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解説記事2020年05月18日 新会計基準解説 企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」について(2020年5月18日号・№834)

新会計基準解説
企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」について
 企業会計基準委員会 専門研究員 山田哲也
 企業会計基準委員会 専門研究員 岡 聖也

Ⅰ はじめに

 企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という。)は、2020年3月31日に、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下「本会計基準」という。)を公表(脚注1)した。本稿では、本会計基準の概要を紹介する。なお、文中の意見に関する部分は筆者の私見であり、必ずしもASBJの公式見解を示すものではないことをあらかじめ申し添える。

Ⅱ 本会計基準の公表の経緯

 2016年3月及び2017年11月、公益財団法人財務会計基準機構内に設けられている基準諮問会議に対して、国際会計基準審議会(IASB)が公表した国際会計基準(IAS)第1号「財務諸表の表示」(以下「IAS第1号」という。)第125項にて開示が求められている「見積りの不確実性の発生要因」は財務諸表利用者にとって有用性が高い情報として日本基準においても注記情報として開示を求めることを検討するよう要望が寄せられた。
 その後、ASBJは2018年11月に開催された第397回企業会計基準委員会において、基準諮問会議より「見積りの不確実性の発生要因」に係る注記情報の充実について検討することがASBJに提言されたことを受けて審議を開始し、2019年10月に企業会計基準公開草案第68号「会計上の見積りの開示に関する会計基準(案)」(以下「公開草案」という。)を公表して広く意見を求めた。本会計基準は、公開草案に寄せられた意見を踏まえて検討を行い、公開草案の内容を一部修正したうえで公表するに至ったものである。

Ⅲ 本会計基準の概要

1 開発にあたっての基本的な方針
 ASBJは、開発にあたっての基本的な方針として、個々の注記を拡充するのではなく、原則(開示目的)を示したうえで、具体的な開示内容は企業が開示目的に照らして判断することとし、開発にあたっては、IAS第1号第125項の定めを参考にした。

2 会計上の見積りの開示目的
 財務諸表を作成する過程では、財務諸表に計上した項目の金額を算出するにあたり、会計上の見積りが必要となるものがある。会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものであるが、財務諸表に計上する金額に係る見積りの方法や、見積りの基礎となる情報が財務諸表作成時にどの程度入手可能であるかは様々であるため、財務諸表に計上する金額の不確実性の程度も様々となる。したがって、財務諸表に計上した金額のみでは、当該金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性があるかどうかを財務諸表利用者が理解することは困難である。
 このため、本会計基準では、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的とすることとしている。
 開示目的に関して、公開草案では「リスクがある項目」ではなく、「可能性の高い項目」とすることを提案していた。しかし、項目の識別の閾値が相当程度高く、記載の意図が正しく伝わらないという意見や、IAS第1号第125項を参考に項目の文言を見直すべきという意見が寄せられたことを踏まえて、公開草案の「可能性が高い」との記載を削除し、「翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目」に変更し、リスクには有利となる場合及び不利となる場合の双方が含まれることを明記した。
 ここで、これまでに企業会計審議会又はASBJから公表されてきた会計基準では、個々の会計基準において具体的な開示項目が規定され、当該規定を受けて制定された法令等に基づく開示がなされるという実務が行われてきたと考えられる。しかし、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目は企業によって異なるため、個々の会計基準ではなく、会計上の見積りの開示について包括的に定めた会計基準において原則(開示目的)を示し、開示する具体的な項目及びその注記内容については当該原則(開示目的)に照らして判断することを企業に求めることが適切と考えられる。
 なお、開示目的に関して、本会計基準に基づく開示は将来予測的な情報の開示を求めるものではないが、開示する項目の識別に際しては、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示するという開示目的を達成するために、翌年度の財務諸表に及ぼす影響を踏まえた判断を行うことを求めることとしている。公開草案では、考慮すべき将来の期間を翌年度としていた点に対して、翌年度以降の財務諸表に影響を及ぼす可能性がある項目とすべきという意見が寄せられた。しかし、開発にあたって参考としたIAS第1号第125項の定め及び当該定めに係る結論の根拠(脚注2)を踏まえた検討の結果、公開草案の提案を維持することとした。

