解説記事2011年07月25日 【最新判決研究】 国外財産を贈与した場合における受贈者の「住所」の認定─武富士事件─(下)(2011年7月25日号・№412)
最新判決研究
国外財産を贈与した場合における
受贈者の「住所」の認定─武富士事件─(下)
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
東京地裁平成19年5月23日判決(訟務月報55巻2号267頁)
東京高裁平成20年1月23日判決(判例タイムズ1283号119頁)
最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(平成20年(行ヒ)第139号)
六、解説
はじめに 本件は、我が国のサラ金業界の最大手であるT社の経営者夫妻が、T社の株式をオランダ法人YST社(外国法人)に保有させ、そのYST社の出資口数の大部分(総口数の90%、本件出資)を長男Ⅹに香港で贈与(本件贈与)したのであるが、贈与税の負担を回避するためにⅩの住所を日本国内に存しないように工作しておいたため、本件贈与に対し我が国の贈与税が課されるか否かが争われたものである。
また、本件は、T社の知名度とともに争いの対象となる贈与税額が今までの税務訴訟における訴額の中でも最大となることや、本件のような租税回避を防止するための相続税法改正の直前において本件贈与が行われたこともあって、社会的にも大きな注目を集めたものである。
特に、本件では、サラ金業自体が専ら我が国の経済的弱者から利益を吸い上げているのであるが、その経済的弱者が社会福祉等を通じて最も恩典を受けることとなる我が国の租税(贈与税、相続税)を完全に回避しようとする(注1)冷酷な「資本の論理」が貫かれようとしているのである。それに対し、「住所」の意義の解釈等によってその「資本の論理」が打破できるかという租税法の解釈のあり方が問われるという問題が生じることになる。その問題の解決方法においては、租税回避の防止と租税法の解釈のあり方についても考えさせられるところが多い。
かくして、一審判決(注2)では、Xの住所が国内にないということでXの請求が認容され、控訴審判決(注3)では、Xの住所が国内にあるということでXの請求が棄却され、上告審判決(注4)では、結論的には一審判決が支持されることとなった。このように、各判決が異なった判断をしたということは、それだけ本件が抱える問題の深さを意味することになろうが、以下その問題を検討することとする。
1 「住所」と課税規定 (1)本件贈与が行われた平成11年当時の相続税法では、「この法律の施行地に住所を有するもの」は、贈与により取得した全ての財産について贈与税が課され(旧相法1の2一)、「この法律の施行地に住所を有しないもの」は、贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した時にのみ贈与税が課せられる(旧相法1の2二)ことになっていた。このように、国内に「住所」を有するか否かによって課税関係を異にするのは、相続税においても同様であった(旧相法1)。
しかしながら、このような規定では、本件のように、贈与を受ける者の住所を国外に移し、国内財産を国外財産に仕立てる方法(特に、株式等においては容易である。)によって、我が国の相続税や贈与税の負担を回避することを横行させることとなったため、前記規定の改正の必要性が指摘されてきた。
(2)かくして、平成12年度の税制改正において、次に掲げる者が贈与税の納税義務が課せられることになった(相法1の4)。
① 贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの。
② 贈与により財産を取得した日本国籍を有する個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(当該個人又は当該贈与をした者が当該贈与前5年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがある場合に限る。)。
③ 贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(前記②に掲げる者を除く。)。
この②のように、我が国の住所を有しなくなっても、5年間課税関係が継続することについては、相続税の場合も同様である(相法1の3三)。このような課税関係を図解すると、次頁のようになる(注5)。
(3)このように、国内に個人の住所が存するか否かによって課税関係が異なることは、所得税法においても類似する。所得税法では、個人を居住者、非永住者及び非居住者に区分し、それぞれ納税義務の範囲を異にする(所法5)。
この場合、居住者とは、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」(所法2①三)をいい、非永住者とは、「居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人」をいい(所法2①四)、そして、非居住者とは、居住者以外の個人をいう(所法2①五)。
また、居住者と非居住者の区分については、国家公務員又は地方公務員(これらのうち日本の国籍を有しないもの及び国籍を有する者であっても、現に国外に居住し、かつ、その国外に永住すると認められる者を除く。)は、国内に住所を有しない期間についても国内に住所を有するものとみなして、所定の条項が適用される(所法3①、所令13)。
