カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2025年06月16日 未公開判決事例紹介 タックス・プランニングを巡る税理士損害賠償請求(2025年6月16日号・№1078)

未公開判決事例紹介
タックス・プランニングを巡る税理士損害賠償請求
東京地裁、税負担軽減の提案義務なし

 本誌1065号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇税理士法人(被告)に保有株式の移転に係るタックス・プランニングを委託したにもかかわらず、税の軽減措置を受けるための要件について、税理士法人に所属する税理士らが重大な過失により不適切な説明を行ったことにより、予期せぬ課税処分を受けることになったとして、原告が債務不履行に基づき1億5,800万円余りの損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所(本村洋平裁判長)は令和7年1月30日、税理士法人は株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避できるようにする提案・助言義務を負っていないとの判断を示し、原告の請求を棄却した(令和5年(ワ)第154号)。

主  文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、1億5872万1600円並びにうち1億4991万5600円に対する令和5年1月19日から、及びうち880万6000円に対する同年5月16日から、それぞれ支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告が、税理士法人である被告に対し、自らの保有する株式の移転に係る株式譲渡益等に関して、いわゆるタックス・プランニングを委託したにもかかわらず、被告に所属する税理士らが税の軽減措置を受けるための要件について、重大な過失により不正確・不適切な説明を行うなどしたために、予期せぬ課税処分を受けた旨主張して、債務不履行に基づく損害賠償として、損害金合計1億5872万1600円(内訳は、①所得税及び復興特別所得税並びに無申告加算税相当額合計1億4991万5600円並びに②延滞税相当額880万6000円である。)並びにうち上記①に対する訴状送達の日の翌日である令和5年1月19日から、及び上記②に対する訴えの変更の申立書送達の日の翌日である同年5月16日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 関係法令等の定め
 本件に関係する法令等の定めのうち、所得税法及び同法施行令並びに所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とシンガポール共和国政府との間の協定(以下「日星租税条約」という。)の定めは、別紙のとおりである。
3 前提事実
 本件の前提となる事実は、以下のとおりである(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することのできる事実である。なお、主要な認定根拠を末尾に付記しており、付記のない事実は、当事者間に争いがない事実である。)。
(1)当事者等
ア F(以下「F」という。)は、ラーメンチェーン店を全国に展開する株式会社X(以下「X社」という。)の創業者であり、その代表取締役である。原告は、Fの妻である。
  U(以下「U」という。)は、Fの資産管理会社の従業員である。
イ 被告は、日本の税理士法に基づき設立された税理士法人であり、世界150か国以上に展開する世界四大会計ファームの一つである△△△△グループに属している。A(以下「A」という。)は、令和元年当時、被告に所属していた税理士である。
(2)契約締結に至る経緯
ア Y.LTD.(以下「Y社」という。)は、原告及びその子らの出資により、シンガポールにおいて設立された資産管理会社である。原告は、Y社の代表者であるとともに、同社株式の約59パーセントを保有する株主である。(甲1)
  令和元年6月30日時点で、X社の発行済株式総数(2375万7800株)のうち、Y社は24.62パーセントに相当する株式(585万株)を、原告は7.74パーセントに相当する株式(184万株)をそれぞれ保有していた。(乙1)
イ 原告及びY社(以下「原告ら」という。)は、平成31年初め頃、日星租税条約による税の負担軽減措置を受けるため、原告の保有するX社株式の一部をY社に移転すること(以下「本件株式移転」という。)とし、Y社は、同年1月28日、被告との間で、本件株式移転に関する業務委託基本契約及び個別業務委託契約(以下「本件契約」という。甲5)を締結した。なお、原告は、本件契約の当事者ではなかったものの、本件契約に基づく業務の提供を受ける者として、本件契約の定めに拘束されるものとされていた(標準約款48条)。
