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解説記事2024年12月09日 未公開判決事例紹介 議決権行使の判断は平均的な株主を基準に判断(2024年12月9日号・№1054)

未公開判決事例紹介
議決権行使の判断は平均的な株主を基準に判断
東京地裁、説明義務違反を主張する株主の請求棄却

 本誌1052号40頁で紹介した株主総会決議取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。


〇上場会社(被告)の株主らが、同社の取締役及び監査役に株主総会の役員選任議案についての説明義務違反があったとして、同社に対して株主総会決議の取消しを求めた事件で、東京地方裁判所(泉地賢治裁判官)は令和6年6月28日、株主が、取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報が提供されていたとし、被告の取締役及び監査役に説明義務違反は認められないとの判断を示した(令和5年(ワ)第70573号)。

主  文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1 被告の令和5年6月27日付けの定時株主総会における別紙1記載1の決議を取り消す。
2 被告の令和5年6月27日付けの定時株主総会における別紙1記載2の決議を取り消す。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、被告の株主である原告らが、被告に対し、被告の令和5年6月27日付け定時株主総会(以下「本件総会」という。)における別紙1記載の各決議(以下「本件各決議」という。)について、被告の取締役及び監査役には会社法314条1項の説明義務違反があり、決議の方法が法令に違反すると主張して、同法831条1項1号に基づき、上記各決議を取り消すことを求める事案である。
2 前提事実(末尾等に掲記の証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実)
(1)当事者等

ア 原告A(以下「原告A」という。)は、本件総会の基準時において被告の株式を有する株主である。
  原告H(以下「原告H」という。)は、本件総会の基準時において被告会社の株式を有する株主である。
イ 被告は、各種ソフトウェアに関するコンサルティング、企画、設計、開発並びに各種ソフトウェア販売及び運用、保守管理、コンピューターシステム及び関連機器・用品の販売などを目的とし、東京証券取引所のプライム市場に上場する会社であり、その発行済株式総数は898万3950株である。
  T(以下「T」という。)は、原告A及びF(以下「F」という。)の父であり、被告の株主であり、平成19年10月より、被告の代表取締役会長の地位にある者である。(甲3、弁論の全趣旨)
  Fは、被告の株主であり、平成30年6月より、被告の代表取締役社長の地位にある者である。(甲3)
ウ 有限会社▲▲▲▲ホールディングス(以下「▲▲▲▲ホールディングス」という。)は、有価証券の保有等を目的とする特例有限会社であり、その代表取締役はB(以下「B」という。)であり、T及びFはその取締役である。原告Aは、令和3年11月11日、▲▲▲▲ホールディングスの取締役を解任された。(甲9)
  M企業株式会社(以下「M企業」という。)は、不動産の斡旋業及び賃貸業等を目的とする株式会社であり、その代表取締役はBであり、T及びFはその取締役である。原告Aは、令和5年2月13日、M企業の取締役を解任された。(甲7)
  有限会社M(以下「M社」という。)は、不動産の販売並びに管理業等を目的とする特例有限会社であり、その代表取締役はBであり、T及びFはその取締役である。原告Aは、令和5年2月13日、M社の取締役を解任された。(甲8)
(2)招集通知(甲3)
