解説記事2011年06月06日 【最新判決研究】 従業員持株会に対する貸付金回収のための自己株式の取得とみなし配当課税(2011年6月6日号・№405)
最新判決研究
従業員持株会に対する貸付金回収のための自己株式の取得とみなし配当課税
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
大阪地裁平成20年(行ウ)第231号
平成23年3月17日判決
一、事実
(1)X会社(原告)は、非上場企業の株式会社であり、同社の従業員持株会(以下「本件持株会」という。)は、その規約(以下「本件規約」という。)により、従業員である会員にX会社の株式を保有することを奨励し、その取得を容易ならしめ、もって会員の財産形成に資することを目的として組織された。
X会社は、平成16年7月、本件持株会の理事長との間で、本件持株会のX会社に対する借入金残高が321億2,973万円余であること(以下「本件借入金債務」という。)を確認した上で、その弁済に代えて、本件持株会が所有するX会社の株式(普通株式793万株余、以下「本件株式」という。)の所有権の移転を受ける旨合意し、その旨実施した(以下「本件代物弁済」といい、本件代物弁済に係る契約書を「本件契約書」といい、X会社の本件株式の取得を「本件株式取得」という。)。なお、X会社は、本件株式取得について、何ら課税上の処理をしなかった。
(2)これに対し、処分行政庁は、本件代物弁済により消滅した本件借入金債務の額のうち281億4,184万円余が所得税法(平成17年改正前のもの。以下同じ。)25条1項5号に規定する「みなし配当」(以下「本件みなし配当」という。)に該当し、X会社には、同法181条1項に基づき、所得税の源泉徴収及び納付の義務があると認定し、平成19年2月6日、国税通則法36条に基づき、平成16年7月分の所得税の額を56億2,836万円余とする納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税の額を5億6,283万円とする賦課決定処分(両処分を合わせて以下「本件課税処分」という。)をした。
X会社は、本件課税処分を不服として、不服申立ての前置を経て、平成20年12月10日、国(被告)に対し、同処分の取消しを求める本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争 点 本件代物弁済に伴い「みなし配当」が発生したか否かにある。
2 国が主張する本件告知処分の根拠 (1)本件規約によれば、本件持株会は、「民法667条1項の定めに基づく組合として組織する」とし(本件規約1条)、民法上の組合として設立されたものであることを明らかにしている。また、本件持株会は、民法上の組合であることを前提とした計算処理を行い、パススルー課税の扱いを受けていた。
以上のとおり、本件持株会は、その規約において、民法上の組合である旨自ら明確に宣言するとともに、民法の定めるその要件を充足するものとして組織され、自らを民法上の組合として扱うことによって税法上の利益も享受してきており、X会社も、本件持株会に対する決算配当についてそのような前提での税務処理を行ってきたものであるから、本件持株会は、民法上の組合である。
(2)本件代物弁済により、X会社が自己株式である本件株式を取得する一方、株主の本件借入金債務が消滅したのであるから、所得税法25条1項5号が規定する、法人の株主等が当該法人の自己の株式の取得により金銭その他の資産の交付を受けた場合に該当し、同項柱書きにより、本件借入金債務のうち、当該法人の資本等の金額のうちその交付の基因となった本件株式に対応する部分の金額を超える部分は、利益の配当とみなされ(みなし配当)、同法24条1項に規定する配当等となる。
本件におけるみなし配当の額は、本件借入金債務の額321億2,973万円余から本件株式に対応する資本等の金額39億8,789万円余(X会社の資本等の金額502億6,800万円)を控除した281億4,184万円余となる。
3 X会社の主張 (1)本件持株会は、X会社の従業員の財産形成に資することを目的として組織されたものであるところ、本件代物弁済は、多額の債務(本件借入金債務)を抱え危機に瀕していた本件持株会、ひいては、従業員持株制度を維持することにより従業員の福利厚生対策の危機を救済するために行われたものであり、X会社にとって、単なる資本取引としての自己株式取得にゆえんするものではないから、所得税法25条1項5号に該当する事実関係は認められない。
仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、本件代物弁済が福利厚生目的でされたものであることからすれば、本件代物弁済において消滅した本件借入金債務の金額には、本件株式を取得するための正当な対価(本来の取得価額)に充てられた部分のみが資本等取引としてみなし配当に該当し、その余の部分は福利厚生費に充てられた損益取引とみるべきである。本件株式の時価は類似業種比準価額によれば1株当たり630円と評価することができ、これを上回る部分についてはみなし配当はなかったものとみるべきである。
(2)本件持株会は、その運営実態等に照らせば、人格のない社団の実体を有する団体として実在しており、人格のない社団であるから、仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、その受給者は社団である本件持株会とされるべきところ、本件課税処分は、本件持株会が民法上の組合であり、会員(組合員)が受給者であることを前提としてされており、受給者を誤っていることから、違法というべきである。仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、本件持株会は著しい債務超過の状態にあり、X会社としても強制的な債権回収を図らざるを得なかったのであるから、所得税法9条1項10号の非課税所得規定が適用される。
(3)仮に、国が主張するように、本件持株会が民法上の組合に該当するとした場合、本件代物弁済によって生じた債務の消滅に係る利益を本件持株会の会員らに分配して計算することは、複雑な清算関係や法律関係が生じるため、不可能である。このことからすれば、本件代物弁済について所得税法が予定しているようなみなし配当課税を行うことはそもそも無理があると考えられる。
また、本件持株会が民法上の組合に該当するとして税法上の課税関係が各会員個人に帰属するというのであれば、未配分株式(本件持株会が保有する株式のうち、配分済株式以外のものをいう。以下同じ。)の代物弁済による本件借入金債務の消滅という利得は、本件株式を配分済株式として割り当てられていた当時の会員個人、又は貸付金の実行を受けた本件持株会に対して自身の配分済株式を返還売却しその対価を受け取った当時の会員個人を実質的債務者として、当該会員個人に分配して計算するのが最も公平かつ合理的な税務処理というべきである。本件代物弁済により消滅したことが利得と評価された本件借入金債務は経年により累積、累増してきたものであり、その時々によって会員個人は変動しているから、本件代物弁済当時の会員のみを債務者としてみなし配当課税の責めを負わせることは不公平、不合理である。
更に、株式の発行会社と株主との間に本件持株会のような事業体が介在し、当該株主の株式売買が専ら当該事業体との間で行われており、当該事業体と発行会社との間で株式の精算取引(結果的には、自己株式の取得)が行われている場合には、みなし配当課税に係る現行の所得税法の規定(25条1項4号)が定めているみなし配当課税の除外事由と同様に、除外して考えるべきである。
(4)本件持株会においては、処分行政庁の担当職員の指導により、本件代物弁済の対象となった未配分株式に対する配当金を各会員個人に分配しておらず、配分済株式に対する配当金だけを分配するシステムを構築していた。このように、本件持株会が未配分株式に対する配当金を会員個人に分配していないのは、処分行政庁の担当職員による事実上の拘束力をもつ税務指導によるものであり、その結果、未配分株式に対する配当金に係る所得税が源泉徴収されたまま、還付金等の取戻しができない状態が20年間継続してきた。このような経緯の下で、上記指導に反する本件課税処分がされたことは青天の霹靂というべき事態であって、本件課税処分は不誠実である。
4 国の反論 (1)仮に、X会社が本件持株会との間で本件代物弁済に係る契約を締結するに当たって、従業員の福利厚生を図る目的を併せて有していたとしても、本件代物弁済の時点において、本件持株会の会員ら(本件持株会を民法上の組合と解した場合)又は本件持株会(本件持株会を人格のない社団と解した場合)は、X会社に対し本件借入金債務を負っており、本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、このような本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足し、このことは、X会社が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。
(2)所得税法25条1項柱書き及び5号の解釈上、X会社が主張するような資本等取引(自己株式の取得)と損益取引(福利厚生費の負担)とを区分する余地はない。
(3)源泉所得税に係る納付告知書には、「納付すべき税額」、「納期限」、「納付場所」及び「納付の目的」の記載が要求されているにとどまり(通法36②、通令43条、通規6①)、支払を受ける者の氏名や支払年月日等、支払事実ごとに成立、確定する個々の源泉所得税の納税義務を識別するに足りる事項の記載は一切要求されていない。このことからすると、仮に、本件持株会の法的性格が人格のない社団であると解したとしても、本件告知処分は課税要件を満たしており、処分の同一性が欠けることにもならないから、その適法性に影響を与えることはない。
(4)本件持株会は、所得税法9条1項10号にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に該当せず、また、本件代物弁済も「強制換価手続による資産の譲渡」等に該当しない。
(5)本件代物弁済が行われた時点において、本件持株会に所属する会員らを特定することは可能であるから、各組合員の所得計算を行うことも可能であるし、むしろ、本件規約上、本件持株会が民法上の組合とされている以上、組合員が多数で計算が困難であることを理由に分配を拒否することはできないというべきである。
(6)租税法は、原則として、強行法の性質を持つのであるから、法令の文言上、課税要件の除外事由に該当しないことが明らかであるにもかかわらず、所得税法25条1項5号に定める除外事由に該当するものと取り扱うべきことにはならない。
(7)X会社が主張する事実関係を踏まえても、信義則の適用上、処分行政庁の対応に非難されるべきところはない。
三、判決要旨
請求棄却。
1 認定事実 前記一の事実等に加え、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件持株会の設立の経緯等について、以下の事実を認めることができる。
(1)X会社の従業員持株会については、昭和63年以前には「K友会」として存在していたが、K友会の会員にはX会社の役員も含まれていた。
(2)本件持株会は、昭和63年11月、本件規約に基づき、設立された。本件規約の概要は、次のとおりである。
① 本件持株会は、民法上の組合として組織し、会員にX会社の株式を保有することを奨励し、もって会員の財産形成に資することを目的とする。
② 本件持株会は、役員及び機関を置き、それぞれの機関において多数決による意思決定が行われる。
③ 本件持株会は、会員から拠出されたX会社株式、運営出資金及び拠出金を、それぞれ「会社株式持分」、「運営出資金持分」及び「拠出金持分」として管理し、会員の持分一部返還と退会の際には、当該会員の株式持分数に本件規約の定める株式評価額を乗じて算出した金額を現金で支払う。
④ 本件持株会は、退会者から株式持分を買い戻す場合等に行う不足資金をX会社から借り入れることとしており、本件代物弁済時に321億円を超える本件借入金債務となった。
⑤ X会社と本件持株会は、本件代物弁済を行うに当たり、1株当たりの価額を4,050円と定めた上で、その価額に対応する借入債務を消滅させるものとして本件契約書を作成した。
2 本件持株会の法的性格等 (1)X会社は、本件持株会が、民法上の組合ではなく、人格のない社団である旨主張するので検討するに、一般に従業員持株会については、権利能力なき社団として組織することも、民法上の組合とすることも可能であると考えられるところ、特定の従業員持株会がそのいずれであるかは、一般に団体がそれを構成する当事者の意思によって創設・維持されるものであることからすれば、法律行為の解釈に関する一般原則と同様に、当該従業員持株会の運営実態等から当事者の意思を合理的に解釈して決するのが相当である。
(2)これを本件持株会についてみれば、本件持株会は、これを権利能力なき社団(人格のない社団)として組織することが可能であったと考えられるにもかかわらず、本件規約1条で、あえて民法上の組合として組織することを明確に宣言し、自らを民法上の組合として扱っているところ、昭和63年に実施された本件規約の上記条項は、今日に至るまで改正されていない。また、あえて実体と異なるものとして上記条項を定めなければならない合理的な理由は見当たらず、これをうかがわせる証拠もないところである。