  また、本件契約に関連する被告の損害賠償責任の累積上限額は、本件契約に基づく業務についてY社から被告に現実に支払われた報酬の額を上限とするものの、この損害賠償に係る制限は、被告の故意又は重過失に起因する損害には適用されないものとされていた(標準約款17条、20条)。なお、本件契約に基づく業務についてY社から被告に現実に支払われた報酬の額は、209万9160円であった。
(3)税務上の恩典を受けるための条件
 本件株式移転の目的は、Y社がX社から受領する配当に対する課税について、日星租税条約10条2項(a)の適用を受けることで税率の軽減を受ける点にあった。そして、このような税率の軽減を受けるためには、本件株式移転の結果として、Y社が、X社の議決権のある株式のうち、少なくとも25パーセントを保有する必要があった(日星租税条約10条2項(a)参照。以下「25パーセント要件」という。)。また、本件株式移転によって原告に生じる株式譲渡益に対して所得税等の課税を受けないようにするためには、本件株式移転における移転株式数がX社の発行済株式総数の5パーセントを下回る必要があった(所得税法161条1項3号、同法施行令281条1項4号ロ、同条6項2号参照。以下「5パーセント要件」といい、25パーセント要件と併せて「本件各要件」という。)。(甲7、乙13)
(4)被告作成の移転株式数のシミュレーション資料
 Aは、令和元年7月12日、本件株式移転に関するミーティング(以下「7月12日ミーティング」という。)において、原告及びUに対し、移転株式数のシミュレーションを記載した資料(以下「本件シミュレーション資料」という。甲9、乙8)を交付して説明した。本件シミュレーション資料には、X社の新株予約権(以下「ストックオプション」という。)が全数行使された後に、発行済株式数が2443万8000株になることを前提として、原告からY社に移転する株式数をそれぞれ100万株、110万株、120万株、122万株とした場合における発行済株式総数に対する移転株式数の割合及び株式移転後におけるY社が保有するX社の株式数の割合が記載されていた。そして、上記記載のうち、移転株式数を120万株とした場合のシミュレーションについては、青色でマーキングされていた。なお、上記シミュレーションは、いずれの場合も本件各要件を充足する結果となることを示すものであった。
(5)本件株式移転の実行
 原告は、令和元年8月16日、Y社に対し、自らの保有するX社株式のうち、120万株を現物出資した。
(6)所得税等の納付
ア 原告は、令和4年4月、福岡国税局から、5パーセント要件に関し、ストックオプションが全て行使されたことを前提とした発行済株式総数により計算するのは誤りであり、本件株式移転時における実際の発行済株式総数により計算する必要があること、これに従って正しく計算した場合、本件株式移転における移転株式数は発行済株式総数の5パーセント以上であること、そのため、本件株式移転による原告の株式譲渡益について、所得税等の課税対象となることなどの指摘を受けた。(甲31、32)
イ 原告は、令和4年11月21日付けで、福岡税務署長から、本件株式移転における移転株式数は発行済株式総数の5.04パーセントであること、本件株式移転による株式譲渡益について、所得税等として合計1億4991万5600円(所得税及び復興特別所得税1億2495万0600円並びに無申告加算税2496万5000円)を納付すべきであると決定したことを通知された。(甲11)
  これを受けて、原告は、同年12月20日に上記所得税等のうち1000万円を、令和5年2月20日に上記残額1億3991万5600円を、同年4月26日に上記所得税等に係る延滞税として880万6000円をそれぞれ納付した。(甲19~21)
4 主な争点
(1)移転株式数を提案・助言すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無(争点1)
(2)課税リスクを説明すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無(争点2)
(3)被告における悪意又は重過失の有無(争点3)
5 主な争点に関する当事者の主張
(1)争点1(移転株式数を提案・助言すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無)について
(原告の主張)

 本件契約は、タックス・プランニングといわれるコンサルティング業務であり、その目的は、被告の税務専門家としての知見を得ることにより日星租税条約上の恩典を受けるとともに、本件株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避する点にあった。被告は、上記目的を達成するため、本件各要件を満たすような移転株式数を提案・助言すべき義務(以下「本件提案・助言義務」という。)を負っていた。被告が本件提案・助言義務を適切に履行するために、原告は、被告に対し、X社株式の保有状況等に関する情報提供を行っていた(甲8、乙1、10の1)。
