解説記事2015年04月13日 【未公開判決事例紹介】 分掌変更の役員退職金で損金時期が争われた事例(2015年4月13日号・№590)
未公開判決事例紹介
分掌変更の役員退職金で損金時期が争われた事例
支給年度損金経理は公正処理基準に従ったもの
○裁判所は、分割支給された役員退職金に関し、分掌変更の翌事業年度で損金経理した原告会社の会計処理は公正処理基準に従ったものであるため、損金に算入できると判断した。
事案の概要 本件は、原告が、原告の創業者である××××(以下「本件役員」という。)が平成19年8月31日に原告の代表取締役を辞任して非常勤取締役となったこと(以下「本件分掌変更」という。)に伴い、本件役員に対する退職慰労金として2億5000万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支給することを決定し、平成20年8月29日、その一部である1億2500万円(以下「本件第二金員」という。)を本件役員に支払い、平成19年9月1日から平成20年8月31日までの事業年度(以下「平成20年8月期」といい、他の事業年度についても、その終期により同様に表記することとする。)に係る法人税について、本件第二金員が退職給与に該当することを前提として本件第二金員を損金の額に算入し、また、原告が源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)を納付するに際し、本件第二金員が退職所得(所得税法30条1項)に該当することを前提として計算した源泉所得税額を納付したところ、処分行政庁から、本件第二金員は退職給与に該当せず損金の額に算入することはできないとして、法人税更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件過少申告加算税賦課処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受け、また、本件第二金員は退職所得に該当しないとして、本件第二金員が賞与であることを前提に計算される源泉所得税額と原告の納付額との差額について納税の告知処分(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件不納付加算税賦課処分」といい、本件告知処分と併せて「本件告知処分等」という。)を受けたことから、原告が、処分行政庁の所属する国を被告として、本件更正処分等及び本件告知処分等(以下、併せて「本件各処分」という。)の取消しを求めるとともに、本件告知処分等に基づき、源泉所得税並びに源泉所得税に係る不納付加算税及び延滞税として充当され又は原告が納付した金額(以下、上記充当ないし納付された源泉所得税等を併せて「本件納付金等」という。)の返還を求める事案である。
当事者の主張
(1)被告の主張 ア(ア)法人税の課税標準である各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とされているところ(法人税法21条、22条1項)、当該事業年度の損金の額につき、同条3項2号は、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」を損金に算入すべき金額とする旨規定し、その括弧書きにおいて、当該事業年度終了の日までに債務が確定していることを損金算入の要件(いわゆる債務確定基準)とすることを明らかにしている。また、同条4項は、同条3項各号に掲げる額は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下「公正処理基準」という。)に従って計算されるものとしている。
(イ)債務確定基準(法人税法22条3項2号)の意義については、法人税法が、その「別段の定め」として引当金の規定(同法52条、53条)を設けて、限定された種類の引当金のみを損金に算入することを認めていることに照らすと、引当金の対象となる債務よりも、より確実に債務の存在及び金額が確定していることを意味しているものと解され、単に将来生ずることが見越されるような引当金のような費用は、「債務の確定しないもの」として損金の額に算入することは認められないものと解するのが相当であり、具体的には、当該事業年度終了の日までに、①「当該費用に係る債務が成立していること」、②「当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること」、③「その金額を合理的に算定することができるものであること」(法人税基本通達2- 2- 12参照。以下、上記①ないし③の要件を併せて「債務確定3要件」という。)が必要であると解するのが相当である。
イ(ア)本件通達(編集部注・「法人税基本通達9-2-28」)は、退職した役員に対する退職給与の損金算入の時期について、本文において、原則的には、株主総会の決議等によりその支給すべき退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度において、損金の額に算入することとし、ただし書において、例外的ないし特例的に、実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることを定めている。
(イ)本件通達ただし書が設けられた趣旨については、①期中に病気又は死亡等により役員が退職したため取締役会等で内定した退職給与を支払ったが、当該退職給与に関する株主総会の決議等が翌期になるという場合において、原則的な取扱いにより支払時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て余りにも頑なであり、当該退職給与の支払時に所得税の源泉徴収等がされているにもかかわらず、株主総会の決議等を経ていないということのみをもって、法人税法上、支払時の損金算入を認めないとするのは、税務上は必ずしも実態に即していないと考えられること、②株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであり、このような場合において、原則的な取扱いしか認めないとすれば、その退職給与の額が不相当に高額でもともと損金として認め得ないようなものであるときやその退職給与の支払が大幅に遅れるなどその確定自体に疑義があるときは格別、実態として損金として認めてよいようなものであるときは、やや実情に反するというべきであることに鑑みて、法人が役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものである。
(ウ)本件通達は、「退職した役員」(実際に退職した役員)に対する退職給与の額の損金算入時期を定めたものであり、分掌変更に際して支給される金員のように、特例的に退職給与として損金算入することが認められる場合にまで適用することを予定したものではない。なお、本件通達の上記趣旨によれば、退職給与の額が不相当に高額でもともと損金として認め得ないようなものであるときやその退職給与の支払が大幅に遅れるなど、その確定自体に疑義があるときには、同通達の適用はない。
ウ(ア)本件において、本件役員は、原告を退職していないのであるから、本件通達が適用されないことは明らかである。また、前記1(1)イにおいて述べた事情によれば、本件退職慰労金残額は、平成19年8月期の決算時において、原告が実際に支給する予定のない金員であったといえる上、利益調整を意図して支給金額や支給時期が決められたことが強くうかがわれる本件において、本件通達の適用を認めることは、本件通達の前記趣旨(前記イ(イ))に反するというべきである。
