解説記事2023年10月02日 未公開判決事例紹介 徴収共助要請を巡る裁判(2023年10月2日号・№997)

未公開判決事例紹介
徴収共助要請を巡る裁判
韓国からの保全共助要請に基づく預金差押えは適法

 本誌958号40頁で紹介した課税処分取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇日本の国税庁が韓国の国税庁から保全共助要請を受けて行った保全共助実施決定処分及び第二次納税義務者の債権の保全差押処分の取消しを求めて争われていた裁判で、東京地方裁判所民事第3部(市原義孝裁判長)は令和4年11月30日、納税者(原告)の請求を棄却した。東京地裁は、本件保全共助対象外国租税は税務行政執行共助条約発効前ではあるものの、要訴追故意事案に係る租税であるため保全共助の対象となるなどとして、本件各処分は適法であるとの判断を下した(令和4年(行ウ)第124号)。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 東京国税局長が令和2年6月30日付けで原告に対してした共助実施決定処分を取り消す。
2 東京国税局長が令和2年7月15日付けで原告に対してした債権の差押処分を取り消す。

第2 事案の概要等
 我が国の国税庁は、我が国が締約国となっている租税に関する相互行政支援に関する条約(以下「税務行政執行共助条約」ということがある。)における我が国の「権限のある当局」(税務行政執行共助条約3条1項d)(以下「税務当局」という。)として、税務行政執行共助条約の締約国である大韓民国(以下「韓国」という。)の税務当局である韓国の国税庁から、同国税庁が韓国の国税滞納者に係る第二次納税義務者として指定した原告について、税務行政執行共助条約に基づく徴収のための財産の保全の共助(以下「保全共助」という。)の要請(以下「本件保全共助要請」という。)を受けた。
 東京国税局長は、本件保全共助要請を受け、本件保全共助要請の対象となる別紙2「共助対象外国租税目録」記載の外国租税(以下「本件保全共助対象外国租税」という。)について、保全共助を実施する決定(以下「本件保全共助実施決定」という。)を行い、これに基づき、原告が株式会社M銀行(以下「M銀行」という。)に対して有する別紙3「財産目録」記載の外貨普通預金の払戻請求権(以下「本件保全差押債権」という。)の差押え(以下「本件保全差押処分」といい、本件保全共助実施決定と併せて「本件各処分」という。)をした上で、その取立てを行い、取り立てた金銭を東京法務局に供託(以下「本件供託」という。)した。
 本件は、原告が、本件保全共助実施決定に係る共助実施決定通知書(以下「本件保全共助実施決定通知書」という。)及び本件保全差押処分に係る差押調書謄本(以下「本件保全差押調書謄本」といい、本件保全共助実施決定通知書と併せて「本件各通知書」という。)の原告に対する送達が違法であるなどと主張し、本件各処分の取消しを求める事案である。
1 関係法令等の定め
 関係法令等の定めは、別紙4「関係法令等の定め」記載のとおりである。
 なお、同別紙中で定義した略称等は、以下の本文においても同様に用いるものとする。
2 税務行政執行共助条約及び実特法に基づく共助の概要
(1)我が国についての税務行政執行共助条約の発効及び実特法の規定の整備

ア 経済取引のグローバル化が進展し、国境を超える取引が恒常的に行われるようになる一方で、外国に所在する財産から自国の租税債権の徴収を図ろうとしても、外国の主権(執行管轄権)との関係で制約を受けることから、諸外国においては、租税条約に基づき互いの国の租税債権を徴収する枠組みが整備されてきたところ、我が国も、こうした国際情勢等を踏まえ、平成23年(2011年)11月3日、G20カンヌサミットにおいて、欧州評議会・経済協力開発機構の加盟国を中心とする租税条約である税務行政執行共助条約及び改正議定書に署名した(乙16〔509及び510頁〕)。
イ 税務行政執行共助条約は、平成25年10月1日、所定の手続を経て、我が国について効力を生じた。また、我が国においては、平成24年度税制改正において、税務行政執行共助条約の国内担保法である実特法の規定が整備された(乙16〔510頁〕)。
(2)税務行政執行共助条約に基づく共助の対象、共助の形態及び共助の手続等
ア 共助の対象
(ア)本件保全共助対象外国租税は所得税であるところ(後記3(2)オ、カ)、所得税は、我が国において共助対象外国租税となる税目に含まれる(税務行政執行共助条約2条1項、附属書A)。
(イ)a 我が国において共助対象外国租税となり得る租税は、原則として、我が国について税務行政執行共助条約が効力を生じた年の翌年の1月1日(平成26年1月1日)以後に開始する課税期間又は課税期間がない場合には同日以後に課される租税である(税務行政執行共助条約28条6項)。
  b もっとも、要請国の刑事法に基づいて訴追されるべき故意による行為に係る租税事件(要訴追故意事案)の対象とされた租税であれば、例外的に、上記aの日より前に開始する課税期間又は同日前に課される租税であっても、我が国において税務行政執行共助条約に基づく共助対象とすることができる(税務行政執行共助条約28条7項)。
イ 共助の形態
 税務行政執行共助条約に基づく共助の種類としては、情報交換共助、徴収における共助及び送達共助がある。
(ア)情報交換共助とは、要請国と被要請国との間で、税務行政執行共助条約の対象となる租税に関する締約国の法令の運用又は執行に関連するあらゆる情報を交換することを内容とする共助である(税務行政執行共助条約4条~10条)。
(イ)徴収における共助には、徴収共助と保全共助がある。
  a 徴収共助とは、被要請国において、要請国のために、税務行政執行共助条約14条、15条の規定に従って、共助対象外国租税債権を自国の租税債権を徴収する場合と同様に徴収するため、必要な措置を採ることを内容とする共助である(税務行政執行共助条約11条)。
  b 保全共助とは、被要請国において、要請国のために、共助対象外国租税債権について争いがあるとき又は共助対象外国租税債権が執行許可文書の対象となっていないときであっても、共助対象外国租税の徴収のために共助対象者の財産について保全の措置を採ることを内容とする共助である(税務行政執行共助条約12条)。
  c 送達共助とは、被要請国において、要請国のために、要請国から発出される文書であって、共助対象外国租税に関するものを名宛人に送達することを内容とする共助である(税務行政執行共助条約17条)。
ウ 共助(特に保全共助)の手続
(ア)a 要請国は、被要請国に対し、共助の要請をするときは、共助要請関連情報を提供する(税務行政執行共助条約18条1項)。
  b 要請国は、被要請国に対し、保全共助の要請をするときは、保全共助要請添付書類を添付してこれをしなければならない(税務行政執行共助条約13条1項)。
(イ)a 被要請国は、要請国から共助の要請を受けたときであっても、条約上の拒否事由があるときは、共助の要請に応ずる義務を負わない(税務行政執行共助条約14条3項、21条1項)。
  b 所轄国税局長等は、共助の要請があったときは、実特法上の共助不実施事由があるときを除き、当該要請に係る保全共助の実施の決定を行うところ(実特法11条1項)、保全共助実施決定は、所轄国税局長等が、保全共助実施決定通知書を共助対象者に対し送達して行う(同条2項)。
