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解説記事2021年05月31日 未公開判決事例紹介 決算訂正が粉飾決算か否か争われた損害賠償請求事件(2021年5月31日号・№884)

未公開判決事例紹介
決算訂正が粉飾決算か否か争われた損害賠償請求事件
東京地裁、意図して過大利益を計上したといえず

 本誌877号40頁で紹介した株主損害賠償請求事件の判決について、仮名処理した上で紹介する。

○外国法人税を未払税金費用に計上しなかったため決算を訂正したことが粉飾決算に当たるとして株主から損害賠償を求められた事件。東京地方裁判所(下 和弘裁判官)は令和2年12月10日、会社は意図して過大な利益を計上したものとはいえないとして、株主の請求を棄却した(令和元年(ワ)第14825号)。当時の代表取締役社長は会計処理が誤っているとの認識を有しておらず、また、決算の訂正は特別調査委員会の報告内容を尊重したものであり、当初の決算が粉飾されたものであったと認めたものではないとした。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、160万円を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告が、①被告において、その平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算に関し、利益を過大に計上し、これらの年度の有価証券報告書の重要な事項につき虚偽の記載をした、②被告の経理責任者である経理部長が、上記各決算の際、利益を過大に計上するという誤った内容の決算を作成して発表し、被告の事業の執行について原告に損害を加え、又は、被告の代表取締役社長が、上記経理部長に対し、適正な内容の決算を作成することを指示する義務を怠り、上記決算の作成及び発表により原告に損害を与えた、③被告の代表取締役社長が、決算内容につき重大な修正があるときは、決算発表予定日の1週間前までにこれを公表する義務があるのに、これを怠り、決算発表予定日の当日に重大な修正があること公表して、原告に損害を与えた、これらによる原告の損害は、原告が保有する被告の株式8万株の市場価額が、1株当たり40円から20円に下落したというものである旨を主張して、被告に対し、前記①につき金融商品取引法(以下「金商法」という。)21条の2第1項に基づき、前記②につき民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)715条1項又は会社法350条に基づき、前記③につき会社法350条に基づき、賠償金160万円の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、文中記載の証拠等及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者等

ア 被告は、不動産販売事業、建設事業、再生可能エネルギー事業等を営む株式会社であり、東京証券取引所市場第2部に上場している。〔甲6、乙3〕
イ A(以下「A」という。)は、平成22年6月から平成30年12月までの間、被告の代表取締役社長を務めた。〔乙14〕
ウ 原告は、被告の株式について、①平成27年3月16日に2000株を、②平成29年11月16日に1万4000株を、③平成30年2月16日に2万6000株を、④同月27日に6000株を、⑤同年7月5日に2000株を、⑥同年10月10日に2万株を、⑦同月16日に500株を、③同月17日に300株を、⑨同年11月6日に9200株(合計8万株)を、それぞれ市場取引において取得した。〔甲7の1~9〕
エ 原告は、令和2年2月20日、上記ウの8万株を含む被告の株式9万株を、1株当たり27円で売却した。〔甲8〕
(2)被告の発表等〔甲5、6、乙1、4〕
ア 被告は、自らの平成31年3月期第2四半期決算を発表する予定であった平成30年11月14日、同日までに平成31年3月期第2四半期報告書を提出できる見込みがない旨の発表(以下「本件発表」という。)をした。本件発表において、提出が遅延する理由は、「当社は、海外案件に係る現地での納税を契機に、過年度に計上した税金費用の金額について誤りがあったことが判明したため、2017年3月期まで遡り税金費用の再算定を行う必要があると判断しました。」などと説明されていた。
イ 被告は、提出期限である平成30年11月14日までに、関東財務局に対し、平成31年3月期第2四半期報告書を提出できなかったことから、同日、東京証券取引所から「監理銘柄(確認中)」に指定された。これにより、被告は、同年12月14日までに上記四半期報告書を提出できない場合、東京証券取引所から「整理銘柄」に指定され、上場が廃止される状況となった。
ウ 被告は、平成30年12月13日までに、関東財務局に対し、平成31年3月期第2四半期報告書等を提出したことから、同月14日、東京証券取引所から「監理銘柄(確認中)」の指定を解除された。
2 争点
 本件の争点は、①被告が有価証券報告書に利益を過大に計上していたものとして金商法21条の2第1項に基づく責任を負うか否か、②被告の経理部長又は被告の代表取締役社長が正しい内容の決算を作成して発表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か、③被告の代表取締役社長が決算内容の重大な修正を決算発表予定日の1週間前までに公表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か、④原告の損害の有無及び額である。
3 争点1(被告が有価証券報告書に利益を過大に計上していたものとして金商法21条の2第1項に基づく責任を負うか否か)に関する当事者の主張
(1)原告の主張