(イ)この点、原告は、本件通達を特例通達と解することはできない旨主張する。しかしながら、前述のとおり(前記イ(イ))、本件通達ただし書は、実務上の必要性から、例外的ないし特例的に、実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることを定めたものであり、本件通達の本文とただし書の関係を逆転させるような原告の上記主張は不合理である。また、原告は、本件通達は退職給与の損金算入時期に関する総則的な規定であり、退職給与が支払われる一般的な場合を念頭に置いて、「退職した役員」という言葉を使っているにすぎず、完全な退職の場合以外に本件通達が適用されないということはできない旨主張する。しかしながら、本件通達は「退職した」との文言に分掌変更等の場合が含まれるとするような定義付けをしておらず、通常の用法に従い、実際に退職した場合を指すと解するのが自然であり、原告の上記解釈は独自の見解である。
エ(ア)役員退職給与を法人税法22条3項2号の「費用」として当該事業年度における損金の額に算入するためには、当該事業年度終了の日までに債務として確定していることが必要であり(前記ア)、役員退職給与が債務として確定したときは、確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるべきものとなる。仮に、本件第二金員を法人税法上の退職給与として取り扱うことが認められる場合には、本件退職慰労金の支給に係る株主総会決議及び取締役会決議が行われ、かつ、本件分掌変更があった平成19年8月期において、本件第二金員を含む本件退職慰労金に係る債務が債務確定3要件を満たすこととなるから、本件第二金員は、平成19年8月期における損金の額に算入すべきものであり、これを平成20年8月期の損金の額に算入することは認められない。
(イ)この点、原告は、法人の行った会計処理が公正処理基準に従ったものと認められるためには、かかる会計処理が、①会計慣行又は会計基準に従ったものであり、②法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反しないという2つの要件を満たすことが必要であり、かつ、それで十分であるとした上で、本件会計処理(編集部注・「原告が、本件第二金員について、実際に支給した日の属する事業年度〔平成20年8月期〕における費用に算入した会計処理」)が上記各要件を満たしているから、法人税法22条4項により、平成20年8月期における損金の額に算入することが認められる旨主張している。しかしながら、公正処理基準(法人税法22条4項)に従ったものと認められるためには、法人の採用する会計処理が「一般に公正妥当と認められる」会計処理の基準に従っていることが必要であり、単に会計慣行又は会計基準が存在すれば足りるというものではない。また、この点をおくとしても、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上することを許容する会計処理の基準や確立した会計慣行はない。なお、企業会計原則<証拠略>や中小企業の会計に関する指針<証拠略>は、費用の計上について、発生主義を採用しており、確定債務を支払時の費用として計上することを許容した定めはない。原告は、多数の税理士が多数のウェブサイトにおいて、役員退職給与の分割支給の経理処理につき、株主総会ないし取締役会が役員退職給与の支給を具体的に決議したときに全額を費用として計上して損金の額に算入する方法と、分割支給する支給額を各支給日の属する事業年度の決算において費用として処理して同事業年度の損金の額に算入する方法が選択的に用いられてきたと主張しているが、これらのウェブサイトの内容は、単に、本件通達の定めに依拠して、通常の役員退職給与に関する課税実務上の取扱いを紹介しているものに過ぎず、これらをもって、上記のような経理処理が会計慣行として確立していると評価することはできず、ましてや分掌変更等の場面においても、上記のような経理処理が会計慣行として確立していると評価することはできない。また、本件会計処理は、原告の決算状況を見ながら支給の有無、支給する場合の金額や支給時期等を決定し、その結果、損金の額に算入する金額やその時期を操作・調整するものであり、このような取扱いを認めることは、納税者の恣意によって所得金額の計算が行われることを認めることであるから、法人税法の企図する公正な所得計算という要請に反するものであって、そのような本件会計処理が公正処理基準に従ったものといえないことも明らかである。
オ 以上によれば、仮に、本件第二金員を法人税法上の退職給与として取り扱うことが認められるとしても、その損金の額に算入すべき時期は、本件退職慰労金に係る債務が確定したとされる平成19年8月期であるから、本件第二金員を平成20年8月期における損金の額に算入することはできない。
(2)原告の主張 ア 法人の行った会計処理が公正処理基準(法人税法22条4項)に従ったものであると認められるためには、①会計慣行又は会計基準に従ったものであり、②法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反しないという2つの要件を満たすことが必要であり、かつ、それで十分である。
イ(ア)大多数の中小企業は、長年の商慣行や会計実務を基礎とする会計処理や、あらかじめ税法の規定等を踏まえた実務処理を行っているところ、非上場の中小企業において、役員退職慰労金を分割支給する場合、本件通達を考慮して、①株主総会ないし取締役会が役員退職慰労金の支給を具体的に決議したときに全額を費用として計上し、損金の額に算入する取扱いのほか、②その選択により、分割支給する支給額を、各支給日の属する事業年度の決算において費用として経理し、当該事業年度における損金の額に算入する取扱いが行われており、これが慣行として確立している。本件会計処理は、上記②の会計慣行(会計基準)に従ったものであり、上記ア①の要件を満たすものというべきである。
この点、税務署長等を務めた者らが執筆した解説書においても、役員退職慰労金を分割支給する際の損金算入時期について、本件通達ただし書を参照して支給時の損金算入が可能である旨が述べられており、多数の税理士が、ウェブサイトにおいて、上記①及び②の取扱いに言及し、上記②について、支給時に費用として経理し、支給時の損金の額に算入することができる旨説明している。なお、中小企業においては、いわゆるオーナー社長が引退するに当たり完全に退職するのはまれであり、多くの場合、円滑な事業承継のため、職務分掌変更を行った上で、数年間は平役員として残るのが実情であるところ、役員に支払われる退職慰労金が完全な退職に伴い支払われるものであるか、退職と同視し得る職務分掌変更等に伴い支払われるものであるかによって、上述した会計慣行に変わりはない。
(イ)本件通達ただし書は、中小企業の会計慣行を踏まえ、役員退職慰労金の支給時における損金経理を条件として、支給時の損金算入を認めたものであり、役員退職慰労金の支給が、退職と同視し得る職務分掌変更等に基因するものである場合においても同様である。さらに、損金計上時期を早める場合や収益の計上時期を繰り延べる場合と異なり、既に確定した役員退職慰労金を分割払する場合において、実際の支給日の属する事業年度まで損金の額への算入時期を繰り延べることによって、法人税の不当な軽減が図られることは通常考え難い。したがって、本件通達ただし書に従い、役員退職慰労金を支給した日の属する事業年度において費用として計上する会計処理(本件会計処理)は、法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反することはなく、前記ア②の要件を満たすものというべきである。