  c 保全共助における、保全共助対象外国租税、共助対象者、保全共助実施決定及び保全共助実施決定通知書については、当該共助対象外国租税に係る租税条約等の定めるところによるほか、後記(3)及び(4)のとおり、通則法及び徴収法の規定が準用(一部の規定は必要な読替えをした上で準用)される(実特法11条4項)。
(ウ)被要請国は、共助の要請に応じた場合には、要請国に対し、採った措置及び当該共助の結果をできる限り速やかに通報することとし、要請を拒否する場合には、要請国に対し、その旨及び理由をできる限り速やかに通報する(税務行政執行共助条約20条)。
エ 争訟及び不服申立て
(ア)税務行政執行共助条約に基づき被要請国が採った措置についての争訟の手続は、被要請国の適当な機関にのみ提起することができる(税務行政執行共助条約23条1項)。
(イ)税務行政執行共助条約に基づき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、租税債権の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができる(税務行政執行共助条約23条2項)。
(ウ)共助対象者は、不服申立て及び訴えにおいて、当該共助対象者に係る共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない(実特法11条13項)。
(3)保全共助の具体的手続
ア 所轄国税局長等は、保全共助実施決定をした場合には、当該保全共助実施決定に係る保全共助対象外国租税(その滞納処分費を含む。)の額を限度として、当該保全共助実施決定に係る共助対象者の財産の保全差押えを直ちにすることができる(実特法11条3項、同条4項が必要な読替えをした上で準用する徴収法159条1項)。
イ 保全共助として行われる債権の保全差押えは、第三債務者に対する債権の差押通知書の送達により行い(実特法11条4項が準用する徴収法62条1項)、その効力は、債権の差押通知書が第三債務者に送達された時に生ずる(実特法11条4項が準用する徴収法62条3項)。
ウ 所轄国税局長等は、上記イの効力が生ずると、保全差押えをした債権の取立てをすることができるところ(実特法11条3項、同条4項が準用する徴収法67条1項)、同取立てによって得た金銭については、当該共助対象外国租税につき徴収共助の実施決定がされていないときは、これを供託しなければならない(実特法11条4項が必要な読替えをした上で準用する徴収法159条10項)。
(4)送達
ア 要送達書類は、郵便等による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所等に送達し(通則法12条1項本文)、その送達を受けるべき者に納税管理人があるときは、その住所等に送達する(同項ただし書)。
イ 公示送達
(ア)要送達書類について、その送達を受けるべき者の住所等が明らかでない場合又は送達困難事情があると認められる場合には、税務署長その他の行政機関の長は、その送達に代えて公示送達をすることができる(通則法14条1項)。
(イ)公示送達は、要送達書類の名称、その送達を受けるべき者の氏名及び税務署長その他の行政機関の長がその要送達書類をいつでも送達を受けるべき者に交付する旨を当該行政機関の掲示場に掲示して行い(通則法14条2項)、同掲示を始めた日から起算して7日を経過したときは、要送達書類の送達があったものとみなされる(同条3項)。
3 前提事実(当事者間に争いがないか後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実並びに当裁判所に顕著な事実)
(1)当事者等

ア(ア)原告は、平成14年(2002年)3月14日、英国領ケイマン諸島において設立された法人である(乙3〔訳文4頁〕)。
 (イ)原告の所在地は、ケイマンアイランド、(以下省略)((以下省略))である(甲2)。
イ(ア)K(以下「K」という。)は、原告の元代表者であり、平成7年(1995年)4月に、CSKの設立に関与し、平成17年(2005年)12月には、香港において、CCCS Ltd等の法人の設立に関与した後、韓国、日本及び香港において海運業に携わっている者である(乙3〔訳文4頁〕、弁論の全趣旨)。
 (イ)Kは、平成23年(2011年)、韓国において、特定経済犯罪加重処罰等に関する法律違反の嫌疑により、公訴を提起されたところ、同法律違反のうち租税ほ脱の嫌疑については、平成18年(2006年)及び平成20年(2008年)の各課税期間の租税ほ脱に係る部分を無罪とする一方で、その余の課税期間の租税ほ脱に係る部分(以下、同部分に係るKの韓国における滞納所得税を「有罪確定ほ脱租税」という。)を有罪とする旨の判決の宣告を受け、同判決は、平成28年(2016年)2月18日、韓国において確定した(以下、このKの一部有罪判決を「本件確定外国判決」という。また、韓国における有罪確定ほ脱租税についてのKに対する一連の刑事訴追手続を「本件外国訴追」といい、本件外国訴追に係る事案を「本件外国訴追事案」という。)(甲10の3、16、弁論の全趣旨)。
(2)本件保全共助の要請
 韓国の国税庁は、韓国の税務当局として、我が国の税務当局である我が国の国税庁に対し、令和2年6月4日付けの「REQUEST FOR ASSISTANCE OF IN RECOVERY OF TAX CLAIMS」と題する書面(以下「本件保全共助要請書」という。)を送付し、原告について、後記オの韓国の所得税(本件保全共助対象外国租税)を保全共助対象外国租税とする保全共助の要請(本件保全共助要請)をした(乙3)。
 本件保全共助要請書には、本件保全共助要請の内容、経緯等として、大要、以下の記載がある。
ア Kは、平成17年(2005年)から平成22年(2010年)までの間、韓国の居住者ではないと主張して、韓国以外の国で得た所得について、韓国において申告をしなかった(乙3〔訳文4頁〕)。
イ 韓国の国税庁は、税務調査の結果、平成17年(2005年)から平成22年(2010年)までの間、Kが韓国の居住者であったと認定し、Kに対し、同期間において韓国以外の国で得たKの所得について、平成23年(2011年)4月25日までに、韓国の所得税等を納付するよう通知した(乙3〔訳文4頁〕)。
ウ Kは、上記イの通知に係る韓国の所得税等を納付しなかったので、韓国の国税庁は、平成23年8月、Kが滞納していた韓国の所得税等の一部について、原告を第二次納税義務者に指定した(以下、同指定に基づき、原告が第二次納税義務を負うKの韓国における滞納所得税を「本件滞納外国租税」という。)(乙3〔訳文4頁〕)。
エ Kは、韓国において、租税ほ脱等の嫌疑により、一部有罪判決(本件確定外国判決)を受け、同判決はその後確定した(乙3〔訳文4頁〕)。
オ 原告が令和元年5月19日時点で滞納していた韓国の所得税のうち、有罪確定ほ脱租税である平成19年(2007年)分のKの韓国における所得税(本件滞納外国租税の一部である。)について原告が第二次納税義務を負っているものは、別紙2「共助対象外国租税目録」記載のとおりである(乙3〔訳文3、4、6頁〕)。
カ そこで、韓国の国税庁は、韓国の税務当局として、我が国の税務当局である我が国の国税庁に対し、上記オの韓国の所得税を保全共助対象外国租税とする保全共助の要請(本件保全共助要請)をする(乙3〔訳文1頁〕)。
キ 韓国の国税庁は、韓国の税務当局として、以下のことを宣言する(乙3[訳文1、2頁])。
(ア)本件保全共助対象外国租税に係る租税債権(以下「本件保全共助対象外国租税債権」という。)は、税務行政執行共助条約の対象となる租税に関するものであり、我が国が租税債権の徴収における共助を行わない権利を留保していないものであること。
