解説記事2023年09月18日 未公開判決事例紹介 裁判で更正通知書の理由と異なる主張も可(2023年9月18日号・№995)
未公開判決事例紹介
裁判で更正通知書の理由と異なる主張も可
納税者の訴訟上の防御活動に不利益は生じず
本誌973号9頁で紹介した所得税更正処分取消等請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇更正通知書に記載された理由と異なる理由を裁判で処分行政庁が主張することが認められるかどうかが争われた裁判で、東京地方裁判所民事第38部(鎌野真敬裁判長)は令和5年3月14日、納税者の防御活動に不利益が生じなければ原則として許されるとの判断を示し、納税者(原告)の請求を棄却した(令和3年(行ウ)第18号)。
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用はこれを50分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 処分行政庁が令和2年3月10日付けで原告に対してした、平成28年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち、総所得金額1億4231万9266円を超える部分及び納付すべき税額4452万8600円を超える部分並びに同更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税の額608万6000円を超える部分(ただし、それぞれ令和4年5月30日付け更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
2 処分行政庁が令和2年3月10日付けで原告に対してした、平成29年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税の額66万1000円を超える部分(ただし、令和4年5月30日付け過少申告加算税の賦課決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 処分行政庁が令和2年3月10日付けで原告に対してした、平成30年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税の額7000円を超える部分(ただし、令和4年5月30日付け過少申告加算税の賦課決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。
第2 事案の概要
処分行政庁は、原告に対し、令和2年3月10日付けで、原告の平成28年分から平成30年分までの所得税及び復興特別所得税(以下、併せて「所得税等」という。)の各更正処分(以下、各更正処分を「平成28年分当初更正処分」などといい、併せて「本件各当初更正処分」という。)及びこれに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、各賦課決定処分を「平成28年分当初賦課決定処分」などといい、併せて「本件各当初賦課決定処分」といい、本件各当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分を併せて「本件各当初処分」という。)をした後、令和4年5月30日付けで、本件各当初更正処分の一部を取り消す旨の各再更正処分(以下、各再更正処分を「平成28年分再更正処分」などといい、併せて「本件各再更正処分」という。また、本件各再更正処分による変更後の本件各当初更正処分をそれぞれ「平成28年分更正処分」などといい、併せて「本件各更正処分」という。)及びこれに伴う本件各当初賦課決定処分の一部を取り消す旨の各変更決定処分(以下、各変更決定処分を「平成28年分変更決定処分」などといい、併せて「本件各変更決定処分」といい、本件各再更正処分及び本件各変更決定処分を併せて「本件各再更正等処分」という。また、本件各変更決定処分による変更後の本件各当初賦課決定処分をそれぞれ「平成28年分賦課決定処分」などといい、併せて「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を併せて「本件各処分」という。)をした。
本件は、原告が、平成28年分更正処分及び本件各賦課決定処分のうち、原告の主張する税額を超える部分は違法であると主張して、その各取消しを求めている事案である。
なお、処分行政庁は、原告に対し、本件各当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分と併せて、原告の平成26年分の所得税等についても、更正処分(以下「平成26年分当初更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「平成26年分当初賦課決定処分」という。)をした。原告は、本件訴えの提起時には、本件各再更正等処分がされていなかったことから、本件各当初処分並びに平成26年分当初更正処分及び平成26年分当初賦課決定処分について、原告の主張する税額を超える部分の取消しを求めていた。原告は、本件訴えの提起後に、本件各再更正等処分のほか、平成26年分当初更正処分及び平成26年分当初賦課決定処分についてもそれぞれ同様の再更正処分及び変更決定処分がされたことを受けて、平成26年分当初更正処分、平成26年分当初賦課決定処分、平成29年分当初更正処分及び平成30年分当初更正処分の各一部の取消しを求める訴えを全部取り下げるとともに、平成28年分当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分のうち、本件各再更正等処分により取り消された部分についても訴えを取り下げたため、請求の趣旨は前記第1のとおりとなった。
1 関係法令の定め
本件に関係する法令の定めは、別紙1「関係法令の定め」(編注:略)に記載のとおりである。なお、同別紙において定めた略称等は以下においても用いることとする。
2 前提事実
以下の事実は当事者の間に争いがなく若しくは当裁判所に顕著であり、又は各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨から認めることができる。
(1)原告等
ア 原告
原告は、平成25年から平成29年までの各年12月31日において、所得税法2条1項3号の定める「居住者」に該当する者であった。
イ M××× Holding AG及びM××× TS AG
M××× Holding AG(以下「MH社」という。)及びM××× TS AG(以下「MTS社」という。)は、いずれも、スイス連邦(以下「スイス」という。)に所在し、スイスの法律に基づいて設立された株式会社であり、外国法人(所得税法2条1項7号)に該当するとともに、原告の特定外国子会社等(措置法40条の4第1項)に該当する。