(ウ)以上によれば、本件会計処理は、公正処理基準に従ったものであるから、本件第二金員を本件事業年度における損金の額に算入することができるというべきである。
ウ この点、被告は、本件通達が特例通達であることを前提として、本件通達が完全に退職した役員に支払われる退職給与にのみ適用されるものであり、本件退職慰労金に適用することができない旨主張している。しかしながら、本件通達を特例通達と解することは租税法律主義に反するものであり、また、その解釈としても、本件通達が職務分掌変更等に基因して支給される退職給与に適用されないものであると解することはできない。例えば、本件通達本文は、完全に退職した役員に支払われる退職給与の支払のみならず、完全な退職と同視し得る職務分掌変更等に伴う退職給与の支払にも適用されるべきものである。
裁判所の判断 ア 本件第二金員は、前記(4)において検討したとおり、法人税法上の退職給与に該当するから、原告の所得金額の計算上損金に算入されるべきものであるところ、原告は、本件退職慰労金の損金経理について、本件通達ただし書に依拠して、実際に分割支給した金額を、当該支給日の属する事業年度における損金に算入することとして、本件第二金員を平成20年8月期の損金の額に算入している(認定事実(2)エ(イ)、(3)ア(ア)、イ(イ))。
イ(ア)本件通達は、役員に対する退職給与の損金算入の時期につき、その本文において、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とした上で、そのただし書において、退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める旨を定めている。本件通達ただし書は、昭和55年の法人税基本通達の改正により設けられたものであるが、その趣旨は、①事業年度の中途において、役員が病気や死亡等により退職したため、取締役会等で内定した退職給与の額を実際に支給するものの、当該退職給与に係る株主総会等の決議が翌事業年度に実施されるという場合において、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て相当ではなく、また、②株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであり、このような場合においても、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとするのは、企業の実情に反することから、法人が、役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものであると解される。
(イ)本件通達ただし書の趣旨は、上記(ア)のとおりであるところ、証拠<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、①企業においては、資金繰りの観点から、役員退職給与を複数年度にわたって分割支給することもあること、②役員退職給与を分割支給する場合において、その額が確定した事業年度において全額を未払金に計上して損金経理するのではなく、本件通達ただし書に依拠して、分割支給をする都度、その金額を当該事業年度における退職給与として損金経理するという取扱い(以下、このような取扱いを「支給年度損金経理」という。)をしている中小企業も少なくないこと、③複数の文献が、本件通達ただし書に依拠して、役員退職給与を分割支給する場合に支給年度損金経理が可能である旨を紹介しており、多数の税理士や公認会計士が、自らのウェブサイトにおいて、同様の会計処理を紹介していることが認められる。この点、本件通達ただし書は、役員退職給与を分割支給する場合について直接言及したものではないものの、退職給与を複数年度にわたり分割支給した場合において、その都度、分割支給した金額を損金経理する方法についても、その適用を排除するものではないと解される。なお、被告は、少なくとも、役員が完全退職して役員退職給与を分割支給する事例において、本件通達ただし書に基づき、支給年度損金経理が行われる場合があること自体は認めており、××特官も同趣旨の証言をしている<証拠略>。
ウ(ア)前述のとおり(前記ア)、原告は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員をその支給日の属する平成20年8月期の損金に算入しているところ、被告は、本件通達について、役員が法人を完全に退職した場合につき、例外的に支給年度損金経理を認めたものであり、本件役員が原告を退職していない本件事案において、本件通達ただし書に基づき支給年度損金経理をすることは許されないという趣旨の主張をしている。
しかしながら、前記(4)において検討したとおり、法人税法34条1項にいう「退職給与」とは、役員が会社その他の法人を退職したことによって初めて支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべきであり、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合に退職給与として支給される給与も、上記「退職給与」に含まれるものと解すべきである。そうである以上、本件通達における「退職した役員」、「退職給与」といった文言についても、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合をも含むものと解すべきであることは明らかである。そして、本件役員が実質的に原告を退職したと同様の事情にあることは、前記検討のとおりであるから(前記(4)イ)、被告の上記主張を採用することはできない。
(イ)さらに、被告は、本件退職慰労金の分割支給について、原告が利益調整を意図して行ったものであり、本件通達ただし書の趣旨に反する旨主張している。
しかしながら、本件通達ただし書は、前記検討のとおり(前記イ(ア))、短期的な資金繰りがつくまでは、役員退職給与の支払をしないということもあり得るという企業の実態を前提として設けられたものであり、企業が資金繰りに支障を来さないように役員退職給与を分割支給すること自体は、企業経営上の判断として、合理的なものであるということができる。そして、原告は、前記認定のとおり、本件退職慰労金を一括で支払う資金的余裕がなく、経常収支が赤字とならない範囲で支給するという目的から、本件退職慰労金を3年以内に分割支給することとしたのであり(認定事実(2)エ(ア)・(イ))、原告の平成19年8月期の損益計算書及びその期末における貸借対照表の記載内容(認定事実(3)ア(エ))に照らしても、本件退職慰労金を3年以内に分割支給することとしたことが不合理であるということはできない。また、原告が、平成20年8月期以降の事業年度における所得金額を低く抑えるために、本件退職慰労金を分割支給することにしたというような事情をうかがわせる事実ないし証拠もない。
エ(ア)被告は、原告が、本件取締役会決議において、本件退職慰労金の支給を決議したならば、その時点において、本件退職慰労金に係る債務は確定したのであるから、本件退職慰労金に係る債務は、本件取締役会の開催日の属する平成19年8月期における損金に算入すべきである旨主張している。
