解説記事2024年03月11日 未公開判決事例紹介 住宅資金贈与が相続税の対象かの確認までは求めず(2024年3月11日号・№1018)
未公開判決事例紹介
住宅資金贈与が相続税の対象かの確認までは求めず
東京地裁、要件確認の黙示の合意は存在せず
本誌1007号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇税理士法人(被告)が、住宅取得等資金の贈与が相続税の課税対象とならない要件の確認等を行わなかったことから、贈与税が課されたとして、納税者(原告)が委任契約の債務不履行として950万円余りの損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所(野口晶寛裁判官)は令和5年5月16日、税理士法人が原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として相続税の課税対象とならない要件の確認等をする旨の黙示の合意が存在したと認めることはできないとの判断を示し、原告の請求を棄却した(令和3年(ワ)第10593号)。
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告Aに対し、870万1600円及びこれに対する令和3年2月1日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、83万5600円及びこれに対する令和3年2月1日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告らが、原告らと被告は、原告Aの母親であるM(以下「M」という。)を被相続人とする相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告(以下「本件申告」という。)に係る委任契約を締結したところ、被告は、Mから原告Aへ住宅の取得のためにされた贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明及び助言をすべき義務に違反した結果、原告らはMから原告Aへ住宅の取得のためにされた贈与について課税されることとなり、上記贈与が本件相続税の課税対象とならない場合の相続税額と上記贈与が本件相続税の課税対象となる場合の相続税額の差額相当額の損害を被ったと主張して、上記契約の債務不履行に基づく損害賠償として、原告Aについては870万1600円及びこれに対する請求の日の後の日である令和3年2月1日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を、原告Bについては83万5600円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める事案である。
1 前提事実等(当事者間に争いがないか、後掲各証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)
(1)原告Aは、Mの子であり、原告Bは原告Aの子である。また、H(以下「H」という。)は、原告Bの父であり、令和2年当時、Aの夫であった者である(甲12、原告A[1頁])。
被告は、税理士法第2条1項に定める税務代理・税務書類の作成及び税務相談に関する事務等を行う税理士法人であり、X(以下「X」という。)及びY(以下「Y」といい、Xと併せて「Xら」という。)は、令和2年当時、被告に所属していた税理士である。
(2)Mは、平成29年3月、自己の所有するマンションを原告Bに遺贈する旨の自筆証書遺言を作成した。
(3)Mは、原告Aに対し、住宅の取得のための資金として、令和2年1月4日に100万円、同年2月9日に1000万円、同月10日に429万6717円、同月12日に820万3283円及び同年3月31日に150万円を贈与した(乙15。以下、これらの贈与を併せて「本件贈与」という。)。
(4)Mは、令和2年5月3日、死亡した。Mの相続人は原告Aである。
(5)原告A及びHとXらは、令和2年5月7日、本件申告に関し、テレビ会議の方法により面談を行った(以下、この面談を「本件面談」という。)。
(6)原告らと被告は、令和2年5月14日頃、本件申告に係る委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結し、原告らは、被告に対し、本件委任契約の報酬として、87万3500円(うち消費税等7万9409円)を支払った(甲4、乙16)。
本件委任契約に係る契約書には、要旨以下の条項が存在する。
ア 委任業務の範囲は、Mの相続に係る相続税の税務代理、税務相談、税務書類の作成とする(1条)。
イ 被告の過失によって原告らが過大な税金を負担する等の損失を被った場合においては、被告は、本件委任契約に基づき原告らが被告に支払った額を限度として賠償義務を負うものとする。ただし、被告の過失により原告らに生じた損害につき、被告が加入する税理士賠償保険から保険金が支払われる場合には、この限りではない。(7条。以下、この条項を「本件責任制限条項」という。)
(7)原告Aと株式会社R(以下「R社」という。)は、令和2年6月30日、原告Aを売主、R社を買主として、別紙物件目録記載1ないし3の土地(以下、これらの土地を併せて「本件土地」という。)を1億4600万円で売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、R社は、原告Aに対し、手付金として、730万円を支払った。R社は、同年10月9日、原告Aに対し、本件売買契約の残代金1億3800万円を支払い、原告Aは、同日、R社に対し、本件土地の所有権移転登記手続を行うとともに、本件土地を引き渡した。(甲3、6)
(8)原告らは、令和2年12月4日、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしていることを前提に、原告Aの納税額を1652万1900円、原告Bの納税額を358万7600円として本件申告を行ったが、令和3年1月25日頃、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしていないことを前提に、原告Aの納税額を2522万3500円、原告Bの納税額を442万3200円とする訂正申告書を提出した(甲7、8)。
