解説記事2014年10月27日 【事例で学ぶ資産税】 「事業用資産の買換え特例」と「小規模宅地等の特例」との接点(上)(2014年10月27日号・№568)

事例で学ぶ資産税
第8回
「事業用資産の買換え特例」と「小規模宅地等の特例」との接点(上)
 税理士 塩野入文雄

はじめに

 10年超所有の事業用資産(土地・建物)の譲渡所得に係る買換え特例(脚注1)(以下、「買換え特例」とします)を適用する場合、①買換資産に関する事業所得などへの税務上の影響とともに(脚注2)、②将来における相続税の課税関係、特に、小規模宅地等の特例(脚注3)の適用を見据えた検討も必要になるケースがあります(脚注4)。
 今回の事例は、これら2つの特例の「接点」をテーマとし、その「選択肢」(買換資産の取得・利用方法)について検討します。
 なお、今回取り上げる事例のように、今後、三世代間における財産の継承〔第一世代から第三世代への直接的継承など〕を見据えた課税場面への対応の重要性が一層増してくる、と筆者は考えます。
(注)本稿(下)は、本誌No.569(2014.11.3)に掲載されます。

 医師(個人事業主)である納税者Xは、病院とは別の自宅に、子Y(主婦)及び孫Z(医師・大学病院勤務)と同居しており、XとZは生計を一にしています
 Xも高齢となったため、そろそろ病院事業から退きたいとの意向を持っていたところ、この度、Zが大学病院を辞めて個人で病院を開業したいとの申し出がありました(脚注5)。
 そこで、現在、Xが10年超所有する現在の病院(土地・建物)を売却し(売却見込額:1億円)、Zの開業に向けて、新たに駅に近い利便性の良い土地を購入し、そこに建物(病院)を建築する意向を持っています(所要見込額:土地1億円・建物1億円)。
 この場合、①どのように新病院を取得・利用することで買換え特例を適用することができ、また、②その取得・利用方法によって、将来、Xに相続開始があった場合、小規模宅地等の特例の適用に関して、どのような影響が生じてきますか?

 一般的には、Xが、旧病院の譲渡代金を以って新土地を購入し、また、金融機関などからの借入金により(脚注6)建築した新建物をZに無償で貸し付け、Zが新病院を開業するという対応が考えられます。
 このような対応によって、 Xは、新土地の取得に関して買換え特例を適用することができ(脚注7)、また、将来、その土地(建物)をXからZへ遺贈を行うことで(脚注8)、Xの相続税の申告において、 Zが、特定事業用宅地等の特例(措法69の4③一ロ)を適用し(脚注9)、更に、 1億円の借入金に係る残債の金額を「債務控除」の対象にすることになります〔Zに対して、その債務の返済を負担させるのであれば、Xは「負担付遺贈」を行うことになります〕(脚注10)。
 なお、実際的には、他の諸々の要因〔事業経営、資金収支、税負担、家族関係(生活状況)の変化など〕も踏まえて、その実行を決定する必要があることは言うまでもなく、特に、将来Zが結婚して、Xの相続開始時において、XとZの生計が別となっているようなケースが想定されるかどうかの点に関する見極めが肝要です(脚注11)。
 また、上記のような一般的と思われる対応のほかにも、次頁【別表】のような対応もあり得ますので、それぞれの当事者の置かれている状況等に応じた適切な「選択」が必要です。


解 説(検討)

○ 検討項目(概括)
 上記Qの事例について、買換え特例とともに、小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等など)の適用を見据えた場合、必要となる検討項目は、次の3点です。
 なお、買換え特例(表九号)の適用要件については、【資料1】(25頁)のとおりです(脚注12)。

【資料1】買換え特例〔表九号〕の適用要件(脚注20)
① 条文(措法37①)
 表九号の規定は、次表のとおりです。
(注)下線部等は、筆者が付した表示です(以下の法令等の引用資料においても同じ)。

② 対比表
 上記①の規定を整理すると次表のとおりです。


(付表)「特定施設」の意義
 次表のとおりです。
(注)取得した土地等を「駐車場」として利用する場合、その土地等(駐車場)は買換資産(特定施設の敷地)に該当しません。
  しかしながら、次表の要件を充足している場合は、買換資産に該当します。

◇ 「駐車場」に関する取扱い
 次表のA又はBに該当する駐車場を買換資産とすることができます。

 ① 「事業」及び「事業者(主)」の意義  ……両者の意義について確認(整理)します。
 ② 買換え取得する土地等とその土地等の上に建築する建物等(特定施設)の「所有者」及び「事業者」(事業供用)との関係  ……土地等と建物等の所有者が、同一人(X)であることが必要か否か、及び、生計一親族による「事業供用」に関する取扱いについて検討します。
 ③ 建物及び敷地の利用関係  ……建物等及びその敷地(土地等)の利用状況(無償あるいは有償)に応じた「敷地属性」(特定施設の敷地の用)の判定について検討します。

