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解説記事2019年07月08日 【税理士のための相続法講座】 相続法改正(3)―持戻し免除の意思表示の推定規定(2019年7月8日号・№794)

税理士のための相続法講座
第48回
相続法改正(3)―持戻し免除の意思表示の推定規定
 弁護士 間瀬まゆ子

1 はじめに
 今回のテーマは、「配偶者への居住用不動産の贈与・遺贈について持戻し免除の意思表示を推定する規定の新設」についてです。
 この持戻し免除の意思表示の推定規定に関して、民法改正について採り上げた新聞では、「婚姻期間20年以上の夫婦で、住居を生前贈与するか遺言で贈与の意思を示せば、住居を遺産分割の対象から外せる優遇措置」等と報じられました。しかし、このような表現では、配偶者が確実に自宅を取得できるとの誤解を与えかねないのではと危惧しています。その理由については、後述します。
 なお、持戻し免除の意思表示の推定に関する規定は、令和元年7月1日から施行されており、施行日前にされた遺贈又は贈与については適用されないことは以前述べたとおりです(第46回(本誌786号13頁参照))。

2 特別受益の持戻しの免除とは
 Aが令和元年7月に亡くなった。亡くなった時点におけるAの遺産は金融資産3,000万円だけだったが、Aは生前に自宅土地建物(相続開始時の評価額2,000万円)を配偶者Bに贈与していた。相続人は、配偶者BとAの姉C。
設例1
 Aは平成10年7月にBと再婚した。そして、AがBに自宅土地建物を贈与したのは平成12年7月のことだった。
設例2
 AとBは自宅建物の一部でパン屋を営んでいた。
設例3
 Aは、自宅土地建物を贈与した後、Bとともにマンションに転居した。その後、BはそのマンションもBに贈与した。



(1)特別受益の持戻し  まず、特別受益の持戻しについて確認します。
 特別受益がある場合、その特別受益を相続財産に加算したもの(みなし相続財産)を基礎として一応の相続分を算出し、そこから各人の特別受益の額を控除してそれぞれの具体的相続分を算定します(民法903条1項)。これを特別受益の持戻しと言います。
 先ほどの例で考えてみましょう。

【みなし相続財産】  3,000万円+2,000万円=5,000万円
【一応の相続分】  5,000万円×1/2=2,500万円
【具体的相続分】  B 2,500万円-2,000万円=500万円
 C 2,500万円

 この場合、Bは遺産である金融資産3,000万円の中から500万円しか取得できないことになります。
(2)持戻し免除の意思表示  しかし、被相続人は、特別受益の持戻しの免除をすることができ(民法903条)、そのような意思表示がなされていた場合には、上記の例で自宅土地建物2,000万円が相続財産に加算されることがなくなります。そのため、Bは相続財産3,000万円に法定相続分1/2を乗じた1,500万円を取得できることになります。
 この持戻し免除の意思表示は、明示ではなく黙示でも足りると解されており(ただし、遺贈については遺言によらなければならないとする説もあります。)、黙示の意思表示があったかどうかについて苛烈な争いが生じることもあります。
(3)新設された推定規定  以上は、今回の民法改正前から変わらないルールですが、相続法改正でこの持戻し免除の意思表示に関して新しい規定ができました。
民法903条(特別受益者の相続分) 4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思表示をしたものと推定する。
 新設された民法903条4項は、以下のいずれの要件も充たす場合に、特別受益の持戻しを免除する意思表示があったものと推定するもので、一般的な被相続人の意思を尊重して配偶者の生活保障を厚くすることを企図して設けられました。
《民法903条4項の要件》 ① 婚姻期間が20年以上の夫婦であること
② 居住用不動産の贈与又は遺贈がされたこと
 これらの要件については、次項の設例についての解説の中で述べます。
(4)設例について
設例1
 Bさんは、Aさんが亡くなった時点では婚姻期間が20年を超えています。しかし、贈与を受けた時点では20年未満です。20年という要件はいつの時点で満たしている必要があるでしょうか。
 税理士であれば「当然、贈与の時点で判断するはず。」と考えるかもしれません。それが正解です。新しくできた推定規定は、贈与税の配偶者控除の規定(相続税法21条の6)を参考に設けられたものです。贈与税の配偶者控除と同様、婚姻期間20年以上という要件は、贈与の時点で満たしている必要があります。
 したがって、設例1のBは、婚姻期間が19年しかないため、民法903条4項の適用を受けることができません。
 ただ、だからと言って、直ちにBへの贈与につき持戻し免除が認められないということにもなりません。Aが持戻し免除の明示の意思表示をしていなくても(実際、明示の意思表示がなされることは稀です。)、諸般の事情を考慮して黙示の意思表示があったものと裁判上認められる場合があるからです。実は、配偶者への居住用不動産の贈与は持戻し免除の黙示の意思表示が認められやすい類型と従前から言われており、居住用不動産の持分を配偶者に生前贈与した事案で持戻しの免除の意思表示があったと認められた裁判例もあります(東京高決平成8年8月26日家月49巻4号52ページ)。
 この点、設例1では婚姻期間が20年に近い期間となっていますので、持戻し免除の意思表示の推定規定ができたことにより、従前以上に持戻し免除の意思表示を認める方向の判断が出やすくなるのではないかと推測します。
※なお、贈与税の配偶者控除と同様、結婚と離婚を繰り返したようなケースについても、婚姻期間が通算して20年以上となっていれば推定規定の適用を受けられると解されています。

