解説記事2009年09月07日 【最新判決研究】 役員報酬の仮装経理の有無とDES等における債務免除益等の存否(2009年9月7日号・№321)
最新判決研究
役員報酬の仮装経理の有無とDES等における債務免除益等の存否
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
東京地裁平成19年(行ウ)第758号
平成21年4月28日判決
一、事実
(1)X会社(原告)は、自動ドアー、エレベーター等の製作、販売、保守管理等を業とする株式会社(同族会社)であるが、平成11年5月期、同12年5月期、同13年5月期、同15年5月期及び同16年5月期の各法人税について確定申告をした。これに対し、処分行政庁は、平成17年6月29日付で、①平成11年5月期、同12年5月期及び同13年5月期の各法人税について、役員報酬の支給に仮装経理があったとし、当該報酬を損金不算入とする各更正処分をし、②平成15年5月期分法人税について、関連会社から債権の現物出資及び債務の株式への転化(デット・エクイティ・スワップ、以下「DES」という。)につき混同による債務消滅益の計上漏れ等があったとする更正処分及び過少申告加算税等の賦課決定をし、③平成16年5月期分法人税について、関連会社に対する自己株式の譲渡と利息債権の取得につき混同による債務消滅益の計上漏れがあったとする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(以上の各処分を以下一括して「本件各処分」という。)。X会社は、本件各処分を不服として、国(被告)に対して、本件各処分の取消しを求めて本訴を提起した。
(2)平成11年5月期、同12年5月期及び同13年5月期分法人税については、次のような事実がある。
① X会社の代表取締役である甲(X会社の株式の約56%相当の50万株保有)の実兄Oは、X会社の使用人又は役員であったが、X会社の100%子会社として設立されたS会社(平成7年11月1日設立、同15年4月25日X会社吸収合併)に出向し、平成9年1月14日から平成10年1月19日まで及び同年7月31日から平成15年4月25日まで同社の代表取締役の地位にあった。
② X会社は、X会社の従業員及びX会社からS会社に出向していたOや従業員に対する給与手当について、X会社において一括して支給し、これらの給与手当につき所得税の源泉徴収を行った上、S会社への出向者に対する給与手当を給与勘定から控除して同社に対する貸付金に振り替える経理処理をしていた。S会社は、X会社の請求を受ける都度、当該貸付金を精算払いしていた。
③ X会社は、Oに対し、平成10年6月から平成11年5月までの間、毎月基本給として171万3,000円を、平成11年6月から平成12年8月までの間、毎月基本給として106万3,000円及び特別手当として70万円を、平成12年9月に基本給として106万3,000円を、それぞれ支給した。
④ 処分行政庁は、本件各処分にあたり、Oに対する報酬のうち、平成11年5月期分各月70万円合計840万円、平成12年5月期分各月70万円合計840万円及び平成13年5月期分各月70万円合計210万円(以下一括して「本件報酬」という。)が甲が費消したものであるとして、本件報酬の損金算入を否認した。
(3)平成15年5月期分法人税については、次の事実がある。
① Hファイナンスは、X会社に対し、平成2年に合計5億円を貸し付けた(以下「本件貸付債権」という。)が、平成14年3月、本件貸付債権をE会社に譲渡した。E会社は、同年同月、本件貸付金をD銀行に譲渡した。
② D銀行は、平成14年11月、甲会社(X会社の株式の約44%の40万株保有、代表取締役は甲)に対し、本件貸付債権を1億6,200万円で譲渡した。
③ 平成15年3月、X会社が普通株式80万株(1株の発行価額538円、うち資本に組み入れない額28円)を発行し、甲会社が本件貸付債権のうち4億3,040万円の債権を現物出資することによる第三者割当てによる増資(以下「本件増資」という。)が行われた。X会社の請求(旧商法280の8①)に基づき東京地方裁判所から選任された検査役は、平成15年1月28日付で同裁判所に対し、本件増資が適法である旨報告した(以下一連の行為を「本件DES」という。)。
④ X会社は、本件DESと本件貸付債権のうち残金4万2,435円は甲会社から免除を受けたとし、平成15年3月3日付で、長期借入金4億3,044万円余を減少させ、資本金4億円、資本準備金3,044万円、雑収入4万2,435円とする経理処理を行った。
(4)平成16年5月期分法人税については、次の事実がある。
① F銀行は、平成2年11月、X会社に対し、15億円を貸し付け、平成14年1月、D銀行に対し、当該貸付債権及び未収利息債権(以下一括して「本件利息債権」という。)を譲渡した。
② X会社は、平成16年1月8日、甲が代表取締役を務めるY会社(平成18年5月X会社に吸収合併)に対し、2億2,500万円を貸し付け、Y会社は、同月14日、甲が代表取締役を務め、甲会社が全額出資しているL会社に対し、2億6,000万円を貸し付けた。
③ D銀行は、平成16年1月26日、L会社に対し、本件利息債権(残高4億6,931万円余)を2億5,663万円余で譲渡した。また、X会社は、同年4月6日、L会社に対し、本件利息債権の弁済として1億4,461万円余を支払った(同債権の残高は、3億2,470万円)。
④ X会社は、同年4月30日、自己株式34万株(帳簿価額3億2,470万円、以下「本件自己株式」という。)をL会社に譲渡し、その対価として、本件利息債権を取得した。
二、争点及び当事者の主張
1 争点
① 本件報酬の損金不算入の適否。
② 本件DESについて債務消滅益が生ずるか否か。
③ 本件自己株式の譲渡について債務消滅益が生ずるか否か。
2 国の主張
(1)X会社がOに対して役員報酬として支給した金員のうち、Oは本件報酬の税等諸控除後の金額(以下「本件手渡し額」という。)を甲に現金で交付していた。そうすると、本件報酬は、正当な手続を経ない、いわば隠れた財産の処分としての支出といえ、「事実を隠ぺいし、又は仮装して経理をすることによりその役員に対して支給する報酬の額」(法法34②)に当たるので、X会社の所得の金額の計算上損金の額に算入されないことになる。