 被告は、令和5年6月6日付け(発信日)で、原告らを含む株主に対し、本件総会に係る招集通知(以下「本件招集通知」という。)を発出した。本件招集通知には目的事項として「決議事項 第1号議案 取締役8名選任の件」、「第2号議案 監査役3名選任の件」と記載され、株主参考書類において、取締役又は監査役の候補者の「氏名(生年月日)」、「略歴、地位及び担当並びに重要な兼職の状況」又は「略歴、被告における地位(重要な兼職の状況)」、「所有する被告の株式数」、「取締役候補者とした理由」、「社外取締役候補者とした理由及び期待される役割の概要」又は「社外監査役候補者とした理由」等が記載されており、Tについては、再任取締役候補者であり、取締役候補者とした理由として、「候補者は、経営者及び当社代表取締役として豊富な経験と実績を有しており、また取締役会での経営及び業務執行の監督に十分な役割を果たしております。候補者が経歴を通じて培った経験と見識が当社の経営に活かせるものと判断し、引き続き取締役として選任をお願いするものであります。」、Fについては、再任取締役候補者であり、取締役候補者とした理由として、「候補者は、当社代表取締役として企業価値向上に資する経営課題に対し着実に取り組んでおり、昨年度は事業構造の選択と集中に積極的に取り組んでおります。今後も強いリーダーシップを期待できると判断し、引き続き取締役として選任をお願いするものであります。」とそれぞれ記載されており、C1(以下「C1」という。)は再任、C2(以下「C2」という。)は再任、C3(以下「C3」という。)再任、C4(以下「C4」という。)は再任の社外、C5(以下「C5」という。)は再任の社外、C6は新任の社外のそれぞれ取締役候補者として、C7(以下「C7」という。)は新任の社外、C8(以下「C8」という。)は再任の社外、C9(以下「C9」という。)は再任の社外のそれぞれ監査役候補者として記載されていた。
(3)事前質問の通知(甲5)
 原告ら、K弁護士(以下「K弁護士」という。)及びW弁護士(以下「W弁護士」という。)の被告の株主4名は、令和5年6月19日付け「事前質問の通知」と題する書面により、被告に対し、本件総会において取締役及び監査役の選任が議案とされたため、T及びFにつき、被告の取締役としての資質に重大な疑義があるなどとして、複数の事前質問等をした(以下「本件事前質問」という。)。本件事前質問の添付資料1において、Tが、令和3年5月28日、被告の会議室で、家族会議(出席者:原告A、T、F、B、■■■■、その他関係者3名)(以下「本件家族会議」という。)が開催されたこと、T及びFの強い意向で、被告の会議室が、本件家族会議の場所に選ばれたこと、Tの横領行為などが指摘されていた。(甲5)
(4)本件総会(乙1、乙5、弁論の全趣旨)
 被告は、令和5年6月27日午前10時頃から、本件総会を開催し、本件各決議を行った。
 本件総会に出席した取締役は、F、C1、C2、C3、C4、C5であり、本件総会に出席した監査役は、S(以下「S」という。)、C7、C8、C9であった。
 本件総会に出席した株主(委任状による出席を除く。)は、原告ら、K弁護士及びW弁護士を含む20名程度であり、被告の議決権を有する株主数は3030名で、その議決権の数は8万8944個、本件総会の出席株主数(委任状による出席を含む。)は2092名で、その議決権の数は7万6794個であった。
 本件各決議における賛成、反対及び決議の結果及び賛成割合は、別紙2のとおりであった。
3 争点
 説明義務違反の有無
4 争点に関する当事者の主張
【原告らの主張】

(1)Fは、W弁護士によるTが被告の会議室で実施した本件家族会議における言動とTの取締役の資質との関連に関する理解に係る質問に対し、要旨、当時新型コロナウイルスが大変猛威を振るっており、被告の会議室に空きがあったので、安全上の配慮から、被告の会議室を使って家族会議を行ったこと、拡声器ではなくマイクを使ったことを回答し、議論の中身は他社のことだからここでは回答を控えるなどと回答するのみで、Tの取締役の資質に関わる回答をせず、説明義務を果たさなかった。
(2)前記(1)のW弁護士による質問は、被告の会議室で、被告の業務と無関係な本件家族会議を行うこと自体が、公私混同、利益相反、一部株主に対する利益供与、背任といった重大な問題が生じるものであり、Tの取締役としての資質を把握するための判断材料となるべき質問であるにもかかわらず、Fは、その回答を拒否し、説明義務を果たさなかった。
(3)K弁護士は、被告の取締役に対し、被告の会議室を××家の本件家族会議に用いたことに対する問題性の認識を問い、また、FがM企業及びM社の出入り業者を被告に呼びつけ、上記両社の業務を被告の社内で実施したのではないかとの質問を行ったのに対し、取締役であるC3は、およそ回答の体をなしていない回答をするのみで、その回答自体を拒否したとしか評価できない内容の回答をした。
  K弁護士によるT及びFが被告の会議室で本件家族会議を行ったことが問題行為であったとの認識を有するのかという質問に対し、C3及びFは当該質問に対する回答を全く行わず、回答を控えるとの返答に終始し、説明義務を果たさなかった。
