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解説記事2025年12月22日 未公開判決事例紹介 上場申請期の終了間際の監査契約解除を巡る事件(2025年12月22日号・№1104)

未公開判決事例紹介
上場申請期の終了間際の監査契約解除を巡る事件
東京地裁、上場準備費用の賠償を求める請求棄却

 本誌1103号40頁で紹介した上場申請期の終了間際に監査契約を解除した監査法人に対する損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇証券取引所への上場申請を目標としていた非公開会社(原告)が同社の上場申請に係る監査を受任した監査法人(被告)に対して、上場申請期の終了間際に監査契約を解除して上場に必要な監査意見を表明しなかったことにより上場準備が全て無駄になったと主張して約3,981万円の損害賠償を求めていた事件(令和5年(ワ)第20077号)。東京地裁は令和7年6月13日、被告である監査法人が違法の懸念を示した事項に対して原告は協議に応じる必要があったと指摘したうえで、原告が協議に応じなかったことが監査約款所定の解除事由に該当することなどから監査法人は損害賠償義務を負うものとは認められないと判断して原告の訴えを棄却した。

主  文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、3981万3767円及びこれに対する令和5年9月8日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 被告は、原告の上場申請に係る監査を受任したが、上場申請期の終了間際に上記監査契約を解除し、上場のために必要な監査意見を表明しなかった。原告は、被告の上記行為により、上場のための準備が全て無駄になった旨主張して、主位的に民法651条1項及び同条2項一号、予備的に契約上の債務不履行(同法415条1項)に基づき、損害金3981万3767円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年9月8日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 原告は、北海道内での新築建売住宅を中心とした不動産販売を行う非公開会社であり(甲1)、決算日は11月30日、一事業年度は12月1日から翌年11月30日である。
イ 被告は、財務書類の監査又は証明を組織的に行うことを目的として公認会計士が共同して設立した監査法人である(公認会計士法34条の2の2第1項、同法1条の3第3項)。監査・保証業務の他、株式上場業務に係る業務として、株式上場準備監査や株式公開のための財務調査を行っている。(甲2、3)
(2)原告と被告は、原告が、令和2年12月1日から令和3年11月30日までの事業年度(以下「令和3年11月期」という。なお、以後、事業年度については、その末日の属する時期によって、「〇年11月期」という。)に札幌証券取引所アンビシャス市場へ上場申請をすることを目標として、平成30年5月25日、株式上場のための予備調査手続の契約を締結し、被告が予備調査を実施した(以下「本件予備調査」という。甲5)。その後、原告と被告は、上場申請期直前2期及び上場申請期についての監査証明を取得するため(金融商品取引法193条の2第1項)、下記の契約締結日に、令和元年11月期から令和3年11月期までの監査について、以下のとおり監査契約を締結し(以下の各監査契約を総じて「本件監査契約」といい、事業年度毎の監査契約について、次のアないしウのとおり、「本件監査契約①」ないし「本件監査契約③」ということがある。)、被告は監査を実施した。(甲4、6ないし8)
 ア 本件監査契約①(甲6)
  契約締結日 平成31年3月1日
  監査期間 令和元年11月期(平成30年12月1日から令和元年11月30日まで)
  監査報告書の提出時期 株式上場申請時に遡って提出する。
  報酬 756万円(平成31年3月から令和2年2月まで、毎月末日限り63万円)
 イ 本件監査契約②(甲7)
  契約締結日 令和2年3月1日
  監査期間 令和2年11月期(令和元年12月1日から令和2年11月30日まで)