 被告は、自らの平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算に関し、平均年間利益に相当する3~5億円もの税金費用(海外所得に課税されるもの)を隠蔽して利益を過大に計上していたのであるから、これらの年度の有価証券報告書の重要な事項につき虚偽の記載をしていたものである(金商法21条の2第1項、25条1項4号)。原告は、当該虚偽記載により損害を被った。
 被告が虚偽の記載をしていたことは、海外所得のみを決算に計上し、費用を計上していなかったことに照らして明らかである。また、被告の当期純利益は、年間4~5億円にすぎず、被告において、2年間で合計約4億3000万円もの当期純利益が減少するとの事情は、重要な事項に当たる。
(2)被告の主張
ア 原告の主張は、否認ないし争う。
イ 被告が、平成30年11月14日以降に自らの平成31年3月期第2四半期決算や過年度決算を訂正したのは、被告及び×××××××××、LLC(以下「S社」という。)が米国ハワイ州法に基づき共同で出資して設立し、S社が完全な運営権を掌握していた海外の任意組合(以下「本件LLLP」という。)に関し、被告が本件LLLPから得た収益に対する外国法人税の費用計上につき、その会計処理を訂正したことによる。
ウ 一般に、海外で課税される税金の具体的な課税額につき明確な確証の得られない状況においては、申告により具体的な課税額が確定して税金を納付した期において、支払済みの税額を税金費用として計上する扱いも、会計実務上一般に許容されている。被告とS社との間で、平成29年に本件LLLPの収益資金の使途や収益の分配を巡って紛争が発生したことから、被告は、本件LLLPを通じて得る収益に対し、米国において課税される税金を実際に申告するまで、当該収益の額を確定することが困難であった。そのため、被告は、予め米国において課税されるべき税額を未払税金費用として決算に計上することが困難であった。このような状況の下で、①被告の決算の訂正は、専ら外国法人税を未払税金費用として計上していなかった点に関するものであり、被告の当期純利益が減少した(平成29年3月期に2億7600万円減少、平成30年3月期に2億3600万円減少。)とはいえ、売上高など被告の現在の収益力に影響する内容ではなかったこと、②被告の純資産は、既に発表していた決算と比較して、平成29年3月期に約2.2%減少し、平成30年3月期に約1.7%減少したにとどまり、決算の訂正による影響が軽微であったこと、③決算の訂正によって、被告の流動比率(流動資産を流動負債で割ったもの)や負債・自己資本比率に大きな影響がなかったこと、④被告は、外国法人税の未払税金費用について、いつどのように計上するかという会計処理を誤ったもので、意図的な粉飾を行ったものではないことからすれば、被告は、平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算に係る有価証券報告書において、重要な事項につき虚偽の記載又は不実の記載をしたものではない。
4 争点2(被告の経理部長又は被告の代表取締役社長が正しい内容の決算を作成して発表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か)に関する当事者の主張
(1)原告の主張

ア 上場会社の経理責任者は、投資家に対し、毎年正しく適正な決算を作成し、発表する義務を負う。被告の経理責任者である当時の経理部長(氏名不詳)は、被告の海外子会社である本件LLLPの事業につき被告の決算において利益を計上するに当たり、この利益に対応する所得税等の税金につき税務処理及び会計処理を行うべきであったのに、当該税務処理及び会計処理に関して本件LLLP及び被告の監査法人に確認せず、2年間もこれを怠り、被告の平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算の際、それぞれ誤った内容の決算を作成して発表した。この決算の作成及び発表により、原告は損害を受けた。
  被告の経理部長は、英語を不得手としたことから、本件LLLPとのコミュニケーション不足を生じ、海外税制に対する十分な認識を欠くこととなって、上記のとおり誤った内容の決算を作成するに至ったもので、その過失は、重大である。
  被告は、被用者である経理部長の重過失に基づき、被告の事業の執行について原告に損害を加えたものであるから、使用者責任(民法715条1項)を負う。
イ 仮に、被告の経理部長に決算の決定権限がなく、同人が過失責任を負わないとしても、被告の代表取締役社長は、上記経理部長に対し、適正な内容の決算を作成することを指示する義務を怠ったものであるから、被告は、会社法350条に基づく責任を負う。
(2)被告の主張
ア 原告の主張は、否認ないし争う。
イ 被告において、決算を決定する権限及び責任は、代表取締役社長にあるから、被告の経理部長は、原告に対し、正しく適正な決算を作成して発表する義務を負うものではない。原告の使用者責任の主張は、前提を欠く。
ウ 被告の平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算の際、被告の代表取締役社長は、Aであったところ、前記3(2)で主張した事情に照らせば、Aが原告に対する注意義務に違反したものとはいえず、被告は、原告に対し、会社法350条に基づく責任を負わない。
5 争点3(被告の代表取締役社長が決算内容の重大な修正を決算発表予定日の1週間前までに公表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か)に関する当事者の主張
(1)原告の主張