  また、K弁護士は、Fに対して、Fが令和5年1月27日金曜日に、M企業関係の出入業者を被告会社の中に呼びつけたという、被告の社内において、代表取締役が個人的に支配している他社の事業を実施してしまったのではないかという事実の有無について確認を求めたが、Fは、他社の事例であるなどとして、回答を拒否し、被告の株主が取締役候補者を取締役として選任・再任して良いのかという点を判断するにあたり非常に重要な事項についての回答を拒否し、説明義務を果たさなかった。そして、Fは、被告の社内において他社の業務を実施したかという質問について、被告の業務に差しさわりの無い程度で実施していると回答し、後に、他社の業務は実施していないなどと回答して、その回答を変遷させた。
(4)株主であるX某(以下「株主X」という。)は、本件総会におけるそれまでの質疑を通して、被告のガバナンスに問題があると認識し、このガバナンス問題が、M&Aにて被告に買収される側の会社に躊躇いを生じさせ、被告の本業に支障を生じさせるのではないかとの危惧を有した質問をしたのに対し、Fは、M&Aにて買収した会社と買収された会社の統合や相乗効果、社員の融和などの話にすり替えて、回答した。
  Fの上記回答は、T及びFの行動に起因する被告のガバナンス問題について触れたくない、触れられたくないと考えたことによる問題のすり替えをした回答であり、説明義務を果たさなかった。
(5)原告Aは、Tについて、銀行預金に関する横領問題及び架空・重複経費請求を行うという各種問題があることを踏まえ、Tに被告の取締役としての資質があるのか、また、上記問題は相当前から指摘されていたにもかかわらず、その問題を放置してきたその他の取締役及び監査役には被告の役員の資格はなく、再任は不相当ではないかとの質問に対し、Fは、正面から回答せず、被告の経理体制についてのみ回答し、Tが行った横領行為や架空・重複経費請求に関する問題については、他社であるという理由にて回答せず、説明義務を果たさなかった。
(6)以上のとおり、被告の取締役及び監査役は、T及びFについて、被告の取締役としての資質に関する質問に対し、上記両名の取締役の資質が問題視されることを意図的に避けようとし、株主が議決権行使を行うに当たって必要となる情報を意図的に開示せず、平均的な株主が合理的な判断にて、議決権を行使する機会を失わせた。
  したがって、被告の株主は、取締役及び監査役の各選任議案に賛成するか否かについて判断するための的確な情報を得ることができず、議決権行使にあたり重大な支障が生じたから、被告の取締役及び監査役は、その説明義務に違反したものであり、本件各決議は、その決議の方法が法令に違反するため、取り消されるべきである。
【被告の主張】
(1)【原告らの主張】(1)のW弁護士による発言は、質問といえるものではなく、意見を述べる発言に過ぎないから、被告の取締役にそもそも説明義務が生じていない。仮に、説明義務が生じているとしても、Fは、W弁護士が指摘した本件家族会議等に鑑みても、被告の取締役会が、取締役T及び取締役Fが被告の取締役として適任であると判断していることについて、個別の質疑応答に先立ち、事前質問に対する回答として、説明している。また、Fは、本件家族会議が被告の社内で行われた事実を認め、その理由を説明するとともに、拡声器を用いたとのW弁護士の発言が誤解であることや、本件家族会議の際にも、それ以外の場面においても、Tが罵声を浴びせるような姿は見たことがないことを説明している。そして、社外取締役であるC3からも、Tについて、取締役としての資質や適格性に問題がないとの説明が行われている。
(2)前記(1)のとおり、【原告らの主張】(1)のW弁護士による発言は、質問といえるものではなく、意見を述べる発言に過ぎないから、被告の取締役にそもそも説明義務が生じていない。仮に、説明義務が生じているとしても、前記(1)のとおり、回答及び説明がされている。
(3)【原告らの主張】(3)のK弁護士の質問に対し、Fは、前記(1)のとおり、本件家族会議が被告の社内で行われた事実を認め、その理由を説明し、他の取締役及び監査役からも、取締役の違法行為に該当しない旨が説明している。
  また、M企業という被告とは異なる他社の業務に係る事項は、本件総会の目的事項と関係がなく、被告の取締役に説明義務は生じていない。また、Fは、K弁護士の日付を特定した質問に対し、記憶が定かでなく、調査を要するとして回答を差し控えている。N産業に係るK弁護士の質問は、本件事前質問に含まれておらず、説明義務違反には該当し得ない。