(イ)本件保全共助対象外国租税債権は、韓国の法令の下で保全措置を行うことができるものであること。
(ウ)韓国の法律が本件保全共助対象外国租税債権の存否又は額を争う機会を保障していること。
(エ)韓国の税務当局が韓国の領域内において本件保全共助対象外国租税債権を徴収するために採り得る全ての手段を採っていること(ただし、その手段を採ることが過重な困難を生じさせる場合を除く。)。
(オ)本件保全共助要請が、韓国の法令及び、行政上の慣行に従ったものであること。
(カ)本件保全共助要請に係る情報及び添付された書類の内容は正しいこと。
ク(ア)なお、本件保全共助要請書において、「債務者」である原告の名称の表記は「C Holding Co.」(以下、本件保全共助要請書に原告の名称として記載された上記表記を「本件記載名称」という。)とされている(乙3〔訳文1、6頁〕)。
(イ)また、本件保全共助要請書において、原告の所在地(外国の住所)は、「(省略), CAYMAN ISLANDS」(以下、本件保全共助要請書に原告の所在地(外国の住所)として記載された上記所在地を「本件記載所在地」という。)とされている(乙3〔訳文1、3頁〕)。
(3)本件保全共助実施決定及びこれに基づく保全共助
ア 本件保全共助実施決定
(ア)我が国の国税庁は、令和2年6月12日、本件保全共助要請を受理し(甲9、乙3)、原告の財産の所在地を管轄する東京国税局長は、本件保全共助要請についての所轄国税局長等として、同月30日付けで、本件保全共助実施決定をした(甲5、乙1)。
(イ)東京国税局長は、本件保全共助実施決定をその共助対象者である原告に通知するに際し、本件保全共助実施決定通知書を本件記載所在地に送達するについては、送達困難事情があると認めたことから、これを公示送達することとし、令和2年7月1日から同月8日までの間、本件保全共助実施決定通知書に係る公示送達書を東京国税局の掲示場に掲示した(乙7)。
イ 本件保全共助実施決定に基づく保全共助
(ア)東京国税局長は、令和2年7月15日、本件保全共助対象外国租税を徴収するための財産の保全として、原告がM銀行に対して有する本件保全差押債権の保全差押え(本件保全差押処分)をし、M銀行に対し、本件保全差押処分に係る差押通知書を送達するとともに、同日付けで本件保全差押債権を取り立てた(甲4、乙2、4)。
  なお、本件保全差押債権は米ドル建ての債権であり、その額は、311,952.52米ドルであったところ、これは、本件保全共助対象外国租税の同日時点の邦貨換算額3339万9766円を同日時点の為替レートで米ドルに換算した額と同額である(弁論の全趣旨)。
(イ)東京国税局長は、本件保全差押処分を原告に通知するに際し、本件保全差押調書謄本を本件記載所在地に送達するについては、送達困難事情があると認めたことから、これを公示送達することとし、令和2年7月16日から同月23日までの間、本件保全差押調書謄本に係る公示送達書(以下、前記ア(イ)の本件保全共助実施決定通知に係る公示送達書と併せて「本件各公示送達書」という。)を東京国税局の掲示場に掲示した(以下、このようにしてされた公示送達を、前記ア(イ)の本件保全共助実施決定に係る公示送達と併せて「本件各公示送達」という。)(乙8)。
(ウ)東京国税局長は、令和2年7月22日、本件保全差押処分により差し押さえた金銭3339万9766円を東京法務局に供託(本件供託)した(乙4)。
ウ 原告の納税管理人に対する本件各通知書の送達
(ア)原告は、東京国税局長に対し、令和2年7月31日、原告の関係会社であるC海運ジャパン株式会社(以下「C海運ジャパン」という。)を本件保全共助対象外国租税に係る納税管理人に指定する旨の納税管理人届出書(乙9)を提出した。
(イ)東京国税局徴収職員は、C海運ジャパンに対し、令和2年7月31日、本件各通知書を交付送達した(乙10)。
(4)本件訴えの提起に至る経緯
ア 原告は、東京国税局長に対し、令和2年10月12日、本件各処分の取消しを求めて再調査の請求をしたところ(乙11)、東京国税局長は、同年12月21日付けで、同請求のうち、本件保全共助実施決定の取消しを求めるものについては棄却し、本件保全差押処分の取消しを求めるものについては却下する旨の決定をした(乙12)。
イ 原告は、国税不服審判所長に対し、令和3年1月19日、本件各処分の取消しを求めて審査請求をしたところ(乙13)、国税不服審判所長は、令和4年1月11日付けで、同審査請求のうち、本件保全共助実施決定の取消しを求めるものについては棄却し、本件保全差押処分の取消しを求めるものについては却下する旨の裁決をした(甲1)。
ウ 原告は、令和4年3月15日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
エ なお、原告は、本件に関連して、国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき損害賠償を求める民事訴訟(東京地方裁判所令和3年(ワ)第18310号)を提起しており、同訴訟は、本件の口頭弁論終結時点で、東京地方裁判所に係属中である(甲15、弁論の全趣旨)。
4 争点
(1)本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益はあるか(以下「争点1」という。)。
(2)本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか(以下「争点2」という。)。
(3)本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となるか(以下「争点3」という。)。
(4)要請国である韓国の税務当局との間での情報交換(税務行政執行共助条約4条から10条まで)をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分は違法となるか(以下「争点4」という。)。
(5)本件各公示送達は適法な送達であるといえるか(以下「争点5」という。)。
5 争点に関する当事者の主張の要旨
(1)争点1(本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益はあるか。)
(原告の主張の要旨)

 本件保全差押処分は取り消されるべきであり、本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分には、訴えの利益がある。
(被告の主張の要旨)
ア 保全共助実施決定に基づく債権の保全差押処分は、第三債務者に対してその履行を、滞納者に対して債権の取立てその他の処分をそれぞれ禁止するとともに、徴収職員において差し押さえた債権の取立てをすることができるようにするという法的効果を有するものであるところ、所轄国税局長等において差し押さえた債権を取り立てたときは、当該債権保全差押処分の目的は達され、その法的効果も消滅する以上、その時点で当該債権の保全差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益は失われる。
イ 本件保全差押処分についてみても、東京国税局長において、既に、本件保全差押債権を取り立てているから、本件保全差押処分はその目的を達し、その法的効果は既に消滅している。そのため、もはや、本件保全差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はない。