(3)もっとも、本件規約が会員、役員、機関、運営等として定める内容をみると、独立した組織としてX会社の従業員(総合職)によって構成され、理事長が代表し、運営の重要な事項は会員から選出された理事会において決定され、その運営に要する費用は、X会社から受け取る株式の配当を充当するなど、本件持株会は団体としての組織を備えている。また、総会・理事会は多数決によって議事の決定を行い、議決権の行使については、会員の意思に基づき理事長が代表して行い、株式の購入、売却等の財産の処分は総会において決定するなど、多数決の原則が行われているし、X会社の総合職として採用された者は、入会手続を執ることによって本件持株会の会員となり、会社を退職したとき又は退会手続を執ったときに本件持株会を退会することとされ、構成員の変更にかかわらず団体が存続している。さらに、X会社の関係では、X会社株式は理事長名で本件持株会が単独保有する形をとり、会員はその持分を有し、理事会は、理事長から本件持株会の資産及び運営の状況に係る報告を定期的に受け、これを承認し、配当金は会社から源泉徴収された金額を受領した後、持分に応じて会員に配分し、理事長は会員の選出した理事の互選により決定し、会員は持分を売却したいときは、本件持株会に対して持分の譲渡を行い、持分の購入は、本件持株会が保有する未配分株式を基に、年度ごとに購入可能枠が設定され、会員の意思で持分の譲渡を受けることとされているから、組織における代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての要点が確定しているといえる。そして、本件持株会においては、実際にも、総会や理事会が開催されるなどの本件規約に従った運営がされていると認められ、これらの特徴をみる限り、本件持株会は、最高裁判所昭和39年10月15日第一小法廷判決(民集18巻8号1671頁)の示した権利能力なき社団の成立要件を充足しているようにもみえる。
(4)しかしながら、上記判決は、法人格のない団体が権利能力なき社団として認められるための必要条件を示したものであって、判示された要件を充足する場合には必ず権利能力なき社団であると解すべきである旨判示したものではないから、本件持株会が上記判決の示した要件を充足するとしてもそのことから直ちに人格なき社団に当たるということにはならない。
かえって、従業員持株会が民法上の組合として設立された場合、従業員持株会の稼得した配当所得は組合員への分配を待たずに組合員への配当所得として所得税の課税対象となり、組合員が配当控除の適用を受けることができるのに対し、従業員持株会を人格のない社団として設立した場合には、配当金が従業員持株会から構成員に分配されたとしても、構成員の雑所得となり、構成員は配当控除を受けられないという税法上の扱いの差違があることを受けて、本件持株会は、X会社から支払を受けたX会社の決算配当のうち配分済株式に係る部分について、「名義人受領の配当所得の調書合計表」を作成するとともに、会員に対し、その配分済株式に対する配当金額及びその源泉徴収税額を記載した「名義人受領の配当所得の調書」を発行するなど、配分済株式に係る部分については、本件持株会が業務に関連して他人のために配当所得の支払を受ける者であることを前提とした計算処理を行い、本件持株会が民法上の組合であることを前提としたパススルー課税の扱いを受けていたというのである。
こうした本件持株会の運営実態等に係る事実から当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件持株会は、税法上の扱いに即して、民法上の組合という組織形態を積極的に選択した上、これに沿った運営が行われてきたことは明らかであり、以上によれば、本件持株会の法的性格は民法上の組合であると認めることができる。
(5)X会社は、本件持株会の前身であるK友会について、人格なき社団である旨を判示した大阪地方裁判所の判決があることから、K友会の法的性格が人格なき社団であることについて、関係当事者が共通の認識をもち、審理に当たった裁判所も同様の認定判断をしたことが分かるところ、本件持株会の設立に当たって、K友会の法的地位に変更が加えられることはなかったから、本件持株会も、人格なき社団である旨主張する。
しかしながら、上記判決によれば、K友会が行う社員持株制度は、会員のX会社株式の保有を奨励し、その実行を容易ならしめて会員の財産形成に資することを目的とするものであることや、規約上、会員が定年、死亡又はその他の事由により会社を退社するときは、社員持株会制度の維持協力のためその時点における持株全部をK友会に譲渡しなければならないとされていること等が認定されているものの、K友会の規約において、本件持株会と同様に、民法上の組合として設立されたことが明記されているか否か、K友会の会員が配当控除を受けていたのか否かといった点は明らかでない。
そうすると、仮に、K友会について、人格のない社団であると評価できる事情があったとしても、民法上の組合であるか否かを判断するための重要な指標となる事情の有無に関し、K友会が本件持株会と同様であるか否かは不明であり、上記判決をもって、本件持株会も同様に人格なき社団であると判断することはできない。また、制度の目的や、退社の際の持株の処分方法等については、民法上の組合であれ、人格なき社団であれ、認められる事情であるし、規約に民法上の組合として設立されたことが明記されている以上、本件持株会の設立に当たって、関係者において、K友会の法的地位に変更を加える意図がないということはできず、本件持株会がK友会と同様に人格なき社団であったと結論づけることもできない。
(6)X会社は、本件代物弁済によって生じた債務の消滅に係る利益を本件持株会の会員らに分配されたとみることは不可能であり、そのような処理に伴って本件代物弁済当時の会員のみに源泉徴収義務を負担させるのも不公平であるように主張する。しかし、まず、本件代物弁済が行われた時点において、本件持株会に所属する会員らを特定することは可能であるから、上記のような計算を行うことも不可能とはいえないし、所得税法25条1項柱書き及び5号が、自己株式の取得の基因となった金銭等の交付を捉えて、みなし配当の発生原因としていることに照らせば、このような金銭等の交付(本件では、本件借入金債務の消滅)が行われるに至った経緯に関与したにすぎない、本件代物弁済の対象とされた未配分株式を割り当てられていた元会員又は自身の配分済株式を返還売却する際、本件借入金債務に係る借入金を原資として対価の支払を受けた者を対象として課税処理を行うことは、法律上予定されていないというべきであるから、X会社の上記各主張も失当である。
3 みなし配当該当性 (1)X会社は、本件代物弁済が従業員の福利厚生対策としてされていることから、所得税法25条1項5号に該当する事実関係が認められない旨主張する。
この点に関し、本件持株会の法的性格等として上記2で認定したとおり、本件持株会がX会社の従業員の財産形成に資すること等の福利厚生を目的としていることは否定できない。しかし、そのことに加えて、本件代物弁済による本件借入金債務の消滅が、そのような目的を有する本件持株会ないし従業員持株制度を維持して従業員の福利厚生対策の危機を救済するという性質を有するものであるとしても、本件代物弁済の時点において、民法上の組合である本件持株会の会員らは、X会社に対し本件借入金債務を負っており、本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足しており、このことは、X会社が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。
(2)X会社は、本件代物弁済において消滅した本件借入金債務の金額には、本件株式を取得するための正当な対価(本来の取得価額)に充てられた部分(資本等取引)のほかに福利厚生費に充てられた部分(損益取引)が混在しているとみた上、本件株式の時価は、類似業種比準価額である1株当たり630円と評価することができることから、これを上回る部分については、みなし配当はなかったことになるとも主張する。
しかしながら、所得税法25条1項柱書き及び5号は、株主等が交付を受けた「金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額」が、「当該法人の……資本等の金額……のうちその交付の基因となった当該法人の株式……に対応する部分の金額」を超えるときに、みなし配当が生じる旨を規定しており、取得の対象とされた自己株式に対応する資本等の金額との間で比較の対象とすべきものは、株主等が交付を受けた金銭の額等であって、法文上、取得の対象とされた自己株式の時価を比較対象としてみなし配当の額を計算すべきものと解釈する余地はなく、本件代物弁済の結果、X会社の株主としての地位に基づき、本件借入金債務が消滅するという利益が発生しているのであるから、上記資本等の金額を上回る部分をみなし配当とみるほかないというべきである。
4 担当職員による指導と信義則 証拠によれば、昭和63年に本件持株会が設立され、K友会の保有していたX会社の株式の承継等が行われたことに伴い、その課税関係について疑問が生じ、X会社担当者がH税務署を訪ねて税務相談を行ったこと、その際、処分行政庁の担当者からは、X会社から本件持株会に支払われる配当金については、持株会1名のみを受給者として記載した支払調書等を作成して提出すれば足り、会員ごとの内訳を記載する必要はないこと、本件持株会から会員に支払われる配当分配金については、所得税法施行規則97条に基づき、本件持株会が会員に代わって配当を受領したものとして、「名義人受領の配当所得の調書」等を作成して提出する必要があるが、「持株会の繰越共有持分」に係る配当金についてこれを提出する必要がないこと等を説明した事実が認められる。
X会社は、上記の事実から、本件持株会が未配分株式に対する配当金を会員個人に分配していないのは、処分行政庁の担当職員による事実上の拘束力を持つ税務指導によるものであり、本件持株会では、配分済株式に対する配当金だけを分配するシステムを構築しており、本件のみなし配当に係る利得だけを会員個人に分配することは困難であること、上記指導により、未配分株式に係る配当金は源泉徴収されたまま、還付金等の取戻しができない状態が20年間継続してきたにもかかわらず、本件課税処分がされたのは青天の霹靂ともいうべき事態であること等から、本件課税処分は不誠実であると主張する。
しかしながら、一般に従業員持株会において会員への配分が行われなかった未配分株式については、配当金の分配や議決権の行使に当たり問題が生じ得ることから、一時的に従業員持株会に株式をプールするとしても、その後早期にその状態を解消することが適切な処理とされている。そうすると、X会社担当者が処分行政庁の担当職員から、「持株会の繰越共有持分」に係る配当について「名義人受領の配当所得の調書」等の提出は不要であること等の説明を受けたとしても、これは、「繰越共有持分」とあるとおり、未配分株式が早期に解消されることを前提とした上で、暫定的な税務処理について説明を加えたものとみるのが自然であり、X会社が主張するように、相当数の未配分株式が恒常的に存在することを念頭に置いた説明であるとは考えにくく、未配分株式に係る配当金の会員個人への分配の要否について具体的な指導があったとは認められないし、他にそのような指導がされたことを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、X会社の上記各主張はいずれも採用できないというべきであり、X会社主張の事情が本件課税処分の違法事由となることもないというべきである。
四、解説
はじめに 本件は、X会社が、本件持株会に対する貸付金(本件借入金債務)を回収するため、同会が保有するX会社の発行済株式(本件株式)を本件代物弁済により取得したところ、処分行政庁が、本件代物弁済により消滅した債権のうち、取得した株式に対応する資本等の金額を超える部分は「みなし配当」に該当し、X会社に所得税の源泉徴収義務があるとして、本件告知処分等をしたことから、X会社が、当該処分の取消しを求めた事案である。
本件においては、本件持株会が、会員(従業員)の財産形成等を重視し、退職等による脱会又は会員による一部買取り要求によるX会社株式の買取りにおいて、その買取り価額を従前の評価額(X会社が主張する1株当たりの買取り時の時価相当額の約6.5倍)に保証していたため、X会社株式の買取りと売渡しとの間に大幅なギャップ(未配分株式)が生じ、それに対応してX会社からの借入金が増加し、本件借入金債務となったものである。そのため、X会社は、本件持株会の立て直しを図るべく、未配分株式を買取る形式をとって、本件借入金債務を清算した。したがって、本件代物弁済は、自己株式の取得が目的であるというよりも、従業員持株制度を維持しようとする従業員の福利厚生対策に主眼があったものと考えられる。また、このような従業員持株制度に対して、会社側が何らかの援助をすることは、よく見かけられることであり、そのための課税関係のあり方にも影響を及ぼすことになる。
かくして、本訴においては、本件課税処分の適否に関し、①本件持株会が民法上の組合に当たるか、人格なき社団等に当たるか、②組合に当たる場合に所得税法上のみなし配当課税の対象となるか、③同法に定めるみなし配当の除外事項に当たるか、④本件代物弁済が福利厚生対策(同費用の支出)となるか、⑤処分行政庁の担当職員の指導が信義則の対象になるか、等が争われた。これらの争点は、自己株式取得に係るみなし配当課税の本質に関わることでもあるので、以下検討することとする。
1 本件持株会の組合該当性 (1)本件告知処分は、本件持株会が民法上の組合に該当することを前提とし、本件みなし配当が本件持株会の会員に帰属することとしている。したがって、X会社が主張するように、本件持株会が、人格のない社団等に該当し、所得税法上の法人とみなされる(所法4)ことになると、後述するように、本件告知処分の違法性を惹起することになる(注1)。
