解説記事2020年09月14日 特別解説 欧州におけるIFRS第15号及び第16号の適用事例(2020年9月14日号・№849) ~ESMAが公表する執行決定事例集~
特別解説
欧州におけるIFRS第15号及び第16号の適用事例
~ESMAが公表する執行決定事例集~
はじめに
欧州証券市場監督機構(European Securities and Markets Authority。以下「ESMA」という。)は、欧州金融市場の機能を改善するために証券法規と規制の分野で活動し、欧州各国の金融規制当局間で投資家保護及び協力を強化することを目的とした欧州連合の専門機関である。その活動の一環としてESMAは、国際財務報告基準(IFRS)の適切な適用に関する関連する情報を財務諸表の発行者及び利用者に提供する目的で、欧州各国の執行者(規制当局等)による財務諸表に関する執行決定の機密データベースを開発・運用しており、そこからの抜粋をホームページに公表している。後述の表に記したように、事例集は第24巻まで公表されており、このうち、2015年11月に公表された第18巻までは、日本公認会計士協会が和訳を行っている。事例集の原文と和訳ファイルは、日本公認会計士協会のホームページから入手できる。ESMAによる執行決定事例集の全体的な説明や第23巻までで公表された事例の紹介は、本誌No.817(2020年1月6日号)を参照いただくとして、本稿では、2020年4月2日に公表された直近の事例集(第24巻)の概要と、掲載されている事例のうち、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」とIFRS第16号「リース」に関するものを紹介したい。
なお、本稿で紹介する事例はいずれも、ESMAのホームページに公表されている英文を筆者が和訳したものである。

これまでにESMA が公表した執行決定事例集
これまでにESMAが公表した24巻の執行決定事例集について、公表時期と含まれる事例の件数とを一覧にすると表のとおりである。
事例集第24巻に収録されている事例集
直近に公表された事例集第24巻に収録されている8つの事例と、関連するIFRSの基準書は次のとおりである。
1. 履行義務の識別(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
2. 繰上償還オプション付きの借入金に関する流動性リスク(IFRS第7号「金融商品:開示」)
3. IFRS第9号の初度適用による会計方針の変更に関連する繰延税金資産(IFRS第9号「金融商品」、IAS第12号「法人所得税」)
4. 事実上の支配の評価(IFRS第10号「連結財務諸表」)
5. 収益の分解(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
6. 要約期中損益計算書の表示(IAS第34号「期中財務報告」)
7. 枠組み契約の会計処理(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
8. リース契約の構成単位の識別(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」、IFRS第16号「リース」)
具体的な執行決定事例
具体的な執行決定事例は、冒頭に表題と対象となる決算期末日、論点のカテゴリー、関連する基準書が明示された後、本文は、「発行者(財務諸表の作成者)の会計処理についての説明」、「執行決定(the enforcement decision)」 及び「執行決定の根拠」の3部構成となっている。本稿では、IFRS第15号及びIFRS第16号に関連する以下の4件の事例を要約して紹介したい。
1. 履行義務の識別
2. 収益の分解
3. 枠組み契約の会計処理
4. リース契約の構成単位の識別
① 履行義務の識別
会計期間末日:2018年6月30日
対象領域:収益、履行義務
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
発行者は石油・ガス産業で事業を行っており、特定の地域の石油埋蔵量を評価できるような地下の地質の画像と測定に関する調査結果を顧客に提供するサービスを行っている。これらはライセンス契約を通じて顧客に提供される。
