解説記事2016年06月06日 【最新判決研究】 組織再編成税制における行為計算の否認-ヤフー事件-(2016年6月6日号・№645)
最新判決研究
組織再編成税制における行為計算の否認-ヤフー事件-
最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)
東京高裁平成26年11月5日判決(平成26年(行コ)第157号)
東京地裁平成26年3月18日判決(平成23年(行ウ)第228号)
筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣
一、事実
(1)X社(原告、控訴人、上告人)は、平成21年2月24日、B社から、B社の完全子会社であったC社の発行済株式全部を譲り受けた(以下「本件買収」という。)後、同年3月30日、X社を合併法人、C社を被合併法人とする合併(以下「本件合併」という。)を行った。そして、X社は、同社の平成21年3月期分法人税の確定申告に当たり、法人税法(平成22年改正前のもの、以下「法」という。)57条2項の規定に基づき、C社の未処理欠損金額約542億円(以下「本件欠損金」という。)を同社の欠損金額とみなして、同条1項の規定に基づき損金の額に算入した。
これに対し、処分行政庁は、本件買収、本件合併及びこれらの実現に向けられたX社の一連の行為が、法人税法施行令(平成22年改正前のもの、以下「施行令」という。)112条7項5号に規定する要件を形式的に満たしているが、その行為又は計算を容認すると、法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められるとして、法132条の2の規定に基づき、本件欠損金の損金算入を認めないとする更正(以下「本件更正」という。)等をした。
X社は、本件更正等を不服として、前審手続を経て、国(被告、被控訴人、被上告人)に対し、本件更正等の取消しを求めて本訴を提起した。
(2)本件の前提事実は、次のとおりである。
① X社は、平成8年設立、情報処理サービス業等を目的とする株式会社であり、本件合併当時、資本金の額約74億円、平成20年3月期の売上高約2,207億円、営業利益約1,219億円であった。X社の議決権の所有割合は、B社が42.1%、米国のD社が34.9%、その他の株主が23.0%であり、X社の役員は、本件合併当時、取締役会長乙、代表取締役丙であった。
② B社は、昭和56年に設立、コンピュータ等の開発、設計等を目的とする株式会社であり、本件合併当時、資本金の額約1,876億円であり、その役員は、代表取締役社長乙、丙は同社の取締役であった。
③ C社は、昭和61年に設立、情報通信施設の保守、管理等を業とする株式会社であり、本件合併直前の資本金の額1億円、平成20年3月期の売上高約98億円、営業利益約22億円、総資産約181億円であり、代表取締役が丁であった。また、C社の完全子会社としてF社が、平成21年2月2日、C社から新設分割(以下「本件分割」という。)により設立された。
④ 乙は、X社の代表取締役丙らに対し、C社の株式譲渡を提案(以下「本件提案」という。)し、平成20年11月21日、
C社からF社を新設分割すること、
C社がX社に対しF社の株式を譲渡すること、
B社がX社に対してC社の株式を700億円で譲渡すること、などの組織再編の手続を書面で示した。
⑤ ④により、
簿価34億円のF社を設立、
C社が、X社に対し、F社株式を174億円で譲渡し、その譲渡益140億円をC社の未処理欠損金の一部と相殺し、
B社は、X社に対し、C社の株式全部を700億円(税務上資産200億円を含む。)で譲渡し、
X社は、平成21年3月末までに、C社を吸収合併することとした。
⑥ 丙は、乙の依頼により、平成21年12月26日、C社の取締役副社長に就任(以下「本件副社長就任」という。)した。これにより、施行令112条7項5号の特定役員引継要件が充足された。
⑦ C社は、X社に対し、平成21年2月20日、F社の株式全部を115億円で譲渡し、B社は、X社に対し、同24日、C社の株式全部を450億円で譲渡した。これにより、X社とC社との間に特定資本関係(法57条3項)が成立した。
⑧ 本件合併は、平成21年3月30日に効力を生じ、丙以外のC社の取締役は全員退職し、X社の取締役には就任しなかった。
二、争点と当事者の主張
1 争 点 本件の主たる争点は、以下のとおりである。
(1)法132条の2の意義(争点1)
(2)本件副社長就任は、法132条の2の規定に基づき否認することができるか否か(争点2)。
(3)本件更正に理由付記の不備があるか否か(争点3)。
なお、本稿では、争点3については、検討を省略することとする。
2 X社の主張 (1)「法132条の2の法人税の負担を不当に減少させる」の要件は、その立法の経緯等に照らすと、法132条1項の「法人税の負担を不当に減少させる」の要件と同様に解釈されるべきである。
このような解釈を、法132条の2の解釈適用上「不当」と評価して特定役員引継要件の充足を否認することが許される場合について具体的に敷衍すると、特定役員として職務執行する意思もなければ職務執行の客観的事実もおよそ一切存在しないような、いわば「形だけ」「名前だけ」にすぎない場合のみが、法132条の2の解釈適用上「不当」と評価されると解すべきである。
(2)本件副社長就任には、X社の行為はどこにも存在しない。すなわち、X社においては、役員が他社の役員に就任する際の決議手続を定めた社内規定はなく、各役員は自己の判断で他社役員に就任することになっている。丙は、乙から打診を受けた際、自己の判断で本件副社長就任を承諾し、C社の取締役副社長に選任されたのであって、この間、X社(社内組織、会議体なども含む。)において本件副社長就任の是非について議論されたことはなく、X社がそれを行う理由もなかった。よって、本件副社長就任に対してそもそもX社に法132条の2を適用して否認することはできない。
3 国の主張 (1)法132条の2は、平成13年税制改正(以下「本件改正」という。)の経緯と趣旨に鑑み、法132条の2の規定の解釈・適用は、組織再編成に係る法人の行為又は計算の特徴、組織再編税制における各個別規定の趣旨・目的について十分に考慮をし、その実態に即して行われるべきである。そして、本件副社長就任は、X社の行為又はⅩ社の行為と同視し得る行為であり、法132条の2の規定により否認することができるが、仮に、それがC社の行為であるとしても、C社は、同条1号に掲げる「合併等をした一方の法人又は他方の法人」に当たることは明らかである。
(2)本件副社長就任は、B社グループ全体の税務メリットの享受という目的の下、B社の要請に応じたX社の行為といえる。すなわち、C社の未処理欠損金額を引き継いでこれを直接有効利用する立場にあるX社が、これを実現させるべく立案されたB社の計画に関与しないはずがない。X社の内部においては、特定役員引継要件を満たすべく、X社の特定役員のうちの誰かを本件買収前にC社の特定役員に就任させる必要があることについて認識した上で、丙をC社の特定役員に就任させる旨決定したことが明らかである。よって、法132条の2の規定により否認することができる。
三、一審判決要旨
請求棄却。 (1)法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(以下「不当性要件」という。)の解釈については、法132条の2が設けられた趣旨、組織再編成の特性、個別規定の性格などに照らし、①法132条と同様に、取引が経済的取引として不合理・不自然である場合のほか、②組織再編成に係る行為の一部が、当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含むと解することが相当である。
(2)上記で判示したところを総合すれば、施行令112条7項5号が定める特定役員引継要件については、合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続しているとはいえず、同号の趣旨・目的に明らかに反すると認められるときは、法132条の2の規定に基づき、特定役員への就任を否認することができると解すべきである。
(3)本件で認定した本件の組織再編成に係る具体的な事情を検討すると、以下の点を指摘することができる。
まず、特定役員引継要件の観点からみると、次のように評価できる。①丙が副社長に就任してから本件買収により特定資本関係が発生するに至るまでの期間はわずか約2か月であり、極めて短い。また、②丙がC社の副社長として実際に行った職務の内容は本件提案に沿ったものであり、本件提案と離れて、C社における従来のデータセンター事業の固有の業務に関与していたとは認められず、③C社がデータセンター事業を開始して以来、C社の経営を担ってきた丁氏などの役員は、いずれも本件合併後、X社の役員には就任することが予定されていなかった。以上の諸点からすると、本件においては、特定役員引継要件が形式的には充足されてはいるものの、役員の去就という観点からみて、「合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続している」という状況があるとはいえず、施行令112条7項5号が設けられた趣旨に全く反する状態となっていることは明らかである。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却(請求棄却)。 (1)当裁判所も、X社の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)本件合併時における丙以外の被合併法人であるC社の役員はいずれも、経営者として本件買収前のC社の事業を担っていたが、本件合併後、合併法人であるX社の役員に就任する事業上の必要性がないものと認められ、本件副社長就任から本件買収までの期間は2か月と短く、非常勤で、代表権も、部下や専任の担当業務もなく、本件買収前のC社の経営に実質的に参画していたものとは認められないのであり、丙の本件副社長就任は、C社及びX社のいずれにとっても、X社の法人税の負担を減少させるという税務上の効果を発生させること以外に、その事業上の必要は認められず、経済的行動としていかにも不自然・不合理なものと認めざるを得ないのであって、その主たる目的が、X社の法人税の負担を減少させるという税務上の効果を発生させることにあったことが明らかである。