ところで、民法上の権利能力なき社団の成立要件については、本判決が引用する最高裁昭和39年10月15日第一小法廷判決(民集18巻8号1671頁)が判示しているように、「団体としての組織をそなえ、そこには多数の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない」と解されている。
また、租税法の分野においても、一般的に、「租税法における人格のない社団等の意義は、私法におけると同義に解すべきであ」(注2)ると解されている。そして、本件持株会については、前述の本件契約に基づき、役員、機関等が整備され、多数決の原則等が行われているから、人格のない社団等の成立要件は十分に認められるところである。そのことは、本判決も、容認しているところである。しかも、本件持株会の前身であるK友会については、本件持株会よりも社団性が弱かったにもかかわらず、大阪地裁平成2年8月10日判決(平成元年(ワ)第1546号)は、同会を権利能力のない社団に当たると認定しているのである。
(2)しかし、本件規約1条は、本件持株会が「民法667条1項の定めに基づく組合として組織する」とし、同会が民法上の組合であることを明らかにしている。そして、本件持株会は、組合であることを前提とした一応の経理処理も行っている。したがって、本判決も、本件持株会について社団性を容認しつつも、課税上は民法上の組合であると認定している。
この場合問題となるのは、私法(民法)上は、本件持株会が権利能力なき社団であるとともに組合にも該当する場合で、かつ、税法上も、人格のない社団等と組合のいずれにも該当すると認められる場合に、いずれによって課税するのが合理性を有するかである。そのことが、本判決では組合課税を是とする理由しか述べられていない。
ところで、組合は、事業の主体ではあるが、法主体ではないから、その活動によって得られる損益は、組合契約で定める損益分配割合に応じて、直接各組合員に帰属する(民法674)。そのため、組合は、納税義務の主体ではなく、組合活動によって生み出された所得は、組合員の所得として、組合員に課税される(注3)。この課税方法を、パススルー課税又は構成員課税という。
この考え方を受けて、所得税基本通達では、民法上の組合を含む任意組合等の組合員の当該任意組合等において営まれる事業に係る利益の額又は損失の額は、当該任意組合等の利益の額又は損失の額のうち分割割合に応じて利益の分配を受けるべき金額又は損失を負担すべき金額としている(所基通36・37共-19、同36・37共-20)。
(3)このような課税上の取扱いについては、組合員数が少人数による任意組合等であれば適用し得るであろうが、本件持株会のような1万人に近い組合員から構成され、X会社株式の売買等により会員が頻繁に異動して、かつ、実質的に人格のない社団等として活動している場合には、個々の組合員に対して損益の額を適切に配分することは極めて困難であろう。現に、X会社の主張では、そのような分配計算が行われていないことが窺える。
特に、本件においては、従前に会員に対して少額な評価額で売り渡したX会社株式を買取り保証額の(最高評価額)の4,050円という高値で買取ったことにより本件持株会のX会社に対する債務が膨張し(本件借入金債務の急増)、本件代物弁済が行われたものであるが、その実態は、会員に対する売出し価額と買取り価額との差額から生じた損失である。このような損失は、本来、脱退等により本件持株会に対してX会社株式を売り渡した旧会員等が得た所得に見合うものであろうが、そのような帰属計算も不可能であろう。かといって、本件代物弁済時の会員にその損益を帰属させることも、理論的にも問題があり、計算技術的にも困難である。本判決は、そのようなことも可能であるかのように判示しているが、その根拠を明らかにしていない。
そうであれば、本件持株会については、組合課税を行うよりも、同会を人格のない社団等として法人とみなして課税する方が合理的であると考えられる。その点においてまず、本件告知処分の違法性が問題となるところであり、かつ、本判決がその違法性について十分審理を尽くしていないことも明らかである。
2 本件代物弁済(自己株式の取得)とみなし配当 (1)本件代物弁済によってX会社が自己株式を取得したこと自体は、事実である。また、この場合、その取得先である本件持株会が民法上の組合であるのか所得税法上の人格のない社団等に該当するかが問題となるが、前述のように、人格のない社団等として課税する方に合理性があるように考えられる。また、いずれに該当するかによって、みなし配当課税にどのような影響を及ぼすかを検討しておく必要がある。
まず、本件持株会が組合に該当する場合には、その所得計算は、前記1で述べたように、所得税基本通達により、当該組合員の利益の額又は損失の額をその分配割合に応じて負担(帰属)するものとして取り扱われている。そうすると、所得税法25条1項5号の規定によれば、法人の株主等が当該法人の自己の株式又は出資の取得により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が当該法人の資本等の金額のうちその交付の基因となった当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額が配当等とみなされるのであるから、本件代物弁済に関しては、本件持株会において本件借入金債務が消滅するという免除益(利益の額)が、その分配割合に応じて各会員に帰属することとなって、各会員毎にみなし配当の額が計算されることになるはずである。
(2)しかしながら、本件持株会には、そのような分配割合があるわけではなく、民法上の分配割合によるにしても、その分配は、本件持株会が極めて多数でかつ異動の多い会員を抱えている現状からみて不可能であろう。しかも、本件持株会において未配分株式数の急増(本件借入金債務の急増)を招いた会員は、当該株式を本件持株会へ譲渡した段階で譲渡所得課税を受けているから、重ねてみなし配当課税の対象とすることは所得税法も予定していないと考えられる。
更に、本件代物弁済が行われた時の本件持株会の会員には、X会社株式を譲渡したことによって譲渡所得(利得)を得た脱退会員は含まれていないわけであり、現会員の中にも、X会社株式を一部譲渡した者と譲渡しなかった者とが含まれているので利害得失が異なることになる。これらのことは、現会員が一様にみなし配当課税の責を負うこと(平等に分配を受けること)になると、極めて不公平かつ不合理な結果を招くことを示唆することになる。
以上のようなことを考察すると、株式の発行会社と株主との間に本件持株会のような事業体が介在していて、当該株主の株式売買が専ら当該事業体との間で行われて、当該事業体と発行会社との間で当該株式の精算取引(結果的には、自己株式の取得)が行われている場合には、所得税基本通達が予定しているような組合員に対する所得計算も不可能であろうし、所得税法が予定しているみなし配当課税は事実上無理であると考えられる。
(3)次に、本件持株会が人格のない社団等に該当するとして法人として取り扱われる場合には、本件持株会自体がX会社の株主として取り扱われることになる。そうすると、本件代物弁済によって、X会社の本件株式(自己株式)を取得し、本件持株会が債務免除という利得を得たことになるから、所得税法25条1項5号の規定が適用されてみなし配当が生ずるようにも考えられる。
ところで、法人の場合には、本件代物弁済当時の所得税法及び法人税法によれば、例えば、法人株主が帳簿価額で1株当たり1万円の株式を発行会社に5,000円で譲渡し、1株当たりの資本等の金額が500円である場合には、当該法人株主に9,500円の譲渡損と4,500円の益金不算入となる配当等が生じることになる。すなわち、このようなケースにおいては、4,500円のみなし配当部分は全額益金不算入となり(法法23①)、実質的には5,000円の譲渡損しか生じていないにもかかわらず、9,500円の損金算入となる譲渡損が生じることになる。このような取引を系列会社間で行えば、多額な租税負担の回避が可能となる。
そのため、国税当局は、平成22年度税制改正において、100%グループ内の法人の株式を発行法人に対して譲渡する等の場合には、その譲渡損益が発生しないようにし、前述のような損金算入の二重取りができなくなるような措置を講じざるを得なかったわけである(注4)。
(4)また、本件においては、法人としての本件持株会は、前述したように、会員とのX会社株式の売買において、従前において安値で売り出したものを本件規約における買取り保証額という高値で買い戻したが故に、本件借入金債務に相当する損失が累積し、それを本件代物弁済によって解消せざるを得なかったものであり、それらの取引において何らの利得(所得)を得ているわけではない。
この場合、本件持株会は、本件代物弁済によって本件借入金債務に相当する債務免除益を得たとする見方もあろうが、その大部分については、後述するように、X会社の福利厚生費負担であって、本件持株会にとっての利得(所得)ではない。このことは、本件持株会が、本件株式を帳簿価額(取得価額すなわち会員からの買取り価額)を超えてX会社に対して譲渡したわけではないので、名実ともに譲渡益が生じなかったことからも裏付けられる。
そうすると、本件代物弁済において、法人とみなされる本件持株会は、所得となる配当等の受給者となる余地はなく、X会社は、所得税法の所得の一区分である配当所得となる配当等を支払ったことにはならないものと考えられる。
(5)以上検討したように、本件持株会を民法上の組合であるとしても、本件持株会を所得税法上の人格のない社団等であるとしても、本件代物弁済が自己株式の取得であるからといってみなし配当課税を強制することは困難であると考えられる。このように、自己株式の取得についてみなし配当課税が困難(無理)な場合には、所得税法上もみなし配当の対象から除外している。
すなわち、所得税法では、それが自己株式の取得であっても、①証券市場からの購入、②金融商品取引法上の有価証券の売買の媒介、取次ぎ又は代理における売買、③合併等における現物出資法人からの移転、④合併に反対する株主等の買取請求に基づく買取り、等11項目についてみなし配当の対象から除外している(所法25①四、所令61①)。もっとも、本件代物弁済による自己株式の取得については、これらの除外事項に文言上該当しないという文理解釈はあり得るが、その解釈のあり方については後述する。
3 本件代物弁済と福利厚生対策 (1)本件代物弁済の対象となった本件借入金債務は、本件持株会の、会員に対する売出し価額と会員からの買取り価額との差額の累積によるものである。これは、証券市場の株価を反映させているX会社株式の評価額(類似業種比準価額)について、当該評価額が下落しても従業員の財産を保全するために従前の最高評価額で買取ることを保証してきたからである。そのため、X会社は、本件代物弁済が、多額な債務超過を抱え危機に瀕していた本件持株会を救済するためであるから、そのコストは従業員の福利厚生費であると主張している。また、X会社は、本件代物弁済が全額福利厚生費に該当しないとしても、X会社株式の時価(類似業種比準価額)を基準にしてみなし配当の金額を算定し、当該時価を上回る部分について福利厚生費とすべき旨主張している。
この主張に対し、本判決は、そのような福利厚生対策の目的(性質)を有するとしても、「本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足しており、このことは、原告が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。」と判示し、更に、「法文上、取得の対象とされた自己株式の時価を比較対象としてみなし配当の額を計算すべきものと解釈する余地はなく、本件代物弁済の結果、原告の株主としての地位に基づき、本件借入金債務が消滅するという利益が発生しているのであるから、上記資本等の金額を上回る部分をみなし配当とみるほかないというべきである。」と判示している。
(2)このような判示は、所得税法の関連条項を文理の形式に拘って解釈したにすぎないのであるが、本件代物弁済における自己株式の取得という資本等取引と福利厚生費負担という損益取引が混在しているというX会社の主張を完全に否定することは、従来の国税当局の課税方法やそれを容認してきた裁判例の存在を全く無視することになる。
すなわち、本件のような形式上は資本等取引であっても、その取引の中に資本等取引と損益取引が混在しているとして課税処分が行われ、その処分の適否が法廷で争われた参考事例として、次のような事例がある。
例えば、福井地裁平成13年1月17日判決(税資250号順号8815)(注5)の事案では、原告会社が、577億円余の債務超過を抱える関連会社に対して527億円余の増資引受けを行い、取得した株式(取得価額527億円余)を時価相当額の1億円で譲渡して、526億円余の譲渡損失を作出した場合に、当該増資引受け額のうち、当該株式の額面相当額の264万円余が資本等取引で当該株式の取得価額を構成するが、残りは寄附金と認められるとして、当該損失の損金算入を否認する課税処分が行われ、当該処分の適否が争われた。前掲福井地裁判決は、「本件増資払込金による現実の出捐があったとしても、法37条の解釈、適用上、本件増資払込金の中に寄附金に当たる部分がある場合には、当該部分は法人税法上の評価としては「払い込んだ金額」(法人税法施行令38条1項1号=編注・現行法人税法施行令119条1項2号)には当たらないと解される。」と判示して、当該課税処分を適法であるとした。この判決については、控訴審の名古屋高裁平成14年5月15日判決(税資252号順号9121)においても、維持されている。