なお、所得税法では、所定の場合には、国内に住所を有する者等と推定されるときがある。すなわち、国内に居住することとなった個人が、①その者が国内において継続して1年以上居住することが通常必要とする職業を有すること及び②その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して1年以上居住するものと推測するに足りる事実があることに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定され(所令14①)、このように住所を有する者と推定される個人と生計を一にする配偶者その他の扶養親族が国内に居住する場合には、これらの者も国内に住所を有する者と推定される(所令14②)。逆に、国外に居住することとなった個人が、国外において同様な事情があれば、その者は、国内に住所を有しない者と推定される(所令15)。
2 「住所」の意義と借用概念 (1)以上のように、個人に課税される贈与税、相続税又は所得税においては、その個人の住所が国内にあるか否かによって課税関係が大きく異なることになる。ところで、「住所」という用語については、相続税法においても又は所得税法においても、特段の定義規定を設けているわけではないので、租税法の解釈においては、いわゆる借用概念の典型であると解されている(注6)。
借用概念とは、租税法上用いられている用語のうち、他の法分野で用いられ、既に明確な意味内容を与えられている概念を意味し、他の法分野から借用しているという意味で、そのように呼称される。この点では、「住所」は、民法上、「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」(民法21)と定められ、「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」(民法22)と定められているところである。そして、本件各判決が引用する最高裁各判決において、各人の生活の本拠等が住所であると解されている。
かくして、このような借用概念の租税法上の解釈については、私法上の概念とは別意に解すべきことが租税法規の明文又はその趣旨から明らかである場合を除き、私法上におけると同じ意義に解するのが法的安定性の見地から望ましいものと解されている(注7)。
このような解釈のうち、「私法上の概念とは別意に解すべきこと」については、本件の上告審判決も、最高裁昭和29年10月20日大法廷判決等を引用しつつ「反対の解釈をすべき特段の事由はない以上」と判示し、考え方を一つにしているものと考えられる。この考え方は、「別異に解すべきこと」又は「特段の事由」が存すれば、「住所」という借用概念であっても、それらの事情を考慮して税法独自の解釈があり得ることを示唆しているものと解される。このことは、後述する租税法律主義の問題ではなく、用語の解釈の問題であることを意味する。
(2)ところで、「住所」の意義については、課税の取扱いにおいても、一応明確にされている。まず、基本通達1の3・1の4共-5では、「法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠をいうのであるが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものとする。この場合において、同一人について同時に法施行地に2箇所以上の住所はないものとする。」と定めている。
そして、この通達に係る国税庁担当者の解説によると、①「住所」の意義については、相続税法上も民法上と同様に解するのが相当であること、②生活の本拠の判断においては、定住の意思(主観説)に拘束されず、定住という客観的事実だけで足りること、等が明らかにされている(注8)。
また、所得税基本通達2-1では、「法に規定する住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する。(注)国の内外にわたって居住地が異動する者の住所が国内にあるかどうかの判定に当たっては、令第14条(国内に住所を有する者と推定する場合)及び第15条(国内に住所を有しない者と推定する場合)の規定があることに留意する。」と定めている。
なお、この通達の趣旨についても、国税庁の担当者の解説によると、住所について民法の概念と同様であること、客観主義によって住所が判定されるべきであることとされている(注9)。
もっとも、国税庁側の従前の説明等では本件決定の適法性を維持し難いことを考慮してなのか、本訴においては、国は、住所の判定において、①居住者の主観面を考慮することを排除するものではないこと、②仮に、Xの住所が香港にあったとしても、国内にある住所を否定できないこと(住所複数説)等を主張している。
(3)次に、基本通達1の3・1の4共-6は、日本の国籍を有している者等については、その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であっても、その者が、①学術、技芸の習得のため留学している者で法施行地にいる者の扶養親族となっている者及び②国外において勤務その他の人的役務の提供をする者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね1年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれるもの(その者の配偶その他生計を一にする親族でその者と同居している者を含む。)に該当する場合には、その者の住所は、法施行地にあるものとして取り扱うものとしている。
また、同通達は、「その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であっても、国外出張、国外興行等により一時的に法施行地を離れているにすぎない者については、その者住所は法施行地にあることとなるのであるから留意する。」と定めている。