五、上告審判決要旨
上告棄却(請求棄却)。 (1)組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから、法132条の2は、税負担の公平を維持するため、組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。このような同条の趣旨及び目的からすれば、同条にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本体の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
(2)組織再編税制の基本的な考え方は、実態に合った課税を行うという観点から、原則として、組織再編成により移転する資産等(以下「移転資産等」という。)についてその譲渡損益の計上を求めつつ、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。
組織再編成に伴う未処理欠損金額の取扱いについても、基本的に、移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めることとされており、適格合併が行われた場合につき、被合併法人の前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は、それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなすものとして(法57②)、その引継ぎが認められるものとされている。
もっとも、適格合併には、大別して、企業グループ内の適格合併(法2条12号の8イ及びロ。本件合併もこれに含まれる。)と共同事業を営むための適格合併(同号ハ)があるところ、企業グループ内の適格合併については、共同事業を営むための適格合併よりも要件が緩和されているため、その未処理欠損金額の引継ぎを無制限に認めると、例えば、大規模な法人が未処理欠損金額を有するグループ外の小規模な法人を買収し完全子会社として取り込んだ上で、当該法人との適格合併を行うことにより、当該法人の未処理欠損金額が不当に利用されるなどのおそれがある。そこで、そのような租税回避行為を防止するため、法57条3項において、企業グループ内の適格合併が行われた事業年度開始の日の5年前の日以後に特定資本関係が発生している場合については、「当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるもの」(みなし共同事業要件)に該当する場合を除き、特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額等を引き継ぐことができないものとされている。
法57条3項のみなし共同事業要件は、施行令112条7項において、適格合併のうち、①同項1号から4号までに掲げる要件又は②同項1号及び5号に掲げる要件に該当するものとされている。上記②の各要件は、同項2号から4号までの事業規模要件等が充足されない場合であっても、合併法人と被合併法人の特定役員が合併後において共に合併法人の特定役員に就任するのであれば、双方の法人の経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきたものが共同して合併後の事業に参画することになり、経営面からみて、合併後も共同で事業が営まれているとみることができることから、同項2号から4号までの要件に代えて同項5号の要件(特定役員引継要件)で足りるとされたものと解される。
(3)前記事実関係等によれば、本件の一連の組織再編成に係る行為は、B社による平成20年11月の本件提案の手順を基礎として、X社がB社からC社の発行済株式全部を譲り受けて完全子会社とした上で(本件買収)、その約1か月後にC社を法2条12号の8イの適格合併として吸収合併すること(本件合併)により、法57条2項に基づき、C社の利益だけでは容易に償却し得ない約543億円もの未処理欠損金額(本件欠損金額)をX社の欠損金額とみなし、これをX社の損金に算入することによりその全額を活用することを意図して、同21年3月30日までのごく短期間に計画的に実行されたものというべきである。なお、本件提案において、C社の多額の未処理欠損金額をⅩ社に引き継ぐことが前提とされていたことは、C社の発行済株式全部の売却想定価額700億円に、C社の未処理欠損金額のうち約500億円に税率40%を乗じて算出された「税務上資産200億円」が含まれていたことからも明らかである。
もっとも、本件合併は、平成21年3月31日までに行われることが予定されており、特定資本関係の発生(本件買収)から本件合併までの期間が5年に満たないため、本件合併によりX社が法57条2項に基づきC社の本件欠損金額を引き継ぐためには同条3項のみなし共同事業要件を満たさなければならず、さらに、本件合併において施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは事実上不可能であったため、みなし共同事業要件を満たすためには同項5号の特定役員引継要件を満たさなければならない状況にあった。そして、本件では、丁ら従来のC社の特定役員については、本件合併後にX社の特定役員となる事業上の必要性はないと判断され、実際にそのような予定もなかったため、本件合併後に丙がX社の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば特定役員引継要件が満たされることとなるよう、本件買収の前に丙がC社の取締役副社長に就任することとされたものということができる。このように、本件副社長就任が、法人税の負担の軽減を目的として、特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたものであることは、上記一連の経緯のほか、B社とX社の各担当者の間で取り交わされた電子メールの「税務ストラクチャー上の理由」等の記載に照らしても明らかというべきである。
これらの事情に鑑みると、丙は、C社において、経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者という施行令112条7項5号の特定役員引継要件において想定されている特定役員の実質を備えていたということはできず、本件副社長就任は、本件合併後に丙がX社の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば上記要件が満たされることとなるよう企図されたものであって、実態とは乖離した上記要件の形式を作出する明らかに不自然なものというべきである。
また、本件提案から本件副社長就任に至る経緯に照らせば、C社及びX社において事前に本件副社長就任の事業上の目的や必要性が認識されていたとは考え難い上、丙のC社における業務内容もおおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまり、丙の取締役副社長としての在籍期間や権限等にも鑑みると、本件副社長就任につき、税負担の減少以外にその合理的な理由といえるような事業目的等があったとはいい難い。
(4)以上を総合すると、本件副社長就任は、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、適格合併における未処理欠損金額の引継ぎを定める法57条2項、みなし共同事業要件に該当しない適格合併につき同項の例外を定める同条3項及び特定役員引継要件を定める施行令112条7項5号の本来の趣旨及び目的を逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるというべきである。
そうすると、本件副社長就任は、組織再編税制に係る上記各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものとして、法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たると解するのが相当である。
(5)本件副社長就任は、本件更正処分等を受けたX社の行為とは評価し得ないとしても、本件合併の被合併法人であるC社の行為である以上、法132条の2による否認の対象となるものと解される。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。
六、解説
はじめに 本件は、平成13年に制定された法132条の2の規定が適用された課税処分(本件更正)の是非が法廷で初めて争われた事件であるということで、その係争中から注目されていた事件である。本件では、法人税法上の適格合併の要件、被合併法人の繰越欠損金の引継ぎ要件等を巧みに充足して、合併法人において当該繰越欠損金を控除したことに対し、法132条の2の規定を適用して、当該控除を否認する本件更正が行われ、本件各判決が、当該処分を是としたものである。
特に、上告審判決については、最高裁判所として、初めて法132条の2の規定の趣旨及び目的並びにその解釈を明らかにし、被合併法人の繰越欠損金の引継ぎに要する共同事業要件を満たすための特定役員引継要件の適用のあり方を示した上で、本件副社長就任について法132条の2の規定の対象になることを明確にした。このような判断(判示)は、法132条を含む租税回避否認の法理を新たに明らかにしたものと評価し得るので、今後の関係条項の解釈や課税実務に大きな影響を及ぼすものと考えられる。