ウ したがって、原告には、本件保全差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益がないから、本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き、不適法である。
(2)争点2(本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか。)
(被告の主張の要旨)

ア 本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約が原則的に適用される課税期間(平成26年1月1日以降の課税期間)より前の課税期間に課される租税であるが、本件外国訴追事案に係るものであるから、要訴追故意事案に係る租税(税務行政執行共助条約28条7項)に該当する。そのため、本件保全共助対象外国租税は、税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえる。
イ(ア)なお、原告は、税務行政執行共助条約28条7項が遡及処罰の禁止(憲法39条前段)に反して違憲無効であると主張する。
   しかし、同項は、過去に我が国において刑事上の責任を問われていなかった行為について、遡及的に我が国において刑事上の責任を追及するものではないから、何ら遡及処罰の禁止に反するものではない。そのため、原告の上記主張は理由がない。
(イ)また、原告は、要訴追故意事案(税務行政執行共助条約28条7項)には、既に確定判決を経ている過去の租税事案である本件外国訴追事案は含まれないと主張する。
  しかし、要訴追故意事案を、将来、訴追される可能性がある事案に限定する文言上の根拠はなく、広く訴追されるべき責任を負うべき悪質な事案が含まれると解するのが自然な文言解釈であるから、既に有罪の確定判決を経ている本件外国訴追事案も当然にこれに含まれる。実質的にみても、有罪の確定判決を経ておらず、将来、無罪となる可能性がないとはいえない租税事案に係る租税債権について税務行政執行共助条約に基づく共助の対象とする一方で、有罪の確定判決を経た租税事案に係る租税債権について共助の対象とすることができないと解釈することは明らかに不合理である。そのため、原告の上記主張は理由がない。
ウ したがって、本件保全共助対象外国租税は、要訴追故意事案に係る租税に該当するから、平成26年1月1日より前の課税期間に課される租税ではあるものの、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえる。
(原告の主張の要旨)
ア 税務行政執行共助条約28条7項は、要訴追故意事案に係る租税については、同条6項に規定する課税期間より前の課税期間の租税であっても共助対象外国租税とすることができると定めているところ、かかる規定は遡及処罰の禁止(憲法39条前段)に反して違憲無効である。そのため、税務行政執行共助条約28条7項を根拠として、本件保全共助対象外国租税が税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできない。
イ(ア)仮に、税務行政執行共助条約28条7項が違憲無効であるといえなかったとしても、同項の定める要訴追故意事案は、現在訴追されている事案又は将来の訴追が予定されている事案のみを意味し、訴追されて既に確定判決を経ており、再び訴追を受けることのない事案はこれに含まれない。そうすると、既に本件確定外国判決を経ている本件外国訴追事案は、要訴追故意事案には該当せず、本件外国訴追事案に係る租税である本件保全共助対象外国租税は、要訴追故意事案に係る租税には該当しない。そのため、同項を根拠として、本件保全共助対象外国租税が税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできない。
 (イ)また、上記(ア)の点をおくとしても、本件確定外国判決は一部有罪判決であるところ、有罪確定ほ脱租税の額は本件共助対象外国租税の額を下回るから、本件共助対象外国租税には要訴追故意事案に係る租税には該当しない外国租税が含まれている。そのため、税務行政執行共助条約28条7項を根拠として、本件保全共助対象外国租税の全額が税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできない。
ウ したがって、本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできないから、本件各処分は、共助対象外国租税とすることができない租税を共助対象外国租税としてされた処分であり、違法である。
(3)争点3(本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となるか。)
(被告の主張の要旨)

ア 税務行政執行共助条約に基づき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税債権の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができ(税務行政執行共助条約23条2項)、共助対象者は、不服申立て及び訴えにおいて、当該共助対象者に係る共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない(実特法11条13項)。
イ したがって、本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分が違法となることはない。
(原告の主張の要旨)
ア 存在していない外国租税を保全共助の対象とすることはできないから、そのような外国租税を保全共助の対象とする保全共助実施決定や保全差押処分は違法となる。
イ しかるに、以下のとおり、本件各処分時において、本件保全共助対象外国租税は存在していなかった。
(ア)本件保全共助対象外国租税は、本件滞納外国租税の一部についての第二次納税義務に係る租税であるところ、本件滞納外国租税には本件確定外国判決において存在しないことが確定した部分が含まれているし、その余の部分も納付により消滅している。そのため、本件保全共助対象外国租税は、本件各処分の時点において、存在していなかった。
(イ)原告は、本件滞納外国租税について第二次納税義務を負うものではなく、実際に、韓国の国税庁から法定の期間内に第二次納税義務者としての指定を受けたこともない。そのため、本件保全共助対象外国租税は、本件各処分の時点において、存在していなかった。
ウ したがって、本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となる。
(4)争点4(要請国である韓国の税務当局との間での情報交換(税務行政執行共助条約4条から10条まで)をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分は違法となるか。)
(被告の主張の要旨)

ア 税務行政執行共助条約及び我が国の法令には、要請国から徴収における共助の要請を受けた被要請国が、要請国との間で、税務行政執行共助条約4条から10条までに規定する情報の交換をすることを義務付ける規定は存在しない。