(イ)a 内国法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の課税標準は、各事業年度の所得の金額であり、当該所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とされている(法人税法21条、22条1項)。そして、当該事業年度の損金の額について、同条3項は、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。」とした上、同項2号で「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」を損金の額に算入すべき金額とする旨を定めており、さらに、同条4項は、同条3項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(公正処理基準)に従って計算されるものとしている。
b 法人が役員に対して支給する退職給与は、上記「販売費、一般管理費その他の費用」に含まれるところ、法人税法22条3項2号が「償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないもの」を損金に算入すべき費用の範囲から除外した趣旨は、債務として確定していない費用は、その発生の見込みとその金額が明確でないため、これを費用に算入することを認めると、所得金額の計算が不正確になり、所得の金額が不当に減少させられるおそれがあることによるものであると解されるから、役員退職給与に係る債務が確定していない場合には、これを損金に算入することはできないが、その費用をどの事業年度に計上すべきかについては、公正処理基準(同条4項)に従うべきこととなる。そして、公正処理基準とは、一般社会通念に照らして公正で妥当であると評価され得る会計処理の基準を意味すると解すべきであり、例えば、企業会計原則は、企業会計の実務において発達具体化したものを要約したものとして、公正処理基準の一つの源泉となるものではあるが、公正処理基準は、明文化された特定の会計基準自体を指すものではなく、確立した会計慣行をも広く含むものと解すべきである。なお、企業会計原則等の会計基準は、全ての企業活動について網羅的に定められたものではなく、原理的・基本的な事項に限られているのが通常であるから、ある会計処理が公正処理基準に従ったものであるかどうかについては、当該会計処理の根拠とされた会計基準や会計慣行が一般社会通念に照らして公正で妥当であると評価され得るものであるかどうかを個別具体的に判断すべきものである。
(ウ)a そこで検討するに、原告は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理を行っているところ、前記認定のとおり、支給年度損金経理は、企業が役員退職給与を分割支給した場合に採用することのある会計処理の一つであり(前記イ(イ)②)、多数の税理士等が、本件通達ただし書を根拠として、支給年度損金経理を紹介しているのであって(前記イ(イ)③)、本件通達ただし書が昭和55年の法人税基本通達の改正により設けられたものであり、これに依拠して支給年度損金経理を行うという会計処理は、相当期間にわたり、相当数の企業によって採用されていたものと推認できることをも併せ考えれば、支給年度損金経理は、役員退職給与を分割支給する場合における会計処理の一つの方法として確立した会計慣行であるということができる。
b そして、支給年度損金経理が公正妥当なものといえるかどうかについてみるに、上述のとおり、支給年度損金経理は、本件通達ただし書に依拠した会計処理であり、現実に退職給与が支給された場合において、当該支給金額を損金経理することにより、企業会計(税務会計)上、退職給与が支給された事実を明確にするというものにすぎず、当該事業年度における所得金額を不当に軽減するものではない。また、本件通達本文によれば、退職給与の額を確定した年度において、現実に当該退職給与を支給しない場合には、これを未払金として損金経理することになるところ、個人企業や同族会社が法人の相当数を占めているという我が国の現状を前提とした場合、実際に支給する予定のない退職金相当額を未払金として損金計上することにより、租税負担を軽減するおそれがあることも否定できないのであって、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理が、本件通達本文による会計処理との対比において、所得金額を不当に軽減するおそれのあるものであるということもできない。
(エ)a 被告は、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上することを許容する会計処理の基準や確立した会計慣行はなく、多数の税理士等が支給年度損金経理を紹介しているのは、本件通達ただし書に依拠した課税実務上の取扱いを紹介しているものにすぎないとして、本件会計処理は公正処理基準に従ったものとはいえない旨主張している。
b(a)確かに、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上すべきことを規定した会計基準は見当たらず、例えば、企業会計原則<証拠略>や中小企業の会計に関する指針<証拠略>は、原則として、収益については実現主義により、費用については発生主義により認識することとしている。しかしながら、前記検討のとおり、公正処理基準は、企業会計原則のような特定の会計基準それ自体を指すものではなく、本件会計処理が特定の会計基準に依拠していないからといって、当然に公正処理基準に従ったものということができないわけではない。
(b)また、本件通達ただし書は、飽くまでも現実に支給した退職給与を損金経理した場合において、当該退職給与を損金に算入するという課税上の取扱い(税務会計)を許容したものにすぎず、いわゆる企業会計の在り方やその当否について規定したものではない。しかしながら、本件通達ただし書は、退職給与の額が確定した年度において、当該退職給与を損金経理せず、現実に退職給与を支給した年度において、当該支給額を損金経理するという会計処理を前提としていることは、その文言上、明らかである。そうである以上、本件通達ただし書は、そのような会計処理を行う企業があるという実態を前提として規定されたものであると解されるし(前記イ(ア)・(イ)参照)、ある企業が、本件通達ただし書に基づく税務処理をしようとした場合には、税務会計の基底となる企業会計の段階において、支給年度損金経理をすることが前提となっているということもできる。
(c)もとより、法人税基本通達は、課税庁における法人税法の解釈基準や運用方針を明らかにするものであり、行政組織の内部において拘束力を持つものにすぎず、法令としての効力を有するものではない。しかしながら、租税行政が法人税基本通達に依拠して行われているという実情を勘案すれば、企業が、法人税基本通達をもしんしゃくして、企業における会計処理の方法を検討することは、それ自体至極自然なことであるということができる。さらに、金融商品取引法が適用されない中小企業においては、企業会計原則を初めとする会計基準よりも、法人税法上の計算処理(税務会計)に依拠して企業会計を行っている場合が多いという実態があるものと認められるところ<証拠略>、少なくともそのような中小企業との関係においては、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理は、一般に公正妥当な会計慣行の一つであるというべきである。
(オ)以上検討したところによれば、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理は、公正処理基準に従ったものということができる。なお、被告の前記主張(前記(ア))は、支給年度損金経理が、債務確定主義(法人税法22条3項2号)に反して許されないという趣旨の主張であるとも解し得るが、被告は、少なくとも完全退職の事例において、本件通達ただし書に基づき、支給年度損金経理が行われていること自体は争っていないのであり、上記主張は、整合性のないものといわざるを得ない。前記検討のとおり(前記エ(イ))、役員退職給与に係る費用をどの事業年度に計上すべきかについては、公正処理基準(同条4項)に従うべきところ、本件通達ただし書に依拠した本件会計処理が公正処理基準に従ったものといえることは、これまで検討してきたとおりであり、これと異なる被告の主張は採用することができない。