そこで、本稿では、組織再編税制の趣旨・法132条の2及び法57条3項の各規定の意義等を検討した上で、本判決の是非を検討することとする。
1 組織再編税制の趣旨及び目的 (1)本件改正前の法人税法においては、個々の法人を納税主体とする完全な単体課税制度が採用されており、かつ、各法人の取引による資産及び負債の移転(移動)は、原則として、それらの価額(時価)によって測定されることになっていた(法法22②参照)。その唯一の例外として、圧縮記帳制度が設けられていた(法法42~51参照)。
また、繰越欠損金の損金算入についても、被合併法人からの引継ぎも認められることはなかった。すなわち、最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決(民集22巻5号1067頁)は、「欠損金額の繰越控除は、それら事業年度の間に経理方法に一貫した同一性が継続維持されることを前提としてはじめて認めるのを妥当とされる性質のものであって、合併会社に被合併会社の経理関係全体がそのまま継続するものとは考えられない合併について、所論の特典の承継は否定せざるをえない。合併会社とは無関係な経営のものに生じた被合併会社の既往の欠損金額を合併によりこれと経営を異にする合併会社に承継利用させる合理的な理由は、通常の場合見いだしがたく、また、被合併会社の欠損金額は、合併会社において受入資産の価額の定め方によって当然調整できるものであるから、普通には欠損金額の引継などを考慮する必要もないのである。」と判示している。
更に、被合併法人の繰越欠損金の引継問題については、多額な繰越欠損金を有している法人を合併法人とする手法も用いられることもあったが、そのような逆さ合併による事実上の繰越欠損金の引継についても、異常な合併であって実質上存続会社が同一性を保持しているとはいえない租税回避手続であるとして判例上否定されてきた(注1)。
(2)ところが、本件改正によって導入された組織再編税制においては、前述のような課税制度を一変させた。まず、第二編第1章第1節(課税標準及びその計算)に、「第6款 組織再編成に係る所得の金額の計算」を設け、法62条1項に、「内国法人が合併又は分割により合併法人又は分割承継法人にその有する資産及び負債の移転をしたときは、当該合併法人又は分割承継法人に当該移転をした資産及び負債の当該合併又は分割の時の価額による譲渡をしたものとして、当該内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する。」と定めた。これは、本件改正前の所得金額の計算の考え方を承継し、確認的に定めたものと考えられる。
しかしながら、法が定めた要件を充足した適格合併、適格分割型分割、適格分社型分割、適格現物出資等(法2・十二の八、十二の十一~十)については、当該合併等における資産及び負債の移転について、それらの帳簿価額による引継(評価損益の繰延べ)を認めることとした(法62の2~62の4)。
このような組織再編税制の導入について、国税当局の担当者は、企業法制の整備等に対応するとして、次のように説明している(注2)。
「 このような状況を踏まえ、税制においても、我が国の経済社会の構造変化に対応した税制を創設すべく、合併、分割、現物出資、事業設立及びみなし配当を中心として、組織再編の全般にわたる抜本的な見直しを行うこととされました。」
また、組織再編税制の基本的考え方について、同担当者は、次のように説明している(注3)。
「 平成13年度改正後の新しい組織再編成に係る税制は、実態に合った課税を行うという税制の基本を踏まえ、原則として、組織再編成により移転する資産等についてその譲渡損益の計上を求めつつ、特例として、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させる、という基本的な考え方に基づき創られています。」
以上の国税担当者の立法趣旨の説明については、法人税についての所得金額算定の理念の検討よりも、組織再編による経済活動の活発化を図ろうとする経済界の要請を優先せざるを得なかったことが窺える。
なお、本件の上告審判決は、組織再編税制の趣旨について、「組織再編税制の基本的な考え方は、実態に合った課税を行うという観点から、原則として、組織再編成により移転する資産等(〈略〉)についての譲渡損益の計上を求めつつ、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。」と判示している。
2 被合併法人の繰越欠損金の引継 (1)組織再編成における税制上の要請は、前述のような移転資産等の譲渡損益の繰延べにとどまらず、各種引当金、繰越欠損金の引継等にも及ぶことになる。そこで、前述の国税担当者は、「組織再編成に伴う各種引当金等の取扱いについては、基本的には、移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて、従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めるものとされています。」(注4)と説明している。この「各種引当金等」の中に、繰越欠損金が含まれることになるのであるが、むしろ、繰越欠損金の取扱いが最も注目されることとなった。
かくして、法57条は、青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越しを定めているところであるが、組織再編税制の導入に伴い次のように改められることになった。
まず、法57条2項は、「適格合併等が行われた場合において、当該適格合併等に係る被合併法人又は分割法人の当該適格合併等の日前7年以内に開始した各事業年度において生じた欠損金額」(以下「未処理欠損金額」という。)について、当該合併法人等において生じた欠損金とみなして、法57条1項の規定を適用することとした。
(2)しかし、このような法57条2項の規定のみでは、欠損金の繰越控除が悪用され易いことを慮って、法57条3項は、適格合併等に係る被合併法人等と合併法人等との間に特定資本関係(いずれか一方の法人が発行済株式数の50%超を支配する等の関係をいう。)があり、かつ、当該特定資本関係が当該合併法人等の当該適格合併等に係る合併等事業年度開始の日の5年前の日以後に生じている場合において、当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるものに該当しないときは、前項に規定する未処理欠損金額には、当該被合併法人等の次に掲げる欠損金を含まないことにしている。
すなわち、合併法人等の欠損金の繰越控除の対象になるための被合併法人等の未処理欠損金額の範囲について、本件に即して言えば、次の要件を満たす必要がある(法57③、法令112⑦一、五)。
① 適格合併等に係る被合併法人等の被合併等事業と当該適格合併法人等に係る合併法人等の合併等事業とが相互に関連するものであること(事業の相互関連性要件)。
② 適格合併等に係る被合併法人等の当該適格合併等の前における特定役員(社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいう。)である者のいずれかの者(当該被合併法人等が当該適格合併等に係る合併法人等と特定資本関係が生じた日前において当該合併法人等の役員であった者に限る。)と当該合併法人等の当該適格合併等の前における特定役員であるもののいずれかの者とが当該適格合併等の後に当該合併法人等の特定役員となることが見込まれていること(特定役員引継要件)。
3 法132条の2の規定の意義とその解釈 (1)租税法の定める課税要件は、各種の私的経済活動等を基にしており、それらの経済活動等は、第一次的には、私的自治の原則ないし契約自由の原則が支配している私法によって律せられている。かくして、「このような私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除すること」(注5)を、一般に、租税回避(行為)と称される。
このような租税回避に対する包括的否認規定として、同族会社等の行為又は計算の否認規定(法132、所法157、相法64)がある。
(2)このような同族会社等の行為又は計算の否認規定については、昭和37年の国税通則法の制定の際、国税通則法制定答申において、当該否認規定の拡充と租税回避に対する一般的否認規定の創設が提言されたことがある(注6)。しかし、当該一般的否認規定は立法化されることはなかったが、当時、国税当局は、同族会社等の行為又は計算の否認規定は確認的規定であると解して、同族会社以外の者に対しても不当な租税回避を否認する課税処分を行い、当該課税処分が下級審段階では支持されたこともある(注7)。
かくして、当該否認規定をめぐって確認的規定説と効力的規定説の対立と論争を惹起したのであるが、当該論争が最高裁判決によって決着がつく前に、本件改正において、法132条の2が創設された。これは、前述の論争について、国自身が、立法によって、確認的規定説を否定し、自己に不利な解決を図ったものと言える。
(3)かくして、法132条の2は、「税務署長は、合併、分割、現物出資若しくは事後設立(〈略〉)又は株式交換若しくは株式移転(以下この条において「合併等」という。)に係る次に掲げる法人の法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には、合併等により移転する資産及び負債の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加、……の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。」と定め、「次に掲げる法人」について、「合併等をした一方の法人又は他方の法人」等を掲げている。
以上の法132条の2の規定は、法132条の規定に類似するものであるが、両方の差異は、対象となる法人の範囲、「法人税の負担を不当に減少させる」事由について、法132条の2が、「合併等により移転する資産及び負債に係る利益の額の減少」等に限定していること等である。その点では、法132条の2の規定の方が、個別的否認規定の性質が強いと言える。