この通達に関しては、東京地裁平成17年1月28日判決(税資255号順号9915)が、受贈者を香港に居住させる目的をもって出国させた9日後に国外財産を贈与した事案につき、前記通達に照らし、当該受贈者の住所が国内にあったものと認められるとした課税処分を適法である旨判断している(注10)。
3 「住所」の認定と租税回避行為の否認 (1)前述したように、租税法上の「住所」の意義については、私法からの借用概念として解釈されることになる。この場合留意しなければならないことは、借用概念についての租税法上の解釈は、私法上の概念がそのまま受容されるわけではなく、何らかの限定条件があるということである。すなわち、前述したように、学説にいう「私法上の概念とは別意に解すべきことが明文又はその趣旨から明らかである場合」又は本件の上告審判決が判示するところの「反対の解釈をすべき特段の事由」が存する場合には、私法上の概念によってそのまま税法において解釈されるわけではないということである。
特に、本件においては、Xの「住所」が何処にあるかを認定することは、課税関係に重大な影響を及ぼすことになるのであるから、前述の「特段の事由(事情)」の存否について慎重に検討する必要がある。ところが、上告審判決は、Xが本件滞在期間中の約3分の2を本件香港自宅で滞在して過し、本件杉並自宅には約4分の1のみ滞在し過していることから、本件香港自宅が生活の本拠たる実体を有している旨結論づけているのみで、その結論の段階では「特段の事由(事情)」の存否について直接かつ明確に判断していない。
また、上告審判決は、本件のような方法による「贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。」と判示している。そして、補足意見でも、租税法律主義では、「明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されない」と述べ、次いで、「租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。」と述べている。この意見も、直接「特段の事由(事情)」の存否を述べたわけではなく、租税法律主義の問題に掏り替えている。
(2)このような最高裁判所の考え方については、租税回避の否認には法的根拠が必要であるという見地から大方の賛意を得ているようである(注4)。確かに、本件のような事案に対しては、租税回避の否認の見地から、本件決定が正当化されるべきとする見解(注11)もみられる。そのため、本件については、租税回避の否認法理と租税法律主義の対峙によって説かれることにもなる。そうなると、租税回避に対して包括的否認規定を有しない我が国においては、具体的な否認規定がなければ、租税回避を否認する課税処分はできないとする見解が有力であるので(注12)、その見地からも上告審判決が正当化されることになる。
しかしながら、本件においては、租税回避の否認によって課税処分が行われたわけではなく、Xの住所が国内に存するという認定の下で、本件決定が行われたはずである。そうであれば、租税法における「住所」の解釈に終始すべきである。この場合、「住所」の意義については、前述したように、私法からの借用概念として解釈すべきこととなるが、当該事案において「特段の事由(事情)」が存すれば、租税法上の要請をより強く受け留めた上での解釈があっても然るべきである。そして、本件のように、我が国の贈与税負担を回避するために手練手管を尽して「住所」を操作している場合には、借用概念の解釈において「特段の事由(事情)」を認めるべきであると解される。換言すると、借用概念の解釈上、「特段の事由(事情)」の存在を限定条件としている以上、本件のようなこと以外で「特段の事由(事情)」が存するとも考えられない。
ともあれ、上告審判決においては、このような「特段の事由(事情)」の存否が直接判断されるべきであって、安易に租税法律主義の問題に掏り替えるべきではないと考えられる。
なお、補足意見では、安易に拡張解釈、類推解釈をすべきではなく、厳格な法条の解釈が求められている以上、解釈にはおのずから限界がある旨述べている。しかし、最高裁判所の従前の裁判例では、常に形式的な法条の解釈が行われてきたわけではなく、当該事案の実態に即して弾力的な法条解釈が行われてきたことも留意されるべきである(注13)。
4 本件における「住所」の認定 (1)本件においては、当初から相続税・贈与税対策として、Ⅹが香港に居住することとし(平成9年6月)、その居住に対応してT社の関連会社を香港に設立し、Ⅹが当該関連会社の役員を務める形式を整え、国外移住に対する租税回避防止のための相続税法改正が間近であるということで、平成11年12月27日付で、本件贈与が実行されたというものである。また、Ⅹは、本件贈与後も約1年香港に滞在していてその後失踪し、平成15年12月杉並の自宅に戻ってきたというものである。
結局、Ⅹは、平成9年6月から平成12年12月まで香港に滞在(本件滞在期間)していたのであるが、その間、香港滞在日数の割合が65.8%、日本滞在日数の割合が26.2%であり、欧州又は北米に9回渡航し、7回はいったん東京(成田)を経由している。また、Ⅹは、本件滞在期間の約3年余の間にTTS社等の関連会社で得意先との面談等を行った日は延ベ168日(週に1回程度)であった。
その他、Ⅹが香港に「住所」があったか否かの事情は、本件各判決において詳細に認定しているところであるが、いずれも滞在日数以外「住所」を認定できる決定的な事情であるとも認められない。
しかし、本件各判決とも共通して認定していることは、本件における居所の操作が我が国の贈与負担を回避するための租税回避行為であったということである。
(2)かくして、一審判決は、Xの住所が国内になかったと認定し、控訴審判決は、Xの住所が国内にあったと認定し、上告審判決は、Xの住所が国内になかったと認定した。このような認定の差異は、一審判決と上告審判決とが、香港と国内におけるそれぞれの滞在日数の形式的な比較を重視したことに対し、控訴審判決が、そのような形式的な比較は相当ではないとし、本件杉並自宅における生活の実態を重視したことから生じている。
