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解説記事2017年04月17日 【第2特集】 検証・有利発行課税事件(3)(2017年4月17日号・№687)

インタビュー
第2特集
立法から租税研究までの各段階における“不都合な真実”が明らかに
検証・有利発行課税事件(3)

 前回(686号4頁~掲載)のインタビューでは、近年になって相次いで有利発行課税が行われるようになった原因が、平成18年改正において、「判定の時価」が「計算の時価」と同じと勘違いされるとともに法人税基本通達2-3-17の存在が見逃されたまま法人税法施行令119条1項3号の改正が行われたことにあるという衝撃の事実が明らかにされた。第3回目となる今回は、有利発行課税事件を検証する上で最も重要なポイントとなるこれらの点をさらに深く掘り下げていく。具体的には、「「判定の時価」は「計算の時価」と同じか否か」「平成18年改正の「種類株式の多様化」に伴う税制上の株主平等の内容の「明確化」をどのように捉えるべきか」という2つの問題の詳細な解明を試みる。
 今回も、神鋼商事側で意見書を書いた朝長英樹税理士に話を聞いた。

Ⅳ「2つの問題」の解明

1 「判定の時価」は「計算の時価」と同じか否か
――平成18年に行われた法人税法施行令119条1項3号の改正について、『平成18年 税制改正の解説』では「会社法の制定による種類株式の多様化に伴い、従前の「株主等として取得したこと」(税制上の株主平等)の内容を、より明確化したもの」としか説明されていませんが、実際にはこれ以外にもいろいろな部分が変更されたとお聞きしました。このうち、「判定の時価」を採る日を誤って変えたところは翌年に元に戻されたものの、「判定の時価」を「計算の時価」と同じものとした部分はそのままになっている、ということでしたね。
朝長
 そうです。
 前回お話したとおり、平成18年に119条1項3号が改正され、「判定の時価」が、機械的に計算することができる純資産価額である「計算の時価」と同じものと受け取られかねないような文言になってしまったことが、平成21年以後、突如として次々に課税が行われるという事態を生じさせた根本原因ではないのかと考えられます。このため、有利発行課税事件を検証する上では、「判定の時価」は「計算の時価」と同じか否かということを明確にしておかなければなりません。
○平成21年の大手総合商社への課税も平成18年改正が原因
――第1回のインタビューの中で、大手総合商社への課税は平成17年の119条1項3号が適用される事業年度におけるものであったにもかかわらず18年の同号の改正が原因となっている(685号14頁)というお話がありましたが、先にこの点について詳しく教えて頂けないでしょうか。
朝長
 分かりました。それについては、私が講師を務めたセミナーにおける質問と回答からお話をさせて頂いた方が分かり易いと思います。
 昨年、大阪、名古屋と東京で税理士の方々に有利発行課税事件についてお話をさせて頂く機会があったのですが、その際に、私から参加者にある質問をさせて頂きました。1か所では、大手総合商社が課税された事業年度に合わせて、平成17年時点の119条1項3号と2-3-7及び2-3-9を示して有利発行税制の説明を行った上で、「子会社が非上場会社の場合の「判定の時価」と「計算の時価」が同じものか否か」という質問をし、他の2か所では、神鋼商事が課税された事業年度に合わせて、平成18年時点の119条1項4号と2-3-7及び2-3-9を示して有利発行税制の説明を行った上で、同様に「子会社が非上場会社の場合の「判定の時価」と「計算の時価」が同じものか否か」という質問をしました。
 この2つの質問で何が分かるかというと、平成18年の改正を目にしたことがない人と目にしたことがある人のそれぞれが「判定の時価」と「計算の時価」をどのように捉えるのかということです。もちろん現在は平成18年の改正が行われた後の状態ですから、厳密に言えば、17年の時点の法令と通達だけを目にしたという方は少ないわけですが、この2つの質問をすることで、18年の改正を目にしたことがない人とある人について、2つの時価の捉え方に違いがあるのか否か、また、違いがあるとすればその違いはどのようなものかということを知ることができるはずです。