MH社及びMTS社は、いずれも、1月1日から12月31日までを事業年度としている(以下、平成27年1月1日から同年12月31日までの事業年度を「平成27年12月期」といい、その余の事業年度も同様に表記する。)。
MH社は、議決権及び配当等の請求権の内容が異なる複数の種類株式を発行していたところ、MTS社は、平成25年12月期から平成29年1月期までの各事業年度において、MH社のそれらの種類株式のうちCommon Share及びVoting Shareの全てを保有していた。
また、原告は、平成25年1月1日以降、MTS社の発行済株式の60%(60株)を保有していたが、平成29年1月31日、原告の弟である▲▲▲▲に対し、MTS社の発行済株式の10%(10株)を譲渡価格4411万6830円で売却したため(乙46。以下「本件譲渡」という。)、本件譲渡以降同年12月31日までの間は、MTS社の発行済株式の50%(50株)を保有していた。
(2)原告による確定申告
原告は、平成28年分から平成30年分までの所得税等の各確定申告書を、いずれも法定申告期限内に提出した(乙6から8まで。以下「本件各確定申告」という。)。なお、本件各確定申告は、いずれも、所得税法143条の定める青色申告には該当しない。
(3)本件各当初処分等
処分行政庁は、原告に対し、令和2年3月10日付けで、平成28年分から平成30年分までの所得税等につき、その納付すべき税額を増額する本件各当初更正処分をするとともに、これに伴い、本件各当初賦課決定処分をした(甲1の2から4まで)。なお、処分行政庁は、原告に対し、同日付けで、平成26年分の所得税等についても、その納付すべき税額を増額する更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分をした(甲1の1)。
本件各当初処分に係る通知書に記載された本件各当初更正処分の理由は、MH社及びMTS社が原告との関係で特定外国子会社等(措置法40条の4第1項)に該当するため、MH社及びMTS社に係る各課税対象金額(同項)に相当する金額は、原告の雑所得に係る収入金額とみなされるにもかかわらず、本件各確定申告においては、上記各課税対象金額が雑所得として申告されていないなどというものであった。処分行政庁は、上記各課税対象金額の計算の過程において、MTS社の保有するMH社の株式に係る「その株主等が当該請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合」(措置法施行令25条の21第2項2号イ括弧書き。以下「本件持株割合」という。)について、MTS社がMH社から配当決議により実際に分配されることとなった剰余金の配当等の額を基にして算出した。
(4)本件各当初処分に対する不服申立て等
ア 審査請求
原告は、令和2年5月25日、国税不服審判所長に対し、本件各当初処分の全部の取消しを求めて審査請求をした(甲2)。
原告は、本件訴えの提起後である令和3年4月6日、上記審査請求を取り下げた(乙9)。
イ 本件訴えの提起
原告は、令和3年1月20日、前記アの審査請求がされた日の翌日から起算して3か月を経過しても裁決がされていないとして、本件各当初処分の一部の取消しを求めて、本件訴えを提起した。
本件訴えにおいて、原告は、本件持株割合について、請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合を基にして算出すべきであり、MTS社がMH社から配当決議により実際に分配されることとなった剰余金の配当等の額を基にして算出するのは誤りである旨主張した。
(5)原告に対する再更正処分等
ア 本件各再更正等処分
処分行政庁は、原告に対し、令和4年5月30日付けで、平成28年分から平成30年分までの所得税等につき、その納付すべき税額を減額する本件各再更正処分をするとともに、これに伴い、本件各変更決定処分をした(なお、本件各再更正等処分は、全体として税額を減少させ、原告の利益となる処分であることから、それ自体に理由は付記されていない。もっとも、本件各再更正等処分に先立ち、原告宛てのレター等(甲5の1、2)により、後記イ及びウの理由が通知されている。)。
被告が主張する本件各処分の根拠及び適法性は、別紙2「本件各処分の根拠及び適法性」のとおりである。
イ 平成28年分再更正処分による所得税等の額の変更の理由
平成28年分再更正処分によって、原告の平成28年分の所得税等の額が変更されたのは、MH社及びMTS社に係る平成27年12月期の課税対象金額が変更されたことによるものであるところ、課税対象金額が変更された理由の一部として、以下の各点がある。
(ア)請求権勘案保有株式等割合の変更
前記(3)のとおり、処分行政庁は、平成28年分当初更正処分においては、本件持株割合について、MTS社がMH社から平成27年12月期の配当決議により実際に分配されることとなった剰余金の配当等の額を基にして算出し、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の「MH社」の「⑨請求権勘案保有株式等割合」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の割合としていた。これに対し、処分行政庁は、平成28年分更正処分においては、本件持株割合について、平成27年12月期の終了時において請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合を基にして算出し、同「平成28年分更正処分」欄記載の割合とした。
(イ)MH社及びMTS社の所得の金額及び法人所得税等の額の変更
a 処分行政庁は、平成28年分当初更正処分においては、MH社の平成27年12月期の決算に基づく所得の金額(措置法施行令25条の20第1項、39条の15第1項1号。以下「1号所得金額」という。)として、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の「MH社」の「①MH社の決算に基づく所得の金額」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額と認定していた。これに対し、平成28年分更正処分においては、同「平成28年分更正処分」欄記載の金額と認定した。
b また、処分行政庁は、平成28年分当初更正処分においては、MH社及びMTS社の平成27年12月期において納付をすることとなる法人所得税の額又は還付を受けることとなる法人所得税の額(措置法施行令25条の20第5項2号。以下「5項法人所得税額」という。)について、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の各「②当該事業年度において納付する法人所得税等、還付を受ける法人所得税等」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額と認定していた。これに対し、平成28年分更正処分においては、同各「平成28年分更正処分」欄記載の金額と認定した(以下、この再更正の理由と前記aの再更正の理由とを併せて、「本件理由1」という。)。
