解説記事2003年02月03日 【最新判決研究】 後発的事由に基づく更正の請求ができる場合の「判決」の意義(2003年2月3日号・№5)
最新判決研究
後発的事由に基づく更正の請求ができる場合の「判決」の意義
一審 神戸地裁平成12年(行ウ)第51号平成14年2月21日判決
控訴審 大阪高裁平成14年(行コ)第21号平成14年7月25日判決
品川 芳宣 筑波大学大学院教授
Shinagawa Yoshinobu
The professor of the
University of Tsukuba graduate school
一、事実
(1)被相続人甲は、平成元年1月12日、尼崎市所在の土地141m2(以下「第1土地」という。)及び同所在の土地140m2(以下「第2土地」という。)(両土地を合わせて以下「本件各土地」という。)並びに別件土地について各3分の1の共有持分権を、亡長男乙の妻X1(原告、控訴人)に遺贈し、乙とX1の子であるX2(同前)及び同X3(同前)に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。そして、甲は、平成4年3月13日に死亡し、X1らは、本件各土地等を相続等した。
そこで、X1らは、平成4年4月、本件各土地等について、遺贈又は相続を原因とする各持分3分の1の所有権移転登記をし、平成4年12月3日、それぞれ課税価格を1億2000万円余とする相続税の申告書をY税務署長(被告、被控訴人)に提出した。
また、甲の平成3年5月1日付公正証書遺言の効力が争われた別件訴訟(以下「別件訴訟(1)」という。)において、X1らの敗訴の判決(以下「別件判決(1)」という。)が確定した。
そこで、X1らは、別件土地についての持分が減少したとして、平成10年10月23日、Y税務署長に対し、X1の課税価格を8,154万円余、X2及びX3の課税価格を6,094万円余とする更正の請求(以下「第一次更正の請求」という。)を行い、その旨それぞれ減額更正処分を受けた。
(2)更に、甲の二男丙及び同三男丁は、平成5年8月23日、X1らを被告として、1丙は、第1土地につき、主位的に昭和45年頃贈与を、予備的に昭和49年3月25日時効取得(同日占有開始、平成6年3月25日時効完成)を主張し、2丁は、第2土地につき、主位的に昭和45年頃贈与を、予備的に昭和47年10月1日時効取得(同日占有開始、平成4年10月1日時効完成)を主張し、それぞれX1らの各登記の抹消登記及び丙らへの所有権移転登記を求める訴訟(以下「別件訴訟(2)」という。)を提起した。
別件訴訟(2)について、神戸地方裁判所は、平成11年1月26日、丙への第1土地、丁への第2土地の各時効取得を原因とする所有権移転登記を命ずる判決(以下「別件判決(2)」という。)を言渡し、同判決が認定した。
X1らは、平成11年3月6日、別件判決(2)を理由に、X1の課税価格を3,340万円余、X2及びX3の課税価格をそれぞれ1,281万円余とする更正の請求(以下「第2次更正の請求」という。)をした。これに対し、Y税務署長は、平成11年6月9日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。
X1らは、本件処分を不服として、不服申立ての前置を経て、本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争点
本件における争点は、本件処分の適法性であり、具体的には、別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かである。
2 Y税務署長の主張
(1)国税通則法23条2項1号にいう「判決」とは、「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実を訴えの対象とする民事事件の判決」をいい、これに該当するのは、例えば、不動産の売買に基づき譲渡所得の申告したところ、後日、売買の無効確認訴訟を提起され、判決や和解によって売買がなかったことが確定した場合等であると考えられ、課税時期において、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味するものと解するべきである。
(2)相続開始後に取得時効が完成し、援用された場合であっても、相続税法の解釈上、遡って相続財産でなくなるというわけではない。確立した課税実務の取扱い上、私法上の時効の遡及効にかかわらず、租税法上は、時効の援用の時に、所得が発生し又は損失が生じるものと解されており、本件もこれと整合的に解釈すべきである。
(3)別件判決(2)は、時効の完成及び援用という事後的に発生した新たな事実、すなわち、本件相続(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある援用の事実を判断の基礎としたものであり、「既に存在していた」事実を明らかにしたものではないから、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しない。
実質的に考えても、X1らが本件各土地の所有権を喪失したのは、X1ら自身の時効中断を怠ったことの経済活動の結果であるというべきである。
3 X1らの主張
(1)Y税務署長の主張は、時効の遡及効が租税法上認められないとの前提に立つものであるにすぎず、租税法上も時効の遡及効が認められ、その立論の前提自体が誤っているから、その主張は失当である。租税法上も時効の遡及効が認められるのであるから、別件判決(2)は「判決」に該当する。
(2)課税が租税法に基づいて行われることは当然であるが、租税法は実体法秩序を前提として成立するものであり、実体的権利関係を無視して一人歩きする租税法は考えられない。本件のような場合に、課税上民法144条に規定する時効の遡及効を否定するのであれば、明確な規定が必要であるところ、そのような規定がないばかりか、的確な判例もない。このような場合は、疑わしきは課税せずとの法理が適用されるべきである。
また、時効取得の相手方(権利喪失者)に対する課税は、実体的に有していない権利に対する課税となるから、実質課税の原則にも違反する。
(3)時効の遡及効により、本件の事実関係で、丙が時効を取得した第1土地の所有権は昭和49年3月25日に遡って存在したことになり、丁が時効取得した第2土地の所有権は昭和47年10月1日遡って存在したことになる。その結果、甲がX1らに本件各土地を遺贈し又は相続させる旨の本件遺言は、他人の所有物について遺言したものであって、その内容において無効なものとなる。
(4)なお、X1らは、別件訴訟(2)において、当初から丙らには所有の意思がなく使用貸借の意思であると主張していたのであるから、時効中断行為は考慮の埒外にあったものにすぎない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
(1)国税通則法23条2項は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものである。
(2)同条2項1号は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又はこれと同一の効力を有する和解その他の行為により、その事実が当該計算の基礎としたこところと異なることが確定したときに、更正の請求をすることができる旨定めているが、同条2項の趣旨からすれば、ここにいう「判決」とは、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいうものと解するのが相当である。
これに該当するのは、不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたところ、後日になって、売買の無効確認訴訟を提起され、判決によって売買がなかったことが確定した場合のように、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ、判決によってこれと異なる事実が明らかにされた場合などであって、申告時には予知し得なかった実態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、その申告の課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えに係る判決によって、事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときであると解することができる。