 Aは、本件提案・助言義務を負っていたことを前提に、単に関係法令等の条文に即して本件各要件を抽象的に説明しただけでなく、本件各要件を満たすために移転株式数を120万株とすることを原告に提案・助言した。もっとも、この提案・助言は、X社のストックオプションが全数行使されることを前提とするものであったところ、この前提自体が不正確で不適切なものであったから、被告は本件提案・助言義務に違反した。
(被告の主張)
 被告が原告の主張する本件提案・助言義務を負っていたことは否認ないし争う。本件契約に基づく被告の業務内容は、Y社グループの事業承継に資するストラクチャーを策定することを目的として、その手法について提案し、主として日本及びシンガポールにおける税務について検討することであって、移転株式数を提案・助言することは含まれていなかった。
 Aは、X社のストックオプションが全数行使されることを前提として、移転株式数を100万株、110万株、120万株、122万株としたシミュレーションを提示したが、上記前提は、原告らが自ら予測し、被告による検討の前提条件として提示したものであった。
 このような事情を踏まえれば、被告は移転株式数を提案・助言すべき義務(本件提案・助言義務)を負っていなかった。
(2)争点2(課税リスクを説明すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無)について
(原告の主張)

 被告が日本及びシンガポールの税務に精通した税理士法人であること、本件契約に基づく業務が豊富な実務経験を有する複数の税理士・会計土等により遂行されていたこと、本件株式移転に関係する所得税法等の関係法令の内容が簡明であり複雑・高度な知見が必要でなかったことからすれば、被告は、5パーセント要件を充足しない場合には、原告が多額の課税処分を受けることを認識していたか、少なくとも、容易に認識することができた。仮に本件提案・助言義務を負っていなかったとしても、被告は、移転株式数を120万株と決定しようとしていた原告らに対し、ストックオプションの行使状況によっては課税を受けるリスクがあることを説明すべき義務(以下「本件説明義務」といい、本件提案・助言義務と併せて、「本件各義務」という。)を負っていた。
 Aは、移転株式数を120万株とすれば本件各要件を充足すると説明したところ、このような説明に当たり、ストックオプションが全て行使されることを前提としているため、ストックオプションの行使状況によっては5パーセント要件を充足せず、原告が課税処分を受けるリスクがあることについて、何ら言及・説明しなかったから、本件説明義務に違反した。
(被告の主張)
 被告が本件契約において求められていたのは、原告らから提供された情報を前提に、日本及びシンガポールにおける税務に関する検討を行い、説明・助言することである。被告は、原告らから課税リスクについて説明・助言するよう明示的な依頼を受けていないし、本件契約に係る契約書にも課税リスクの説明・助言義務についての記載はない。そして、原告らは、自らの顧問税理士に確認することにより、本件株式移転に伴う課税リスクを知ることができた。このような事情を踏まえれば、被告は、ストックオプションの行使状況によっては原告が課税処分を受けるリスクがあることを説明すべき義務(本件説明義務)を負っていなかった。
 仮に被告が本件説明義務を負っていたとしても、Aは、5パーセント要件を充足するかどうかは、移転株式数を発行済株式総数で除した割合が5パーセント以上かどうかによって判定されることを説明した。原告が企業経営に関して相応の理解力を有していたこと、被告の上記説明が理解の難しいものではなかったこと、原告らの顧問税理士が上記ミーティングの場に同席していたことも併せ考慮すれば、被告は本件説明義務を履行したといえる。
(3)争点3(被告における悪意又は重過失の有無)について
(原告の主張)

 5パーセント要件を充足しなければ原告が多額の課税処分を受ける関係にあったところ、被告は僅かな注意を払うことで自らの負っている義務を認識することができたし、義務の履行も容易であった。被告には、本件各義務に違反したことについて、重大な過失があるから、本件契約上の責任制限の規定は適用されない(標準約款17条、20条)。
(被告の主張)
 原告の主張については、否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 当事者間に争いがない事実に加え、証拠(甲5、7~9、31~33、乙1、2、5、8、10の1、12、13、証人U、証人A、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができ、他に同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。なお、主要な認定根拠を末尾に付記しており、付記のない事実は、当事者間に争いがない事実である。