(ウ)控除対象配当等の額の変更
処分行政庁は、平成28年分当初更正処分においては、MTS社の平成27年12月期の控除対象配当等の額(措置法施行令25条の20第3項)として、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の「MTS社」の「③控除対象配当等の額の控除」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額と認定していた。これに対し、平成28年分更正処分においては、同「平成28年分更正処分」欄記載の金額と認定した(以下、この再更正の理由を「本件理由2」という。)。
ウ 本件各変更決定処分による過少申告加算税の額の変更の理由
前記イのとおり、平成28年分の所得税等の額が平成28年分再更正処分によって変更されたほか、平成29年分及び平成30年分の所得税等の額についても、平成29年分再更正処分及び平成30年分再更正処分によってそれぞれ概ね同様の理由により変更されたことに伴い、平成28年分から平成30年分までの過少申告加算税の額も、本件各変更決定処分によって変更された。
それに加えて、処分行政庁は、本件各当初賦課決定処分においては、過少申告加算税の額の計算に当たり、国外送金調書法6条2項に基づく国外財産調書不提出加算を適用していなかったが、本件各賦課決定処分においては、これを適用したため、過少申告加算税の額が変更された(以下、この変更の理由を「本件理由3」といい、本件理由1から本件理由3までを併せて「本件各理由」という。)。
3 争点
被告は、本件訴訟において、平成28年分更正処分(平成28年分再更正処分により一部取り消された後の平成28年分当初更正処分)及び本件各賦課決定処分(本件各変更決定処分により一部取り消された後の本件各当初賦課決定処分)の適法性を維持するため、平成28年分当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分に付記された理由とは異なる本件各理由を主張していることから、このような理由の差し替えが許されるか否かが問題となるところ、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである(このほか、原告の主張中には、平成28年分再更正処分及び平成28年分変更決定処分が更正の除斥期間経過後にされたこと自体が違法である旨を主張するかに見える部分もあるが、その主張は、結局のところ、後記(2)アの主張に帰着するものであると解される。なお、更正の除斥期間経過後の減額再更正処分の可否に関する当裁判所の判断は、後記第3の2(1)のとおりである。)。
(1)更正の付記理由と異なる主張の可否
ア 原告の主張
(ア)更正の付記理由と異なる理由を主張することができる要件
更正処分をした行政庁は、当該更正処分の取消訴訟においては、原則として、更正通知書に付記されていない理由を主張することは許されず、①更正通知書に付記された理由と訴訟において被告が主張する理由との間に、基本的な課税要件事実の同一性があり、②処分理由の差し替えを認めても、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を与えることにはならないような場合に限り、例外的に、理由の差し替えが許容されると解すべきである。
(イ)被告が本件訴訟において本件各理由を主張することの可否
処分行政庁が平成28年分更正処分及び本件各賦課決定処分において理由とした本件各理由は、平成28年分当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分に係る更正通知書に付記されていない理由である。そして、本件各理由は、以下のとおり、上記更正通知書に付記された理由との間に基本的な課税要件事実の同一性があるとはいえず、かつ、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を与えることにならないとはいえないから、本件各処分のうち本件各理由に係る部分は違法である。
a 本件理由1
本件理由1と平成28年分当初更正処分に付記された理由とでは、MH社の1号所得金額並びにMH社及びMTS社の5項法人所得税額という基本的な課税要件事実において同一性がない。
また、処分行政庁が、本件各再更正処分において、1号所得金額及び5項法人所得税額として認定した金額が正確か否かを検証するためには、原告は、多大な時間と費用をかけて、スイス会社法及びスイス税制を調査した上で、スイス会社法上の決算に基づく所得を本邦法令の規定の例に準じて計算をし、さらに、スイスにおける税金が法人所得税に該当するが否かを検証する必要がある。そのため、被告が本件理由1を主張することが、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を与えることにならないとはいえない。
b 本件理由2
本件理由2と平成28年分当初更正処分に付記された理由とでは、MTS社の基準所得金額を計算するに当たり必要とされる控除対象配当等の額において同一性がないから、所得の金額及び法人所得税の額という基本的な課税要件事実において同一性がない。
また、処分行政庁が、本件各再更正処分において、控除対象配当等の額として認定した金額が正確か否かを検証するためには、MTS社の平成27年12月期以前の出資対応配当可能金額及びMH社の平成27年12月期以前の配当可能金額をそれぞれ計算する必要があり、そのためには、スイス会社法及びスイス税制の調査のため、多大な時間と費用が必要となる。そのため、被告が本件理由2を主張することが、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を与えることにならないとはいえない。
c 本件理由3
本件理由3と本件各当初賦課決定処分に付記された理由とでは、見積価額が5000万円を超える国外財産を有することという、国外送金調書法6条2項に基づく過少申告加算税の加重分を課すための基本的な課税要件事実において同一性がない。
また、処分行政庁が、本件各変更決定処分において、国外財産の見積価額を正確に計算したか否かを検証するためには、平成28年12月31日、平成29年12月31日及び平成30年12月31日におけるMTS社の株式の現況に応じ、同株式の取得価額や売買実例価額等を基に、合理的な方法により算定した価額を検討する必要があり、本件訴訟の争点である「請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合」の解釈とは無関係な事項について検討することを迫られる。そのため、被告が本件理由3を主張することが、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を与えることにならないとはいえない。
