解説記事2016年05月23日 【ニュース特集】 現行制度上付与可能な役員報酬のパターン(2016年5月23日号・№643)
ニュース特集
実質的なパフォーマンス・シェアも可、役員持株会の活用も
現行制度上付与可能な役員報酬のパターン
平成28年度税制改正では役員報酬税制が見直され、利益連動給与の算定指標が拡充されたほか、欧米企業で普及しているリストリクテッド・ストックを「事前確定届出給与」として損金算入する途が開かれている。
一方で、こうした税制改正の恩恵を受けずに、よりシンプルな形で役員報酬と業績との連動を図ろうとする試みもある。
本特集では、現行制度上考えられる役員報酬の主なパターンを整理する。
利益連動給与の算定指標は「他社比」も可に
平成18年度税制改正で導入された利益連動給与だが、これまで同制度を利用する企業は少なかった。これは、利益連動給与を損金算入するためには厳しい要件が設けられているからだ。
こうした中、コーポレートガバナンス・コードが役員報酬と中長期的な業績との連動性を求めたことを踏まえ(同コード4-2、4-2①)、平成28年度税制改正では、利益連動給与の算定指標が大幅に拡充されている。従来、利益連動給与の算定は「利益に関する指標」をベースに行う必要があったが、改正後は「利益の状況を示す指標(利益の額、利益の額に有価証券報告書記載事項による調整を加えた指標その他の利益に関する指標)」に変更され、より幅広い指標をベースにできるようになった(改正法法34条①三イ、改正法令69条⑧)。
政令条文と具体的な指標例の対応関係は図表1のとおりとなっている。
この中で注目されるのが「他社比」だ。これは「利益-他社の利益」により計算されるため、利益が小さい会社を「他社」として選択すれば、より多くの利益連動給与を損金算入できる可能性が広がる。
ただし、利益連動給与について規定した法人税法34条①三イでは、支給額の算定方法について、「当該事業年度の利益の状況を示す指標を基礎とした客観的なもの」であることを求めている。したがって、どのような「他社」を選択しても容認されるわけではない。「客観的」と言えるためには、例えば同業他社、JPX日経インデックス400など、一般的に納得感のある比較対象を選択する必要があろう。
利益連動給与の指標は有価証券報告書に記載しなければならず、公衆の目にも触れることにも留意したい。
実質的なパフォーマンス・シェアの損金算入も可能に
もっとも、利益連動給与に関する改正は利益指標の拡充にとどまったことから、それほど利用が広がらない可能性も否定できない。
一方、総会の前月となるこの時期、3月決算法人が株式報酬関連の総会付議をリリースするケースが出てきている。平成28年度税制改正では、金銭報酬債権を現物出資財産として払い込むことにより役員に付与される株式報酬(リストリクテッド・ストック=Restricted Stock)を「事前確定届出給与」の1つとして位置付けた上で、その課税関係が、①「株式の譲渡制限が解除された時点」で役員に対し給与課税(給与課税の対象額は、「株式の譲渡制限が解除された時点」における株式の時価)、②法人は「株式の譲渡制限が解除された日の属する事業年度」で損金算入(損金算入額は、「株式を交付した時点」における株式の時価)――と整理されたのは周知のとおり。
リストリクテッド・ストックを「事前確定届出給与」としたのは、リストリクテッド・ストックは付与する株式数が付与時点で確定しているためだが、これに対し、リストリクテッド・ストックとともに欧米企業で普及しているパフォーマンス・シェアは中長期的な業績目標等の達成度合いに応じて付与株式数が変動するため、「事前確定届出給与」には該当しない。
ただし、付与する(譲渡制限付き)株式の数自体は変えず、譲渡制限解除の条件として、一定の業績の達成などを課す方法であれば、“実質的なパフォーマンス・シェア”を損金算入することが可能だ。例えば、付与した株式の譲渡制限を解除する条件として、「譲渡制限解除時(例えば株式付与から3年後)における一定の業績の達成」を課し、当該業績を達成できなかった場合には、付与した株式報酬の半分を“没収”するといった仕組みである。この場合、付与した株式数自体が変動するわけではないため(あくまで、「譲渡制限の解除」ができなくなるに過ぎない)、税務上も「事前確定届出給与」として取り扱われることになる。
企業の間では事務負担や簡便さを重視する動きも