(1)契約書上の受託業務
 本件契約に係る契約書は、被告が受託した業務について、Y社「グループの事業承継に資するストラクチャーを策定することを目的として、その手法について提案し、主として日本およびシンガポールにおける税務について検討する業務」と定めていた。(甲5)
(2)第1回ミーティング
ア 平成31年2月8日、本件株式移転に関する第1回ミーティング(以下「2月8日ミーティング」という。)が開催された。
  このミーティングにおいて、Aからは「資本政策に係る検討」と題する資料(以下「本件検討資料」という。甲7、乙13)が、原告及びUからは平成30年9月30日時点におけるX社株式の保有状況等を記載した資料(乙10の1)が提出された。
イ 本件検討資料には、5パーセント要件に関して、①所得税法施行令281条6項所定の事業譲渡類似の株式譲渡に該当する場合には、株式譲渡益に対して所得税等が課税されること、②事業譲渡類似の株式譲渡とは、(ア)譲渡年以前3年以内のいずれかの時において、譲渡人が内国法人の発行済株式の総数の25パーセント以上に相当する数の株式を所有していたこと、(イ)譲渡年において、譲渡人が上記内国法人の「発行済株式の総数の5%以上」に相当する数の株式の譲渡をしたこと、という二つの要件を満たす場合における当該株式譲渡をいうことなどが記載されていた。上記「発行済株式の総数の5%以上」という部分は、他の記載部分とは異なり、赤字で記載されていた。
  そして、Aは、原告及びUに対し、本件検討資料を用いながら、本件株式移転について現物出資の方法を提案した。また、Aは、①25パーセント要件に関し、日星租税条約10条による税率の軽減を受けるためには、Y社がX社の議決権のある株式の25パーセント以上を保有する必要があること、②5パーセント要件に関し、移転株式数が発行済株式総数の5パーセント以上となれば、株式譲渡益に対して所得税等が課税されること、③5パーセント要件を充足しないと莫大な税負担が生じ得るため、同要件に注意すべきことなどを説明した。(甲7、31、32、乙12、13、証人A、証人U、原告本人)
ウ X社HD株式の保有状況等を記載した資料(乙10の1)には、ストックオプションが存在することを前提に、「ストックオプション行使により全ての潜在株が顕在化した場合」を想定すると、Y社の保有するX社株式が610万9500株以上となれば、Y社の保有割合が25パーセント以上となることが記載されていた。なお、原告及びUは、ストックオプションが行使された場合、X社の発行済株式総数が増加することを理解していた。(甲31、32、乙10の1、証人U、原告本人)
(3)第2回ミーティング及びその前後のやり取り
ア Uは、平成31年2月13日、Aらに対し、「先日の打合せで今回の移転株数について協議いたしましたが、今回は「◎◎◎◎様⇒Y社」へ260,000株移転でお願いします。」などと記載したメールを送信した。また、同メールには、株式移転後のY社による保有割合等を計算した結果も記載されていたところ、同計算結果は、ストックオプションが全て行使された後の発行済株式総数を前提として保有割合等を計算したものであった。(乙2)
イ 令和元年5月10日、第2回ミーティングが開催され、原告及びUから、同年4月30日時点におけるX社株式の保有状況等を記載した資料(甲8)が提出された。同資料には、平成30年9月30日時点における資料(乙10の1)と同様、「ストックオプション行使により全ての潜在株が顕在化した場合」を想定すると、Y社の保有するX社株式が610万9500株以上となれば、Y社の保有割合が25パーセント以上となることが記載されていた。
ウ Uは、令和元年6月10日、Aらに対し、株式の「移転時期については8/12~8/16、移転株数は前回協議より大量移動(120万株程度?)を考えております。」などと記載したメールを送信した。(乙5)
エ Aは、令和元年7月1日、Uに対し、本件株式移転に関与する専門家(税理士、会計士、弁獲士等)の業務分掌に関し、被告が担当すべき業務がY社の株式の評価及び現物出資(本件株式移転)に係るシンガポールにおける税務の検討であることなどを確認するメールを送信した。これに対し、Uは、同日、今後の業務分掌を上記メールのとおりとして進めたいなどと記載したメールを返信した。
(4)第3回ミーティング
ア 令和元年7月12日、第3回ミーティング(7月12日ミーティング)が開催された。
  このミーティングにおいて、Aからは本件シミュレーション資料(甲9、乙8)が、原告及びUからは同年6月30日時点におけるX社株式の保有状況等を記載した資料(乙1)が提出された。