(9)租税特別措置法(令和2年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)70条の2第1項は、平成27年1月1日から令和3年12月31日までの間にその直系尊属からの贈与により住宅取得等資金の取得をした特定受贈者が、上記取得をした日の属する年の翌年3月15日までに当該住宅取得等資金の全額を住宅用家屋の新築若しくは建築後使用されたことのない住宅用家屋の取得又はこれらの住宅用家屋の新築若しくは取得とともにするその敷地の用に供されている土地若しくは土地の上に存する権利(以下「土地等」という。)の取得のための対価に充てて当該住宅用家屋の新築をした場合その他の所定の要件を満たす場合には、当該贈与により取得した住宅取得等資金のうち所定の限度額までの金額については、贈与税の課税価格に算入しない旨規定する。そして、同条3項は、特定受贈者が同条1項の規定の適用を受けた場合における相続税法19条1項の規定の適用については、これらの規定中「規定により」とあるのは、「規定並びに租税特別措置法第70条の2(直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税)の規定により」とする旨規定する結果、租税特別措置法70条の2第1項の住宅取得等資金のうち所定の限度額までの金額については、相続税の課税価格に算入されない(課税対象とならない)こととなる。
なお、特定受贈者とは、相続税法(令和3年法律第11号による改正前のもの)1条の4第1項1号又は2号の規定に該当する個人(贈与により財産を取得した一時居住者でない個人であって、当該財産を取得した時において同法の施行地に住所を有する者等)のうち、住宅取得等資金の贈与を受けた日の属する年の1月1日において20歳以上であって、当該年の年分の所得税に係る所得税法(令和2年法律第8号による改正前のもの)2条1項30号の合計所得金額(同法70条(純損失の繰越控除)及び71条(雑損失の繰越控除)の規定を適用しないで計算した場合における22条(課税標準)に規定する総所得金額)が2000万円以下である者をいい(租税特別措置法第70条の2第2項1号)、上記総所得金績の算定に当たっては、譲渡所得の金額が所定の計算により加算される(所得税法22条)。また、住宅取得等資金とは、特定受贈者による住宅用家屋の新築又は建築後使用されたことのない住宅用家屋の取得(これらの住宅用家屋の新築又は取得とともにするその敷地の用に供されている土地等の取得を含む。)等(ただし、政令で定める者からの取得等一定の場合を除く。)の対価に充てるための金銭をいう(租税特別措置法70条の2第2項5号)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は、①被告の債務不履行の有無、②被告の債務不履行と相当因果関係のある原告らの損害の有無及び額、③本件責任制限条項の適用の有無、④過失相殺の適否及びその割合であり、これらに関する当事者の主張は次のとおりである。
(1)争点①(被告の債務不履行の有無)について
ア 原告らの主張
(ア)被告は、原告らと本件委任契約を締結して本件申告に係る事務を受任したところ、本件委任契約においては、委任業務の範囲として、Mの相続に係る税務相談とされていること、贈与された資産が相続税の課税対象に含まれるか否かは、相続税の申告において、住宅取得等資金の贈与がされた時期にかかわらず、必ず確認されるべき事項であること、原告A及びHは、本件面談の際、Xらに対し、本件贈与が本件相続税の課税対象とならないか念押しするとともに、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定である旨告げたところ、Xらは確定申告をするのであれば本件相続税の課税対象とならない旨回答したことからすれば、被告は、本件委任契約に基づき、原告らに対し、本件申告の申告書の作成のみならず、相続税の申告に関係のある事実ないし特例の要件の確認として、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件その他の本件申告に当たり必要と考えられる課税要件及び特例により課税対象とならない要件について、税理士自らが確認し、説明し、及び助言する義務を負っていた。
(イ)①Xらは、本件面談の際、原告A及びHに対し、本件面談から約1か月後までに相続税の申告に関する資料を収集するよう求め、令和2年5月18日には、原告らに対して、「相続税申告資料収集準備ガイド」と題する資料(甲5。以下「本件ガイド」という。)を送付して、住宅取得等資金の贈与についての必要書類その他の本件相続税の相続税額の算出及び相続税の申告に関する資料の収集を要求しているが、このような資料の収集を求める以上、被告らは、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を確認した上で資料収集を求める必要があった。また、②原告A及びHは、本件面談の際、Xらに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないか念押しするとともに、本件土地を同月又は同年6月に売却する予定である旨告げており、少なくとも、Xらは、本件面談の際、本件贈与の存在を知り、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象に含まれない要件が問題とされるとともに、本件土地の売却予定の存在を知ったところ、本件贈与の額は多額であり、本件相続税の相続税額に大きな影響を与えるものであった。さらに、③Xらは、本件面談の際、原告A及びHが、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない旨認識していることを知ったところ、住宅取得等資金の贈与が課税対象とならない要件として、年間の合計所得金額が一定額(2000万円)以下であることや、令和3年3月15日までに住宅用の家屋を新築することなど、本件面談後に問題となり得る要件が存在し、これらの要件は時間の経過により満たされなくなるおそれがあるから、上記(ア)の説明及び助言は早期に行われる必要があった。これらの事情に照らせば、原告らと被告との間では、原告らがXらから要求された資料を送付した令和2年6月19日には、被告が、原告らに対し、不動産の譲渡による所得が住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件において問題となる「所得」に含まれることを含め、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明及び助言をする旨の黙示の合意が存在したといえる。しかしながら、Xらは、同日時点において、上記合意に違反して上記要件の確認、説明及び助言を怠ったところ、これは、本件委任契約の債務不履行に該当するというべきである。
また、④Xらは、本件面談の際、原告らから相続税の申告に関する資料を受領した後2か月から3か月程度で相続財産に関する報告をする旨発言した上、原告Aに対して同年8月14日付け質問書を送付し、当該質問書に対する回答に基づき最初の申告案を作成して、同月末から同年9月上旬に原告らに提示して説明していることからすれば、被告と原告らの間には、被告が、原告らに対し、同年9月上旬頃までに、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明及び助言をする旨の黙示の合意が存在したといえる。しかしながら、Xらは、上記合意に違反して、同年9月上旬頃に上記の確認、説明及び助言を怠ったところ、これは本件委任契約の債務不履行に該当するというべきである。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
