資料2009年11月19日 【主要判例】 平成20(わ)7369 所得税法違反,国税徴収法違反,業務上横領,有印私文書偽造,同行使,旅券法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
事件番号 平成20(わ)7369
事件名 所得税法違反,国税徴収法違反,業務上横領,有印私文書偽造,同行使,旅券法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
裁判年月日 平成21年11月19日
裁判所名・部 大阪地方裁判所 第12刑事部
判示事項の要旨
所得税法違反,業務上横領等の罪に問われた大阪弁護士会所属の弁護士(元大阪府議会議員)に対し,懲役7年及び罰金8000万円の判決が言い渡された事例
主文
被告人を懲役7年及び罰金8000万円に処する。
未決勾留日数中100日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは,金20万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,大阪弁護士会に所属する弁護士であるが,
1 A株式会社との先物取引により損害を受けたBから委任を受け,同社に対する損害賠償請求訴訟及び損害賠償金等の代理受領等の業務に従事し,平成17年9月14日,同社から,上記Bに対する和解金として,大阪市北区曽根崎1丁目1番2号所在の当時の株式会社UFJ銀行(現在の株式会社三菱東京UFJ銀行)梅田新道支店に開設され,被告人の預り金口座として使用していた「C法律事務所預り口代表者D」名義の普通預金口座に,3412万0800円の振込み入金を受け,これを上記Bのために業務上預かり保管中,同月26日,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,秘書であるEをして,上記3412万0800円を同口座から出金させて着服し,
2 Fから委任を受け,亡Gの遺産分割審判申立て及び遺産の代理受領等の業務に従事し,平成19年10月24日付け大阪高等裁判所の決定に基づき,上記Fが取得することになった遺産である上記G名義の預貯金等合計7200万1500円について,同年11月26日ころから同年12月21日ころまでの間,これらを解約した上,上記株式会社三菱東京UFJ銀行梅田新道支店に開設され,被告人の預り金口座として使用していた「C法律事務所預り口代表者H」名義の普通預金口座に入金し,これを上記Fのため業務上預かり保管中,別表1記載のとおり〈別表省略〉,同年12月20日から平成20年4月23日までの間,13回にわたり,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち合計5942万1386円を同口座から出金させて着服し,
3 I株式会社との先物取引により損害を受けたJから委任を受け,同社に対する損害賠償請求訴訟及び損害賠償金等の代理受領等の業務に従事し,平成20年6月26日,同社から,上記Jに対する和解金として,上記「C法律事務所預り口代表者H」名義の普通預金口座に,3500万円の振込み入金を受け,これを上記Jのために業務上預かり保管中,同月30日,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち3250万円を同口座から出金させて着服し,
4 Kから委任を受け,同人の財産保管等の業務に従事し,平成20年9月26日,同人から預かった2360万1856円を大阪市北区南森町2丁目1番29号所在の株式会社三井住友銀行南森町支店に開設した「K代理人弁護士L」名義の普通預金口座に入金し,これを上記Kのために業務上預かり保管中,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち,同年10月24日に50万円を,同月28日に2300万円をそれぞれ同口座から出金させて着服し,
もって,それぞれ横領した。
第2 被告人は,大阪市北区内において弁護士業を営むものであり,所得税等の国税等を納税すべき納税者であって,当該国税等を納付期限までに納付せずに滞納していたものであるが,上記納税義務に係る滞納処分の執行を免れるとともに,自己の所得税を免れる目的で,
1 平成18年3月28日ころから同年9月25日ころまでの間,別表2記載のとおり〈別表省略,大阪市北区〉天神橋6丁目7番8号所在の株式会社三菱東京UFJ銀行天六支店ほか2か所において,不動産転売による手数料合計7億0455万7469円を自己が管理する有限会社M名義の普通預金口座に入金するなどの方法を用いて全額除外する行為により,その総所得金額のうち6億9644万2915円を秘匿し,もって自己の財産を隠蔽し,