イ 被告の主張
(ア)更正の付記理由と異なる理由を主張することができる要件
更正処分の取消訴訟において、被告は、原則として、更正通知書に記載されていない理由をもって課税処分の適法性を主張することができるというべきである。さらに、被告が訴訟で新たな主張をした場合であっても、当該主張によって、納税者がその訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を受けるものではない場合には、そもそも理由の差し替えの枠外の問題として、当該新たな主張は許されると解するのが相当である。
(イ)被告が本件訴訟において本件各理由を主張することの可否
本件各理由は、以下のとおり、いずれも、被告がこれを主張することによって、原告がその訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を受けるものではないから、被告は、本件各理由をもって、本件各処分の適法性を主張することができる。
a 本件理由1
本件理由1と平成28年分当初更正処分に付記された理由とでは、1号所得金額及び5項法人所得税額において差異があるものの、措置法40条の4を適用するための基本的な事実関係には同一性があるから、基本的な課税要件事実の同一性が認められる。
また、法人所得税の額及び所得の金額が修正されたのは、原告から提示を受けたMH社及びMTS社の納税引当金勘定等の資料に基づき、平成27年12月期に計上された納税引当金の金額を1号所得金額の計算上所得の金額に加算して1号所得金額を正しく計算し、あるいは5項法人所得税額として適用対象金額から減算せず、また、同期に確定した資本税及び法人所得税の金額を1号所得金額の計算上減算し、かつ、5項法人所得税額として適用対象金額から加減算して、5項法人所得税額を正しく計算したことによるものである。これらの修正の正確性は、MH社及びMTS社がスイス課税当局から受領した査定決定に関する文書の記載内容によって容易に検証することができるから、被告が本件理由1を主張することは、原告の訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を与えるものではない。
b 本件理由2
本件理由2と平成28年分当初更正処分に付記された理由との間では、控除対象配当等の額において差異があるものの、基準所得金額の算定要素である控除対象配当等という基本的な事実関係の同一性が認められるから、基本的な課税要件事実の同一性が認められる。
また、控除対象配当等の額の算定に用いる割合は、請求権勘案保有株式等割合と同様、「請求権に基づき受けることができる剰余金の配当等の額がその総額のうちに占める割合」について原告の主張する解釈を採用したことに基づいて修正したものである。さらに、平成28年分の所得税等に係る基準所得金額の算定の基礎となるMTS社の平成27年12月期の控除対象配当等の額の正確性を検証するためには、平成27年12月期以前のMH社から受ける配当等の額並びにMTS社の平成26年12月期及び平成27年12月期の出資対応配当可能金額を検証すれば足るところ、これらの金額の検証は、実質的には、MH社の平成26年12月期及び平成27年12月期の適用対象金額の計算を検証することであり、同金額は、MH社及びMTS社がスイス課税当局から受領した査定決定に関する文書の記載内容によって容易に検証することができる。そのため、被告が本件理由2を主張することは、原告の訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を与えるものではない。
c 本件理由3
原告が、平成28年12月31日、平成29年12月31日及び平成30年12月31日において国外資産であるMTS社の株式を保有していたことや、平成28年分から平成30年分までに係る国外財産調書を処分行政庁に提出していなかったことは、当事者間に争いがない。そして、本件譲渡の際の譲渡価額や、平成29年12月31日及び平成30年12月31日現在のMTS社の株式1株当たりの簿価純資産価額等に照らすと、平成28年12月31日、平成29年12月31日及び平成30年12月31日においてそれぞれ原告が保有していたMTS社の株式の見積価額が、いずれも5000万円を超えていたことは明らかであり、容易に認識することができる。そのため、被告が本件理由3を主張することは、原告の訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を与えるものではない。
(2)更正の除斥期間経過後の主張の可否
ア 原告の主張
処分理由の差し替えは、実質上新たな課税処分をするのと同じことであり、特に、更正の除斥期間の経過後に処分理由の差し替えをする場合は、更正の除斥期間の経過後に再更正をすることを認めるのと同じ結果になることから、それが例外的に認められる場合かどうかについては、より慎重に判断すべきである。
本件各再更正等処分のうち、平成28年分再更正処分及び平成28年分変更決定処分は、その更正に係る国税の法定申告期限から5年を経過した後にされたものであるから、平成28年分更正処分及び平成28年分賦課決定処分の適法性を維持するために本件各理由を主張することは、更正の除斥期間を定めた国税通則法70条1項の趣旨に反し、許されない。
イ 被告の主張
課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は当該課税処分の違法一般であり、処分理由は単なる攻撃防御方法にすぎないことからすれば、被告が当該攻撃防御方法を提出すること自体が国税通則法70条1項によって制限されることはない。
更正の除斥期間を定めた国税通則法70条1項の趣旨は、過大な課税処分を受けた納税者が同処分を争わないまま一定期間を経過した場合に、そのような継続した事実状態を尊重して租税法律関係の早期安定を図るとともに、一定期間経過後に税務官庁が資料を廃棄することによる納税者間の不公平を防止することなどのため、課税の適正を図る要請を後退させ、期間制限を設けたものと解されるが、過大な更正処分を受けた納税者が同処分を争い所定の不服審査手続を前置して出訴期間内に当該各処分の取消訴訟を提起している場合は、既に課税庁との間で紛争状態が生じているのであるから、処分を争わないまま一定期間が経過したという事実状態を尊重する必要はなく、課税処分の適法性をめぐって現に訴訟で争っている場合にまで、上記除斥期間の趣旨を持ち出す必要はない。
したがって、本件においても、平成28年分更正処分及び平成28年分賦課決定処分につき、国税通則法70条1項の定める除斥期間が経過しているからといって、被告がこれらの処分に関して本件各理由を主張することが制限されることはない。
第3 当裁判所の判断