(ア)被告は、本件委任契約において、本件申告に係る事務を受任したものであり、住宅取得等資金の贈与に関して何らかの事務を受任したものではない(本件委任契約における「税務相談」とは、上記相続税の申告に関するものに限られる。)から、適正な相続税の申告に必要な限度で本件贈与が本件相続税の課税対象とならないための要件を確認する義務を負うにすぎない。そして、住宅取得等資金の贈与は贈与税の申告対象であって相続税の申告対象ではなく、住宅取得等資金の贈与が贈与税の対象とならない結果、同贈与に相続税が課されないこととなるところ、相続が発生した年より前の年に住宅取得等資金の贈与がされた場合には、当該贈与が行われた年において贈与税の課税対象とならないための要件を具備できているか否かの事実が既に定まっており、相続税の申告を受任した税理士は、贈与税の課税対象とならないための要件を上記贈与に係る贈与税申告書の写しを確認すれば足り、上記贈与が贈与税の課税対象とならないための要件を満たしていることを独自に確認する義務を負わない。このこととの均衡からすれば、相続税の申告を受任した税理士は、相続が発生した年と同一の年に住宅取得等資金の贈与がされた場合も、同贈与が贈与税の課税対象とならないための要件を満たしていることを独自に確認し、そのことを前提に、依頼者に説明したり助言したりする義務を負わず、本人から住宅取得等資金が贈与税の課税対象とならないための要件を満たしていることを確認すれば足りるというべきである。そうしたところ、Xらは、原告Aに対し、国税庁作成のチェックシートを送付して上記要件を満たしていることの確認を依頼し、原告Aは、上記チェックシートを返送して上記要件を満たしている旨回答した(なお、原告A及びHは、本件面談の際、Xらに対し、本件贈与について、住宅取得等資金の贈与を受けた場合に当該贈与が課税対象とならない要件を確認していないし、本件土地の売買を具体的に予定している旨告げたこともない。)のであるから、被告には、債務不履行は存在しない。
(イ)被告は、原告らから依頼を受けた本件申告の申告期限までに、本件贈与が本件相続税の課税対象になるか否かを確認して申告すれば足り、それ以前の段階で、本件贈与が本件相続税の課税対象とならないための要件を満たしていることの確認、説明又は助言をする義務はなかったというべきである。
これに対し、原告は、上記ア(イ)のとおり主張する。しかしながら、①被告が原告らから資料を受領した段階では、送付された資料が十分なものか、当該資料に疑問点が存在するか、存在するとしてその疑問点を解決するために必要な情報・資料は何かを検討するとともに、被告で収集できる又は被告が収集するよう原告らから依頼を受けた資料を適宜収集したりする必要があるところ、これらの収集等が完了する前に、被告が一定の判断を示すことは不可能であるから、令和2年6月22日頃に原告らが送付した資料が被告の元に届けられたとしても、そのことをもって、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、同日頃に、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意がされたということはできない(なお、原告A及びHは、不動産の譲渡による所得が住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件において問題となる「所得」に含まれることは当然認識していた。)。また、②原告A及びHは、Xらに対して、本件土地の具体的な売却の意向を伝えていないし、原告A及びHが、Xらに対し、本件土地を将来売却する可能性(曖昧かつ少なくとも近い将来における現実性のない可能性)を伝えたとしても、そのことをもって、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、令和2年6月19日には、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意がされたということはできない。さらに、③住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件の中に、贈与の時点から見て将来に問題となる要件が存在するとしても、そのことは原告らも当然認識しており、Xらが原告に対して改めて説明する必要はないことなどからすれば、上記要件の存在をもって、上記黙示の合意がされたということはできない。加えて、④被告は、令和2年8月末から同年9月上旬頃に、原告らに対して、本件申告の申告書案を提示したが、あくまでも作業途中のものであって、確定的なものではないから、上記申告書案を提示する段階で、誤りのない判断を示す義務はなく、同月上旬頃に、原告らと被告との間で、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意がされたということもできない。
(2)争点②(被告の債務不履行と相当因果関係のある原告らの損害の有無及び額)について
ア 原告の主張
被告が、遅くとも令和2年9月上旬までに本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を確認し、原告らに対して説明及び助言をしていた場合、原告Aは、本件土地の売買を令和3年以降に延期するか、本件売買契約に基づく残代金の受領等を令和3年以降に延期することで、本件贈与について、住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件を満たすことが可能であった。しかしながら、被告の上記(1)アの債務不履行により、原告Aは、本件売買契約を令和2年6月30日に締結し、本件売買契約に基づく残代金の受領等を同年10月9日に行った結果、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件を満たさずに本件相続税の課税対象となり、本件贈与が本件相続税の課税対象とならない場合と比較して、原告Aにおいて870万1600円(2522万3500円−1652万1900円)、原告Bにおいて83万5600円(442万3200円−358万7600円)も多額の相続税を納付せざるを得なくなり、原告Aは870万1600円、原告Bは83万5600円の損害をそれぞれ被った。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
なお、本件売買契約の締結後、本件売買契約の決済やその後の開発の準備が進行するにつれて本件売買契約の決済の延期が困難になることは明らかであることに加え、原告らの資金需要の観点からも決済の延期が可能であったか不明であることに照らすと、原告が上記(1)アで主張する債務不履行のうち、本件売買契約の締結後の債務不履行が認められたとしても、当該債務不履行と相当因果関係のある原告らの損害は認められない。