また、前掲事件と類似の事案に関し、東京地裁平成12年11月30日判決(税資249号884頁)は、当該増資によって取得した株式の取得価額のうち、法人税法132条を適用して当該株式の時価相当額を上回る部分を寄附金に当たるとした課税処分を適法であるとしている。
以上のように、増資による株式の取得という一つの資本等取引と考えられる取引であっても、その実態によって資本等取引(増資引受けによる株式取得)と損益取引(寄附金)とに区分し得ることになる(注6)。このことは、本件における本件代物弁済によってX会社が本件株式を取得した場合に、代償となる本件借入金債務の額を自己株式の取得価額(資本等取引)とに区分し得ることが妥当であることを意味する。
4 参考とすべき裁判例 以上のように、本件においては、本件代物弁済によってX会社が本件持株会が所有していた本件株式(自己株式)を取得したところ、それが所得税法25条1項5号にいう「当該法人の自己の株式の取得」に当たるということで、本件告知処分が行われ、本判決は、当該処分を適法と判示したものである。
しかしながら、本件代物弁済の実態からみて所得税法25条1項を適用することは極めて困難であり、むしろ同項5号にいう除外事項の一つとして解すべきであり、また、本件代物弁済の実質が本件持株会の救済という従業員の福利厚生費負担にあること等を指摘し、本判決が、所得税法25条1項5号の規定を余りに形式的に文理に拘って解釈していることの方が問題であるとした。
ところで、租税法の解釈適用においては、「文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に、規定の趣旨目的に照らしてその意味内容を明らかにしなければならない」(注7)と解されており、当該関係条項の文言にかかわらず、当該事案の事実関係や当該条項の趣旨等を総合勘案して行われることが肝要である。そのような観点から租税法が解釈適用され、本件においても参考とすべき裁判例として、次のような事例を挙げることができる
① 譲渡所得の金額の計算上、譲渡土地の所有期間中に支払った借入金利子が当該土地の取得費に当たるとされた事例(東京高裁昭和54年6月26日判決・行裁例集30巻6号1167頁、最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決・民集46巻5号492頁)
所得税法38条1項は、「譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、その資産の取得に要した金額……」と定めているところ、かって、土地等を取得した後に支払う借入金利子は「取得費」に当たらないとする課税処分が行われ、それを適法と認める裁判例も多かった(注8)。
しかし、前掲東京高裁昭和54年6月26日判決は、借入金で取得した土地の保有期間(取得した後)の借入金利子につき、所得税法38条1項の「その資産の取得に要した金額」という文言に拘泥することなく、当該借入金利子も当該土地取得との間に相当因果関係が認められる旨判示して、取得費算入を認めた。その後、国税庁は、従前の取扱いを変更する旨の通達を発遣し(現行所得税基本通達38-8参照)、前掲最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決も、同様な判断を示している。
② 土地区画整理事業途上の更地について小規模宅地の課税の特例の適用を認めた事例(最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決・裁時1428号36頁)
租税特別措置法69条の3第1項は、「相続の開始の直前において、……居住の用に供されていた宅地等」について、相続税の課税価格の計算の特例(最高80%の減額)を認めることとしている。この「居住の用に供されていた」の解釈については、通達によって、相続開始直前において建築中の建物の敷地についても特例適用を認める弾力的取扱いが行われてきたが、土地区画整理事業途上の更地につき、特例適用を否認する課税処分が行われ、下級審判決(注9)も当該処分を適法と認めた。
しかし、前掲最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決は、「やむを得ずそのような状況に立たされたためであるから、相続開始ないし相続税申告の時点において、……本件仮換地を居住の用に供する予定がなかったと認めるに足りる特段の事情のない限り、……居住の用に供されていた宅地」に当たるとして、原判決を取り消した。
③ ゴルフ会員権の名義書換料が当該ゴルフ会員権を譲渡した場合の譲渡所得金額の計算上の「取得費」に当たるとされた事例(最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決・訟務月報52巻3号1034頁)
所得税法60条1項は、贈与により取得した資産の取得費について、受贈者が「引き続きこれを所有していたものとみなす」と規定し、受贈者が贈与者の当該資産の取得費を引き継ぐ旨を定めている。また、ゴルフ会員権の名義書換料は、取得費以外に譲渡所得の金額から控除される「設備費」又は「改良費」(所法38①)に該当するわけではない。そのため、国税庁も、ゴルフ会員権の名義書換料を当該ゴルフ会員権の譲渡所得の金額から控除しない課税処分を行い、原判決の東京高裁平成13年6月27日判決(税資250号順号8931頁)等も当該課税処分を適法と認めてきた。
しかし、前掲最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決は、前述の所得税法60条1項及び同法38条1項の規定の文言に拘らず、父親から贈与を受けたゴルフ会員権に係る名義書換料が当該ゴルフ会員権を取得するための付随費用に当たるから当該取得費に含まれるとして、原判決を取り消した。この最高裁判決を契機として、国税通則法が改正され、「国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈その他の国税庁長官の法令の解釈が、更正又は決定に係る審査請求若しくは訴えについての裁決若しくは判決に伴って変更され」た場合には、それを事由に更正の請求ができることとなった(通法23②三、通令6①五、通法71①二等)。
④ 法人税における所得税額控除につき、確定申告書に記載した控除額が過少であることを事由に更正の請求が認められた事例(最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1307号105頁、民集登載予定)
法人税法68条3項は、法人税額から控除できる所得税額につき、確定申告書に控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細書の記載がある場合に限り適用し、かつ、「この場合において、同項の規定による控除されるべき金額は、当該金額として記載された金額を限度とする。」と定めている。そのため、確定申告書に記載した所得税額が誤って過少であるとする更正の請求(通法23①)に対しても、記載金額が限度であるとして理由がない旨の通知処分が行われてきており、当該通知処分について、下級審判決(注10)はこれを適法と認めてきた。
しかし、前掲最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決は、法人税の確定申告書に控除すべき所得税額を誤って過少に記載した場合に、正当に控除すべき金額について所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思であったことが見取れるときには、それを事由とする更正の請求は適法であるとして、原判決を変更し、上告人の請求を認容した。この最高裁判決も、法人税法68条3項の文言に拘泥しなかったものである。
以上の各判決は、当該条項の文言に拘らず、当該事案の事実関係と当該条項の趣旨等を総合的に勘案して実質的に解釈された代表的なものである。もちろん、このような解釈は、前記各判決に限られるわけではない(注11)。したがって、本件の所得税法25条1項5号の規定の解釈においても、参考とされるべきものと考えられる。
5 その他の問題点 (1)本件においては、以上のほか、次のような問題も、本件告知処分の違法事由とされている。まず、本件告知処分については、手続的にも問題がある。すなわち、納税の告知に係る納税告知書には、前述のように、納付すべき税額、納期限、納付場所並びに納期等の区分として所得の種類及び年月日の記載を要するところ、納税の告知が国税債権の請求行為であるという性質上、当該各記載事項から、客観的にこれを包括されるものと認識できる範囲(同一性が認められる範囲)を超えることは許されないと解されている(注12)。そして、本件においては、本件持株会が人格のない社団等に該当するとなると、本件の裁決も示唆するように、本件告知処分における同一性が失われることになって、違法性が生じることになる。
なお、大阪地裁平成8年9月6日判決(税資220号552頁)は、「源泉徴収による国税は、本来納税義務者でないそれ以外の第三者に租税を徴収させて国税を納付させる方式で徴収する国税であり、この第三者(源泉徴収義務者)の徴収義務は、所得の支払の時に自動的に成立し、成立と同時に納付すべき税額が確定するのである。しかし他方、所得の受給者が最終的な所得税の負担者であるから、源泉徴収における担税力もなお所得の受給者についてみざるを得ない。」と判示し、納税の告知が適法であるためには受給者が経済的利得(所得)を得ていることが必要であるとしている。更に、本件裁決書においても、受給者の誤りは当該納税の告知の違法事由となることが示唆されている。
以上のような納税の告知に係る処分の同一性等の解釈論については、本件のような真実の受給者等を明らかにすることができない場合に特に問題になるものと考えられる。
(2)また、本訴において、X会社は、本件持株会が著しい債務超過の状態にあり、X会社としても強制的な債権回収を図らざるを得なかったのであるから、本件代物弁済において仮にみなし配当が生じ得るとしても、所得税法9条1項10号にいう非課税所得に該当する旨主張したのであるが、本判決は、これに対し何ら説得的な判示をしていない。
更に、X会社は、本件告知処分は処分行政庁の従前の指導に反するものであるから信義則に反する旨主張したのであるが、本判決は、そのような指導があった事実は認められないとしている。もっとも、X会社が主張するような事実があったとしても、当該指導が信義則の適用要件を示した最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(訟務月報34巻4号853頁)が判示するところの「公的見解の表示」に当たるか否かに問題が残る。むしろ、国税通則法67条1項にいう「正当な理由」として、不納付加算税賦課決定の取消事由にした方が妥当であるように考えられる。
(3)以上のように、本件は、従業員の資産形成という福利厚生対策として設けられた本件持株会の財政上の窮状を救済するために、本件代物弁済という形式が採られたのであるが、結果的には、それが所得税法25条1項5号にいう自己株式の取得に当たるということで本件告知処分が行われ、その適否が争われたものである。
恐らく、従業員持株会が介在した自己株式の取得についてみなし配当課税の適否が争われた事例がほとんど見かけないだけに、本判決が先例として注目されるものと思われ、その点では意義がある。しかしながら、本訴には、前述のような数多くのかつ関係条項の解釈上注目すべき問題点を有しているところ、本判決が十分な審理をしているものとは思えないのであるから、上訴審において一層慎重かつ丁寧な審理が望まれるところである。
(注1)本件の審査請求に係る裁決書(平成20年6月18日)は、「本件持株会の法的性格が人格のない社団等に該当するか否かによって、充足すべき課税要件が異なってくるのであるから、納税告知処分をするにあたっても、同会の法的性格について認定、判断した上でそれを前提として充足すべき課税要件を特定し、その充足性を判断しなければならない」と述べている。
(注2)金子宏『租税法 15版』(弘文堂、平成22年)135頁等参照。
(注3)前出(注2)412頁等参照。
(注4)中野晶「法人税法等の改正について」税経通信2010年6月臨時増刊号108頁等参照。
(注5)詳細については、品川芳宣『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会、平成17年)433頁参照。
(注6)資本等取引と損益取引の区分及び資本金と負債の区分の詳細については、品川芳宣「税法における資本と負債の区分」租税法研究(租税法学会議)32号74頁参照。
(注7)前出(注2)106頁参照。
(注8)東京地裁昭和46年9月30日判決(行裁例集22巻8・9号1356頁)、大阪地裁昭和48年9月6日判決(税資71号98頁)、大阪高裁昭和53年5月30日判決(同101号483頁)等参照。
(注9)福岡地裁平成16年1月20日判決(税資254号順号9513)及び福岡高裁平成16年11月26日判決(同254号順号9837)。
(注10)熊本地裁平成18年1月26日判決(判例タイムズ1274号153頁)、福岡高裁平成18年10月24日判決(判例タイムズ1274号148頁)等参照。
(注11)例えば、所得税法36条1項及び2項の規定に係る京都地裁昭和61年8月8日判決(訟務月報33巻4号1039頁)、大阪高裁昭和63年3月31日判決(同34巻10号2096頁)等参照。
(注12)東京地裁昭和63年4月26日判決・税資164号258頁、同旨東京高裁平成9年11月20日判決・訟務月報51巻9号2475頁、最高裁平成16年9月7日第三小法廷判決・訟務月報51巻9号2449頁等参照。