(4)次に、この規定の解釈(濫用の有無の判断)について、上告審判決は、前述のように、その要旨を次のように判示している。
① 通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであること。
② 税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められること。
ところで、法132条の2に規定する「法人税の負担を不当に減少させる」は、法132条に規定する「法人税の負担を不当に減少させる」と同じ用語であるから、法132条の場合と同義と解される。その点では、上告審判決は、従前の法132条の規定の解釈を乗り越えた判断を示したものと言える。
すなわち、従前の法132条の解釈については、当該不当性の判断について、主として、次の説によっていた。
① 非同族会社基準説(非同族会社では通常なしえないような行為・計算、すなわち同族会社なるが故に容易になし得る行為・計算がこれに当たる。)(注8)
② 純経済人説(純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算がこれに当たる。)(注9)
しかしながら、最近の租税回避事件を考慮してみるに、このような各説に当てはめて「法人税の負担を不当に減少させる」か否かを判断することが極めて困難になっていると考えられる。けだし、同族会社であれ、非同族会社であれ、租税が経済取引におけるコストであると解されているようになっているから、いずれも当該コストの削減(回避)を画策することとなり、また、純経済人であるということは、経済取引における税コストを最小にすることを目的とすることに合理性があると考えられるからである(注10)。
他方、上告審判決は、上記の従前の各説にとらわれず、前述のような判決(解釈)を示したことは評価できる。しかし、その解釈において、「組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したもの」という主観的要素(認識)を重視したことは、「不当」性の判断において、十分な条件ではあろうが、必要な条件であると解することには問題がある。けだし、「意図」という主観的要素は、法132条の2の規定にいう「税務署長は、……これを容認した場合には、……法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められる」(法132条も同旨)という文理から導き難いし、当該「意図」を重視すると、「税を免れる」ことを認識しているという「故意」を構成要件とするほ脱犯(所法238等)との区分も困難になるからである。
なお、本件と同様に、大企業の租税回避否認事件として社会的にも注目されてきた東京地裁平成26年5月9日判決(平成23年(行ウ)第407号)(注11)及び東京高裁平成27年3月25日判決(平成26年(行コ)第208号)(いわゆるIBM事件)は、法132条の規定の解釈において「意図」を要件としているわけではなく、最高裁判所は、納税者側に勝訴判決を下した原判決について、「上告不受理」としているところでもある。
4 本件における否認規定適用の可否 (1)本件においては、本件買収によってX社がC社の発行済株式の全部を支配することとなり、その後にX社とC社との間に本件合併が行われたのであるから、本件合併は適格合併となる(法2・一二の八)から、原則として、C社に係る未処理欠損金額(本件欠損金)がX社において生じたものとみなされる(法57②)。この場合、法57条3項に規定する除外事項の該非については、①X社の合併前事業とC社の合併前事業とが相互に関連するものと認められ、かつ、②本件合併前においてC社の特定役員(副社長)となっていた丙が、本件合併後X社の特定役員(社長)となっているのであるから、文理上、当該除外事項にも該当しないことになる(法57③、法令112⑦一、五)。したがって、本件欠損金を損金の額に算入したX社の平成21年3月期分法人税の確定申告は、一応、適法なものと考えられる。
これに対し、処分行政庁は、法132条の2の規定を適用し、本件更正等を行ったので、本訴では、当該規定を適用した当該各処分の適否が争われることとなった。
X社は、本件更正の違法性について、前述のように、主として、①法132条の2と法132条とは同様に解し、特定役員引継要件は当該役員が名目のみである場合に限定されること、②本件副社長就任には、X社は何ら関与していないこと、③本件副社長就任は、丙において事業上の目的から就任を承諾したものであること、④本件副社長就任は、X社の行為又は計算で行ったものではないこと等を主張した。
(2)これに対し、一審判決は、前述のように、法132条の2の規定の解釈を示し、本件副社長就任の不自然・不合理を強調し、それが特定役員引継要件を形式的に充足しているにしても、施行令112条7項5号が設けられた趣旨に全く反する旨判示し、本件更正を適法であると判断した。また、控訴審判決も、前述のように、基本的には、原判決の理由を引用し、それを若干補正しつつ、原判決と同様の判断を示した。
上告審判決は、結論において原判決を維持したものであるから、通常であれば、上告不受理とされることも考えられる。しかし、前述したように、上告審判決は、法132条の2の規定の解釈を明確にした上で、本件副社長就任等に関する事業関係を詳細に認定したことにより、「本件副社長就任が、法人税の負担の軽減を目的として、特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたことは、……明らかというべきである。」と判示し、法132条の2の規定の適用を認めた本件更正を適法とした。
また、上告審判決は、X社が、本件副社長就任等を画策したのは同社の行為でないから、本件更正は違法である旨主張したことに対し、法132条の2の規定の内容を確認した上で、「本件副社長就任は、本件更正処分等を受けたX社の行為とは評価し得ないとしても、本件合併の被合併法人(〈略〉)であるC社の行為である以上、同条による否認の対象となるものと解される。」と判示し、X社の主張を退けている。
以上の上告審判決については、その結論においては賛成し得るにしても(注12)、X社が本件副社長就任に関し、「法人税の負担の軽減を意図したこと」を認定したことには、前記3の(4)で述べたように、疑問なしとしない。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、X社、B社及びC社というグループ会社間において、まず、C社からF社を分割させ、Ⅹ社とC社を合併(適格合併)させることによって、C社が抱える本件欠損金をX社の所得金額から控除させることを主目的として、当該控除に必要な特定役員引継要件を充足させるために、B社の代表取締役乙の指示により、X社の代表取締役である丙(B社の取締役)をC社の副社長に就任(本件副社長就任)させ、本件合併後もX社の特定役員に留任させていたものである。
このような節税工作に対し、法132条の2の規定を適用する本件更正等が行われ、その適否が本訴で争われたが、本件各判決は、前述のように、本件更正等を適法と判断した。その中でも、上告審判決は、前述のように、法132条の2の規定の解釈のあり方を最高裁判所として初めて明確にしたものであり、今後の同様の事件に対して大きな影響を及ぼすものと考えられる。
(2)本件各判決の判断については、組織再編税制全体と法57条2項及び3項の規定をどう評価するかによって、法132条の2の適用の在り方について評価が異なるものと考えられる。租税法の文理の形式解釈を重視し、組織再編税制を法人税制において至上のものと評価すれば、自ずから本件各判決について消極的に評価することになろうが、組織再編税制を法人税の所得金額計算の一つの例外措置と位置づければ、法57条の3項に定める被合併法人の未処理欠損金の損金算入の例外を厳しく解することとなり、本件各判決の考え方を支持し得ることになるものと考えられる。
もっとも、上告審判決が示した法132条の2の規定の解釈(不当性の判断)については、前述したように、租税回避に係る「意図」という主観的要素を重視しているだけに、今後、租税回避の否認規定である法132条等の各規定の解釈にも、大きな影響を及ぼすものと考えられるが、それが、関係条項の解釈・適用を必要以上に消極的させやしないかと懸念される。
(注1)大阪高裁昭和38年12月10日判決(行裁例集14巻12号2158頁)等参照。
(注2)藤本哲也、朝長英樹「法人税法の改正」『平成13年 改正税法のすべて』(国税庁)132頁。
(注3)前出(注2)134頁。
(注4)前出(注2)134頁。
(注5)金子宏「租税法 第21版」(弘文堂 平成28年)125頁。
(注6)税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)及びその説明」(昭和36年7月)第二の二参照。なお、本答申の現代的意義については、品川芳宣「租税回避行為に対する包括的否認規定の必要性とその実効性」税務事例2009年9月号33頁、同「国税通則法講義」(日本租税研究協会 平成27年)109頁等参照。
(注7)大阪高裁昭和39年9月24日判決(税資38号606頁)等参照。
(注8)東京地裁昭和26年4月23日判決(行裁例集2巻6号841頁)、東京高裁昭和40年5月12日判決(税資49号596頁)等参照。
(注9)東京高裁昭和48年3月14日判決(行裁例集24巻3号115頁)、東京高裁昭和49年10月29日判決(同25巻10号1310頁)等参照。
(注10)品川芳宣「自己株式取得に伴う株式譲渡損の計上(みなし配当)と同族会社等の行為計算否認」本誌2014年11月17日号36頁等参照。
(注11)評釈については、前出(注10)30頁等参照。