2 平成18年分の実際の所得金額が6億9738万3589円であり,これに対する所得税額が2億5497万7500円であったにもかかわらず,上記1の方法によってその所得の大部分を隠匿した上,平成19年3月14日,大阪市北区南扇町7番13号所在の所轄北税務署において,同税務署長に対し,平成18年度の所得金額が94万0674円で,これに対する所得税額が1万6200円である旨のことさら少ない金額を記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により,平成18年分の所得税2億5496万1300円を免れた。
第3 被告人は,他人であるN名義を使用して不正に一般旅券の発給を受けようと企て,上記Nの実弟であるOと共謀の上,平成20年3月7日,大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1番43号所在の大阪府パスポートセンター阿倍野分室において,同府知事を経由して外務大臣に対し一般旅券の発給を申請するに際し,行使の目的をもって,ほしいままに,一般旅券発給申請書の氏名欄に「N」,生年月日欄に「昭和25年11月6日」,本籍欄に「大阪市浪速区〈以下省略〉」,現住所欄に「大阪市浪速区〈以下省略〉」などとそれぞれ他人の氏名,住所等を記載した上,申請者欄に「N」と偽って記載し,もって,N名義の一般旅券発給申請書1通を偽造し,即時,同所申請窓口において,同窓口係員に対し,上記偽造した一般旅券発給申請書をあたかも真正に成立したもののように装い,自己の写真及び上記Nの戸籍謄本等とともに提出して行使し,よって,平成20年3月18日,同所において,同窓口係員から,外務大臣の発行した上記申請に係るN名義の一般旅券の交付を受け,もって,不正の行為によって旅券の交付を受けた。
第4 被告人は,日本人であるが,本邦外の地域であるフィリピン共和国に赴く意図をもって出国するに際し,
1 平成20年11月11日,愛知県常滑市セントレア1丁目1番地所在の中部国際空港において,入国審査官に対し,上記N名義の旅券を提示して行使し,もって,他人名義の旅券を行使し,
2 乗員ではないのに,同日,同所において,入国審査官に対し,上記N名義の旅券を提示し,真正な旅券に入国審査官から出国の証印を受けることなく,フィリピン共和国行きの航空機に搭乗して本邦の領域外に渡航し,もって,入国審査官から出国の確認を受けないで本邦から出国した。
(証拠の標目)〈省略〉
(争点に対する判断-判示第2の2の点について-)
1 弁護人は,被告人に判示第2の2の所得税法違反の犯罪が成立することは争わないとしつつも,情状として,①被告人が判示不動産売買に際し,他人の名義を利用したのは,所得税を免れるためではなく,当該不動産売買の対象物件である本件不動産の取引に弁護士として名前を出すことがはばかられたことが主たる理由であり,②本件不動産の転売利益について,被告人は個人所得としていずれは申告するつもりであったが,高額納税者として氏名が公表されることがはばかられていたところ,税理士事務所の事務員から期限後申告であれば高額納税者として公表されることはないとの進言を受けたため,法定納期限までに申告しなかったものであると各主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。
2 しかし,被告人は,本件不動産の取引について,個人名を出さなかった理由として,転売利益が出たときに,国税庁や債権者からの差押えがされると困るという理由も述べているところであり,当時すでに高額の滞納をしていた国税債務等の執行を免れる目的があったことは認めている。このように,滞納分の国税等に対する強制処分の執行を免れる意図はあったのに,転売利益にかかる所得税は申告するつもりであったとする被告人の公判供述は,それ自体矛盾するものともいえる。そして,関係証拠から認められる当時の被告人の財産状況や本件不動産売買の態様等に照らせば,本件不動産の転売をした時点で,転売利益に課税される所得税をほ脱しようとする意図が全くなかったとする被告人の公判供述は到底信用できず,弁護人の主張は採用できない。
