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民事2013年08月23日 被害者側の立場から見た自転車事故と保険 ―神戸地裁平成25年7月4日判決― 執筆者:吉野慶

1 神戸地裁判決の概要と意義

 すでに報道等でご存じの方も多いと思われますが、歩行中の女性が小学5年男子児童(当時)の自転車にはねられて頭の骨を折るなどの重傷を負いその後寝たきりの状態になったとして、男児の母親相手に、被害者と被害者に保険金を支払った保険会社が計約1億500万円の損害賠償を求めた訴訟で、神戸地方裁判所は、平成25年7月4日母親に合計で約9,520万円(被害者に約3,520万円、保険会社に約6,000万円)の支払いを命じる判決を言い渡しました(なお、本判決に対しては加害者側が控訴しており、今後は高裁で審理がなされます)。
 この「9,520万円」という賠償金額は、裁判において自転車の側に認められた賠償金額としては過去最高額ということで世間の注目を浴びており、それゆえ「加害者側」の賠償資力の観点から、賠償金を填補するための保険(いわゆる個人賠償責任保険)への加入の重要性が改めて強調されています。
 他方で、被害者側の立場から見れば加害車両が自転車であろうと自動車であろうと、ある日突然他人の不法行為によって重傷を負い、寝たきり状態になるという重大な「損害」を被っている以上、その損害の賠償を求めることは当然のことです。しかし、相手方が無資力・無保険の場合においては現実的な支払を受けることは困難であり、被害者の立場からも、保険の存在が重要であることは言うまでもありません(本件で加害者側が個人賠償責任保険に加入していたのかどうかは現時点では不明です)。
 本コラムでは、主として「被害者側の立場」から自転車事故による損害と保険の重要性について述べたいと思います。

2 損害賠償額について

 本判決が特に注目されているのは「9,520万円」という賠償額の高さにあると思われますが、実際には、交通事故、特に自動車事故における賠償額としては決して高額ではありません。
 一般に、交通事故による損害費目としては治療費や休業損害等の他、将来の逸失利益(事故に遭わなければ得られたであろう将来の収入金額)及び精神的な慰謝料が挙げられます。しかし、さらに本件のように被害者に重篤な後遺障害が残存し、将来にわたって他人の介護なしでは生活できない状況となった場合には、その「将来の介護費用」もまた損害となります。
 この「将来の介護費用」は、一般に近時の裁判では、ほぼ寝たきり状態のような重篤な後遺障害が残存した場合、家族介護で1日当たり8,000円程度、職業介護人の場合には1日当たり1万5,000円~2万円程度が認定され、それが被害者の平均余命全期間について認められます。被害者の年齢にもよりますが、結果としてかなりの高額となり、近時の判決では賠償金額が総額で2億円~3億円以上認められた事例も少なくありません。賠償金額だけで言うと、一般的には被害者が亡くなったケースよりも、一命は取りとめたものの重篤な後遺障害が残存したケースの方が、「将来の介護費用」が損害として加わるため賠償金額は高額となるのです。
 本判決で認定された損害の主な内訳は、①将来の介護費用約3,940万円(1日当たり8,000円)、②逸失利益約2,190万円、③後遺症に対する慰謝料2,800万円ということですので、やはり「将来の介護費用」の占める割合が大きくなっています。

3 自転車事故による損害賠償請求と保険

 では、自転車事故により重大な損害を被った場合に、被害者はどのようにその損害を請求すればいいのでしょうか。
 被害者は加害者に対し、民法709条に基づく損害賠償請求をすることになりますが、一般的に加害者が個人である場合、数千万円から数億円もの賠償金額を自己資金だけで一括で支払えることはまずありません。そこで、個人賠償責任保険の存在が重要となってくるのです。
 ただし、一般に個人賠償責任保険は「限度額1億円」である商品が多く、当然、それを超える部分は保険では填補されないことに注意すべきです(掛金次第では、5,000万円や3,000万円が限度額のものもあります)。本件は偶然か意図的かわかりませんが、判決による認定損害額がぎりぎり1億円以内に収まっているため、仮に加害者側が限度額1億円の個人賠償責任保険に加入していれば、全額保険でカバーできると考えられます。
 なお、個人賠償責任保険は、加害者が業務中の事故の場合には支払われません。