(3)民法は、所有権の取得時効につき、10年又は20年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして(同法162条、145条、146条参照)、時効による権利取得の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているから、時効による所有権取得の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用された時にはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年3月17日第2小法廷判決・民集40巻2号420頁)。
翻って、占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する権利者の所有権喪失時期についてみると、上記の占有者の所有権取得の効果が生じる時期と整合的に考えるべきであることから、やはり占有者により時効が援用されたときと解するのが合理的である。
(4)時効取得による権利の得失の場合の課税について、租税法上、次のような取扱いがされている。
1 まず、時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていうと、課税実務上及び裁判例上、時効の援用の時に、一時所得に係る収入金額が発生したものと解されている。
2 時効により権利を喪失した者に対する課税上の取扱いについてみると、不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は、当該法人は時効取得された不動産を損金として計上することができるが、課税実務上は、時効の遡及効にかかわらず、時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し、その損失の額はこの時点における薄価とすることとされている。
このように、裁判例及び確立した課税実務の取扱い上、上記12の場合に、私法上に時効の遡及効にかかわらず、租税法上、時効の援用の時に所得が発生し、あるいは損失が生じるものと解されている。そうすると、本件のような場合においても、上記と整合的に解釈すべきである。
(5)前記のとおり、本件相続開始時において、本件各土地についての丙らの各時効取得は、いずれも時効が援用されていなかったばかりか、いずれも時効が完成していなかった。具体的には、第1土地について本件相続開始から約2年後、第2土地について本件相続開始から約7か月後に時効が完成したものであるところ、各時効完成までの間に、X1らは、丙ら(占有者)が本件各土地をそれぞれ占有しているのを当然知っていたのであるから、丙らに対し、本件各土地の明渡しを請求するなどして、時効中断の措置を取ることができたものである。とりわけ、第1土地については、丙から別件訴訟(2)が提起された時点においてさえ時効が完成しておらず、X1らは極めて容易に反訴を提起して、時効中断の措置を取ることができたのである。
これらの点からすれば、時効の完成も援用も本件相続開始後である本件において、X1らは著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから、相続税の更正の請求が認められないとしても、それはX1らに帰責事由があったことによるものであり、前示国税通則法23条2項の趣旨の照らし、やむを得ないものであるというほかない。
(6)X1らが別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当すると主張する根拠は、民法144条に規定する時効の遡及効により、本件各土地についての甲の遺贈又は相続が無効になるという点に尽きる。
しかし、本件での問題は、本件各土地が、相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するか否かであって、私法の解釈そのものが問題となっているわけではない。課税は、私法ではなく税法に基づき行われるのであって、税法に基づき課税するに当たって、私法上の法律関係が前提とされることが多いのは、税法がその私法上の法律関係を課税要件の中に読み込んでいると解される場合が多いことによるもので、税法の解釈を離れて私法が適用されるものではないのである。
(7)以上のとおり、別件判決(2)は時効の完成及び援用という本件相続開始後に発生した新たな事実、すなわち、本件相続開始後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある時効援用の事実を判断の基礎としたものであり、本件相続開始時に既に存在していた事実のみによって課税標準等を変更するものではない。すなわち、別件判決(2)は、「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって、別件判決(2)は、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないものといわなければならない。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、X1らの請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり追加するほか、原判決を引用する。
(2)時効による所有権取得の効力は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効により利益を受ける者が時効を援用することによって始めて確定的に生ずるものであり、逆に、占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する者は、占有者により時効が援用された時に始めて確定的に所有権を失うものである。そうすると、民法144条により時効の効力は起算日に遡るとされているが、時効により所有権を取得する者は、時効を援用するまではその物に対する権利を取得しておらず、占有者の時効取得により権利を失う者は、占有者が時効を援用するまではその物に対する権利を有していたということができる。したがって、本件においては、本件相続開始時においては、本件各土地について、丙らによる時効の援用がなかったことはもちろん、時効も完成していなかったのであるから、その時点では、X1らが本件各土地につき所有権を有していたものである。
(3)国税通則法23条2項1号にいう「判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは、例えば、不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたが、後日、売買の効力を争う訴訟が提起され、判決によって売買がなかったことが確定した場合のように、税務申告の前提とした事実関係が後日異なるものであることが判決により確定した場合をいうと解されるところ、本件においては、前述のとおり、本件相続開始時には、X1らは本件各土地につき所有権を有していたのであり、その点で食い違いはなく、別件判決(2)は国税通則法23条2項にいう「判決」には該当しないと解される。
(4)X1らは、時効の効力が起算日まで遡る以上、租税法の解釈としても同様に解すべきであり、遡及効という法的効果を無視することは許されない旨主張する。しかし、時効制度は、その期間継続した事実関係をそのまま保護するために私法上その効力を起算日までに遡及させたものであり、他方、税法においては、所得、取得等の概念について経済活動の観点からの検討も必要であって、これを同様に解さなければならない必然性があるものとはいえない。
五、解説
はじめに
本件は、相続(遺贈)における相続財産の帰属が相続人間で訴訟で争われ、その判決に基づいて先に申告した相続税の更正の請求の適否が争われたものである。
本件の被相続人甲は、亡くなった長男の嫁(X1)とその子供(孫、X2、X3)達に所有地の一部を遺贈又は相続させる旨の公正証書遺言(本件遺言)をし、その後死亡した。その嫁と孫は、その遺言どおりに相続等しその旨相続税の申告を済ませたものの、その所有地について甲の二男と三男が占有していて父親から生前贈与を受けていたこと又は取得時効が成立していること等を主張したため、別件民事訴訟(別件訴訟(2))が提起され、裁判所がその時効取得を認める判決(別件判決(2))を下したため、当該判決を事由に相続税の更正の請求をしたものである。
この更正の請求は、結局、本件各判決においても適法と認められなかったものであるが、前述の別件訴訟(2)において裁判所が二男らの生前贈与を認める旨の判決を下していたら、X1らにとっては経済的には同様な結果となるものの、その判決に基づく更正の請求は適法なものになる。