 被告の代表取締役社長は、投資家に対し、決算内容について重大な修正があるときは、決算発表予定日の1週間前までにこれを公表する義務があるのに、これを怠り、平成31年3月期第2四半期決算を発表する予定であった平成30年11月14日の午後に、重大な修正があることを公表した。原告はこの公表により損害を被ったもので、被告は、会社法350条に基づく責任を負う。
 被告は、平成30年9月末に外国法人税を納付済みであったから、その第2四半期決算は、同年10月末までに確定していたもので、被告の監査法人は、同年11月初めには監査報告書を提出することが可能であった。監査法人との協議のため公表時期を平成30年11月14日まで遅らせた旨の被告の主張には、理由がない。
(2)被告の主張
 原告の主張は、争う。被告は、投資家に対し、四半期決算を期限までに提出できない場合に、期限の1週間前までに決算提出の延期を発表しなければならないとの義務を負うものではない。また、被告は、平成30年9月末に外国法人税を納付したが、過年度決算の訂正が必要となる見通しであったことから、監査法人を含めた関係者と綿密な意見調整を行い、慎重な判断を行うことを要する状況にあった。本件の事情に照らしても、被告は、原告に対し、前記の義務を負わない。
6 争点4(原告の損害の有無及び額)に関する当事者の主張
(1)原告の主張