(注12)筆者は、一審判決の評釈(本誌2014年8月11日号29頁)においても、同判決について賛成評釈をしていた。
組織再編成税制における行為計算の否認-ヤフー事件-
最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)
東京高裁平成26年11月5日判決(平成26年(行コ)第157号)
東京地裁平成26年3月18日判決(平成23年(行ウ)第228号)
筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣
一、事実
(1)X社(原告、控訴人、上告人)は、平成21年2月24日、B社から、B社の完全子会社であったC社の発行済株式全部を譲り受けた(以下「本件買収」という。)後、同年3月30日、X社を合併法人、C社を被合併法人とする合併(以下「本件合併」という。)を行った。そして、X社は、同社の平成21年3月期分法人税の確定申告に当たり、法人税法(平成22年改正前のもの、以下「法」という。)57条2項の規定に基づき、C社の未処理欠損金額約542億円(以下「本件欠損金」という。)を同社の欠損金額とみなして、同条1項の規定に基づき損金の額に算入した。
これに対し、処分行政庁は、本件買収、本件合併及びこれらの実現に向けられたX社の一連の行為が、法人税法施行令(平成22年改正前のもの、以下「施行令」という。)112条7項5号に規定する要件を形式的に満たしているが、その行為又は計算を容認すると、法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められるとして、法132条の2の規定に基づき、本件欠損金の損金算入を認めないとする更正(以下「本件更正」という。)等をした。
X社は、本件更正等を不服として、前審手続を経て、国(被告、被控訴人、被上告人)に対し、本件更正等の取消しを求めて本訴を提起した。
(2)本件の前提事実は、次のとおりである。
① X社は、平成8年設立、情報処理サービス業等を目的とする株式会社であり、本件合併当時、資本金の額約74億円、平成20年3月期の売上高約2,207億円、営業利益約1,219億円であった。X社の議決権の所有割合は、B社が42.1%、米国のD社が34.9%、その他の株主が23.0%であり、X社の役員は、本件合併当時、取締役会長乙、代表取締役丙であった。
② B社は、昭和56年に設立、コンピュータ等の開発、設計等を目的とする株式会社であり、本件合併当時、資本金の額約1,876億円であり、その役員は、代表取締役社長乙、丙は同社の取締役であった。
③ C社は、昭和61年に設立、情報通信施設の保守、管理等を業とする株式会社であり、本件合併直前の資本金の額1億円、平成20年3月期の売上高約98億円、営業利益約22億円、総資産約181億円であり、代表取締役が丁であった。また、C社の完全子会社としてF社が、平成21年2月2日、C社から新設分割(以下「本件分割」という。)により設立された。
④ 乙は、X社の代表取締役丙らに対し、C社の株式譲渡を提案(以下「本件提案」という。)し、平成20年11月21日、



⑤ ④により、




⑥ 丙は、乙の依頼により、平成21年12月26日、C社の取締役副社長に就任(以下「本件副社長就任」という。)した。これにより、施行令112条7項5号の特定役員引継要件が充足された。
⑦ C社は、X社に対し、平成21年2月20日、F社の株式全部を115億円で譲渡し、B社は、X社に対し、同24日、C社の株式全部を450億円で譲渡した。これにより、X社とC社との間に特定資本関係(法57条3項)が成立した。
⑧ 本件合併は、平成21年3月30日に効力を生じ、丙以外のC社の取締役は全員退職し、X社の取締役には就任しなかった。
二、争点と当事者の主張
1 争 点 本件の主たる争点は、以下のとおりである。
(1)法132条の2の意義(争点1)
(2)本件副社長就任は、法132条の2の規定に基づき否認することができるか否か(争点2)。
(3)本件更正に理由付記の不備があるか否か(争点3)。
なお、本稿では、争点3については、検討を省略することとする。
2 X社の主張 (1)「法132条の2の法人税の負担を不当に減少させる」の要件は、その立法の経緯等に照らすと、法132条1項の「法人税の負担を不当に減少させる」の要件と同様に解釈されるべきである。
このような解釈を、法132条の2の解釈適用上「不当」と評価して特定役員引継要件の充足を否認することが許される場合について具体的に敷衍すると、特定役員として職務執行する意思もなければ職務執行の客観的事実もおよそ一切存在しないような、いわば「形だけ」「名前だけ」にすぎない場合のみが、法132条の2の解釈適用上「不当」と評価されると解すべきである。
(2)本件副社長就任には、X社の行為はどこにも存在しない。すなわち、X社においては、役員が他社の役員に就任する際の決議手続を定めた社内規定はなく、各役員は自己の判断で他社役員に就任することになっている。丙は、乙から打診を受けた際、自己の判断で本件副社長就任を承諾し、C社の取締役副社長に選任されたのであって、この間、X社(社内組織、会議体なども含む。)において本件副社長就任の是非について議論されたことはなく、X社がそれを行う理由もなかった。よって、本件副社長就任に対してそもそもX社に法132条の2を適用して否認することはできない。
3 国の主張 (1)法132条の2は、平成13年税制改正(以下「本件改正」という。)の経緯と趣旨に鑑み、法132条の2の規定の解釈・適用は、組織再編成に係る法人の行為又は計算の特徴、組織再編税制における各個別規定の趣旨・目的について十分に考慮をし、その実態に即して行われるべきである。そして、本件副社長就任は、X社の行為又はⅩ社の行為と同視し得る行為であり、法132条の2の規定により否認することができるが、仮に、それがC社の行為であるとしても、C社は、同条1号に掲げる「合併等をした一方の法人又は他方の法人」に当たることは明らかである。
(2)本件副社長就任は、B社グループ全体の税務メリットの享受という目的の下、B社の要請に応じたX社の行為といえる。すなわち、C社の未処理欠損金額を引き継いでこれを直接有効利用する立場にあるX社が、これを実現させるべく立案されたB社の計画に関与しないはずがない。X社の内部においては、特定役員引継要件を満たすべく、X社の特定役員のうちの誰かを本件買収前にC社の特定役員に就任させる必要があることについて認識した上で、丙をC社の特定役員に就任させる旨決定したことが明らかである。よって、法132条の2の規定により否認することができる。
三、一審判決要旨
請求棄却。 (1)法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(以下「不当性要件」という。)の解釈については、法132条の2が設けられた趣旨、組織再編成の特性、個別規定の性格などに照らし、①法132条と同様に、取引が経済的取引として不合理・不自然である場合のほか、②組織再編成に係る行為の一部が、当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含むと解することが相当である。
(2)上記で判示したところを総合すれば、施行令112条7項5号が定める特定役員引継要件については、合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続しているとはいえず、同号の趣旨・目的に明らかに反すると認められるときは、法132条の2の規定に基づき、特定役員への就任を否認することができると解すべきである。
(3)本件で認定した本件の組織再編成に係る具体的な事情を検討すると、以下の点を指摘することができる。
まず、特定役員引継要件の観点からみると、次のように評価できる。①丙が副社長に就任してから本件買収により特定資本関係が発生するに至るまでの期間はわずか約2か月であり、極めて短い。また、②丙がC社の副社長として実際に行った職務の内容は本件提案に沿ったものであり、本件提案と離れて、C社における従来のデータセンター事業の固有の業務に関与していたとは認められず、③C社がデータセンター事業を開始して以来、C社の経営を担ってきた丁氏などの役員は、いずれも本件合併後、X社の役員には就任することが予定されていなかった。以上の諸点からすると、本件においては、特定役員引継要件が形式的には充足されてはいるものの、役員の去就という観点からみて、「合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続している」という状況があるとはいえず、施行令112条7項5号が設けられた趣旨に全く反する状態となっていることは明らかである。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却(請求棄却)。 (1)当裁判所も、X社の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)本件合併時における丙以外の被合併法人であるC社の役員はいずれも、経営者として本件買収前のC社の事業を担っていたが、本件合併後、合併法人であるX社の役員に就任する事業上の必要性がないものと認められ、本件副社長就任から本件買収までの期間は2か月と短く、非常勤で、代表権も、部下や専任の担当業務もなく、本件買収前のC社の経営に実質的に参画していたものとは認められないのであり、丙の本件副社長就任は、C社及びX社のいずれにとっても、X社の法人税の負担を減少させるという税務上の効果を発生させること以外に、その事業上の必要は認められず、経済的行動としていかにも不自然・不合理なものと認めざるを得ないのであって、その主たる目的が、X社の法人税の負担を減少させるという税務上の効果を発生させることにあったことが明らかである。
五、上告審判決要旨