ライセンス契約には一次販売と二次販売がある。一次販売の場合、顧客は通常調査が始まる前に契約を結び、二次販売の場合は調査の終了後に顧客に販売する。それぞれで販売される最終的なライセンスは同一(同じ処理データが含まれている)であり、価格はどちらも同額である。
データの収集と処理を経てライセンスが付与されるが、処理される前のデータが重要な役割を果たすことはない。
一次販売の顧客は理論的には契約を途中で終了できるが、その場合には最終ライセンスを含む契約の総額を支払う必要があるため、契約を終了させることはない。二次販売の場合、IFRS第15号に基づく収益の認識はIAS第18号と同じ(顧客にライセンスを提供した時点で認識する)であると発行者は考えた。
一次販売については、IFRS第15号の適用前は、発行者は時間の経過に伴って収益を認識していたが、IFRS第15号の第27項から第29項の要件の分析に基づき、発行者には単一の履行義務しかないと考えた。これは役務のフェーズ(収集及び処理中のデータへの継続的なアクセス)はライセンスの構成要素にすぎず、ライセンスと区別できないためである。
また、顧客に提供される最終的なライセンスは調査の過程で収集及び処理された未加工データに依存するため、IFRS第15号の第29(c)項に従い、発行者は、商品又は役務は相互依存性が高いと考えた。
そして発行者は、最終的なライセンスにはライセンスを使用する権利の特徴があると考えた。IFRS第15号の第B58(a)項のライセンスにアクセスする権利の規準は、ライセンスが発行者の将来の活動の影響を受けないために満たされない。
その結果発行者は、収益はある一時点で認識されるべきであると考えた。すなわち、一次販売契約と二次販売契約の両方の収益が同じ時点で認識されることになる。
(執行決定)
執行者は、発行者の分析及びIFRS第15号に従って収益を計上する方法に異議を唱えなかった。
(執行決定の根拠)
執行者は、1つの履行義務の存在を正当化する発行者の根拠は、IFRS第15号に基づいて適切であると考えた。発行者の活動と契約の理解に基づき、執行者は、いかなるサービス要素も重要な価値はないと考えた。
執行者は、発行者の競合他社の会計方針も検討した。実質的な契約条件が同一である場合、一次販売契約はライセンスを使用する権利と見なされ、ライセンスが顧客に譲渡された時点で収益が認識されていた。この時点は通常、調査の処理が完了し、完成したデータへのアクセスが許可されたとき、又は完成したデータが顧客に引渡された時点である。役務提供期間中に受領したすべての金額は、契約負債として会計処理された。
② 収益の分解
会計期間末日:2018年12月31日
対象領域:収益、収益の分解
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
発行者は一次鉱物及び二次ミネラルサンド製品(「二次鉱物製品」)の生産者である。発行者は、3つの主要な製品ライン(製品ラインA、B、及びC)ごとに収益を分解して財務諸表のセグメント報告注記に開示した。製品ラインA及びCは一次鉱物製品に関連している。
2018年の決算発表と同時に発表されたWebサイトでのプレゼン資料では、3つの製品ラインのうちの1つ(製品ラインB)の収益が、一次鉱物製品ライン(製品ラインB1)と二次鉱物製品ライン(製品ラインB2)に分解された。その結果4つの製品ラインが表示された。
収益の分解を決定する際に発行者は、基礎となる経済特性の違いにもかかわらず3つの主要な製品カテゴリーへの分解が適切であると判断した。その結果、1つの主要な製品ラインの主力製品と二次的な製品の両方の収益がセグメント報告注記の開示目的で合算された。
(執行決定)
発行者は、IFRS第15号の第114項に従って、収益のさらなる分解を提供しなければならないと執行者は考えた。
(執行決定の根拠)
執行者は、財務諸表の注記で開示された1つの製品ライン(製品ラインB)の収益情報は一次及び二次鉱物について集約されたが、発行者の収益に関するプレゼン資料及び年次報告書のその他のセクション内の説明的開示では、分解された情報が提供されたと指摘した。また執行者は、一次鉱物製品と二次鉱物製品は異なる価格変動の影響を受けることに留意した。
執行者はIFRS第15号の第114項が、顧客との契約から認識された収益を、収益とキャッシュ・フローの性質、量、時期、不確実性が経済的要因によってどのように影響されるかを示すカテゴリーに分解することを発行者に要求することを想起した。