このように、一審判決及び上告審判決は、従前の民法上の最高裁判決の考え方(客観説)を踏襲し、Xが香港により長く滞在していたという客観的事実を重視したものであるが、これは、前記2で述べた国税庁の通達やその解釈に通じているものとも評価し得る。
しかしながら、租税法における「住所」の意義は、前述したように、それが借用概念であるものの、単なる滞在日数の比較という形式論にとどまらず、本件のような香港滞在が専ら租税回避のためにあることが明らかである場合には、「特段の事由(事情)」の存在を認めるべきであったとも考えられる。このように考えるにしても、それは租税法律主義に反するわけではなく、あくまでも租税法上の「住所」の意義の解釈の範疇の中で行われるべきものである。
5 本件上告審判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、我が国の資産家が、相続税又は贈与税の負担を回避するために、長男(Ⅹ)を香港に居住させ、国内財産であった株式等を国外財産に仕立て(外国法人へ現物出資等)、長男に対してその国外財産を贈与し、日本の贈与税の課税を免れようとしたものである。これに対し、処分行政庁は、Ⅹの住所が日本国内にあるものと認定して、贈与税の決定処分(本件決定)を行ったものである。
かくして、本訴においては、本件贈与当時Ⅹの住所がどこにあったかが主として争われたのであるが、上告審判決は、一審判決と同様に、Ⅹの香港における滞在期間中において、日本での在住割合が約26%であり、香港の在住割合が約65%であったこと(客観的事実)を重視し、本件贈与に租税回避の意図が認められるにしても、Ⅹの住所が日本国内にあったとは認め難いとして、本件決定等を取り消している。
また、その取消し税額が今までの税務訴訟の中で最高額であったこと、還付加算金が400億円に達したこと、また、本訴の当事者が著名な我が国サラ金業界の経営者一族であり、巧妙な租税回避行為が最高裁判決によって正当化されたこともあって、上告審判決は社会的に大いに注目されることになった。
(2)ところで、本件におけるⅩの住所の判定については、従前の借用概念に関する解釈方法、住所の解釈論、そして、国税庁の関係通達の取扱いを前提にする限りでは、上告審判決の結論も一応正当化し得るようにも考えられる。
しかしながら、前述したように、従来、租税法における借用概念の解釈方法が、「特段の事由(事情)」の存否を明確に判断せずに私法上の解釈に客易に同調してきた節も見られるところである。その上に、上告審判決は、その判断を正当化するために租税法律主義の問題に掏り替えてもいる。しかし、本件のように、計画的に行われた租税回避行為に対して、外形的(客観的)事実である滞在日数のみを重視して「住所」を判定することには、前述のような疑問がないわけではない。結局、上告審判決は、租税法における借用概念の解釈において、「特段の事由(事情)」をどこまで考慮すべきかという問題を提起したまま結論を回避したことになる。
(注1)我が国の平成11年分贈与税の総額が1,143億円であるのに対し、本件贈与に係る贈与税額が1,157億円余であるので、その総額を上回ることになる。また、Xは、上告審判決で勝利したことにより、約2,000億円(還付加算金約400億円を含む。)の還付を受けたとされる。
(注2)一審判決の評釈については、品川芳宣・本誌2007年10月1日号23頁等参照。
(注3)控訴審判決の評釈等については、増井良啓・税研2009年11月号21頁等参照。
(注4)上告審判決の評釈等については、黒澤基弘・週刊税務通信2011年5月23日号29頁、木山泰嗣・税理2011年5月号130頁、橋本守次・税務弘報2011年6月号96頁・同2011年7月号178頁、渡辺充・速報税理2011年4月11日号26頁・同2011年4月21日号28頁、水野忠恒・税務事例2011年5月号21頁等参照。
(注5)諏訪園健司『図解 日本の税制 平成22年度版』(財経詳報社、2010年)157頁等参照。
(注6)金子宏『租税法 第16版』(弘文堂、2011年)110頁等参照。
(注7)前出(注6)111頁等参照。
(注8)香取稔編『相続税法基本通達逐条解説 改訂新版(平成18年版)』(大蔵財務協会、2006年)36頁参照。
(注9)高倉明ほか共編『所得税基本通達逐条解説 平成16年度版』(大蔵財務協会、2004年)15頁参照。
(注10)同事案においても、我が国の相続税又は贈与税の負担を回避するためのプランニングが行われ、それが実施されたのであるが、一審段階では当該目論見がはずされている。
(注11)川田剛「居住者・非居住者と住所-武富士事件との関連で-」国際税務31巻3号63頁等参照。
(注12)租税回避否認の法理、裁判例の動向、包括的否認規定の必要性については、品川芳宣「租税回避行為に対する包括的否認規定の必要性とその実効性」税務事例2009年9月号33頁等参照。
(注13)参考とすべき最高裁判決として、最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決(民集46巻5号492頁)、最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決(裁判所時報1428号36頁)、最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決(訟務月報52巻3号1034頁)、最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決(判例タイムズ1307号105頁)等参照(これらの判決の内容等については、品川芳宣「従業員持株会に対する貸付金回収のための自己株式の取得とみなし配当課税」本誌2011年6月6日号20頁等参照)。