3 開示する項目の識別
(1)項目の識別における判断

 本会計基準は、当年度の財務諸表に計上した金額に重要性があるものに着目して開示する項目を識別するのではなく、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を開示する項目として識別することを求めている。また、翌年度の財務諸表に与える影響を検討するにあたり、影響の金額的大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して判断するとしている。このため、例えば、固定資産について減損損失の認識は行わないとした場合でも、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを検討したうえで、当該固定資産を開示する項目として識別する可能性がある。一方、項目の識別について、判断のための詳細な規準は示していない。これは、すべての状況において有用な情報を開示することが可能となるように当該規準を定めることは困難であること及び会計基準において判断のための規準を詳細に定めなくとも、各企業で行っている会計上の見積りの方法を踏まえて開示する項目を識別できると考えられるためである。
(2)識別する項目
 本会計基準では、識別する項目は、通常、当年度の資産及び負債であるとしているが、これは、収益及び費用、並びに会計上の見積りの結果、当年度の財務諸表に計上しないこととした負債の識別を妨げることを意図していない。また、注記で開示する金額の算出における見積りを開示する項目として識別することを妨げることも意図していない。これについて公開草案では、識別する項目として、一定期間にわたり充足される履行義務に係る収益の認識、ストック・オプションの費用処理額の見積り等も例示していたが、寄せられた意見では例示がチェックリスト化してしまうとの懸念が示されたため、例示を削除することとした。本会計基準の基本的な考え方は、開示目的に従って開示する項目を識別するということであり、これにより企業の実態に合った開示がなされるとともに、重要性のない開示が行われないことで企業におけるコスト負担が過度にならないことが期待される。
 なお、直近の市場価格により時価評価する資産及び負債の市場価格の変動は、会計上の見積りに起因するものではないため、項目を識別する際に考慮しないこととしている。

4 注記事項
(1)注記事項

 本会計基準では、本会計基準に基づく注記を独立の注記項目とすることとしている。また、本会計基準に基づいて識別した項目に関する項目名及び当該項目のそれぞれについて、項目名に加えて次の事項を注記することとしている。
① 当年度の財務諸表に計上した金額
② 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報
 検討の過程では、会計上の見積りの開示については、本会計基準に基づき開示された情報であることを明瞭にすることが有用であると考えられたこと等から、IAS第1号第125項では求められていないものの、当該注記は独立の注記とし、識別した項目が複数ある場合には、それらの項目名は単一の注記として記載することを求めている(図表1を参照)。

(2)注記事項の内容
 本会計基準は、(1)①及び②の事項の具体的な内容や記載方法(定量的情報若しくは定性的情報、又はこれらの組み合わせ)については、本会計基準に基づく開示は企業の置かれている状況に即して情報を開示するものであると考えられることから、「2.会計上の見積りの開示目的」に記載した開示目的に照らして判断することとしている。このため、例えば(1)①の当年度の財務諸表に計上した金額の内容として、財務諸表に表示された金額そのものではなく、会計上の見積りの開示の対象項目となった部分に係る計上額が開示される場合もあり得ると考えられる。
 また、(1)②の会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報としては、例えば次のようなものがあるとしている。
① 当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法
② 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定
③ 翌年度の財務諸表に与える影響
 これらのうち、①及び②に関する情報は、財務諸表利用者が当年度の財務諸表に計上した金額を理解したうえで、企業が当該金額の算出に用いた主要な仮定が妥当な水準又は範囲にあるかどうかや、企業が採用した算出方法が妥当であるかどうか等を判断するための有用な情報となる場合がある。なお、②の主要な仮定については、①の当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法に対するインプットとして想定される数値(定量的な情報)若しくは当該定量的な情報の前提となった状況や判断の背景の説明(定性的な情報)又は定量的な情報と定性的な情報の双方の場合もあると考えられる。
 また、③の翌年度の財務諸表に与える影響に関する情報の開示は、当年度の財務諸表に計上した金額が翌年度においてどのように変動する可能性があるのか、また、その発生可能性はどの程度なのかを財務諸表利用者が理解するうえで有用な情報となる場合がある。当該影響を定量的に示す場合は、単一の金額のほか、合理的に想定される金額の範囲を示すことも考えられる。
 本会計基準では、注記の詳細さ(開示の分量)に関して特段の定めを置いていない。これは、注記の内容は企業によって異なるものであり、したがって開示の詳細さは各企業が開示目的に照らして判断すべきものと考えられたためである。これに関して、検討の過程では、上記①から③の事項がチェックリストとして用いられることを懸念する意見が寄せられたことから、これらの事項は例示であり、注記する事項は「2.会計上の見積りの開示目的」に記載した開示目的に照らして判断する旨を明記している。
 一方、本会計基準に基づき注記する内容については、個々の会計基準等により既に注記が求められている場合もあると考えられる。そのため、本会計基準は、会計上の見積りの開示以外の注記に含めて記載している場合には、会計上の見積りに関する注記を記載するにあたり、当該注記における記載を参照することができるとしている。
(3)連結財務諸表を作成している場合の個別財務諸表における取扱い
 本会計基準は、本会計基準に基づく会計上の見積りの開示について、原則として、連結財務諸表及び個別財務諸表の双方で同様の取扱いとすることとしている。
 ただし、注記の重複を避ける観点から、連結財務諸表を作成している場合に、個別財務諸表において本会計基準に基づく開示を行うときは、(1)②で示した「会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報」を参照することができるとしている。
 また、識別した項目ごとに当年度の個別財務諸表に計上した金額の算出方法に関する記載をもって(1)②で示した「会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報」の注記に代えることができる簡素化された開示を認めることとしている(図表2を参照)。さらに、この場合であっても、連結財務諸表の記載を参照できるとしている。これは、2013年6月20日に企業会計審議会から公表された「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」で取り上げられた「単体開示の簡素化」を踏まえたものである。