3 他方,期限後申告の点についてみると,本件不動産の取引に関係した者に対して税務署の税務調査が入ったことなどから,本件不動産取引が終了した後の平成18年11月ころの時点で,税務署に,本件不動産の転売についての所得の存在を把握されるのを被告人も認識していたのであるから,被告人において,所得税を免れるのが難しいことは分かっていたはずである。確かに,高額納税者公表制度は,平成17年度に廃止されているが,制度廃止後間もない時期である平成19年の時点で,被告人が廃止の事実を知らなかったとしても不自然とまではいえず,当時多額の債務を抱えていた被告人が,債権者からの追及を免れるなどのために高額納税者として氏名が公表されることを嫌い,税理士事務所の事務員にアドバイスを求めたとしても矛盾はない。そして,この点に関する被告人の供述は,客観的な証拠とも符合する部分があり,排斥することはできない。
そうすると,平成18年度の所得税申告にあたり,被告人が,税理士事務所の事務員から,本件不動産転売にかかる所得の申告について,その詳細な内容は別としても,期限後になってから申告しても大きな問題とならない旨のアドバイスを受けていたことまでは否定できない。ただ,このように認定しても,被告人において,期限内に提出する所得税確定申告書の内容が虚偽であり,そのまま法定納期限を徒過させる行為が所得税法違反の構成要件に該当する行為であると認識していたことは,被告人供述を前提としても認定できるところであるから,所得税法違反の故意に欠けるところではない。
(法令の適用)
罰条
第1の1及び3の各事実いずれも刑法253条
第1の2及び4の各事実それぞれ包括して刑法253条
第2の1の事実国税徴収法187条1項
第2の2の事実所得税法238条1項
第3の事実有印私文書を偽造した点
刑法60条,159条1項
偽造有印私文書を行使した点
刑法60条,161条1項(159条1項)
不正の行為で旅券の交付を受けた点
刑法60条,旅券法23条1項1号
第4の1の事実旅券法23条1項2号
第4の2の事実出入国管理及び難民認定法71条,60条2項科刑上一罪(第3の有印私文書偽造とその行使と旅券法違反につき)刑法54条1項,10条(刑及び犯情の最も重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断)
刑種の選択
第2の1,第4の1,2の各罪懲役刑を選択
第2の2の罪懲役刑及び罰金刑を選択(情状により所得税法238条2項を適用し,罰金の多額は判示の所得税ほ脱額とする。)
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い第1の2の罪の刑に法定の加重。ただし,短期は第3の罪の刑のそれによる。また,刑法48条1項により第2の2の罪の罰金刑を併科する。)
未決勾留日数の算入刑法21条(100日を懲役刑に算入)
労役場留置刑法18条(金20万円を1日に換算)
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,弁護士として顧客から業務上預かった金員を横領したという業務上横領4件(判示第1の1ないし4),滞納していた所得税等に対する強制処分の執行を免れるとともに自身の所得税を免れる目的で7億円近くの財産及び所得を隠匿し,所得税2億5496万円余りをほ脱したという国税徴収法違反及び所得税法違反(判示第2の1及び2),捜査機関からの逮捕等を免れる目的で海外逃亡を企て,共犯者と共謀の上,一般旅券発給申請書を偽造行使し,他人名義の旅券を取得したという有印私文書偽造,同行使,旅券法違反(判示第3),当該他人名義の旅券を行使し,入国審査官から出国の確認を受けないで本邦から出国したという旅券法違反並びに出入国管理及び難民認定法違反(判示第4の1及び2)の各事案である。
2 被告人の身上経歴等
被告人は,昭和52年に弁護士登録したが,かねてから志していた政治家への道を選択し,昭和62年から平成8年まで3期にわたって大阪府議会議員を務め,その後国政選挙に3回立候補したものの,いずれも落選した。このような政治活動を続ける中,被告人はそのための活動資金を捻出するべく,不動産や絵画,株式への投資等を行い,利益を得ていることもあったが,他方で,多額の借金も負うようになった。
被告人がこのような投資によって得た利益等に対し課税され,滞納していた国税等は,所得税だけでも,平成18年3月28日時点で3億4238万円余り(延滞税を含む)に及んでいた。
その一方で,被告人は,平成十四,五年ころからは,弁護士として,商品先物取引によって損害を被った被害者の代理人となり,損害賠償請求等多数の事件を受任して被害者救済に尽力していた。
3 業務上横領の各点