 結果は、平成17年の法令と通達を示した上で有利発行税制の説明を行った1か所では、80数名の内5割弱の方が「判定の時価」は「計算の時価」と同じものではない、と回答しました。これに対して、平成18年の法令と通達を示した上で有利発行税制の説明を行った2か所では、各40数名の内それぞれ3名と4名を除いた全員が「判定の時価」は「計算の時価」と同じものである、と回答しました。この3名と4名の中には「わざわざ質問するくらいだから、きっと「違う」というのが答えのはずだ」と考えてそのように回答した方もいたように見受けられましたので、この2か所では実質的にほぼ全員が「2つの時価は同じもの」と考えたと判断してよいと思います。
――平成17年の時点の法令・通達を見た人と18年の法令・通達を見た人の反応がそれほど大きく違うとは驚きですね。
 参加者の中には現在の有利発行税制の規定や有利発行課税の判決を見ていた方も少なくなかったでしょうから、もし、平成18年の改正が本当に無かったとしたら、いずれのセミナーの参加者も、ほとんどが「2つの時価は同じものではない」と答えたのではないでしょうか。
朝長
 そうなったでしょうね。平成18年の改正が無かったとしたら、「判定の時価」については、昭和48年に遡って確認するしかありませんから、2つの時価が同じということにはなりようがありません。
 この質問は、平成18年の119条1項3号の改正を見た人達は「判定の時価」を「計算の時価」と同じように機械的に算出できる純資産価額で算出するものと思い込み、それが平成21年以降に次々と有利発行課税が起こる原因になったということを確認するためのものであったわけですが、結果は予想どおりでした。
――第1回目のインタビューで、「平成18年の改正に大きな問題があったことが平成21年に大手総合商社に対する有利発行課税が行われる原因になった」とおっしゃっていたのは、こういうことだったのですね。
朝長
 そうです。法令は天から降ってくるものではなく、生身の人間が作るものですから、当然、間違いや適切でないものもあります。法令を解釈する際には、その法令が適切なものとなっているのか否かというところまで考えることができればよいのですが、現実には、なかなかそこまでは行きません。有利発行課税事件は、そのような法令解釈の深度不足が大きな問題を生じさせるということを示してくれた事件であると考えています。
――確かに、有利発行課税事件の判決においては2つの時価が同じものだとされているわけですし、平成18年に2つの時価を全く同じ文言にしたことが有利発行課税の原因になったというお話はよく分かります。
 しかし、本当に2つの時価は同じものではないと言えるのでしょうか。大手総合商社のケースにおいて納税者側が主張しているように、「計算の時価」は諸事情を考慮して修正するべきではあるが、基本的には「計算の時価」と同じく純資産価額によるべきである、ということではないのでしょうか。
朝長
 そういうことではありません。制度創設時に遡って確認してみても、「判定の時価」は「計算の時価」と基本的に異なるものであって、純資産価額によるべきものではないということが明確です。
○制度創設時の解説では「判定の時価」は「計算の時価」と異なることが明確
朝長
 有利発行税制は、昭和48年に創設されたわけですが、既に昭和40年前から、国税当局内では有利発行の取扱いを変えるべきであるという声が出ていました。昭和40年の法人税法の改正においては、従来どおりの取扱いが維持されましたが、早くも同年には国税庁の担当者から、昭和48年に創設された有利発行税制と同じ内容の仕組みが必要であるという指摘がなされています。話が長くなってしまいますので、詳細は別の機会に譲りたいと思いますが、この国税庁の担当者は、そこで「判定の時価」に相当するものについて、「ケースバイケースで、引き受けた実情などを考えてやったほうが良く、算定方法を定めたほうが良いのであれば、定められないことはないが、そうなるとどうしても一株当たりの純資産がいくらということになってきて、それこそたいへんな価額が出てきて却って問題になる」と述べています。つまり、有利発行か否かの判定は「ケースバイケース」で増資を引き受けた実情などを考慮して行う必要があり、有利発行か否かの判定を「純資産」で行うことには問題がある、ということです。