株式報酬の導入にあたっては、事務負担や簡便さに重きを置く企業も少なくない。その一つが、信託銀行が扱っている信託型の株式報酬だ。
信託型の株式報酬は、業績目標の達成度に応じた株式を取締役等の退任時などに付与する仕組み。信託型の株式報酬は在任時に付与することも可能だが、中長期的な企業価値との連動性を高めるため、付与の時期を退任時に限定している企業が少なくない。取締役等に付与される株式には自社株式が充てられることになるが、信託型の株式報酬では、まずは企業が自社株式の取得資金を信託に拠出し、信託側がこの資金を原資に、株式市場や企業から自社株式を取得することになる。日本の会社法は、株式の発行は金銭等の「払込み」があることを前提としていることから(199条①ニ、三)開発されたのが信託型の株式報酬だが、株式報酬の対象者が広範囲となる場合は、個別契約を不要とする信託スキームは事務負担の点でメリットがある上、信託内での換金が容易であるため、現金決済の選択肢を組み込むための手間もリストリクテッド・ストックより少ない。
また、役員に株式を交付する時期を「在職時」とした場合には損金算入できないものの(「定期同額給与」「事前確定届出給与」「利益連動給与」のいずれにも該当しないため)、「退職時」とした場合には、交付時の時価総額相当額を退職金として損金算入できるのが通常だ。上記のとおり、平成28年度税制改正で損金算入が可能となったリストリクテッド・ストックと性格は類似するものの、事務負担が少ないという点で、引き続き採用する企業はあろう。
また、「役員持株会」の活用を検討する企業もある。これまでも役員持株会を任意で設ける企業はあったが、今後は「社内規定」を設け、役位別に必ず一定金額を持つことを義務付けることで、中長期的な業績と連動した役員報酬制度とする。元々役員持株会がある企業であれば、その延長線上で済む話であり、報酬枠の取り直しも不要であるため、株主総会も経る必要もない。
ネックとなるのは、インサイダー取引規制における「年間1200万円未満」という金額制限だろう。これは上場企業の役員の長期インセンティブの金額としては少ないと言える。ただ、平成27年9月16日には「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が施行され、「知る前契約」「知る前計画」に関するインサイダー取引規制について、これまでのように13類型に限定するのではなく、“包括的”に適用除外とする規定が創設されている(図表2参照)。これを活用すれば、「年間1200万円」の壁をクリアできる可能性もある。
【図表2】包括的適用除外の要件
実質的なパフォーマンス・シェアも可、役員持株会の活用も
現行制度上付与可能な役員報酬のパターン
平成28年度税制改正では役員報酬税制が見直され、利益連動給与の算定指標が拡充されたほか、欧米企業で普及しているリストリクテッド・ストックを「事前確定届出給与」として損金算入する途が開かれている。
一方で、こうした税制改正の恩恵を受けずに、よりシンプルな形で役員報酬と業績との連動を図ろうとする試みもある。
本特集では、現行制度上考えられる役員報酬の主なパターンを整理する。
利益連動給与の算定指標は「他社比」も可に
平成18年度税制改正で導入された利益連動給与だが、これまで同制度を利用する企業は少なかった。これは、利益連動給与を損金算入するためには厳しい要件が設けられているからだ。
こうした中、コーポレートガバナンス・コードが役員報酬と中長期的な業績との連動性を求めたことを踏まえ(同コード4-2、4-2①)、平成28年度税制改正では、利益連動給与の算定指標が大幅に拡充されている。従来、利益連動給与の算定は「利益に関する指標」をベースに行う必要があったが、改正後は「利益の状況を示す指標(利益の額、利益の額に有価証券報告書記載事項による調整を加えた指標その他の利益に関する指標)」に変更され、より幅広い指標をベースにできるようになった(改正法法34条①三イ、改正法令69条⑧)。
政令条文と具体的な指標例の対応関係は図表1のとおりとなっている。
【図表1】利益連動給与の指標例 |
政令(改正法令69条⑧)条文 ※一部簡略化 | 例 示 |
一 当該事業年度における有価証券報告書に記載されるべき利益の額 | - |