オ 以上によれば、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入することができるというべきである。
分掌変更の役員退職金で損金時期が争われた事例
支給年度損金経理は公正処理基準に従ったもの
| 今号特集で紹介した税務訴訟の判決全文のうち、「本件第二金員を平成20年8月期の損金の額に算入することができるか否か」の争点に関する当事者の主張および裁判所の判断内容などを一部加工のうえ紹介する。 |
○裁判所は、分割支給された役員退職金に関し、分掌変更の翌事業年度で損金経理した原告会社の会計処理は公正処理基準に従ったものであるため、損金に算入できると判断した。
事案の概要 本件は、原告が、原告の創業者である××××(以下「本件役員」という。)が平成19年8月31日に原告の代表取締役を辞任して非常勤取締役となったこと(以下「本件分掌変更」という。)に伴い、本件役員に対する退職慰労金として2億5000万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支給することを決定し、平成20年8月29日、その一部である1億2500万円(以下「本件第二金員」という。)を本件役員に支払い、平成19年9月1日から平成20年8月31日までの事業年度(以下「平成20年8月期」といい、他の事業年度についても、その終期により同様に表記することとする。)に係る法人税について、本件第二金員が退職給与に該当することを前提として本件第二金員を損金の額に算入し、また、原告が源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)を納付するに際し、本件第二金員が退職所得(所得税法30条1項)に該当することを前提として計算した源泉所得税額を納付したところ、処分行政庁から、本件第二金員は退職給与に該当せず損金の額に算入することはできないとして、法人税更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件過少申告加算税賦課処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受け、また、本件第二金員は退職所得に該当しないとして、本件第二金員が賞与であることを前提に計算される源泉所得税額と原告の納付額との差額について納税の告知処分(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件不納付加算税賦課処分」といい、本件告知処分と併せて「本件告知処分等」という。)を受けたことから、原告が、処分行政庁の所属する国を被告として、本件更正処分等及び本件告知処分等(以下、併せて「本件各処分」という。)の取消しを求めるとともに、本件告知処分等に基づき、源泉所得税並びに源泉所得税に係る不納付加算税及び延滞税として充当され又は原告が納付した金額(以下、上記充当ないし納付された源泉所得税等を併せて「本件納付金等」という。)の返還を求める事案である。
当事者の主張
(1)被告の主張 ア(ア)法人税の課税標準である各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とされているところ(法人税法21条、22条1項)、当該事業年度の損金の額につき、同条3項2号は、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」を損金に算入すべき金額とする旨規定し、その括弧書きにおいて、当該事業年度終了の日までに債務が確定していることを損金算入の要件(いわゆる債務確定基準)とすることを明らかにしている。また、同条4項は、同条3項各号に掲げる額は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下「公正処理基準」という。)に従って計算されるものとしている。
(イ)債務確定基準(法人税法22条3項2号)の意義については、法人税法が、その「別段の定め」として引当金の規定(同法52条、53条)を設けて、限定された種類の引当金のみを損金に算入することを認めていることに照らすと、引当金の対象となる債務よりも、より確実に債務の存在及び金額が確定していることを意味しているものと解され、単に将来生ずることが見越されるような引当金のような費用は、「債務の確定しないもの」として損金の額に算入することは認められないものと解するのが相当であり、具体的には、当該事業年度終了の日までに、①「当該費用に係る債務が成立していること」、②「当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること」、③「その金額を合理的に算定することができるものであること」(法人税基本通達2- 2- 12参照。以下、上記①ないし③の要件を併せて「債務確定3要件」という。)が必要であると解するのが相当である。
イ(ア)本件通達(編集部注・「法人税基本通達9-2-28」)は、退職した役員に対する退職給与の損金算入の時期について、本文において、原則的には、株主総会の決議等によりその支給すべき退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度において、損金の額に算入することとし、ただし書において、例外的ないし特例的に、実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることを定めている。
(イ)本件通達ただし書が設けられた趣旨については、①期中に病気又は死亡等により役員が退職したため取締役会等で内定した退職給与を支払ったが、当該退職給与に関する株主総会の決議等が翌期になるという場合において、原則的な取扱いにより支払時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て余りにも頑なであり、当該退職給与の支払時に所得税の源泉徴収等がされているにもかかわらず、株主総会の決議等を経ていないということのみをもって、法人税法上、支払時の損金算入を認めないとするのは、税務上は必ずしも実態に即していないと考えられること、②株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであり、このような場合において、原則的な取扱いしか認めないとすれば、その退職給与の額が不相当に高額でもともと損金として認め得ないようなものであるときやその退職給与の支払が大幅に遅れるなどその確定自体に疑義があるときは格別、実態として損金として認めてよいようなものであるときは、やや実情に反するというべきであることに鑑みて、法人が役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものである。
(ウ)本件通達は、「退職した役員」(実際に退職した役員)に対する退職給与の額の損金算入時期を定めたものであり、分掌変更に際して支給される金員のように、特例的に退職給与として損金算入することが認められる場合にまで適用することを予定したものではない。なお、本件通達の上記趣旨によれば、退職給与の額が不相当に高額でもともと損金として認め得ないようなものであるときやその退職給与の支払が大幅に遅れるなど、その確定自体に疑義があるときには、同通達の適用はない。