一次鉱物製品は二次鉱物製品と比較して品質等級が高いため、執行者は、一次鉱物製品と二次鉱物製品の両方について、外部経済要因がトンあたりの価格に異なる影響を与えると考えた。さらに執行者は、発行者がその財務業績を評価するために(財務諸表におけるセグメントの開示以外に)他の情報を使用していたことを指摘した。二次鉱物製品の顧客基盤が異なり、一次鉱物製品の価格と比較して価格が変動することを考えると、IFRS第15号に従って、製品ラインBの収益をさらに細かく分解する必要があった。
③ 枠組み契約の会計処理
会計期間末日:2018年12月31日
対象領域:履行義務
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
発行者は自動車産業の事業会社である。発行者は自動車部品を製造し、相手先ブランド供給(OEM)で販売している。これらの部品の製造プロセスでは、発行者は、発行者が設計し、第三者である供給者が製作した金型を使用する。
OEM先が発行者を部品の供給者として選定すると、両方の当事者が指名書に署名する。 この文書には、推定プログラム寿命、推定年間部品量、製造開始日、使用する金型の仕様、使用する金型数及び金型の価格などの情報が含まれている。指名書では金型がOEM先の所有になることが規定されているが、部品の顧客(OEM先)へ対する確定納入量は決められていない。確定量はOEM先が発注書を発行した時に決定される。
指名書に署名後、発行者は金型の設計を開始する。約2年後に金型が完成して承認され、プロトタイプ部品が承認され、OEM先が部品の発注を開始する。
収益認識プロセスに関するIFRS第15号のステップ1で、発行者は、指名書が金型と部品両方の販売契約として適格であると考えた。しかし契約では、発行者が引渡さなければならない部品の見積り最小数量が示されただけで、OEM先への確定納入量は含まれていなかった。
発行者は、最小限の部品の信頼できる見積りを行えることや過去の経験に基づくと、部品の実際数がこの量を下回らない可能性が高いと主張した。その結果発行者は、強制可能な権利と義務が両方の当事者、金型及び部品に対して創出され、両方の項目のセットについて契約が存在すると判断した。
発行者は、金型は部品とともに1つの履行義務を形成すると見なし、金型に関連する収益を、部品に関連する収益とともに時の経過に従って認識した。
(執行決定)
執行者は分析に同意せず、2つの履行義務を組み合わせるのではなく、別々に会計処理しなければならないと考えた。
(執行決定の根拠)
金型の販売については、IFRS第15号の第9(b)項に従って両当事者の権利と義務を識別できるため、署名された指名書は契約として適格である。
部品の販売については、指名書には物量の見積りが含まれているがOEMの確定量は含まれていない。IFRS第15号では、最小予想数量を顧客の確定量として適格と認めていないため、執行者は、発行者が特定の量の部品を生産する権利はないと考えた。指名書に署名して約2年後に発行が開始される発注書と合わせて、両当事者に対して権利と義務が確定される。したがって部品については、指名書は契約としてではなく、枠組みの合意としてのみ適格である。したがって、金型の販売と部品の販売には別々の契約がある。
執行者は、両方の契約はIFRS第15号で別々に分析されるべきであり、一方の契約の収益は、他方の契約の収益とは別に認識しなければならないと考えた。これにより発行者は、金型に関連する収益は、部品に関連する収益の認識が始まる前に認識しなければならない。
④ リース契約の構成単位の識別
会計期間末日:2018年6月30日
対象領域:不動産のリース、リース契約におけるリースではない構成要素の分離、代理人と本人の評価
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」、IFRS第16号「リース」
(発行者の会計処理に関する説明)
発行者は、不動産の管理と開発を中核事業とする不動産会社である。その収入の大半は、不動産の貸手と資産運用者としての活動によって生成される。総収入は、賃料収入とテナントに課される運営費で構成される。運営費の例としては、廃棄物処理、資産管理、共用施設の費用、ガス、電気、温水の供給費がある。