本件各被害者は,弁護士である被告人に対して全幅の信頼を寄せ,貴重な財産の管理を委ねたり,事件の処理を任せたりしていたものであり,被告人は,弁護士として,依頼者の権利を守り,誠実にその職務を全うすべき使命を担っていたにもかかわらず,このような各被害者からの信頼を踏みにじり,預り金等を自己の借入金の弁済や,それまでに横領していた顧客からの預り金の穴埋め等の用途に供するという言語道断の行為に及んでいたのであって,遵法精神はもとより,弁護士として必要とされる最低限の倫理観,使命感すら失ってしまった果ての身勝手極まりない犯行といわざるを得ない。被告人が多額の借金を負うようになった経緯は,上記のとおりであり,自業自得という一言で片付けるにはやや酷な面があるが,とはいえ,それが本件のような悪質な横領行為を幾ばくも正当化するものではなく,本件各犯行の動機や経緯に酌むべき点はない。本件で被告人が各被害者から横領した額は,判示のとおり,合計1億4954万円余りと非常に高額に及んでおり,結果は重大である。一部の被害者について,部分的な被害弁償がなされている者もいるが,現時点においても,なお合計約1億円近くの金員が弁済未了の状態にあり,今後これらが全額弁済される見込みも乏しい。被告人によって貴重な財産を奪われた被害者B及びFは,被告人に対する厳しい処罰を求めているが,その心情は大いに理解できる。被告人は,本件各犯行以前から,顧客からの預り金を自己の用途に供するという横領行為を繰り返してきたのであり,本件は常習的犯行の一環ということができる。このような犯行により,弁護士業全般に対する社会の信頼を著しく損ねたことは明らかであって,責任は誠に重大である。
4 所得税法違反及び国税徴収法違反の各点
本件ほ脱額は,1年分で2億5496万円余りと相当高額に及んでいる上に,ほ脱率もほぼ100%と極めて高い。また,被告人が平成18年度までに滞納していた国税等は,所得税だけでも附帯税を含めて3億4238万円余りと極めて高額であったところ,被告人が約7億円もの不動産転売利益を隠匿したことで,滞納税額全額に対する強制処分の執行を免れたことは明らかといえる。このように,本件各犯行の結果は非常に重大である。財産隠匿及びほ脱の手段も,不動産売買につき,知人が取締役を務める法人を介在させた取引等を行った上に,現実に得た転売利益についても自己が管理する上記法人名義の口座に入金させるなどの種々の隠蔽工作を施すというものであり,こうかつで悪質というほかない。本件ほ脱に係る所得税及び滞納処分の執行を免れた国税等は,いずれも本税,附帯税ともに未だ納付されていないが,被告人の資力や債務状況などに照らせば,今後これらが納付される見込みは著しく低い。このようにして自己の利益を優先し,国民の基本的義務である納税を何としてでも免れようとする各犯行からは,かつて政治家として国や国民のために尽くすことを理想として追い求め,または,弁護士として社会正義の実現に尽力していた被告人の姿を見ることはできない。
他方,平成18年度の所得税申告につき,税理士事務所の事務員から期限後申告をしても大きな問題とならないかのような進言があったことは否定できないが,被告人は,かかる期限後申告が所得税法違反の犯罪を構成しうること自体は認識していたといえるのであり,この点を被告人にさほど有利に考慮すべきではない。
5 有印私文書偽造,同行使,旅券法違反並びに出入国管理及び難民認定法違反の各点
被告人は,上記所得税法違反の件で捜査機関に逮捕されることを察知し,これを免れるために海外逃亡を企て,知人の協力を受け,実在する人物の戸籍謄本等を利用して被告人の顔写真が添付された旅券を不正に取得し,これを用いてフィリピンに出国したものであるが,このような身勝手な動機に酌量の余地は全くない。計画的な犯行といえる上に,手段も周到であって,悪質な犯行というべきである。これらの犯行は弁護士が刑責をおそれ海外逃亡したものとして社会に少なからぬ影響を与えたものであり,犯情は悪い。
6 他方,業務上横領の点について,一部被害弁償がなされ,被害者Kについては被告人に対する寛大な判決を望む旨の嘆願書を作成していること(ただし,同人については,被害弁償の一部として被告人のPに対する1000万円の債権が譲渡されているが,同人は破産申立をしており,同人が免責後も上記債権の支払いを確約していることを考慮しても,KがPから債権全額を回収できる見込みは乏しいといわざるを得ない,被害。) 者Jについては被告人の早期の社会復帰を望む旨述べていること,被告人が各犯行を認めて反省の弁を述べ,今後も業務上横領の各被害者に対する被害弁償に努める旨の意思を示していること,有罪判決により弁護士資格をはく奪されることが確実であること,娘が公判廷に出廷し,被告人の早期の社会復帰を望む旨述べていることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,これらの事情を総合考慮し,主文の刑期及び金額を量定した。(求刑懲役8年及び罰金1億円)
平成21年11月19日
大阪地方裁判所第12刑事部