 昭和48年に有利発行税制が創設された当時の改正の状況を見てみると、同税制は業界等の要望ではなく、国税庁の要望で創設されたものと推測される状況となっており、大蔵省主税局の職員よりも多くの国税庁の職員の方々が創設趣旨や制度の内容を詳しく語っています。これらの大蔵省主税局や国税庁の職員の方々の解説を読むと、非上場株式の「計算の時価」は純資産価額によるべきことが明確ですが、「判定の時価」に関しては、それが純資産価額によるべきこととなると解される記述は、どこにも全く見当たりません。昭和48年の有利発行税制の創設時の国税当局者の解説を読んで、「判定の時価」と「計算の時価」がどのように説明されているのかを確認しさえすれば、2つの時価が基本的に異なるものとされていることが容易に分かります。
 また、昭和48年当時、国税庁に勤務されていた職員の方が平成2年に出版された書物においては、「一般には、非上場株式の場合は絶対的な評価額がないので、法人税基本通達2-3-7の適用は実際には難しいものと考えます」と述べられています。非上場株式の純資産価額は機械的に算定できるわけですが、「判定の時価」はそのようなものではない、ということです。
 このように、有利発行税制の創設時やその前後の国税当局者の解説等を読みさえすれば、「判定の時価」が「計算の時価」と同じであるとか、「判定の時価」は諸事情を考慮して純資産価額を修正するものであるなどという主張が出てくることは有り得ません。
――平成18年改正の前まで、「判定の時価」と「計算の時価」の政令における規定の仕方が全く違っていたのは、2つの時価が基本的に異なるものであったからなのですね。
朝長
 そういうことです。非上場株式の「判定の時価」は、「計算の時価」のように機械的に算定される純資産価額によるものではないため、非上場株式について2-3-7で有利発行と判定して課税を行うことは、実際には極めて難しいわけです。
――それで昭和48年の制度創設時から平成21年に大手総合商社が課税を受けるまでの36年間、課税を受けた事案が見当たらないのですね。
朝長
 そうです。有利発行課税は、純資産価額を機械的に計算してお手軽に課税をするという制度ではないわけです。先ほどご紹介した昭和40年の国税庁の職員の発言に「ケースバイケース」という表現がありましたが、昭和48年には国税庁の職員が「発行価額を決定する日現在における価額が、必ずしも明確でない場合も考えられるので、ものによっては、個別の事案として取り上げて解決することとしたいと考えている」とも述べています。株主間契約によって取引価額が額面金額とされているという神鋼商事のケースは、正に「個別事案として取り上げて解決すること」が必要となるものの典型例と言ってよいはずであり、これが個別事案として取り上げられないというのであれば、個別事案として解決するものなど無いはずです。
 もっとも、わざわざ昔の話を持ち出さなくても、非上場株式の「判定の時価」を純資産価額で算定して有利発行か否かを判定するなどということが適切でないことは、常識を持って考えれば容易に分かることです。同じ純資産価額の会社であっても、業績の良い会社と業績の悪い会社では、当然、増資の払込金額は異なることになります。純資産価額がマイナスであっても株価に高い値がついている会社もあれば、反対に、純資産価額がプラスであっても誰も株を買わないという会社もあります。純資産価額がプラスであっても、誰も株を買ってくれず社長にもなってくれないという会社がいくらでも世の中にはあるでしょう。
――確かにおっしゃるとおりですね。
朝長
 実際に非上場会社が増資をするという場面を考えてみると、「純資産価額から10%以上安いから有利発行だ」という制度を創ることが如何にナンセンスなことかということが分かるはずです。非上場会社の場合、株式を買ってくれる人がいるならタダでも譲りたい、というようなことさえ現実にあるんですよ。
――そういう話はよく聞きますね。
朝長
 先ほどご紹介した国税庁に勤務されていた職員の方の平成2年に出版された書物の引用部分の続きでは「商法上の裁判例をみても、何が公正な発行価額であるかにつき、納得し得る客観的な基準がないことから、結論としては取締役会が決定した発行価額を追認したものが大部分であるというのが実情のようです。」と述べられています。現に、旧商法の下で有利発行に当たるか否かが争われた事件の最高裁平成27年2月19日判決においても、次のように判示されています。