国外財産を贈与した場合における
受贈者の「住所」の認定─武富士事件─(下)
品川芳宣
早稲田大学大学院教授
東京地裁平成19年5月23日判決(訟務月報55巻2号267頁)
東京高裁平成20年1月23日判決(判例タイムズ1283号119頁)
最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(平成20年(行ヒ)第139号)
六、解説
はじめに 本件は、我が国のサラ金業界の最大手であるT社の経営者夫妻が、T社の株式をオランダ法人YST社(外国法人)に保有させ、そのYST社の出資口数の大部分(総口数の90%、本件出資)を長男Ⅹに香港で贈与(本件贈与)したのであるが、贈与税の負担を回避するためにⅩの住所を日本国内に存しないように工作しておいたため、本件贈与に対し我が国の贈与税が課されるか否かが争われたものである。
また、本件は、T社の知名度とともに争いの対象となる贈与税額が今までの税務訴訟における訴額の中でも最大となることや、本件のような租税回避を防止するための相続税法改正の直前において本件贈与が行われたこともあって、社会的にも大きな注目を集めたものである。
特に、本件では、サラ金業自体が専ら我が国の経済的弱者から利益を吸い上げているのであるが、その経済的弱者が社会福祉等を通じて最も恩典を受けることとなる我が国の租税(贈与税、相続税)を完全に回避しようとする(注1)冷酷な「資本の論理」が貫かれようとしているのである。それに対し、「住所」の意義の解釈等によってその「資本の論理」が打破できるかという租税法の解釈のあり方が問われるという問題が生じることになる。その問題の解決方法においては、租税回避の防止と租税法の解釈のあり方についても考えさせられるところが多い。
かくして、一審判決(注2)では、Xの住所が国内にないということでXの請求が認容され、控訴審判決(注3)では、Xの住所が国内にあるということでXの請求が棄却され、上告審判決(注4)では、結論的には一審判決が支持されることとなった。このように、各判決が異なった判断をしたということは、それだけ本件が抱える問題の深さを意味することになろうが、以下その問題を検討することとする。
1 「住所」と課税規定 (1)本件贈与が行われた平成11年当時の相続税法では、「この法律の施行地に住所を有するもの」は、贈与により取得した全ての財産について贈与税が課され(旧相法1の2一)、「この法律の施行地に住所を有しないもの」は、贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した時にのみ贈与税が課せられる(旧相法1の2二)ことになっていた。このように、国内に「住所」を有するか否かによって課税関係を異にするのは、相続税においても同様であった(旧相法1)。
しかしながら、このような規定では、本件のように、贈与を受ける者の住所を国外に移し、国内財産を国外財産に仕立てる方法(特に、株式等においては容易である。)によって、我が国の相続税や贈与税の負担を回避することを横行させることとなったため、前記規定の改正の必要性が指摘されてきた。
(2)かくして、平成12年度の税制改正において、次に掲げる者が贈与税の納税義務が課せられることになった(相法1の4)。
① 贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの。
② 贈与により財産を取得した日本国籍を有する個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(当該個人又は当該贈与をした者が当該贈与前5年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがある場合に限る。)。
③ 贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(前記②に掲げる者を除く。)。
この②のように、我が国の住所を有しなくなっても、5年間課税関係が継続することについては、相続税の場合も同様である(相法1の3三)。このような課税関係を図解すると、次頁のようになる(注5)。
(3)このように、国内に個人の住所が存するか否かによって課税関係が異なることは、所得税法においても類似する。所得税法では、個人を居住者、非永住者及び非居住者に区分し、それぞれ納税義務の範囲を異にする(所法5)。
この場合、居住者とは、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」(所法2①三)をいい、非永住者とは、「居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人」をいい(所法2①四)、そして、非居住者とは、居住者以外の個人をいう(所法2①五)。
また、居住者と非居住者の区分については、国家公務員又は地方公務員(これらのうち日本の国籍を有しないもの及び国籍を有する者であっても、現に国外に居住し、かつ、その国外に永住すると認められる者を除く。)は、国内に住所を有しない期間についても国内に住所を有するものとみなして、所定の条項が適用される(所法3①、所令13)。