(3)争点③(本件責任制限条項の適用の有無)について
ア 被告の主張
本件委任契約には、本件責任制限条項が存在するから、仮に被告に責任が認められるとしても、被告が原告らに賠償すべき金額は、被告に支払われた報酬額87万3500円が限度である。
なお、被告は、原告らに対する本件委任契約に基づく損害賠償責任は存在しないと判断しており、現時点で税理士賠償保険契約に基づく保険金請求をする理由はない。また、本件責任制限条項は、被告が原告らから受領した報酬額を賠償するものである以上、被告の損害賠償責任を全部免除するものではないから、消費者契約法8条1項2号に違反しない。さらに、被告は、本件委任契約を締結するにあたり、原告らに対して見積書を交付していたほか、本件委任契約に係る契約書では報酬金額が明示されており、原告らは被告の責任範囲を明確に判断できたことからすれば、本件責任制限条項は同法10条後段に違反するものではないし、被告が本件責任制限条項の適用を主張することが信義則に反するということもできない。
イ 原告の主張
否認ないし争う。
(ア)本件責任制限条項は、相続税の申告に関し、税理士の賠償責任が支払不能となる場合があることに鑑み、税理士の責任を限定したものと解されるところ、申告者の救済のために税理士賠償保険が存在することからすれば、同保険の利用の申請をしない場合には、申告者は本件責任制限条項の適用の権利を放棄したものとして、同条項は適用されないと解すべきである。そうしたところ、被告は税理士賠償保険の利用を申請していないから、被告の原告らに対する損害賠償責任について、本件責任制限条項は適用されない。
(イ)本件責任制限条項は、被告の賠償額を原告らが被告に支払った報酬の限度に制限するものであり、被告に報酬を支払済みである原告らは、上記報酬相当額の損害賠償を受けたとしても、被告の債務不履行により被った損害は実質的には賠償されない結果となるから、本件責任制限条項は、実質的には被告の責任を全部免除するものであって、消費者契約法8条1項2号に違反して無効であるというべきである。
また、本件責任制限条項は、極めて多額となる可能性のある被告に発生する損害の危険を、既払報酬額を除き、全て消費者である原告らに一方的に転嫁するものであり、任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限する。そして、原告A及びHは、本件委任契約締結時点において、被告の債務不履行による損害額を予測することが困難であり、本件委任契約の締結の際、本件責任制限条項の内容の説明はなく、リスクの程度が推測可能な情報の提供がされていなかったことに加え、原告AとHは、Mの相続に関して平成28年4月に被告に相談し、資料も提出済みであったから、被告以外の税理士に本件申告を依頼することは期待できなかった。これらの事情のほか、本件責任制限条項は、相続税についての税務申告代理に関する契約において一般的に設けられる条項ではなく、原告A及びHは、本件委任契約締結当時、そのことを知り得なかった上、本件責任制限条項は、税理士賠償保険から保険金が支払われた場合には、賠償責任を限定していないところ、被告は、依頼者の救済のために用意されている税理士賠償保険に加入しているにもかかわらず、その申請もしていないことに照らせば、本件責任制限条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものである(報酬の額を明示していればそれで足りるということにはならない。)。以上によれば、本件責任制限条項は、同法10条後段に違反して無効であるとともに、被告が本件責任制限条項の適用を主張することは信義則に反し許されないというべきである。
(4)争点④(過失相殺の適否及びその割合)について
ア 被告の主張
以下の(ア)から(ク)までの事情に照らせば、仮に被告に本件委任契約の債務不履行に基づく損害賠償義務が認められるとしても、原告らの損害は原告らの過失により発生したものとして、少なくとも9割の過失相殺を免れないというべきである。
(ア)原告らは、容易に税理士に相談することができたにもかかわらず、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たすと自ら判断して、被告に所属する税理士以外の税理士へ相談せずに、また、被告に対する相談前に、本件贈与を行った。
(イ)原告らは、被告に対し、本件面談の際を含め、本件売買契約の締結の前には、本件土地の売買の予定について情報や資料を提供しなかった。
(ウ)被告は、原告らに対し、「万が一、非課税の適用ができない場合、通常の贈与として相続財産に加算することになります。」との明確な警告を付した上で、国税庁が一般人向けに作成したものであり、理解が容易であるチェックシートを利用して、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たすか確認するよう依頼したところ、原告A及びHは、不明点があるのであれば被告に確認することができたにもかかわらず、上記要件を満たすものと自ら判断して、その旨被告に報告した。
(エ)通常の場合、贈与時と相続開始時は別の年であり、相続税の申告の段階で住宅資金等の贈与が贈与税の課税対象とならない要件に該当するか否かを左右することはできない。
(オ)被告は本件申告についての業務を受任したものであって、住宅取得等資金の贈与に関する贈与税の申告や相談についての業務を受任したわけではなかった。
(カ)原告らは、Mが不動産を譲渡した際に譲渡所得が発生し、所得税の申告を行ったことを知っており、不動産の譲渡により所得が発生し得ることを認識していた上、住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件の中に所得に関する要件が存在することも認識していた。
(キ)Hは、原告Bの父で原告Aの当時の夫であり、本件申告に関して、原告らと一体として、被告と連絡を取ったり、被告に主として説明したり、被告に反論したりするなどしており、原告らはHに本件申告に関する判断や対応を任せていたところ、Hは、住宅取得等資金の贈与が課税対象とならない場合があることや、いわゆる広大地・がけ地による評価減という評価方法が存在することを知っているなど、税務に関して相当程度の知識を有していた。
(ク)原告Aは、被告に対して、自身が提供していない資料・情報により相続税額に変更が生じても異議はない、自身が適正に住宅取得等資金の贈与に係る申告を行うものとして被告に報告した旨確認し、原告Bは、原告Aに被告への対応を一任していた。
イ 原告の主張
否認ないし争う。以下の(ア)から(ク)までの事情に照らせば、原告らには過失はないというべきである。
(ア)原告Aが自己の判断により住宅取得等資金の贈与として本件贈与を受けたことと、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないか否かとは関係がない。