このように、別件訴訟(2)の内容いかんによって国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かが異なることになるのであるが、本件のように、いずれの判決であってもX1らが一旦相続等した土地を失うことにはかわりはないだけに、当該「判決」について考えさせられるものがある。
また、本件控訴審判決と時同じくして、東京地裁平成14年5月21日判決(判例タイムズ1098号14頁)では、合併無効判決が、当該判決の効力が遡及しないことを理由に、国税通則法23条2項1号にいう「判決」該当しない旨判示している。この判決と本件各判決を対比した場合にも、私法上の遡及効の有無と課税関係について考えさせられるものがある。そのほか、従前にも、この「判決」の解釈をめぐって考えさせられる幾つかの裁判例がある。
そこで、本件各判決を契機に、当該「判決」についての問題を検討することとする。
1 後発的事由に基づく更正の請求
(1)納税申告書を提出した者は、1当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと、又は2当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大であるとき、又は純損失の金額が過少であるか、記載がなかったときは、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、税務署長に対し、それらを更正をすべき旨の請求をすることができる(通法231)。これが、通常の場合の更正の請求制度である。
しかしながら、この制度のみでは納税者の権利保護が不十分であるということ(換言すると、結果的に国に不当利得が生じること)で、昭和45年の法律改正により、後発的事由に基づく更正の請求制度が設けられた。
すなわち、納税申告書を提出した者又は決定を受けた者は、次に該当する場合には(通常の更正の請求ができる期間の満了する日後に到来する場合に限る。)、次に掲げる期間において、更正の請求をすることができる(通法232)。
1その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときその確定した日の翌日から起算して2月以内
2その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算に当たってその申告をし、又は決定を受けた者に帰属するものとされていた所得その他課税物件が他の者に帰属するものとする当該他の者に係る国税の更正又は決定があったとき 当該更正又は決定があった日の翌日から起算して2月以内
3その他当該国税の法定申告期限後に生じた1及び2に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内
そして、政令で定めるやむを得ない理由は、1官公署の許可その他の処分が取り消されたこと、2契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと、3帳簿書類の押収その他やむを得ない事情によって、課税標準等の計算ができなかったが、当該事情が消滅したこと、及び4租税条約による相互協議により、申告、更正等の内容と異なる合意が行われたことに限定されている(通令6)。
(2)以上のように、後発的事由に基づく更正の請求は、その事由が制限的に列挙されているため、それぞれの事由についても厳格に解釈される傾向がある。本件における「判決」の意義、範囲についても、同様である。
なお、後発的事由に基づく更正の請求については、前述の国税通則法上の規定のほか、各税目の特質に応じ、各税法にその特則が設けられている(注1)。
例えば、所得税法においては、同法63条(事業を廃止した場合の必要経費の特例)又は64条(資産の譲渡代金の回収不能の場合等の所得計算の特例)に規定する事実が生じたことその他その年分の各種所得の金額(事業所得の金額等を除く)の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為又は取り消し得べき行為により生じた経済的成果がそれらの事由により失われた場合には、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、更正の請求をすることができる(所法152)。
また、法人税法については、後発的事由に基づく更正の請求は一層厳しく制限されており、修正申告書を提出し、又は更正若しくは決定を受けた法人は、それらに伴いその修正申告等に係る事業年度後の事業年度の確定申告書に記載すべき法人税額等が過大となる場合には更正の請求ができる(法法82)が、国税通則法上認められている解除権の行使等による契約解除等があっても、それを事由に更正の請求は認められないものと解されている(注2)。
本件に関連する相続税法については、納税申告書を提出した者又は決定を受けた者は、未分割遺産の分割が民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って行われなかったこと、相続人の廃除又はその取消しに関する裁判の確定等により相続人に異動が生じたこと、遺留分によって減殺の請求があったこと、贈与税の課税価格計算の基礎に算入した財産のうちに相続税の課税価格に算入されるべきものがあったことその他特定の事由によりその申告等に係る課税価格等が過大となった場合には、その事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に、更正の請求ができる(相法32)。
なお、消費税法、租税特別措置法等にも、別途更正の請求の特則が設けられている。
2 「判決」の意義と裁判例
(1)前述したように、国税通則法23条第2項1号は、「・・・基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)」があった場合に、更正の請求を認めることとしている。この「判決」の意義については、本判決も判示するように、「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいう」ものと一般的に解されている。
この場合、幾つかの問題がある。一つは、その判決が租税回避等を狙った馴れ合いによってもたらされた場合である。この点について、横浜地裁平成9年11月19日判決(税資229号663頁)は、次のとおり判示して、当該判決が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に当たらないことを明らかにしている(注3)。
「右規定(編注:国税通則法23条2項1号)は、納税者において、申告時には予想し得なかったような事態が後発的に生じたため、課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更をきたし、税額の減額をすべき場合に、法定申告期限から1年を経過していることを理由に更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果となることから、例外的に更正の請求を認め、納税者の保護を拡充しようとしたものである。右の趣旨からすれば、申告後に、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について判決がされた場合であっても、右判決が当事者がもっぱら税金を免れる目的で馴れ合いによって得たものであるなど、客観的・合理的根拠を欠くものであるときは、同条2項1号の「判決」に当たらないと解すべきである。」
(2)また、「・・・基礎となった事実」が「私法上の事実」に限定され、青色申告の承認の取消の取消判決のような行政上の判決は含まれないのではないかが争われたことがあるが、最高裁昭和57年2月23日第三小法廷判決(民集36巻2号215頁)は、次のとおり判示して、青色申告の承認の取消しの取消判決も当該「判決」に含まれるとしている(注4)。
「このような場合、課税庁としては、青色申告の承認の取消処分を取り消した以上、改めて課税標準額及び税額を算定し、先にした課税処分の全部又は一部を取り消すなどして、青色申告の承認の取消処分の取消によって生じた法律関係に適合するように是正する措置をとるべきであるが、被処分者である納税者としては、国税通則法23条2項の規定により所定の期間内に限り減額更正の請求ができると解するのが相当である。」
(3)次に、査察事件については、その刑事判決において犯則所得金額が認定されることになるが、その判決による犯則所得金額が課税上の修正申告の所得金額又は更正処分の所得金額を下回った場合に、当該刑事判決を事由に更正の請求ができるか否かが争われることがある。