  監査報告書の提出時期 アに同じ。
  報酬 1430万円(令和2年3月末日限り110万円、令和2年4から令和3年2月まで、毎月末日限り120万円)
 ウ 本件監査契約③(甲8)
  契約締結日 令和3年3月1日
  監査期間 令和3年11月期(令和2年12月1日から令和3年11月30日まで)
  監査報告書の提出時期 アに同じ。
  報酬 1540万円(令和3年3月末日限り110万円、令和3年4から令和4年2月まで、毎月末日限り130万円)
(3)被告は、原告の令和元年11月期及び令和2年11月期の計算書類について、工事着手金の科目表示を「前渡金」と表示するように指導し、原告はこれに従った。しかし、被告は、令和3年2月中旬、原告に対し、工事着手金は「仕掛販売用不動産」と表示するのが適切であった旨指導した。(甲26、43、弁論の全趣旨)
  また、被告は、令和元年12月頃、令和元年11月期の監査手続の一環で金融機関に確認状を送付し、原告の預金残高の確認を行ったが、原告代表者の個人保証の情報が欠けていたため、令和3年2月頃、この点を確認するために確認状の再送付を行った。(甲19、41、42、弁論の全趣旨)
(4)原告の取締役会は、同年7月14日、被告には財務諸表の表記の誤指示及び金融機関への残高確認漏れ(上記(3))という監査品質管理上の問題点があるとして、令和4年11月期の監査につき被告を不再任とすること並びに令和3年11月期に札幌証券取引所に上場申請することを断念し、申請の直前1期の監査証明のみで上場できる東京証券取引所のTOKYO PRO Marketへ上場申請を行うことを決定した。(甲20、27、29)
(5)被告は、同年10月15日、原告に対し、以前原告が実施していた、住宅購入者及び住宅購入予定者(以下「住宅購入者等」という。)に対し「リフォーム準備金」として現金を交付するサービス(以下「本件サービス」という。)が違法である疑いがあるため、協議を要請する旨の文書を送付したが、原告は、違法行為の確たる証拠がないため、再調査は不要である旨回答した。原告と被告は、その後も何度かやり取りを行い、被告からは原告との面談の申し出等があったが、原告が再調査や面談に応じなかったため、被告は、同年11月4日頃、本件監査契約を解除した(以下「本件解除」という。)。(甲10、乙11ないし25の1)
(6)被告は、原告に対し、本件監査契約に係る監査報告書は提出していない。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告による本件解除が、民法651条1項に基づくか否か(争点1)
(原告の主張)
 原告が1(5)の再調査や被告との面談に応じなかったのは、被告が、本件サービスが違法であることの確たる証拠を提示せず、また、本件サービスについて無断で外部専門家(弁護士)に相談することで守秘義務に違反し、その改善策を提出しなかったためである。したがって、被告には、本件監査契約上の解除事由は存在せず、むしろ、被告には1(4)記載の監査上の不手際を顕在化させないという本件監査契約を不当に解除する動機があったことからすれば、被告による解除は民法651条1項に基づく解除である。そして、被告は、上場申請期の終了間際という原告に不利な時期に契約を解除したから、原告は、同条2項一号に基づき、被告に損害賠償を請求できる。
 なお、仮に原告の被告に対する対応が本件監査契約上の債務不履行に当たり得たとしても、それは重大なものではないから、そのことによって本件監査契約を解除することは許されない。
(被告の主張)
 被告が令和3年10月頃に本件サービスの違法性に疑念を抱いたことには理由があり、外部専門家への相談も守秘義務違反ではない。また、被告には監査上の不手際はなかったため、本件監査契約を不当に解除する動機はなく、被告は、本件サービスの違法性について面談及び再調査を求めた際の原告の対応が本件監査契約上の解除事由に該当したために契約を解除したのであるから、契約上の債務の不履行による解除(民法540条1項)であって、民法651条1項に基づく解除ではない。
(2)原告に不利な時期に解除しない義務の有無(争点2)
(原告の主張)