二 前号の指標の数値に当該事業年度における減価償却費の額、支払利息の額その他の費用の額を加算し、又は当該指標の数値から当該事業年度における受取利息の額その他の収益の額を減算して得た額 | ▶業務純益……(営業利益±本業以外の利益)-(一般貸倒引当金繰入額+経費(臨時的経費を除く)) ▶EBITDA……税引前当期純利益+減価償却費+支払利息 ▶平準化EBITDA……営業利益+減価償却費+のれん償却額+持分法適用関連会社からの受取配当金 ▶修正当期純利益……当期純利益±過年度調整損益 |
三 一・二の指標の数値の次に掲げる金額のうちに占める割合又は一・二の指標の数値から当該事業年度における発行済株式(自己が有する自己の株式を除く)の総数で除して得た額 イ 当該事業年度における売上高の額その他の収益の額又は当該事業年度における支払利息の額その他の費用の額 ロ 貸借対照表に計上されている総資産の帳簿価額 ハ ロの金額から貸借対照表に計上されている総負債(新株予約権に係る義務を含む)の帳簿価額を控除した金額 | ▶売上高営業利益率(売上高経常利益率、売上高当期純利益率)……営業利益(経常利益、当期純利益)÷売上 ▶ROE(自己資本利益率)……当期純利益÷自己資本 ▶修正ROE……(当期純利益±過年度調整損益)÷自己資本 ▶ROA(総資産利益率)……当期純利益÷純資産 ▶EPS(1株当たり利益)……当期純利益÷発行済株式数 |
四 一~三に掲げる指標の数値が当該事業年度前の事業年度の一~三に相当する指標の数値その他の当該事業年度において目標とする指標の数値であつて既に確定しているもの(以下この号において「確定値」という)を上回る数値又は一~三に掲げる指標の数値の確定値に対する比率 | ▶過年度比……利益-過年度の自社利益 ▶他社比……利益-他社の利益 ▶ROE(計画比)……(当期純利益÷自己資本)÷事前に定めた計画値 ▶当期純利益(計画比)……当期純利益÷事前に定めた計画値 |
五 一~四に掲げる指標に準ずる指標 | ▶EBIT……税引前当期純利益+支払い利息-受取利息 ▶ROCE(使用資本利益率)……当期純利益÷(総資産-短期負債) ▶ROIC(投下資本利益率)・ROI(投下収益得率)……営業利益×(1-実効税率)÷(自己資本+有利子負債) ▶平準化EPS……(当期純利益+のれん等償却額±税金等調整後特別損益)÷発行済株式数 ▶保険引受利益……保険業務に係る利益±その他収支 |
出典:財務省 |
ただし、利益連動給与について規定した法人税法34条①三イでは、支給額の算定方法について、「当該事業年度の利益の状況を示す指標を基礎とした客観的なもの」であることを求めている。したがって、どのような「他社」を選択しても容認されるわけではない。「客観的」と言えるためには、例えば同業他社、JPX日経インデックス400など、一般的に納得感のある比較対象を選択する必要があろう。
利益連動給与の指標は有価証券報告書に記載しなければならず、公衆の目にも触れることにも留意したい。
実質的なパフォーマンス・シェアの損金算入も可能に
もっとも、利益連動給与に関する改正は利益指標の拡充にとどまったことから、それほど利用が広がらない可能性も否定できない。
一方、総会の前月となるこの時期、3月決算法人が株式報酬関連の総会付議をリリースするケースが出てきている。平成28年度税制改正では、金銭報酬債権を現物出資財産として払い込むことにより役員に付与される株式報酬(リストリクテッド・ストック=Restricted Stock)を「事前確定届出給与」の1つとして位置付けた上で、その課税関係が、①「株式の譲渡制限が解除された時点」で役員に対し給与課税(給与課税の対象額は、「株式の譲渡制限が解除された時点」における株式の時価)、②法人は「株式の譲渡制限が解除された日の属する事業年度」で損金算入(損金算入額は、「株式を交付した時点」における株式の時価)――と整理されたのは周知のとおり。
リストリクテッド・ストックを「事前確定届出給与」としたのは、リストリクテッド・ストックは付与する株式数が付与時点で確定しているためだが、これに対し、リストリクテッド・ストックとともに欧米企業で普及しているパフォーマンス・シェアは中長期的な業績目標等の達成度合いに応じて付与株式数が変動するため、「事前確定届出給与」には該当しない。
