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一般2019年09月10日 「契約自由の原則」雑感(法苑188号) 執筆者:長谷川俊明

 法学部における民法の最初の講義で、近代私法の三大原則である所有権の絶対性、契約自由の原則、および過失責任主義を教わった。そんな大原則のひとつにつき、契約実務に長年携わってきた一弁護士の「雑感」を綴ってみたい。

民法改正による「契約自由の原則」の明文化
 契約自由の原則は、基本原則であるにもかかわらず、平成二九年改正まで、民法にはこれについての規定がなかった。あまりにも基本的な大原則なのであえて書くまでもないと考えられたからか。多少でも調べてみようとの気になった。
 契約自由の原則は、個人の契約関係は契約当事者の自由な意思によって決定されるべきで、国家は干渉してはならないとする原則である。同原則は、<1>契約締結の自由、<2>契約相手方選択の自由、<3>内容決定の自由、および<4>方式の自由に分類できる。
 改正民法は、<1>~<4>のすべてについて規定した。新設の五二一条一項が「…契約をするかどうかを自由に決定することができる」として<1>と<2>を、同条二項が「…契約の内容を自由に決定することができる」として<3>を、やはり新設の五二二条二項が「契約の成立には…書面の作成その他の方式を具備することを要しない」として<4>をうたう。
 なぜ、改正民法がいまさらのように契約自由の原則につき、細かく規定したのであろうか。
 今般の改正のポイントを契約法に関してまとめるならば、当事者の自由な意思を極力尊重すること、になるであろう。この点は、改正の随所に表れている。「表示された動機の錯誤」の規定(九五条二項)もそのひとつである。「動機」は、ほぼ契約の「目的」だが、これが「表示されていたときに限り」取り消せるとした。
 また、売買契約などにおける売主の「瑕疵担保責任」は、「契約不適合責任」に変わったが、この責任を追及するには、契約の目的や内容をはっきり決めなくてはならない。
 契約自由の原則を明記したのは、現代社会における同原則への批判が高まったからでもある。民法改正で、「定型約款」に関する規定を新設し、相手方の利益を一方的に害する条項については「合意をしなかったものとみなす」(五四八条の二)としたのは、そのためである。
 すなわち、資本主義が高度化するなかで、契約当事者の自由意思を尊重するならば、結局のところ、独占的なより強い交渉力をもった企業による契約内容の押し付けの横行につながりかねない。いわゆる附合契約(附従契約)の規制が求められる由縁である。
 契約自由の原則の例外として約款規制を導入した反面、改正民法五二二条二項は、「契約の成立には…書面の作成その他の方式を具備することを要しない」として、国連国際物品売買条約(いわゆるウィーン条約)同様の規定をすることを意識しつつ、契約の成立に書面性を大陸法より広く要求する英米法の詐欺法(statute of frauds)を否定した。
 なお、改正民法の「契約不適合責任」は、英米契約法の黙示の保証・担保の原則に基づくウィーン条約三五条に内容が近い。ウィーン条約は、大陸法と英米法を折衷したグローバルルールであるが、とくに契約自由の原則をうたっているわけではない。

「約款規制」と現代社会
 「約款」も契約である。『法律学小辞典』(有斐閣、第五版、二〇一六)は、これを「多数取引の画一的処理のため、あらかじめ定型化された契約条項(又は条項群)」と説明している。約款は日常生活の身の回りいたるところにある。ホテルの宿泊約款あるいはコインロッカーの利用規約などは、だれでも一度は見たことがあるだろう。
 約款の特徴は、あまり読む人がいない点にある。事業者が一方的に作成する約款は、顧客に不利な条項を含むことがあるため、法的な規制が必要とされてきた。典型例が、小さな字で書かれた、物やサービスの供給者側の免責を定めた条項である。
 とりわけ対消費者の取引に使う約款をどう規制すべきかは、いわゆるコンシューマリズムの高まりと歩調を合わせるように、先進国で検討課題になってきた。
 一九七〇年代後半に、相次ぎ立法対応をしたのが、ドイツ、イギリス、およびフランスである。一九七六年、ドイツは「普通取引約款の規制に関する法律」(AGBG)を制定した。イギリスは、一九七七年、不公正契約条項法を制定、フランスも一九七八年に入り、約款規制のための二本の重要な法律を制定した。
 この動きを受け、日本でも何らかの立法措置が必要ではないかが検討課題になった。当時の経済企画庁が一九八二年秋、ヨーロッパ主要国における約款規制の「現地調査団」(団長:故北川善太郎元京都大学教授)を派遣することになり、筆者もその調査メンバーに加わって、現地調査に当たった。
 筆者の担当は、イギリスとEC(現EU)であったが、詳しい調査報告に関心のある方は『消費者取引と約款』(経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編、一九八四年)をご覧いただきたい。
 日本で消費者契約法が制定されたのは、欧州先進国の立法から二〇年以上経った平成一二(二〇〇〇)年だが、ここまで遅れた理由はどこにあるのか。
 約款に対する国家的規制は、司法・行政・立法の面で行われる。日本の場合、標準的約款の届出、認可などによる行政指導、業界団体を通じた監督官庁の指導が大きな役割を果たしてきた。おそらくこの点が、立法による規制を遅らせた理由であろう。

民法改正と約款規制
 約款のもたらす弊害は、企業対消費者(B to C)だけでなく、企業対企業(B to B)でも生じ得る。そこで、民法でも広く約款を規制する必要がないかが問われ、民法改正のテーマになった。
 ところで、改正に向けた当初の議論のなかで、二〇〇九年三月に民法(債権法)改正検討委員会がまとめた「債権法改正の基本方針」が、「改正民法典は、消費者取引に関する私法上の特則のうち基本的なものを含むものとする」との提言をして注目された。
 「基本方針」は、「消費者」、「事業者」、「消費者契約」の定義規定をしたうえで、「消費者契約の特則」規定を入れた。これに対し、企業など実務界からは、民法はあくまで基本法であるから、「消費者」など特定の「人」を対象とすべきではないとの反対意見が出た。
 成立した民法改正は、「消費者契約の特則」規定は入れず、「定型約款」の規定が、対消費者だけでなく、対企業で使う約款も規制することにした。半面、その適用範囲は限られている。
 とはいえ、約款規制は、今般の民法改正によっても契約自由の原則に対する、重大な例外である。
 この例外規定だけが民法に書かれ、契約自由の原則が規定されないのはおかしい感じがする。「けっして、民法の基本原則を忘れているわけではありません」と強調する意味でも明記することになったのであろうか。
 なお、民法改正に伴って成立した関係法律の整備法の対象には、消費者契約法が入っていた。これを受け、平成三〇(二〇一八)年には、取消権の対象となる不当な契約勧誘類型の拡張や無効となる不当な契約条項の追加といった改正がなされ、二〇一九年六月一五日から施行になった。

(弁護士)

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