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解説記事2023年03月27日 特別解説 IFRS任意適用日本企業の有価証券報告書における気候変動や温暖化に関する開示(2023年3月27日号・№972)

特別解説
IFRS任意適用日本企業の有価証券報告書における気候変動や温暖化に関する開示

はじめに

 近頃はIASB(国際会計基準審議会)や我が国のASBJ(企業会計基準委員会)における新たな会計基準の設定が一区切りしていることもあり、サステナビリティやESGといった新たな領域に、投資家や会計・監査の専門家の注目が集まっているように見受けられる。
 国際的にはISSB(国際サステナビリティ基準審議会)、我が国においてはSSBJ(サステナビリティ基準委員会)という組織が立ち上げられて、サステナビリティ基準設定のための議論が活発に行われている。
 また、わが国においては、金融庁の金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(DWG)において企業の情報開示の在り方について議論が行われていたが、2022年6月に「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告 −中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて−」(以下、DWG報告)が公表され、サステナビリティ情報開示、コーポレート・ガバナンスに関する開示、四半期開示、「重要な契約」の開示などの主な論点について今後の方向性が示された。そして、2023年3月31日以後終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、サステナビリティ情報の開示拡充(サステナビリティに関する情報の記載欄の新設、人的資本に関する情報、多様性に関する情報)が行われる予定となっている。
 本稿では、上記の改正が行われる前の時点において、我が国でIFRSに基づいて連結財務諸表を作成・提出する日本企業(以下「IFRS任意適用日本企業」という。)の有価証券報告書において、気候変動に関する情報がどの場所に、どの程度開示されているのかを調査した。

今回の調査対象とした企業

 今回の調査対象としたのは、IFRS任意適用日本企業が作成・提出した2021年9月期から2022年8月期までの有価証券報告書である。今回の調査では開示データベースを利用し、「IFRS有価証券報告書」の領域で「気候変動」又は「温暖化」のキーワードで検索して該当するものを抽出した。

気候変動や温暖化に関する開示・言及を行った企業と開示が行われた場所

 今回調査対象としたIFRS任意適用日本企業の中で、有価証券報告書において気候変動や温暖化について何らかの言及・開示を行った企業は163社あり、件数は合計で317件であった。そして、これらの163社が気候変動に関する言及を行った場所は、表1のとおりであった。

 有価証券報告書において気候変動や温暖化に対する言及があったのは、「事業の概況」の「事業等のリスク」や「経営環境及び対処すべき課題」が多く、この2つで全体のおよそ4分の3を占めていた。また、会計監査の対象となる「経理の状況」において気候変動に触れられていた事例は6件であった。
 コーポレート・ガバナンスの状況等において気候変動に関する言及があった27件をさらに細かく分類すると、表2のとおりであった。
 以下では、具体的な開示例を紹介することとする。

具体的な開示例(経理の状況以外の箇所)

① 事業の状況/事業等のリスク
LIXIL 2022年3月期 有価証券報告書

 LIXILグループ(以下「会社」という。)では、事業活動に影響を与える可能性のあるリスクを洗い出し、それらについてグループ共通の基準(事業計画への影響度と発生可能性等)で評価を行い、グループ内での事業規模の違いや外部環境の変化等に基づき、経営者の目線からリスク間の相対的な関係を考慮した上で対処すべきリスクの優先順位を決定している。
 そして、リスクの洗い出しに際して、リスクを戦略リスクとオペレーショナルリスクに分類しており、それぞれ以下のように定義している。

戦略リスク 事業戦略の策定及び遂行により獲得を企図する成果が予定通り獲得できない程度及びその発生可能性であり、健全な範囲で事業成果を獲得するために敢えて選択して取るリスク
オペレーショナルリスク 戦略遂行を支えるオペレーション上の事象による損失額及び事象発生可能性であり、事業遂行上一定以下に抑制すべきリスク

 これらに基づき、リスクにおける重要性を判断した上で、会社グループの各事業、管理部門、マネジメントの各レベルが当該リスクに応じた対策を立案、実行し、対策の進捗状況をモニターし、継続的に改善する活動を展開している。
 そして、有価証券報告書に記載した事業の状況及び経理の状況等に関する事項のうち、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のあるリスクについて、影響度、発生可能性、及び重要性の前年からの変化をリスクマップに一覧化し、詳細な情報を記載している。
 会社は、環境(気候変動、水、資源)に関するリスクは戦略リスク、かつ事業横断的なリスクであって、発生可能性と影響度は中程度と評価している。
 そして、環境に関するリスクへの会社の対応策は次のとおりとされている。