なお、所得税法では、所定の場合には、国内に住所を有する者等と推定されるときがある。すなわち、国内に居住することとなった個人が、①その者が国内において継続して1年以上居住することが通常必要とする職業を有すること及び②その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して1年以上居住するものと推測するに足りる事実があることに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定され(所令14①)、このように住所を有する者と推定される個人と生計を一にする配偶者その他の扶養親族が国内に居住する場合には、これらの者も国内に住所を有する者と推定される(所令14②)。逆に、国外に居住することとなった個人が、国外において同様な事情があれば、その者は、国内に住所を有しない者と推定される(所令15)。

2 「住所」の意義と借用概念 (1)以上のように、個人に課税される贈与税、相続税又は所得税においては、その個人の住所が国内にあるか否かによって課税関係が大きく異なることになる。ところで、「住所」という用語については、相続税法においても又は所得税法においても、特段の定義規定を設けているわけではないので、租税法の解釈においては、いわゆる借用概念の典型であると解されている(注6)。
借用概念とは、租税法上用いられている用語のうち、他の法分野で用いられ、既に明確な意味内容を与えられている概念を意味し、他の法分野から借用しているという意味で、そのように呼称される。この点では、「住所」は、民法上、「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」(民法21)と定められ、「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」(民法22)と定められているところである。そして、本件各判決が引用する最高裁各判決において、各人の生活の本拠等が住所であると解されている。
かくして、このような借用概念の租税法上の解釈については、私法上の概念とは別意に解すべきことが租税法規の明文又はその趣旨から明らかである場合を除き、私法上におけると同じ意義に解するのが法的安定性の見地から望ましいものと解されている(注7)。
このような解釈のうち、「私法上の概念とは別意に解すべきこと」については、本件の上告審判決も、最高裁昭和29年10月20日大法廷判決等を引用しつつ「反対の解釈をすべき特段の事由はない以上」と判示し、考え方を一つにしているものと考えられる。この考え方は、「別異に解すべきこと」又は「特段の事由」が存すれば、「住所」という借用概念であっても、それらの事情を考慮して税法独自の解釈があり得ることを示唆しているものと解される。このことは、後述する租税法律主義の問題ではなく、用語の解釈の問題であることを意味する。
(2)ところで、「住所」の意義については、課税の取扱いにおいても、一応明確にされている。まず、基本通達1の3・1の4共-5では、「法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠をいうのであるが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものとする。この場合において、同一人について同時に法施行地に2箇所以上の住所はないものとする。」と定めている。
そして、この通達に係る国税庁担当者の解説によると、①「住所」の意義については、相続税法上も民法上と同様に解するのが相当であること、②生活の本拠の判断においては、定住の意思(主観説)に拘束されず、定住という客観的事実だけで足りること、等が明らかにされている(注8)。
また、所得税基本通達2-1では、「法に規定する住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する。(注)国の内外にわたって居住地が異動する者の住所が国内にあるかどうかの判定に当たっては、令第14条(国内に住所を有する者と推定する場合)及び第15条(国内に住所を有しない者と推定する場合)の規定があることに留意する。」と定めている。
なお、この通達の趣旨についても、国税庁の担当者の解説によると、住所について民法の概念と同様であること、客観主義によって住所が判定されるべきであることとされている(注9)。
もっとも、国税庁側の従前の説明等では本件決定の適法性を維持し難いことを考慮してなのか、本訴においては、国は、住所の判定において、①居住者の主観面を考慮することを排除するものではないこと、②仮に、Xの住所が香港にあったとしても、国内にある住所を否定できないこと(住所複数説)等を主張している。
(3)次に、基本通達1の3・1の4共-6は、日本の国籍を有している者等については、その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であっても、その者が、①学術、技芸の習得のため留学している者で法施行地にいる者の扶養親族となっている者及び②国外において勤務その他の人的役務の提供をする者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね1年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれるもの(その者の配偶その他生計を一にする親族でその者と同居している者を含む。)に該当する場合には、その者の住所は、法施行地にあるものとして取り扱うものとしている。
また、同通達は、「その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であっても、国外出張、国外興行等により一時的に法施行地を離れているにすぎない者については、その者住所は法施行地にあることとなるのであるから留意する。」と定めている。
この通達に関しては、東京地裁平成17年1月28日判決(税資255号順号9915)が、受贈者を香港に居住させる目的をもって出国させた9日後に国外財産を贈与した事案につき、前記通達に照らし、当該受贈者の住所が国内にあったものと認められるとした課税処分を適法である旨判断している(注10)。