これについては、大阪地裁昭和58年12月2日判決(訟務月報30巻6号1061頁)、大阪高裁昭和59年8月31日判決(税資139号486頁)、最高裁昭和60年5月17日第二小法廷判決(同145号463頁)、大阪地裁平成6年10月26日判決(同206号66頁)等が、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には、犯罪事実の存否範囲を確定するに過ぎない刑事判決はこれに含まれないものと判示している。当該刑事判決の法的性格に鑑み、妥当な判断であると考えられる。
なお、京都地裁昭和56年11月20日判決(税資121号374頁)は、法令の解釈についての新判決等が更正の請求の対象にならない旨判示しているが、最近のストックオプション判決(東京地裁平成14年11月26日)に関しても参考になる(同判決は、ストックオプションに係る経済的利益を一時所得に当たる旨判断しているが、給与所得として申告した者が更正の請求を行い得るかが問題となる。)。
3 取得時効(判決)と課税関係
(1)ところで、本件においては、X1らが遺贈又は相続によって取得した第1土地及び第2土地について別の相続人である丙及び丁によって占有されていたというものであり、丙及び丁が別件訴訟(2)を提起し、丙及び丁が第1土地及び第2土地を時効取得したとする別件判決(2)が下され、当該別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かが争われたものである。
本件各判決は、民法144条の時効の遡及効とは別に、「時効による所有権取得の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である。」と判示した上で、時効取得による権利の得喪の場合の課税が、1時効により不動産を取得した者に対しては、時効援用の時に一時所得として課税されていること(注5)、時効により権利を喪失した法人に対しては、時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入していること、を考慮すれば、本件においても、それらとの整合性を図るべく、別件判決(2)によって更正の請求を認めることはできない旨判示している。
また、本件各判決は、X1らが結果的に取得できなかった第1土地及び第2土地について相続税が課せられることについて、時効の完成も援用も本件相続開始後である本件において、X1らが著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから、それはX1らに帰責事由があったことによるものであり、やむを得ないものである旨判示している。
(2)以上のように、本件においては、X1らは、本件相続開始時において、第1土地及び第2土地の時効進行について時効中断が可能であったから(もっとも、X1らは、別件訴訟(2)において、丙らの使用貸借を主張していたので、その可能性も低かったものであろうが)、一審判決が引用する最高裁昭和61年3月17日第二小法廷判決(民集40巻2号420頁)の考え方に照らし、本件各判決は、相応の説得力を有するものと考えられる。
しかしながら、仮に、本件において、本件相続開始時に既に時効が完成していたとなると、本件各判決が判示するように、更正の請求ができないことについてX1らの帰責事由があったとも言い難いことになる。
このような場合には、時効が完成している場合に限って更正の請求を認めるべきとする見解(注6)も成立し得るかもしれないが、国税通則法23条2項1号にいう「・・・基礎となった事実」を時効の「完成」とみたり、「援用」とみたりすることに不合理性が残り、前述の援用時の所得税と法人税の課税関係との整合性も維持できなくなる。
このような問題は、結局、後発的事由に基づく更正の請求が前述のように制限的に定められていることに帰するのかも知れない。その意味では、一つの解決方法として、国税通則法23条2項3号が「前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」として同法施行令6条において4項目を制限列挙しているのであるが、これらの理由において、「やむを得ない事情」があれば、立法措置を含め更正の請求を認め得る余地を残す必要があるものと考えられる。
4 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、相続等をした土地の一部が(相続財産として相続税の申告済み)が他の相続人によって占有されていたため、それらの帰属をめぐって別件訴訟(2)が争われたものの、時効取得を原因とする別件判決(2)が下され、それによって敗訴したX1らが別件判決(2)を事由とした更正の請求が認められるか否かが争われたものである。
本件各判決は、前述のように、時効の効力がその起算日に遡る(時効の遡及効、民法144)としても、時効の効果はその援用によって確定することとその援用を基準に所得税等の課税関係が成立することの整合性を重視し、別件判決(2)は国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当しないとした。そして、本件各判決は、本件においては本件相続開始時にはX1らは時効の中断を求めることができたのであるから、X1らが結果的に取得できなかった土地について相続税が課せられたとしても、それはX1らの不注意によるものであり帰責事由があるから、やむを得ないものと判断した。
このような本件各判決は、国税通則法23条2項1号にいう「判決」の意義を解釈する上において重要な示唆を与えるものであり、本件の時効取得のように遡及効を生じるものであっても、税法上遡及して救済されることがないことを知る上において重要な判断を示している。
(2)しかしながら、本件においては、時効の中断という手段によってX1らに救済の途が残されていたので、本件各判決も相応に説得力を有するが、本件相続開始時に既に時効が完成しているか、あるいは完成が切迫していて中断の機会が得られなかった場合には、本件各判決に一層の疑問が生じる。
このような問題は、私法上遡及効が生じる場合には共通的に論じることができる。例えば、不動産等の売買や贈与等が行われ、後日(納税義務成立後)、当該契約の解除が行われた場合に、私法上は遡及効が働くとしても、後発的事由に基づく更正の請求ができるのは、「解除権の行使」か「やむを得ない事情」があった場合に限定されており(通令61二)、予測できなかった税負担増を回避するために合意解除したときには、それが当該税目の法定申告期限前に行われたものでない限り、課税上の救済が得られないものと解されるのが有力である(注7)。
しかしながら、このような合意解除の問題についても、国税通則法23条1項、同2項及び同法施行令6条1項2号の各規定を通じて整合性のある解釈(文理上の説明)が困難でもある。いずれにしても、本件のような取得時効における時効完成の時期の問題も含め、私法上の遡及効が生じる法律行為と課税問題については、立法論も含めなお検討の余地があるものと考えられる。また、このような不備な問題があることを考慮した上で、本件各判決を実務上の参考にすべきである。
(注1)詳細については、志場喜徳郎他「国税通則法精解 平成12年版」(大蔵財務協会)313頁参照
(注2)法人税基本通達2-2-16、横浜地裁昭和60年7月3日判決(行裁例集36巻7・8号1081頁)、東京高裁昭和61年11月11日判決(同37巻10・11号1334頁)、最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決(税資159号65頁)等参照
(注3)この考え方は、控訴審の東京高裁平成10年7月5日判決(税資237号142頁)でも支持されている。また、一般に、馴れ合いによる判決又は和解は、当該「判決」に含まれないものと解されている(仙台地裁昭和51年10月18日判決・訟務月報22巻12号2870頁、名古屋地裁平成2年2月28日判決・税資175号921頁、名古屋高裁平成2年7月18日判決・同180号85頁、東京高裁平成3年2月6日判決・同182号297頁等参照)
(注4)同旨の判示をしたしたものとして、岡山地裁昭和55年3月31日判決(税資110号1145頁)、広島地裁昭和56年2月26日判決(行裁例集32巻2号307頁)、東京高裁昭和58年5月31日判決(税資130号632頁)等参照
(注5)当該課税を適法と認めた裁判例については、東京地裁平成4年3月10日判決(訟務月報39巻1号139頁)、静岡地裁平成8年7月18日判決(行裁例集47巻7・8号632頁)等参照
(注6)八ツ尾順一「相続財産と時効」税務事例25巻1号43頁参照
(注7)神戸地裁平成7年4月24日判決(訟務月報44巻12号2211頁)、大阪高裁平成8年7月25日判決(同44巻12号2201頁)、最高裁平成10年1月27日第三小法廷判決(税資230号152頁)(以上の判決については、品川芳宣・解説・TKC税研情報1999年12月号20頁参照)等参照