(4)【原告らの主張】(4)の株主Xの発言は、その内容に鑑みれば、意見と要望であって、質問ではなく、被告の取締役に説明義務は生じていない。仮に、説明義務が生じているとしても、Fは、株主Xの関心事項を斟酌した説明をしている。
(5)【原告らの主張】(5)の原告Aが指摘した横領行為があったか否かに関して、Fは、横領行為に関してないと認識していますと回答し、銀行預金に関する横領問題及び架空・重複経費請求を行うという各種問題につき、いずれも事実無根である旨を説明している。また、原告Aの上記指摘はいずれも、被告の業務と直接関係のない、Tとその親族との間における事象、あるいはTの親族が営む会社内における事象の指摘であり、また具体的な根拠を伴うものでもなかったのであるから、被告の本件総会において、被告の取締役に説明義務が生じるものではない。
(6)以上のとおり、原告らが主張する本件総会における株主の発言は、大半が被告の取締役又は監査役に説明義務が生じる内容ではなく、仮に一定の説明義務が生じていた可能性があるとしても被告の取締役及び監査役に説明義務違反はない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1)Fは、本件総会において、決議事項の説明に入るに当たり、本件事前質問を受けたことは説明した上で、本件事前質問に対する回答の中で、被告の取締役会では、取締役候補者であるT及びFの経営能力と人格を考慮した上で、T及びFが被告の取締役として適格であり、被告の運営のために不可欠の人材であると判断していると回答した。(甲6の2・2頁)
(2)ア W弁護士は、T及びFの取締役としての資質に関する質問として、本件事前質問において、被告の会議室で本件家族会議が開催され、Tが原告Aに対し、原告AがMグループの代表取締役としてふさわしくないかのような発言を繰り返し、ハンドマイク(拡声器)で、不当な人格攻撃をしたことを指摘していることに触れた上で、Tはハンドマイクを利用して、人を圧迫するような態度で発言をするのが常なのかと質問し、また、Fは、Tのハンドマイクを使った圧迫行為について問題ないと考えているのかと質問した。(甲6の2・4~5頁)
   Fは、①Tがハンドマイクを常に持ち圧迫するような事実はないと認識していると回答するとともに、②他社に関する問題であるということなのでとして、回答を差し控えたいと回答した。(甲6の2・5頁)
 イ W弁護士は、追加の質問として、他社に関することについて回答の必要がないとの話であるが、被告の社内で起きた出来事も、被告の取締役としての資質を検討するに当たって一切考慮する必要がないとの考えなのかと質問し、また、Fの上記①の回答の内容につき、確認の質問をするなどした。(甲6の2・5~6頁)
   Fは、令和3年5月28日当時、コロナが猛威をふるっており、被告の社内の会議室の状況に余裕があり、安全上の配慮から、あえて夕方という時間に設定して、被告の社内の60名用の会議室を確保し、議論の中身は他社のことであるため、回答を差し控えると回答した。また、Fは、Tが、普段、ハンドマイクを使って指示指導、罵声を浴びせたことを見たことはなく、本件家族会議においては、大きい会議室であったため、集音マイクとスピーカーを準備していたという記憶であると回答した。(甲6の2・6~7頁、18~19頁)
   社外取締役のC4は、平成19年にTが代表取締役会長に就任して以来、業績向上に貢献しており、被告の経営に欠くことのできない経営能力と被告を指導統率する人格見識に優れた人物で、取締役としての資質や適格性には全く問題ないと判断していると回答するとともに、ハンドマイクを使ったところを見たことはないと回答した。(甲6の2・7頁)
 ウ K弁護士は、本件家族会議を被告の会議室を使って行ったこと自体が問題で、公私混同であり、T及びFは、オーナーとしての意識が強く、取締役としての資質などがあるのかと質問し、原告Aは、被告の他の役員もどのように考えているのかと質問した。(甲6の2・9~10頁)
   取締役のC3は、当時は、コロナウイルス感染拡大の状況で、在宅勤務を推奨していたため、会議室をあまり使っておらず、そのような状況で、感染防止を第一に考えて、臨時的な利用をさせたものであり、今後は、他の役員等からの要望があっても、被告の業務と無関係な用途で利用させず、どうしても必要な場合等は、利用料を支払ってもらうようにすると回答した。(甲6の2・11頁)
   K弁護士は、C3に対し、本件家族会議のために、被告の社内の会議室を提供したことはまずいことだったという理解でよいか質問した。(甲6の2・12頁)