設例2
 設例2では、店舗兼住宅が贈与されています。この場合に903条4項の適用を受けられるかどうかについては、以下のように説明されています(堂薗幹一郎ほか「概説改正相続法」44ページ、以下「概説」という。)。
① 構造上一体となっている建物の一部を店舗として利用しているケース(③の場合を除く)→建物全部について適用あり
② 構造上居住用部分と店舗部分が分離さているケース→居住用部分に限り適用あり
③ 構造上一体となっているがその大部分を店舗が占めているケース→適用なし(ただし、設例1の場合と同様、黙示の意思表示が認められる場合あり。)
 では、どの程度の面積を占めているときに「大部分」と判定されてしまうのかというと、残念ながら民法では具体的な基準は示されていません。ただ、あくまで私見ですが、贈与税の配偶者控除で建物全部につき控除が認められる際の基準の「居住の用に供している部分の面積が……おおむね10分の9以上であるとき」(相基通21の6-1)よりは緩やかに判断されることになるのではないかと推測しています。
 設例2の事例でも、前掲の「概説」で立案担当者が例として挙げている「構造上一体となっている3階建ての建物の1階部分の一部でパン屋を営んでいる」ようなケースであれば、建物全体について民法903条4項の適用が受けられるはずです。

設例3
 贈与税の配偶者控除は一回しか適用を受けることができませんが、持戻し免除の意思表示の推定規定には、回数の制限がありません。また、居住要件は居住時点で判断されるため(「概説」45ページ)、相続開始時に居住していなくても適用は受けられると思われます。
 したがって、理論上は、持戻し免除の意思表示の推定規定は、複数回適用を受ける余地があることになりそうです(実際には、贈与税の課税の問題があり、複数回贈与するケースは稀でしょうが。)。
 しかし、裁判官による解説(「東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運用(家庭の法と裁判号外)」88ページ)の中では、上記のようなケースでは「先の贈与については相手方配偶者の老後の生活保障のために与えたという趣旨は撤回されたものと考えられ、明示又は黙示に持戻し免除をしないという意思が認められる場合が多い」との見解が示されています。
 したがって、実務上、推定規定が複数回の贈与について適用されることは原則として無いものと思われ、設例3のBも後に贈与されたマンションに関してのみ推定規定の適用を受けられることになると思われます。 

3 贈与税の配偶者控除との違い  前述のとおり、新設された民法の規定は贈与税の配偶者控除(相続税法21条の6)を参考に作られたものですが、以下のような点で、贈与税の配偶者控除とは異なると言われています。 
① 居住用財産の取得資金は対象にならない
② 遺贈の場合も適用あり
③ 上限額がない
 ただ、このうちの①に関しては、取得資金の贈与があった場合でも、相続税法21条の6が適用される場合には、「実質としては、居住用不動産の贈与がされたと評価することができ、同項の規定を適用することができる場合も多い」(「概説」47ページ)と解説されています。

4 最後に  以上、特別受益の持戻し免除の意思表示の推定規定に関して述べてきましたが、当該規定はあくまで「推定」規定に過ぎません。反証があれば覆る可能性があり(実際には法の趣旨を尊重してなかなか覆る判断は出ないでしょうが)、当該規定の適用の有無に係る紛争を完全に防ぐことはできません。ですので、冒頭に述べたとおり、「遺産分割の対象から外せる優遇措置」という表現では、何の問題もなく確実に取得できるものとの誤解を一般の方々に与えてしまうのではないかと危惧するのです。
 実は、そもそもこの規定の適用について論じるまでもなく、確実に贈与財産以外の財産を配偶者が取得できるようにできる場合があります。
 一つは、自宅の贈与について、特別受益の持戻しを免除する旨、被相続人が明示の意思表示をしていた場合です。明示の意思表示があれば、意思表示を推定するかにつき議論をする必要などなくなります。
 そして、更に強力なのは、遺産分割の余地が無い場合、すなわち全財産に関して遺言を残していたケースです。遺産分割が必要となる局面があるから、特別受益の問題が生じます。全ての遺産について遺言が残されていて遺産分割が必要なければ、特別受益の持戻しという問題も生じません。ですので、今回のテーマである推定規定の適用を受けられる努力をする位ならば、全財産について遺言を残しておくことを強く勧めます。
 特に設例では、配偶者以外の相続人が被相続人の姉のみでした。被相続人の兄弟姉妹には遺留分がありませんので、遺言を残すことで、相続に関する紛争をほぼ無くすことが可能となります(遺言の無効を争う等の余地はありますが、そう多くはありません。)。
 なお、特別受益の持戻しの免除は遺留分との関係では無力です。推定規定の要件を充たしていても、遺留分の請求を受けてしまうと、贈与財産の価額は遺留分の価額の算定のもととなる財産の価額に加算されてしまいますので注意して下さい(贈与が相続開始より10年超前に行われた場合は別です。これについては別稿で触れます。)。

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