イ 本件保全共助要請書には、原告の名称、所在地のほか、本件滞納外国租税に係る課税原因、本件外国訴追及び原告の第二次納税義務の指定に関する情報がそれぞれ記載されており、韓国の税務当局である韓国の国税庁において、これらの記載の内容が正しいことを宣言しているところ、これらの情報は、税務行政執行共助条約に基づき要請国から被要請国に提供されるべき情報として不足はなく、不合理な内容も含んでいない。そのため、我が国と韓国との間では、本件保全共助実施決定をするに当たり、税務行政執行共助条約の実施又は解釈に関して、困難又は疑義は生じておらず、更なる情報交換を行う必要もなかった。
ウ これらのことからすると、本件保全共助実施決定をするについて、要請国である韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったということはできない。
エ したがって、要請国である韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分が違法となることはない。
(原告の主張の要旨)
ア 税務行政執行共助条約の実施又は解釈に関して締約国間で困難又は疑義が生じた場合には、被要請国において、要請国との間で情報交換を行うことにより、上記困難又は疑義を解消しなければならないところ(税務行政執行共助条約24条5項)、本件保全共助要請書の記載内容は、明らかに情報が不足しており、そのままでは、保全共助実施決定をすべきか否かについて疑義を生ずるものであったといえる。
イ それにもかかわらず、東京国税局長は、韓国の税務当局との間で情報交換をして上記疑義を解消する義務を履行しないまま、本件各処分をしたのであるから、本件各処分は、税務行政執行共助条約上の情報交換をする義務を履行せずにされたものであるといえるところ、このような事情は、本件各処分の重大な瑕疵であるから、本件各処分の違法性を基礎付ける事情となる。
ウ したがって、要請国である韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分は違法となる。
(5)争点5(本件各公示送達は適法な送達であるといえるか。)
(被告の主張の要旨)

ア(ア)本件各公示送達がされた令和2年7月当時、新型コロナウィルス感染症(以下「新型コロナ」という。)が世界的に大流行しており、その影響により、国際郵便は不安定な状況に置かれていた。
 (イ)我が国からケイマンアイランド(以下「ケイマン諸島」という。)に宛てた国際郵便については、従来から、一般の航空便によっていたところ、新型コロナの国際的な感染拡大の影響により、令和2年4月2日から同年10月8日までの間、我が国からケイマン諸島宛ての航空便の引受けは停止されており、同年7月上旬の時点では、同引受けの停止が解消される具体的な見込みは立っていなかった。
 (ウ)そのため、令和2年7月の時点において、本件各通知書をケイマン諸島宛ての国際郵便によって送達するについては、送達困難事情があったといえる。
イ(ア)原告は、本件記載名称や本件記載所在地には誤りがあったから、本件各公示送達は違法な送達であると主張する。
   しかし、仮に、本件記載所在地等に原告の指摘する誤りがあったとしても、送達を受けるべき者の特定として欠けるところはなく、本件各公示送達が原告に対して適法に送達の効力を生じていることに変わりない。また、東京国税局長は、本件保全共助実施決定時点において、原告の主張する当時の原告の所在地を把握することができなかったから、仮に、上記の誤りがあったとしても、そのことは本件各公示送達が違法となることはない。
   そのため、原告の上記主張は理由がない。
 (イ)原告は、本件各公示送達に当たり、本件各通知書及び本件各公示送達書について、ケイマン諸島における公用語による翻訳や要約文書の作成がされなかったことを指摘し、これは税務行政執行共助条約17条5項ただし書に違反するから、本件各公示送達は違法であると主張する。
   しかし、税務行政執行共助条約17条は、送達共助の規定であり、我が国が発出する保全共助実施決定の通知書の送達には適用されないから、原告の上記主張は前提を欠く。また、税務行政執行共助条約及び我が国の法令には、保全共助実施決定の通知書や公示送達書について、名宛人の国の公用語による翻訳や要約文書の作成を義務付ける規定はない。そのため、原告の上記主張は理由がない。
 (ウ)原告は、本件各公示送達が税務行政執行共助条約22条に規定する秘密保護規定に違反すると主張する。
   しかし、公示送達は、要送達書類の名称、その送達を受けるべき者の氏名等を掲示場に掲示して行うものとされているところ(通則法14条2項)、本件各公示送達も同規定に従って行われたものであるから、原告の秘密を明らかにされない利益は何ら侵害されていない。そのため、原告の上記主張は理由がない。
ウ なお、保全共助としてされる債権の保全差押えは、第三債務者に対する債権差押通知書の送達により行うこととされ、同送達がされたときに保全差押えの効力を生ずるのであって、保全差押処分に係る差押調書謄本を滞納者に送達することは差押えの効力発生要件ではない(実特法11条4項で準用する徴収法62条1項、3項)。そのため、原告の主張のうち、本件各公示送達の違法を主張する点は、そもそも失当である。
エ したがって、本件各公示送達は適法な送達であるといえる。
(原告の主張の要旨)
ア 本件記載名称や本件記載所在地には誤りがある。
イ 新型コロナの世界的な流行により国際郵便が不安定な状況に置かれていたことは送達困難事情には当たらない。また、本件各通知書を郵便等によって送達するに当たり、他に送達困難事情はうかがわれない。
ウ 本件各公示送達に当たり、本件各通知書及び本件各公示送達書について、いずれもケイマン諸島における公用語による翻訳はされなかったし、記載内容を要約した文書の作成もされなかったところ、これは、税務行政執行共助条約17条5項に違反するものである。
エ 本件各公示送達により、金融機関や原告の企業グループの取引関係者に対する契約条件の不履行の問題が発生して、原告の企業グループに大きな損害が生ずることになる。そのため、本件各公示送達は、秘密保護規定(税務行政執行共助条約22条)に違反するものである。
オ したがって、本件各公示送達は違法な送達である。

第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益はあるか。)について

(1)処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる(行政事件訴訟法9条1項)。
(2)ア そこで検討するに、保全共助については、保全差押えに関する徴収法の規定が一部必要な読替えをした上で準用される(実特法11条4項)ところ、これによれば、保全共助として行われる債権の保全差押えは、第三債務者に対する差押通知書の送達によって効力を生じ、以後、対象となる債権につき、第三債務者による履行及び共助対象者による取立てその他の処分が禁じられるとともに、所轄国税局長等において、保全差押えの対象債権の取立てをすることができるようになる(実特法11条4項が準用する徴収法62条1項~3項、67条1項)。
 イ (ア)他方で、所轄国税局長等は、保全共助の要請国に対し、保全共助として取り立てた金銭を直ちには譲与(実特法11条7項)することができず、当該保全共助の共助対象外国租税について徴収共助の実施決定がされていないときは、これを供託しなければならない(実特法11条4項が必要な読替えをした上で準用する徴収法159条10項)。