後発的事由に基づく更正の請求ができる場合の「判決」の意義
一審 神戸地裁平成12年(行ウ)第51号平成14年2月21日判決
控訴審 大阪高裁平成14年(行コ)第21号平成14年7月25日判決
品川 芳宣 筑波大学大学院教授
Shinagawa Yoshinobu
The professor of the
University of Tsukuba graduate school
一、事実
(1)被相続人甲は、平成元年1月12日、尼崎市所在の土地141m2(以下「第1土地」という。)及び同所在の土地140m2(以下「第2土地」という。)(両土地を合わせて以下「本件各土地」という。)並びに別件土地について各3分の1の共有持分権を、亡長男乙の妻X1(原告、控訴人)に遺贈し、乙とX1の子であるX2(同前)及び同X3(同前)に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。そして、甲は、平成4年3月13日に死亡し、X1らは、本件各土地等を相続等した。
そこで、X1らは、平成4年4月、本件各土地等について、遺贈又は相続を原因とする各持分3分の1の所有権移転登記をし、平成4年12月3日、それぞれ課税価格を1億2000万円余とする相続税の申告書をY税務署長(被告、被控訴人)に提出した。
また、甲の平成3年5月1日付公正証書遺言の効力が争われた別件訴訟(以下「別件訴訟(1)」という。)において、X1らの敗訴の判決(以下「別件判決(1)」という。)が確定した。
そこで、X1らは、別件土地についての持分が減少したとして、平成10年10月23日、Y税務署長に対し、X1の課税価格を8,154万円余、X2及びX3の課税価格を6,094万円余とする更正の請求(以下「第一次更正の請求」という。)を行い、その旨それぞれ減額更正処分を受けた。
(2)更に、甲の二男丙及び同三男丁は、平成5年8月23日、X1らを被告として、1丙は、第1土地につき、主位的に昭和45年頃贈与を、予備的に昭和49年3月25日時効取得(同日占有開始、平成6年3月25日時効完成)を主張し、2丁は、第2土地につき、主位的に昭和45年頃贈与を、予備的に昭和47年10月1日時効取得(同日占有開始、平成4年10月1日時効完成)を主張し、それぞれX1らの各登記の抹消登記及び丙らへの所有権移転登記を求める訴訟(以下「別件訴訟(2)」という。)を提起した。
別件訴訟(2)について、神戸地方裁判所は、平成11年1月26日、丙への第1土地、丁への第2土地の各時効取得を原因とする所有権移転登記を命ずる判決(以下「別件判決(2)」という。)を言渡し、同判決が認定した。
X1らは、平成11年3月6日、別件判決(2)を理由に、X1の課税価格を3,340万円余、X2及びX3の課税価格をそれぞれ1,281万円余とする更正の請求(以下「第2次更正の請求」という。)をした。これに対し、Y税務署長は、平成11年6月9日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。
X1らは、本件処分を不服として、不服申立ての前置を経て、本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争点
本件における争点は、本件処分の適法性であり、具体的には、別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かである。
2 Y税務署長の主張
(1)国税通則法23条2項1号にいう「判決」とは、「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実を訴えの対象とする民事事件の判決」をいい、これに該当するのは、例えば、不動産の売買に基づき譲渡所得の申告したところ、後日、売買の無効確認訴訟を提起され、判決や和解によって売買がなかったことが確定した場合等であると考えられ、課税時期において、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる「既に存在していた」事実を確認・確定させる「判決」を意味するものと解するべきである。
(2)相続開始後に取得時効が完成し、援用された場合であっても、相続税法の解釈上、遡って相続財産でなくなるというわけではない。確立した課税実務の取扱い上、私法上の時効の遡及効にかかわらず、租税法上は、時効の援用の時に、所得が発生し又は損失が生じるものと解されており、本件もこれと整合的に解釈すべきである。
(3)別件判決(2)は、時効の完成及び援用という事後的に発生した新たな事実、すなわち、本件相続(甲死亡)後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある援用の事実を判断の基礎としたものであり、「既に存在していた」事実を明らかにしたものではないから、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しない。
実質的に考えても、X1らが本件各土地の所有権を喪失したのは、X1ら自身の時効中断を怠ったことの経済活動の結果であるというべきである。
3 X1らの主張
(1)Y税務署長の主張は、時効の遡及効が租税法上認められないとの前提に立つものであるにすぎず、租税法上も時効の遡及効が認められ、その立論の前提自体が誤っているから、その主張は失当である。租税法上も時効の遡及効が認められるのであるから、別件判決(2)は「判決」に該当する。
(2)課税が租税法に基づいて行われることは当然であるが、租税法は実体法秩序を前提として成立するものであり、実体的権利関係を無視して一人歩きする租税法は考えられない。本件のような場合に、課税上民法144条に規定する時効の遡及効を否定するのであれば、明確な規定が必要であるところ、そのような規定がないばかりか、的確な判例もない。このような場合は、疑わしきは課税せずとの法理が適用されるべきである。
また、時効取得の相手方(権利喪失者)に対する課税は、実体的に有していない権利に対する課税となるから、実質課税の原則にも違反する。
(3)時効の遡及効により、本件の事実関係で、丙が時効を取得した第1土地の所有権は昭和49年3月25日に遡って存在したことになり、丁が時効取得した第2土地の所有権は昭和47年10月1日遡って存在したことになる。その結果、甲がX1らに本件各土地を遺贈し又は相続させる旨の本件遺言は、他人の所有物について遺言したものであって、その内容において無効なものとなる。
(4)なお、X1らは、別件訴訟(2)において、当初から丙らには所有の意思がなく使用貸借の意思であると主張していたのであるから、時効中断行為は考慮の埒外にあったものにすぎない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
(1)国税通則法23条2項は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものである。
(2)同条2項1号は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又はこれと同一の効力を有する和解その他の行為により、その事実が当該計算の基礎としたこところと異なることが確定したときに、更正の請求をすることができる旨定めているが、同条2項の趣旨からすれば、ここにいう「判決」とは、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいうものと解するのが相当である。
これに該当するのは、不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたところ、後日になって、売買の無効確認訴訟を提起され、判決によって売買がなかったことが確定した場合のように、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ、判決によってこれと異なる事実が明らかにされた場合などであって、申告時には予知し得なかった実態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、その申告の課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えに係る判決によって、事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときであると解することができる。