(2)旧商法にはDESを直接認めた規定はなく、会計処理としては、現物出資の制度にのっとり、現物出資により債権の受入れがされ、受け入れた債権が債務との混同により消滅するのであるから、DESは、会社のバランスシートにおける結果的な姿を表現したものにすぎない。このように、DESは、旧商法における現物出資の制度を適用して行われるものであり、出資された債権の時価が券面額に満たないときは、混同により消滅した券面額との差額につき債務消滅益が発生する。
(3)本件自己株式の譲渡取引により、債権債務が同一人であるX会社に帰属する結果として、債権債務は混同により消滅するが、ここで消滅する資産の帳簿価額は、上記のとおり1億1,202万円余であり、また、混同により消滅する債務の金額は、額面の3億2,470万円である。本件自己株式の譲渡取引により、X会社は3億2,470万円の債務の返済を免れたのであるから、この金額に相当する経済的利益を現実に得たことになるが、反対に、本件自己株式の譲渡取引により取得した1億1,202万円余の債権が消滅したことによる損失が計上されるから、結果として、これらの差額の2億1,267万円余が課税対象となる損益取引により生じた益金(債務消滅益)の額ということになる。
3 X会社の主張
(1)Oが特別手当相当額を支払ったのは、X会社の代表者の甲ではなく、S会社の会長である甲に渡していたものであるから、S会社において損金処理すべきものであって、X会社において損金処理すべきものではない。
そもそも、X会社は、Oに支給した給与について損金算入をしていない。Oは、S会社への出向社員であり、Oに支給した給与を含むS会社への出向社員全員の給与手当につき、当該金額をX会社のS会社に対する貸付金(債権)として振替計上し、X会社においては給与手当(損金)の取消処理をしており、損金には算入していない。損金算入をしていないにもかかわらず、損金算入をしたものとして扱った上で、損金算入を認めないと認定するのは、当該金額を二重に計上して損益計算することとなり、二重課税である。
(2)DESは、1個の取引行為として資本等取引(法人の資本等の金額の増加又は減少を生ずる取引)に該当するので、DESによって債務が消滅しても、債務消滅益は発生しない。
債務者会社の債務を現物出資するにあたり、現物出資対象債権の評価については、平成12年ころ東京地裁商事部が券面額を採用することを明らかにしてからは、現物出資の検査役の調査報告も券面額によってされるようになった。課税実務においても、税法上DESに関する明確な規定はなく、民商法上借用された現物出資として扱われたが、債務者法人に関しては、課税関係が生じないものと解されていた。
(3)自己株式の処分は損益の発生しない資本等取引であり、本件取引が資本等取引に該当する以上、また、本件取引当時及び本件取引を含む事業年度分の法人税確定申告当時、他に別段の定めがない以上、自己株式の処分について債務消滅益を認定することは違法である。また、処分行政庁が未収利息債権の取得価額を1億1,202万円余であると認定したのは、X会社の財務内容を考慮しない何ら根拠のないものであり、その認定は違法である。国の主張に基づけば、本件自己株式の時価は1株当たり329円となり(34万株で1億1,202万円余)、まったく時価からかけ離れた低額すぎる価額である。
三、判決要旨
請求棄却。
1 本件報酬の損金不算入の適否
(1)本件の認定事実を総合して検討するに、X会社が、Oに対し、平成10年6月から平成11年5月までの間、毎月基本給として171万3,000円を、平成11年6月から平成12年8月までの間、毎月基本給として106万3,000円及び特別手当として70万円を支給していることに関して、Oが、甲から、毎月の給与に70万円の金額を特別手当として上乗せして支給するから、70万円に対する税等諸控除後の金額に相当する金額を甲に渡して欲しいと依頼され、本件報酬の支給がなくなるまで毎月給料日後に甲に本件手渡し額を現金で渡していたこと、甲は当時のX会社の代表取締役であり、甲が自ら本件報酬の支給及びその中止を決定していたこと、X会社がS会社への出向者ではない同社の会長としての甲に対し給与又は役員又は役員報酬を支払うべき理由はないこと等の事情を総合すれば、本件各給与手当額のうち本件報酬は、Oに対する出向社員の給与ではなく、X会社代表者の指示により当初からX会社代表者に支給されることが予定されたX会社からX会社代表者である甲に対する代表取締役の役員報酬であり、X会社は本件報酬をOに支給したと仮装して実際にはX会社代表者に支給していたものと認めるのが相当である。
(2)以上によれば、X会社は、自社の代表取締役に対する役員報酬である本件報酬を他社への出向社員に対する給与と仮装して経理処理をし、かつ、これを現実に自社の代表取締役に支給した上で、実質的には損金算入の処理がされたのと同視すべき処理に基づき所得金額からこれを控除して所得金額の申告額を算定している以上、平成11年5月期及び平成12年5月期の各840万円並びに平成13年5月期の210万円については、法人税法34条2項所定の「事実を隠ぺいし、又は仮装して経理をすることによりその役員に支給する報酬の額」に該当するものといわざるを得ず、同項の適用により、X会社の所得金額の計算において損金として算入することができない。
2 本件DESに係る債務消滅益