(イ)また、我が国が被要請国として行った滞納処分による徴収の効果として共助対象外国租税に係る納税義務がいつ消滅するかを規律することができるのは要請国の法令であり、我が国の法令でこれを規律することはできないことから(乙16〔526、527頁〕)、実特法11条4項は、徴収における共助について、徴収法67条3項(徴収職員が同条1項の規定により金銭を取り立てたときは、その限度において、滞納者から滞納処分の対象となっている国税を徴収したものとみなす旨を定める規定)を含む滞納処分による徴収の効力の発生時期に関する規定を準用していない。
(3)こうした関係規定の構造に照らせば、保全共助として行われる債権の保全差押処分に係る差押通知書が第三債務者に送達された後、所轄国税局長等による同債権の取立てが行われたとしても、これによって直ちに保全共助対象外国租税の徴収の効果が生じたことにはならず(上記(2)イ(イ))、所轄国税局長等としては、当該保全共助対象外国租税について徴収共助の実施決定がされるまで、同取立てに係る金銭を保管のために供託しなければならないのであって(前記(2)イ(ア))、共助対象者としても、その間は、供託原因である当該保全差押処分を取り消す旨の確定判決を得ることにより、当該供託の効果を覆滅させるとともに、取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)を通じて、当該供託に係る金銭の返還を受けることができるというべきである。そのため、保全共助の共助対象者としては、保全共助として行われた債権の保全差押処分に基づく債権の取立て及び取り立てられた金銭の供託がされた後であっても、少なくとも、当該保全共助対象外国租税について徴収共助の実施決定がされるまでの間は、当該供託に係る金銭の返還を受けることができる余地が残されており、この点につき、法律上の利益を有するものと解される。
(4)そうすると、徴収共助の実施決定がされたことが証拠上うかがわれない本件においては、本件保全共助実施決定の共助対象者である原告は、本件保全差押債権の取立て及び本件供託がされた後においても、本件保全差押処分の取消しによって、本件供託に係る金銭の返還を受けることができるという法律上の利益を有しているといえる。
(5)したがって、本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分には訴えの利益がある。
2 争点2(本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか。)について
(1)ア 本件保全共助対象外国租税は、我が国において税務行政執行共助条約が原則的に適用される課税期間(平成26年1月1日以降の課税期間)より前の課税期間に課される租税であるといえる。
 イ しかし、本件保全共助要請書の記載によれば、本件共助対象外国租税は、有罪確定ほ脱租税のうち平成19年(2007年)の課税期間に係るものについて原告が第二次納税義務を負うものとして特定されているから、本件外国訴追事案に係る租税であるといえるところ(前記前提事実(2)ウ~オ)、実際に、本件確定外国判決においては、平成19年(2007年)の課税期間の租税について、Kが違法な租税ほ脱行為をした旨の認定がされていること(前記前提事実(1)イ(イ))、本件共助要請書の記載については、韓国の国税庁によって、その内容が正しいものである旨の宣言がされていること(前記前提事実(2)キ(カ))などからすれば、本件外国訴追事案は要訴追故意事案(税務行政執行共助条約28条7項)に該当するといえる。
 ウ したがって、本件保全共助対象外国租税は、要訴追故意事案に係る租税に該当するから、平成26年1月1日より前の課税期間に課される租税ではあるものの、我が国において税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえる。
(2)ア なお、原告は、税務行政執行共助条約28条7項が遡及処罰の禁止(憲法39条前段)に反して違憲無効であるから、同項を根拠として、平成26年1月1日より前の課税期間に課される租税である本件保全共助対象外国租税を税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできない旨を主張する。
   しかし、同項は、ある国について税務行政執行共助条約が効力を生じた年の翌年の1月1日より前に開始する課税期間(課税期間がない場合には同日より前)に課される租税についても、税務行政執行共助条約を適用する旨を定めた規定にとどまり、ある国において刑事上の責任を問われていなかった行為について、遡及的に同国において刑事上の責任を追及することができる旨を定めた規定ではないから、遡及処罰の禁止に触れるものではない。
   そのため、原告の上記主張は、独自の見解であって、採用することができない。
 イ また、原告は、要訴追故意事案には、過去に訴追されて既に確定判決を経ている租税事案は含まれないから、既に本件確定外国判決を経ている本件外国訴追事案に係る租税である本件保全共助対象外国租税は要訴追故意事案に係る租税には該当しないとして、税務行政執行共助条約28条7項を根拠として、平成26年1月1日より前の課税期間に課される租税である本件保全共助対象外国租税を税務行政執行共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるということはできない旨を主張する。
   しかし、要訴追故意事案の原文である「intentional conduct which is liable to prosecution under the criminal laws of the applicant Party」という文言からは、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案から除外すべき根拠を見いだすことはできないし、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案であると解したとしても、そのような租税事案について、再度、刑事上の責任を追及するために訴追することを許容することにはならないから、実質的にも、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案から除外すべき根拠はない。かえって、原告の解釈によれば、有罪の確定判決を経ておらず、将来、無罪となる可能性がないとはいえない租税事案に係る租税債権を共助の対象とする一方で、有罪の確定判決を経た租税事案に係る租税債権を共助の対象とすることができないことになるところ、かかる帰結は不合理であるといわざるを得ない。
   そのため、原告の上記主張は、独自の見解であって、採用することができない。
3 争点3(本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となるか。)について
(1)実特法11条13項は、共助対象者は、実特法上の処分についての不服申立て及び訴えにおいて、当該共助対象者に係る共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない旨を定めているところ、本件訴えは、実特法上の処分である本件各処分についての訴えに該当するから、原告は、本件訴えにおいて、本件保全共助対象外国租税の存否又は額が本件保全共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない。
