも理解が得られやすく、多くの会社が監査等委員会設置会社に移行するインセンティブは充分にあるといえる。
しかし、監査役会設置会社においては、監査等委員会設置会社の移行により社外監査役をそのまま社外取締役に横滑りさせ、新たに社外取締役を選任する手間とコストを省くという安易な選択をすることがないよう、形だけでなく中身も吟味して、実効性ある監査等委員会設置会社への移行の可否を慎重に検討する必要がある。
(注1)江頭憲治郎『株式会社法(第6版)』(有斐閣・2015)579頁注(4)。
(注2)江頭憲治郎、前掲注(1)524頁。
(注3)古川朋雄「監査等委員の権限・義務・責任」ビジネス法務14巻10号(2014)53頁。
(注4)浜辺陽一郎「監査等委員会設置会社の導入によるガバナンス改革の行方」青山法務研究論集9号(2014)24頁。
(注5)木村敢二・矢田一穂・寺岡隆樹「監査等委員会設置会社の実務対応[上]」商事法務2059号(2015)10頁。
葭田英人 よしだ ひでと 1952年石川県生まれ。筑波大学大学院修了。専門分野は会社法と税法。 『合同会社の法制度と税制(第二版)』税務経理協会(編著)、『中小企業と法』同文舘出版(単著)、『持分会社・特例有限会社の制度・組織変更と税務』中央経済社(編著)、『コーポレート・ガバナンスと会計法-株主有限責任と会社債権者保護-』日本評論社(単著)ほか、著書・論文多数。 |
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