(1)DESは、株式会社の債務(株式会社に対する債権)を株式に転化することであるが、我が国の会社法制上、これを直接実現する制度は設けられていないため、実務上、既存の法制度を用いてこれを実現する方法としては、株式会社の債権者がその有する債権を当該会社に対し現物出資し、混同により当該会社の債務を消滅させるとともに、当該会社が当該債権者に対し現物出資された債権に相応する株式を発行する方法が採られており、これは債権者の側から債権を株式化する手法と認識され、債務者である会社(以下「債務者会社」という。)の側からは他人資本を自己資本化する手法として認識されている。かつて、平成13年法律第79号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)においては、転換社債の制度が設けられ、社債に限って株式会社の債務を株式に直接転換する制度が設けられていたが、その場合も、転換社債の発行事項(転換社債の総額、転換条件、転換により発行すべき株式の内容、転換請求期間等)を具体的に定め、公示を義務付ける等の詳細な規定が設けられていたことに照らしても、仮に株式会社の債務を株式に直接転換する制度を設けるのであれば、債権者、債務者会社、株主等の利害を調整するための転換の要件、手続及び効果の発生時期等に関する詳細な規定の定めが必要不可欠となるものと解されるところ、法令上、そのような規定は存在しない以上、本件DESがされた当時において、DESを直接実現する方法が法制度として存在したとは解し得ない。このように、法令上、DESを直接実現する制度について何らの規定が設けられていない以上、株式会社の債務(株式会社に対する債権)を株式に転化するためには、既存の法制度を利用するほかなく、既存の法制度を利用する以上、既存の法制度を規律する関係法令の適用を免れることはできないというべきである。そして、我が国の法制度の下において、DESは、①会社債権者の債務者会社に対する債権の現物出資、②混同による債権債務の消滅、③債務者会社の新株発行及び会社債権者の新株の引受けという各段階の過程を経る必要があり、それぞれの段階において、各制度を規律する関係法令の規制を受けることとなる。
(2)X会社は、本件DESは、一の取引行為であり、全体として法人税法22条5項の資本等取引に該当する旨主張する。しかしながら、上記で述べたとおり、株式会社の債務を株式に直接転換する制度が存在しない以上、本件DESは、現行法制上、①本件現物出資による甲会社からX会社への本件貸付債権の移転、②本件貸付債権とこれに対応する債務(以下「本件貸付債務」という。)の混同による消滅、③本件新株発行及びX会社の新株引き受けという複数の各段階の過程によって構成される複合的な行為であるから、これらをもって一の取引行為とみることはできない。また、上記①の現物出資及び同③の新株発行の過程においては、資本等の金額の増減があるので、これらは資本等取引に当たると認められるものの、上記②の混同の過程においては、資本等の金額の増減は発生しないので、資本等取引に該当するとは認められないから、①ないし③の異なる過程を併せて全体を資本等取引に該当するものということはできず、いずれにしても、上記主張は理由がない。
(3)本件現物出資が適格現物出資であれば、法人税法62条の4第1項により、当該被現物出資法人に当該移転をした資産及び負債の当該適格現物出資の直前の帳簿価額による譲渡をしたものとして、当該内国法人の各事業年度の所得の金額を計算することとなるのであって、会社法制上、一般に現物出資対象債権の評価を券面額又は評価額のいずれで行うかという議論は、法人税法上、適格現物出資における現物出資対象債権の価額の認定には影響を及ぼさず、その認定とは関係がないこととなる。そこで検討するに、前記前提事実のとおり、本件増資時である平成15年3月1日より前において、甲会社の出資の全部をT会社が保有し、T会社の出資の60%を甲が、その40%を甲の長女乙が保有していたところ、乙は、法人税法施行令4条の2第8項イ及び4条1項に規定する甲と特殊な関係にある個人に該当するから、甲は、T会社の発行済株式の全部を直接又は間接に保有していたと認められ、甲会社もT会社を介して甲による完全支配関係にあったものと認められる。他方、X会社の発行済株式の約56%を甲が、その約44%を甲会社が保有していたから、X会社も甲による完全支配関係にあったと認められ、さらに、本件増資により甲会社がX会社の発行済株式の過半数である約71%を保有するに至ったものの、上記のとおり甲会社は甲による完全支配関係にある会社であるから、本件増資の前後を通じて、X会社は甲による完全支配関係にあることとなり、甲と甲会社との関係は、本件増資の前後を通じて、同一人である甲による完全支配関係が継続する関係にあったと認められるので、甲会社は法人税法2条12号の4に規定する現物出資法人に、X会社は同条12号の5に規定する被現物出資法人にそれぞれ該当し、本件現物出資は、同条12号の14イ所定の適格現物出資に該当するものというべきである。そして、同条17号トによれば、本件現物出資により増加した資本積立金額は、適格現物出資により移転を受けた資産の現物出資法人甲会社の当該移転の直前の帳簿価額1億6,200万円から本件現物出資によって増加したX会社の資本の金額4億円を減算した金額であるマイナス2億3,800万円となるから、本件現物出資は、資本の金額を4億円増加させ、資本積立金額を2億3,800万円減額させる取引であり、その差額である1億6,200万円の資本等の金額の増加をもたらした資本等取引となる。したがって、適格現物出資に該当する本件現物出資について、資本等の金額の増減等は、上記のとおり専ら適格現物出資に関する平成18年改正前の法人税法及び同法施行令の上記各規定に従って算定されるので、一般的な現物出資対象債権の評価方法(券面額又は評価額)に関するX会社主張の議論の影響を受けるものではなく、上記各規定に基づいて行われた行政処分庁による債務免除益の認定は、平成18年改正後の法人税法の規定の遡及適用によるものではない。なお、適格現物出資によって移転された資産の評価を現物出資法人における直前の帳簿価格によるとする法人税法62条の4は、平成13年法律第6号による改正により設けられたものであり、平成18年改正の際には何ら内容は変更されていない。
(4)平成15年2月の法人税基本通達の一部改正により、法人税基本通達2─3─14(債権の現物出資により取得した株式の取得価額)として、「子会社等に対して債権を有する法人が、合理的な再建計画等の定めるところにより、当該債権を現物出資(法2条12号の14《適格現物出資》に規定する適格現物出資を除く。)することにより株式を取得した場合には、その取得した株式の取得価額は、令119条1項8号《有価証券の取得価額》(編注・現行25号)の規定に基づき、当該取得の時における価額となることに留意する。」との定めが設けられ、合理的な再建計画等に従い現物出資をした場合には、これによって取得した株式の取得価額の評価は、債務者会社の株式の時価によることが明らかにされたが、この通達でも、現物出資対象債権の評価については何ら言及されておらず、依然として評価額又は券面額のいずれによるかについて明確な指針は示されなかった。