Ⅳ 適用時期及び適用初年度の取扱い

 本会計基準は、適用時期及び適用初年度の取扱いについて、図表3のように定めている。

 企業会計基準第24号第14項では、財務諸表の表示方法を変更した場合には、原則として表示する過去の財務諸表について、新たな表示方法に従い財務諸表の組替えを行うことを求めている。しかし、適用初年度の比較情報を開示するために過去の時点における判断に本会計基準を遡及的に適用した場合、当該時点に入手可能であった情報と事後的に入手した情報を客観的に区別することが困難であると考えられること及び多数の子会社を有している企業においては、比較情報を作成することが実務上煩雑であると考えられる。そのため、本会計基準に定める注記事項について比較情報に記載しないことができるとしている。

Ⅴ 未適用の会計基準等に関する注記における本会計基準の取扱い

 ASBJは、本会計基準の公表と同時に改正企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下「改正企業会計基準第24号」という。)を公表した。改正企業会計基準第24号では、未適用の会計基準に関する注記の定めが、既に公表されているものの未だ適用されていない新しい会計基準等全般に対して適用されることを明確化する改正が行われている。
 改正企業会計基準第24号の原則的な適用時期は2021年3月31日以後終了する事業年度の年度末に係る財務諸表からであり、それより前の、例えば2020年3月31日に終了する事業年度の年度末に係る財務諸表において本会計基準を早期適用しない場合、本来は未適用の会計基準に関する注記の対象にならない。
 しかし、改正企業会計基準第24号で未適用の会計基準に関する注記の対象として専ら表示及び注記事項が未適用の会計基準に関する注記の対象となることを明確化した趣旨に鑑みると、本会計基準の公表後、適用までの間は、改正企業会計基準第24号第22−2項(未適用の会計基準等に関する注記)を類推適用し、次の事項を注記することが適切と考えられ、強く推奨される。
(1)本会計基準の名称及び概要
(2)適用予定日に関する記述

Ⅵ おわりに

 本会計基準は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示するという原則(開示目的)に照らして具体的な注記事項を判断するといういわゆる原則主義的な考え方で一貫しており、チェックリスト的な運用につながる可能性のある例示については極力排除している。そのため、本会計基準に基づく開示対象となる項目の識別及び具体的な注記内容の決定にあたっては、各企業の実態に応じた判断が求められることにご留意いただきたい。

脚注
1 本会計基準の全文については、ASBJのウェブサイト(https://www.asb.or.jp/jp/accounting_standards/accounting_standards/y2020/2020-0331-02.html)を参照のこと。
2 「開示に係る期間が長くなればなるほど、開示が必要な項目の範囲は広がり、特定の資産又は負債について行われる開示は具体的なものではなくなっていく。期間が翌事業年度中を超える場合には、その他の開示によって最も目的適合性のある情報を不明瞭なものにしてしまうことがある。」と説明されている。

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