解説記事2023年08月07日 論考 日本版ベネフィット・コーポレーション(公益的営利企業)の課題とあり方(2023年8月7日号・№990)

論 考
日本版ベネフィット・コーポレーション(公益的営利企業)の課題とあり方
 神奈川大学名誉教授 葭田英人

1 はじめに

 2022年6月、閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」が公表された。公表された施策のうち「民間で公的役割を担う新たな法人形態・既存の法人形態の改革の検討」に関して、これまでに日本に存在しない新たな法人形態として、ベネフィット・コーポレーション(Benefit Corporation)を導入する取組みが注目されている。これは岸田政権の経済政策の目玉である「新しい資本主義」の1つの柱として盛り込まれ、「新しい資本主義実現会議」において検討が行なわれている。
 格差の拡大、異常気象など世界の危機が深刻化し、株式会社における株主中心の資本主義の見直しが迫られている。企業のコーポレートガバナンスに関しては、取締役は、株主の利益を最大化する義務を負うとする株主資本主義に対して、取締役は、従業員、取引先、消費者、地域社会、環境など株主以外のステークホルダーの利益も保護すべきとするステークホルダー資本主義が、企業の社会に与える影響の重大さにかんがみ主張されている。
 格差問題や環境問題などの社会問題ついては、国際機関や行政機関、非営利組織などに加え、営利組織である企業もさまざまな社会公益活動(CSR活動)を行うようになっている。本稿では、公益を事業目的とし営利も追求するハイブリット型組織であるベネフィット・コーポレーションについて検討し、導入に向けた課題について考察する。
 米国では、新たな企業形態としてのベネフィット・コーポレーション制度を認める法律(ベネフィット・コーポレーション法)は、2010年にメリーランド州で初めて制定されてから導入する地域が拡大し、すでに多くの州で成立している。
 株主利益の最大化を目的としないベネフィット・コーポレーションが、株式市場に上場すること自体矛盾するように思われるが、折しも、日本でもSDGsの動きがますます強まり関心が高まっている。そこで、株主利益だけでなくステークホルダーや社会貢献も重視できる法的枠組みが必要となる。

2 ベネフィット・コーポレーションの概要

 ベネフィット・コーポレーションとは、企業の新しい法人格を意味し、公益目的をその営利目的と並んで有する企業である。これらの目的は定款に記載されることになる。この公益目的を実現するために、取締役会は公益目的に対する信認義務を負っており、取締役がその目的に反することを防止するために、株主は差止命令による救済請求をすることができる。
 ベネフィット・コーポレーションの特徴は、株主最優先の株主至上主義ではなく、環境や幅広いステークホルダーすべての利益を確保するバランスを取った経営意思決定を行い、事業活動を通じて公共の利益を図り、持続可能な経営(Sustainable Management)を実現するものである。したがって、公共の利益を追求することに対する株主からの訴追に対して法的に保護されることになる。
 従来からの株式会社と異なり、ベネフィット・コーポレーションの場合、短期的な利益を考慮する必要はなく、環境に良い経営および公共の利益を図った持続可能性(Sustainability)につながるような経営を行う企業である。ベネフィット・コーポレーションは、法制化により法的な後ろ盾を得ることができることになる。
 また、ベネフィット・コーポレーションは営利を追求する株式会社であるが、公益を追求することも法的に義務づけられている。一方、剰余金分配に関する制限もなく、税制の優遇措置も認められていない。
 ただし、社会公益活動を実施するのであれば、従来から存在する非営利法人を利用すればよい。しかし、組織としての不安定性や剰余金の分配制限があるうえに、資金調達手段が、政府からの補助金や寄付などに限られてしまうことから、事業活動に対するさまざまな規制や義務が生じ、活動が一定の制約を受けることになる。一方、ベネフィット・コーポレーションは、金融機関からの借入れおよび株式や社債の発行が可能であり、継続的な拠出が期待でき、財政基盤の脆弱性を回避することが可能である。
 ベネフィット・コーポレーションの所有者は株主であるが、株主の利益最大化を目的とするものではなく、社会公益活動を通じて社会的価値の創出を目指すものである。しかし、過度に株主の利益を抑制したのでは、資金調達や企業の存続も難しくなる。
 ベネフィット・コーポレーションは、社会的価値と経済的価値を生み出すことを目的とするものであり、株主の利益を第一とする株式会社形態をとり、事業の継続と拡大のために効率性を重視し、一定の利益を上げながら、社会公益活動を行うことにより社会的価値を生み出すことを目指したハイブリッド型企業が制度化されたものである。
 なお、海外を中心として、認証Bコーポレーション(Certified B Corporation:以下B Corp)の制度が、ベネフィット・コーポレーションとは別に存在する。