(5)上記で検討したとおり、本件現物出資は適格現物出資に該当するので、法人税法62条の4第1項により、本件貸付債権を直前の帳簿価額により譲渡したものとして、事業年度の所得の金額を計算することとなるから、混同により消滅した本件貸付債務の券面額とその取得価額(直前の帳簿価額)1億6,200万円との差額につき、債務消滅益が発生したものと認められる。
具体的には、本件DESにおいて消滅した本件貸付債務4億3,044万円余のうち、現物出資法人である甲会社における本件貸付債権の直前の帳簿価格1億6,200万円を超える部分2億6,884万円余につき、債務消滅益が生じたものと認めるのが相当であり、所得金額の計算上、これを益金の額に算入すべきものと解される。
3 本件自己株式の譲渡に係る債務消滅益
(1)資本等取引は、法人の資本等の金額の増加又は減少を生ずる取引等をいい、自己の株式の譲渡によって増加する資本積立金額は、自己の株式を譲渡した場合における譲渡対価の額から当該自己の株式の当該譲渡の直前の帳簿価額を減算した金額である。この譲渡対価の額は、時価を意味するのであり、時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものと解されるところ、前記前提事実のとおり、D銀行が平成16年1月26日付でL会社に譲渡した本件利息債権(残高4億6,931万0,500円)の譲渡代金は2億5,663万円余であったのであるから、特段の事情がない限り、平成16年1月26日当時の本件利息債権の時価は2億5,663万円余であったものと認めるのが相当であり、L会社が時価と異なる価格で本件利息債権を取得したことをうかがわせる特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。そして、前記前提事実のとおり、X会社は、L会社がD銀行から本件利息債権を取得してから間もない平成16年4月6日に、L会社に対し、本件利息債権の返済として1億4,461万円余を支払い、同月30日に、その残額3億2,470万円の本件利息債権を取得したものであるから、本件自己株式の譲渡対価である同日当時の本件利息債権の時価は、2億5,663万円余から1億4,461万円余を控除した残額である1億1,202万円余と認めるのが相当である。
法人税法2条17号ロによれば、譲渡対価の額から当該自己の株式の当該譲渡の直前の帳簿価額を減算した金額が資本積立金額となるところ、本件利息債権の本件自己株式の譲渡直前の帳簿価格は3億2,470万円であるから、上記譲渡対価の額1億1,202万円余からこれを減算した金額マイナス2億1,267万円余が資本積立金額となるので、本件自己株式の譲渡は資本等取引に該当する。
そして、本件自己株式の譲渡の結果、X会社が取得した本件利息債権(取得価額1億1,202万円余)と本件利息債務(3億2,470万円)は混同により消滅したが、これは本件自己株式の譲渡によって消滅したものではなく、混同により消滅したものであり、混同は、資本等の金額の増減を発生させるものではないから、資本等取引に該当するとは認められない。したがって、X会社は、損益取引に該当する混同によって3億2,470万円の債務の返済を免れ、この金額に相当する経済的利益を得たことになるので、本件利息債権の取得価額1億1,202万円余を控除した残額2億1,267万円余につき、債務消滅益が発生したものと認めるのが相当である。
(2)X会社は、国の主張に基づけば、本件自己株式の譲渡取引における本件自己株式の時価は1株当たり329円となり(34万株で1億1,202万円余)、まったく時価からかけ離れた低額すぎる価額となるのであり、本件自己株式の譲渡取引当時のX会社の貸借対照表に照らして、名実ともに譲渡の対価は3億2,470万円である旨主張する。
しかしながら、本件では、本件自己株式の譲渡の対価として取得した債権の時価が争点となっているのであり、その時価は、上記検討したとおり、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものであって、D銀行の譲渡価格から譲渡直前の弁済額を控除した額がこの時価に相当するものと認められるから、上記主張は理由がない。
確かに、債務者会社の財務状況は、債務者の返済能力に関わる事情であるから、債権の時価を左右する一要素であり、かかる意味で、債務者会社の株価の評価と債務者会社に対する債権の時価との間には相応の関連性があると考えられるところである。しかしながら、X会社の発行済株式は甲が直接又は間接にその全部を保有していたところ、本件自己株式の譲渡取引の相手方となったL会社が公認会計士に依頼し、平成15年11月30日を評価基準日として時価純資産価額方式により評価したX会社の株価は、1株当たり212円であり、その評価は、本件自己株式の譲渡取引が行われるであろうことを前提に、本件自己株式の譲渡取引により消滅する債務の金額(当該評価額算定上は3億3,270万円)を負債の金額からあらかじめ控除した上で計算されたものであり、3億3,270万円を負債から控除しないで計算すると、1株当たりでは49円にすぎず、処分行政庁が認定した譲渡価格を前提として算出した株価329円よりもいずれも低額であり仮に株価との関連を勘案しても、処分行政庁の認定した本件利息債権の時価が低額にすぎるとは認め難く、いずれにしても、上記主張は理由がない。
(3)なお、X会社は、譲渡契約における譲渡対価の額は、当事者間の合意により定まるのが民商法の大原則であり、譲渡対価の額は本件自己株式の簿価である3億2,470万円である旨主張する。しかしながら、前示のとおり、時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものと解されているのであり、当事者の合意した価額が客観的な交換価値としての時価と異なるときは、客観的な交換価値としての時価に基づいて損益を判断することになるのであるから、上記主張は理由がない。