上告棄却(請求棄却)。 (1)組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから、法132条の2は、税負担の公平を維持するため、組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。このような同条の趣旨及び目的からすれば、同条にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本体の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
(2)組織再編税制の基本的な考え方は、実態に合った課税を行うという観点から、原則として、組織再編成により移転する資産等(以下「移転資産等」という。)についてその譲渡損益の計上を求めつつ、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。
組織再編成に伴う未処理欠損金額の取扱いについても、基本的に、移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めることとされており、適格合併が行われた場合につき、被合併法人の前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は、それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなすものとして(法57②)、その引継ぎが認められるものとされている。
もっとも、適格合併には、大別して、企業グループ内の適格合併(法2条12号の8イ及びロ。本件合併もこれに含まれる。)と共同事業を営むための適格合併(同号ハ)があるところ、企業グループ内の適格合併については、共同事業を営むための適格合併よりも要件が緩和されているため、その未処理欠損金額の引継ぎを無制限に認めると、例えば、大規模な法人が未処理欠損金額を有するグループ外の小規模な法人を買収し完全子会社として取り込んだ上で、当該法人との適格合併を行うことにより、当該法人の未処理欠損金額が不当に利用されるなどのおそれがある。そこで、そのような租税回避行為を防止するため、法57条3項において、企業グループ内の適格合併が行われた事業年度開始の日の5年前の日以後に特定資本関係が発生している場合については、「当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるもの」(みなし共同事業要件)に該当する場合を除き、特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額等を引き継ぐことができないものとされている。
法57条3項のみなし共同事業要件は、施行令112条7項において、適格合併のうち、①同項1号から4号までに掲げる要件又は②同項1号及び5号に掲げる要件に該当するものとされている。上記②の各要件は、同項2号から4号までの事業規模要件等が充足されない場合であっても、合併法人と被合併法人の特定役員が合併後において共に合併法人の特定役員に就任するのであれば、双方の法人の経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきたものが共同して合併後の事業に参画することになり、経営面からみて、合併後も共同で事業が営まれているとみることができることから、同項2号から4号までの要件に代えて同項5号の要件(特定役員引継要件)で足りるとされたものと解される。
(3)前記事実関係等によれば、本件の一連の組織再編成に係る行為は、B社による平成20年11月の本件提案の手順を基礎として、X社がB社からC社の発行済株式全部を譲り受けて完全子会社とした上で(本件買収)、その約1か月後にC社を法2条12号の8イの適格合併として吸収合併すること(本件合併)により、法57条2項に基づき、C社の利益だけでは容易に償却し得ない約543億円もの未処理欠損金額(本件欠損金額)をX社の欠損金額とみなし、これをX社の損金に算入することによりその全額を活用することを意図して、同21年3月30日までのごく短期間に計画的に実行されたものというべきである。なお、本件提案において、C社の多額の未処理欠損金額をⅩ社に引き継ぐことが前提とされていたことは、C社の発行済株式全部の売却想定価額700億円に、C社の未処理欠損金額のうち約500億円に税率40%を乗じて算出された「税務上資産200億円」が含まれていたことからも明らかである。
もっとも、本件合併は、平成21年3月31日までに行われることが予定されており、特定資本関係の発生(本件買収)から本件合併までの期間が5年に満たないため、本件合併によりX社が法57条2項に基づきC社の本件欠損金額を引き継ぐためには同条3項のみなし共同事業要件を満たさなければならず、さらに、本件合併において施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは事実上不可能であったため、みなし共同事業要件を満たすためには同項5号の特定役員引継要件を満たさなければならない状況にあった。そして、本件では、丁ら従来のC社の特定役員については、本件合併後にX社の特定役員となる事業上の必要性はないと判断され、実際にそのような予定もなかったため、本件合併後に丙がX社の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば特定役員引継要件が満たされることとなるよう、本件買収の前に丙がC社の取締役副社長に就任することとされたものということができる。このように、本件副社長就任が、法人税の負担の軽減を目的として、特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたものであることは、上記一連の経緯のほか、B社とX社の各担当者の間で取り交わされた電子メールの「税務ストラクチャー上の理由」等の記載に照らしても明らかというべきである。
これらの事情に鑑みると、丙は、C社において、経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者という施行令112条7項5号の特定役員引継要件において想定されている特定役員の実質を備えていたということはできず、本件副社長就任は、本件合併後に丙がX社の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば上記要件が満たされることとなるよう企図されたものであって、実態とは乖離した上記要件の形式を作出する明らかに不自然なものというべきである。
また、本件提案から本件副社長就任に至る経緯に照らせば、C社及びX社において事前に本件副社長就任の事業上の目的や必要性が認識されていたとは考え難い上、丙のC社における業務内容もおおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまり、丙の取締役副社長としての在籍期間や権限等にも鑑みると、本件副社長就任につき、税負担の減少以外にその合理的な理由といえるような事業目的等があったとはいい難い。
(4)以上を総合すると、本件副社長就任は、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、適格合併における未処理欠損金額の引継ぎを定める法57条2項、みなし共同事業要件に該当しない適格合併につき同項の例外を定める同条3項及び特定役員引継要件を定める施行令112条7項5号の本来の趣旨及び目的を逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるというべきである。
そうすると、本件副社長就任は、組織再編税制に係る上記各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものとして、法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たると解するのが相当である。
(5)本件副社長就任は、本件更正処分等を受けたX社の行為とは評価し得ないとしても、本件合併の被合併法人であるC社の行為である以上、法132条の2による否認の対象となるものと解される。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。
六、解説
はじめに 本件は、平成13年に制定された法132条の2の規定が適用された課税処分(本件更正)の是非が法廷で初めて争われた事件であるということで、その係争中から注目されていた事件である。本件では、法人税法上の適格合併の要件、被合併法人の繰越欠損金の引継ぎ要件等を巧みに充足して、合併法人において当該繰越欠損金を控除したことに対し、法132条の2の規定を適用して、当該控除を否認する本件更正が行われ、本件各判決が、当該処分を是としたものである。
特に、上告審判決については、最高裁判所として、初めて法132条の2の規定の趣旨及び目的並びにその解釈を明らかにし、被合併法人の繰越欠損金の引継ぎに要する共同事業要件を満たすための特定役員引継要件の適用のあり方を示した上で、本件副社長就任について法132条の2の規定の対象になることを明確にした。このような判断(判示)は、法132条を含む租税回避否認の法理を新たに明らかにしたものと評価し得るので、今後の関係条項の解釈や課税実務に大きな影響を及ぼすものと考えられる。
そこで、本稿では、組織再編税制の趣旨・法132条の2及び法57条3項の各規定の意義等を検討した上で、本判決の是非を検討することとする。
1 組織再編税制の趣旨及び目的 (1)本件改正前の法人税法においては、個々の法人を納税主体とする完全な単体課税制度が採用されており、かつ、各法人の取引による資産及び負債の移転(移動)は、原則として、それらの価額(時価)によって測定されることになっていた(法法22②参照)。その唯一の例外として、圧縮記帳制度が設けられていた(法法42~51参照)。