(3)民法は、所有権の取得時効につき、10年又は20年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして(同法162条、145条、146条参照)、時効による権利取得の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているから、時効による所有権取得の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用された時にはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年3月17日第2小法廷判決・民集40巻2号420頁)。
翻って、占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する権利者の所有権喪失時期についてみると、上記の占有者の所有権取得の効果が生じる時期と整合的に考えるべきであることから、やはり占有者により時効が援用されたときと解するのが合理的である。
(4)時効取得による権利の得失の場合の課税について、租税法上、次のような取扱いがされている。
1 まず、時効により不動産を取得した者に対する課税上の取扱いについていうと、課税実務上及び裁判例上、時効の援用の時に、一時所得に係る収入金額が発生したものと解されている。
2 時効により権利を喪失した者に対する課税上の取扱いについてみると、不動産を占有者に時効取得されたのが法人である場合は、当該法人は時効取得された不動産を損金として計上することができるが、課税実務上は、時効の遡及効にかかわらず、時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入し、その損失の額はこの時点における薄価とすることとされている。
このように、裁判例及び確立した課税実務の取扱い上、上記12の場合に、私法上に時効の遡及効にかかわらず、租税法上、時効の援用の時に所得が発生し、あるいは損失が生じるものと解されている。そうすると、本件のような場合においても、上記と整合的に解釈すべきである。
(5)前記のとおり、本件相続開始時において、本件各土地についての丙らの各時効取得は、いずれも時効が援用されていなかったばかりか、いずれも時効が完成していなかった。具体的には、第1土地について本件相続開始から約2年後、第2土地について本件相続開始から約7か月後に時効が完成したものであるところ、各時効完成までの間に、X1らは、丙ら(占有者)が本件各土地をそれぞれ占有しているのを当然知っていたのであるから、丙らに対し、本件各土地の明渡しを請求するなどして、時効中断の措置を取ることができたものである。とりわけ、第1土地については、丙から別件訴訟(2)が提起された時点においてさえ時効が完成しておらず、X1らは極めて容易に反訴を提起して、時効中断の措置を取ることができたのである。
これらの点からすれば、時効の完成も援用も本件相続開始後である本件において、X1らは著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから、相続税の更正の請求が認められないとしても、それはX1らに帰責事由があったことによるものであり、前示国税通則法23条2項の趣旨の照らし、やむを得ないものであるというほかない。
(6)X1らが別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当すると主張する根拠は、民法144条に規定する時効の遡及効により、本件各土地についての甲の遺贈又は相続が無効になるという点に尽きる。
しかし、本件での問題は、本件各土地が、相続税法2条1項の「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当するか否かであって、私法の解釈そのものが問題となっているわけではない。課税は、私法ではなく税法に基づき行われるのであって、税法に基づき課税するに当たって、私法上の法律関係が前提とされることが多いのは、税法がその私法上の法律関係を課税要件の中に読み込んでいると解される場合が多いことによるもので、税法の解釈を離れて私法が適用されるものではないのである。
(7)以上のとおり、別件判決(2)は時効の完成及び援用という本件相続開始後に発生した新たな事実、すなわち、本件相続開始後の時間の経過という事実及び実体法上の意思表示でもある時効援用の事実を判断の基礎としたものであり、本件相続開始時に既に存在していた事実のみによって課税標準等を変更するものではない。すなわち、別件判決(2)は、「既に存在していた」事実を明らかにしたものではない。
したがって、別件判決(2)は、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないものといわなければならない。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、X1らの請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり追加するほか、原判決を引用する。
(2)時効による所有権取得の効力は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効により利益を受ける者が時効を援用することによって始めて確定的に生ずるものであり、逆に、占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する者は、占有者により時効が援用された時に始めて確定的に所有権を失うものである。そうすると、民法144条により時効の効力は起算日に遡るとされているが、時効により所有権を取得する者は、時効を援用するまではその物に対する権利を取得しておらず、占有者の時効取得により権利を失う者は、占有者が時効を援用するまではその物に対する権利を有していたということができる。したがって、本件においては、本件相続開始時においては、本件各土地について、丙らによる時効の援用がなかったことはもちろん、時効も完成していなかったのであるから、その時点では、X1らが本件各土地につき所有権を有していたものである。
(3)国税通則法23条2項1号にいう「判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは、例えば、不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたが、後日、売買の効力を争う訴訟が提起され、判決によって売買がなかったことが確定した場合のように、税務申告の前提とした事実関係が後日異なるものであることが判決により確定した場合をいうと解されるところ、本件においては、前述のとおり、本件相続開始時には、X1らは本件各土地につき所有権を有していたのであり、その点で食い違いはなく、別件判決(2)は国税通則法23条2項にいう「判決」には該当しないと解される。
(4)X1らは、時効の効力が起算日まで遡る以上、租税法の解釈としても同様に解すべきであり、遡及効という法的効果を無視することは許されない旨主張する。しかし、時効制度は、その期間継続した事実関係をそのまま保護するために私法上その効力を起算日までに遡及させたものであり、他方、税法においては、所得、取得等の概念について経済活動の観点からの検討も必要であって、これを同様に解さなければならない必然性があるものとはいえない。
五、解説
はじめに
本件は、相続(遺贈)における相続財産の帰属が相続人間で訴訟で争われ、その判決に基づいて先に申告した相続税の更正の請求の適否が争われたものである。
本件の被相続人甲は、亡くなった長男の嫁(X1)とその子供(孫、X2、X3)達に所有地の一部を遺贈又は相続させる旨の公正証書遺言(本件遺言)をし、その後死亡した。その嫁と孫は、その遺言どおりに相続等しその旨相続税の申告を済ませたものの、その所有地について甲の二男と三男が占有していて父親から生前贈与を受けていたこと又は取得時効が成立していること等を主張したため、別件民事訴訟(別件訴訟(2))が提起され、裁判所がその時効取得を認める判決(別件判決(2))を下したため、当該判決を事由に相続税の更正の請求をしたものである。
この更正の請求は、結局、本件各判決においても適法と認められなかったものであるが、前述の別件訴訟(2)において裁判所が二男らの生前贈与を認める旨の判決を下していたら、X1らにとっては経済的には同様な結果となるものの、その判決に基づく更正の請求は適法なものになる。
このように、別件訴訟(2)の内容いかんによって国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かが異なることになるのであるが、本件のように、いずれの判決であってもX1らが一旦相続等した土地を失うことにはかわりはないだけに、当該「判決」について考えさせられるものがある。