 仮に争点1の原告の主張が認められない場合でも、被告は、本件監査契約に基づき、原告に対し損害を与えないように誠実に行動しなければならない付随義務を負っていたから、最終監査対象事業年度(令和3年11月期)の終了直前に監査意見を表明することなく監査契約を解除したことで上記義務に違反したといえる。
(被告の主張)
 そもそも被告は、原告が主張するような付随義務を負っていないし、仮に負っていたとしても、被告が本件監査契約を解除するに至った経緯は上記(1)の(被告の主張)欄記載のとおりであって、そのような解除が信義則上の付随義務に違反するものでないことは明らかである。
(3)損害及び因果関係(争点3)
(原告の主張)

 被告が上場申請直前に本件監査契約を解除したことにより、原告が上場のために準備してきた費用は全て無駄になった。具体的には、原告は、被告に対し、本件監査契約に基づき3828万0167円を支払ったほか、札幌証券取引所アンビシャスヘの上場申請を目的として、株式会社Pに合計43万3600円を、また、TOKYO PRO Marketへの上場申請を目的として、S株式会社に合計110万円を、それぞれ支払ったため、これらの合計3891万3767円が損害となる。
(被告の主張)
 否認ないし争う。

第3 争点に対する判断
1 認定事実

 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)平成31年3月1日から令和3年3月1日にかけて本件監査契約が締結された(第21(2))。本件監査契約には、いずれも監査約款が添付されていて、本件監査契約と一体のものとされているところ、当該監査約款14条(なお、本件監査契約①では、同趣旨の定めは15条に規定されている。以下では、単に14条のみを掲げる。)は、本件監査契約の解除事由及び終了事由について定めている。
  そして、同条1項では、同項各号に該当する場合、本件監査契約を催告なしに解除できること、その場合、委嘱者は、監査着手前においては、既払金の返還を要求せず、監査着手後においては、契約上の支払期限にかかわらず、受嘱者が請求した報酬全額を直ちに支払うことが規定され、また、同項四号には、「委嘱者の役職員が受嘱者の業務遂行に誠実に対応しない場合等、受嘱者の委嘱者に対する信頼関係が著しく損なわれた場合」が掲げられている。なお、解除の時期や条件等に言及する規定はない。(甲6ないし8)
(2)原告は、平成30年11月期以前において、住宅購入者等に対し、本件サービスを行っていた。(乙7、弁論の全趣旨)
(3)被告は、本件予備調査の契約に基づき、同年7月30日から同年8月1日の3日間で往査を実施し、同年9月21日、「IPOショート・レビュー報告書」(乙54)を作成して、リフォーム準備金の一部の実態が不明で問題であることを指摘した。もっとも、ショート・レビューは、限られた日程内で原告から取得した情報に基づき実施したものであるため、その内容の正確性又は完全性を監査において通常実施すべき手続により直接的に確かめたものではない。(乙53、54の4頁及び91頁)
(4)弁護士K及び弁護士Oは、原告に対し、原告が、住宅購入者等が金融機関から住宅ローンの貸付を受けた後に、同住宅購入者に対しリフォーム準備金を交付した行為が、金融機関に対する詐欺の共同実行、教唆若しくは幇助となるのかという点について、以下のとおり、法律意見書(同年10月31日付け)を作成した(以下「本件法律意見書」という。乙7)。
 ア 原告が交付したリフォーム準備金は、顧客の要望に応じて案件ごとに決定されており、1物件概ね100万円から200万円程度であった(まったく交付していない案件も多数存在していた)。
 イ 金融機関による融資が決定された段階では、リフォーム準備金が交付されることは確定していなかったのだから、住宅購入者等において、金融機関に対し本件サービスを受ける予定である旨を告知する義務があったとはいえず、そうすると、住宅購入者に当該義務を履行しなかった欺罔行為があったとはいえない。
 ウ 金融機関による住宅ローンの審査では、不動産の売買代金額に重点が置かれておらず、本件サービスにより交付される金額が高額でないこと、原告の経済負担で抵当不動産の価値を高める結果となることからすると、本件サービスが実施される可能性があることが金融機関にとって重要な事実であったとはいえない。