1 更正の付記理由と異なる主張の可否について
(1)更正の付記理由と異なる理由を主張することができる要件
ア 課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における課税標準の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである(最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)。そのため、更正処分の取消訴訟において、更正通知書に記載された理由と異なる理由を主張したとしても、処分の同一性を害することにはならない。
また、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも行政手続法2条4号の定める不利益処分に該当するから、税務署長は、更正処分をする場合は、その名宛人である納税者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない(同法14条1項本文)ところ、これは、当該処分の理由の有無について行政庁の判断の慎重と公正妥当とを担保してその恣意を抑制するとともに、当該処分の理由を納税者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は当該処分の理由を具体的に記載して通知させること自体をもってひとまず実現されるところ、行政手続法及び国税通則法等の規定をみても、上記理由提示の定めが、上記の趣旨を超えて、一たび当該処分の通知書に理由を記載した以上、被告が当該理由以外の理由を当該処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はない(最高裁平成11年11月19日第二小法廷判決・民集53巻8号1862頁参照)。
そうすると、被告が、更正処分又は過少申告加算税の賦課決定処分の取消訴訟において、当該処分の適法性を根拠付ける事実として、当該処分に係る通知書に記載された理由と異なる理由を主張することは、原則として許されると解すべきであるが、通知書に記載された理由と異なる理由を主張することにより、納税者の訴訟上の防御活動に格別の不利益が生ずるような場合には、不服申立てに便宜を与えるという理由提示の目的を没却することとなるから、当該理由を主張することは許されないものと解する。
イ 本件訴訟において、平成28年分更正処分及び本件各賦課決定処分のうち、本件各理由をいずれも斟酌しなかった場合の各税額を上回る部分を根拠付ける理由として被告が主張するのは本件各理由であるところ、本件各理由は、平成28年分当初更正処分及び本件各当初賦課決定処分に係る通知書には記載されていなかったものである。そこで、以下では、被告が本件訴訟において本件各理由を主張することによって、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益が生ずると認めることができるかにつき検討することとする。
(2)本件各理由を主張することによる格別の不利益の有無
ア 本件理由1
(ア)本件理由1による税額の変更の内容(甲1の2、4の2、弁論の全趣旨)
a 1号所得金額
前記前提事実(5)イ(イ)aのとおり、処分行政庁は、平成28年分再更正処分によって、MH社の平成27年12月期の1号所得金額につき、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の「MH社」の「①MH社の決算に基づく所得の金額」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額から、同「平成28年分更正処分」欄記載の金額へとその認定を変更した。この変更の詳細は、以下のとおりである。
(a)納税引当金繰入額の加算
MH社は、平成27年12月期において、納税引当金の繰入額として3972.00CHFを計上した(乙12・2015年12月31日の項)。もっとも、法人税法における所得の金額の計算上、損金は債務の確定したときに計上すべきとされている(同法22条3項)ため、法人が納税引当金の繰入額を費用として計上していた場合、同法上、当該引当金の繰入額は費用の見積り計上であり、債務として確定した額ではないことから、これを計上した事業年度において債務として確定しなかったときには、当該事業年度には損金に算入すべきでないこととなる。そのため、原告が平成27年12月期に計上した納税引当金の繰入額についても、平成27年12月期において債務として確定しなかったときには、平成27年12月期には損金に算入すべきでないこととなるため、平成27年12月期の1号所得金額の計算上、納税引当金の繰入額相当額を加算する必要があるものの、平成28年分当初更正処分においては、これが加算されていなかった。
そこで、平成28年分再更正処分においては、別紙4「平成27年12月期MH社所得金額への加算減算項目」の「1 措置法施行令39条の15第1項に基づく基準所得金額の算定(措置法施行令25条の20第1項)」と題する表(以下「1号所得金額算定表」という。)の順号④の項目の3972.00CHFが新たに1号所得金額に加算された。
(b)平成27年12月期に納付した税額の減算
MH社は、平成27年12月期において、納税引当金を取り崩して、平成25年12月期分の法人所得税として4万7904.65CHF(乙12・2015年4月7日の項上段、乙13・3頁)及び資本税として430.30CHF(乙12・2015年4月7日の項下段、乙13・4頁)並びに平成26年12月期分の法人所得税として9397.00CHF(乙12・2015年2月16日の項上段、乙29・3頁)及び資本税として3068.75CHF(乙12・2015年2月16日の項下段、乙29・4頁)の合計6万0800.70CHFの租税を納付したものの、これらの租税の債務確定時及び納付時のいずれにおいても、費用として計上していなかった。前記(a)と同様の理由から、これらの法人所得税及び資本税の納付債務について、平成27年12月期に確定したと認められる場合には、平成27年12月期に損金に算入すべきこととなるため、平成27年12月期の1号所得金額の計算上、納税引当金の繰入額相当額を減算する必要があるものの、平成28年分当初更正処分においては、これが減算されていなかった。
そこで、平成28年分再更正処分においては、1号所得金額の算定において、1号所得金額算定表の順号⑥から⑨までの各項目の合計6万0800.70CHFが新たに減算された。
b 5項法人所得税額
前記前提事実(5)イ(イ)bのとおり、処分行政庁は、平成28年分再更正処分によって、MH社及びMTS社の平成27年12月期の5項法人所得税額につき、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の各「②当該事業年度において納付する法人所得税等、還付を受ける法人所得税等」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額から、同各「平成28年分更正処分」欄記載の金額へとその認定を変更した。この変更の詳細は、以下のとおりである。