裁判長裁判官 横田信之
裁判官 難波宏
裁判官 安原和臣
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事件名 所得税法違反,国税徴収法違反,業務上横領,有印私文書偽造,同行使,旅券法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
裁判年月日 平成21年11月19日
裁判所名・部 大阪地方裁判所 第12刑事部
判示事項の要旨
所得税法違反,業務上横領等の罪に問われた大阪弁護士会所属の弁護士(元大阪府議会議員)に対し,懲役7年及び罰金8000万円の判決が言い渡された事例
主文
被告人を懲役7年及び罰金8000万円に処する。
未決勾留日数中100日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは,金20万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,大阪弁護士会に所属する弁護士であるが,
1 A株式会社との先物取引により損害を受けたBから委任を受け,同社に対する損害賠償請求訴訟及び損害賠償金等の代理受領等の業務に従事し,平成17年9月14日,同社から,上記Bに対する和解金として,大阪市北区曽根崎1丁目1番2号所在の当時の株式会社UFJ銀行(現在の株式会社三菱東京UFJ銀行)梅田新道支店に開設され,被告人の預り金口座として使用していた「C法律事務所預り口代表者D」名義の普通預金口座に,3412万0800円の振込み入金を受け,これを上記Bのために業務上預かり保管中,同月26日,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,秘書であるEをして,上記3412万0800円を同口座から出金させて着服し,
2 Fから委任を受け,亡Gの遺産分割審判申立て及び遺産の代理受領等の業務に従事し,平成19年10月24日付け大阪高等裁判所の決定に基づき,上記Fが取得することになった遺産である上記G名義の預貯金等合計7200万1500円について,同年11月26日ころから同年12月21日ころまでの間,これらを解約した上,上記株式会社三菱東京UFJ銀行梅田新道支店に開設され,被告人の預り金口座として使用していた「C法律事務所預り口代表者H」名義の普通預金口座に入金し,これを上記Fのため業務上預かり保管中,別表1記載のとおり〈別表省略〉,同年12月20日から平成20年4月23日までの間,13回にわたり,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち合計5942万1386円を同口座から出金させて着服し,
3 I株式会社との先物取引により損害を受けたJから委任を受け,同社に対する損害賠償請求訴訟及び損害賠償金等の代理受領等の業務に従事し,平成20年6月26日,同社から,上記Jに対する和解金として,上記「C法律事務所預り口代表者H」名義の普通預金口座に,3500万円の振込み入金を受け,これを上記Jのために業務上預かり保管中,同月30日,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち3250万円を同口座から出金させて着服し,
4 Kから委任を受け,同人の財産保管等の業務に従事し,平成20年9月26日,同人から預かった2360万1856円を大阪市北区南森町2丁目1番29号所在の株式会社三井住友銀行南森町支店に開設した「K代理人弁護士L」名義の普通預金口座に入金し,これを上記Kのために業務上預かり保管中,同支店において,ほしいままに,自己の用途にあてるため,上記Eをして,上記預り金のうち,同年10月24日に50万円を,同月28日に2300万円をそれぞれ同口座から出金させて着服し,
もって,それぞれ横領した。
第2 被告人は,大阪市北区内において弁護士業を営むものであり,所得税等の国税等を納税すべき納税者であって,当該国税等を納付期限までに納付せずに滞納していたものであるが,上記納税義務に係る滞納処分の執行を免れるとともに,自己の所得税を免れる目的で,
1 平成18年3月28日ころから同年9月25日ころまでの間,別表2記載のとおり〈別表省略,大阪市北区〉天神橋6丁目7番8号所在の株式会社三菱東京UFJ銀行天六支店ほか2か所において,不動産転売による手数料合計7億0455万7469円を自己が管理する有限会社M名義の普通預金口座に入金するなどの方法を用いて全額除外する行為により,その総所得金額のうち6億9644万2915円を秘匿し,もって自己の財産を隠蔽し,