 エ 住宅購入者による欺罔行為、金融機関の錯誤に基づく処分行為がいずれも認められないから、住宅購入者に詐欺は成立せず、そうである以上、原告が住宅購入者の欺罔行為の共同実行、又は教唆若しくは幇助をしたとも認められないから、原告が金融機関に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負うことはない。
(5)原告の元帳や「販売物件及び在庫一覧表」と題する書面によれば、原告は、リフォーム準備金として、5件につき300万円以上500万円未満、1件につき500万円以上1000万円未満、1件につき1000万円以上を住宅購入者等に支払った。(乙8、28、52)
  また、原告とその顧客との間の「札幌市◎◎区□□□□△丁目×××番×」の物件(以下「本件□□□□△丁目物件」という。)の不動産売買契約書(平成29年12月3日付け。乙9)には、売買代金が3330万円である旨記載されているが、同一不動産に関する「建売費用一覧」と題する書面(以下「建売費用一覧」という。乙10)には、実売価が2580万円である旨が記載されている。
(6)被告は、上記(5)の状況を認識し、令和3年10月頃、被告代理人らに本件サービスの違法性について相談した。被告代理人らは、原告は、「リフォーム準備金」相当額を上乗せして売買契約書上の売買代金を決定し、売買契約締結前に原告から顧客に対してリフォーム準備金を支払うことを決定していた可能性があること、そうすると、銀行としては、住宅購入予定者に対する融資は、リフォーム準備金を加えた額を物件の売買価格として実行したはずであるから、住宅購入者が実際の価格より高い名目的な販売価格を記載した売買契約書を金融機関に提出して融資を受けたことが欺罔行為に当たる可能性が高く、原告もそのような売買契約書を作成したことが幇助等に該当する可能性があることなどを指摘した。(乙13、15)
(7)被告は、上記(5)の書類及び上記(6)の被告代理人らの指摘からすれば、本件サービスが違法である疑いがあるところ、日本公認会計士協会監査基準委員会が作成した監査基準委員会報告書250「財務諸表監査における法令の検討」(令和元年6月12日最終改正版。以下「本件監査基準委員会報告書」という。乙26)第19項によれば、違法行為が疑われるなどの場合、当該事項につき経営者や必要に応じて監査役等と協議することとされているため、令和3年10月15日及び同月19日、原告に対し、原告の経営者や監査役等と協議する必要がある旨を通知した。(乙13、15、26の3頁)
(8)原告は、同月20日、外部専門家への相談は守秘義務及び公認会計士法27条に違反すること、被告の上記(7)の各通知は、具体的犯罪の構成要件を議論する内容ではないため、違法行為の確たる証拠を提示されなければ、再調査や面談は不要であること等を通知した。被告は、同月25日及び29日、原告に対し、合意解除あるいは協議要請に応じるように通知したが、原告がこれに応じなかったため、同年11月4日頃、本件監査契約の監査約款14条1項柱書及び同項四号に基づき、本件監査契約を解除した。(乙19、20ないし25の1)
(9)本件監査基準委員会報告書には、「監査人は、違法行為の疑いに関して十分な情報を入手できない場合、十分かつ適切な監査証拠が入手できないことによる監査意見への影響を評価しなければならない」(20項。「要求事項」内の「識別された違法行為又はその疑いがある場合の監査手続」に係る記載)、「監査人は、監査の実施過程で気付いた違法行為又はその疑いに関連する事項を、…監査役等とコミュニケーションを行わなければならない」(22項。「要求事項」内の「識別された違法行為又はその疑いについてのコミュニケーション及び報告」に係る記載)及び「監査人は特定の状況において、違法行為が財務諸表にとって重要でない場合でも、…監査契約の解除を検討することがある。例えば、その状況において監査人が必要と考える適切な是正措置を経営者又は監査役等が講じない場合や、違法行為又はその疑いにより経営者や監査役等の誠実性に疑義が生じる場合などが含まれる。」(A24項。「適用指針」内の「識別された違法行為又はその疑いがある場合の監査手続」に係る記載。)と記載されている。(乙26の4頁及び9頁)
2 検討
(1)争点1について