また、X会社は、財産評価基本通達204によれば、貸付金債権等に係る利息の価額は、券面額で評価されるから、L会社のX会社に対する債権の評価は3億2,470万円である旨主張する。しかしながら、同基本通達は、国税庁長官が下級機関に対して一般的な取扱いを示達したものであって、直接に国民に対して法的効力を有するものではない上、その内容も、個人の相続税及び贈与税の課税価格計算の基礎となる相続財産の評価に関する基本的な取扱いを定めたものであって、法人税の課税価格計算の基礎となる資本積立金額の増減を判断する指標としその自己株式の譲渡対価の額等の評価についてその取扱いを定めたものではなく、その評価手法が直ちに妥当するものではないから、他の評価方法によって合理的な評価ができるときに、同基本通達の評価手法によらなければ法人税の課税処分が違法となるものではなく、前示のとおり本件利息債権は上記のとおり評価するのが合理的であると認められるので、上記主張は理由がない。
(4)X会社は、民法上、1つの取引である本件自己株式の譲渡取引を、何らの根拠なく譲渡金額を当事者の合意とは別異の金額であるとした上で、独自の解釈に基づき2つに分解し、一の部分は資本等取引でありその他は損益取引であるとすることは、明らかに、公正妥当な企業会計原則に反し、法人税法22条4項に反する旨主張する。
しかしながら、本件利息債権のX会社への移転及びその消滅の各過程は、私法上も、①X会社がL会社に対し本件自己株式を譲渡し、その対価としてL会社がX会社に対し本件利息債権を譲渡する旨の合意、②本件利息債権と本件利息債務が同一人であるX会社に帰属したことに基づく混同による消滅の2段階の各過程に分解されるものであり、特に、上記②の混同による債権債務の消滅の効果は、債権債務が同一人に帰属することにより当然に発生するものであり、仮にこの事件により当然に発生する法的効果についてその発生を企図する合意をしたとしても、法的には意味はなく、上記①及び②を併せて民商法上1つの取引とみることはできない。そして、資本等の金額の増減が発生するのは上記①の取引のみであり、上記①の合意は資本等取引と認めることができるが、上記②の混同は、資本等の金額に増減を発生させるものではなく、資本等取引に該当するとは認められず、損益取引に該当すると認められるので、これによって消滅した債務の額を債務免除益と認めて課税することは、公正妥当な企業会計原則に反するものではなく、法人税法22条4項に反するものでもないので、上記主張は理由がない。
(5)X会社は、本件自己株式の譲渡につき、課税庁がその対価を1億1,203万円余と認定することは、租税回避行為の否認に該当し、租税法律主義の下では許されない旨主張する。しかしながら、租税回避行為の否認とは、通常用いられない法形式を用いて税負担を減少させる行為を通常用いられる法形式に引き直して課税をするというところ、自己株式の譲渡の対価を当事者の合意した額よりも低く認定することは、法形式を異なる法形式に引き直すものではなく、単に同一の法形式において対価の額を合意と異なる額と認定したものにすぎず、租税回避行為の否認に該当しないから、上記主張は理由がない。
(6)以上に検討したところによれば、X会社が本件自己株式の譲渡により得た本件利息債権の時価は1億1,202万円余であると認められ、混同により消滅した本件利息債務3億2,470万円から本件利息債権の取得価額1億1,202万円余を控除した残額である2億0,126万円余につき、債務消滅益が生じたものと解されるのであって、X会社のその余の主張も、この判断を左右するに足りるものとは認められない。
四、解説
はじめに
本件は、①出向元法人であるX会社が出向先法人の代表取締役を務める者に対して支給した役員報酬の一部(本件報酬)が隠ぺい・仮装されたものであるとして当該報酬が損金不算入となるか、②関連会社との間で行った本件DESにおいて債務消滅益が生じるか否か、及び③関連会社との間で行った自己株式の譲渡(対価は本件利息債務)によって債務消滅益が生じるか否かが争われたものである。
本件における①ないし③の各争点は、いずれも同族会社固有の関連会社(者)間における操作的な取引から生じているものであるが、特に、②及び③については、DES及び自己株式の譲渡(取引)についての旧商法又は会社法の解釈(取扱い)との関係も問題となる。また、これらの問題を課税上有利になるように同族関係会社間において操作を行ったものとも推測できるし、それに対応する課税のあり方にも考えさせられるところがある。以下、上記の各問題について、解説することとする。
1 本件報酬の損金性
(1)法人税法34条3項は、法人が、事実を隠ぺいし、又は仮装して経理をすることによりその役員に対して支給する給与の額は、その法人の所得金額の計算上、損金の額に算入しない旨定めている。この規定は、平成10年の法人税法改正において設けられたものであるが、従前、役員に対して支給される報酬(損金算入)と賞与(損金不算入)との区分が「定時・定額」か「臨時的」かという形式基準においてのみ判断されていた弊害があったので、それを除去しようとしたものである。
すなわち、名古屋地裁平成4年2月28日判決(税資188号499頁)及び名古屋高裁平成4年7月30日判決(同192号259頁)(注1)の事案では、売上除外金を原資とする役員に対する裏給与(定時・定額性の要件を充足)の損金性(報酬か賞与)が争われたが、このような裏給与の支給も、当時の実務では、定時・定額性の要件さえ満たしておけば賞与として否認されないものと解されていた嫌いがある。そこで、このような弊害を除去する必要があったといわれる。
(2)ところで、本件においては、本件係争事業年度中はS会社の代表取締役を務め、その前後においてX会社の取締役を務めていたOに対して支給した報酬の一部(本件報酬)を、X会社の代表取締役である甲に手渡したというものである。この支給方法それ自体は、「事実を隠ぺいし、又は仮装して経理すること」に該当するものとも解される。