 当社グループでは、執行役会から任命を受けた担当役員が委員長を務める環境戦略委員会を設置し、環境ガバナンスに関わる規程や方針の制定、気候変動を含む環境重要課題に対する施策の審議と決定、当社グループ全体の目標管理とモニタリングなど、環境戦略の構築と実行を実施しております。
 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言を踏まえ、気候変動問題が当社グループに及ぼすリスクと機会を特定・評価し、執行役会・取締役会へ報告・承認を経て、環境戦略に反映させる取り組みを進めております。移行リスクに対しては、生産活動におけるエネルギー使用効率化や積極的な再生可能エネルギー活用に加えて、今後はサプライチェーン全体での環境負荷削減の取り組みを強化してまいります。さらに、インターナルカーボンプライシングのより実効的な運用に向けた検証や、2050年に向けた長期的な脱炭素技術の開発や導入を促進していくための製造技術や製品材料の研究を進めております。また、物理リスクに対しては、BCP計画によるリスク最小化、生産バックアップ体制整備、固定資産への保険、渇水対策のための取水管理などを進めております。
 気候関連を含めた移行リスク及び機会への対応においては、環境目標・実行計画に落とし込み、環境パフォーマンス向上やリスク管理に関わる施策を推進・展開し、その進捗の監視と振り返りを行う管理プロセスの構築を進めております。また、ISO14001もしくは環境マネジメントシステムによる環境関連法令の洗い出しや遵守の点検ルールを定め、運用状況について定期的に内部監査を実施しており、内部監査で指摘があった事項については、フォローアップを行い、改善の実施を確認することで、環境マネジメントシステムの効果的な運用につなげております。
 環境ビジョン2050「CO2ゼロと循環型の暮らしを」を掲げ、2050年までのCO2排出ネットゼロ及び水の恩恵と限りある資源を次世代につなぐことを目指した活動を推進しております。その中間目標である2030年までのCO2削減目標(Science Based Targets)については、従来の2℃水準から1.5℃水準へ上方修正し、認定を更新する計画です。さらに、住宅・建築物で使用されるエネルギーや水の削減に貢献するための機会管理の指標として、環境配慮型製品の販売構成比の向上を進めております。

② 事業の状況/経営環境及び対処すべき課題等
日立製作所 2022年3月期 有価証券報告書

 日立製作所は、「事業等のリスク」に加え、「経営環境及び対処すべき課題等」のパートでも「気候変動による財務関連情報開示」という見出しを設けて次のように記載していた。

 日立は、2018年6月、金融安定理事会(FSB)「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に賛同を表明し、TCFDの提言に沿って気候変動関連の財務関連の重要情報を開示しています。
 なお、本項目は抜粋のため、詳細は日立サステナビリティレポートをご参照ください。

 抜粋とはいえ、当該開示もかなり充実しており、下記のような構成となっていた。

(1)ガバナンス
(2)戦略
 ① 気候変動関連のリスク
  ・脱炭素経済への移行リスク(主に1.5℃シナリオに至るリスク)
  ・気候変動の物理的影響に関連したリスク(4℃シナリオに至るリスク)
 ② 気候変動関連の機会
(3)リスク管理
(4)指標と目標

③ 提出会社の状況/コーポレート・ガバナンスの状況等
 コーポレート・ガバナンスの状況のパートにおける気候変動関連の言及・開示は、サステナビリティ関連の委員会を設置して活動している旨の内容が多く見られた。
日新製糖 2022年3月期 有価証券報告書

 当社グループでは、サステナビリティの推進は経営品質の向上に繋がると考えており、国連SDGs(持続可能な開発目標)の目標年度である2030年における当社グループの「ありたい姿」を6つのCSR重点領域として定め、取り組んでいます。
 当社では、社長直轄の「サステナビリティ推進委員会」を適宜開催し、気候変動を含めた環境全体の取組を全社的に検討・推進いたします。
 サステナビリティ推進委員会では、気候変動に係る当社のリスクおよび収益機会が事業活動や収益等に与える影響について考察を行い、そのために必要なデータの収集と分析を全社横断的に行います。
 また、気候変動を含む環境問題の基本方針や重要事項を策定し、それらを実践するための体制構築・整備、具体的な施策の審議・決定をするとともに、各種施策の進捗については定期的なモニタリングを行い、必要に応じて取締役会に報告いたします。
 サステナビリティ推進委員会にて審議・検討した結果、当社経営に重大な影響を与えると判断された事項については、適宜取締役会にその内容を上程し、取締役会にて対応を審議・決議いたします。(以下略)

④ 事業の状況/経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析
 ここでは、KDDIの経営成績の状況のうち「業界動向と当社の状況」における開示(一部の抜粋)を紹介することとしたい。
KDDI 2022年3月期 有価証券報告書

 地球温暖化による影響は年々深刻化しており、それに伴う気象災害が国内外で増加しています。当社は昨年4月、「気候関連財務情報開示タスクフォース (TCFD)」の提言への賛同を表明し、昨年9月に公開した「サステナビリティレポート2021」では、TCFD提言に沿った情報開示を初めて行いました。また、本年4月には、昨年7月の発表において2050年としていたCO2排出量実質ゼロ実現(当社単体)の目標時期を見直し、2030年度の実現を目指すこととしました。
 なおKDDIグループは、CO2排出量削減目標について、国際的な気候変動イニシアチブ「SBTi(Science Based Targets initiative)」によるSBT認定を取得しています。今後も、非財務情報の開示を充実させるとともに、CO2排出量削減に向け、携帯電話基地局や通信設備などでの省電力化や、再生可能エネルギーへのシフトを推進していきます。
 また、昨年11月にはSBIインベストメント株式会社と共同で、気候変動に関連する幅広い課題に取り組むスタートアップ企業への出資を行う「KDDI Green Partners Fund」を設立し、本年3月には1号案件として、次世代太陽電池として期待される「ペロブスカイト太陽電池」の開発を行う、株式会社エネコートテクノロジーズへの出資を行いました。