(イ)被告は、上記(1)アのとおり、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を確認し、原告らに対して説明、助言する義務を負っていたところ、原告A及びHは、本件面談の際、Xらに対し、本件土地の売買計画を述べているのであるから、被告において更に売買代金その他の本件土地の売買契約の詳細を確認する義務があったというべきであり、その反面として、原告らが能動的に本件土地の売買契約を説明する義務はない。
(ウ)原告らが、Xらに対し、自ら、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないための要件を充足すると報告したことはない。
(エ)相続税の申告の際に住宅取得等資金の贈与として相続税の課税対象とならない要件を確認しなければならない税理士の義務は、確認の際に既に具備されていた要件であるか、これから具備される要件であるかによって異ならない。
(オ)税理士の職務は単なる計数的な税額の計算だけではなく、その前提である税務上の諸要件の確認も含まれるから、住宅取得等資金の贈与に関する事務についても受任していたというべきである。
(カ)原告Aは、不動産の譲渡により所得が発生することや、収入と所得の違いについてすら知らず、住宅取得等資金の贈与が贈与税の課税対象とならないための要件として所得要件があることを認識していたとはいえない。またHは、住宅取得等資金の贈与が課税対象とならないための要件において不動産の譲渡による所得が問題となることを知らなかったところ、当該事項については、税務の専門家である被告が原告A及びHに対して説明をすべきであったのであり、そのような説明を怠った被告が、Hの過失を問題とすることは許されない。
(キ)原告らの過失の有無を判断するにあたり、原告らとHを同視することはできないし、原告らは、従前のHの税務に関する経験だけでは不十分であったために被告に相続税の申告を依頼したのであるから、Hが相続税対策に熱心であったことをもって、原告らに本件贈与が本件相続税の課税対象とならない要件に関する注意義務があったということはできない。
(ク)申告書が依頼者の提供した資料・情報に基づいて正確に作成されているか否かは税務の専門家である税理士が判断する事柄であり、申告書が依頼者の提供した限られた資料・情報に基づいて作成されているとしても、そのことを理由として自らの責任を依頼者に転嫁することはできない。そもそも、原告A及びHは、Xらに対し、本件面談の際に本件土地の売買の予定を告げたほか、令和2年8月には本件売買契約の契約書を提出しているのであるから、原告らが提供していない資料・情報により本件申告の申告書の記載内容に変更が生じたり、その結果として相続税額に変更が生じたりしたわけではない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
(1)前提事実のほか、後掲各証拠(採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア Mは、令和2年1月から同年3月にかけて、原告Aに対し、住宅の取得のための資金として、本件贈与を行った。
本件贈与は、Hの発案により行われたものであるところ、Hは、本件贈与に際して、本件贈与が住宅取得等資金として課税対象とならない要件を満たすかについて、インターネット上のウェブサイトに掲載された記事や、当該記事に存在したチェックシート(国税庁が作成し、同庁のウェブサイトに掲載していたチェックシート(乙9の1)に類するもの)を検討し、要件を満たすと判断しており、その旨、原告Aに伝えていた(乙9の1、証人H[20、21頁]、原告A[7、8頁])。
イ Mは、令和2年5月3日、死亡し、原告AがMを相続した。
ウ Hは、令和2年5月7日、被告に架電し、本件申告について相談を申し込んだ。その際、Hは、相続税には関係しないが、令和2年分の住宅取得等資金の贈与があり、来年、確定申告をする旨発言した。(乙5、23[2、3頁]、証人H[4、5頁])
原告A及びHは、同日、本件申告に関し、Xらとテレビ会議の方法による面談(本件面談)を行った。Hは、本件面談の際、Xらに対し、Mは、自身が死亡する約2か月前に、住宅取得等資金の贈与として本件贈与を行った旨説明した。これに対し、Xらは、本件贈与は住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているのか尋ねたところ、Hらは、要件を満たしている旨回答するとともに、確定申告もする旨発言した。また、原告A及びHは、本件土地の売却について、考えている旨説明した。(乙4、23[3頁]、証人X[4~6頁])
Xらは、本件面談の際、原告A及びHに対して、今後のスケジュールとして、①被告から原告らに対し、本件申告のための資料に関し、資料収集準備ガイドを送付する、②原告らが、上記資料を本件面談の日から1か月程度で収集して被告に送付する、③被告が、同送付を受けた日から2か月ないし3か月程度でMの相続財産の報告をする旨伝えた(乙4、証人H[7、8、38、39頁])。
エ 原告らと被告は、令和2年5月14日頃、本件委任契約を締結し、原告らは、被告に対し、本件委任契約の報酬として、87万3500円(うち消費税等7万9409円)を支払った。
オ 被告は、令和2年5月11日ないし同月19日頃、原告らに対し、本件ガイドを送付し、Mの相続税に関する資料の収集を求めた。なお、本件ガイドにおいては、住宅取得等資金の贈与をしている場合には贈与を実施した年分の贈与申告書(通帳コピーなど贈与金額が確認できる書類)を用意するよう指示する旨の記載が存在した。(甲5)
原告A及びHは、令和2年6月19日頃、被告に対し、本件ガイドに従って収集した資料等を送付し、被告は、同月22日、同資料等を受け取った。なお、原告が送付した資料等の中には、本件土地の不動産登記事項証明書も含まれていた。(甲11[3頁]、証人H[9頁]、証人X[22頁])
カ 原告Aは、令和2年6月30日、R社との間で、本件売買契約を締結した。
キ 原告Aは、被告と本件申告の準備のためのやり取りを行う中で、令和2年7月27日頃、被告に対し、相続税申告の準備のための質問に対する回答書とともに、株式会社●●●銀行▲▲▲▲支店の原告A名義の預金口座に係る預金通帳の写しを送付したところ、Yは、同預金通帳の写しの中に、同年6月30日付けの733万円の入金の記載及び同記載の横に手書きされた「実家売却代金」との記載を発見した。そこで、Xらは、同年8月14日頃、原告Aに対し、改めて質問書を送付して、上記入金が本件土地の売却代金であれば、高低差に関する特記事項等の記載を確認するために売買契約書や測量図等を預かることができないか尋ねるとともに、本件贈与について、念のため住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているか否かを添付のチェックシートを用いて確認するよう依頼し、国税庁が公表するチェックシートを被告において一部手書きで修正したもの(以下「本件チェックシート」という。)を送付した。なお、上記質問書には、上記依頼に続けて、「万が一、非課税の適用ができない場合、通常の贈与として相続財産に加算することになります。」旨の記載が存在した。(乙6、7、9の1、乙22、23[6頁]、証人X[9~11頁])。