2 平成18年分の実際の所得金額が6億9738万3589円であり,これに対する所得税額が2億5497万7500円であったにもかかわらず,上記1の方法によってその所得の大部分を隠匿した上,平成19年3月14日,大阪市北区南扇町7番13号所在の所轄北税務署において,同税務署長に対し,平成18年度の所得金額が94万0674円で,これに対する所得税額が1万6200円である旨のことさら少ない金額を記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により,平成18年分の所得税2億5496万1300円を免れた。
第3 被告人は,他人であるN名義を使用して不正に一般旅券の発給を受けようと企て,上記Nの実弟であるOと共謀の上,平成20年3月7日,大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1番43号所在の大阪府パスポートセンター阿倍野分室において,同府知事を経由して外務大臣に対し一般旅券の発給を申請するに際し,行使の目的をもって,ほしいままに,一般旅券発給申請書の氏名欄に「N」,生年月日欄に「昭和25年11月6日」,本籍欄に「大阪市浪速区〈以下省略〉」,現住所欄に「大阪市浪速区〈以下省略〉」などとそれぞれ他人の氏名,住所等を記載した上,申請者欄に「N」と偽って記載し,もって,N名義の一般旅券発給申請書1通を偽造し,即時,同所申請窓口において,同窓口係員に対し,上記偽造した一般旅券発給申請書をあたかも真正に成立したもののように装い,自己の写真及び上記Nの戸籍謄本等とともに提出して行使し,よって,平成20年3月18日,同所において,同窓口係員から,外務大臣の発行した上記申請に係るN名義の一般旅券の交付を受け,もって,不正の行為によって旅券の交付を受けた。
第4 被告人は,日本人であるが,本邦外の地域であるフィリピン共和国に赴く意図をもって出国するに際し,
1 平成20年11月11日,愛知県常滑市セントレア1丁目1番地所在の中部国際空港において,入国審査官に対し,上記N名義の旅券を提示して行使し,もって,他人名義の旅券を行使し,
2 乗員ではないのに,同日,同所において,入国審査官に対し,上記N名義の旅券を提示し,真正な旅券に入国審査官から出国の証印を受けることなく,フィリピン共和国行きの航空機に搭乗して本邦の領域外に渡航し,もって,入国審査官から出国の確認を受けないで本邦から出国した。
(証拠の標目)〈省略〉
(争点に対する判断-判示第2の2の点について-)
1 弁護人は,被告人に判示第2の2の所得税法違反の犯罪が成立することは争わないとしつつも,情状として,①被告人が判示不動産売買に際し,他人の名義を利用したのは,所得税を免れるためではなく,当該不動産売買の対象物件である本件不動産の取引に弁護士として名前を出すことがはばかられたことが主たる理由であり,②本件不動産の転売利益について,被告人は個人所得としていずれは申告するつもりであったが,高額納税者として氏名が公表されることがはばかられていたところ,税理士事務所の事務員から期限後申告であれば高額納税者として公表されることはないとの進言を受けたため,法定納期限までに申告しなかったものであると各主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。
2 しかし,被告人は,本件不動産の取引について,個人名を出さなかった理由として,転売利益が出たときに,国税庁や債権者からの差押えがされると困るという理由も述べているところであり,当時すでに高額の滞納をしていた国税債務等の執行を免れる目的があったことは認めている。このように,滞納分の国税等に対する強制処分の執行を免れる意図はあったのに,転売利益にかかる所得税は申告するつもりであったとする被告人の公判供述は,それ自体矛盾するものともいえる。そして,関係証拠から認められる当時の被告人の財産状況や本件不動産売買の態様等に照らせば,本件不動産の転売をした時点で,転売利益に課税される所得税をほ脱しようとする意図が全くなかったとする被告人の公判供述は到底信用できず,弁護人の主張は採用できない。
3 他方,期限後申告の点についてみると,本件不動産の取引に関係した者に対して税務署の税務調査が入ったことなどから,本件不動産取引が終了した後の平成18年11月ころの時点で,税務署に,本件不動産の転売についての所得の存在を把握されるのを被告人も認識していたのであるから,被告人において,所得税を免れるのが難しいことは分かっていたはずである。確かに,高額納税者公表制度は,平成17年度に廃止されているが,制度廃止後間もない時期である平成19年の時点で,被告人が廃止の事実を知らなかったとしても不自然とまではいえず,当時多額の債務を抱えていた被告人が,債権者からの追及を免れるなどのために高額納税者として氏名が公表されることを嫌い,税理士事務所の事務員にアドバイスを求めたとしても矛盾はない。そして,この点に関する被告人の供述は,客観的な証拠とも符合する部分があり,排斥することはできない。
