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解説記事2003年07月28日 【編集部解説】 「藤山判決」では、租税実務がもたない(2003年7月28日号・№029)

解説

税理士さん!納税者勝訴に喜んでばかりはいられません

「藤山判決」では、租税実務がもたない

T&Amaster編集部 佐治俊夫



 東京地裁民事3部(藤山雅行裁判長)は、平成15年7月16日、「弁護士業を営む夫が、顧問税理士契約を締結している妻(税理士)に支払った税理士報酬の額は、所得税法56条(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)の適用を受けるものではないと解するべきである。」と判示した(本誌7頁参照)。また、この判決に先立つ19日前、東京地裁民事38部(菅野博之裁判長)は、「弁護士業を営む夫が、独立して弁護士事務所を開設している妻(弁護士)に支払った弁護士報酬の額は、所得税法56条が適用され、これを必要経費に算入することはできない。」と判示した(本誌No.026【7月7日号】12頁参照)。所法56条適用を巡る2件の訴訟の成り行きに強い関心を抱いてきた本誌記者が、判断の分かれたこれらの判決から、納税者勝訴の判決が多いとされる「藤山判決」の問題点を取り上げる。

「偶然」の傍聴から「強い関心」
 両事件は所得税法56条の適用の有無・違憲性を争ったものである。当該条文の問題個所を抜粋しておこう。
事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
第56条 居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額,事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、・・・・・・・ものとみなす。


 藤山裁判長が担当した「弁護士⇒税理士」事件については、国税不服審判所が公開した裁決事例集No.59(平成12年分・第1)に掲載されたこともあり、各種税務情報誌でも取り上げられ、裁決事例の紹介・評釈が行われてきた。
 一方、昨年末、記者は偶然に東京地裁民事38部で「弁護士⇒弁護士」の税務訴訟の傍聴を行っていた。そこでの議論は噛み合わず、原告側は被告(国)の対応に強いフラストレーションを感じているようであった。
 原告は、まず、弁護士報酬の対象となった業務の内容が独立した弁護士間で行われる実体のある業務であること、問題が指摘された以前の税務調査において妻に対する同様の報酬について問題ないということで必要経費算入を継続してきたという状況を説明した。次に、所法56条が個人単位課税の欠陥を補正するために採用された沿革、税務雑誌の特集・学術論文などを挙げて、所法56条は事業者間取引に適用されないことを主張した。また、所得税法12条や所得税基本通達12-5(2)から、事業者(妻)がその事業から生ずる所得は、事業者(妻)に帰属する所得として課税すべきであると主張した。さらに、妻が青色事業専従者であれば必要経費に算入することができるのに、妻が事業者であることから青色事業専従者には該当せず、必要経費に算入することができないのは、余りに不合理であり、その区別の態様において、憲法14条1項(法の下の平等)に違反すると主張したのである。
 これに対して、被告(国)の対応は、冷めたものに見えた。「所法56条の適用要件は、条文にあるように、支払の対象者が『生計を一にする配偶者その他の親族』であること、及び『事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』であって、本件において、いずれの要件を満たしていることは明らかであり、その適用を限定する要件を規定していない。」というものである。
 これでは、原告の主張・求釈明に対して、議論が噛み合うことはない。原告側のフラストレーションに同情したいような状況であった。

『石部税理士』なら必要経費には算入しない
 強い関心は、本誌「雑学事典」(No.25より「石部家の人々」に表題変更)No.004【1月20日号】で表現することにした。税理士が学生である娘に支払ったバイト代が適正な金額である場合に、税理士の必要経費に算入することができるかという形に争点を代えて、問題を提起した。所法56条のことなど知らない石部税理士の奥さんは、他のバイトと同じ時間給で支払っているのだから、娘に支払ったバイト代も経費になると信じていた。石部税理士は所法56条の条文から事業主貸勘定に振替える(必要経費の算入を断念する)という設定だ。
 「雑学事典」では、翌週にみなし規定の意義、3月3日号で個人単位課税と消費単位課税の問題について触れることで、判決が出た時の考える材料を提供してきた。
 生計を一にする事業者間での役務提供の対価を必要経費に算入しないとする取扱いに?(疑問)(以下「?」)を感じるのは、会計人として自然な感覚だと思う。適正な対価であれば、租税回避とはいえないだろうし、必要経費となるか否かは、収益に貢献したかという基準で判断され、「生計を一にする親族」であるかが判断基準ではないはずである。しかし、所法56条の条文をどう読むかは別問題である。
 2つの事件の原告は、率直な?を訴訟として提起した。しかし、石部税理士は、?に対して、積極的な解明を行うことなく、必要経費に算入することを断念して申告した。記者は、所法56条の条文を事業者間取引を除外して適用すべきだとは読めないと思っており、石部税理士の判断は、通常の税理士としての感覚(判断)であると思っている。
 ところが、藤山判決は、石部税理士の判断を否定した。石部税理士は、自分の申告だから、税理士賠償を問われることはないのだが、石部税理士が税理士の業務としての判断で、「弁護士から生計を一にする妻(税理士)への税理士報酬は所法56条により必要経費に算入できない。」とアドバイスしていたとすれば、法的な責任(税理士賠償)を問われることになりかねない。
 藤山判決は、石部税理士にとって、屋台骨を揺るがしかねない問題と認識すべきものなのだ。