従業員持株会に対する貸付金回収のための自己株式の取得とみなし配当課税
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
大阪地裁平成20年(行ウ)第231号
平成23年3月17日判決
一、事実
(1)X会社(原告)は、非上場企業の株式会社であり、同社の従業員持株会(以下「本件持株会」という。)は、その規約(以下「本件規約」という。)により、従業員である会員にX会社の株式を保有することを奨励し、その取得を容易ならしめ、もって会員の財産形成に資することを目的として組織された。
X会社は、平成16年7月、本件持株会の理事長との間で、本件持株会のX会社に対する借入金残高が321億2,973万円余であること(以下「本件借入金債務」という。)を確認した上で、その弁済に代えて、本件持株会が所有するX会社の株式(普通株式793万株余、以下「本件株式」という。)の所有権の移転を受ける旨合意し、その旨実施した(以下「本件代物弁済」といい、本件代物弁済に係る契約書を「本件契約書」といい、X会社の本件株式の取得を「本件株式取得」という。)。なお、X会社は、本件株式取得について、何ら課税上の処理をしなかった。
(2)これに対し、処分行政庁は、本件代物弁済により消滅した本件借入金債務の額のうち281億4,184万円余が所得税法(平成17年改正前のもの。以下同じ。)25条1項5号に規定する「みなし配当」(以下「本件みなし配当」という。)に該当し、X会社には、同法181条1項に基づき、所得税の源泉徴収及び納付の義務があると認定し、平成19年2月6日、国税通則法36条に基づき、平成16年7月分の所得税の額を56億2,836万円余とする納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税の額を5億6,283万円とする賦課決定処分(両処分を合わせて以下「本件課税処分」という。)をした。
X会社は、本件課税処分を不服として、不服申立ての前置を経て、平成20年12月10日、国(被告)に対し、同処分の取消しを求める本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争 点 本件代物弁済に伴い「みなし配当」が発生したか否かにある。
2 国が主張する本件告知処分の根拠 (1)本件規約によれば、本件持株会は、「民法667条1項の定めに基づく組合として組織する」とし(本件規約1条)、民法上の組合として設立されたものであることを明らかにしている。また、本件持株会は、民法上の組合であることを前提とした計算処理を行い、パススルー課税の扱いを受けていた。
以上のとおり、本件持株会は、その規約において、民法上の組合である旨自ら明確に宣言するとともに、民法の定めるその要件を充足するものとして組織され、自らを民法上の組合として扱うことによって税法上の利益も享受してきており、X会社も、本件持株会に対する決算配当についてそのような前提での税務処理を行ってきたものであるから、本件持株会は、民法上の組合である。
(2)本件代物弁済により、X会社が自己株式である本件株式を取得する一方、株主の本件借入金債務が消滅したのであるから、所得税法25条1項5号が規定する、法人の株主等が当該法人の自己の株式の取得により金銭その他の資産の交付を受けた場合に該当し、同項柱書きにより、本件借入金債務のうち、当該法人の資本等の金額のうちその交付の基因となった本件株式に対応する部分の金額を超える部分は、利益の配当とみなされ(みなし配当)、同法24条1項に規定する配当等となる。
本件におけるみなし配当の額は、本件借入金債務の額321億2,973万円余から本件株式に対応する資本等の金額39億8,789万円余(X会社の資本等の金額502億6,800万円)を控除した281億4,184万円余となる。
3 X会社の主張 (1)本件持株会は、X会社の従業員の財産形成に資することを目的として組織されたものであるところ、本件代物弁済は、多額の債務(本件借入金債務)を抱え危機に瀕していた本件持株会、ひいては、従業員持株制度を維持することにより従業員の福利厚生対策の危機を救済するために行われたものであり、X会社にとって、単なる資本取引としての自己株式取得にゆえんするものではないから、所得税法25条1項5号に該当する事実関係は認められない。
仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、本件代物弁済が福利厚生目的でされたものであることからすれば、本件代物弁済において消滅した本件借入金債務の金額には、本件株式を取得するための正当な対価(本来の取得価額)に充てられた部分のみが資本等取引としてみなし配当に該当し、その余の部分は福利厚生費に充てられた損益取引とみるべきである。本件株式の時価は類似業種比準価額によれば1株当たり630円と評価することができ、これを上回る部分についてはみなし配当はなかったものとみるべきである。
(2)本件持株会は、その運営実態等に照らせば、人格のない社団の実体を有する団体として実在しており、人格のない社団であるから、仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、その受給者は社団である本件持株会とされるべきところ、本件課税処分は、本件持株会が民法上の組合であり、会員(組合員)が受給者であることを前提としてされており、受給者を誤っていることから、違法というべきである。仮に、本件代物弁済がみなし配当に該当するとしても、本件持株会は著しい債務超過の状態にあり、X会社としても強制的な債権回収を図らざるを得なかったのであるから、所得税法9条1項10号の非課税所得規定が適用される。
(3)仮に、国が主張するように、本件持株会が民法上の組合に該当するとした場合、本件代物弁済によって生じた債務の消滅に係る利益を本件持株会の会員らに分配して計算することは、複雑な清算関係や法律関係が生じるため、不可能である。このことからすれば、本件代物弁済について所得税法が予定しているようなみなし配当課税を行うことはそもそも無理があると考えられる。
また、本件持株会が民法上の組合に該当するとして税法上の課税関係が各会員個人に帰属するというのであれば、未配分株式(本件持株会が保有する株式のうち、配分済株式以外のものをいう。以下同じ。)の代物弁済による本件借入金債務の消滅という利得は、本件株式を配分済株式として割り当てられていた当時の会員個人、又は貸付金の実行を受けた本件持株会に対して自身の配分済株式を返還売却しその対価を受け取った当時の会員個人を実質的債務者として、当該会員個人に分配して計算するのが最も公平かつ合理的な税務処理というべきである。本件代物弁済により消滅したことが利得と評価された本件借入金債務は経年により累積、累増してきたものであり、その時々によって会員個人は変動しているから、本件代物弁済当時の会員のみを債務者としてみなし配当課税の責めを負わせることは不公平、不合理である。
更に、株式の発行会社と株主との間に本件持株会のような事業体が介在し、当該株主の株式売買が専ら当該事業体との間で行われており、当該事業体と発行会社との間で株式の精算取引(結果的には、自己株式の取得)が行われている場合には、みなし配当課税に係る現行の所得税法の規定(25条1項4号)が定めているみなし配当課税の除外事由と同様に、除外して考えるべきである。
(4)本件持株会においては、処分行政庁の担当職員の指導により、本件代物弁済の対象となった未配分株式に対する配当金を各会員個人に分配しておらず、配分済株式に対する配当金だけを分配するシステムを構築していた。このように、本件持株会が未配分株式に対する配当金を会員個人に分配していないのは、処分行政庁の担当職員による事実上の拘束力をもつ税務指導によるものであり、その結果、未配分株式に対する配当金に係る所得税が源泉徴収されたまま、還付金等の取戻しができない状態が20年間継続してきた。このような経緯の下で、上記指導に反する本件課税処分がされたことは青天の霹靂というべき事態であって、本件課税処分は不誠実である。
4 国の反論 (1)仮に、X会社が本件持株会との間で本件代物弁済に係る契約を締結するに当たって、従業員の福利厚生を図る目的を併せて有していたとしても、本件代物弁済の時点において、本件持株会の会員ら(本件持株会を民法上の組合と解した場合)又は本件持株会(本件持株会を人格のない社団と解した場合)は、X会社に対し本件借入金債務を負っており、本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、このような本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足し、このことは、X会社が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。
(2)所得税法25条1項柱書き及び5号の解釈上、X会社が主張するような資本等取引(自己株式の取得)と損益取引(福利厚生費の負担)とを区分する余地はない。
(3)源泉所得税に係る納付告知書には、「納付すべき税額」、「納期限」、「納付場所」及び「納付の目的」の記載が要求されているにとどまり(通法36②、通令43条、通規6①)、支払を受ける者の氏名や支払年月日等、支払事実ごとに成立、確定する個々の源泉所得税の納税義務を識別するに足りる事項の記載は一切要求されていない。このことからすると、仮に、本件持株会の法的性格が人格のない社団であると解したとしても、本件告知処分は課税要件を満たしており、処分の同一性が欠けることにもならないから、その適法性に影響を与えることはない。
(4)本件持株会は、所得税法9条1項10号にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に該当せず、また、本件代物弁済も「強制換価手続による資産の譲渡」等に該当しない。
(5)本件代物弁済が行われた時点において、本件持株会に所属する会員らを特定することは可能であるから、各組合員の所得計算を行うことも可能であるし、むしろ、本件規約上、本件持株会が民法上の組合とされている以上、組合員が多数で計算が困難であることを理由に分配を拒否することはできないというべきである。
(6)租税法は、原則として、強行法の性質を持つのであるから、法令の文言上、課税要件の除外事由に該当しないことが明らかであるにもかかわらず、所得税法25条1項5号に定める除外事由に該当するものと取り扱うべきことにはならない。
(7)X会社が主張する事実関係を踏まえても、信義則の適用上、処分行政庁の対応に非難されるべきところはない。
三、判決要旨
請求棄却。
1 認定事実 前記一の事実等に加え、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件持株会の設立の経緯等について、以下の事実を認めることができる。
(1)X会社の従業員持株会については、昭和63年以前には「K友会」として存在していたが、K友会の会員にはX会社の役員も含まれていた。
(2)本件持株会は、昭和63年11月、本件規約に基づき、設立された。本件規約の概要は、次のとおりである。
① 本件持株会は、民法上の組合として組織し、会員にX会社の株式を保有することを奨励し、もって会員の財産形成に資することを目的とする。
② 本件持株会は、役員及び機関を置き、それぞれの機関において多数決による意思決定が行われる。
③ 本件持株会は、会員から拠出されたX会社株式、運営出資金及び拠出金を、それぞれ「会社株式持分」、「運営出資金持分」及び「拠出金持分」として管理し、会員の持分一部返還と退会の際には、当該会員の株式持分数に本件規約の定める株式評価額を乗じて算出した金額を現金で支払う。
④ 本件持株会は、退会者から株式持分を買い戻す場合等に行う不足資金をX会社から借り入れることとしており、本件代物弁済時に321億円を超える本件借入金債務となった。
⑤ X会社と本件持株会は、本件代物弁済を行うに当たり、1株当たりの価額を4,050円と定めた上で、その価額に対応する借入債務を消滅させるものとして本件契約書を作成した。
2 本件持株会の法的性格等 (1)X会社は、本件持株会が、民法上の組合ではなく、人格のない社団である旨主張するので検討するに、一般に従業員持株会については、権利能力なき社団として組織することも、民法上の組合とすることも可能であると考えられるところ、特定の従業員持株会がそのいずれであるかは、一般に団体がそれを構成する当事者の意思によって創設・維持されるものであることからすれば、法律行為の解釈に関する一般原則と同様に、当該従業員持株会の運営実態等から当事者の意思を合理的に解釈して決するのが相当である。
(2)これを本件持株会についてみれば、本件持株会は、これを権利能力なき社団(人格のない社団)として組織することが可能であったと考えられるにもかかわらず、本件規約1条で、あえて民法上の組合として組織することを明確に宣言し、自らを民法上の組合として扱っているところ、昭和63年に実施された本件規約の上記条項は、今日に至るまで改正されていない。また、あえて実体と異なるものとして上記条項を定めなければならない合理的な理由は見当たらず、これをうかがわせる証拠もないところである。