ア 上記認定事実によれば、被告は、令和3年10月頃、リフォーム準備金の一部が、本件法律意見書が前提としている額よりも100万円から800万円程度高額であること、本件□□□□△丁目物件について、原告が、購入者に750万円程度のリフォーム準備金を交付することを前提として売買契約書を作成した可能性があることを認識し、リフォーム準備金の適法性に疑問を持ったことが認められ(上記1(6)、(7))、実際に、原告は、7件について300万円から1000万円程度のリフォーム準備金を交付していること、本件□□□□△丁目物件の売買契約書と建売費用一覧の代金の記載が一致しないこと(上記1(5))からすれば、法律の専門家ではない被告が、本件法律意見書の前提とする事実と原告内部の書類の記載内容との齟齬を発見したことにより、本件サービスの適法性に疑念を抱くのは十分に考えられる。また、本件法律意見書は、本件監査契約締結前の本件予備調査の段階で作成されたものであり、本件予備調査はその内容の正確性又は完全性が保証されたものではなく(上記1(3))、そうだとすれば、本件予備調査の時点では、本件法律意見書を踏まえて一応問題がないと判断をしたものの、その前提となる事実が異なるなどしたため、被告が上記疑念を抱き、改めて調査し、法律の専門家である被告代理人らに、リフォーム準備金が300万円以上である場合には本件サービスが違法となる可能性がある旨指摘されたこと(上記1(6))も踏まえると、建売費用一覧が原告の正式な資料でなかった可能性を考慮しても、被告が、本件監査基準委員会報告書第19項に基づき、リフォーム準備金の違法性について、原告に協議を要請したことが不合理であるとは認められない。
  この点、原告は、①本件監査契約上の監査対象事業年度には本件サービスは廃止されており、本件サービスの違法性は監査対象に含まれないこと、②被告は、本件サービスの違法性について改めて疑問を抱く契機がなかったにもかかわらず、令和3年10月に突然本件サービスの違法性を指摘し始めたこと、③被告には、被告自身の監査の不手際が顕在化しないよう、本件監査契約を解除する動機があったことから、被告による違法行為の疑いは合理的なものではない旨主張する。
  しかし、①について、本件監査基準委員会報告書上、監査人は、違法行為の可能性を認識した場合には経営者や監査役等と協議の上、監査意見への影響を検討することを要し、違法行為が財務諸表等に重大な影響を与えない場合であっても解除を検討することを要する場合があるとされていること(上記1(9))からすれば、被告は、例え本件サービス自体は監査対象期間に行われていなかったとしても、その行為の当該監査対象期間への影響もあり得ることから、本件サービスが違法か否か、違法である場合、そのことが監査意見の表明に影響を与えないことを確認するための情報収集として、原告の経営者や監査役らとの間で協議を行う必要があったと考えられるため、本件サービスが監査対象期間に含まれていなかったという点のみをもって、被告が原告に協議を要請したことが不合理であるとは解されない。
  また、上記で検討したとおり、原告の総勘定元帳や本件□□□□△丁目物件の売買契約書等の記載により、被告が本件サービスの違法性に疑念を抱いたこと自体に特に不合理な点がないことからすれば、原告の上記②の主張に理由はないし、この点や被告に本件監査契約を解除する動機があったとの点(③)について仮に一定程度事実であったとしても、上記のとおり、被告と原告との協議は必要であったと認められるから、これらの事情は上記の結論を左右しない。なお、原告は、被告は何らかの監査意見を出せたはずであるのに、監査意見を提出しなかったことが原告の主張③の証左であるかのような主張もするが、違法行為の有無やその処理によって監査意見の内容が変わり得ることからすれば、被告が、それについて原告と協議して、本件サービスの内容等を確認するなどしなければ、監査意見を提出できないと考えたとしても不合理ではなく、原告の上記の主張を加味しても被告による違法行為の疑いが合理的なものではない旨の主張は採用できない。したがって、被告が、原告の本件サービスの適法性について疑問を持ち、原告に対して協議を要請したこと自体に不合理な点はなく、被告が、本件サービスの違法性について原告に協議を要請したことには理由があるから、原告は、本件監査契約と一体となる監査約款14条1項柱書及び同項四号に基づき、被告の業務遂行に誠実に対応し、被告からの協議の要請に応じる必要があったと認められ、原告がそれに応じなかったことから、本件監査契約が解除されたものと認められる。