 本件発表前、被告の株式の東京証券取引所市場第2部における取引価格(以下「被告株価」という。)は、1株当たり40円であったが、本件発表により、被告株価は、平成30年11月14日の当日、1株当たり20円へと大幅に下落した。原告は、本件発表の当時、被告の株式8万株を保有していたから、この株価の下落により、160万円の損害を受けた。
(2)被告の主張
ア 被告株価が低迷した要因は、被告の平成31年3月期第2四半期決算が約15億6979万円の赤字となり、将来の配当予想を修正して無配としたことによるものと考えられ、本件発表と原告の損害との間に相当因果関係は認められない。
イ 原告は、保有していた被告の株式8万株を、1株当たり27円で売却したのであるから、1株当たり13円以上の損害を受けていない。また、被告株価は、令和2年1月17日には1株当たり38円まで値上がりしたことがあり、原告は、当該金額で被告の株式を売却することも可能であったから、原告主張の金額においてその損害を認めることはできない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 文中記載の前記前提事実、証拠等及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)米国ハワイ州法令に基づき組成された△△△△△△△△、LLLP(本件LLLP)は、被告及び米国ハワイ州の不動産開発会社であるS社が設立した企業体であり、被告は、本件LLLPに対し、49%の出資のみを行って、その運営をS社に委ねていた。〔甲5、乙14〕
(2)本件LLLPは、米国ハワイ州オアフ島において、コンドミニアムの開発事業を営んでいた。S社は、コンドミニアムの建設費用が当初の予算を大幅に超過することになった際、追加で700万ドルの建設費用を支出したが、被告は、その支出を認めず、うち350万ドルについては、被告が利益分配を受けるべきものであると主張し、平成29年6月頃、S社との間で紛争となった。被告及びS社は、同年8月以降、この紛争を解決するため、仲裁手続を利用したが、これに伴い、S社は、被告に対し、本件LLLPの会計情報の提供を拒絶するようになった。〔乙14〕
(3)被告において、四半期決算及び年度決算の決定並びに計算書類及び有価証券報告書の作成は、代表取締役社長にその権限があった。被告の平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算及び四半期決算並びに平成31年3月期における第2四半期までの各四半期決算について、その決定権限を有する者は、Aであり、それらの決算に対応する有価証券報告書の作成権限についても同様であった。〔前提事実(1)イ、乙12、14〕
(4)被告は、本件LLLPからの収益に基づく所得に対し、米国で課される連邦法人所得税及びハワイ州法人所得税(以下「本件外国法人税」という。)について、平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算において、被告の法人税等に計上することはなく、これらの通期決算に基づく有価証券報告書についても同様であった。上記の会計処理について、被告の監査法人から特段の指摘はなく、Aは、当該会計処理が誤っているとの認識を有しなかった。〔乙14〕
(5)被告は、平成29年7月27日、□□□□□□□□Limited(以下「PJF社」という。)を自らの完全子会社とし、被告の決算上、平成30年3月期第2四半期において、平成29年9月末をみなし取得日とした上で、同四半期には、平成29年6月末のPJF社の貸借対照表を連結するとの処理をし、平成30年3月期第3四半期には、平成29年9月末のPJF社の貸借対照表及び同年7月から同年9月までの損益計算書を連結するとの処理をし、平成30年3月期通期には、平成29年12月末のPJF社の貸借対照表及び同年7月から同年12月までの損益計算書を連結するとの処理をした。〔甲5〕
(6)被告は、平成30年9月、本件外国法人税に関し、確定申告書を提出し、その納付を行った。〔甲5、乙14〕
(7)前記(2)の仲裁手続は、平成30年11月中に終了した。〔乙14〕
(8)被告は、平成30年11月上旬頃、監査法人から、過年度決算の修正が避けられない旨を伝えられた。〔乙14〕
(9)被告は、平成30年11月14日、本件発表をした。同日の被告株価は、始値が1株当たり40円であったのに対し、終値が1株当たり22円であった。〔前提事実(2)ア、甲4〕
(10)被告は、平成30年11月20日、外部の専門家から構成された株式会社P特別調査委員会(以下「本件調査委員会」という。)を設置した。〔乙1、3〕
(11)本件調査委員会は、平成30年11月28日、被告につきPJF社の企業結合に係る会計処理に不備がある可能性が認められたことから、これを調査対象に含めることにした。〔乙1、2〕
(12)本件調査委員会は、平成30年12月13日、被告に対し、調査報告書(以下「本件調査報告書」という。)を提出した。本件調査報告書において、被告が、その決算上、本件外国法人税につき、計上すべきことを知りながらこれを計上していなかった旨の記載はなく、被告が、PJF社の株式取得に係る会計処理について、不適当なものであると知りながら処理を行った旨の記載もない。〔乙1、3〕
(13)本件調査報告書の報告内容は、本件外国法人税について、対応する課税所得が生じた平成29年3月期及び平成30年3月期において被告の法人税等に計上するとともに、控除対象外国法人税として翌期以降の課税所得の減額効果があると認められる部分については、税効果会計の会計処理を行うべきであるというものであった。そこで、被告は、この報告内容を踏まえて、平成30年12月13日までに、平成29年3月期及び平成30年3月期に遡って、法人税等及び繰延税金資産を自らの決算に計上するとの訂正をした。〔甲5、乙3、乙8の2、乙9の2〕
(14)被告は、本件調査報告書の報告内容を踏まえて、自らの決算の内容を訂正し、平成30年12月13日までに、①平成30年3月期第2四半期には、平成29年9月末のPJF社の貸借対照表を連結するとの処理をし、②平成30年3月期第3四半期には、平成29年9月末のPJF社の貸借対照表を連結するとの処理をし、③平成30年3月期通期には、平成29年12月末のPJF社の貸借対照表及び同年10月から同年12月までの損益計算書を連結するとの処理をした。〔甲5〕
(15)ア 前記(13)及び上記(14)の各訂正により、被告の平成29年3月期通期連結決算は、当期純利益が、4億8858万8000円から2億1302万9000円へと千円を単位とする計算で2億7555万8000円減少し、これに伴い被告の純資産も同額減少した。被告の純資産が減少した割合は、約2.2%である。他方、上記連結決算において、売上高、営業利益及び経常利益には影響がなかった。〔甲5〕
 イ 前記(13)及び上記(14)の各訂正により、被告の平成30年3月期通期連結決算は、当期純利益が、17億2003万7000円から14億8379万7000円へと千円を単位とする計算で2億3623万9000円減少し、これに伴い被告の純資産も4億3177万4000円減少した。被告の純資産が減少した割合は、約1.7%である。他方、上記連結決算において、売上高、営業利益及び経常利益には影響がなかった。〔甲5〕
(16)令和2年1月17日の被告株価は、高値が1株当たり38円であった。〔乙13〕
2 争点1(被告が有価証券報告書に利益を過大に計上していたものとして金商法21条の2第1項に基づく責任を負うか否か)について
 前記1の認定事実によれば、被告は、本件外国法人税について、平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算において、被告の法人税等に計上することはなく、これらの通期決算に基づく被告の有価証券報告書についても同様であったが、当該会計処理について、被告の監査法人から特段の指摘はなく、当時の被告の代表取締役社長であったAは、当該会計処理が誤っているとの認識を有しなかった。また、本件調査報告書において、被告が、その決算上、本件外国法人税につき、計上すべきことを知りながらこれを計上していなかった旨の記載はなく、被告が、PJF社の株式取得に係る会計処理について、不適当なものであると知りながら処理を行った旨の記載もないことから、当該決算に基づく被告の有価証券報告書についても同様であったと認められる。さらに、被告は、平成30年12月13日までに、平成29年3月期及び平成30年3月期に遡って、法人税等及び繰延税金資産を自らの決算に計上するとの訂正をしたが、これは、本件調査報告書の報告内容を尊重したものであって、当初の決算が粉飾されたものであったと認めたものではない。
 以上の事実関係に照らせば、被告は、自らの平成29年3月期通期決算及び平成30年3月期通期決算に対応する有価証券報告書において、意図して過大な利益を計上したものであるとはいえず、過大な利益が計上されたことを知りつつ是正しないままこれを放置したものであるともいえない。上記有価証券報告書の重要な事項について虚偽の記載があったとは認められず、この点に関する原告の主張は、採用することができない。
 したがって、被告は、原告に対し、金商法21条の2第1項に基づく責任を負わないというべきである。
3 争点2(被告の経理部長又は被告の代表取締役社長が正しい内容の決算を作成して発表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か)について
(1)使用者責任について