(3)もっとも、本件規約が会員、役員、機関、運営等として定める内容をみると、独立した組織としてX会社の従業員(総合職)によって構成され、理事長が代表し、運営の重要な事項は会員から選出された理事会において決定され、その運営に要する費用は、X会社から受け取る株式の配当を充当するなど、本件持株会は団体としての組織を備えている。また、総会・理事会は多数決によって議事の決定を行い、議決権の行使については、会員の意思に基づき理事長が代表して行い、株式の購入、売却等の財産の処分は総会において決定するなど、多数決の原則が行われているし、X会社の総合職として採用された者は、入会手続を執ることによって本件持株会の会員となり、会社を退職したとき又は退会手続を執ったときに本件持株会を退会することとされ、構成員の変更にかかわらず団体が存続している。さらに、X会社の関係では、X会社株式は理事長名で本件持株会が単独保有する形をとり、会員はその持分を有し、理事会は、理事長から本件持株会の資産及び運営の状況に係る報告を定期的に受け、これを承認し、配当金は会社から源泉徴収された金額を受領した後、持分に応じて会員に配分し、理事長は会員の選出した理事の互選により決定し、会員は持分を売却したいときは、本件持株会に対して持分の譲渡を行い、持分の購入は、本件持株会が保有する未配分株式を基に、年度ごとに購入可能枠が設定され、会員の意思で持分の譲渡を受けることとされているから、組織における代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての要点が確定しているといえる。そして、本件持株会においては、実際にも、総会や理事会が開催されるなどの本件規約に従った運営がされていると認められ、これらの特徴をみる限り、本件持株会は、最高裁判所昭和39年10月15日第一小法廷判決(民集18巻8号1671頁)の示した権利能力なき社団の成立要件を充足しているようにもみえる。
(4)しかしながら、上記判決は、法人格のない団体が権利能力なき社団として認められるための必要条件を示したものであって、判示された要件を充足する場合には必ず権利能力なき社団であると解すべきである旨判示したものではないから、本件持株会が上記判決の示した要件を充足するとしてもそのことから直ちに人格なき社団に当たるということにはならない。
かえって、従業員持株会が民法上の組合として設立された場合、従業員持株会の稼得した配当所得は組合員への分配を待たずに組合員への配当所得として所得税の課税対象となり、組合員が配当控除の適用を受けることができるのに対し、従業員持株会を人格のない社団として設立した場合には、配当金が従業員持株会から構成員に分配されたとしても、構成員の雑所得となり、構成員は配当控除を受けられないという税法上の扱いの差違があることを受けて、本件持株会は、X会社から支払を受けたX会社の決算配当のうち配分済株式に係る部分について、「名義人受領の配当所得の調書合計表」を作成するとともに、会員に対し、その配分済株式に対する配当金額及びその源泉徴収税額を記載した「名義人受領の配当所得の調書」を発行するなど、配分済株式に係る部分については、本件持株会が業務に関連して他人のために配当所得の支払を受ける者であることを前提とした計算処理を行い、本件持株会が民法上の組合であることを前提としたパススルー課税の扱いを受けていたというのである。
こうした本件持株会の運営実態等に係る事実から当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件持株会は、税法上の扱いに即して、民法上の組合という組織形態を積極的に選択した上、これに沿った運営が行われてきたことは明らかであり、以上によれば、本件持株会の法的性格は民法上の組合であると認めることができる。
(5)X会社は、本件持株会の前身であるK友会について、人格なき社団である旨を判示した大阪地方裁判所の判決があることから、K友会の法的性格が人格なき社団であることについて、関係当事者が共通の認識をもち、審理に当たった裁判所も同様の認定判断をしたことが分かるところ、本件持株会の設立に当たって、K友会の法的地位に変更が加えられることはなかったから、本件持株会も、人格なき社団である旨主張する。
しかしながら、上記判決によれば、K友会が行う社員持株制度は、会員のX会社株式の保有を奨励し、その実行を容易ならしめて会員の財産形成に資することを目的とするものであることや、規約上、会員が定年、死亡又はその他の事由により会社を退社するときは、社員持株会制度の維持協力のためその時点における持株全部をK友会に譲渡しなければならないとされていること等が認定されているものの、K友会の規約において、本件持株会と同様に、民法上の組合として設立されたことが明記されているか否か、K友会の会員が配当控除を受けていたのか否かといった点は明らかでない。
そうすると、仮に、K友会について、人格のない社団であると評価できる事情があったとしても、民法上の組合であるか否かを判断するための重要な指標となる事情の有無に関し、K友会が本件持株会と同様であるか否かは不明であり、上記判決をもって、本件持株会も同様に人格なき社団であると判断することはできない。また、制度の目的や、退社の際の持株の処分方法等については、民法上の組合であれ、人格なき社団であれ、認められる事情であるし、規約に民法上の組合として設立されたことが明記されている以上、本件持株会の設立に当たって、関係者において、K友会の法的地位に変更を加える意図がないということはできず、本件持株会がK友会と同様に人格なき社団であったと結論づけることもできない。
(6)X会社は、本件代物弁済によって生じた債務の消滅に係る利益を本件持株会の会員らに分配されたとみることは不可能であり、そのような処理に伴って本件代物弁済当時の会員のみに源泉徴収義務を負担させるのも不公平であるように主張する。しかし、まず、本件代物弁済が行われた時点において、本件持株会に所属する会員らを特定することは可能であるから、上記のような計算を行うことも不可能とはいえないし、所得税法25条1項柱書き及び5号が、自己株式の取得の基因となった金銭等の交付を捉えて、みなし配当の発生原因としていることに照らせば、このような金銭等の交付(本件では、本件借入金債務の消滅)が行われるに至った経緯に関与したにすぎない、本件代物弁済の対象とされた未配分株式を割り当てられていた元会員又は自身の配分済株式を返還売却する際、本件借入金債務に係る借入金を原資として対価の支払を受けた者を対象として課税処理を行うことは、法律上予定されていないというべきであるから、X会社の上記各主張も失当である。
3 みなし配当該当性 (1)X会社は、本件代物弁済が従業員の福利厚生対策としてされていることから、所得税法25条1項5号に該当する事実関係が認められない旨主張する。
この点に関し、本件持株会の法的性格等として上記2で認定したとおり、本件持株会がX会社の従業員の財産形成に資すること等の福利厚生を目的としていることは否定できない。しかし、そのことに加えて、本件代物弁済による本件借入金債務の消滅が、そのような目的を有する本件持株会ないし従業員持株制度を維持して従業員の福利厚生対策の危機を救済するという性質を有するものであるとしても、本件代物弁済の時点において、民法上の組合である本件持株会の会員らは、X会社に対し本件借入金債務を負っており、本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足しており、このことは、X会社が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。
(2)X会社は、本件代物弁済において消滅した本件借入金債務の金額には、本件株式を取得するための正当な対価(本来の取得価額)に充てられた部分(資本等取引)のほかに福利厚生費に充てられた部分(損益取引)が混在しているとみた上、本件株式の時価は、類似業種比準価額である1株当たり630円と評価することができることから、これを上回る部分については、みなし配当はなかったことになるとも主張する。
しかしながら、所得税法25条1項柱書き及び5号は、株主等が交付を受けた「金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額」が、「当該法人の……資本等の金額……のうちその交付の基因となった当該法人の株式……に対応する部分の金額」を超えるときに、みなし配当が生じる旨を規定しており、取得の対象とされた自己株式に対応する資本等の金額との間で比較の対象とすべきものは、株主等が交付を受けた金銭の額等であって、法文上、取得の対象とされた自己株式の時価を比較対象としてみなし配当の額を計算すべきものと解釈する余地はなく、本件代物弁済の結果、X会社の株主としての地位に基づき、本件借入金債務が消滅するという利益が発生しているのであるから、上記資本等の金額を上回る部分をみなし配当とみるほかないというべきである。
4 担当職員による指導と信義則 証拠によれば、昭和63年に本件持株会が設立され、K友会の保有していたX会社の株式の承継等が行われたことに伴い、その課税関係について疑問が生じ、X会社担当者がH税務署を訪ねて税務相談を行ったこと、その際、処分行政庁の担当者からは、X会社から本件持株会に支払われる配当金については、持株会1名のみを受給者として記載した支払調書等を作成して提出すれば足り、会員ごとの内訳を記載する必要はないこと、本件持株会から会員に支払われる配当分配金については、所得税法施行規則97条に基づき、本件持株会が会員に代わって配当を受領したものとして、「名義人受領の配当所得の調書」等を作成して提出する必要があるが、「持株会の繰越共有持分」に係る配当金についてこれを提出する必要がないこと等を説明した事実が認められる。
X会社は、上記の事実から、本件持株会が未配分株式に対する配当金を会員個人に分配していないのは、処分行政庁の担当職員による事実上の拘束力を持つ税務指導によるものであり、本件持株会では、配分済株式に対する配当金だけを分配するシステムを構築しており、本件のみなし配当に係る利得だけを会員個人に分配することは困難であること、上記指導により、未配分株式に係る配当金は源泉徴収されたまま、還付金等の取戻しができない状態が20年間継続してきたにもかかわらず、本件課税処分がされたのは青天の霹靂ともいうべき事態であること等から、本件課税処分は不誠実であると主張する。
しかしながら、一般に従業員持株会において会員への配分が行われなかった未配分株式については、配当金の分配や議決権の行使に当たり問題が生じ得ることから、一時的に従業員持株会に株式をプールするとしても、その後早期にその状態を解消することが適切な処理とされている。そうすると、X会社担当者が処分行政庁の担当職員から、「持株会の繰越共有持分」に係る配当について「名義人受領の配当所得の調書」等の提出は不要であること等の説明を受けたとしても、これは、「繰越共有持分」とあるとおり、未配分株式が早期に解消されることを前提とした上で、暫定的な税務処理について説明を加えたものとみるのが自然であり、X会社が主張するように、相当数の未配分株式が恒常的に存在することを念頭に置いた説明であるとは考えにくく、未配分株式に係る配当金の会員個人への分配の要否について具体的な指導があったとは認められないし、他にそのような指導がされたことを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、X会社の上記各主張はいずれも採用できないというべきであり、X会社主張の事情が本件課税処分の違法事由となることもないというべきである。
四、解説
はじめに 本件は、X会社が、本件持株会に対する貸付金(本件借入金債務)を回収するため、同会が保有するX会社の発行済株式(本件株式)を本件代物弁済により取得したところ、処分行政庁が、本件代物弁済により消滅した債権のうち、取得した株式に対応する資本等の金額を超える部分は「みなし配当」に該当し、X会社に所得税の源泉徴収義務があるとして、本件告知処分等をしたことから、X会社が、当該処分の取消しを求めた事案である。
本件においては、本件持株会が、会員(従業員)の財産形成等を重視し、退職等による脱会又は会員による一部買取り要求によるX会社株式の買取りにおいて、その買取り価額を従前の評価額(X会社が主張する1株当たりの買取り時の時価相当額の約6.5倍)に保証していたため、X会社株式の買取りと売渡しとの間に大幅なギャップ(未配分株式)が生じ、それに対応してX会社からの借入金が増加し、本件借入金債務となったものである。そのため、X会社は、本件持株会の立て直しを図るべく、未配分株式を買取る形式をとって、本件借入金債務を清算した。したがって、本件代物弁済は、自己株式の取得が目的であるというよりも、従業員持株制度を維持しようとする従業員の福利厚生対策に主眼があったものと考えられる。また、このような従業員持株制度に対して、会社側が何らかの援助をすることは、よく見かけられることであり、そのための課税関係のあり方にも影響を及ぼすことになる。
かくして、本訴においては、本件課税処分の適否に関し、①本件持株会が民法上の組合に当たるか、人格なき社団等に当たるか、②組合に当たる場合に所得税法上のみなし配当課税の対象となるか、③同法に定めるみなし配当の除外事項に当たるか、④本件代物弁済が福利厚生対策(同費用の支出)となるか、⑤処分行政庁の担当職員の指導が信義則の対象になるか、等が争われた。これらの争点は、自己株式取得に係るみなし配当課税の本質に関わることでもあるので、以下検討することとする。
1 本件持株会の組合該当性 (1)本件告知処分は、本件持株会が民法上の組合に該当することを前提とし、本件みなし配当が本件持株会の会員に帰属することとしている。したがって、X会社が主張するように、本件持株会が、人格のない社団等に該当し、所得税法上の法人とみなされる(所法4)ことになると、後述するように、本件告知処分の違法性を惹起することになる(注1)。