 非上場株式の株価の算定については、簿価純資産法、時価純資産法、配当還元法、収益還元法、DCF法、類似会社比準法など様々な評価手法が存在しているのであって、どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。また、個々の評価手法においても、将来の収益、フリーキャッシュフロー等の予測値や、還元率、割引率等の数値、類似会社の範囲など、ある程度の幅のある判断要素が含まれていることが少なくない。
――最高裁判決でも、「どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない」とされているわけですね。
朝長
 そうです。「判定の時価」を「計算の時価」のように純資産価額方式のみにしてしまうことが如何に適切でないかということがよく分かるはずです。
 上記の最高裁判決においては、続けて次のように判示されています。
取締役会が、新株発行当時、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにも関わらず、裁判所が、事後的に、他の評価方法を用いたり、異なる予測値等を採用したりするなどして、改めて株価の算定を行った上、その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは、取締役らの予測可能性を害することともなり、相当でないというべきである。
 商法の「特ニ有利ナル発行価額」の判断に関する判決や学説の状況に関しても、昭和48年当時の文献を見ると、相当に多様なものがあると述べられています。
 商法では「特ニ有利ナル発行価額」となっており、税法の「有利な発行価額」と文言が一致しているわけではありませんので、商法の判断をそのまま税法の判断に持ってくることはできませんが、「特ニ有利」なものでさえその判断が上記のような状態であるとすれば、「特に」と付いていない税法の「有利な発行価額」の判断は、より一層困難なはずです。
 昭和48年当時の国税庁の職員の解説でも「どのような価額が適正な発行価額であるかを具体的に判定することは実際上必ずしも容易ではないため、いかなる発行価額が有利な発行価額であるかを具体的に判定することも、実際上容易なことではない」と述べられています。
 神鋼商事のケースにおいても、株主間契約が存在するという特別な事情がありますので、それがないケースと同じということは、有り得ません。株主間契約によって他の株主が保有する株式は額面金額で取引しなければならないものとされており、現に、増資前には額面金額で取引されてきていますので、神鋼商事がどのような金額で増資を引き受けたとしても、他の株主には何ら損害は生じません。このため、タイでは額面金額による増資が一般的であることを踏まえて増資を額面金額で行うことは、むしろ当然のことであって、神鋼商事のケースのような状況下では、額面金額で増資を行わないことの合理性を説明することの方が困難と言っても決して過言ではありません。
――確かに、非上場会社の実際の増資の場面を想定してみると、「判定の時価」を純資産価額によるとする仕組みは実態に合っていないと感じます。 
朝長
 先ほど紹介した有利発行税制の創設にかかわられた方々が書かれた解説等を読むと、実務をよく知りつつ常識を持って制度を創っておられることがよく分かります。有利発行課税事件は、「立法も解釈も、実務を知り、常識を持って行う必要がある」という教訓を与えてくれるものともなっています。 
○制度立案の常識からしても2つの通達の「時価」は基本的に異なるもの
朝長
 有利発行税制の「判定の時価」は法人税基本通達2-3-7(注)2に定められており、「計算の時価」は2-3-9(3)に定められているわけですが、これらの文言を比べてみるだけでも、「判定の時価」が「計算の時価」とは基本的に異なるものであることが分かります。