また、繰越欠損金の損金算入についても、被合併法人からの引継ぎも認められることはなかった。すなわち、最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決(民集22巻5号1067頁)は、「欠損金額の繰越控除は、それら事業年度の間に経理方法に一貫した同一性が継続維持されることを前提としてはじめて認めるのを妥当とされる性質のものであって、合併会社に被合併会社の経理関係全体がそのまま継続するものとは考えられない合併について、所論の特典の承継は否定せざるをえない。合併会社とは無関係な経営のものに生じた被合併会社の既往の欠損金額を合併によりこれと経営を異にする合併会社に承継利用させる合理的な理由は、通常の場合見いだしがたく、また、被合併会社の欠損金額は、合併会社において受入資産の価額の定め方によって当然調整できるものであるから、普通には欠損金額の引継などを考慮する必要もないのである。」と判示している。
更に、被合併法人の繰越欠損金の引継問題については、多額な繰越欠損金を有している法人を合併法人とする手法も用いられることもあったが、そのような逆さ合併による事実上の繰越欠損金の引継についても、異常な合併であって実質上存続会社が同一性を保持しているとはいえない租税回避手続であるとして判例上否定されてきた(注1)。
(2)ところが、本件改正によって導入された組織再編税制においては、前述のような課税制度を一変させた。まず、第二編第1章第1節(課税標準及びその計算)に、「第6款 組織再編成に係る所得の金額の計算」を設け、法62条1項に、「内国法人が合併又は分割により合併法人又は分割承継法人にその有する資産及び負債の移転をしたときは、当該合併法人又は分割承継法人に当該移転をした資産及び負債の当該合併又は分割の時の価額による譲渡をしたものとして、当該内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する。」と定めた。これは、本件改正前の所得金額の計算の考え方を承継し、確認的に定めたものと考えられる。
しかしながら、法が定めた要件を充足した適格合併、適格分割型分割、適格分社型分割、適格現物出資等(法2・十二の八、十二の十一~十)については、当該合併等における資産及び負債の移転について、それらの帳簿価額による引継(評価損益の繰延べ)を認めることとした(法62の2~62の4)。
このような組織再編税制の導入について、国税当局の担当者は、企業法制の整備等に対応するとして、次のように説明している(注2)。
「 このような状況を踏まえ、税制においても、我が国の経済社会の構造変化に対応した税制を創設すべく、合併、分割、現物出資、事業設立及びみなし配当を中心として、組織再編の全般にわたる抜本的な見直しを行うこととされました。」
また、組織再編税制の基本的考え方について、同担当者は、次のように説明している(注3)。
「 平成13年度改正後の新しい組織再編成に係る税制は、実態に合った課税を行うという税制の基本を踏まえ、原則として、組織再編成により移転する資産等についてその譲渡損益の計上を求めつつ、特例として、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させる、という基本的な考え方に基づき創られています。」
以上の国税担当者の立法趣旨の説明については、法人税についての所得金額算定の理念の検討よりも、組織再編による経済活動の活発化を図ろうとする経済界の要請を優先せざるを得なかったことが窺える。
なお、本件の上告審判決は、組織再編税制の趣旨について、「組織再編税制の基本的な考え方は、実態に合った課税を行うという観点から、原則として、組織再編成により移転する資産等(〈略〉)についての譲渡損益の計上を求めつつ、移転資産等に対する支配が継続している場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。」と判示している。
2 被合併法人の繰越欠損金の引継 (1)組織再編成における税制上の要請は、前述のような移転資産等の譲渡損益の繰延べにとどまらず、各種引当金、繰越欠損金の引継等にも及ぶことになる。そこで、前述の国税担当者は、「組織再編成に伴う各種引当金等の取扱いについては、基本的には、移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて、従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めるものとされています。」(注4)と説明している。この「各種引当金等」の中に、繰越欠損金が含まれることになるのであるが、むしろ、繰越欠損金の取扱いが最も注目されることとなった。
かくして、法57条は、青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越しを定めているところであるが、組織再編税制の導入に伴い次のように改められることになった。
まず、法57条2項は、「適格合併等が行われた場合において、当該適格合併等に係る被合併法人又は分割法人の当該適格合併等の日前7年以内に開始した各事業年度において生じた欠損金額」(以下「未処理欠損金額」という。)について、当該合併法人等において生じた欠損金とみなして、法57条1項の規定を適用することとした。
(2)しかし、このような法57条2項の規定のみでは、欠損金の繰越控除が悪用され易いことを慮って、法57条3項は、適格合併等に係る被合併法人等と合併法人等との間に特定資本関係(いずれか一方の法人が発行済株式数の50%超を支配する等の関係をいう。)があり、かつ、当該特定資本関係が当該合併法人等の当該適格合併等に係る合併等事業年度開始の日の5年前の日以後に生じている場合において、当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるものに該当しないときは、前項に規定する未処理欠損金額には、当該被合併法人等の次に掲げる欠損金を含まないことにしている。
すなわち、合併法人等の欠損金の繰越控除の対象になるための被合併法人等の未処理欠損金額の範囲について、本件に即して言えば、次の要件を満たす必要がある(法57③、法令112⑦一、五)。
① 適格合併等に係る被合併法人等の被合併等事業と当該適格合併法人等に係る合併法人等の合併等事業とが相互に関連するものであること(事業の相互関連性要件)。
② 適格合併等に係る被合併法人等の当該適格合併等の前における特定役員(社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいう。)である者のいずれかの者(当該被合併法人等が当該適格合併等に係る合併法人等と特定資本関係が生じた日前において当該合併法人等の役員であった者に限る。)と当該合併法人等の当該適格合併等の前における特定役員であるもののいずれかの者とが当該適格合併等の後に当該合併法人等の特定役員となることが見込まれていること(特定役員引継要件)。
3 法132条の2の規定の意義とその解釈 (1)租税法の定める課税要件は、各種の私的経済活動等を基にしており、それらの経済活動等は、第一次的には、私的自治の原則ないし契約自由の原則が支配している私法によって律せられている。かくして、「このような私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除すること」(注5)を、一般に、租税回避(行為)と称される。
このような租税回避に対する包括的否認規定として、同族会社等の行為又は計算の否認規定(法132、所法157、相法64)がある。
(2)このような同族会社等の行為又は計算の否認規定については、昭和37年の国税通則法の制定の際、国税通則法制定答申において、当該否認規定の拡充と租税回避に対する一般的否認規定の創設が提言されたことがある(注6)。しかし、当該一般的否認規定は立法化されることはなかったが、当時、国税当局は、同族会社等の行為又は計算の否認規定は確認的規定であると解して、同族会社以外の者に対しても不当な租税回避を否認する課税処分を行い、当該課税処分が下級審段階では支持されたこともある(注7)。
かくして、当該否認規定をめぐって確認的規定説と効力的規定説の対立と論争を惹起したのであるが、当該論争が最高裁判決によって決着がつく前に、本件改正において、法132条の2が創設された。これは、前述の論争について、国自身が、立法によって、確認的規定説を否定し、自己に不利な解決を図ったものと言える。
(3)かくして、法132条の2は、「税務署長は、合併、分割、現物出資若しくは事後設立(〈略〉)又は株式交換若しくは株式移転(以下この条において「合併等」という。)に係る次に掲げる法人の法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には、合併等により移転する資産及び負債の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加、……の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。」と定め、「次に掲げる法人」について、「合併等をした一方の法人又は他方の法人」等を掲げている。
以上の法132条の2の規定は、法132条の規定に類似するものであるが、両方の差異は、対象となる法人の範囲、「法人税の負担を不当に減少させる」事由について、法132条の2が、「合併等により移転する資産及び負債に係る利益の額の減少」等に限定していること等である。その点では、法132条の2の規定の方が、個別的否認規定の性質が強いと言える。
(4)次に、この規定の解釈(濫用の有無の判断)について、上告審判決は、前述のように、その要旨を次のように判示している。
① 通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであること。
② 税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められること。