4 過失相殺

 さらに、被害者側にも落ち度がある場合は、自転車事故においても当然に「過失相殺」の法理(民722)によって、加害者に対する請求金額が減額されることがあります。特に自転車同士の事故の場合には、自転車も「軽車両」である以上道路交通法の定める種々の規制を受けますので、被害者側に信号無視、飲酒運転や2人乗り、夜間のライト非点灯、(児童・幼児の)ヘルメット不着用、携帯電話や傘差し運転等の事情が認められれば、相当な割合で減額され、また被害者が歩行者の場合であっても明らかな信号無視や急な飛び出しなどの場合には減額されることがあります。
 双方に過失があるとされた場合には、その自己の過失分に相当する損害については加害者に対して請求できないことはもちろん、加害者が加入していた個人賠償責任保険等からも該当分の保険金は支払われません。賠償責任保険はあくまでも「加害者が被害者に対して法律上負担する損害賠償債務」をカバーする保険であり、過失相殺によって減額された分については加害者は法律上の損害賠償債務を負担しない以上、保険会社もその分は支払わないのです。

5 人身傷害保険の場合

 ところで、本判決では、被害者のみならず「被害者に保険金を支払った保険会社」に対しても約6,000万円を支払うよう命じていますが、これはどういうことでしょうか。おそらく、被害者自身が加入していた任意の自動車総合保険の保険会社が被害者に対し「人身傷害保険金」を支払ったことから、その代位求償(簡単に言えば回収)として、加害者に対して請求したものと考えられます(被害者はその約6,000万円を控除した残余の損害について加害者にさらに請求しています)。
 この人身傷害保険というのは、昨今の自動車総合保険には当然に含まれているもので、原則として「自動車」の運行に起因する事故により被保険者が被った人身損害について、(自分の加入している保険会社から)約款に定められた損害額基準に基づいて算出された損害額の補償を受けることができるというものです。この保険は、被保険者自身の過失の有無や程度にかかわらず(ただし重過失の場合は除きます)、また、相手方の自動車が無保険であった場合や、加害者がいない自損事故であっても約款に定められた損害額基準に基づいて算出された損害額の全額の補償を受けることができることが特徴です。
 ただし、人身傷害保険金を支払った保険会社は、その限度において被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するため、保険会社は、その後加害者に対して求償することができるのです。
 もっとも、本件では加害車両は自動車ではなく「自転車」です。そのため、原則として「自動車」の運行に起因する事故を補償の対象とする人身傷害保険の対象とはならないのですが、近時は、この人身傷害保険のさらに特約として自動車以外の「交通乗用具」(自転車、ベビーカー、車椅子、電車、モノレール等)による事故についても幅広く補償する特約があり、この特約を付けておくと、自動車以外の交通乗用具によって人身損害を負った場合にも補償を受けることができるのです(ただし、現時点では、この特約を販売している保険会社は多くはありません)。本件はまさにこの特約に基づいて人身傷害保険金が支払われたものと思われます。
 したがって、被害者の立場からすると、このような人身傷害保険の特約を付けておくと、仮に相手が無保険であったり、自分に相当な過失があったとしても、それとは関係なく自転車事故による損害についてある程度の補償を受けることができます。

6 傷害保険の場合

 この他に、自転車事故によって怪我等をした場合に支払われる保険の典型的なものとしては「傷害保険」があります。
 傷害保険は、一般に「急激かつ偶然な外来の事故」によって被保険者が傷害を被り、その結果として死亡若しくは後遺障害が残存した場合、又は入通院等をした場合に「定額」の保険金が支払われるというもので、その中には交通事故による傷害に限定した「交通事故傷害保険」というものもあります。「自転車保険」と呼ばれているものの多くは、この交通事故傷害保険に特約として賠償責任保険が付いているものです。いずれも、被保険者自身の過失の有無や程度にかかわらず(ただし重過失の場合は除きます)一定額の保険金が支払われるものですが、人身傷害保険と比べ一般に保険金額が低いものが多く、補償としてはやや不十分と言わざるを得ません(死亡の場合でも保険金は2,000万円から3,000万円のものが多いです)。
 傷害保険は人身傷害保険とは異なり、支払った保険会社が加害者に対して代位求償することはありませんので、被害者は傷害保険金受領の有無や金額に拘らず加害者に賠償請求することができます。しかし、繰り返しますが、現実に支払って貰えるかどうかは加害者の賠償資力、つまり、賠償責任保険に加入しているか否かによるのです。
 結局、自転車事故については、自分が加害者になる場合に備えることは勿論ですが、(自動車事故と比較して加害者が賠償責任保険に加入していないケースがなお多いため)被害者になった場合に十分な補償を受けるためにも、自らが保険に加入しておくことが重要なのです。…当然のことながら、事故を起こさない努力を怠らないのは大前提での話です。

(2013年8月執筆)

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