しかしながら、本件においては、X会社とS会社は、出向元法人と出向先法人の関係にあり、X会社が、S会社に勤務するOを含む出向者の給与を一旦給与勘定を通して支給し(所得税の源泉徴収も行う。)、その金額を給与勘定から控除してS会社に対する貸付金に振り替え、その後のS会社からの入金によって当該貸付金を精算していたというものである。
そうすると、本件の事実関係からみて、本件報酬は、S会社の所得金額の計算上損金の額に算入されたものと認められるが、X会社の所得金額の計算上損金の額に算入されたものとも認め難い。そうであれば、本件報酬をX会社の所得金額の計算上損金不算入とすることに納得しがたいものがある。この点につき、X会社もその旨主張しているのであるが、本判決は、それに対応した判示をしているとも認められない。
2 本件DESと債務消滅益の存否
(1)本件におけるようなDESとは、債権者と債務者の合意に基づき債務を株式に変更するものであるが、「会社に対する債権の(現物)出資である」と解することもできる。このこと自体は、転換社債を株式に転換することと類似するものであるから、それに準じて考察すれば足りるとも考えられる。また、一旦、債務の弁済を受けて金銭出資する方法を短縮したものであるとも考えられ、それであれば、一般の金銭出資と同様に解すれば足りる。
しかしながら、DESは、一般に、過剰債務を抱える企業の再建に用いられる手法であると考えられているので、通常の現物出資や金銭出資とは別の考察が必要であるとも考えられる。すなわち、DESにおいては、債権者からすれば、当該債権の全額を回収することは覚つかなくなっているわけであるし、株式を発行する債務者にとっても、券面額以下の弁済しかできない債務を株式に変更するわけであるから、増加すべき資本の額が問題となる。
そのため、株式の発行にあたっては、債務の消滅額と払込み額が同額であるとし、債務の名目金額に相当する額だけ資本金(及び法定準備金)を増加させる方法(以下「券面額説」という。)と債務(債権)の時価相当額の資本金(及び法定準備金)を増加させる方法(以下「評価額説」という。)が対立する。
諸外国の状況をみると、ドイツ以外の欧米諸国では、券面額説が採用されているようであるが(注2)、我が国でも、東京地方裁判所商事部は券面額説を採用している(注3)。
以上のように、商法では、券面額説の方が有力のようである。しかしながら、商法では「資本」に見合う会社財産が確保されなければならないとする資本充実の原則が重視されているので、券面額説には疑問も生じる。もっとも、本件では、商法上の論争を検討することを予定していないので、次のような考え方(注4)を紹介しておくに留める。
「債務の株式化においては、会社(債務者)にとっては、消滅した債務の額に相当する純資産が増加しているのだから、増加純資産額に相当する額だけ「資本」の額を増加させることには問題はないように思われる。いいかえれば、債権者における債権の評価額で計上する必要はないと考えられる。また、資本充実との関連で、「債権者にとっての」債権の評価額に相当する額の資本増加のみが認められるという立場によると、新株予約権付社債(従来の転換社債など)の新株予約権が行使された際には、「債権者にとっての」社債券の評価額を把握し、増加資本金額を決定すべきこととなろうが、従来、転換社債について、そのような主張はなされてこなかったように思われる。」
(2)また、券面額説は現存する債務の額を資本金に振り替えるものであるから、法人税法22条5項に定める「資本等取引」になじむものと考えられる。そのように割り切って考えれば、その他の課税問題も検討するに及ばない。しかしながら、株式を発行する法人(債務者)にとっては、実質的に過大な資本金を増加させることになるから、課税上不利な扱いを受ける場合が多くなる(法法66②、措法66の13等参照)。また、株式を取得する法人(債権者)にとっては当該債権に係る評価損を実現させる機会を延期させることとなり、当該株式の取得価額が問題となる。すなわち、このような形で取得した株式の取得価額は、法人税法施行令(略称を「法令」という。)119条1項2号が適用されようが、同号では、「金銭以外の資産の価額」(すなわち、時価)としている。したがって、同号の規定は、券面額説の採用を予想していないように考えられ、安易に券面額説によって税務処理をしたとしても、債権者側に寄附金課税のような問題が生じることになる(注5)。
例えば、福井地裁平成13年1月17日判決(税資250号8815順号)及び名古屋高裁金沢支部平成14年5月15日判決(同252号9121順号)の事案(注6)では、原告会社が、多額な債務超過(その大部分を原告会社が融資)を抱えている子会社に多額な増資をさせてそれを引き受け、それによって取得した株式を譲渡して多額な譲渡損失を生じさせた場合に、当該増資における新株の引受け自体が寄付金に当たると認定して課税処分が行われているが、この場合、原告会社が、子会社に対する貸付金を株式化することも可能であったはずであるし、当該株式化が券面額説によって行われたとしても、寄附金課税の問題が生じることも考えられる。また、債権者側における寄附金課税は、債務者側に対する債務消滅益の課税問題を惹起する。
(3)他方、評価額説によった場合には、前述のような寄附金課税問題は一応解消する。しかしながら、債務者側では、原則として、債務免除益が生じるので、新たな課税問題が生じる。
この点、平成15年に定めた法人税基本通達2-3-14は、「債権の現物出資により取得した株式の取得価額」と題し、次のように定めている。
「子会社等に対して債権を有する法人が、合理的な再建計画等の定めるところにより、当該債権を現物出資(法第2条第12号の14(適格現物出資)に規定する適格現物出資を除く。)することにより株式を取得した場合には、その取得した株式の取得価額は、令第119条第2項第8号(有価証券の取得価額)(編注・現行25号)の規定に基づき、当該取得の時における価額となることに留意する。」
この通達に関して、国税庁担当者は、次のように説明している(注7)。