ただし、付与する(譲渡制限付き)株式の数自体は変えず、譲渡制限解除の条件として、一定の業績の達成などを課す方法であれば、“実質的なパフォーマンス・シェア”を損金算入することが可能だ。例えば、付与した株式の譲渡制限を解除する条件として、「譲渡制限解除時(例えば株式付与から3年後)における一定の業績の達成」を課し、当該業績を達成できなかった場合には、付与した株式報酬の半分を“没収”するといった仕組みである。この場合、付与した株式数自体が変動するわけではないため(あくまで、「譲渡制限の解除」ができなくなるに過ぎない)、税務上も「事前確定届出給与」として取り扱われることになる。
企業の間では事務負担や簡便さを重視する動きも
株式報酬の導入にあたっては、事務負担や簡便さに重きを置く企業も少なくない。その一つが、信託銀行が扱っている信託型の株式報酬だ。
信託型の株式報酬は、業績目標の達成度に応じた株式を取締役等の退任時などに付与する仕組み。信託型の株式報酬は在任時に付与することも可能だが、中長期的な企業価値との連動性を高めるため、付与の時期を退任時に限定している企業が少なくない。取締役等に付与される株式には自社株式が充てられることになるが、信託型の株式報酬では、まずは企業が自社株式の取得資金を信託に拠出し、信託側がこの資金を原資に、株式市場や企業から自社株式を取得することになる。日本の会社法は、株式の発行は金銭等の「払込み」があることを前提としていることから(199条①ニ、三)開発されたのが信託型の株式報酬だが、株式報酬の対象者が広範囲となる場合は、個別契約を不要とする信託スキームは事務負担の点でメリットがある上、信託内での換金が容易であるため、現金決済の選択肢を組み込むための手間もリストリクテッド・ストックより少ない。
また、役員に株式を交付する時期を「在職時」とした場合には損金算入できないものの(「定期同額給与」「事前確定届出給与」「利益連動給与」のいずれにも該当しないため)、「退職時」とした場合には、交付時の時価総額相当額を退職金として損金算入できるのが通常だ。上記のとおり、平成28年度税制改正で損金算入が可能となったリストリクテッド・ストックと性格は類似するものの、事務負担が少ないという点で、引き続き採用する企業はあろう。
また、「役員持株会」の活用を検討する企業もある。これまでも役員持株会を任意で設ける企業はあったが、今後は「社内規定」を設け、役位別に必ず一定金額を持つことを義務付けることで、中長期的な業績と連動した役員報酬制度とする。元々役員持株会がある企業であれば、その延長線上で済む話であり、報酬枠の取り直しも不要であるため、株主総会も経る必要もない。
ネックとなるのは、インサイダー取引規制における「年間1200万円未満」という金額制限だろう。これは上場企業の役員の長期インセンティブの金額としては少ないと言える。ただ、平成27年9月16日には「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が施行され、「知る前契約」「知る前計画」に関するインサイダー取引規制について、これまでのように13類型に限定するのではなく、“包括的”に適用除外とする規定が創設されている(図表2参照)。これを活用すれば、「年間1200万円」の壁をクリアできる可能性もある。
【図表2】包括的適用除外の要件
(1)業務等に関する重要事実を知る前に締結された特定有価証券等に係る売買等に関する書面による契約の履行又は業務等に関する重要事実を知る前に決定された特定有価証券等に係る売買等の書面による計画の実行として売買等を行うこと。 (2)業務等に関する重要事実を知る前に、次に掲げるいずれかの措置が講じられたこと。 ① 当該契約又は計画の写しが、金融商品取引業者に対して提出され、当該提出の日付について当該金融商品取引業者による確認を受けたこと(当該金融商品取引業者が当該契約を締結した相手方又は当該計画を共同して決定した者である場合を除く。)。 ② 当該契約又は計画に確定日付が付されたこと(金融商品取引業者が当該契約を締結した者又は当該計画を決定した者である場合に限る。)。 ③ 当該契約又は計画が法第百六十六条第四項に定める公表の措置に準じ公衆の縦覧に供されたこと。 (3)当該契約の履行又は当該計画の実行として行う売買等につき、売買等の別、銘柄及び期日並びに当該期日における売買等の総額又は数が、当該契約若しくは計画において特定されていること、又は当該契約若しくは計画においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること。 |
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