(2)他方で、税務行政執行共助条約23条2項は、この条約に基づき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税債権の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置(租税債権の存在及び税額を確定する効果を有する課税処分その他の措置(以下「課税処分等」という。)はこれに該当する(乙5〔682頁〕)。)についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができる旨を定めているから、原告は、これらの措置について不服がある場合には、要請国である韓国の適当な機関に争訟の手続を提起すべきであって、我が国において、これらの措置についての争訟の手続を提起することはできない。
(3)こうした関係規定の構造に照らすと、要請国である韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、本件保全共助対象外国租税の存否及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないというべきであるから、本件訴えにおいて、本件保全共助対象外国租税の不存在は本件各処分の違法性を基礎付ける事情にはならないというべきである。
  そして、本件共助要請書には、本件滞納外国租税及びこれについての原告に対する第二次納税義務について、韓国の国税庁による課税処分等がされている旨の記載があるところ(前記前提事実(2)イ、ウ)、同記載の内容が正しい旨の同国税庁の宣言(前記前提事実(2)キ(カ))がある一方で、同記載が客観的事実に反することをうかがわせる的確な証拠はないから、韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等はされているものと認められる。
(4)したがって、本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分が違法となることはない。
(5)なお、原告は、本件各処分時において、本件保全共助対象外国租税債権の課税要件事実が存在していない場合には、本件保全共助対象外国租税を保全共助の対象とすることはできないとの見解を前提として、本件保全共助対象外国租税を保全共助の対象とした本件各処分が違法な処分である旨を主張しているものと解されるが、かかる主張は、前記(1)から(3)までにおいて説示した関係規定の構造に反した独自の見解であるといわざるを得ず、採用することができない。原告としては、本件保全共助対象外国租税債権の存在及び税額に不服があるのであれば、要請国である韓国において、適当な機関に対し、これらの点を確定する効果を有する課税処分等についての争訟の手続を提起しなければならないというべきである。
4 争点4(要請国である韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分は違法となるか。)について
(1)本件保全共助要請書には、原告の名称、所在地等の要請対象者を特定することに資する情報のほか、本件保全共助対象外国租税債権の租税の種類、額、内訳、課税期間、納期限、強制徴収可能日及び徴収の状況、本件滞納外国租税に係る課税の原因、原告に対する第二次納税義務の指定、本件外国訴追及び本件保全共助要請に至る経緯並びに原告の財産等が記載されており(前記前提事実(2)ア~カ、乙3)、韓国の税務当局である韓国の国税庁において、これらの記載内容が正しいことのほか、本件保全共助要請が税務行政執行共助条約の規定に適合したものであることを宣言する旨の記載(前記前提事実(2)キ)がある。このような本件保全共助要請書の記載内容には、特段不自然、不合理な点は認められず、保全共助要請に当たって要請国から被要請国に提供されるべき情報(税務行政執行共助条約13条、18条)として不足するところはないといえる。
(2)また、前記3のとおり、本件保全共助対象外国租税については、保全共助の要請国である韓国において、その存在及び税額を確定する課税処分等がされている以上、共助対象者である原告は、本件保全共助対象外国租税の存否や額について、被要請国である我が国において争うことはできないのであるから、我が国の税務当局において、本件保全共助対象外国租税の存否、額等について、積極的に韓国の国税庁との間で情報交換を行わなければならないわけでもない。
(3)これらのことからすると、我が国と韓国との間では、本件各処分に当たり、税務行政執行共助条約の実施又は解釈に関して、情報交換をすることにより解消すべき困難又は疑義が生じていたとはいえず、我が国の国税庁に、韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったということはできない。
(4)したがって、要請国である韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分が違法となることはない。
5 争点5(本件各公示送達は適法な送達であるといえるか。)について
(1)括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 新型コロナの感染状況
(ア)新型コロナは、令和元年(2019年)12月、中華人民共和国武漢市において確認された(乙17)。
(イ)世界保健機構(以下「WHO」という。)は、令和2年(2020年)1月30日、新型コロナについて、新型コロナの国際的な感染拡大により、他国に公衆の保健上の危険をもたらす事態であり、緊急に国際的な対策の調整が必要であるとして、新型コロナについて、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言した(以下、この宣言を「新型コロナPHEIC宣言」という。)(乙17、18)。
(ウ)WHOは、新型コロナの国際的な感染拡大の状況、感染者の重症度等を受け、令和2年(2020年)3月11日、新型コロナを世界的な大流行(パンデミック)とみなすことができる旨を表明した(以下、この表明を「新型コロナパンデミック宣言」という。)(乙17、18)。
(エ)令和2年、(2020年)6月24日時点における新型コロナの感染者数は全世界で922万6530例(うち、死亡者は47万7246例)であり、感染者数が6万例を超えたとしてWHOに報告があった国は24か国に上った(乙17)。
イ 新型コロナの我が国の国際郵便への影響
(ア)日本郵便株式会社(以下「日本郵便」という。)は、新型コロナの国際的な感染拡大に伴い、全世界の国と地域において、国際郵便物の受入停止等の措置が採られていること及び我が国との間で発着する航空便が大幅に減便又は運休となり、輸送ルートが途絶えていることから、令和2年4月1日、同月2日から当分の間、国際スピード郵便(以下「EMS」という。)、航空扱いの郵便(航空扱いとする通常郵便物、国際eパケット、グリーティングカード、航空書簡及び航空優先大量郵便物(Dメール及び航空扱いとする小包郵便物。)以下同じ。)、エコノミー航空(以下「SAL」という。)扱いの郵便(SAL扱いとする通常郵便物、国際eパケットライト、航空非優先大量郵便物(Pメール)及びSAL扱いとする小包郵便物。以下同じ。)等の国際郵便物の引受けを一時的に停止することを表明した(以下、このような国際郵便物の引受けの一時停止を「新型コロナによる国際郵便物の一時引受停止措置」という。)(乙19の1)。