「本通達は、債権者がその有する債権を債務者に対して現物出資する、いわゆるデット・エクイティー・スワップ(Debt Equity Swap)が合理的な再建計画等に基づき行われた場合には、その現物出資により取得した株式の取得価額は、適格現物出資となる場合を除き、その取得時の時価となることが明らかにされたものである。
<中略>
したがって、債権を現物出資した場合でも、その取得した株式の取得価額は、会計上の処理と同様に、その取得のときの時価となり、その取得した株式の取得時の時価と消滅した債権の帳簿価額との差額は、その現物出資のあった事業年度の損金の額又は益金の額として処理することとなる。
なお、デット・エクイティー・スワップは前述したように再建支援の一形態として行われるものであり、これにより生じた損失は、一般的には債権の譲渡損であるが、実質的には債務者に対する債権放棄により生じる損失と同じく支援としての性格を有するものであることから、デット・エクイティー・スワップを含む再建計画が経済合理性のない過剰支援と認められるような場合には、債権者から債務者に対する寄附金と認定される可能性があるので、留意する必要がある。」
このような説明においても、債権者側の寄附金課税の問題が生じることがあり得ることが指摘されているだけであって、不良債権処理において債務者側の債務消滅益等の課税問題が残されることに変わりはない。
そのため、このような課税問題を緩和する方法として、会社更生等による債務免除等があった場合の欠損金の損金算入制度(法法59)が設けられたが、それも、債務消滅益の部分的な課税免除であって不良債権処理全般に役立つものではない。
(4)かくして、本件においては、D銀行は、本件貸付金を1億6,200万円でわざわざX会社の関連会社である甲会社に譲渡しているのであるが、直接、X会社に対して、当該債権を現物出資して株式化(DES)することも可能であったはずであるし、株式の取得が必要でないというのであれば、1億6,200万円の弁済を求めて残額を免除することも可能であったはずである。しかし、X会社は、このように、D銀行と直接取引を行った場合には、債務免除益の計上を余儀なくされるということで、甲会社を迂回させて本件DESを行ったものと認められる。
そうだとすれば、本件増資が適格現物出資に該当するか否かにかかわらず、甲会社が本件増資によって取得した株式の取得価額は1億6,200万円となり(法人税基本通達2-3-14参照)、その金額に見合う金額がX会社の資本の金額の増加額となるから、X会社においては、本件貸付債権(債務)の残額(4億円)との差額が債務消滅益となると考えられる。
そのように考える方が本件の事実関係に即しているものと考えられるが、そのように考えないと、本件のような場合に関連会社間の迂回取引において適格要件を充足しない方法が採用された場合には、本判決の論理は容易に崩れることになる。
もっとも、このような論理は、不良債権処理における債務消滅益課税を単に容認することのみを意味するものではなく、むしろ立法的に解決すべき問題が残されていることを示唆するものである。
3 本件自己株式の譲渡に係る債務消滅益
(1)本件自己株式の譲渡に関しても、その前提として、本件利息債権が、D銀行から甲会社の100%子会社であるL会社に対し2億5,663万円余で譲渡されている。その後、X会社は、L会社に対して本件利息債権の一部弁済として1億4,461万円余を支払い、その残高を3億2,470万円としている。そして、X会社は、自己株式34万株(帳簿価額3億2,470万円)をL会社に譲渡し、その対価として本件利息債権を取得している。これらの取引の形式上からは、X会社に特段の損益が生じないようにも考えられる。
しかしながら、本判決は、本件利息債権の本件自己株式譲渡時の時価が、L会社がD銀行に支払った2億5,663万円余からL会社がX会社から弁済を受けた1億4,461万円余を控除した残高の1億1,202万円であると認定し、本件自己株式の譲渡(取得)の結果、X会社が取得した本件利息債権(取得価額1億1,202万円余)と本件利息債務(3億2,470万円)は混同により消滅し、この混同(損益取引)によって、前記の差額2億1,267万円余が債務消滅益となる旨判示した。
また、X会社が本件自己株式の譲渡は資本等取引であるから損益が生じない旨主張したことに対し、本判決は、本件利息債権のX会社への移転及びその消滅の各過程は、私法上も、①X会社からL会社に対し本件自己株式を譲渡し、その対価としてL会社がX会社に対し本件利息債権を譲渡する旨の合意、②本件利息債権と本件利息債務が同一人であるX会社に帰属したことに基づく混同による消滅の2段階に分解され、②の混同は資本等取引ではないから債務消滅益を認定し得る旨判示した。
(2)本件においては、このように、本件自己株式の譲渡を2段階に区分するほか、当該譲渡時の本件利息債権の「時価」が幾許であるかが争われた。当該債権の「時価」は、本件における債務消滅益の存否に関わる重要な判定要素となるが、D銀行がL会社に対して本件利息債権を譲渡してから本件自己株式がL会社に対して譲渡されるまで約3月しか存しないこと、その間、X会社、甲会社及びL会社という関連会社間において本件利息債権及び本件自己株式を処理するための準備手続が行われていたことを考慮すれば、D銀行からL会社への譲渡時には、その譲渡価格の2億5,663万円であったと認定することに合理性が認められる。また、本件自己株式の譲渡時の時価については、当該価額からX会社がL会社に対して弁済した1億4,461万円余を控除した残額の1億1,202万円と認定することにも合理性がある。
そうであれば、本判決が判示するように、本件自己株式の譲渡を私法上2つの取引に区分した、混同によって債務消滅益が生じると認定することも1つの考え方であろう。
(3)しかしながら、本件自己株式の譲渡を私法上の2つの取引に分解することには、当事者間においてそのような私法上の取引が行われたわけではないので、かなり無理を強いているようにも考えられる。むしろ、本件自己株式の譲渡においては、資本等取引と損益取引とが混在していると考えた方が、従前の裁判例に照らしても妥当であると考えられる。