(a)MH社の5項法人所得税額
前記a(b)のとおり、MH社は、平成27年12月期において、納税引当金を取り崩して、平成25年12月期分の法人所得税として4万7904.65CHF(乙13・3頁)及び平成26年12月期分の法人所得税として9397.00CHF(乙29・3頁)の合計5万7301.65CHFの法人所得税を納付した。これらの法人所得税は、平成27年12月期の「当該特定外国子会社等が当該各事業年度において納付をすることとなる法人所得税の額」(措置法施行令25条の20第5項2号)に該当することから、平成27年12月期の5項法人所得税額に算入すべきであるものの、平成28年分当初更正処分においては、これが算入されていなかった。
そこで、平成28年分再更正処分においては、別紙4「平成27年12月期MH社所得金額への加算減算項目」の「2 措置法施行令25条の20第5項の規定による調整」と題する表(以下「MH社5項法人所得税額算定表」という。)の順号②及び③の項目の合計5万7301.65CHFが新たに5項法人所得税額に加算され、適用対象金額の計算上減算された。
(b)MTS社の5項法人所得税額
MTS社は、納税引当金を取り崩して、平成28年12月期において9万3211.00CHFの、平成29年12月期において3万2045.00CHFのそれぞれ租税を納付した。これらの法人所得税は、平成27年12月期の「当該特定外国子会社等が当該各事業年度において納付をすることとなる法人所得税の額」(措置法施行令25条の20第5項2号)には該当しないことから、平成27年12月期の5項法人所得税額には算入すべきではないものの、平成28年分当初更正処分においては、これが算入されていた。
そこで、平成28年分再更正処分においては、上記合計12万5256.00CHFが新たに5項法人所得税額から減算され、適用対象金額の計算上加算された。
(イ)格別の不利益の有無
前記(ア)のとおり、本件理由1による平成28年分の所得税等の額の変更は、いずれも、MH社及びMTS社が計上した納税引当金の額及び納付した租税の額につき、1号所得金額又は5項法人所得税額を加算若しくは減算するものである。そして、これらの納税引当金及び租税の額は、いずれも、MH社及びMTS社がそれぞれ作成し、原告が処分行政庁に提出した納税引当金勘定に係る帳簿書類(乙12、乙20。以下「本件納税引当金勘定関係書類」という。)及びスイス課税当局が作成した査定決定(乙13、乙29。以下「本件査定決定関係書類」という。)に基づき認定されたものである。
前記(ア)の本件理由1に係る変更は、MH社及びMTS社の会計処理という基本的な事実関係を共通にしながら、その課税要件事実への当てはめを異にするものにすぎない。また、同変更の内容に照らすと、本件理由1として被告が主張する1号所得金額及び5項法人所得税額の正確性を検証するためには、MH社及びMTS社が計上した納税引当金及び納付した租税の額及び当該租税が措置法施行令25条の20第5項にいう法人所得税に該当するか否かのほか、納税引当金を計上した時期、租税を納付した時期及び当該租税債務が確定した時期がそれぞれ平成27年12月期であるか否かを検証することが必要となるといえるところ、これらのうち計上した納税引当金及び納付した租税の額、納税引当金を計上した時期並びに租税を納付した時期については、本件納税引当金勘定関係書類及び本件査定決定関係書類によって検証することができると認められる。また、各租税債務が確定した時期についても、本件査定決定関係書類には、MH社及びMTS社が査定を受けた日等の日付が明示されていることからすれば、本件査定決定関係書類によって検証することができると認められる。さらに、法人所得税とは、本店所在地国以外の国等により法人の所得を課税標準として課される税等を意味するところ(措置法施行令25条の19第1項1号)、本件査定決定関係書類には、課税要素等が明示されていること(乙13・3及び4頁、乙29・3及び4頁)からすれば、かかる租税が法人所得税に該当するか否かについても検証することができると認められる。
これに対し原告は、スイス会社法上の決算に基づく所得を本邦法令の規定の例に準じて計算をし、さらに、スイスにおける税金が法人所得税に該当するか否かを検証するためには、スイス会社法及びスイス税制を調査する必要がある旨主張する。しかしながら、平成28年分当初更正処分及び平成28年分再更正処分は、いずれも、MH社及びMTS社の会計処理という基本的事実関係については、同一のものを基礎としているのであって、上記のとおり、1号所得金額及び5項法人所得税額の正確性は、本件納税引当金勘定関係書類及び本件査定決定関係書類によって検証することができると認められ、それ以外にスイスの法令等を調査する必要があると認めることは必ずしもできないし、また、スイス会社法及びスイス税制等の調査については、その性質上、時間の経過によって適切な防御の機会を奪われるものということはできない。
したがって、被告が本件理由1を主張することによって、原告は、被告の主張する税額等の正確性の検証のために、本件納税引当金勘定関係書類及び本件査定決定関係書類を調査することが必要となることが認められるものの、これらの書類はいずれも既に原告が入手しているものであって、原告自身が被告に提出したものであることなどに鑑みれば、原告がこれによって適切な防御の機会を奪われるということはできないから、訴訟上の防御権の行使に当たって、格別の不利益を受けると評価することはできない。
イ 本件理由2
(ア)本件理由2による税額の変更の内容(甲1の2、4の2、弁論の全趣旨)
前記前提事実(5)イ(ウ)のとおり、処分行政庁は、平成28年分再更正処分によって、MTS社の平成27年12月期の控除対象配当等の額につき、別紙3「平成28年分課税対象金額計算表」の「MTS社」の「③控除対象配当等の額の控除」の「平成28年分当初更正処分」欄記載の金額から、同「平成28年分更正処分」欄記載の金額へとその認定を変更した。この変更の詳細は、以下のとおりである。
MTS社が平成27年12月期においてMH社から受けた配当等の額は5万7376.80CHFである一方、MTS社の平成27年12月期における出資対応配当可能金額は2万1564.28CHFであり、前者が後者を超えるから、後者の金額に前年までの出資対応配当可能金額のうち控除未済額である2万5105.51CHFを加えた4万6669.79CHFが、控除対象配当等の額となる。
そこで、平成28年分再更正処分においては、4万6669.79CHFがMTS社の平成27年12月期の控除対象配当等の額とされた。
(イ)格別の不利益の有無