ウ(ア)本件において、本件役員は、原告を退職していないのであるから、本件通達が適用されないことは明らかである。また、前記1(1)イにおいて述べた事情によれば、本件退職慰労金残額は、平成19年8月期の決算時において、原告が実際に支給する予定のない金員であったといえる上、利益調整を意図して支給金額や支給時期が決められたことが強くうかがわれる本件において、本件通達の適用を認めることは、本件通達の前記趣旨(前記イ(イ))に反するというべきである。
(イ)この点、原告は、本件通達を特例通達と解することはできない旨主張する。しかしながら、前述のとおり(前記イ(イ))、本件通達ただし書は、実務上の必要性から、例外的ないし特例的に、実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることを定めたものであり、本件通達の本文とただし書の関係を逆転させるような原告の上記主張は不合理である。また、原告は、本件通達は退職給与の損金算入時期に関する総則的な規定であり、退職給与が支払われる一般的な場合を念頭に置いて、「退職した役員」という言葉を使っているにすぎず、完全な退職の場合以外に本件通達が適用されないということはできない旨主張する。しかしながら、本件通達は「退職した」との文言に分掌変更等の場合が含まれるとするような定義付けをしておらず、通常の用法に従い、実際に退職した場合を指すと解するのが自然であり、原告の上記解釈は独自の見解である。
エ(ア)役員退職給与を法人税法22条3項2号の「費用」として当該事業年度における損金の額に算入するためには、当該事業年度終了の日までに債務として確定していることが必要であり(前記ア)、役員退職給与が債務として確定したときは、確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるべきものとなる。仮に、本件第二金員を法人税法上の退職給与として取り扱うことが認められる場合には、本件退職慰労金の支給に係る株主総会決議及び取締役会決議が行われ、かつ、本件分掌変更があった平成19年8月期において、本件第二金員を含む本件退職慰労金に係る債務が債務確定3要件を満たすこととなるから、本件第二金員は、平成19年8月期における損金の額に算入すべきものであり、これを平成20年8月期の損金の額に算入することは認められない。
(イ)この点、原告は、法人の行った会計処理が公正処理基準に従ったものと認められるためには、かかる会計処理が、①会計慣行又は会計基準に従ったものであり、②法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反しないという2つの要件を満たすことが必要であり、かつ、それで十分であるとした上で、本件会計処理(編集部注・「原告が、本件第二金員について、実際に支給した日の属する事業年度〔平成20年8月期〕における費用に算入した会計処理」)が上記各要件を満たしているから、法人税法22条4項により、平成20年8月期における損金の額に算入することが認められる旨主張している。しかしながら、公正処理基準(法人税法22条4項)に従ったものと認められるためには、法人の採用する会計処理が「一般に公正妥当と認められる」会計処理の基準に従っていることが必要であり、単に会計慣行又は会計基準が存在すれば足りるというものではない。また、この点をおくとしても、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上することを許容する会計処理の基準や確立した会計慣行はない。なお、企業会計原則<証拠略>や中小企業の会計に関する指針<証拠略>は、費用の計上について、発生主義を採用しており、確定債務を支払時の費用として計上することを許容した定めはない。原告は、多数の税理士が多数のウェブサイトにおいて、役員退職給与の分割支給の経理処理につき、株主総会ないし取締役会が役員退職給与の支給を具体的に決議したときに全額を費用として計上して損金の額に算入する方法と、分割支給する支給額を各支給日の属する事業年度の決算において費用として処理して同事業年度の損金の額に算入する方法が選択的に用いられてきたと主張しているが、これらのウェブサイトの内容は、単に、本件通達の定めに依拠して、通常の役員退職給与に関する課税実務上の取扱いを紹介しているものに過ぎず、これらをもって、上記のような経理処理が会計慣行として確立していると評価することはできず、ましてや分掌変更等の場面においても、上記のような経理処理が会計慣行として確立していると評価することはできない。また、本件会計処理は、原告の決算状況を見ながら支給の有無、支給する場合の金額や支給時期等を決定し、その結果、損金の額に算入する金額やその時期を操作・調整するものであり、このような取扱いを認めることは、納税者の恣意によって所得金額の計算が行われることを認めることであるから、法人税法の企図する公正な所得計算という要請に反するものであって、そのような本件会計処理が公正処理基準に従ったものといえないことも明らかである。
オ 以上によれば、仮に、本件第二金員を法人税法上の退職給与として取り扱うことが認められるとしても、その損金の額に算入すべき時期は、本件退職慰労金に係る債務が確定したとされる平成19年8月期であるから、本件第二金員を平成20年8月期における損金の額に算入することはできない。
(2)原告の主張 ア 法人の行った会計処理が公正処理基準(法人税法22条4項)に従ったものであると認められるためには、①会計慣行又は会計基準に従ったものであり、②法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反しないという2つの要件を満たすことが必要であり、かつ、それで十分である。
イ(ア)大多数の中小企業は、長年の商慣行や会計実務を基礎とする会計処理や、あらかじめ税法の規定等を踏まえた実務処理を行っているところ、非上場の中小企業において、役員退職慰労金を分割支給する場合、本件通達を考慮して、①株主総会ないし取締役会が役員退職慰労金の支給を具体的に決議したときに全額を費用として計上し、損金の額に算入する取扱いのほか、②その選択により、分割支給する支給額を、各支給日の属する事業年度の決算において費用として経理し、当該事業年度における損金の額に算入する取扱いが行われており、これが慣行として確立している。本件会計処理は、上記②の会計慣行(会計基準)に従ったものであり、上記ア①の要件を満たすものというべきである。
この点、税務署長等を務めた者らが執筆した解説書においても、役員退職慰労金を分割支給する際の損金算入時期について、本件通達ただし書を参照して支給時の損金算入が可能である旨が述べられており、多数の税理士が、ウェブサイトにおいて、上記①及び②の取扱いに言及し、上記②について、支給時に費用として経理し、支給時の損金の額に算入することができる旨説明している。なお、中小企業においては、いわゆるオーナー社長が引退するに当たり完全に退職するのはまれであり、多くの場合、円滑な事業承継のため、職務分掌変更を行った上で、数年間は平役員として残るのが実情であるところ、役員に支払われる退職慰労金が完全な退職に伴い支払われるものであるか、退職と同視し得る職務分掌変更等に伴い支払われるものであるかによって、上述した会計慣行に変わりはない。