   C3は、今回の指摘を受けて検討するという趣旨の回答であった旨を回答し、その後、当時の状況からすると、感染防止を第一に考えて、特に法的に問題があるとは考えていないと回答した。(甲6の2・13頁、19頁)
 エ 株主Xは、常勤監査役のSに対し、他社の業務を被告の社内で行っていたというような状況で、監査役、監査役会として、取締役が業務執行を適切に行っているのかについて質問した。(甲6の2・16頁)
   監査役のC8は、監査役としては、本件家族会議のために、被告の社内の会議室を利用したのは、コロナの流行っている時期の臨時的なものでやむを得ない使用であり、違法というものではないのではないかと判断している、今後については、会議室の利用規程の整備が十分ではなかったと理解しているため、規程の整備をして運営していきたいと考えていると回答した。(甲6の2・16~17頁)
(3)ア 原告Hは、T及びFは、▲▲▲▲ホールディングス、M企業、M社の取締役を務めているが、上記3社の業務をどの程度の時間を使って、どのような内容の業務を実施しているのか、また、M企業の業務に関して、M企業の取引先を被告に呼び寄せて、業務について話をしたことがあるということを聞いているが、被告の社内で、上記3社の業務を行っているのかについて質問した。(甲6の2・8頁)
   Fは、被告の常勤の業務に差し障りのない範囲で、実施していると回答するとともに、被告の社内で他社の仕事はしていない(甲6の2・9頁・7~8行目)と回答した。(甲6の2・9頁)
   K弁護士は、Fが上記回答において、被告の社内で他社の仕事を差し支えない範囲で行っていると回答をしたことを前提に、取締役としての資質などがあるのかと質問した。(甲6の2・10頁)
   Fは、被告の社内で他社の業務をしていないと回答した。(甲6の2・11頁)
 イ K弁護士は、令和5年1月27日、M企業の出入業者を被告に呼びつけたかどうかなどについて質問した。(甲6の2・12、15頁)
   Fは、上記出入業者との取引事項の中身については、被告と関係ない事項であるため、回答を差し控える旨の回答をし、記憶が定かでないということもあり、詳細な調査をするため、回答を控えさせていただきたいと回答した。(甲6の2・14、15頁)
(4)株主Xは、M&Aは、新たな業務、領域へ進むためのM&Aと社内のリソース不足を補うためのM&Aが考えられるが、被告はいずれをメインとして考えているか、また、ガバナンスに心配がある状況で、人手不足もあり、買収される側の会社にもためらいが出て、被告の本業に影響が出るのではないかとの質問をした。(甲6の2・21頁)
  Fは、IT業界は人手不足の状況であり、この観点からM&Aを行っていくとともに、これまでやっていない分野についても必要な技術であれば、M&Aをやるべきという中長期的なビジョンを決めて、両方の観点から行い、会社を拡大していきたいと回答した。また、被告と買収された会社とでは企業文化も異なる面があるが、買収された会社の社員との相乗効果を図るために、種々の方策を実施し、融和を図っているなどと回答した。(甲6の2・21~22頁)
  K弁護士は、ガバナンスに疑問があり、しっかりしてくださいという質問に対して、M&Aのあとの会社、社員との融和などに話題に転嫁して、はぐらかすような回答をすること自体恥ずかしいなどとの意見を述べた。(甲6の2・28~29頁)
  Fは、上記意見を受けて、ガバナンスをしっかり認識して、務めたいと回答した。(甲6の2・29頁)
(5)原告Aは、Tが他者名義の銀行口座から自己名義の口座へ多額のお金を振替送金させるという横領問題を起こしており、また、TのオーナーグループであるMグループにおいて、経理担当者を使って、架空経費請求や重複経費請求をしているが、このようなTに、被告の取締役としての資質があると理解できる根拠はあるのかなどと質問した。(甲6の2・22~23頁)
  Fは、Tの横領問題については、被告と関係のないものであり、回答については差し控えたいと回答するとともに、被告の社内では不正経理が行われないよう十分な体制をとっており、不正経理等はないなどと回答し、その後、原告Aが指摘したTの横領行為に関してないと認識していますと回答した。(甲6の2・24、26頁。なお、本件事前質問の添付資料1において「3貴社会長の横領行為について」との項目の記載があり、当該項目においては、Tが他者名義の銀行口座から自己名義の口座へ多額のお金を振替送金させるという横領問題及びTの架空経費請求や重複経費請求による現金受領に関する記載があり(甲5)、上記記載を受けて、Fは、「横領行為」に関してないと認識していますと回答した(甲6の2・26頁)ものであって、上記回答は、原告Aが指摘したいずれの横領行為もないと回答したものと認められる。)