ところで、法132条の2に規定する「法人税の負担を不当に減少させる」は、法132条に規定する「法人税の負担を不当に減少させる」と同じ用語であるから、法132条の場合と同義と解される。その点では、上告審判決は、従前の法132条の規定の解釈を乗り越えた判断を示したものと言える。
すなわち、従前の法132条の解釈については、当該不当性の判断について、主として、次の説によっていた。
① 非同族会社基準説(非同族会社では通常なしえないような行為・計算、すなわち同族会社なるが故に容易になし得る行為・計算がこれに当たる。)(注8)
② 純経済人説(純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算がこれに当たる。)(注9)
しかしながら、最近の租税回避事件を考慮してみるに、このような各説に当てはめて「法人税の負担を不当に減少させる」か否かを判断することが極めて困難になっていると考えられる。けだし、同族会社であれ、非同族会社であれ、租税が経済取引におけるコストであると解されているようになっているから、いずれも当該コストの削減(回避)を画策することとなり、また、純経済人であるということは、経済取引における税コストを最小にすることを目的とすることに合理性があると考えられるからである(注10)。
他方、上告審判決は、上記の従前の各説にとらわれず、前述のような判決(解釈)を示したことは評価できる。しかし、その解釈において、「組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したもの」という主観的要素(認識)を重視したことは、「不当」性の判断において、十分な条件ではあろうが、必要な条件であると解することには問題がある。けだし、「意図」という主観的要素は、法132条の2の規定にいう「税務署長は、……これを容認した場合には、……法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められる」(法132条も同旨)という文理から導き難いし、当該「意図」を重視すると、「税を免れる」ことを認識しているという「故意」を構成要件とするほ脱犯(所法238等)との区分も困難になるからである。
なお、本件と同様に、大企業の租税回避否認事件として社会的にも注目されてきた東京地裁平成26年5月9日判決(平成23年(行ウ)第407号)(注11)及び東京高裁平成27年3月25日判決(平成26年(行コ)第208号)(いわゆるIBM事件)は、法132条の規定の解釈において「意図」を要件としているわけではなく、最高裁判所は、納税者側に勝訴判決を下した原判決について、「上告不受理」としているところでもある。
4 本件における否認規定適用の可否 (1)本件においては、本件買収によってX社がC社の発行済株式の全部を支配することとなり、その後にX社とC社との間に本件合併が行われたのであるから、本件合併は適格合併となる(法2・一二の八)から、原則として、C社に係る未処理欠損金額(本件欠損金)がX社において生じたものとみなされる(法57②)。この場合、法57条3項に規定する除外事項の該非については、①X社の合併前事業とC社の合併前事業とが相互に関連するものと認められ、かつ、②本件合併前においてC社の特定役員(副社長)となっていた丙が、本件合併後X社の特定役員(社長)となっているのであるから、文理上、当該除外事項にも該当しないことになる(法57③、法令112⑦一、五)。したがって、本件欠損金を損金の額に算入したX社の平成21年3月期分法人税の確定申告は、一応、適法なものと考えられる。
これに対し、処分行政庁は、法132条の2の規定を適用し、本件更正等を行ったので、本訴では、当該規定を適用した当該各処分の適否が争われることとなった。
X社は、本件更正の違法性について、前述のように、主として、①法132条の2と法132条とは同様に解し、特定役員引継要件は当該役員が名目のみである場合に限定されること、②本件副社長就任には、X社は何ら関与していないこと、③本件副社長就任は、丙において事業上の目的から就任を承諾したものであること、④本件副社長就任は、X社の行為又は計算で行ったものではないこと等を主張した。
(2)これに対し、一審判決は、前述のように、法132条の2の規定の解釈を示し、本件副社長就任の不自然・不合理を強調し、それが特定役員引継要件を形式的に充足しているにしても、施行令112条7項5号が設けられた趣旨に全く反する旨判示し、本件更正を適法であると判断した。また、控訴審判決も、前述のように、基本的には、原判決の理由を引用し、それを若干補正しつつ、原判決と同様の判断を示した。
上告審判決は、結論において原判決を維持したものであるから、通常であれば、上告不受理とされることも考えられる。しかし、前述したように、上告審判決は、法132条の2の規定の解釈を明確にした上で、本件副社長就任等に関する事業関係を詳細に認定したことにより、「本件副社長就任が、法人税の負担の軽減を目的として、特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたことは、……明らかというべきである。」と判示し、法132条の2の規定の適用を認めた本件更正を適法とした。
また、上告審判決は、X社が、本件副社長就任等を画策したのは同社の行為でないから、本件更正は違法である旨主張したことに対し、法132条の2の規定の内容を確認した上で、「本件副社長就任は、本件更正処分等を受けたX社の行為とは評価し得ないとしても、本件合併の被合併法人(〈略〉)であるC社の行為である以上、同条による否認の対象となるものと解される。」と判示し、X社の主張を退けている。
以上の上告審判決については、その結論においては賛成し得るにしても(注12)、X社が本件副社長就任に関し、「法人税の負担の軽減を意図したこと」を認定したことには、前記3の(4)で述べたように、疑問なしとしない。
5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、X社、B社及びC社というグループ会社間において、まず、C社からF社を分割させ、Ⅹ社とC社を合併(適格合併)させることによって、C社が抱える本件欠損金をX社の所得金額から控除させることを主目的として、当該控除に必要な特定役員引継要件を充足させるために、B社の代表取締役乙の指示により、X社の代表取締役である丙(B社の取締役)をC社の副社長に就任(本件副社長就任)させ、本件合併後もX社の特定役員に留任させていたものである。
このような節税工作に対し、法132条の2の規定を適用する本件更正等が行われ、その適否が本訴で争われたが、本件各判決は、前述のように、本件更正等を適法と判断した。その中でも、上告審判決は、前述のように、法132条の2の規定の解釈のあり方を最高裁判所として初めて明確にしたものであり、今後の同様の事件に対して大きな影響を及ぼすものと考えられる。
(2)本件各判決の判断については、組織再編税制全体と法57条2項及び3項の規定をどう評価するかによって、法132条の2の適用の在り方について評価が異なるものと考えられる。租税法の文理の形式解釈を重視し、組織再編税制を法人税制において至上のものと評価すれば、自ずから本件各判決について消極的に評価することになろうが、組織再編税制を法人税の所得金額計算の一つの例外措置と位置づければ、法57条の3項に定める被合併法人の未処理欠損金の損金算入の例外を厳しく解することとなり、本件各判決の考え方を支持し得ることになるものと考えられる。
もっとも、上告審判決が示した法132条の2の規定の解釈(不当性の判断)については、前述したように、租税回避に係る「意図」という主観的要素を重視しているだけに、今後、租税回避の否認規定である法132条等の各規定の解釈にも、大きな影響を及ぼすものと考えられるが、それが、関係条項の解釈・適用を必要以上に消極的させやしないかと懸念される。
(注1)大阪高裁昭和38年12月10日判決(行裁例集14巻12号2158頁)等参照。
(注2)藤本哲也、朝長英樹「法人税法の改正」『平成13年 改正税法のすべて』(国税庁)132頁。
(注3)前出(注2)134頁。
(注4)前出(注2)134頁。
(注5)金子宏「租税法 第21版」(弘文堂 平成28年)125頁。
(注6)税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)及びその説明」(昭和36年7月)第二の二参照。なお、本答申の現代的意義については、品川芳宣「租税回避行為に対する包括的否認規定の必要性とその実効性」税務事例2009年9月号33頁、同「国税通則法講義」(日本租税研究協会 平成27年)109頁等参照。
(注7)大阪高裁昭和39年9月24日判決(税資38号606頁)等参照。
(注8)東京地裁昭和26年4月23日判決(行裁例集2巻6号841頁)、東京高裁昭和40年5月12日判決(税資49号596頁)等参照。
(注9)東京高裁昭和48年3月14日判決(行裁例集24巻3号115頁)、東京高裁昭和49年10月29日判決(同25巻10号1310頁)等参照。
(注10)品川芳宣「自己株式取得に伴う株式譲渡損の計上(みなし配当)と同族会社等の行為計算否認」本誌2014年11月17日号36頁等参照。
(注11)評釈については、前出(注10)30頁等参照。
(注12)筆者は、一審判決の評釈(本誌2014年8月11日号29頁)においても、同判決について賛成評釈をしていた。
当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。
週刊T&Amaster 年間購読
新日本法規WEB会員
試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。
人気記事
人気商品
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.