イ Aは、原告及びUに対し、本件シミュレーション資料に沿った説明をしたところ、本件シミュレーション資料には、X社のストックオプションが全数行使された後に、発行済株式数が2443万8000株になることを前提として、原告からY社に移転する株式数をそれぞれ100万株、110万株、120万株、122万株とした場合、発行済株式総数に対する移転株式数の割合がそれぞれ4.09パーセント、4.50パーセント、4.91パーセント、4.99パーセントとなること、株式移転後におけるY社の保有割合がそれぞれ28.03パーセント、28.44パーセント、28.85パーセント、28.93パーセントとなることなどが記載されていた。そして、上記記載のうち、移転株式数を120万株とした場合のシミュレーションについては、青色でマーキングされていた。なお、上記シミュレーションは、いずれの場合も本件各要件を充足する結果となることを示すものであった。
ウ 令和元年6月30日時点におけるX社株式の保有状況等を記載した資料(乙1)には、同日時点における発行済株式総数が2375万7800株であり、「ストックオプション行使により全ての潜在株が顕在化した場合」には2443万8000株になること(すなわち、普通株式68万0200株に相当するストックオプションが存在していたことが読み取れる。)、原告が保有する120万株をY社へ移転した後の保有割合等が記載されていた。
エ 原告は、このミーティングにおいて、移転株式数を120万株として本件株式移転を行うことを決定した。
2 争点1(本件提案・助言義務の有無及びこれに対する違反の有無)
(1)本件提案・助言義務の有無

ア 原告は、本件契約について、コンサルティング業務であることを前提に、本件株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避できるよう、被告において本件提案・助言義務を負っていた旨主張するが、当裁判所は、被告が本件提案・助言義務を負っていなかったと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(ア)本件契約に係る契約書(甲5)を見ても、被告の受託業務について、「事業承継に資するストラクチャーを策定することを目的として、その手法について提案し、主として日本およびシンガポールの税務について検討する業務」と記載されているにとどまり(前記認定事実(1))、契約書上、被告の受託業務に移転株式数の提案・助言が含まれていたとはいい難い。また、専門家の業務分掌を確認するメールにおいても、被告の受託業務に移転株式数の提案・助言が含まれる旨の記載はない(前記認定事実(3)エ)。
  そうすると、契約書等において、被告の受託業務に移転株式数の提案・助言が含まれていたとは認められない。
(イ)Y社は、令和元年6月30日当時、X社の発行済株式総数(2375万7800株)の24.62パーセントに相当する株式を保有していたから(前記前提事実(2)ア)、原告からY社に対して発行済株式総数の0.38パーセントに相当する数の株式(約9万0280株)を移転すれば、25パーセント要件を満たす状況であったと認められる。他方、移転株式数を120万株として行われた本件株式移転において、移転株式数は発行済株式総数の5.04パーセントであったから(前記前提事実(6)イ)、移転株式数を約119万0476株(計算式は、120万株×(5%÷5.04%)である。)以下にすれば、5パーセント要件を満たす状況であったと認められる。そうすると、本件株式移転において、本件各要件を満たす移転株式数には相当の幅があり、一義的に定まるものではなかったといえる。
  その上で、移転株式数を具体的に何株にするかは、X社の支配関係や◎◎家一族による事業承継等の在り方に影響を及ぼし得る事項であるから、これについては、本来、原告及び資産管理会社であるY社において、自ら選択し決定すべき性質のものである。
  以上のように、移転株式数の決定には、税務関係にとどまらない考慮要素が多分に含まれていることに照らすと、原告らは、移転株式数を主導的に決定すべき立場にあったと認められる。実際に、Uは、平成31年2月13日、Aらに対し、被告から株式移転数に関する提案・助言を得ていないにもかかわらず、株式移転数を26万株にすることを一方的に伝達するメールを送信しているのであり(前記認定事実(3)ア。なお、Uは、この数値について、飽くまでも参考数値として少なくとも26万株という数値を提示したにすぎない旨陳述及び証言するが(甲31、証人U)、上記メールの文面上、そのように読むことはできない。)、このことは、被告において株式移転数について提案・助言する義務がなかったことを裏付けるものといえる。