Ⅰ 「事業」及び「事業者」の意義
 第1点目に、両特例における「事業」及び「事業者」の意義について確認します。

1.「事業」の意義  買換え特例の適用における「事業」の意義は、本来的な「事業」の意義とともに、「準事業」も含まれており(脚注13)、譲渡資産及び買換資産ともに、同義となっています。したがって、「この限り」では、Xが買換え取得する新土地を貸付(有償)の用に供した場合も、事業の用に供したことになります〔ただし、後述する及びの検討項目との関係が生じてきます〕。
<小規模宅地等の特例との接点 >  小規模宅地等の特例における「事業」の意義も、買換え特例と同義となっています(措法69の4①(脚注14))。しかしながら、特定事業用宅地等(同条③一)及び特定同族会社事業用宅地等(同条③三)における「事業」と、貸付事業用宅地等(同条③四)における「事業」の意義は、不動産貸付業などが前二者の対象事業(宅地等の利用状況)から除かれている点で異なっています(具体的には、【資料2】(27頁)のとおりです)。

【資料2】小規模宅地等の特例における「事業」の意義(脚注22)
 「事業」の意義が、措置法69条の4第1項と第3項において、次表のとおり使い分けられて規定されています。
○ 「事業」の意義(措法69の4①・③)
(注)第3項二号(特定居住用宅地等)との関連
  老人ホーム入所等事案に関し、老人ホーム入所後における従前の自宅の利用制限を規定している措置法施行令40条の2第3項における「用途」のうち、「事業」の意義は、上表第1項欄の意義によります。

 したがって、Xが取得した新土地や新建物を貸付(有償)の用に供した場合、特定同族会社に貸し付けた場合を除き、もっぱら貸付事業用宅地等(▲50%減額)の適用対象となり、特定事業用宅地等(▲80%減額)の対象にはなりません〔この点に関係して、XとZのような生計一の親族間における賃貸借について、その賃料(対価)の授受に関する特則(所法56)が設けられている点との関連は、後述します(<小規模宅地等の特例との接点 >(本稿(下)Ⅲ・1)参照)〕。

2.「事業者」の意義  買換え特例の適用において、「買換資産」を事業の用に供する「当該個人」(「事業者」(事業主))の意義についても、拡張する取扱いが措置されています。
(1)拡張の取扱い  措置法37条が規定している「事業者」は、譲渡者本人(X)に限られています(脚注15)。したがって、買換え特例の適用に当たって、原則的には、買換資産をX自身の事業の用に供することが必要であり、また、Xは、一定期間、新病院における事業から手を引くことができません(脚注16)。
 しかしながら、措置法通達37-22の定めによって、同33-43の定めが準用されているので(「拡張措置」が設けられているので)、Xの生計一親族であるZが、新病院をその事業の用に供した場合も、Xの譲渡所得について買換え特例の適用が可能です(換言すると、Xが新病院で事業を継続しない場合であっても、生計一親族であるZが病院を開業することによって、買換え特例の適用を受けることができます)。
 なお、譲渡資産が、譲渡の直前(譲渡契約締結日など)において、事業用資産であることが買換え特例の適用要件の一つとなっていることから、Xは、旧病院の譲渡直前まで病院事業を継続している必要があります(脚注17)。
○ 措置法通達
(生計を一にする親族の事業の用に供している資産)
37-22
 33-43の取扱いは、措置法第37条第1項の規定を適用する場合について準用する。

(生計を一にする親族の事業の用に供している資産)
33-43
 措置法令第22条第6項の規定は、資産の所有者が同項に規定する事業の用に供していたものを譲渡し、かつ、その者が同項に規定する代替資産とすることができる資産を取得(製作及び建設を含む。次項において同じ。)する場合に適用があるのであるが、譲渡資産がその所有者と生計を一にする親族の同項に規定する事業の用に供されていた場合には、当該譲渡資産はその所有者にとっても事業の用に供されていたものに該当するものとして同項の規定を適用することができる。
  同項に規定する代替資産とすることができる資産について同様の事情がある場合も、また同様とする
(注)措置法通達33-43の定めは、代替特例(措法33)における「事業継続法」(措令22⑥)の適用に関する取扱いです(下線部等は、筆者が付した表示であり、後述する〔検討項目2〕(本稿(下)Ⅱ・1)に関連する箇所です)。
(2)通達の趣旨等  上記通達の定めに基づく取扱いは、所得税法56条の規定により(脚注18)、生計一親族間における不動産所得などを生ずべき事業に係る対価の授受に関して特別な税務処理が求められている点を考慮した取扱いとなっています。

【資料3】生計一親族間における対価の授受関係
① 所得税法
(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
第56条
 居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす

② 所得税法基本通達
(親族の資産を無償で事業の用に供している場合)
56-1
 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を営む居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその有する資産を無償で当該事業の用に供している場合には、その対価の授受があったものとしたならば法第56条の規定により当該居住者の営む当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入されることとなる金額を当該居住者の営む当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入するものとする。

③ 消費税法基本通達
(親族間の取引) 
5-1-10
 個人事業者が生計を一にする親族との間で行った資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供であっても、それが事業として対価を得て行われるものであるときは、これらの行為は、資産の譲渡等に該当することに留意する。