原告Aは、上記質問書及び本件チェックシートの送付を受け、Hの指示を受けながら、本件チェックシートのうち「あなたの令和2年分の所得税に係る合計所得金額は、2、000万円以下ですか。」との問いに対する回答として「はい」を丸で囲むなどして本件チェックシートに回答し、上記質問書にも回答して、これらを、本件売買契約に係る契約書や本件土地の査定書とともに被告に対して郵送し、被告は、同年8月19日頃、上記各書面を受け取った。なお、Hは、土地の譲渡により譲渡所得が発生することを把握していた。(乙7、8、9の2、乙23[6頁]、証人H[10、11、24~26頁]、証人X[11頁]、原告A[4、5、12、13頁])
ク 被告は、令和2年8月下旬から同年9月上旬頃、原告らに対し、本件相続税の申告書の第一案を提出した(証人H[8、39頁]、証人X[33頁])。
ケ 令和2年10月9日、R社から原告Aに対して、本件売買契約に係る残代金が支払われるとともに、本件土地について、原告AからR社への所有権移転登記手続がされ、本件売買契約が決済された。
コ 被告から令和2年8月下旬から同年9月上旬頃に第一案が提出された本件相続税の申告書について、Hが同年10月10日にがけ地の割合や自宅マンションの修繕費の扱いについて記載したメールを送信するなどして、原告ら及びHと被告との間で、上記申告書の内容について協議が行われ、原告側の意見を一部反映する形で、申告書の修正が行われた(甲11[4頁]、乙18~20、乙23[7頁]、証人H[8、39頁])。
このようなやり取りを経て、被告は、同年11月19日、原告Aに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしていることを前提に、原告Aの納税額を1652万1900円、原告Bの納税額を358万7600円とする本件相続税の申告書を送付し、原告らは、同月22日頃、被告に対し、上記申告書に署名押印して返送し、同年12月4日に同申告書を提出して、本件申告を行った(甲7、8、11[4頁])。
サ Hは、令和3年1月5日頃、原告Aの確定申告の準備をしていた際に、本件不動産の譲渡により譲渡益が発生したことにより、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たさないのではないか疑義が生じたことから、Xに対して、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているか確認したい旨記載したメールを送信した(乙10、証人H[28頁])。
シ 原告らは、令和3年1月25日頃、本件相続税について、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしていないことを前提に、原告Aの納税額を2522万3500円、原告Bの納税額を442万3200円とする訂正申告書を提出した(甲8)。
(2)補足説明
ア 原告らは、Hは、本件面談の際、Xらに対して、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないかを念押しして確認したところ、Xらから確定申告をするのであれば本件相続税の課税対象とならない旨の回答があった旨主張し、原告A及びHは、同旨の供述をする(甲11、12、証人H[3、4、22、36、37頁]、原告A[8、9頁])。
そこで検討すると、被告は、上記主張を否認し、証人Xは、同旨の供述をするところ(乙23[3~5頁]、証人X[4、5頁])、原告A及びHの上記供述を裏付けるに足りる客観的証拠は存在しない。かえって、原告らが、Xらに対して上記のとおり念押しし、Xらが上記のとおり回答をしていたとすれば、原告A及びHは、令和3年1月5日頃に本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているか疑義が生じ、Xに上記要件を満たしているか質問する際に、Xに対し、以前、Xらに本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないか確認した際にはならないとの回答があった旨指摘するのが通常であるところ、Hは、Xに対して上記要件を満たしているか質問するためにXに送付したメールにおいて、そのような指摘を行っていない(乙10。なお、Hは、同メールの「住宅取得資金の贈与(中略)についてはY氏から確定申告をキチンとされるのですねとの確認がありましたが、当然そうしますとお答えしていました。」との記載により、本件面談の際にXが上記の回答を行った旨指摘したと供述するが(証人H[40頁])上記記載をもって、上記回答を行った旨指摘する趣旨であると理解することは困難であるから、Hの上記供述は採用できない。)。また、原告Aは、Yが、確定申告するのであれば本件贈与は本件相続税の課税対象外で結構である旨口頭で回答したと供述するのに対し(原告A[20頁])、Hは、Xらから、本件贈与が本件相続税の課税対象に含まれないということで問題はない旨の発言はなく、その旨ジェスチャーにより示されたと供述しており(証人H[40、41頁])、両者の供述には食い違いが存在する。これらの事実に照らせば、本件面談の際、HがXらに対して、本件贈与は本件相続税の課税対象とならないか念押しして確認したところ、Xらから確定申告をするのであれば本件相続税の課税対象とならないとの回答があった旨の原告A及びHの供述は採用できず、他に上記確認及び回答があったことを認めるに足りる証拠は存在しないことからすれば、本件面談の際、HがXらに対して、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないかを念押しして確認したところ、Xらから確定申告をするのであれば本件相続税の課税対象とならない旨の回答があったとの事実は認められない。
他方、Xは、本件面談の際、Hは、Xに対し、本件贈与を行った旨説明し、本件贈与は住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているのかとのXらの質問に対して同要件を満たしている旨回答するとともに、確定申告もする旨発言したと供述するところ(乙23[3頁]、証人X[4、5頁])、上記供述は、Hは、本件贈与の前に、インターネット上のウェブサイトに掲載された記事や当該記事に存在したチェックシートを検討して、本件贈与が住宅取得等資金として課税対象とならない要件を満たすと判断したこと、Hが、本件面談の申込みの際、被告の従業員に対して、相続税には関係しないが、令和2年分の住宅取得等資金贈与が存在し、同贈与については来年申告する旨伝えたことと整合する。したがって、Xの上記供述は採用することができ、上記供述に係る事実を認めることができる。