2 争点に対する判断
(1)会社法314条1項によれば、取締役等は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、原則として、当該事項について必要な説明をしなければならない義務を負うところ、同項に基づく説明義務の趣旨は、株主が会議の目的事項について賛否を決するために合理的判断をするに必要な情報を提供することにあると解される。
  したがって、上記説明義務については、取締役等は、株主が株主総会における決議事項について議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な範囲で説明をすべきであり、当該株主総会において株主が議決権行使の前提としての合理的な判断を行い得る状況にあったかどうかは、平均的な株主を基準として判断されるべきものであると解される。平均的な株主が決議事項について合理的な理解及び判断を行い得る程度の説明がされたかどうかの判断に当たっては、質問事項が当該決議事項の実質的関連事項に該当することを前提に、当該決議事項の内容、質問事項と当該決議事項との関連性の程度、質問がされるまでに行われた説明の内容及び質問事項に対する説明の内容に加えて、質問株主が既に保有する知識ないし判断資料の有無、内容等をも総合的に考慮して、審議全体の経過に照らし、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているか否かが検討されるべきである。
(2)本件において、原告らが説明義務違反として主張するのは、要旨、被告の取締役及び監査役の選任に係る議題についての取締役候補者の資質に関する質問及び回答についてであり、その具体的内容としては、①本件家族会議に関するもの、②被告の社内における他社の業務の実施に関するもの、③ガバナンスに関するもの、④銀行預金に関する横領、架空・重複経費請求に関するものであるから、以下、それぞれ検討する。
 ア ①本件家族会議に関するもの
  被告の取締役及び監査役は、被告の会議室で本件家族会議が開催されたことを回答した上で、Tがハンドマイクを常に持ち圧迫するような事実はないこと、本件家族会議が被告の会議室で行われた理由、Tが代表取締役会長に就任して以来、業績向上に貢献しており、被告の経営に欠くことのできない経営能力と被告を指導統率する人格見識に優れた人物で、取締役としての資質や適格性には全く問題ないと判断していると回答していることが認められる(前記認定事実(2))。
 以上の回答に加え、本件招集通知の株主総会書類において、取締役候補者とした理由等が記載され(前記前提事実(2))、また、Fが、本件総会において、本件事前質問に対する回答の中で、被告の取締役会では、取締役候補者であるT及びFの経営能力と人格を考慮した上で、T及びFが被告の取締役として適格であり、被告の運営のために不可欠の人材であると判断していると回答していること(前記認定事実(1))も併せ考えると、被告の株主が、被告の取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報を提供されていたといえるから、被告の取締役及び監査役に説明義務違反は認められない。
 イ ②被告の社内における他社の業務の実施に関するもの
  前記認定事実(3)アの回答からすると、Fの認識としては、他社の業務は、被告の常勤の業務に差し障りのない範囲で実施しており、被告の社内ではしていないとの趣旨の回答をしたことが認められ、また、前記認定事実(3)イの回答からすると、Fは、令和5年1月27日にM企業の出入業者を被告に呼びつけたかどうかという質問については、被告と関係ない事項であるため、回答を差し控える旨の回答をした上で、記憶が定かでないということもあり、詳細な調査をするため、回答を控えさせていただきたいと回答したことが認められる。
  (ア)この点、令和5年1月27日にM企業の出入業者を被告に呼びつけたかどうかという質問は、本件事前質問においては指摘されておらず、上記質問に対して説明するには、上記質問に係る事実関係について調査をする必要があるといえる(会社法314条1項ただし書、会社法施行規則71条1号)から、Fが上記質問に対して回答を控えたことにつき、説明義務違反は認められない。