(イ)本件通達ただし書は、中小企業の会計慣行を踏まえ、役員退職慰労金の支給時における損金経理を条件として、支給時の損金算入を認めたものであり、役員退職慰労金の支給が、退職と同視し得る職務分掌変更等に基因するものである場合においても同様である。さらに、損金計上時期を早める場合や収益の計上時期を繰り延べる場合と異なり、既に確定した役員退職慰労金を分割払する場合において、実際の支給日の属する事業年度まで損金の額への算入時期を繰り延べることによって、法人税の不当な軽減が図られることは通常考え難い。したがって、本件通達ただし書に従い、役員退職慰労金を支給した日の属する事業年度において費用として計上する会計処理(本件会計処理)は、法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反することはなく、前記ア②の要件を満たすものというべきである。
(ウ)以上によれば、本件会計処理は、公正処理基準に従ったものであるから、本件第二金員を本件事業年度における損金の額に算入することができるというべきである。
ウ この点、被告は、本件通達が特例通達であることを前提として、本件通達が完全に退職した役員に支払われる退職給与にのみ適用されるものであり、本件退職慰労金に適用することができない旨主張している。しかしながら、本件通達を特例通達と解することは租税法律主義に反するものであり、また、その解釈としても、本件通達が職務分掌変更等に基因して支給される退職給与に適用されないものであると解することはできない。例えば、本件通達本文は、完全に退職した役員に支払われる退職給与の支払のみならず、完全な退職と同視し得る職務分掌変更等に伴う退職給与の支払にも適用されるべきものである。
裁判所の判断 ア 本件第二金員は、前記(4)において検討したとおり、法人税法上の退職給与に該当するから、原告の所得金額の計算上損金に算入されるべきものであるところ、原告は、本件退職慰労金の損金経理について、本件通達ただし書に依拠して、実際に分割支給した金額を、当該支給日の属する事業年度における損金に算入することとして、本件第二金員を平成20年8月期の損金の額に算入している(認定事実(2)エ(イ)、(3)ア(ア)、イ(イ))。
イ(ア)本件通達は、役員に対する退職給与の損金算入の時期につき、その本文において、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とした上で、そのただし書において、退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める旨を定めている。本件通達ただし書は、昭和55年の法人税基本通達の改正により設けられたものであるが、その趣旨は、①事業年度の中途において、役員が病気や死亡等により退職したため、取締役会等で内定した退職給与の額を実際に支給するものの、当該退職給与に係る株主総会等の決議が翌事業年度に実施されるという場合において、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとすることは、役員に対する退職給与の支給の実態から見て相当ではなく、また、②株主総会の決議等により退職給与の額を定めた場合においても、役員であるという理由で、短期的な資金繰りがつくまでは実際の支払をしないということも、企業の実態として十分あり得ることであり、このような場合においても、原則的な取扱いにより支給時の損金算入を認めないとするのは、企業の実情に反することから、法人が、役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度で損金経理することとした場合には、税務上もこれを認めることとしたものであると解される。
(イ)本件通達ただし書の趣旨は、上記(ア)のとおりであるところ、証拠<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、①企業においては、資金繰りの観点から、役員退職給与を複数年度にわたって分割支給することもあること、②役員退職給与を分割支給する場合において、その額が確定した事業年度において全額を未払金に計上して損金経理するのではなく、本件通達ただし書に依拠して、分割支給をする都度、その金額を当該事業年度における退職給与として損金経理するという取扱い(以下、このような取扱いを「支給年度損金経理」という。)をしている中小企業も少なくないこと、③複数の文献が、本件通達ただし書に依拠して、役員退職給与を分割支給する場合に支給年度損金経理が可能である旨を紹介しており、多数の税理士や公認会計士が、自らのウェブサイトにおいて、同様の会計処理を紹介していることが認められる。この点、本件通達ただし書は、役員退職給与を分割支給する場合について直接言及したものではないものの、退職給与を複数年度にわたり分割支給した場合において、その都度、分割支給した金額を損金経理する方法についても、その適用を排除するものではないと解される。なお、被告は、少なくとも、役員が完全退職して役員退職給与を分割支給する事例において、本件通達ただし書に基づき、支給年度損金経理が行われる場合があること自体は認めており、××特官も同趣旨の証言をしている<証拠略>。
ウ(ア)前述のとおり(前記ア)、原告は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員をその支給日の属する平成20年8月期の損金に算入しているところ、被告は、本件通達について、役員が法人を完全に退職した場合につき、例外的に支給年度損金経理を認めたものであり、本件役員が原告を退職していない本件事案において、本件通達ただし書に基づき支給年度損金経理をすることは許されないという趣旨の主張をしている。
しかしながら、前記(4)において検討したとおり、法人税法34条1項にいう「退職給与」とは、役員が会社その他の法人を退職したことによって初めて支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべきであり、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合に退職給与として支給される給与も、上記「退職給与」に含まれるものと解すべきである。そうである以上、本件通達における「退職した役員」、「退職給与」といった文言についても、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合をも含むものと解すべきであることは明らかである。そして、本件役員が実質的に原告を退職したと同様の事情にあることは、前記検討のとおりであるから(前記(4)イ)、被告の上記主張を採用することはできない。
(イ)さらに、被告は、本件退職慰労金の分割支給について、原告が利益調整を意図して行ったものであり、本件通達ただし書の趣旨に反する旨主張している。
しかしながら、本件通達ただし書は、前記検討のとおり(前記イ(ア))、短期的な資金繰りがつくまでは、役員退職給与の支払をしないということもあり得るという企業の実態を前提として設けられたものであり、企業が資金繰りに支障を来さないように役員退職給与を分割支給すること自体は、企業経営上の判断として、合理的なものであるということができる。そして、原告は、前記認定のとおり、本件退職慰労金を一括で支払う資金的余裕がなく、経常収支が赤字とならない範囲で支給するという目的から、本件退職慰労金を3年以内に分割支給することとしたのであり(認定事実(2)エ(ア)・(イ))、原告の平成19年8月期の損益計算書及びその期末における貸借対照表の記載内容(認定事実(3)ア(エ))に照らしても、本件退職慰労金を3年以内に分割支給することとしたことが不合理であるということはできない。また、原告が、平成20年8月期以降の事業年度における所得金額を低く抑えるために、本件退職慰労金を分割支給することにしたというような事情をうかがわせる事実ないし証拠もない。