イ 原告らは、Hは、本件面談の際、Xらに対して、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定である旨伝えた旨主張し、原告A及びHは、同旨の供述をする(甲11、12、証人H[22、23、38頁]、原告A[3、4、9頁])。
そこで検討すると、被告は、上記主張を否認し、証人Xは、同旨の供述をするところ(乙23[4、5頁]、証人X[5~8頁])、原告A及びHの上記供述を裏付けるに足りる客観的証拠は存在しない。かえって、Hが、本件面談の際、Xらに対して、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定である旨伝えていたとすれば、原告A及びHは、令和3年1月5日頃に本件土地の売却益により本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているか疑義が生じ、Xに上記要件を満たしているか質問する際に、Xに対し、Hは本件面談の際に本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定である旨伝えていたと指摘するのが自然であるところ、Hは、Xに対して上記要件を満たしているか質問するためにXに送付したメールにおいて、そのような指摘を行っていないこと(乙10。なお、Hは、同メールについて、自己の言い分を詳細に検討したり網羅的に記載したりしたものではない旨供述するが(証人H[28~30頁])、①本件土地の売却益により上記要件の充足に疑義が生じていることからすれば、本件土地の売買の予定を伝えたか否かは重要な事項であること、②上記メールでは、Yとの間での住宅取得等資金の贈与の確定申告に関するやり取りの詳細を記載していることに照らせば、本件土地の売買の予定を伝えたのであればその旨上記メールに記載するのが通常であるというべきであり、Hの上記供述は採用できない。)に照らせば、本件面談の際、HがXらに対して、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定であると伝えた旨の原告A及びHの供述は採用できず、他にHがXらに対して上記のとおり伝えたことを認めるに足りる証拠は存在しないから、本件面談の際、HがXらに対して、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する予定である旨伝えていたとの事実は認められない。
2 争点①(被告の債務不履行の有無)について
(1)原告らは、上記第2の2(1)ア①から③までの事情に照らせば、原告らと被告との間では、原告らがXらから要求された資料を送付した同年6月19日には、被告が、原告らに対し、不動産の譲渡による所得が住宅取得等資金の贈与として課税対象とならない要件において問題となる「所得」に含まれることを含め、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明及び助言をする旨の黙示の合意が存在したといえることを前提に、Xらは、同日時点において、上記合意に違反して上記の確認、説明及び助言を怠ったところ、これは本件委任契約の債務不履行に該当すると主張する。また、原告らは、同④の事情に照らせば、被告と原告らの間には、被告が、原告らに対し、同年9月上旬頃までに、上記の確認、説明及び助言をする旨の黙示の合意が存在するといえることを前提に、Xらは、同年9月上旬頃において、上記合意に違反して、上記の確認、説明及び助言を怠ったところ、これは本件委任契約の債務不履行に該当すると主張する。
(2)ア そこで検討すると、①上記認定事実によれば、Xらは、原告A及びHに対し、本件面談の際、本件面談から約1か月以内に、本件申告のための資料を収集するように求めたこと、被告は、令和2年5月11日ないし同月18日頃、原告らに対し、住宅取得等資金の贈与をしている場合には贈与を実施した年分の贈与申告書(通帳コピーなど贈与金額が確認できる書類)を用意するよう指示する旨の記載のある本件ガイドを送付して、本件申告のための資料を収集するように求めたこと、原告Aは、同年6月19日頃、被告に対し、本件ガイドに沿って収集した資料等を送付し、被告は、同月22日頃にこれを受け取ったことが認められる。しかしながら、被告が原告A及びHに対して本件申告のための資料を収集するように求め、原告Aから本件ガイドに沿って収集した資料等を受けとったとしても、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たすか否かを確認するためには、収集された住宅取得等資金の贈与に関する資料を分析、検討した上で、資料に不足があったり、不明点等が存在したりする場合には、それらの資料を収集したり、不明点等を確認したりする必要があり、原告Aから同日頃に受け取った資料に基づき、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たすか否かを直ちに確認することができるということはできないし、資料収集を依頼する段階で、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たすことを確認すべきであったということもできない。そうすると、原告Aが、同年6月19日頃、被告に対し、本件ガイドに沿って収集した資料等を送付し、被告は、同月22日頃にこれを受け取ったとしても、そのことから直ちに、同月19日頃に、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在したと認めることはできない。
また、②Hは、本件面談の際、Xらに対し、Mは本件贈与を行ったところ、本件贈与は住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないための要件を満たしており、確定申告もする旨発言するとともに、本件土地の売却について考えている旨発言する一方、原告A及びHが、本件贈与が上記要件を満たしているかXらに確認したり、本件土地を令和2年5月又は同年6月に売却する旨伝えたりしたとは認められないことは上記1で認定説示したとおりである。そして、Hの上記発言の内容からすれば、Xらが、本件面談の際、本件贈与の存在を知ったとしても、そのことをもって、同月19日頃に、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在したと認めることはできないし、Hは、本件土地の売却を考慮している旨発言する一方、早期に売却する旨伝えたわけではないことに照らすと、Hの上記発言をもって、上記の黙示の合意が存在したと認めることもできない。