ところで、民法上の権利能力なき社団の成立要件については、本判決が引用する最高裁昭和39年10月15日第一小法廷判決(民集18巻8号1671頁)が判示しているように、「団体としての組織をそなえ、そこには多数の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない」と解されている。
また、租税法の分野においても、一般的に、「租税法における人格のない社団等の意義は、私法におけると同義に解すべきであ」(注2)ると解されている。そして、本件持株会については、前述の本件契約に基づき、役員、機関等が整備され、多数決の原則等が行われているから、人格のない社団等の成立要件は十分に認められるところである。そのことは、本判決も、容認しているところである。しかも、本件持株会の前身であるK友会については、本件持株会よりも社団性が弱かったにもかかわらず、大阪地裁平成2年8月10日判決(平成元年(ワ)第1546号)は、同会を権利能力のない社団に当たると認定しているのである。
(2)しかし、本件規約1条は、本件持株会が「民法667条1項の定めに基づく組合として組織する」とし、同会が民法上の組合であることを明らかにしている。そして、本件持株会は、組合であることを前提とした一応の経理処理も行っている。したがって、本判決も、本件持株会について社団性を容認しつつも、課税上は民法上の組合であると認定している。
この場合問題となるのは、私法(民法)上は、本件持株会が権利能力なき社団であるとともに組合にも該当する場合で、かつ、税法上も、人格のない社団等と組合のいずれにも該当すると認められる場合に、いずれによって課税するのが合理性を有するかである。そのことが、本判決では組合課税を是とする理由しか述べられていない。
ところで、組合は、事業の主体ではあるが、法主体ではないから、その活動によって得られる損益は、組合契約で定める損益分配割合に応じて、直接各組合員に帰属する(民法674)。そのため、組合は、納税義務の主体ではなく、組合活動によって生み出された所得は、組合員の所得として、組合員に課税される(注3)。この課税方法を、パススルー課税又は構成員課税という。
この考え方を受けて、所得税基本通達では、民法上の組合を含む任意組合等の組合員の当該任意組合等において営まれる事業に係る利益の額又は損失の額は、当該任意組合等の利益の額又は損失の額のうち分割割合に応じて利益の分配を受けるべき金額又は損失を負担すべき金額としている(所基通36・37共-19、同36・37共-20)。
(3)このような課税上の取扱いについては、組合員数が少人数による任意組合等であれば適用し得るであろうが、本件持株会のような1万人に近い組合員から構成され、X会社株式の売買等により会員が頻繁に異動して、かつ、実質的に人格のない社団等として活動している場合には、個々の組合員に対して損益の額を適切に配分することは極めて困難であろう。現に、X会社の主張では、そのような分配計算が行われていないことが窺える。
特に、本件においては、従前に会員に対して少額な評価額で売り渡したX会社株式を買取り保証額の(最高評価額)の4,050円という高値で買取ったことにより本件持株会のX会社に対する債務が膨張し(本件借入金債務の急増)、本件代物弁済が行われたものであるが、その実態は、会員に対する売出し価額と買取り価額との差額から生じた損失である。このような損失は、本来、脱退等により本件持株会に対してX会社株式を売り渡した旧会員等が得た所得に見合うものであろうが、そのような帰属計算も不可能であろう。かといって、本件代物弁済時の会員にその損益を帰属させることも、理論的にも問題があり、計算技術的にも困難である。本判決は、そのようなことも可能であるかのように判示しているが、その根拠を明らかにしていない。
そうであれば、本件持株会については、組合課税を行うよりも、同会を人格のない社団等として法人とみなして課税する方が合理的であると考えられる。その点においてまず、本件告知処分の違法性が問題となるところであり、かつ、本判決がその違法性について十分審理を尽くしていないことも明らかである。
2 本件代物弁済(自己株式の取得)とみなし配当 (1)本件代物弁済によってX会社が自己株式を取得したこと自体は、事実である。また、この場合、その取得先である本件持株会が民法上の組合であるのか所得税法上の人格のない社団等に該当するかが問題となるが、前述のように、人格のない社団等として課税する方に合理性があるように考えられる。また、いずれに該当するかによって、みなし配当課税にどのような影響を及ぼすかを検討しておく必要がある。
まず、本件持株会が組合に該当する場合には、その所得計算は、前記1で述べたように、所得税基本通達により、当該組合員の利益の額又は損失の額をその分配割合に応じて負担(帰属)するものとして取り扱われている。そうすると、所得税法25条1項5号の規定によれば、法人の株主等が当該法人の自己の株式又は出資の取得により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が当該法人の資本等の金額のうちその交付の基因となった当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額が配当等とみなされるのであるから、本件代物弁済に関しては、本件持株会において本件借入金債務が消滅するという免除益(利益の額)が、その分配割合に応じて各会員に帰属することとなって、各会員毎にみなし配当の額が計算されることになるはずである。
(2)しかしながら、本件持株会には、そのような分配割合があるわけではなく、民法上の分配割合によるにしても、その分配は、本件持株会が極めて多数でかつ異動の多い会員を抱えている現状からみて不可能であろう。しかも、本件持株会において未配分株式数の急増(本件借入金債務の急増)を招いた会員は、当該株式を本件持株会へ譲渡した段階で譲渡所得課税を受けているから、重ねてみなし配当課税の対象とすることは所得税法も予定していないと考えられる。
更に、本件代物弁済が行われた時の本件持株会の会員には、X会社株式を譲渡したことによって譲渡所得(利得)を得た脱退会員は含まれていないわけであり、現会員の中にも、X会社株式を一部譲渡した者と譲渡しなかった者とが含まれているので利害得失が異なることになる。これらのことは、現会員が一様にみなし配当課税の責を負うこと(平等に分配を受けること)になると、極めて不公平かつ不合理な結果を招くことを示唆することになる。
以上のようなことを考察すると、株式の発行会社と株主との間に本件持株会のような事業体が介在していて、当該株主の株式売買が専ら当該事業体との間で行われて、当該事業体と発行会社との間で当該株式の精算取引(結果的には、自己株式の取得)が行われている場合には、所得税基本通達が予定しているような組合員に対する所得計算も不可能であろうし、所得税法が予定しているみなし配当課税は事実上無理であると考えられる。
(3)次に、本件持株会が人格のない社団等に該当するとして法人として取り扱われる場合には、本件持株会自体がX会社の株主として取り扱われることになる。そうすると、本件代物弁済によって、X会社の本件株式(自己株式)を取得し、本件持株会が債務免除という利得を得たことになるから、所得税法25条1項5号の規定が適用されてみなし配当が生ずるようにも考えられる。
ところで、法人の場合には、本件代物弁済当時の所得税法及び法人税法によれば、例えば、法人株主が帳簿価額で1株当たり1万円の株式を発行会社に5,000円で譲渡し、1株当たりの資本等の金額が500円である場合には、当該法人株主に9,500円の譲渡損と4,500円の益金不算入となる配当等が生じることになる。すなわち、このようなケースにおいては、4,500円のみなし配当部分は全額益金不算入となり(法法23①)、実質的には5,000円の譲渡損しか生じていないにもかかわらず、9,500円の損金算入となる譲渡損が生じることになる。このような取引を系列会社間で行えば、多額な租税負担の回避が可能となる。
そのため、国税当局は、平成22年度税制改正において、100%グループ内の法人の株式を発行法人に対して譲渡する等の場合には、その譲渡損益が発生しないようにし、前述のような損金算入の二重取りができなくなるような措置を講じざるを得なかったわけである(注4)。
(4)また、本件においては、法人としての本件持株会は、前述したように、会員とのX会社株式の売買において、従前において安値で売り出したものを本件規約における買取り保証額という高値で買い戻したが故に、本件借入金債務に相当する損失が累積し、それを本件代物弁済によって解消せざるを得なかったものであり、それらの取引において何らの利得(所得)を得ているわけではない。
この場合、本件持株会は、本件代物弁済によって本件借入金債務に相当する債務免除益を得たとする見方もあろうが、その大部分については、後述するように、X会社の福利厚生費負担であって、本件持株会にとっての利得(所得)ではない。このことは、本件持株会が、本件株式を帳簿価額(取得価額すなわち会員からの買取り価額)を超えてX会社に対して譲渡したわけではないので、名実ともに譲渡益が生じなかったことからも裏付けられる。
そうすると、本件代物弁済において、法人とみなされる本件持株会は、所得となる配当等の受給者となる余地はなく、X会社は、所得税法の所得の一区分である配当所得となる配当等を支払ったことにはならないものと考えられる。
(5)以上検討したように、本件持株会を民法上の組合であるとしても、本件持株会を所得税法上の人格のない社団等であるとしても、本件代物弁済が自己株式の取得であるからといってみなし配当課税を強制することは困難であると考えられる。このように、自己株式の取得についてみなし配当課税が困難(無理)な場合には、所得税法上もみなし配当の対象から除外している。
すなわち、所得税法では、それが自己株式の取得であっても、①証券市場からの購入、②金融商品取引法上の有価証券の売買の媒介、取次ぎ又は代理における売買、③合併等における現物出資法人からの移転、④合併に反対する株主等の買取請求に基づく買取り、等11項目についてみなし配当の対象から除外している(所法25①四、所令61①)。もっとも、本件代物弁済による自己株式の取得については、これらの除外事項に文言上該当しないという文理解釈はあり得るが、その解釈のあり方については後述する。
3 本件代物弁済と福利厚生対策 (1)本件代物弁済の対象となった本件借入金債務は、本件持株会の、会員に対する売出し価額と会員からの買取り価額との差額の累積によるものである。これは、証券市場の株価を反映させているX会社株式の評価額(類似業種比準価額)について、当該評価額が下落しても従業員の財産を保全するために従前の最高評価額で買取ることを保証してきたからである。そのため、X会社は、本件代物弁済が、多額な債務超過を抱え危機に瀕していた本件持株会を救済するためであるから、そのコストは従業員の福利厚生費であると主張している。また、X会社は、本件代物弁済が全額福利厚生費に該当しないとしても、X会社株式の時価(類似業種比準価額)を基準にしてみなし配当の金額を算定し、当該時価を上回る部分について福利厚生費とすべき旨主張している。
この主張に対し、本判決は、そのような福利厚生対策の目的(性質)を有するとしても、「本件代物弁済によって本件借入金債務が消滅したという事実関係がある以上、本件代物弁済は所得税法25条1項柱書き及び5号が規定する要件を充足しており、このことは、原告が本件代物弁済を行った目的いかんによって左右されるものではない。」と判示し、更に、「法文上、取得の対象とされた自己株式の時価を比較対象としてみなし配当の額を計算すべきものと解釈する余地はなく、本件代物弁済の結果、原告の株主としての地位に基づき、本件借入金債務が消滅するという利益が発生しているのであるから、上記資本等の金額を上回る部分をみなし配当とみるほかないというべきである。」と判示している。
(2)このような判示は、所得税法の関連条項を文理の形式に拘って解釈したにすぎないのであるが、本件代物弁済における自己株式の取得という資本等取引と福利厚生費負担という損益取引が混在しているというX会社の主張を完全に否定することは、従来の国税当局の課税方法やそれを容認してきた裁判例の存在を全く無視することになる。
すなわち、本件のような形式上は資本等取引であっても、その取引の中に資本等取引と損益取引が混在しているとして課税処分が行われ、その処分の適否が法廷で争われた参考事例として、次のような事例がある。
例えば、福井地裁平成13年1月17日判決(税資250号順号8815)(注5)の事案では、原告会社が、577億円余の債務超過を抱える関連会社に対して527億円余の増資引受けを行い、取得した株式(取得価額527億円余)を時価相当額の1億円で譲渡して、526億円余の譲渡損失を作出した場合に、当該増資引受け額のうち、当該株式の額面相当額の264万円余が資本等取引で当該株式の取得価額を構成するが、残りは寄附金と認められるとして、当該損失の損金算入を否認する課税処分が行われ、当該処分の適否が争われた。前掲福井地裁判決は、「本件増資払込金による現実の出捐があったとしても、法37条の解釈、適用上、本件増資払込金の中に寄附金に当たる部分がある場合には、当該部分は法人税法上の評価としては「払い込んだ金額」(法人税法施行令38条1項1号=編注・現行法人税法施行令119条1項2号)には当たらないと解される。」と判示して、当該課税処分を適法であるとした。この判決については、控訴審の名古屋高裁平成14年5月15日判決(税資252号順号9121)においても、維持されている。
また、前掲事件と類似の事案に関し、東京地裁平成12年11月30日判決(税資249号884頁)は、当該増資によって取得した株式の取得価額のうち、法人税法132条を適用して当該株式の時価相当額を上回る部分を寄附金に当たるとした課税処分を適法であるとしている。