また、本件控訴審判決と時同じくして、東京地裁平成14年5月21日判決(判例タイムズ1098号14頁)では、合併無効判決が、当該判決の効力が遡及しないことを理由に、国税通則法23条2項1号にいう「判決」該当しない旨判示している。この判決と本件各判決を対比した場合にも、私法上の遡及効の有無と課税関係について考えさせられるものがある。そのほか、従前にも、この「判決」の解釈をめぐって考えさせられる幾つかの裁判例がある。
そこで、本件各判決を契機に、当該「判決」についての問題を検討することとする。
1 後発的事由に基づく更正の請求
(1)納税申告書を提出した者は、1当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと、又は2当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大であるとき、又は純損失の金額が過少であるか、記載がなかったときは、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、税務署長に対し、それらを更正をすべき旨の請求をすることができる(通法231)。これが、通常の場合の更正の請求制度である。
しかしながら、この制度のみでは納税者の権利保護が不十分であるということ(換言すると、結果的に国に不当利得が生じること)で、昭和45年の法律改正により、後発的事由に基づく更正の請求制度が設けられた。
すなわち、納税申告書を提出した者又は決定を受けた者は、次に該当する場合には(通常の更正の請求ができる期間の満了する日後に到来する場合に限る。)、次に掲げる期間において、更正の請求をすることができる(通法232)。
1その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときその確定した日の翌日から起算して2月以内
2その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算に当たってその申告をし、又は決定を受けた者に帰属するものとされていた所得その他課税物件が他の者に帰属するものとする当該他の者に係る国税の更正又は決定があったとき 当該更正又は決定があった日の翌日から起算して2月以内
3その他当該国税の法定申告期限後に生じた1及び2に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内
そして、政令で定めるやむを得ない理由は、1官公署の許可その他の処分が取り消されたこと、2契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと、3帳簿書類の押収その他やむを得ない事情によって、課税標準等の計算ができなかったが、当該事情が消滅したこと、及び4租税条約による相互協議により、申告、更正等の内容と異なる合意が行われたことに限定されている(通令6)。
(2)以上のように、後発的事由に基づく更正の請求は、その事由が制限的に列挙されているため、それぞれの事由についても厳格に解釈される傾向がある。本件における「判決」の意義、範囲についても、同様である。
なお、後発的事由に基づく更正の請求については、前述の国税通則法上の規定のほか、各税目の特質に応じ、各税法にその特則が設けられている(注1)。
例えば、所得税法においては、同法63条(事業を廃止した場合の必要経費の特例)又は64条(資産の譲渡代金の回収不能の場合等の所得計算の特例)に規定する事実が生じたことその他その年分の各種所得の金額(事業所得の金額等を除く)の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為又は取り消し得べき行為により生じた経済的成果がそれらの事由により失われた場合には、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、更正の請求をすることができる(所法152)。
また、法人税法については、後発的事由に基づく更正の請求は一層厳しく制限されており、修正申告書を提出し、又は更正若しくは決定を受けた法人は、それらに伴いその修正申告等に係る事業年度後の事業年度の確定申告書に記載すべき法人税額等が過大となる場合には更正の請求ができる(法法82)が、国税通則法上認められている解除権の行使等による契約解除等があっても、それを事由に更正の請求は認められないものと解されている(注2)。
本件に関連する相続税法については、納税申告書を提出した者又は決定を受けた者は、未分割遺産の分割が民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って行われなかったこと、相続人の廃除又はその取消しに関する裁判の確定等により相続人に異動が生じたこと、遺留分によって減殺の請求があったこと、贈与税の課税価格計算の基礎に算入した財産のうちに相続税の課税価格に算入されるべきものがあったことその他特定の事由によりその申告等に係る課税価格等が過大となった場合には、その事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に、更正の請求ができる(相法32)。
なお、消費税法、租税特別措置法等にも、別途更正の請求の特則が設けられている。
2 「判決」の意義と裁判例
(1)前述したように、国税通則法23条第2項1号は、「・・・基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)」があった場合に、更正の請求を認めることとしている。この「判決」の意義については、本判決も判示するように、「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいう」ものと一般的に解されている。
この場合、幾つかの問題がある。一つは、その判決が租税回避等を狙った馴れ合いによってもたらされた場合である。この点について、横浜地裁平成9年11月19日判決(税資229号663頁)は、次のとおり判示して、当該判決が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に当たらないことを明らかにしている(注3)。
「右規定(編注:国税通則法23条2項1号)は、納税者において、申告時には予想し得なかったような事態が後発的に生じたため、課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更をきたし、税額の減額をすべき場合に、法定申告期限から1年を経過していることを理由に更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果となることから、例外的に更正の請求を認め、納税者の保護を拡充しようとしたものである。右の趣旨からすれば、申告後に、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について判決がされた場合であっても、右判決が当事者がもっぱら税金を免れる目的で馴れ合いによって得たものであるなど、客観的・合理的根拠を欠くものであるときは、同条2項1号の「判決」に当たらないと解すべきである。」
(2)また、「・・・基礎となった事実」が「私法上の事実」に限定され、青色申告の承認の取消の取消判決のような行政上の判決は含まれないのではないかが争われたことがあるが、最高裁昭和57年2月23日第三小法廷判決(民集36巻2号215頁)は、次のとおり判示して、青色申告の承認の取消しの取消判決も当該「判決」に含まれるとしている(注4)。
「このような場合、課税庁としては、青色申告の承認の取消処分を取り消した以上、改めて課税標準額及び税額を算定し、先にした課税処分の全部又は一部を取り消すなどして、青色申告の承認の取消処分の取消によって生じた法律関係に適合するように是正する措置をとるべきであるが、被処分者である納税者としては、国税通則法23条2項の規定により所定の期間内に限り減額更正の請求ができると解するのが相当である。」
(3)次に、査察事件については、その刑事判決において犯則所得金額が認定されることになるが、その判決による犯則所得金額が課税上の修正申告の所得金額又は更正処分の所得金額を下回った場合に、当該刑事判決を事由に更正の請求ができるか否かが争われることがある。
これについては、大阪地裁昭和58年12月2日判決(訟務月報30巻6号1061頁)、大阪高裁昭和59年8月31日判決(税資139号486頁)、最高裁昭和60年5月17日第二小法廷判決(同145号463頁)、大阪地裁平成6年10月26日判決(同206号66頁)等が、国税通則法23条2項1号にいう「判決」には、犯罪事実の存否範囲を確定するに過ぎない刑事判決はこれに含まれないものと判示している。当該刑事判決の法的性格に鑑み、妥当な判断であると考えられる。