本件理由2に係る変更は、MH社及びMTS社の会計処理という基本的な事実関係を共通にしながら、その課税要件事実への当てはめを異にするものにすぎない。また、同変更の内容に照らすと、以下のとおり、原告がこれによって適切な防御の機会を奪われるということはできない。
a 配当可能金額の検証
MTS社の平成27年12月期の配当可能金額は、MTS社の平成27年12月期の適用対象金額(措置法40条の4第2項2号)に、措置法施行令25条の20第4項1号イ及びロに掲げる金額の合計額を加算し、同号ハ及びニに掲げる金額の合計額を控除することによって算出される(同号)。
このうち、MTS社の平成27年12月期の適用対象金額については、前記アのとおり、平成28年分再更正処分によって認定された金額の正確性につき検証することができると認められる。また、同号イに掲げる金額、すなわちMH社の控除対象配当等の金額については、平成27年12月期及び平成26年12月期においてMTS社がMH社に対する配当をしていないことはMTS社の会計帳簿(乙18・19頁、乙34・20頁)から明らかであるから、同金額が0円であることは比較的容易に検証することができる。さらに、同号ロ、ハ及びニに掲げる金額は、いずれも、平成28年分当初更正処分においても、平成28年分再更正処分においても、0円と認定されており変更がないのであるから、これらの金額について、平成28年分再更正処分において新たに被告が主張した事実はない。
そうすると、原告においてMTS社の平成27年12月期の配当可能金額の正確性につき検証するために適切な防御の機会を奪われるということはできない。
b 出資対応配当可能金額の検証
MTS社の平成27年12月期の出資対応配当可能金額は、前記aの配当可能金額に、MH社が、MTS社に対して剰余金の配当その他の経済的な利益の給付を請求する権利に基づき受けることができる配当等の額がその総額のうちに占める割合を乗じて計算した金額である(措置法施行令25条の20第4項2号)。
同割合については、平成28年分再更正処分で認定された割合は、本件訴えにおいて当初から原告が主張していた割合と同じであるから、MTS社の平成27年12月期の出資対応配当可能金額の正確性につき検証するために原告が適切な防御の機会を奪われるということはできない。
c 控除対象配当等の額の検証
MTS社が平成27年12月期にMH社から受ける配当等の額は出資対応配当可能金額を超えるから、控除対象配当等の額は、前記bの出資対応配当可能金額に前年までの出資対応配当可能金額のうち控除未済額を加算した額となる(措置法施行令25条の20第3項2号)。
MTS社は平成25年2月28日に設立され、MTS社の平成25年12月期は欠損が生じている(乙44・16頁)ことを踏まえると、上記計算に用いられる前年までの出資対応配当可能金額は、平成26年12月期の出資対応配当可能金額のみであり、前記a及びbと同様、かかる金額の正確性につき検証するために原告が適切な防御の機会を奪われるということはできない。そして、上記のとおり、控除対象配当等の額は、前年までの出資対応配当可能金額及びMH社から受ける配当等の額から計算されるから、MTS社の平成27年12月期の控除対象配当等の額の正確性につき検証するために原告が適切な防御の機会を奪われるということはできない。
d 小括
したがって、被告が本件理由2を主張することによって、原告は、被告の主張する税額等の正確性の検証のために、前記アと同様、本件納税引当金勘定関係書類及び本件査定決定関係書類を調査することが必要となることが認められるものの、原告がこれによって適切な防御の機会を奪われるということはできないから、訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を受けると評価することはできない。
ウ 本件理由3
(ア)本件理由3による税額の変更の内容
前記前提事実(5)ウのとおり、処分行政庁は、本件各変更決定処分によって、国外送金調書法6条2項に基づく国外財産調書不提出加算を新たに適用した。
(イ)格別の不利益の有無
国外財産調書不提出加算は、国外送金調書法6条1項の規定により税務署長に提出すべき国外財産調書について提出期限内に提出がないときに適用され(国外送金調書法6条2項)、国外財産調書の提出義務を負うのは、その年の12月31日においてその価額の合計額が5000万円を超える国外財産を有する場合である(国外送金調書法5条1項)。
原告が、平成28年12月31日において60株、平成29年12月31日及び平成30年12月31日において50株のMTS社の株式を有していたこと(前記前提事実(1)イ)、同株式が国外財産(国外送金調書法2条14号)に当たること、原告が平成28年から平成30年までの各年12月31日に有していた国外財産に係る国外財産調書を所定の提出期限までに税務署長に提出していないことは、原告においても争っていない。
さらに、以下のとおり、上記各時点において原告が有していたMTS社の株式の価額が5000万円を超えるものであったことは以下のとおり明らかであり、かつ、MTS社は原告の外国関係会社に該当するものであって、原告がMTS社の株式の評価に係る資料等を入手することは容易であったと認められることからすれば、本件各変更決定において国外財産調書不提出加算を適用すべきか否かにつき検証するために原告が過大な負担を負い、適切な防御の機会を奪われることになるということはできないから、被告が本件理由3を主張することによって、原告が、訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を受けるということはできない。
a 平成28年12月31日時点におけるMTS社の株式60株の価額
証拠によると、本件譲渡の譲渡価格は、平成27年12月31日現在のMTS社の株式1株当たりの簿価純資産価額である3万8845.50CHFを本件譲渡の直前である平成29年1月26日におけるスイスフランと日本円との換算レートである113.57円/CHFにより日本円に換算した金額に10株を乗じて算出した金額であること(乙18・15頁、乙46・第1条注1、乙47)、かかる譲渡価格の計算方法はスイスの慣例に基づくものであり(乙47)、かつ、令和4年6月24日付け改正前の「内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(国外財産調書及び財産債務調書関係)の取扱い」5−8(5)ハ(イ)に例示された算出方法と同一の方法であること(乙45)をそれぞれ認めることができる。
上記算出方法によれば、原告が平成28年12月31日時点で有していたMTS社の株式60株の価額は2億6470万0980円となり、5000万円を大きく超えることになる。国外財産の価額を算出する方法は必ずしも上記算出方法に限られるものではないものの、上記各認定事実からすれば、上記算出方法は、国外財産の価額を算出する方法として合理性を有することは明らかである一方、上記算出方法を上回る合理性が認められ、かつ、MTS社の株式60株の価額が5000万円以下となるような算出方法が存在し得ることをうかがわせる事情はないことからすれば、原告が平成28年12月31日時点で有していたMTS社の株式60株の価額が5000万円を超えることは明らかであり、その点につき検証するために原告が過大な負担を負い、適切な防御の機会を奪われるということはできない。
