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一般2026年08月03日 原爆症訴訟、原告2人のみ 続く申請却下、提訴わずか 弁護団、相談呼びかけ 提供:共同通信社

 2000年代以降に全国で提訴が相次いだ原爆症認定請求訴訟の原告が、全国で2人にまで減っていることが2日、法務省への取材で分かった。認定基準を満たさないとして、国は毎年200件以上の申請を却下しているが、高齢化や資料の散逸により、裁判で不服を訴える人が減っている。
 6日は広島、9日は長崎の被爆から81年。認定を求める全ての被爆者の救済を掲げて活動してきた弁護団の一員は、時間の経過により「裁判を起こすこと自体が難しくなっている」と指摘。「訴訟は他の被爆者への『あきらめないで』というメッセージにもなる」として相談を呼びかける。
 国は一定の要件を満たした被爆者に、医療費が無料になる被爆者健康手帳を交付する。さらに、手帳を持つ人に原爆の放射線に起因する病気で治療の必要が生じた場合には月額約15万9千円の手当を支給する。受給には国の専門家会議による原爆症認定が必要だ。
 厚生労働省によると、26年3月時点で被爆者健康手帳を持つのは約9万1千人、うち原爆症認定者は4375人だ。認められなかった人たちが国の処分取り消しを求めた集団訴訟が、03年以降2度にわたって繰り広げられた。弁護団によると、22年までに426人が提訴し、8割超の373人が勝訴。厳し過ぎると批判された認定基準は見直された。
 それでもなお、認定には高いハードルがある。80年が過ぎ、幼い頃に被爆した多くの人は当時の記憶があいまいだ。親世代が既に他界し、カルテの保存期間も過ぎているために、被爆直後の健康状態を説明できる手だてがないことも裁判を起こす妨げになっている。
 集団訴訟の初期から弁護団に加わっている愛須勝也弁護士(大阪弁護士会)は「00年代の集団訴訟より、裁判を巡る状況は悪い」と話す。愛須弁護士によると、裁判を起こした人たちは口々に「自分のような人を生みたくない」と訴え、手当受給が目的ではないと話すという。
 「原爆症と国に認められることで、これまでの苦しみが自分のせいではなかったと納得できる」と意義を強調。救済を求める人がいる以上、弁護を引き受けるとしている。

 数々の病、裁判今も 長崎で被爆、88歳男性

 貧血に白血球減少症、肝機能障害、甲状腺機能低下症。7歳で被爆した神戸市の男性(88)は次々と病に襲われ、原爆症の認定を申請した。しかし国に却下され、2024年に大阪地裁に提訴。「絶対被爆の影響だと思っていた」。裁判は今も続いている。
 81年前の夏、長崎の爆心地から約2・5キロの自宅近くでトンボを捕って遊んでいた。「空にB29が見え、走って逃げようとした時に爆風と閃光が同じタイミングでやってきた」。吹き飛ばされ、泣きながら家に帰った。
 その場が山の陰だったためにけがはなかったが、数時間後、空が真っ黒になり、2~3センチのすすがたくさん降ってきた。今思えば放射性物質そのものだったが「当時は体に害があるなんて分からなかった」と振り返る。
 小学校の高学年以降、貧血やめまいに苦しんだ。朝礼では立っていられず、高校の体育はいつも見学。就職も不採用が続き、ある社には「ペーパーテストは合格だが体力が心配」と告げられた。
 なんとか就職し営業の仕事に打ち込んだが、40代後半以降は複数の病気を抱えるように。20年には「国が積極的に原爆症認定する」とした疾病の一つ、甲状腺機能低下症と診断された。国が定めた審査の方針では、爆心地から2キロ以内で被爆した人は積極的に認定し、2キロ以遠でも「被ばく線量や既往歴などを総合的に勘案し個別判断する」とされる。
 過去の裁判では男性より被爆地点が遠くても認められた人がいた。男性は「他に病気になる原因は見当たらない。一過性で終わらず、影響が80年も残る核兵器は決して穏やかなものではない」と強調する。

(2026/08/03)

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