3 B Corp認証制度

 B Corp認証制度は、2006年に設立された米国のペンシルヴァニア州にある非営利団体B Labによって考案された制度である。B Labは、社会貢献のために、ビジネスにより世界的なムーブメントを起こすことを目指しており、B Corpの法人格を制定するために大きな役割を果たした。独自で開発した評価システムであるB Impact Assessment(BIA)によって、従業員、コミュニティ、環境、顧客、ガバナンスの5分野に関する取組み状況に対する評価を行う。このB Corp認証制度は、事業活動における社会や環境への配慮に対する国際的な民間認証制度である。
 BIAの5分野の合計点が200点満点のテストで80点以上の企業に対し、3年間の有効期限でB Corp認証が与えられ、3年に1度認証手続の更新が必要となる。また、認証審査の過程においては証票の提出やB Labの審査官によるインタビュー等が行われ、手続きはすべて英語で実施され、日本語では行われない。
 なお、B Corpとベネフィット・コーポレーションの異同については、両者は説明責任や透明性が求められている一方、B Corpは報告が義務付けられているのに対して、ベネフィット・コーポレーションは企業の任意となっている。また、B Corpは、世界中のすべての企業が利用できるのに対して、ベネフィット・コーポレーションは関連法が制定されている国ごとの設立になっている。さらに、申請費用も事業規模によってB Corpは高額であるのに対して、ベネフィット・コーポレーションは低額に定められている。
 また、B Corp認証の動きは世界各地で広がっている。米国、ヨーロッパやアジアなど各国でB Labが設立され、普及や認知を促進するため、広報やロビー活動が行われている。しかし、日本では、B Corpの認証を受けている企業はまだ少なく、27社程度(2023年7月時点)に留まっている。 

4 海外のベネフィット・コーポレーション法制

 B Labは、米国の各州によるベネフィット・コーポレーション制度導入の際に参照されるモデル法案を(Model Benefit Corporation Legislation)自ら策定し、ベネフィット・コーポレーションの法制化に関与した団体である。
 ベネフィット・コーポレーション法は、2010年のメリーランド州で初めて法制化されて以降、バーモント州をはじめ全米各州に広まり、2023年3月時点で40州が立法化されている。基本的にはモデル法案を参照しているが、ベネフィット・コーポレーション法の細部は各州により異なっている。
 特に、デラウェア州においてベネフィット・コーポレーションを導入したことは、その後の米国におけるベネフィット・コーポレーションの普及に大きく影響している。それは会社法におけるデラウェア州の特別な地位によるものである。デラウェア州の会社法は、米国で最も先進的かつ柔軟であり、米国の有力企業でデラウェア州を設立準拠州とする企業が多い。会社法を先導するデラウェア州の会社法は、米国で急速に広がりをみせるベネフィット・コーポレーション法の法制化に大きく寄与している。
 なお、デラウェア州のベネフィット・コーポレーションは、Public Benefit Corporation(PBC)と呼称されていることから、デラウェア州ベネフィット・コーポレーション法を、以下、PBC法という。しかし、PBC法は、B Labのモデル法案を利用していないのが特徴である。
 モデル法案もPBC法も、一般公益増進目的は必須であるが(モデル法案201条a、PBC法362条a)、PBC法は定款で目的とする特定公益目的を明記しなければならない(PBC法362条a)。一方、モデル法案では特定公益目的は任意である(モデル法案201条b)。また、取締役の責務として、モデル法案は、株主その他すべてのステークホルダーの利益および公益を考慮する責務(公益配慮義務)がある(モデル法案301条a)。これに対し、PBC法においては、株主その他すべてのステークホルダーの利益を考慮する責務(公益配慮義務)および定款記載の特定公益をバランスよく考慮する責務(均衡配慮義務)がある(PBC法365条a)。
 さらに、モデル法案は、毎年、年次公益報告書の作成を義務付けている(モデル法案401条a)が、PBC法は、2年に1度は株主に公益報告書を送付しなければならない(PBC法366条b)。また、モデル法案は、ウェブサイト掲示による一般公衆への開示を義務付けているが(モデル法案402条c)、PBC法は、任意であり、株主への開示だけでも良い(PBC法368条c)。
 なお、モデル法案は、第三者設定基準の採用を義務付けているが(モデル法案401条a)、PBC法においては、第三者設定基準の採用は任意である(PBC法366条c)。また、第三者機関による監査については、モデル法案もPBC法同様、任意である(モデル法案401条c、PBC法367条c)。
 イギリスには、ベネフィット・コーポレーションの法人形態を導入するための法制度は存在しない。特に、ドイツやフランスでは、株主の利益を最優先しなければならないという考え方は採用されておらず、ベネフィット・コーポレーションの法制度は存在しない。しかし、これらの国において、公益を追及する営利組織を志向する企業は、B Labが提供するB Corp認証制度を利用することになる。