 この点について、一色広己編「租税特別措置法通達逐条解説(譲渡所得等関係・平成26年版)」(大蔵財務協会)〔以下、「逐条解説」とします〕331頁には、「譲渡資産又は代替資産がその所有者以外の者の事業の用に供されている場合であっても、これらの資産がその所有者と生計を一にする親族の事業の用に供されているものであるときは、その所有者にとっても事業の用に供されているものとして取り扱うこととしている。」(下線部等筆者)と記述されています。すなわち措置法通達33-43の定めは、その基本的な理念を、それぞれの個人納税義務者を課税単位(判定対象)とする所得税の中にあって、所得税法56条の特則規定に呼応して、その資産に係る事業用としての利用属性を生計一親族の利用までに拡張した取扱いとなっています。
 ところで、これらの通達の定めを字句どおり捉えた場合、生計一親族による事業供用に関する拡張措置が、譲渡者の所有に属する譲渡資産又は「買換資産」(代替資産)などに限った取扱いに留まっているとも読解できるように思われます(脚注19)。この点については、後述〔検討項目2〕(本稿(下)Ⅱ・1)において触れます。
<小規模宅地等の特例との接点 >  生計一親族の事業の用に供されていた宅地等は、特定事業用宅地等(措法69の4③一ロ)の対象となり得ます。
 ただし、その宅地等上の建物等の所有者などについて、その具体的な利用関係(無償・有償)に係る「一定の条件」(制限)があります(【資料5】本稿(下)参照)。

脚注
1 措置法37条(特定事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例)第1項表九号を指しています。
2 買換え取得する建物等に関する減価償却費の計算への影響、買換資産を再び譲渡した場合における取得費(引継ぎ取得価額)への影響など。
3 措置法69条の4(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)を指しています。
4 所有している資産構成の「組換え」を企図する場合も少なくありません。
5 医療法人(持分なし)を設立するケースもあり得ますが、小規模宅地等の特例(特定同族会社事業用宅地等)の対象になってきません(措法69の4③三)。
6 もっとも、Xが新たに借り入れを行うことが困難な場合もあり、Zが、その取得資金(不足分)を負担するケースなども想定されます。
7 新建物に係る減価償却費の計算も考慮し、新建物を買換え対象としないのが一般的な対応と思われます。
 なお、譲渡価額1億円のうち、例えば、新土地に5,000万円を、新建物に5,000万円を充当するといような買換え特例の適用、すなわち、1の新取得資産について、部分的な選択を行って買換資産の対象とすることはできません(措通37-19(注))。
8 措置法69条の4第1項は、その取得原因を「相続又は遺贈」と、また、その取得者を「親族」と規定しています。したがって、ZがXから対象宅地等の遺贈を受けることで、小規模宅地等の特例の適用を受けることができます〔ただし、具体的な特例の態様に応じて、取得者に生計一親族などの要件も付加されています(同条③)〕。
 なお、「死因贈与」については、措置法69条の2第1項かっこ書に、遺贈に含む旨が規定されています。
9 ただし、Zは「相続税額の2割加算」の対象となります(相法18)
10 更に、建物は、固定資産税評価額によることになるので、相続開始の時期にもよりますが、その金額は建築価額よりも、相当程度低下します。
11 XとZとが生計別の親族であれば、生計一親族の事業の用に供されていた特定事業用宅地等(措法69の4③一ロ)に該当しません。
12 その適用期限が平成26.12.31までの譲渡となっており、平成27年度改正における適用期限の延長などの動向を注視する必要があります。
13 事業に準ずるものは、「……事業と称するに至らない不動産又は船舶の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うものとする。」(措令25②)
14 船舶を除きます。
15 措置法37条第1項に、買換資産を「当該個人の事業の用(……)に供したとき」と規定されています。一方、例えば、措置法37条の5第1項(いわゆる「立体買換え特例」)には、「第一号の買換資産にあっては当該個人の居住の用当該個人の親族の居住の用を含む。……)に供したとき……」と、その利用範囲が法の規定によって拡張されています。
16 買換え特例の適用を受けるためには、一定の期限(期間の末日)までに買換資産を取得し、かつ、事業の用に供し、また、1年の間、事業供用を継続していることが必要です(措法37①かっこ書・同37の2②二)。
17 場合によっては、Zが旧病院で開業した後、新病院でその事業を継続するパターンなどもあり得ます。
18 条文は、【資料3】①(28頁)を参照。
19 当該措置の適用について、その譲渡者が所有する買換資産に該当する資産以外には適用されないという解釈になるのではないか、との疑問となります。
20 拙書・第3版「要点 譲渡所得(第一編)」(法令出版)より抜粋(一部加筆等)
21 措置法37条第2項・措置法施行令25条第16項二号
22 本文<小規模宅地等の特例との接点 >(23頁)の関連資料です。
23 事業に準ずるものは、「……事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの(……「準事業」という。)とする。」(措令40の2①)

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