 原告は、自らを含む被告の株主が被告の株式を保有することにより得られる経済的利益について、その侵害に向けられた被告の経理部長の事実行為があったことを、何ら主張立証していない。また、原告は、被告の経理部長との間に取引行為その他に基づく法律関係があったことを、何ら主張立証していない。さらに、被告の従業員の地位を有する経理責任者が、法令上、原告を含む被告の株主に対し、その保有する被告の株式に係る市場価値を保護する義務を負っているものとは認められない。
 以上によれば、仮に、被告の経理部長が、被告の四半期決算及び年度決算の決定並びに計算書類の作成に関与していたとしても、本件に関し、当該経理部長が、原告に対し、その関与について何らかの注意義務を負うものということはできない。被告が民法715条1項に基づく使用者責任を負う旨の原告の主張は、前提を欠いており、これを採用することができない。
(2)会社法350条に基づく責任について
 株式会社が会社法350条に基づく責任を負うのは、同社の代表取締役がその職務を行うについて不法行為責任を負う場合に限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和48年(オ)第930号同49年2月28日第一小法廷判決・裁判集民事111号235頁)。
 これを本件についてみるに、前記1の認定事実のとおり、被告の平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算を決定し、これに対応する計算書類を作成する権限を有する者は、被告の代表取締役社長であるAであったから、Aがその職務を行うについて原告に対し不法行為責任を負う場合には、被告も原告に対し会社法350条に基づく責任を負うこととなる。
 しかし、Aが、被告の平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算を決定し、これに対応する計算書類を作成した際、将来に、被告において決算の訂正を要することから関東財務局に対し提出期限までに四半期報告書を提出することができず、その旨の発表により被告株価が下落することを具体的に予見可能であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。Aの注意義務の前提となる予見可能性が認められないことから、Aがその職務を行うについて原告に対し不法行為責任を負うものとはいえない。
 したがって、被告は、平成29年3月期及び平成30年3月期における各通期決算の決定及びこれに対応する計算書類の作成に関し、原告に対し、会社法350条に基づく責任を負わないというべきである。
4 争点3(被告の代表取締役社長が決算内容の重大な修正を決算発表予定日の1週間前までに公表する義務を怠ったことにより被告が責任を負うか否か)について
 株式会社が自らの決算の公表前にその内容に重大な修正を要すると認めた場合、その公表の時期をいつにするかについては、経営上の専門的判断に委ねられているものというべきであるから、被告の代表取締役社長であったAが、原告を含む被告の株主に対し、決算内容の重大な修正を、一律に決算発表予定日の1週間前までに公表する義務を負っていたものということはできない。
 また、前記1の認定事実に照らすと、被告において平成31年3月期第2四半期決算を発表する予定であった平成30年11月14日に、Aが、被告を代表して本件発表を行ったことについて、その決定の過程や内容に不合理な点があったということもできない。
 したがって、本件発表につきAが原告に対し不法行為責任を負うものとは認められないから、この点に関し、被告も原告に対し会社法350条に基づく責任を負わないというべきである。
5 小括
 以上のとおり、争点4については判断するまでもなく、被告は、原告に対し、損害賠償責任を負うものではない。
6 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第32部
裁判官 下 和弘

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