そうすると,平成18年度の所得税申告にあたり,被告人が,税理士事務所の事務員から,本件不動産転売にかかる所得の申告について,その詳細な内容は別としても,期限後になってから申告しても大きな問題とならない旨のアドバイスを受けていたことまでは否定できない。ただ,このように認定しても,被告人において,期限内に提出する所得税確定申告書の内容が虚偽であり,そのまま法定納期限を徒過させる行為が所得税法違反の構成要件に該当する行為であると認識していたことは,被告人供述を前提としても認定できるところであるから,所得税法違反の故意に欠けるところではない。
(法令の適用)
罰条
第1の1及び3の各事実いずれも刑法253条
第1の2及び4の各事実それぞれ包括して刑法253条
第2の1の事実国税徴収法187条1項
第2の2の事実所得税法238条1項
第3の事実有印私文書を偽造した点
刑法60条,159条1項
偽造有印私文書を行使した点
刑法60条,161条1項(159条1項)
不正の行為で旅券の交付を受けた点
刑法60条,旅券法23条1項1号
第4の1の事実旅券法23条1項2号
第4の2の事実出入国管理及び難民認定法71条,60条2項科刑上一罪(第3の有印私文書偽造とその行使と旅券法違反につき)刑法54条1項,10条(刑及び犯情の最も重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断)
刑種の選択
第2の1,第4の1,2の各罪懲役刑を選択
第2の2の罪懲役刑及び罰金刑を選択(情状により所得税法238条2項を適用し,罰金の多額は判示の所得税ほ脱額とする。)
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い第1の2の罪の刑に法定の加重。ただし,短期は第3の罪の刑のそれによる。また,刑法48条1項により第2の2の罪の罰金刑を併科する。)
未決勾留日数の算入刑法21条(100日を懲役刑に算入)
労役場留置刑法18条(金20万円を1日に換算)
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,弁護士として顧客から業務上預かった金員を横領したという業務上横領4件(判示第1の1ないし4),滞納していた所得税等に対する強制処分の執行を免れるとともに自身の所得税を免れる目的で7億円近くの財産及び所得を隠匿し,所得税2億5496万円余りをほ脱したという国税徴収法違反及び所得税法違反(判示第2の1及び2),捜査機関からの逮捕等を免れる目的で海外逃亡を企て,共犯者と共謀の上,一般旅券発給申請書を偽造行使し,他人名義の旅券を取得したという有印私文書偽造,同行使,旅券法違反(判示第3),当該他人名義の旅券を行使し,入国審査官から出国の確認を受けないで本邦から出国したという旅券法違反並びに出入国管理及び難民認定法違反(判示第4の1及び2)の各事案である。
2 被告人の身上経歴等
被告人は,昭和52年に弁護士登録したが,かねてから志していた政治家への道を選択し,昭和62年から平成8年まで3期にわたって大阪府議会議員を務め,その後国政選挙に3回立候補したものの,いずれも落選した。このような政治活動を続ける中,被告人はそのための活動資金を捻出するべく,不動産や絵画,株式への投資等を行い,利益を得ていることもあったが,他方で,多額の借金も負うようになった。
被告人がこのような投資によって得た利益等に対し課税され,滞納していた国税等は,所得税だけでも,平成18年3月28日時点で3億4238万円余り(延滞税を含む)に及んでいた。
その一方で,被告人は,平成十四,五年ころからは,弁護士として,商品先物取引によって損害を被った被害者の代理人となり,損害賠償請求等多数の事件を受任して被害者救済に尽力していた。
3 業務上横領の各点