なお、京都地裁昭和56年11月20日判決(税資121号374頁)は、法令の解釈についての新判決等が更正の請求の対象にならない旨判示しているが、最近のストックオプション判決(東京地裁平成14年11月26日)に関しても参考になる(同判決は、ストックオプションに係る経済的利益を一時所得に当たる旨判断しているが、給与所得として申告した者が更正の請求を行い得るかが問題となる。)。
3 取得時効(判決)と課税関係
(1)ところで、本件においては、X1らが遺贈又は相続によって取得した第1土地及び第2土地について別の相続人である丙及び丁によって占有されていたというものであり、丙及び丁が別件訴訟(2)を提起し、丙及び丁が第1土地及び第2土地を時効取得したとする別件判決(2)が下され、当該別件判決(2)が国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当するか否かが争われたものである。
本件各判決は、民法144条の時効の遡及効とは別に、「時効による所有権取得の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である。」と判示した上で、時効取得による権利の得喪の場合の課税が、1時効により不動産を取得した者に対しては、時効援用の時に一時所得として課税されていること(注5)、時効により権利を喪失した法人に対しては、時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入していること、を考慮すれば、本件においても、それらとの整合性を図るべく、別件判決(2)によって更正の請求を認めることはできない旨判示している。
また、本件各判決は、X1らが結果的に取得できなかった第1土地及び第2土地について相続税が課せられることについて、時効の完成も援用も本件相続開始後である本件において、X1らが著しい不注意によって時効中断の措置を執らなかったのであるから、それはX1らに帰責事由があったことによるものであり、やむを得ないものである旨判示している。
(2)以上のように、本件においては、X1らは、本件相続開始時において、第1土地及び第2土地の時効進行について時効中断が可能であったから(もっとも、X1らは、別件訴訟(2)において、丙らの使用貸借を主張していたので、その可能性も低かったものであろうが)、一審判決が引用する最高裁昭和61年3月17日第二小法廷判決(民集40巻2号420頁)の考え方に照らし、本件各判決は、相応の説得力を有するものと考えられる。
しかしながら、仮に、本件において、本件相続開始時に既に時効が完成していたとなると、本件各判決が判示するように、更正の請求ができないことについてX1らの帰責事由があったとも言い難いことになる。
このような場合には、時効が完成している場合に限って更正の請求を認めるべきとする見解(注6)も成立し得るかもしれないが、国税通則法23条2項1号にいう「・・・基礎となった事実」を時効の「完成」とみたり、「援用」とみたりすることに不合理性が残り、前述の援用時の所得税と法人税の課税関係との整合性も維持できなくなる。
このような問題は、結局、後発的事由に基づく更正の請求が前述のように制限的に定められていることに帰するのかも知れない。その意味では、一つの解決方法として、国税通則法23条2項3号が「前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」として同法施行令6条において4項目を制限列挙しているのであるが、これらの理由において、「やむを得ない事情」があれば、立法措置を含め更正の請求を認め得る余地を残す必要があるものと考えられる。
4 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、相続等をした土地の一部が(相続財産として相続税の申告済み)が他の相続人によって占有されていたため、それらの帰属をめぐって別件訴訟(2)が争われたものの、時効取得を原因とする別件判決(2)が下され、それによって敗訴したX1らが別件判決(2)を事由とした更正の請求が認められるか否かが争われたものである。
本件各判決は、前述のように、時効の効力がその起算日に遡る(時効の遡及効、民法144)としても、時効の効果はその援用によって確定することとその援用を基準に所得税等の課税関係が成立することの整合性を重視し、別件判決(2)は国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当しないとした。そして、本件各判決は、本件においては本件相続開始時にはX1らは時効の中断を求めることができたのであるから、X1らが結果的に取得できなかった土地について相続税が課せられたとしても、それはX1らの不注意によるものであり帰責事由があるから、やむを得ないものと判断した。
このような本件各判決は、国税通則法23条2項1号にいう「判決」の意義を解釈する上において重要な示唆を与えるものであり、本件の時効取得のように遡及効を生じるものであっても、税法上遡及して救済されることがないことを知る上において重要な判断を示している。
(2)しかしながら、本件においては、時効の中断という手段によってX1らに救済の途が残されていたので、本件各判決も相応に説得力を有するが、本件相続開始時に既に時効が完成しているか、あるいは完成が切迫していて中断の機会が得られなかった場合には、本件各判決に一層の疑問が生じる。
このような問題は、私法上遡及効が生じる場合には共通的に論じることができる。例えば、不動産等の売買や贈与等が行われ、後日(納税義務成立後)、当該契約の解除が行われた場合に、私法上は遡及効が働くとしても、後発的事由に基づく更正の請求ができるのは、「解除権の行使」か「やむを得ない事情」があった場合に限定されており(通令61二)、予測できなかった税負担増を回避するために合意解除したときには、それが当該税目の法定申告期限前に行われたものでない限り、課税上の救済が得られないものと解されるのが有力である(注7)。
しかしながら、このような合意解除の問題についても、国税通則法23条1項、同2項及び同法施行令6条1項2号の各規定を通じて整合性のある解釈(文理上の説明)が困難でもある。いずれにしても、本件のような取得時効における時効完成の時期の問題も含め、私法上の遡及効が生じる法律行為と課税問題については、立法論も含めなお検討の余地があるものと考えられる。また、このような不備な問題があることを考慮した上で、本件各判決を実務上の参考にすべきである。
(注1)詳細については、志場喜徳郎他「国税通則法精解 平成12年版」(大蔵財務協会)313頁参照
(注2)法人税基本通達2-2-16、横浜地裁昭和60年7月3日判決(行裁例集36巻7・8号1081頁)、東京高裁昭和61年11月11日判決(同37巻10・11号1334頁)、最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決(税資159号65頁)等参照
(注3)この考え方は、控訴審の東京高裁平成10年7月5日判決(税資237号142頁)でも支持されている。また、一般に、馴れ合いによる判決又は和解は、当該「判決」に含まれないものと解されている(仙台地裁昭和51年10月18日判決・訟務月報22巻12号2870頁、名古屋地裁平成2年2月28日判決・税資175号921頁、名古屋高裁平成2年7月18日判決・同180号85頁、東京高裁平成3年2月6日判決・同182号297頁等参照)
(注4)同旨の判示をしたしたものとして、岡山地裁昭和55年3月31日判決(税資110号1145頁)、広島地裁昭和56年2月26日判決(行裁例集32巻2号307頁)、東京高裁昭和58年5月31日判決(税資130号632頁)等参照
(注5)当該課税を適法と認めた裁判例については、東京地裁平成4年3月10日判決(訟務月報39巻1号139頁)、静岡地裁平成8年7月18日判決(行裁例集47巻7・8号632頁)等参照
(注6)八ツ尾順一「相続財産と時効」税務事例25巻1号43頁参照
(注7)神戸地裁平成7年4月24日判決(訟務月報44巻12号2211頁)、大阪高裁平成8年7月25日判決(同44巻12号2201頁)、最高裁平成10年1月27日第三小法廷判決(税資230号152頁)(以上の判決については、品川芳宣・解説・TKC税研情報1999年12月号20頁参照)等参照
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