解説記事2022年03月28日 SCOPE 妻名義の預金口座への移し替え、夫婦間の財産の帰属の判断は(2022年3月28日号・№924)
妻による夫の財産管理は不自然といえず
妻名義の預金口座への移し替え、夫婦間の財産の帰属の判断は
夫名義の預金口座から妻名義の預金口座等に入金された金額が贈与に該当するか否かが争われた裁決で、国税不服審判所は、請求人(妻)は家族の生計を維持するために夫の財産を管理・運用していたと解するのが相当であるとし、原処分の全部を取り消した(令和3年7月12日)。審判所は、日本では自己の財産を家族名義の預金で保有することも珍しくなく、夫婦間における財産の帰属については、①財産又はその購入原資の出捐者、②財産の管理及び運用の状況、③財産の費消状況等、④財産の名義を有することとなった経緯等を総合考慮して判断するのが相当であるとの見解を示した。
「出捐者」「管理・運用状況」「費消状況」「名義」を総合的に判断
夫婦であれば夫名義の預金口座から妻名義の預金口座に預金を移し替えることはよくあることだが、今回紹介する裁決は、その入金が相続税法9条に規定する「対価を支払わないで利益を受けた場合」に該当するとして、原処分庁が行った贈与税の決定処分等の可否が争われたものである。請求人(妻)は、妻名義の預金口座の管理・運用をしていたとしても、贈与契約が成立していない以上、請求人に財産が移転したということはできないなどと主張した(表参照)。
【表】当事者の主な主張
原処分庁 | 請求人 |
次のとおり、本件各入金は、相続税法9条に規定する対価を支払わないで利益を受けた場合に該当する。 (1)本件各入金がされた後、①請求人名義投資信託口座にあっては、金融機関の担当者が請求人に投資信託に対する説明を行い、その後も請求人に対して説明やフォローを行っていたこと、②請求人名義口座にあっては、請求人が、有価証券の購入や運用について、××××に全て指示又は注文を行っていたこと、③請求人が、金融商品の取引経験がある旨や金融商品に関する勉強のために日経新聞を読んでいる旨を各金融機関の担当者に話していたことから、請求人は、夫の意向に拘束されることなく自身の判断に基づいて有価証券の取引を行っていたと認められる。 (2)請求人は、請求人名義口座及び請求人名義投資信託口座から生ずる投資信託分配金等を、いずれも請求人名義普通預金口座に入金し、平成27年分及び平成28年分の所得税等において請求人の所得として確定申告している。 (3)請求人が各入金に見合う額の金員を夫に返還した事実がないことから、夫は各入金に見合う額の経済的利益を失い、その一方で請求人は、各入金により経済的利益を受けたものと認められる。 (4)相続税法9条は、実質的にみて、贈与を受けたのと同様の経済的利益を享受している事実がある場合に、贈与契約等の原因行為そのものではなく、その結果として取得した経済的成果に担税力を認めて贈与税を課税するものであるから、原因行為が不当利得であるか否かによって同条の規定の適用が妨げられるものではない上、不当利得とは、結局のところ、ある者から別の者に移転した経済的利益であるから、いずれにしても、請求人は経済的な利益を受けたことになる。 |
次のとおり、本件各入金は、相続税法9条に規定する対価を支払わないで利益を受けた場合に該当しない。 (1)請求人名義口座及び請求人名義投資信託口座では、請求人が取引に係る書類の記入や実際の手続を行っていたが、その管理・運用は、夫の指示又は包括的同意若しくはその意向を忖度したものである。 したがって、請求人が請求人名義口座及び請求人名義投資信託口座の管理・運用をしていたとしても、贈与契約が成立していない以上、各入金を原資とした財産がいずれも夫から請求人に移転したということはできない。 (2)請求人が平成27年分及び平成28年分の所得税等の確定申告をしたのは、金融機関の担当者から「確定申告をすれば税金が還付される」と教えられたため、税金に関する知識もあまりない請求人が深い考えもなく、近くの税理士に頼んで還付申告を行ったにすぎない。 (3)各入金を原資とした財産は、夫に帰属するものであるから、夫は、何ら経済的利益を失っておらず、一方、請求人は何らの経済的利益を享受していない。 (4)仮に、原処分庁の主張する経済的利益が契約などの法律上の原因がないにもかかわらず本来の利益の帰属者である夫の損失と対応する形で請求人が利益を受けたことを意味するのであれば、民法703条《不当利益の返還義務》の規定によって利益を受けた者は、その受けた利益を損失を受けた者に返還すべき義務を負うことになるから、結局のところ、請求人は何ら経済的な利益を受けていないことになる。 |
審判所は、相続税法9条が規定する「利益を受けた場合」とは、おおむね利益を受けた者の財産(積極財産)の増加又は債務(消極財産)の減少があった場合等を意味するものと解され、同条に規定する対価を支払わないで利益を受けた場合に該当するか否かの判定については、対価の支払の事実の有無を実質により判定し、経済的利益を受けさせた者の財産の減少と、贈与と同様の経済的利益の移転があったか否かにより判断することを要するものとの見解を示した。
財産の名義は重要な要素だが
夫名義の預金口座から妻名義の預金口座に移転していることについては、請求人に贈与と同様の経済的利益の移転があったといえるか否か検討することになるが、審判所は、一般的に財産の帰属の判定において、財産の名義が誰であるかは重要な一要素となり得るものの、日本では自己の財産を扶養する家族名義の預金等の形態で保有することも珍しいことではなく、また、財産の管理及び運用を行った者が誰であるかも重要な一要素となり得るが、特に夫婦間においては、一方が他方の財産を、その包括的同意又はその意向を忖度して管理及び運用することはさほど不自然なものとはいえないからこれを殊更重視することは適切ではないと指摘。夫婦間における財産の帰属については、①財産又はその購入原資の出捐者、②財産の管理及び運用の状況、③財産の費消状況等、④財産の名義を有することとなった経緯等を総合考慮して判断するのが相当であるとした。
その上で審判所は、請求人自ら私的な用途で費消した事実は認められないことから、請求人が専ら家族の生計維持のために夫の財産を管理・運用していたと解するのが相当であると判断し、原処分の全部を取り消した。
なお、原処分庁は、ある者から別の者に移転した経済的利益が不当利得に該当するとしても、相続税法9条の規定が適用されると主張したが、審判所は、契約などの法律上の原因がない場合に経済的利益を受けた者は、民法703条の規定により、その受けた利益について損失を受けた者に返還すべき義務を負うことになり、相続税法9条の規定の適用にあっては、当該義務を考慮することになるとし、原処分庁の主張を斥けた。
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