イ さらに、原告は、原告が被告からの協議要請に応じなかったのは、被告が本件監査契約上の守秘義務に違反したためであり、原告が協議要請に応じなかったことには正当な理由があった旨主張する。しかし、仮に被告に守秘義務違反があったとしても、その違反に対する改善策等の提出を待たなければ原告が被告との協議に応じることができなかったなどの事情は認められないし、上記アのとおり、原告には本件サービスの違法性に関する協議に応じる必要があったことからすれば、原告が、被告による再三の協議要請(上記1(7)及び(8))にもかかわらず、これに対応しなかったことが正当化されるわけではないため、原告の上記主張は採用できない。
ウ 原告は、本件監査契約終了後になされるべき引継ぎがなされなかったことが本件監査契約上の義務又は善管注意義務に違反するなどとも主張しており、この主張の位置づけは判然としないが(上記ア③の間接事実の主張のようにも解される。)、いずれにしても、これをもって、上記アで検討した被告が原告の要請に応じなかった義務違反が正当化されるものではない。また、原告は、被告からの協議の申入れに対し、唐突な話で、被告が具体的な根拠を示さないことや従前の経緯などから、面談を拒絶し、書面でのやりとりを求めたにすぎず、被告は、そのやりとりを通じて、業務を遂行できたから、原告の対応は本件監査契約と一体となる監査約款14条1項四号の事由には当たらない旨も主張する。しかし、被告としては、被告代理人らの指摘により本件サービスの違法性に疑いを持ったものであり、本件監査基準委員会報告書の記載からすれば、協議を通じて内容を確認するなどする必要があると考えることは不合理ではなく、それにもかかわらず、頑なに書面による申入れがない限り応じないとする原告の対応からすれば、被告が協議を拒絶されているものと解したことも相当と認められるから、原告の上記主張は採用できない。また、原告は、原告の対応が本件監査契約上の債務不履行に当たり得るとしてもその経緯などに照らし重大なものではないから上記の監査約款14条1項四号の事由には当たらない旨も主張する。しかし、上記アで検討したとおり、被告が協議を求めた内容は、本件サービスの違法性にかかわるものであり、それについて原告が協議に応じない姿勢を示していたことからすれば、原告の対応が重大な債務不履行には当たらないとは言えないので、原告の上記主張は採用できない。原告はその他にも縷々主張をするが、いずれも理由がなく、認められない。
エ したがって、本件監査契約の解除は、民法651条1項に基づく解除であるとは認められないから、被告が同条2項に基づく損害賠償義務を負うものとは認められない。
(2)争点2について
 原告は、本件監査契約上、被告には原告に損害を与えないよう誠実に行動する付随義務があるため、原告にとって不利な時期に監査意見を表明することなく契約を解除したことは、同義務違反である旨主張する。
 しかし、本件監査契約と一体となる監査約款が、契約の解除事由及び終了事由を定める一方で、解除の時期や条件等について特段の定めを設けていないこと(上記1(1))からすれば、本件監査契約は、解除事由が生じた場合には、その時期に拘らず被告又は原告により解除することができるものであって、解除事由が生じている場合であっても、当事者の一方を害する可能性や、一方にとって不利な時期であれば解除を許容しないという趣旨のものであるとは解されない。本件では、上記(1)で検討したとおり、被告は、本件サービスの違法性について原告と協議をしなければ監査意見への影響を判断できなかった可能性があり、また、(1)で検討したとおり上記監査約款の14条1項四号で定める解除事由が存在していることから、被告には、原告にとって不利な時期に本件監査契約を解除しないという付随義務違反があったとは認められない。

第4 結論
 以上の次第であるから、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第16部
裁判長裁判官 餘多分宏聡
裁判官 松山美樹
裁判官 岡 春那

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