本件各被害者は,弁護士である被告人に対して全幅の信頼を寄せ,貴重な財産の管理を委ねたり,事件の処理を任せたりしていたものであり,被告人は,弁護士として,依頼者の権利を守り,誠実にその職務を全うすべき使命を担っていたにもかかわらず,このような各被害者からの信頼を踏みにじり,預り金等を自己の借入金の弁済や,それまでに横領していた顧客からの預り金の穴埋め等の用途に供するという言語道断の行為に及んでいたのであって,遵法精神はもとより,弁護士として必要とされる最低限の倫理観,使命感すら失ってしまった果ての身勝手極まりない犯行といわざるを得ない。被告人が多額の借金を負うようになった経緯は,上記のとおりであり,自業自得という一言で片付けるにはやや酷な面があるが,とはいえ,それが本件のような悪質な横領行為を幾ばくも正当化するものではなく,本件各犯行の動機や経緯に酌むべき点はない。本件で被告人が各被害者から横領した額は,判示のとおり,合計1億4954万円余りと非常に高額に及んでおり,結果は重大である。一部の被害者について,部分的な被害弁償がなされている者もいるが,現時点においても,なお合計約1億円近くの金員が弁済未了の状態にあり,今後これらが全額弁済される見込みも乏しい。被告人によって貴重な財産を奪われた被害者B及びFは,被告人に対する厳しい処罰を求めているが,その心情は大いに理解できる。被告人は,本件各犯行以前から,顧客からの預り金を自己の用途に供するという横領行為を繰り返してきたのであり,本件は常習的犯行の一環ということができる。このような犯行により,弁護士業全般に対する社会の信頼を著しく損ねたことは明らかであって,責任は誠に重大である。
4 所得税法違反及び国税徴収法違反の各点
本件ほ脱額は,1年分で2億5496万円余りと相当高額に及んでいる上に,ほ脱率もほぼ100%と極めて高い。また,被告人が平成18年度までに滞納していた国税等は,所得税だけでも附帯税を含めて3億4238万円余りと極めて高額であったところ,被告人が約7億円もの不動産転売利益を隠匿したことで,滞納税額全額に対する強制処分の執行を免れたことは明らかといえる。このように,本件各犯行の結果は非常に重大である。財産隠匿及びほ脱の手段も,不動産売買につき,知人が取締役を務める法人を介在させた取引等を行った上に,現実に得た転売利益についても自己が管理する上記法人名義の口座に入金させるなどの種々の隠蔽工作を施すというものであり,こうかつで悪質というほかない。本件ほ脱に係る所得税及び滞納処分の執行を免れた国税等は,いずれも本税,附帯税ともに未だ納付されていないが,被告人の資力や債務状況などに照らせば,今後これらが納付される見込みは著しく低い。このようにして自己の利益を優先し,国民の基本的義務である納税を何としてでも免れようとする各犯行からは,かつて政治家として国や国民のために尽くすことを理想として追い求め,または,弁護士として社会正義の実現に尽力していた被告人の姿を見ることはできない。
他方,平成18年度の所得税申告につき,税理士事務所の事務員から期限後申告をしても大きな問題とならないかのような進言があったことは否定できないが,被告人は,かかる期限後申告が所得税法違反の犯罪を構成しうること自体は認識していたといえるのであり,この点を被告人にさほど有利に考慮すべきではない。
5 有印私文書偽造,同行使,旅券法違反並びに出入国管理及び難民認定法違反の各点
被告人は,上記所得税法違反の件で捜査機関に逮捕されることを察知し,これを免れるために海外逃亡を企て,知人の協力を受け,実在する人物の戸籍謄本等を利用して被告人の顔写真が添付された旅券を不正に取得し,これを用いてフィリピンに出国したものであるが,このような身勝手な動機に酌量の余地は全くない。計画的な犯行といえる上に,手段も周到であって,悪質な犯行というべきである。これらの犯行は弁護士が刑責をおそれ海外逃亡したものとして社会に少なからぬ影響を与えたものであり,犯情は悪い。
6 他方,業務上横領の点について,一部被害弁償がなされ,被害者Kについては被告人に対する寛大な判決を望む旨の嘆願書を作成していること(ただし,同人については,被害弁償の一部として被告人のPに対する1000万円の債権が譲渡されているが,同人は破産申立をしており,同人が免責後も上記債権の支払いを確約していることを考慮しても,KがPから債権全額を回収できる見込みは乏しいといわざるを得ない,被害。) 者Jについては被告人の早期の社会復帰を望む旨述べていること,被告人が各犯行を認めて反省の弁を述べ,今後も業務上横領の各被害者に対する被害弁償に努める旨の意思を示していること,有罪判決により弁護士資格をはく奪されることが確実であること,娘が公判廷に出廷し,被告人の早期の社会復帰を望む旨述べていることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,これらの事情を総合考慮し,主文の刑期及び金額を量定した。(求刑懲役8年及び罰金1億円)
平成21年11月19日
大阪地方裁判所第12刑事部
裁判長裁判官 横田信之
裁判官 難波宏
裁判官 安原和臣
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