3 「住所」の認定と租税回避行為の否認 (1)前述したように、租税法上の「住所」の意義については、私法からの借用概念として解釈されることになる。この場合留意しなければならないことは、借用概念についての租税法上の解釈は、私法上の概念がそのまま受容されるわけではなく、何らかの限定条件があるということである。すなわち、前述したように、学説にいう「私法上の概念とは別意に解すべきことが明文又はその趣旨から明らかである場合」又は本件の上告審判決が判示するところの「反対の解釈をすべき特段の事由」が存する場合には、私法上の概念によってそのまま税法において解釈されるわけではないということである。
特に、本件においては、Xの「住所」が何処にあるかを認定することは、課税関係に重大な影響を及ぼすことになるのであるから、前述の「特段の事由(事情)」の存否について慎重に検討する必要がある。ところが、上告審判決は、Xが本件滞在期間中の約3分の2を本件香港自宅で滞在して過し、本件杉並自宅には約4分の1のみ滞在し過していることから、本件香港自宅が生活の本拠たる実体を有している旨結論づけているのみで、その結論の段階では「特段の事由(事情)」の存否について直接かつ明確に判断していない。
また、上告審判決は、本件のような方法による「贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。」と判示している。そして、補足意見でも、租税法律主義では、「明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されない」と述べ、次いで、「租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。」と述べている。この意見も、直接「特段の事由(事情)」の存否を述べたわけではなく、租税法律主義の問題に掏り替えている。
(2)このような最高裁判所の考え方については、租税回避の否認には法的根拠が必要であるという見地から大方の賛意を得ているようである(注4)。確かに、本件のような事案に対しては、租税回避の否認の見地から、本件決定が正当化されるべきとする見解(注11)もみられる。そのため、本件については、租税回避の否認法理と租税法律主義の対峙によって説かれることにもなる。そうなると、租税回避に対して包括的否認規定を有しない我が国においては、具体的な否認規定がなければ、租税回避を否認する課税処分はできないとする見解が有力であるので(注12)、その見地からも上告審判決が正当化されることになる。
しかしながら、本件においては、租税回避の否認によって課税処分が行われたわけではなく、Xの住所が国内に存するという認定の下で、本件決定が行われたはずである。そうであれば、租税法における「住所」の解釈に終始すべきである。この場合、「住所」の意義については、前述したように、私法からの借用概念として解釈すべきこととなるが、当該事案において「特段の事由(事情)」が存すれば、租税法上の要請をより強く受け留めた上での解釈があっても然るべきである。そして、本件のように、我が国の贈与税負担を回避するために手練手管を尽して「住所」を操作している場合には、借用概念の解釈において「特段の事由(事情)」を認めるべきであると解される。換言すると、借用概念の解釈上、「特段の事由(事情)」の存在を限定条件としている以上、本件のようなこと以外で「特段の事由(事情)」が存するとも考えられない。
ともあれ、上告審判決においては、このような「特段の事由(事情)」の存否が直接判断されるべきであって、安易に租税法律主義の問題に掏り替えるべきではないと考えられる。
なお、補足意見では、安易に拡張解釈、類推解釈をすべきではなく、厳格な法条の解釈が求められている以上、解釈にはおのずから限界がある旨述べている。しかし、最高裁判所の従前の裁判例では、常に形式的な法条の解釈が行われてきたわけではなく、当該事案の実態に即して弾力的な法条解釈が行われてきたことも留意されるべきである(注13)。
4 本件における「住所」の認定 (1)本件においては、当初から相続税・贈与税対策として、Ⅹが香港に居住することとし(平成9年6月)、その居住に対応してT社の関連会社を香港に設立し、Ⅹが当該関連会社の役員を務める形式を整え、国外移住に対する租税回避防止のための相続税法改正が間近であるということで、平成11年12月27日付で、本件贈与が実行されたというものである。また、Ⅹは、本件贈与後も約1年香港に滞在していてその後失踪し、平成15年12月杉並の自宅に戻ってきたというものである。
結局、Ⅹは、平成9年6月から平成12年12月まで香港に滞在(本件滞在期間)していたのであるが、その間、香港滞在日数の割合が65.8%、日本滞在日数の割合が26.2%であり、欧州又は北米に9回渡航し、7回はいったん東京(成田)を経由している。また、Ⅹは、本件滞在期間の約3年余の間にTTS社等の関連会社で得意先との面談等を行った日は延ベ168日(週に1回程度)であった。
その他、Ⅹが香港に「住所」があったか否かの事情は、本件各判決において詳細に認定しているところであるが、いずれも滞在日数以外「住所」を認定できる決定的な事情であるとも認められない。
しかし、本件各判決とも共通して認定していることは、本件における居所の操作が我が国の贈与負担を回避するための租税回避行為であったということである。
(2)かくして、一審判決は、Xの住所が国内になかったと認定し、控訴審判決は、Xの住所が国内にあったと認定し、上告審判決は、Xの住所が国内になかったと認定した。このような認定の差異は、一審判決と上告審判決とが、香港と国内におけるそれぞれの滞在日数の形式的な比較を重視したことに対し、控訴審判決が、そのような形式的な比較は相当ではないとし、本件杉並自宅における生活の実態を重視したことから生じている。