 有利発行と判定された場合に受贈益の額を計算するために用いる「計算の時価」に関しては、2-3-9の(1)から(3)までにおいて計算方法が具体的に定められており、一定の金額を機械的に算定することができます。これは、課税するということになった場合には疑義のない金額で課税する必要があるためであり、妥当な取扱いです。
 これに対し、2-3-7(注)2の「判定の時価」に関しては具体的な計算方法が定められていません。
 このため、大手総合商社のケースの地裁判決においては、「新株の時価を算定する解釈通達は定められていないため」、「判定の時価」は「計算の時価」を「準用するのが相当」としており、これがその後の「判定の時価」を「計算の時価」と同じとする流れを創ることとなりました。
 しかし、この「新株の時価を算定する解釈通達は定められていないため」「準用するのが相当」という部分には、明らかに論理の飛躍があります。「新株の時価を算定する解釈通達は定められていない」という事実は、「準用するのが相当」という結論を導くものではありません。
 先ほどご紹介した昭和48年の有利発行税制の創設時の解説にあったとおり、「判定の時価」の算定方法が定められていないことには、意味があります。1つの制度の中に2つの時価を設け、1つの時価については算定方法を定めて他の時価については算定方法を定めないとしていることには、当然、それなりの理由があるということです。それは、法律家であれば当然に知っておかなければならない立法の常識と言えるものです。税制度を企画立案する場面を想定してもらうと分かることですが、企画立案者が1つの制度の中の2つの時価について、1つには計算方法を定め、他の1つには計算方法を定めることを忘れるなどということは、絶対にあり得ません。大手総合商社の地裁判決の論法は、立法の常識を知らないものという批判を免れ得ません。
 また、地裁判決にある「準用するのが相当」という部分に関しても、仮にそのようなことであったとしたら、2-3-9(3)のように、「準じて合理的に計算される価額」と書くはずです。現に、2-3-9(3)には、そのように書かれています。
――「判定の時価」は「諸事情を考慮」した「計算の時価」であると解する余地はないのでしょうか。
朝長
 ありません。
 何かを「考慮」するという場合、通達では「考慮」という用語ではなく、「勘案」という用語が用いられるのが通例となっており、実際、法人税基本通達2-3-8注においても、「……の状況などを総合的に勘案して判定する必要がある」とされています。
 仮に「判定の時価」について諸事情を考慮した「計算の時価」とするということであったとすれば、この2-3-8注のように書くはずですが、2-3-7には、そのようなことは書かれていません。
――なるほど。通達の文言からも、「判定の時価」は「計算の時価」と基本的に異なるものであることが明確なわけですね。
○他の株主が保有する株式は過去の売買実例から額面金額が「時価」
――有利発行課税事件のいずれのケースも、親会社は子会社の増資による新株を額面金額で取得しているわけですが、増資新株の時価は額面金額であると言えるのでしょうか?
朝長
 いずれのケースの増資新株も、時価は額面金額とはなっていないはずです。
 神鋼商事は、タイ子会社では株主間契約において他の株主が保有する株式は額面金額によって売買しなければならないと定めており、現に、過去の他の株主の取引は額面金額で行われてきているため、他の株主が保有する株式は実質的な債券又は債権という状態になっている、と主張しています。つまり、親会社は実質的に1人株主の状態にあるため、親会社がどのような価額で増資新株を取得したとしても、有利発行とはならない、と主張したわけです。
――他の株主が過去に額面金額で取引を行っているから親会社が増資で取得した新株の時価は額面金額である、ということではなく、親会社は実質的な1人株主であるから、どのような価額で増資が行われても有利発行とはならない、ということですね。
朝長
 そうです。

2 平成18年改正の「種類株式の多様化」に伴う「明確化」をどのように捉えるべきか
○「値動き」を見る法基通2-3-17の区分処理を前提に有利発行を判定する必要
――神鋼商事のケースで、他の株主間の株式の売買が額面金額で行われてきたのは、株主間契約があるからですよね。
朝長