すなわち、L会社が本件自己株式を取得するにあたっては、その取得価額は当該株式の時価によらざるを得ない(法令119①二、二五)であろうし、X会社が本件自己株式を譲渡して本件利息債権を取得するにあたっては、当該株式の譲渡価額(資本取引価額)は本件利息債権の時価(1億1,202万円)によることが妥当であろうから、当該時価を上回る部分の本件利息債権(債務)が消滅し(損益取引)、結果的に、本判決が認定した債務消滅益が生じることになる。このことは、X会社とD銀行間において、直接、本件利息債権と本件自己株式を交換した場合あるいは本件利息債権を代金2億5,663万円で精算した場合においても、結論は同じになるはずである。
なお、前掲の福井地裁平成13年1月17日判決及び名古屋高裁平成14年5月15日判決では、増資という外形上は1つの資本等取引であっても、資本等取引と寄附金の支出(受贈益の受取り)という損益取引とが混在しているとして、当該増資によって取得した株式の取得価額が認定されている(注8)。
4 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件においては、①本件報酬がX会社の所得金額の計算上損金の額に算入し得るか、②本件DESにおいて債務免除益が生じるか、及び③本件自己株式の譲渡において債務消滅益が生じるかが争われたものであるが、本判決は、①については損金算入を否定し、②及び③については債務免除益と債務消滅益の発生を認めた本件各処分の適法性を容認した。
①については、「事実を隠ぺいし、又は仮装して経理をする」ことによって支給した役員給与を損金不算入とする規定(法法34③)が適用された数少ない事例として評価し得る。しかし、本件の事実関係においては、出向元法人であるX会社と出向先法人であるS会社の本件報酬をめぐる経理処理に問題が残されているようであり、本件報酬がX会社の所得金額の計算上直ちに損金不算入と認定し得るかについて問題を残している(この点の問題点については、前述した。)。
(2)②については、DESに係る課税処分が直接訴訟で争われた数少ない例として注目される。DESをめぐる課税問題は、債権者側における取得株式の取得価額が幾許であるかということとそれに伴う寄附金課税の是非であり、債務者側における資本金への組入れ額とそれに伴う債務免除益の計上の有無である。もっとも、これらの問題は、債権者と債務者が直接DESを行った場合には、それぞれの課税のあり方が明らかにされてきたといえる(特に、債務免除益課税は、原則として、回避し難い状況にある。)。
そこで、本件においては、X会社とD銀行との間で直接DES又は債権処理を行うことなく、関連会社である甲会社を介在させて、X会社と甲会社との間でDESを行い、かつ、裁判所の検査も了したというものである。かくして、本判決は、本件DESにおける現物出資が適格現物出資に当たるとした上で、甲会社における本件貸付債権の帳簿価額を上回る部分の本件貸付債権の額が債務免除益になると判示した。DESに係るこのような判決は、恐らく初めてのものであろうが、そのような適格要件を充足していない場合であっても、債務免除益の規定が可能であることを前述した。
(3)③については、本件自己株式と本件利息債権とを交換(相互譲渡)したことによって、X会社にとって当該債務を解消したものであるが、実質的には、「債務の株式化」という点においてDESと変わりはない。また、自己株式の売買が従前のように有価証券の売買(損益取引)であると取り扱われていれば、債務消滅益の認定も容易である。
ところが、本件においては、前述のように、本件利息債権の債権者であるD会社とX会社との間にL会社等を介在させて、本件自己株式と本件利息債権とが実質的に相殺(解消)されている。しかし、本判決は、本件自己株式の譲渡は、①資本等取引と②混同とに分解できるとし、②の取引において債務消滅益を認定し得ると判示している。もっとも、このような認定にも問題があるところであるので、むしろ、本件自己株式の譲渡には、資本等取引と損益取引(本件利息債権の一部切捨てとそれに見合う債務消滅益の認定)とが混在しているものと認定し、それぞれに対応する課税処分が検討されて然るべきであると考えられる。
なお、②及び③については、いずれも同族会社を介在させて、債務免除益又は債務消滅益を発生させないように操作していることは明らかであるので、場合によっては、法人税132条の規定(同族会社等の行為計算の否認)を援用することも考えられる。反面、不良債権処理等において担税力もないのに債務免除益が強行されることに鑑みると、そのような債務免除益課税を一層軽減する立法上の措置が望まれているとも考えられる。
(しながわ・よしのぶ)
(注1)品川芳宣『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社、2001年)258頁参照。
(注2)弥永真生『「資本」の会計』(中央経済社、2003年)22頁参照。
(注3)前出(注2)22頁参照。
(注4)前出(注2)29頁参照。
(注5)詳細については、品川芳宣「税法における資本と負債の区分」租税法研究第32号(租税法学会)84頁等参照。
(注6)前出(注5)78頁のほか、品川芳宣・JTRI税研2001年9月号109頁、同・TKC税研情報2001年12月号20頁参照。
(注7)小山真輝「平成14年度の法人税改正に係る取扱通達について」(日本租税研究協会)9頁。
(注8)前出(注6)各書参照。
品川芳宣(しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学教授。平成17年早稲田大学大学院客員教授(専任)、筑波大学名誉教授、税務大学校客員教授。弁護士
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究・増補改訂版』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)、『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい)、『徹底解明相続税財産評価の理論と実践』(同)他多数。
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