このように、一審判決及び上告審判決は、従前の民法上の最高裁判決の考え方(客観説)を踏襲し、Xが香港により長く滞在していたという客観的事実を重視したものであるが、これは、前記2で述べた国税庁の通達やその解釈に通じているものとも評価し得る。
しかしながら、租税法における「住所」の意義は、前述したように、それが借用概念であるものの、単なる滞在日数の比較という形式論にとどまらず、本件のような香港滞在が専ら租税回避のためにあることが明らかである場合には、「特段の事由(事情)」の存在を認めるべきであったとも考えられる。このように考えるにしても、それは租税法律主義に反するわけではなく、あくまでも租税法上の「住所」の意義の解釈の範疇の中で行われるべきものである。
5 本件上告審判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、我が国の資産家が、相続税又は贈与税の負担を回避するために、長男(Ⅹ)を香港に居住させ、国内財産であった株式等を国外財産に仕立て(外国法人へ現物出資等)、長男に対してその国外財産を贈与し、日本の贈与税の課税を免れようとしたものである。これに対し、処分行政庁は、Ⅹの住所が日本国内にあるものと認定して、贈与税の決定処分(本件決定)を行ったものである。
かくして、本訴においては、本件贈与当時Ⅹの住所がどこにあったかが主として争われたのであるが、上告審判決は、一審判決と同様に、Ⅹの香港における滞在期間中において、日本での在住割合が約26%であり、香港の在住割合が約65%であったこと(客観的事実)を重視し、本件贈与に租税回避の意図が認められるにしても、Ⅹの住所が日本国内にあったとは認め難いとして、本件決定等を取り消している。
また、その取消し税額が今までの税務訴訟の中で最高額であったこと、還付加算金が400億円に達したこと、また、本訴の当事者が著名な我が国サラ金業界の経営者一族であり、巧妙な租税回避行為が最高裁判決によって正当化されたこともあって、上告審判決は社会的に大いに注目されることになった。
(2)ところで、本件におけるⅩの住所の判定については、従前の借用概念に関する解釈方法、住所の解釈論、そして、国税庁の関係通達の取扱いを前提にする限りでは、上告審判決の結論も一応正当化し得るようにも考えられる。
しかしながら、前述したように、従来、租税法における借用概念の解釈方法が、「特段の事由(事情)」の存否を明確に判断せずに私法上の解釈に客易に同調してきた節も見られるところである。その上に、上告審判決は、その判断を正当化するために租税法律主義の問題に掏り替えてもいる。しかし、本件のように、計画的に行われた租税回避行為に対して、外形的(客観的)事実である滞在日数のみを重視して「住所」を判定することには、前述のような疑問がないわけではない。結局、上告審判決は、租税法における借用概念の解釈において、「特段の事由(事情)」をどこまで考慮すべきかという問題を提起したまま結論を回避したことになる。
(注1)我が国の平成11年分贈与税の総額が1,143億円であるのに対し、本件贈与に係る贈与税額が1,157億円余であるので、その総額を上回ることになる。また、Xは、上告審判決で勝利したことにより、約2,000億円(還付加算金約400億円を含む。)の還付を受けたとされる。
(注2)一審判決の評釈については、品川芳宣・本誌2007年10月1日号23頁等参照。
(注3)控訴審判決の評釈等については、増井良啓・税研2009年11月号21頁等参照。
(注4)上告審判決の評釈等については、黒澤基弘・週刊税務通信2011年5月23日号29頁、木山泰嗣・税理2011年5月号130頁、橋本守次・税務弘報2011年6月号96頁・同2011年7月号178頁、渡辺充・速報税理2011年4月11日号26頁・同2011年4月21日号28頁、水野忠恒・税務事例2011年5月号21頁等参照。
(注5)諏訪園健司『図解 日本の税制 平成22年度版』(財経詳報社、2010年)157頁等参照。
(注6)金子宏『租税法 第16版』(弘文堂、2011年)110頁等参照。
(注7)前出(注6)111頁等参照。
(注8)香取稔編『相続税法基本通達逐条解説 改訂新版(平成18年版)』(大蔵財務協会、2006年)36頁参照。
(注9)高倉明ほか共編『所得税基本通達逐条解説 平成16年度版』(大蔵財務協会、2004年)15頁参照。
(注10)同事案においても、我が国の相続税又は贈与税の負担を回避するためのプランニングが行われ、それが実施されたのであるが、一審段階では当該目論見がはずされている。
(注11)川田剛「居住者・非居住者と住所-武富士事件との関連で-」国際税務31巻3号63頁等参照。
(注12)租税回避否認の法理、裁判例の動向、包括的否認規定の必要性については、品川芳宣「租税回避行為に対する包括的否認規定の必要性とその実効性」税務事例2009年9月号33頁等参照。
(注13)参考とすべき最高裁判決として、最高裁平成4年7月14日第三小法廷判決(民集46巻5号492頁)、最高裁平成19年1月23日第三小法廷判決(裁判所時報1428号36頁)、最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決(訟務月報52巻3号1034頁)、最高裁平成21年7月10日第二小法廷判決(判例タイムズ1307号105頁)等参照(これらの判決の内容等については、品川芳宣「従業員持株会に対する貸付金回収のための自己株式の取得とみなし配当課税」本誌2011年6月6日号20頁等参照)。
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