以上のように、増資による株式の取得という一つの資本等取引と考えられる取引であっても、その実態によって資本等取引(増資引受けによる株式取得)と損益取引(寄附金)とに区分し得ることになる(注6)。このことは、本件における本件代物弁済によってX会社が本件株式を取得した場合に、代償となる本件借入金債務の額を自己株式の取得価額(資本等取引)とに区分し得ることが妥当であることを意味する。
4 参考とすべき裁判例 以上のように、本件においては、本件代物弁済によってX会社が本件持株会が所有していた本件株式(自己株式)を取得したところ、それが所得税法25条1項5号にいう「当該法人の自己の株式の取得」に当たるということで、本件告知処分が行われ、本判決は、当該処分を適法と判示したものである。
しかしながら、本件代物弁済の実態からみて所得税法25条1項を適用することは極めて困難であり、むしろ同項5号にいう除外事項の一つとして解すべきであり、また、本件代物弁済の実質が本件持株会の救済という従業員の福利厚生費負担にあること等を指摘し、本判決が、所得税法25条1項5号の規定を余りに形式的に文理に拘って解釈していることの方が問題であるとした。
ところで、租税法の解釈適用においては、「文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に、規定の趣旨目的に照らしてその意味内容を明らかにしなければならない」(注7)と解されており、当該関係条項の文言にかかわらず、当該事案の事実関係や当該条項の趣旨等を総合勘案して行われることが肝要である。そのような観点から租税法が解釈適用され、本件においても参考とすべき裁判例として、次のような事例を挙げることができる
① 譲渡所得の金額の計算上、譲渡土地の所有期間中に支払った借入金利子が当該土地の取得費に当たるとされた事例(東京高裁昭和54年6月26日判決・行裁例集30巻6号1167頁、最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決・民集46巻5号492頁)
所得税法38条1項は、「譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、その資産の取得に要した金額……」と定めているところ、かって、土地等を取得した後に支払う借入金利子は「取得費」に当たらないとする課税処分が行われ、それを適法と認める裁判例も多かった(注8)。
しかし、前掲東京高裁昭和54年6月26日判決は、借入金で取得した土地の保有期間(取得した後)の借入金利子につき、所得税法38条1項の「その資産の取得に要した金額」という文言に拘泥することなく、当該借入金利子も当該土地取得との間に相当因果関係が認められる旨判示して、取得費算入を認めた。その後、国税庁は、従前の取扱いを変更する旨の通達を発遣し(現行所得税基本通達38-8参照)、前掲最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決も、同様な判断を示している。
② 土地区画整理事業途上の更地について小規模宅地の課税の特例の適用を認めた事例(最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決・裁時1428号36頁)
租税特別措置法69条の3第1項は、「相続の開始の直前において、……居住の用に供されていた宅地等」について、相続税の課税価格の計算の特例(最高80%の減額)を認めることとしている。この「居住の用に供されていた」の解釈については、通達によって、相続開始直前において建築中の建物の敷地についても特例適用を認める弾力的取扱いが行われてきたが、土地区画整理事業途上の更地につき、特例適用を否認する課税処分が行われ、下級審判決(注9)も当該処分を適法と認めた。
しかし、前掲最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決は、「やむを得ずそのような状況に立たされたためであるから、相続開始ないし相続税申告の時点において、……本件仮換地を居住の用に供する予定がなかったと認めるに足りる特段の事情のない限り、……居住の用に供されていた宅地」に当たるとして、原判決を取り消した。
③ ゴルフ会員権の名義書換料が当該ゴルフ会員権を譲渡した場合の譲渡所得金額の計算上の「取得費」に当たるとされた事例(最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決・訟務月報52巻3号1034頁)
所得税法60条1項は、贈与により取得した資産の取得費について、受贈者が「引き続きこれを所有していたものとみなす」と規定し、受贈者が贈与者の当該資産の取得費を引き継ぐ旨を定めている。また、ゴルフ会員権の名義書換料は、取得費以外に譲渡所得の金額から控除される「設備費」又は「改良費」(所法38①)に該当するわけではない。そのため、国税庁も、ゴルフ会員権の名義書換料を当該ゴルフ会員権の譲渡所得の金額から控除しない課税処分を行い、原判決の東京高裁平成13年6月27日判決(税資250号順号8931頁)等も当該課税処分を適法と認めてきた。
しかし、前掲最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決は、前述の所得税法60条1項及び同法38条1項の規定の文言に拘らず、父親から贈与を受けたゴルフ会員権に係る名義書換料が当該ゴルフ会員権を取得するための付随費用に当たるから当該取得費に含まれるとして、原判決を取り消した。この最高裁判決を契機として、国税通則法が改正され、「国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈その他の国税庁長官の法令の解釈が、更正又は決定に係る審査請求若しくは訴えについての裁決若しくは判決に伴って変更され」た場合には、それを事由に更正の請求ができることとなった(通法23②三、通令6①五、通法71①二等)。
④ 法人税における所得税額控除につき、確定申告書に記載した控除額が過少であることを事由に更正の請求が認められた事例(最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1307号105頁、民集登載予定)
法人税法68条3項は、法人税額から控除できる所得税額につき、確定申告書に控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細書の記載がある場合に限り適用し、かつ、「この場合において、同項の規定による控除されるべき金額は、当該金額として記載された金額を限度とする。」と定めている。そのため、確定申告書に記載した所得税額が誤って過少であるとする更正の請求(通法23①)に対しても、記載金額が限度であるとして理由がない旨の通知処分が行われてきており、当該通知処分について、下級審判決(注10)はこれを適法と認めてきた。
しかし、前掲最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決は、法人税の確定申告書に控除すべき所得税額を誤って過少に記載した場合に、正当に控除すべき金額について所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思であったことが見取れるときには、それを事由とする更正の請求は適法であるとして、原判決を変更し、上告人の請求を認容した。この最高裁判決も、法人税法68条3項の文言に拘泥しなかったものである。
以上の各判決は、当該条項の文言に拘らず、当該事案の事実関係と当該条項の趣旨等を総合的に勘案して実質的に解釈された代表的なものである。もちろん、このような解釈は、前記各判決に限られるわけではない(注11)。したがって、本件の所得税法25条1項5号の規定の解釈においても、参考とされるべきものと考えられる。
5 その他の問題点 (1)本件においては、以上のほか、次のような問題も、本件告知処分の違法事由とされている。まず、本件告知処分については、手続的にも問題がある。すなわち、納税の告知に係る納税告知書には、前述のように、納付すべき税額、納期限、納付場所並びに納期等の区分として所得の種類及び年月日の記載を要するところ、納税の告知が国税債権の請求行為であるという性質上、当該各記載事項から、客観的にこれを包括されるものと認識できる範囲(同一性が認められる範囲)を超えることは許されないと解されている(注12)。そして、本件においては、本件持株会が人格のない社団等に該当するとなると、本件の裁決も示唆するように、本件告知処分における同一性が失われることになって、違法性が生じることになる。
なお、大阪地裁平成8年9月6日判決(税資220号552頁)は、「源泉徴収による国税は、本来納税義務者でないそれ以外の第三者に租税を徴収させて国税を納付させる方式で徴収する国税であり、この第三者(源泉徴収義務者)の徴収義務は、所得の支払の時に自動的に成立し、成立と同時に納付すべき税額が確定するのである。しかし他方、所得の受給者が最終的な所得税の負担者であるから、源泉徴収における担税力もなお所得の受給者についてみざるを得ない。」と判示し、納税の告知が適法であるためには受給者が経済的利得(所得)を得ていることが必要であるとしている。更に、本件裁決書においても、受給者の誤りは当該納税の告知の違法事由となることが示唆されている。
以上のような納税の告知に係る処分の同一性等の解釈論については、本件のような真実の受給者等を明らかにすることができない場合に特に問題になるものと考えられる。
(2)また、本訴において、X会社は、本件持株会が著しい債務超過の状態にあり、X会社としても強制的な債権回収を図らざるを得なかったのであるから、本件代物弁済において仮にみなし配当が生じ得るとしても、所得税法9条1項10号にいう非課税所得に該当する旨主張したのであるが、本判決は、これに対し何ら説得的な判示をしていない。
更に、X会社は、本件告知処分は処分行政庁の従前の指導に反するものであるから信義則に反する旨主張したのであるが、本判決は、そのような指導があった事実は認められないとしている。もっとも、X会社が主張するような事実があったとしても、当該指導が信義則の適用要件を示した最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(訟務月報34巻4号853頁)が判示するところの「公的見解の表示」に当たるか否かに問題が残る。むしろ、国税通則法67条1項にいう「正当な理由」として、不納付加算税賦課決定の取消事由にした方が妥当であるように考えられる。
(3)以上のように、本件は、従業員の資産形成という福利厚生対策として設けられた本件持株会の財政上の窮状を救済するために、本件代物弁済という形式が採られたのであるが、結果的には、それが所得税法25条1項5号にいう自己株式の取得に当たるということで本件告知処分が行われ、その適否が争われたものである。
恐らく、従業員持株会が介在した自己株式の取得についてみなし配当課税の適否が争われた事例がほとんど見かけないだけに、本判決が先例として注目されるものと思われ、その点では意義がある。しかしながら、本訴には、前述のような数多くのかつ関係条項の解釈上注目すべき問題点を有しているところ、本判決が十分な審理をしているものとは思えないのであるから、上訴審において一層慎重かつ丁寧な審理が望まれるところである。
(注1)本件の審査請求に係る裁決書(平成20年6月18日)は、「本件持株会の法的性格が人格のない社団等に該当するか否かによって、充足すべき課税要件が異なってくるのであるから、納税告知処分をするにあたっても、同会の法的性格について認定、判断した上でそれを前提として充足すべき課税要件を特定し、その充足性を判断しなければならない」と述べている。
(注2)金子宏『租税法 15版』(弘文堂、平成22年)135頁等参照。
(注3)前出(注2)412頁等参照。
(注4)中野晶「法人税法等の改正について」税経通信2010年6月臨時増刊号108頁等参照。
(注5)詳細については、品川芳宣『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会、平成17年)433頁参照。
(注6)資本等取引と損益取引の区分及び資本金と負債の区分の詳細については、品川芳宣「税法における資本と負債の区分」租税法研究(租税法学会議)32号74頁参照。
(注7)前出(注2)106頁参照。
(注8)東京地裁昭和46年9月30日判決(行裁例集22巻8・9号1356頁)、大阪地裁昭和48年9月6日判決(税資71号98頁)、大阪高裁昭和53年5月30日判決(同101号483頁)等参照。
(注9)福岡地裁平成16年1月20日判決(税資254号順号9513)及び福岡高裁平成16年11月26日判決(同254号順号9837)。
(注10)熊本地裁平成18年1月26日判決(判例タイムズ1274号153頁)、福岡高裁平成18年10月24日判決(判例タイムズ1274号148頁)等参照。
(注11)例えば、所得税法36条1項及び2項の規定に係る京都地裁昭和61年8月8日判決(訟務月報33巻4号1039頁)、大阪高裁昭和63年3月31日判決(同34巻10号2096頁)等参照。
(注12)東京地裁昭和63年4月26日判決・税資164号258頁、同旨東京高裁平成9年11月20日判決・訟務月報51巻9号2475頁、最高裁平成16年9月7日第三小法廷判決・訟務月報51巻9号2449頁等参照。
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