⑤ 事業の状況/研究開発活動
 ここでは、「気候変動対策に関わる研究開発」と見出しを付している日本工営の開示を紹介したい。
日本工営 2022年6月期 有価証券報告書

(3)気候変動対策に係わる研究開発
 気候変動に伴う水害リスクの評価技術、水資源リスク評価指標SS-DTA、将来予測の不確実性を踏まえた意思決定技術の開発、塩水化予測および地下水資源管理技術、生態系を含めた水環境管理シミュレータの開発、地球温暖化に伴う生物多様性保全のモニタリング・保全技術、グリーンインフラに関する研究。過年度開発した気候変動予測における新たなバイアス補正手法 TR3S(トレス)を用い、主要都市の降雨・気温の将来気候予測情報を無料で取得できるポータルサイトNK-ClimVault(クリム・ボールト)を公開中。

具体的な開示例(経理の状況における開示)

 次に、会計監査の対象である「経理の状況」における具体的な開示例を紹介したい。大手総合商社である三井物産と三菱商事は、重要な会計方針の「重要な会計上の判断、見積り及び仮定」の箇所で、「気候変動による影響」という見出しを設けて開示を行っていた。

(三井物産:2022年3月期有価証券報告書 気候変動による影響)

 当社及び連結子会社において、気候変動の影響を受け、関連する資産・負債に金額的重要性があるのはエネルギーセグメントの事業であり、当連結会計年度末における会計上の見積り及び判断については以下のとおりです。
 エネルギーセグメントは、主に石油・ガス開発事業及びLNG事業から構成され、これらの事業は今後、低・脱炭素化の世界的潮流が強まる中で将来的な制約・規制強化により石油・ガス及びLNGの需要が低下する場合は、既存案件から有形固定資産の減損やその他の投資の公正価値の低下等が生じる可能性があります。これらの評価は主に油価の影響を受け、同前提は、市況水準や複数の第三者機関の公表する中長期見通しを考慮して策定しております。第三者機関のうち、IEAの公表するシナリオについては、STEPS(Stated Policies Scenario)に重点を置いていますが、その他のシナリオも参考にしております。
 当連結会計年度末の連結財政状態計算書に計上したエネルギーセグメントにおける主要な資産及び負債の金額は以下のとおりです。
有形固定資産 661,809百万円
持分法適用会社に対する投資 434,334百万円
その他の投資 348,270百万円
引当金(非流動) 175,600百万円
(以下略)

(三菱商事:2022年3月期有価証券報告書 気候変動による影響)

 気候変動及び脱炭素社会への移行による財務諸表への影響は、非金融資産の減損、金融商品の公正価値、有形固定資産の耐用年数、資産除去債務等の会計上の見積りにおいて考慮されています。当社が2021年10月に策定した「カーボンニュートラル社会の実現に向けたロードマップ」は、パリ協定等で示された国際的な目標達成に貢献することを目指して策定されており、外部機関が公表するパリ協定に沿った脱炭素シナリオはこれらの会計上の見積りにおける重要な参照情報の一つとなります。一方で、脱炭素化の進展は高い不確実性を伴うため、会計上の見積りの設定においては、このような脱炭素シナリオに加え、当社の方針、各国の政策、外部機関の分析結果、及び各事業における固有の状況等を総合的に勘案し、気候変動による影響を反映しています。また、将来における気候変動リスクに対する当社の戦略の変更や世界的な脱炭素化の潮流の変化は、これらに重大な影響をもたらす可能性があります。なお、銅及び原油の中長期価格見通しについては「銅及び原油の中長期価格見通し」を、また、引当金への影響については、注記20をご参照ください。

終わりに

 我が国においては監査上の主要な検討事項(KAM)の開示が間もなく3年目に入り、落ち着きを見せ始めている一方で、ESG、気候変動、サステナビリティといった領域が話題になることが増えている。これらの領域については、先行している欧州の企業に比べ、我が国の企業の動きはこれまで全体的に鈍かったが、いよいよ有価証券報告書における開示も本格的にスタートすることとなり、重い腰を上げざるを得ない状況となった。ESGや気候変動については、まずは企業による開示が先行し、監査法人や公認会計士による何らかの保証の付与という方向に今後は進んでいくものと思われる。これらの領域は財務会計の分野とは違って無形のものや数値化が難しい項目等が多く、また、保証の付与の制度化も決して簡単ではないと考えられるが、様々な課題を関係者が今後どのように克服してゆくのか、注目して見守りたい。

参考文献
開示府令改正案の概要と今後の展望(有価証券報告書におけるサステナビリティ、コーポレート・ガバナンスに関する情報開示の拡充) 2022年11月10日 大和総研 藤野大輝

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