(イ)日本郵便は、新型コロナによる国際郵便物の一時引受停止措置として、令和2年4月2日から当分の間、ケイマン諸島に宛てた全ての国際郵便物の引受けを一時的に停止し、ケイマン諸島に宛てた国際郵便物のうち、少なくとも、EMS、航空扱いの郵便及びSAL扱いの郵便については、同年10月8日まで引受けを一時的に停止していた(以下、こうしたケイマン諸島宛ての国際郵便物の引受けの一時停止措置を「ケイマン諸島宛て国際郵便物の一時引受停止措置」という。)(乙6の1~6の5、19の1、19の2)。
(2)ア(ア)以上を前提に検討するに、新型コロナについては、令和元年(2019年)12月に世界で初めて確認されて以降、国際的に感染が拡大し、令和2年(2020年)1月30日には、WHOによる新型コロナPHEIC宣言が、同年3月11日には、WHOによる新型コロナパンデミック宣言がそれぞれ出されたほか、同年6月下旬の時点では、新型コロナの感染者が全世界で900万例を超え、6万例を超える感染者数がWHOに報告された国は24か国に上っていた(前記(1)ア)というのであるから、本件各処分がされた同年7月時点においても、いまだ新型コロナの感染拡大は終息しておらず、終息するめどすら立っていなかったということができる。
 (イ)また、我が国からケイマン諸島に宛てた国際郵便については、新型コロナの国際的な感染拡大の影響により、令和2年4月2日から同年10月8日までの間、ケイマン諸島宛て国際郵便物の一時引受停止措置がされていたところ(前記(1)イ)、上記(ア)の状況を踏まえれば、本件各処分がされた同年7月の時点では、ケイマン諸島宛て国際郵便物の一時引受停止措置が解消される具体的なめどは立っていなかったといえる。
 (ウ)これらの事情からすると、本件各処分がされた令和2年7月の時点においては、本件各通知書をケイマン諸島宛ての郵便等(通則法12条1項)によって送達することは客観的に困難であったといえるところ、本件保全共助対象外国租税の徴収のために共助対象者である原告の財産を保全するという本件保全共助実施決定の目的に照らすと、東京国税局長において、上記の状態が解消する具体的なめどが立たない状況の下で、ケイマン諸島宛て国際郵便物の一時引受停止措置の解消を待ち続けるべきであったということはできない。
 (エ)そのため、本件各処分がされた令和2年7月の時点において、本件各通知書をケイマン諸島にある原告の所在地宛てに郵便等により送達するについては、送達困難事情(通則法14条1項)があったといえる。
イ(ア)なお、原告は、本件記載名称の表記や本件記載所在地の場所が誤っていることを指摘し、そのことを理由に、本件各公示送達が違法な送達であると主張する。
   しかし、仮に、これらの記載に原告の指摘する誤りがあったとしても、本件保全共助要請書の記載内容(前記前提事実(2))に照らせば、原告は、送達を受けるべき者として十分に特定されていたといえるし、原告の所在地がケイマン諸島にあることに変わりない以上(前記前提事実(1)ア(イ))、上記アのとおり、本件各処分時において、本件各通知書を原告の所在地に郵便等により送達するについては送達困難事情があったものといえるから、原告の指摘する誤りを理由として、本件各公示送達が違法な送達になることはない。
   そのため、原告の上記主張は採用することができない。
 (イ)また、原告は、本件各公示送達に当たり、本件各通知書及び本件各公示送達書について、ケイマン諸島における公用語による翻訳や要約文書の作成がされなかったことを指摘して、そのことを理由に、本件各公示送達が違法な送達であると主張する。
   しかし、税務行政執行共助条約及び我が国の法令には、保全共助実施決定通知書及び保全共助としてされた保全差押処分に係る差押調書並びにこれらの公示送達に係る公示送達書について、名宛人の国の公用語による翻訳や要約文書の作成を義務付ける規定はなく、本件各通知書及び本件公示送達書について、ケイマン諸島における公用語による翻訳や要約文書の作成がされなかったからといって、本件各公示送達が違法な送達になると解すべき根拠はない。
   なお、税務行政執行共助条約17条5項は、同条の規定に従って文書を送達する場合には、翻訳文を添付することを必要としないとしつつ、名宛人が当該文書の言語を理解することができないと認める場合には、被要請国は、当該文書について、自国の公用語により翻訳し、又は要約を作成するための措置を採る旨を定めるところ、同条は送達共助の規定であり、保全共助について発する文書の送達に適用される規定ではないし、文書の送達に当たり、被要請国に対し、自国以外の国にある名宛人の所在地の言語により当該文書の翻訳等をすることを義務付ける規定でもない。
   そのため、原告の上記主張は採用することができない。
 (ウ)さらに、原告は、本件各公示送達が税務行政執行共助条約22条に規定する秘密保護規定に違反するとして、そのことを理由に、本件各公示送達が違法な送達であると主張する。
   しかし、公示送達は、通則法の規定上、「送達すべき書類の名称」、「その送達を受けるべき者の氏名」及び「税務署長その他の行政機関の長がその書類をいつでも送達を受けるべき者に交付する旨」を掲示場に所定の期間、掲示して行うものとされており(通則法14条2項、3項)、かかる通則法の規定に従ったものである限り、送達を受けるべき者の氏名について法律上保護された秘密を保持する利益が害されることはないというべきであるところ、本件各公示送達は、通則法の上記規定に従い、上記の事項を記載した本件各公示送達書を当局国税局の掲示場に所定の期間、掲示して行われたものであるから(乙7、8、弁論の全趣旨)、本件各公示送達が税務行政執行共助条約22条に反した違法な送達であるということはできない。
   そのため、原告の上記主張は理由がない。
ウ(ア)これらのことからすると、本件各公示送達は、送達困難事情があったことを理由として、通則法上の規定に基づきされたものといえるところ、全証拠を総合しても、これらの送達が違法であることをうかがわせる事情は認められない。
 (イ)したがって、本件各公示送達は適法な送達であるといえる。
6 本件各処分の適法性
(1)本件保全共助実施決定は、税務行政執行共助条約の締約国である韓国の税務当局からの保全共助要請(本件保全共助要請)を受けてされたものであるところ、本件保全共助対象外国租税は保全共助の対象となる外国租税であり、かつ、本件においては、条約上の拒否事由も、実特法上の共助不実施事由も認められず、上記5のとおり、本件保全共助実施決定通知書は公示送達により共助対象者である原告に有効に送達されているから、税務行政執行共助条約及び実特法上の要件を全て満たしたものであるといえ、全証拠を総合しても、本件保全共助実施決定が違法であることをうかがわせる事情は見当たらない。
(2)また、本件保全差押処分は、本件保全共助実施決定を受けて、実特法12条及び11条4項が必要な読替えをした上で準用する通則法及び徴収法の規定に基づいて、本件保全共助実施決定の共助対象者である原告が当時有していた預金債権(本件保全差押債権)について行われたものであるところ、全証拠を総合しても、本件保全差押処分が違法であることをうかがわせる事情は見当たらない。
(3)したがって、本件各処分はいずれも適法である。

第4 結論
 以上によれば、原告の請求は理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 市原義孝
裁判官 依田吉人
裁判官 和田崇寛

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索