現地の法律及び規制に従い、賃貸人は資産の使用及び操作時に発生するすべての費用を負担する。賃貸人とテナントは、テナントに請求される建物全体(煙突掃除、昇降機サービスなど)及び特定の賃貸単位(特定の単位の温水供給、ガス、電気など)の運営費用を指定できる。
一部のユーティリティ(ガスと電気)については、テナントは第三者と直接購入契約を結ぶことができる。賃貸人が供給者と契約を結ぶと、テナントの消費量に基づいてテナントに費用が請求される。これらの費用は、建物ではなく賃貸単位の運営費用である。
リース要素から生じる賃貸収入はIFRS第16号の範囲に含まれる。ただし、発行者はリース契約で規定されている非リース要素を特定し、IFRS第15号に従って分割して個別に会計処理する必要があるかどうかを評価した。
建物の運営費用(煙突掃除、昇降機サービス等)について、発行者はそれが本人であると考えた。したがって、発行者はテナントに請求した建物の運営費用にIFRS第15号を適用した。
賃貸単位の運営費(温水、ガス、電気)については、発行者は代理人としての役割を担っていると判断した。温水、ガス、及び電気に関する対価が別個の非リース構成要素を構成するものではないと評価したため、発行者はIFRS第16号を適用した。
(執行決定)
執行者は、建物の運営費用に関する発行者の会計処理に異議を唱えなかった。しかし執行者は、賃貸単位の運営業務を手配するための発行者の役務の会計処理には同意しなかった。執行者は、これらの役務はリースではない別個の構成要素であり、そのためそれらはIFRS第15号に基づき会計処理されると考えた。さらに執行者は、発行者は、温水供給については本人、ガスと電気の供給については代理人として行動していたと考えた。
(執行決定の根拠)
IFRS第16号の第12項によれば、リース契約で規定されている非リース要素は、リース要素から分離され、IFRS第16号は、契約のリース要素にのみ適用されなければならない。
この場合、テナントは賃貸料と引換えに特定の期間、賃貸単位を使用する権利を有するため、IFRS第16号が適用される。発行者は、建物及び賃貸単位の運用サービスが非リース構成要素であるかどうか(IFRS第15号が適用されるか)を評価しなければならない。
執行者によると、発行者がリース以外の構成要素である役務の代理人として行動する場合、発行者はIFRS第15号に基づいて、第三者が提供する特定の商品又は役務の手配と引換えに、その権利が期待される手数料の額でのみ収益を認識することになる。
執行者は、事実パターンでは、セントラルヒーティング工場から温水を供給する際に、発行者が主要な役割を果たすと考えた。発行者は、このサービスに必要なユーティリティ(石油やガスなど)を購入し、要求に応じて温水を生成するため、テナントに供給される前に温水を支配する。IFRS第15号によれば、関連する規準は、個々のテナントに引渡す前に発行者が役務の支配を獲得するかどうかである。
事実パターンでは、発行者は、ガスと電気については(i)消費又は在庫リスクを負わない、(ii)独自の価格を設定できない、及び(iii)役務のマージンを獲得しないため、ガスと電気をテナントに引渡す前に支配することができない。そのため、発行者はガスと電気を手配する役務に関する代理人として機能すると執行者は考えた。
おわりに
2018年12月期からIFRS第15号、翌年の2019年12月期からIFRS第16号の適用がそれぞれ開始された(いずれも早期適用が可能)。ESMAが公表する事例集の第23巻までは、IFRS第15号及びIFRS第16号の事例が収録されていなかったが、本年4月に公表された第24巻には、本稿でも紹介したように、IFRS第15号が適用される事例が一気に4件掲載されたほか、IFRS第16号が適用される事例も1件掲載された。このスピード感には改めて驚かされる。今後もこの事例集は年に2回程度のペースで公表が続けられる予定とされていることから、次号以降も最新のトピックが盛り込まれたものが公表されるのではなかろうか。今後ともこの事例集には引き続き注目し、機会があれば掲載された事例を紹介したいと考える。
〜参考〜
日本公認会計士協会ホームページ IFRSケー ス・スタディ
本誌No.818(2020年1月6日号) 欧州におけるIFRSの適用事例 〜ESMAが公表する執行決定事例集〜
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