b 平成29年12月31日時点におけるMTS社の株式50株の価額
MTS社の平成29年12月31日時点の貸借対照表に記載されている株主資本合計額は395万3261CHFであり(乙48・11頁)、同日現在のスイスフランと日本円との換算レートは115.46円/CHFである(乙49)から、同日時点において原告が有していたMTS社の株式50株の価額を、1株当たりの簿価純資産価額に株式数を乗ずる方法により計算すると、2億2822万1757円となり、5000万円を大きく超える。
そうすると、前記aと同様の理由から、原告が平成29年12月31日時点で有していたMTS社の株式50株の価額が5000万円を超えることは明らかであり、その点につき検証するために原告が過大な負担を負い、適切な防御の機会を奪われるということはできない。
c 平成30年12月31日時点におけるMTS社の株式50株の価額
MTS社の平成30年12月31日時点の貸借対照表に記載されている株主資本合計額は401万5519CHFであり(乙50・5頁)、同日現在のスイスフランと日本円との換算レートは112.55円/CHFである(乙51)から、同日時点において原告が有していたMTS社の株式50株の価額を、1株当たりの簿価純資産価額に株式数を乗ずる方法により計算すると、2億2597万3332円となり、5000万円を大きく超える。
そうすると、前記aと同様の理由から、原告が平成30年12月31日時点で有していたMTS社の株式50株の価額が5000万円を超えることは明らかであり、その点につき検証するために原告が過大な負担を負い、適切な防御の機会を奪われるということはできない。
(3)まとめ
以上のとおり、被告が本件各理由を主張することによって、原告が、訴訟上の防御権の行使に当たって格別の不利益を受けるということはできないから、被告は、本件各処分の適法性の根拠として、本件各理由を主張することができる。
2 更正の除斥期間経過後の主張の可否について
(1)減額再更正処分の可否
まず、前提として、更正の除斥期間経過後に減額再更正処分をすることができるか否かについて検討する。
国税通則法70条1項は、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を含む課税処分につき、同項各号所定の期間を経過した日以後はすることができない旨を定めており、当該課税処分が、納税者の納付すべき税額を増加させるものであるか減少させるものであるかにかかわらず適用されるところ、同項が税額を減少させる課税処分についても期間制限を定めた趣旨は、過大な課税処分を受けた納税者が同処分を争わないまま一定期間を経過した場合に、そのような継続した事実状態を尊重して租税法律関係の早期安定を図るとともに、一定期間経過後に税務官庁が資料を廃棄することによる納税者間の不公平を防止するなどのため、課税の適正を図る要請を後退させ、減額更正について期間制限を設けたものと解される。そうすると、増額更正処分がされた後、審査請求を経て当該処分の取消しの訴えが提起されている場合には、過大な課税処分を受けた納税者が同処分を争わないまま一定期間を経過した場合には当たらず、継続した事実状態を尊重して桓税法律関係の早期安定を図る必要性はないことからすれば、当該訴えの係属中に同項所定の期間を経過した場合であっても、同法26条に基づき減額再更正処分をすることができると解すべきである。
そして、国税通則法26条に基づく再更正処分は、税務署長が、更正又は決定をした後、その更正又は決定をした課税標準等又は税額等が過大又は過少であることを知ったときに、その調査により、当該更正又は決定に係る課税標準等又は税額等を更正するというものであって、課税の適正の観点からすれば、調査により判明した課税標準等の基礎となる個別具体的な事実の一部のみを取捨選択して、当該更正又は決定を変更することは、同条の想定するところではなく、このことは、上記のとおり、処分の取消しの訴えの係属中であることを理由として、同法70条1項所定の期間の経過後に再更正処分をする場合であっても変わるところはないと解される。そうすると、税務署長は、そのような場合であっても、調査の結果税額を減少させる事実と増加させる事実との双方を発見したときは、その双方の事実を基礎とする更正処分をすべきであって、同項所定の期間が経過していることを理由として、前者の事実のみを基礎とする更正処分をすべきであるとはいえない。
(2)更正の除斥期間経過後の理由の差し替えの可否
上記(1)のとおり、当初の更正処分について審査請求を経て取消訴訟が提起されている場合には、更正の除斥期間経過後においても減額更正処分をすることができ、その際には税額を増加させる事実を考慮することもできると解される。また前記1(1)で述べたとおり、被告が、更正処分又は過少申告加算税の賦課決定処分の取消訴訟において、当該処分の適法性を根拠付ける事実として、当該処分に係る通知書に記載された理由と異なる理由を主張することは、納税者の訴訟上の防御活動に格別の不利益を生ずるような場合を除き、許されるものと解されるが、このことは、本件のように、当初の更正処分につき、更正の除斥期間経過後に減額再更正処分がされ、同処分において税額を増加させる事実が考慮されている場合であっても、異なるところはない。
しかるところ、被告が本件各理由を主張することによって、原告の訴訟上の防御活動に格別の不利益を生ずるとはいえないことは、前記1(2)及び(3)で説示したとおりである。
したがって、被告は、更正の除斥期間が経過した平成28年分更正処分及び平成28年分賦課決定処分についても、その適法性の根拠として、本件各理由を主張することができる。
3 結論
以上を前提とすると、別紙2「本件各処分の根拠及び適法性」のとおり、本件各処分はいずれも適法である。
したがって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
なお、訴訟費用については、前記第2のとおり、原告の当初の主張と同様の理由をもって本件各再更正等処分がされ、これを受けて原告が当初の訴えの一部を取り下げたという経緯に鑑みて、一部取り下げられた請求に関する訴訟費用を含めて、その一部を被告に負担させることとする。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官 鎌野真敬
裁判官 栗原志保
裁判官 佐藤貴大
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