(ウ)本件各要件を満たすような移転株式数を決定するには、本件株式移転時におけるX社の発行済株式総数を把握する必要があり、その前提として、本件株式移転時までのストックオプションの行使数の見込みについての情報(例えば、ストックオプションの権利者、権利行使価額とX社株価との大小関係、ストックオプションの行使期間等)を把握することが不可欠であるところ、税理士法人である被告がこのような情報を自ら入手し得たとは認められない(証人A)。そのため、仮に、被告において本件各要件を満たすような移転株式数を提案・助言すべきことになっていたのであれば、原告らから被告に対して上記情報のうち、原告らが把握していたものが提供されるべきところ、本件全証拠によっても、このような情報提供が行われたとは認められない。
(エ)以上の事情を総合すれば、被告は、原告らに対し、本件各要件を満たすような移転株式数を提案・助言すべき義務(本件提案・助言義務)を負っていなかったと認めるのが相当である。
イ これに対し、原告は、①本件契約を締結した目的は、被告の税務専門家としての知見を得ることにより日星租税条約上の恩典を受けるとともに、本件株式移転に伴う所得税等の負担を軽減・回避する点にあったから、本件提案・助言義務を負っていたことは明らかである、②本件シミュレーション資料のうち、移転株式数を120万株とするシミュレーションにマーキングをして、移転株式数を120万株とすることを原告に提案・助言したのは、被告が本件提案・助言義務を負っていたことを前提とするものである旨主張し、これに沿う証拠(甲31~33)を提出するほか、U及び原告はこれに沿う証言・供述をする(証人U、原告本人)。
  しかし、上記①について、本件契約の目的が上記のとおりであったとしても、そのことから直ちに被告が本件提案・助言義務を負っていたことが導かれるわけではないし、仮に原告が本件提案・助言義務を負うことを前提とした業務を委託し、被告がこれに応じたのであれば、業務内容の重大性から、そのことが契約書等において明記されるはずである。
  また、上記②についても、Uが移転株式数を120万株程度に増加させる意向を示したこと(前記認定事実(3)ウ)を踏まえ、原告らの意向に係る部分を強調する趣旨でマーキングをしたにすぎないと見ることができるから、必ずしも本件提案・助言義務があることを前提とするものであったとはいえない。
  上記に反する限度で、上記証拠(甲31~33、証人U、原告本人)は採用することができず、原告の上記主張を採用することはできない。
(2)ストックオプションが全数行使されることを前提とした本件シミュレーション資料の評価
 既に説示したとおり、被告は本件提案・助言義務を負っていなかったのであるが、原告は、Aが作成した本件シミュレーション資料について、X社のストックオプションが全数行使されることを前提としたこと自体が不正確で不適切であった旨主張し、これに沿う証拠(甲33~35)を提出するので、この点についても検討する。
 原告及びUは、2月8日ミーティングにおいて、Aから本件各要件の判定基準について説明を受けていた上、ストックオプションが行使された場合にX社の発行済株式総数が増加することも理解していた(前記認定事実(2)イ及びウ)。
 ここで、25パーセント要件の充足性を検討する際には、ストックオプションが最大限行使されること(それに伴いY社による株式保有割合が減少すること)を想定する必要がある一方で、5パーセント要件の充足性を検討する際には、ストックオプションが見込みどおり行使されないこと(全く行使されない場合も含む。)を想定する必要があることは明らかである。そして、Aによる上記説明の内容並びにその当時の原告及びUの理解度を踏まえれば、本件各要件につき上記のような想定をする必要があることは、原告及びUにおいて容易に理解できたというべきである。
 しかるに、原告及びUは、2月8日ミーティングの後も、Aに対し、X社HD株式の保有状況として、ストックオプション行使により全ての潜在株が顕在化することを前提とする数値のみを一貫して提示し続けており、しかも、そこに何らの留保・条件等も付されていなかった(前記認定事実(3)ア・イ及び(4)ウ)。
 そうすると、原告らと被告との間では、X社のストックオプション行使により全ての潜在株が顕在化することが被告による検討の前提となっていたと見ることができるから、本件シミュレーション資料においてストックオプションが全数行使されることを前提としたこと自体が不正確・不適切であったということはできない。上記に反する限度で、上記証拠(甲33~35)は採用することができず、原告の上記主張を採用することはできない。
3 争点2(本件説明義務の有無及びこれに対する違反の有無)
(1)本件説明義務の有無

ア Aは、7月12日ミーティングにおいて、本件シミュレーション資料を用いながら、移転株式数を120万株とした場合のシミュレーションについて説明したところ、この説明は、本件株式移転時までにX社のストックオプションが全て行使され、発行済株式総数が2443万8000株まで増加することを前提とするものであった(前記認定事実(4)イ)。ここで、令和元年6月30日時点で普通株式68万0200株分に相当するストックオプションが存在していたこと(前記認定事実(4)ウ)を踏まえれば、ストックオプションの行使状況によっては、移転株式数を120万株としたのでは5パーセント要件を充足せず、ひいては、原告が課税処分を受けるリスクが存在していたといえる。