 そうです。株主間契約において、他の株主が保有する株式の売買は額面金額で行わなければならないと定められており、売買を額面金額で行わなかった場合には、定款の譲渡制限の定めによって売買が承認されないため、他の株主はお互いに額面金額で売買を行ってきたわけです。
 これらの過去の取引を見れば、他の株主が保有する株式は、株主間契約でキャピタルロス・キャピタルゲインが生じないようにされているため、そのようなことがない親会社が保有する株式とは「値動き」が全く異なっているということが分かります。
 平成15年以後は、株式の「値動き」に着目して区分処理を求める法人税基本通達2-3-17が存在しているわけですから、神鋼商事のケースにおいても、そこで定められた区分処理を前提として、他の株主が保有する株式と神鋼商事が保有する株式を銘柄の異なる株式とした上で、神鋼商事が額面金額による増資で株式を取得した場合に、それが有利発行となるのか否かということを判定する、ということにしなければならないはずです。2-3-17は平成15年から現在まで存在しているわけですから、それを無視することは許されません。
 つまり、他の株主が保有する株式と神鋼商事が保有する株式が銘柄の異なる株式として区分処理され、他の株主が保有する株式が株主間契約によって額面金額で売買されてきたという事情にある中で、神鋼商事が額面金額による増資で株式を取得した、ということになるわけですが、このときに119条1項4号の適用関係がどうなるのかということを考えてみると、神鋼商事は1人株主の状態にあることから有利発行課税を受けることはない、ということになるはずです。
○平成18年改正による「明確化」の前の規定では有利発行とはならない
――その場合、119条1項4号括弧書きや2-3-8の適用関係はどうなるのでしょうか。
朝長
 平成18年の改正が「明確化」の改正であるとすれば、その改正が2-3-17の存在を知らずに行われたものであったとしても、その改正後の取扱いは、同通達を除いた状態の119条1項3号括弧書きと2-3-8の取扱いと同じはずです。ですから、この2-3-17を除いた状態の119条1項3号括弧書きと2-3-8の取扱いで、神鋼商事のケースが有利発行にならないということであれば、平成18年の改正後も課税を受けることとはならないわけです。
――平成18年改正の「明確化」の前の取扱いが「2-3-17が無い」とした場合の取扱いであったとしても、神鋼商事のケースは有利発行にはならなかった、ということですね。
朝長
 仮に2-3-17が無かったとしても、有利発行にはなりません。
 平成18年改正の前の119条1項3号括弧書きは「株主等として取得したものを除く」となっており、これについて2-3-8では「株主等としての地位に基づき平等に取得したものをいうことに留意する」とされていました。これらの定めは、昭和48年の制度創設時に設けられたものですが、一人会社の1人株主が増資によって発行される全ての新株を取得する場合には、これらの定めに該当して有利発行とはならないと解されてきました。
――1人株主が全ての増資新株を取得するということであれば、当然、「株主等として取得したもの」ということになりますよね。
朝長
 当然、誰もがそのように解釈するはずです。そのような解釈が行われるということを念頭に置いて、先ほどの神鋼商事のケースの話を思い起こしてください。
――神鋼商事は現実には1人株主の状態にある、ということですね。そうすると、神鋼商事のケースは、119条1項3号括弧書きと2-3-8によって有利発行とはならないということですね。
朝長
 そういうことです。
○平成18年改正による「明確化」には大きな問題がある
――平成18年改正による「明確化」の後の119条1項4号括弧書きと2-3-8でも同じ結果になるはずですよね。
朝長
 本来はそうなるはずです。しかし、現実にはそのようにはなっていません。
 裁判では法令の解釈が問題になるわけですから、法令や通達がおかしいという主張は行いにくく、どのような状態の法令や通達であっても、その法令や通達に照らして課税にならないと主張する他ないわけですが、現実には、平成18年改正による「明確化」の後の119条1項4号括弧書きと2-3-8にはいくつかの大きな問題が生じており、これらの大きな問題があるため、同じ結果にはなりません。
――どのような問題でしょうか?