  (イ)したがって、Fは、前記認定事実(3)の原告H及びK弁護士の質問に対し、他社の業務は、被告の常勤の業務に差し障りのない範囲で実施しており、被告の社内ではしていないとの趣旨の回答をしているのであって、上記回答に照らすと、被告の株主が、被告の取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報を提供されていたといえるから、被告の取締役及び監査役に説明義務違反は認められない。
 ウ ③ガバナンスに関するもの
  株主XによるM&Aや買収された会社との関係をどのように考えているか等の質問(前記認定事実(4))が、本件招集通知の株主総会書類に記載されたFを取締役候補者とした理由(前記前提事実(2))に関するものであり、再任取締役候補者の適格性に関するものであるとしても、Fは、被告のM&Aに関するビジョンや買収された会社との相乗効果を図るための施策等を回答しており(前記認定事実(4))、被告の株主が、被告の取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報を提供されていたといえるから、被告の取締役及び監査役に説明義務違反は認められない。
 エ ④銀行預金に関する横領、架空・重複経費請求に関するもの
  Fは、Tの横領問題については、被告と関係のないものであり、回答については差し控えたいと回答したものの、その後、原告Aが指摘したTの横領行為に関してないと認識していますと回答し、また、被告の社内では不正経理が行われないよう十分な体制をとっており、不正経理等はないなどと回答しており(前記認定事実(5))、これに加えて、前記アのとおり、Tが取締役として適格と考える理由等が回答されていることからすると、被告の株主が、被告の取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報を提供されていたといえるから、被告の取締役及び監査役に説明義務違反は認められない。
(3)原告らは、Fが、被告の株主による質問に対し、他社のことだから回答を控えるなどと回答し、回答を拒否したり、Fが被告の社内で他社の業務をしているかにつき回答を変遷させ、説明義務を果たさなかったなどと主張し、被告の取締役が、被告の会議室を私的な本件家族会議のために利用したのではないかという質問に対しては、まともな説明をしなかったり、Fが被告の社内で他社の業務をしているかにつき回答を変遷させるなどして、具体的な経緯やT及びFの認識を知ることができず、何を信じればよいのかわからず、取締役として選任してよいのかどうか全く判断できなかったなどの記載がある、本件総会に出席した被告の株主の陳述書(甲15~19)を提出するとともに、Fが、被告の社内で他社の業務を実施していたにもかかわらず、これを実施していないかのような虚偽の説明をしたなどの記載がある原告Hの陳述書(甲20)を提出する。
  しかしながら、Fは、本件家族会議の議論の内容については回答を差し控えると述べている(前記認定事実(2)ア、イ)ものの、前記(2)アのとおり、本件家族会議を被告の会議室を利用して実施した理由、本件家族会議におけるTの言動、Tが取締役として適格と考える理由等を回答しており、本件家族会議の議論の内容につき回答しなかったからといって、直ちに、説明義務違反が認められるものではない。また、Fは、前記認定事実(3)のとおり、Fは被告の社内で他社の業務を実施しているかに関する回答について変遷させておらず、Fの認識を回答しているのであって(前記(2)イ)、虚偽の説明をしたとも認められない。
  したがって、上記各陳述書を作成した被告の株主において、被告の取締役又は監査役の回答に納得いかなかったとしても、前記(2)のとおり、本件総会の全体において、被告の株主が、被告の取締役及び監査役の各選任議案につき、議決権を行使する前提として合理的な理解及び判断をするために必要な情報を提供されていたといえるから、上記原告らの主張は採用できない。
(4)よって、本件総会における株主の各質問に対して被告の取締役及び監査役が各回答をしたこと(前記認定事実(1)~(5))について、説明義務違反があるとは認められない。
  以上のとおり、本件各決議の決議の方法が法令に違反するものとは認められない。
3 結語
 よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第8部
裁判官 泉地賢治

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