  また、被告は、本件契約に基づき、税務についての検討業務を受託していたところ(前記認定事実(1))、税理士法人である被告にとって、上記リスクの存在を認識し、原告らに説明することは、容易であったと認められる。
  これらの事情を総合すれば、被告は、原告らに対し、ストックオプションの行使状況によっては5パーセント要件を充足せず、原告が課税処分を受けるリスクがあることについて説明すべき義務(本件説明義務)を負っていたと認めるのが相当である。
イ これに対し、被告は、原告らから課税リスクについて説明・助言するよう明示的な依頼を受けていないこと、原告らが顧問税理士に確認することにより課税リスクを知ることができたことなどからすれば、本件説明義務を負っていなかった旨主張し、これに沿う証拠(乙12)を提出するほか、Aはこれに沿う証言をする(証人A)。
  しかし、既に説示したとおり、ストックオプションの行使状況によっては原告が課税処分を受けるリスクが存在していたから、被告は、受託した税務についての検討業務の一環として、上記リスクを説明すべき義務を負っていたと認めるのが相当である。課税リスクの説明・助言について明示的な依頼を受けていなかったことや原告らに顧問税理士にいたことは、上記判断を左右するものではない。上記に反する限度で、上記証拠(乙12、証人A)を採用することはできず、被告の上記主張を採用することはできない。
(2)本件説明義務に対する違反の有無
ア Aは、2月8日ミーティングにおいて、原告及びUに対し、本件検討資料を用いて、莫大な税負担を避けるためには、5パーセント要件を充足する必要があり、そのためには、移転株式数が発行済株式総数の5パーセント未満である必要があることを説明した(前記認定事実(2)イ)。そして、どの程度の説明を行えば説明義務を履行したと評価できるかは、相手方の理解度等に応じて異なるところ、原告及びUがストックオプションの行使に伴って発行済株式総数が増加することを理解していたこと(前記認定事実(2)ウ)に照らせば、Aの上記説明は、ストックオプションの行使状況によっては発行済株式総数が変動して5パーセント要件を充足しない可能性があることの説明を含むものであったということができる。
  また、Aは、7月12日ミーティングにおいて、原告及びUに対し、本件シミュレーション資料を用いて、移転株式数を120万株とした場合の発行済株式総数に対する移転株式数の割合等を説明したところ、同資料には、記載のシミュレーションがストックオプション全数行使後の発行済株式総数を前提として計算されたものであることが明記されていた(前記認定事実(4)イ)。そして、原告及びUのその当時の理解度を踏まえれば、原告及びUは、Aの上記説明が飽くまでもストックオプションが全て行使された後の発行済株式総数を前提とするものであって、ストックオプションの行使状況によっては5パーセント要件を充足しない可能性があることを容易に理解することができたといえる。
  以上によれば、被告は、本件説明義務を履行したということができる。
イ これに対し、原告は、Aが7月12日ミーティングにおいて、ストックオプションが全て行使されることを前提とした説明をしたところ、ストックオプションの行使状況によっては5パーセント要件を充足せず、原告が課税処分を受けるリスクがあることについて、何ら言及・説明しなかったから、本件説明義務に違反した旨主張し、これに沿う証拠(甲31~33)を提出するほか、U及び原告はこれに沿う証言・供述をする(証人U、原告本人)。
  確かに、120万株を移転した場合に5パーセント要件を充足するとのAの説明は、本件株式移転時までにストックオプションが全数行使されること、それゆえ、ストックオプションの行使状況によっては5パーセント要件を充足しないこともあり得ることを前提とするものであったから、その旨を改めて明示的に説明した方が丁寧で分かりやすいものであったことは明らかである。
  しかし、既に説示したとおり、Aの説明内容、原告及びUのその当時の理解度に加え、ストックオプションの行使状況によって発行済株式総数が変化し、それに応じて5パーセント要件を充足しない可能性が生じることは容易に理解し得ることに照らすと、Aは、上記のような課税リスクについても説明したと評価することができる。
  これに反する限度で、上記証拠(甲31~33、証人U、原告本人)は採用することができず、原告の上記主張は採用することができない。

第4 結諭
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第43部
裁判長裁判官 本村洋平
裁判官 行廣浩太郎
裁判官 藤原拓未

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索