さらに、③上記認定事実によれば、Xらは、本件面談の際、原告A及びHが、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないことになる要件を満たしていると認識していることを知ったことが認められるところ、上記要件の中には、当該年度の合計所得金額が2000万円以下であることなど、贈与の時点から見て将来に問題となる要件が存在することは、上記前提事実のとおりである。もっとも、住宅取得等資金の贈与として相続税の課税対象とならない要件の中に、贈与の時点から見て将来に問題となる要件が存在したとしても、そのことから直ちに、特定の時期に当該要件の確認、説明又は助言をするとの黙示の合意が存在するということはできない。また、Xらは、原告A及びHから、本件贈与が上記要件を満たしているかについて確認等を受けたとは認められないことは、上記1で認定説示したとおりである。以上によれば、Xらが、本件面談の際、原告A及びHが、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならないことになる要件を満たしていると認識していると知っており、上記要件の中には、譲渡の時点から見て将来に問題となる要件が存在するとしても、そのことをもって、令和2年6月19日頃に、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在したと認めることはできない。
そして、上記認定判断によれば、原告らが指摘する上記第2の2(1)ア①から③までの事情を併せて考慮しても、原告らと被告との間において、同年6月19日頃に、被告が、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在したということはできず、他に、上記合意が存在したことを認めるに足りる事情は存在しないから、上記合意が存在するとは認められない。
イ また、上記認定事実によれば、④Xらが、本件面談の際、原告らから相続税の申告に関する資料を受領した後、2か月から3か月程度で相続財産に関する報告をする旨発言した上、同年8月末から同年9月上旬頃にかけて、本件相続税の申告書の第一案を提出したことが認められる。しかしながら、本件委任契約における委任業務の範囲は、本件相続税の税務代理、税務相談、税務書類の作成であるところ、本件申告は、その申告期限である令和3年3月3日までに、適正な相続税を申告すれば足り、現に、Xらが、令和2年8月末から同年9月上旬頃にかけて、原告らに対し、本件相続税の申告書の第一案を提出した後、原告ら及びHと被告との間において上記申告書案の内容について協議し、修正を経た上で、同年12月4日に本件相続税の申告書を提出し、その後、令和3年1月25日に、訂正申告書を提出したことは上記認定事実のとおりである。そうすると、Xらが、本件面談の際、原告らから相続税の申告に関する資料を受領した後、2か月から3か月程度で相続財産に関する報告をする旨発言した上、同年8月末から同年9月上旬頃にかけて、本件相続税の申告書の第一案を提出したとしても、そのことから直ちに、被告と原告らの間において、被告が、本件相続税の申告書の第一案の提出時期である同年8月末から同年9月上旬頃までに、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在するということはできず、上記第2の2(1)ア①から③までの事情を併せて考慮しても同様に、上記合意が存在するということはできない。その他、上記合意が存在したことを認めるに足りる事情は存在しないから、上記合意が存在するとは認められない。
ウ よって、令和2年6月19日頃又は同年8月末から同年9月上旬頃に、原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする旨の黙示の合意が存在したと認めることはできない。
(3)なお、上記認定事実によれば、本件委任契約における委任業務の範囲は、Mの相続に係る相続税の税務代理、税務相談、税務書類の作成であるところ、上記文言に照らせば、本件委任契約における業務として、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明及び相談があった場合の助言をすることが含まれていると解することができる。しかしながら、上記認定事実及び前提事実によれば、住宅取得等資金の贈与は、所定の要件を満たして贈与税の課税対象とならない場合に、相続税の課税対象とならないという構造となっているところ、本件委任契約の対象は本件相続税の税務代理、税務相談、税務書類にすぎず、贈与税の税務代理等は含まれていないことが認められる。このことに加え、①原告A及びHは、本件面談の際、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているかXらに確認したり、本件土地を令和2年5月又は同年6月その他の早々の時期に売却する旨伝えたりしたとは認められず、かえって、Hは、本件贈与は上記要件を満たしており、確定申告もする旨発言したこと、②Yが、原告Aから送付された預金通帳の写しの中に同年6月30日付けの733万円の入金の記載及び同記載の横に手書きされた「実家売却代金」との記載を発見したことから、Xらは、原告Aに対し、改めて質問書を送付して、「万が一、非課税の適用ができない場合、通常の贈与として相続財産に加算することになります。」旨記載した上で、念のため本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件を満たしているか否かを添付のチェックシートを用いて確認するよう依頼し、本件チェックシートを送付したこと、③これに対し、原告Aは、本件チェックシートのうち「あなたの令和2年分の所得税に係る合計所得金額は、2、000万円以下ですか。」との問いに対する回答として「はい」を丸で囲むなどして本件チェックシートに回答したこと、④上記③の問いは、一般人において理解が可能か、理解が困難であるとしても、被告に確認するなどして容易にその内容を理解することが可能であるところ、原告ら及びHは、Xらに上記の問いの意味を確認していないこと(弁論の全趣旨)を指摘することができ、これらの事実に照らせば、仮に、被告が、原告らに対し、令和2年6月19日頃又は同年8月末から同年9月上旬頃までの間に、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は相談された場合に助言をする義務を負っていたとしても、被告が当該義務に違反したとまでいうことはできない。
(4)以上によれば、被告が、本件委任契約に基づく、令和2年6月19日頃又は同年8月末から同年9月上旬頃に、原告らに対し、本件贈与が住宅取得等資金の贈与として本件相続税の課税対象とならない要件の確認、説明又は助言をする債務を履行しなかったということはできない。
第4 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求にはいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第32部
裁判官 野口晶寛
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