朝長
 平成15年に種類株式の多様化に伴って創設された2-3-17が存在することを知らずに種類株式の多様化に伴って「明確化」を行ったと思われることは、既にお話をしてきたとおりですが、その他にも3つの大きな問題が生じており、これらが原因となって、同じ結果にならないわけです。
 1つ目は、平成18年改正が「株主等として平等に取得したもの」の明確化を超える改正を行っていることが明確であるという問題です。
 119条1項4号括弧書きの「他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合」に該当するか否かは、『平成18年 税制改正の解説』にある解説を通達化した2-3-8の基準によって判定することとされていますが、平成18年改正の後の2-3-8においては、「株式の内容及び数に応じて株式又は新株予約権が平等に与えられ(る)」という要件と「その株主等とその内容の異なる株式を有する株主等との間においても経済的な衡平が維持される」という要件とが付加されており、これは明らかに「明確化」を超えるものです。
 特に「経済的な衡平が維持される」という要件は、如何様にも厳しく捉えることが可能であり、神鋼商事の高裁判決でも、増資によって「他の株主に株価の下落や会社支配力の低下が生じる」として、「経済的な衡平」が維持されなくなることを理由に有利発行となる、とされました。
 2つ目は、平成18年改正後の2-3-8によって有利発行から除かれるのは種類株式を発行している場合のみであり、種類株式を発行していない場合には適用除外とされないことになってしまっている、という問題です。
 119条1項4号括弧書きの判定は、2-3-8の定めによることとされているわけですが、2-3-8でも、「かつ,その株主等とその内容の異なる株式を有する株主等との間においても経済的な衡平が維持される場合」とされており、「その株主等とその内容の異なる株式を有する株主等」が存在しなければ、この要件を満たすことができません。しかし、現実には、種類株式を発行していない会社の方が圧倒的に多いわけで、神鋼商事の判決でも、種類株式を発行していないため2-3-8の適用がなく、適用除外とはならない、とされました。
 改めて言うまでもありませんが、平成18年改正の前は、種類株式を発行していなければ適用除外にならないなどという仕組みにはなっていませんでした。
 最後の3つ目は、119条1項4号括弧書きと2-3-8は、平成18年改正により、1人株主が増資によって株式を取得するケースが適用除外とされないものになってしまっているという問題です。
 何故適用除外とされないかというと、119条1項4号括弧書きと2-3-8がいずれも「他の株主等」が存在しなければ適用されないものとなっているためです。119条1項4号括弧書きは、「他の株主等」に損害を及ぼすおそれがないと認められるものに「限る」とされており、「他の株主等」に損害を及ぼすおそれがあるものを「除く」とされているわけではありませんので、「他の株主等」が存在しなければ同号括弧書きによって有利発行課税の適用除外とされる余地がないことは、文理上、明確です。2-3-8も、「内容の異なる株式を有する株主等」が存在しなければ適用されることがない文言に変わっています。平成18年改正の前は、1人株主が増資によって株式を取得するケースは、119条1項3号括弧書きによって適用が除外される典型的なケースであったわけですが、それが平成18年の「明確化」によって除外されなくなってしまっているわけです。
――驚きですね。そのような状態では、119条1項4号括弧書きや2-3-8を根拠に裁判で争っても、納税者が勝つのは難しいですよね。
朝長
 平成18年改正で種類株式を発行していなければ適用除外とはならないということになってしまっており、また、1人株主であれば有利発行にはならないとする法令や通達の根拠が平成18年改正で無くなってしまっていますので、それらが神鋼商事の裁判では大きなハンディキャップとなってしまいました。
――朝長先生が「明確化」のことを何度も話題にされるのは何故なのかなと疑問に思っていたのですが、理由がよく分かってきました。このようなものを「明確化」と言ってよいのでしょうか?
朝長
 平成18年の改正担当者が「明確化」をしようと思って改正をしたということは事実だと思いますが、「明確化」の前の制度をよく知らなかったために、結果が「明確化」ではないものになってしまっている、ということだと思います。
 いずれにしても、平成18年改正の後の法令・通達が文言どおり適用された場合には、次々に有利発行課税が行われるといったことにもなりかねませんので、増資に当っては、法令・通達が先ほどお話をさせて頂いた状態になっているということをよく理解した上で、どのように対応するのかを考えなければなりません。
 (第四回に続く)

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