?(疑問)の解決だけではすまされない租税法の理論
 藤山判決は、シャウプ勧告以来の租税法の沿革・個人単位課税を中心とする現行租税法の理念まで持ち出して、判決を構成している。率直な?を解決するために、重箱の隅から探し出してきた理論で正当化させようとしたのである。理論の正当性はさておき、このような理論構成まで要求されて、租税実務は機能することができるのであろうか。シャウプ勧告から引きだされてきた個人単位課税を中心とするという理論が所法56条の条文解釈に影響するという考え方を実務家が採用しなければならないとすると、税理士の専門家責任の範囲は、かなり広いものとなるだろう。少なくとも、法令集や通達集では容易に解釈できないことを藤山判決は、正当化の議論で全面に打ち出している。
 何もむずかしい説明をする必要はない。課税庁や税理士が実務の現場において、「生計を一にする親族に対する報酬は、戦後税制の骨格を形成したシャウプ勧告にある個人単位課税の・・・・・・・・・・、だから、所法56条がこのように規定しているとしても、事業者間の取引については、・・・・・・・適用されないと解すべきである。その結果、必要経費に算入することができる。」と回答できれば、藤山判決の結果と一致するのであるから、税理士賠償を回避することができるが、このような状況が可能か・好ましい状況といえるかどうかということである。
 記者は、司法に所得税法令集からも所得税基本通達からも容易に解釈できないような解釈を打ち出されると、「税務行政」「税理士業務」がもたないと考えている。

藤山判決の問題点
 藤山判決では租税実務がもたないことは、容易に想像がつく。しかし、その問題点を明らかにしておく必要もあるだろう。それは、藤山判決が租税法規の特色を軽視していることである。
 租税法は、(1)成文性、(2)強行性、(3)複雑性・技術性、(4)外観性・形式性にその特色がある(金子 宏「租税法」より)。これらの特色を軽視して単に?を感じただけで、司法の判断をされてはたまらない。
 「検証することが難しい沿革や理念が、条文の文字通りの解釈に優先するものなのか。」「仮に限定的に法の適用をすることが正当であるとするならば、適用基準は、成文化(明確化)されずに、司法の解釈で十分ということになるのであろうか。」藤山判決は、一端において、?に応えているかもしれないが、所法56条の解釈に多くの混沌(法的不安定性・予見不能性)を持ち込んでいるのである。
 また、藤山判決は、?を解決するやり方を間違えている。租税法の特色を十分に考察すれば、本件は本来立法論で解決しなければならない問題だということに気付くべきであろう。少なくとも「大島訴訟」における最高裁大法廷判決の判示からは逸脱するものではないだろうか。しかし、判決は「法の解釈適用の誤り」という小手先の理屈付けによる解釈論で解決させようとしている。
 本件訴訟の?が所法56条の存在意義を上回る重要課題であるという判断をしたのであれば、立法的議論に直結する「違憲判決」で対応すべきであった。
 藤山判決は、?を解消していく立法・行政の努力不足を指摘しているつもりかもしれないが、租税の世界に独自の解釈論を持ち込んで、租税法が重視している「予測可能性」を放棄させる結果を導いているように思えてならない。
 税務訴訟において、納税者が勝訴することに、喝采する向きもあるだろうが、租税法の理論を根底から覆してしまうような藤山判決では、『租税実務がもたない』し、少なくとも、所法56条の適用の有無を争う訴訟において、このような藤山解釈論を認めるべきものではないと思う。

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