5 わが国会社法への日本版ベネフィット・コーポレーション制度導入の課題

 企業が、株主利益の最大化という株主資本主義から、社会公益を目的としたステークホルダー資本主義に変遷する過程で、ベネフィット・コーポレーションという法人格が必要とされている。法人格として公益を追求することが定款に記載されていれば、株主から批判されることもなく、法的側面から企業の社会公益活動が保護されることになる。
 一方、認証ビジネスという批判もあるが、非営利団体B LabによるB Corp認証を取得すれば、立法によりベネフィット・コーポレーションを創設するよりはるかにメリットがあるという考え方もできる。また、企業が行う寄付行為についても、八幡製鉄政治献金事件判例(最判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁)のように、株主の利益に寄与しない寄付も可能であるとする判例に従えば、ベネフィット・コーポレーションを創設しなくても、社会公益活動の相当な範囲について既存の株式会社形態でも対応することが可能である。  
 しかし、現行の日本の会社法において、社会公益活動に関する規定がない以上、社会公益活動の実現性に対する危うさは免れない。ベネフィット・コーポレーション制度の導入などの立法措置が講じられないかぎり、株主の利益とその他のステークホルダーの利益の間の均衡への配慮は容易ではない。
 そこで、日本版ベネフィット・コーポレーション制度を導入するにあたり、米国のベネフィット・コーポレーション法を参照することが望ましい。その場合、ベネフィット・コーポレーションの取締役の責務として、モデル法案の公益配慮義務やPBC法における公益配慮義務と均衡配慮義務を課す必要がある。ベネフィット・コーポレーションの取締役も、通常の株式会社同様に株主総会で選任されるが、そのように選任された取締役は、あくまで株主の利益、ステークホルダーの利益、公益をバランスする責務を負い続ける。
 他方、取締役選任を含めた議決権を有するのはすべてのステークホルダーの中で株主だけであり、取締役がステークホルダーの利益や公益の責任を怠っても、その責任を追及できるのは株主だけである。このように、取締役にすべてのステークホルダー利益を擁護する公益配慮義務や均衡配慮義務を課す一方、株主だけがその責任を追及できるという弊害については、すべてのステークホルダーが取締役の責任を追及できるような仕組みにする必要がある。
 一方、ステークホルダーが取締役の責任を追及できるような仕組みとした場合、濫訴となるおそれもある。しかし、ベネフィット・コーポレーションの公益増進の目的が不確実なものとなるおそれがあることから責任追及の主体を拡大する必要がある。
 なお、日本においては、ベネフィット・コーポレーションの法制化については、これから検討が開始される段階であり、実際に法制化されるまである程度の時間を要することが想定される。しかし、時代の要請であるベネフィット・コーポレーションの法制化については、できるだけ早期の実現が期待される。

6 むすび

 近年、SDGsやESGの観点からステークホルダーの概念が大幅に拡張され、地球環境やサプライチェーン等まで包含したものとなっている。企業の事業目的として、地球環境や社会問題までも包含した拡張されたステークホルダーの利益を重視し、その実行を機関投資家が企業に迫るというESG投資が急速に活発化しつつある。このように、ESG・サステナビリティ投資に象徴されるようなステークホルダー資本主義が拡大している。
 特に、株主利益最大化が原則であった米国において、ベネフィット・コーポレーションが急増している。日本における現行の会社法下においても、ユーグレナやエーザイなど定款に公益目的を明記している。ユーグレナは2021年の定款変更で、事業の目的としてSDGsに対応する17項目を記載している。また、エーザイは、2022年の定款変更で企業理念として「社会善を効率的に実現する。」と規定している。
 近時のサステナビリティやESGは、長期的で不可逆的な流れであろう。公益を事業目的とし営利も追求するハイブリット型組織であるベネフィット・コーポレーションは、SDGsやステークホルダー資本主義という基本的な考え方に支えられた新しい企業形態として広く関心を集めている。
 今後、日本において、ベネフィット・コーポレーションが、どのような企業形態として法制化されるのか、特に、取締役が、その責務として株主以外のステークホルダーとどのように関わっていくのか、取締役の責務として、株主の利益、ステークホルダーの利益、公益のバランス調整が課題となる。また、公益に対する取締役の責任を追及できるのは株主だけでよいのか、株主以外のすべてのステークホルダーにも認めるべきなのか。社会公益活動の促進の観点から税制の優遇措置も認めるべきなのか。改正にあたり検討すべき点である。今後開催される「新しい資本主義実現会議」において行なわれる議論に着目したい。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など

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