エ(ア)被告は、原告が、本件取締役会決議において、本件退職慰労金の支給を決議したならば、その時点において、本件退職慰労金に係る債務は確定したのであるから、本件退職慰労金に係る債務は、本件取締役会の開催日の属する平成19年8月期における損金に算入すべきである旨主張している。
(イ)a 内国法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の課税標準は、各事業年度の所得の金額であり、当該所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とされている(法人税法21条、22条1項)。そして、当該事業年度の損金の額について、同条3項は、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。」とした上、同項2号で「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」を損金の額に算入すべき金額とする旨を定めており、さらに、同条4項は、同条3項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(公正処理基準)に従って計算されるものとしている。
b 法人が役員に対して支給する退職給与は、上記「販売費、一般管理費その他の費用」に含まれるところ、法人税法22条3項2号が「償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないもの」を損金に算入すべき費用の範囲から除外した趣旨は、債務として確定していない費用は、その発生の見込みとその金額が明確でないため、これを費用に算入することを認めると、所得金額の計算が不正確になり、所得の金額が不当に減少させられるおそれがあることによるものであると解されるから、役員退職給与に係る債務が確定していない場合には、これを損金に算入することはできないが、その費用をどの事業年度に計上すべきかについては、公正処理基準(同条4項)に従うべきこととなる。そして、公正処理基準とは、一般社会通念に照らして公正で妥当であると評価され得る会計処理の基準を意味すると解すべきであり、例えば、企業会計原則は、企業会計の実務において発達具体化したものを要約したものとして、公正処理基準の一つの源泉となるものではあるが、公正処理基準は、明文化された特定の会計基準自体を指すものではなく、確立した会計慣行をも広く含むものと解すべきである。なお、企業会計原則等の会計基準は、全ての企業活動について網羅的に定められたものではなく、原理的・基本的な事項に限られているのが通常であるから、ある会計処理が公正処理基準に従ったものであるかどうかについては、当該会計処理の根拠とされた会計基準や会計慣行が一般社会通念に照らして公正で妥当であると評価され得るものであるかどうかを個別具体的に判断すべきものである。
(ウ)a そこで検討するに、原告は、本件通達ただし書に依拠して、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理を行っているところ、前記認定のとおり、支給年度損金経理は、企業が役員退職給与を分割支給した場合に採用することのある会計処理の一つであり(前記イ(イ)②)、多数の税理士等が、本件通達ただし書を根拠として、支給年度損金経理を紹介しているのであって(前記イ(イ)③)、本件通達ただし書が昭和55年の法人税基本通達の改正により設けられたものであり、これに依拠して支給年度損金経理を行うという会計処理は、相当期間にわたり、相当数の企業によって採用されていたものと推認できることをも併せ考えれば、支給年度損金経理は、役員退職給与を分割支給する場合における会計処理の一つの方法として確立した会計慣行であるということができる。
b そして、支給年度損金経理が公正妥当なものといえるかどうかについてみるに、上述のとおり、支給年度損金経理は、本件通達ただし書に依拠した会計処理であり、現実に退職給与が支給された場合において、当該支給金額を損金経理することにより、企業会計(税務会計)上、退職給与が支給された事実を明確にするというものにすぎず、当該事業年度における所得金額を不当に軽減するものではない。また、本件通達本文によれば、退職給与の額を確定した年度において、現実に当該退職給与を支給しない場合には、これを未払金として損金経理することになるところ、個人企業や同族会社が法人の相当数を占めているという我が国の現状を前提とした場合、実際に支給する予定のない退職金相当額を未払金として損金計上することにより、租税負担を軽減するおそれがあることも否定できないのであって、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理が、本件通達本文による会計処理との対比において、所得金額を不当に軽減するおそれのあるものであるということもできない。
(エ)a 被告は、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上することを許容する会計処理の基準や確立した会計慣行はなく、多数の税理士等が支給年度損金経理を紹介しているのは、本件通達ただし書に依拠した課税実務上の取扱いを紹介しているものにすぎないとして、本件会計処理は公正処理基準に従ったものとはいえない旨主張している。
b(a)確かに、役員退職給与を現実の支給時に費用として計上すべきことを規定した会計基準は見当たらず、例えば、企業会計原則<証拠略>や中小企業の会計に関する指針<証拠略>は、原則として、収益については実現主義により、費用については発生主義により認識することとしている。しかしながら、前記検討のとおり、公正処理基準は、企業会計原則のような特定の会計基準それ自体を指すものではなく、本件会計処理が特定の会計基準に依拠していないからといって、当然に公正処理基準に従ったものということができないわけではない。
(b)また、本件通達ただし書は、飽くまでも現実に支給した退職給与を損金経理した場合において、当該退職給与を損金に算入するという課税上の取扱い(税務会計)を許容したものにすぎず、いわゆる企業会計の在り方やその当否について規定したものではない。しかしながら、本件通達ただし書は、退職給与の額が確定した年度において、当該退職給与を損金経理せず、現実に退職給与を支給した年度において、当該支給額を損金経理するという会計処理を前提としていることは、その文言上、明らかである。そうである以上、本件通達ただし書は、そのような会計処理を行う企業があるという実態を前提として規定されたものであると解されるし(前記イ(ア)・(イ)参照)、ある企業が、本件通達ただし書に基づく税務処理をしようとした場合には、税務会計の基底となる企業会計の段階において、支給年度損金経理をすることが前提となっているということもできる。
(c)もとより、法人税基本通達は、課税庁における法人税法の解釈基準や運用方針を明らかにするものであり、行政組織の内部において拘束力を持つものにすぎず、法令としての効力を有するものではない。しかしながら、租税行政が法人税基本通達に依拠して行われているという実情を勘案すれば、企業が、法人税基本通達をもしんしゃくして、企業における会計処理の方法を検討することは、それ自体至極自然なことであるということができる。さらに、金融商品取引法が適用されない中小企業においては、企業会計原則を初めとする会計基準よりも、法人税法上の計算処理(税務会計)に依拠して企業会計を行っている場合が多いという実態があるものと認められるところ<証拠略>、少なくともそのような中小企業との関係においては、本件通達ただし書に依拠した支給年度損金経理は、一般に公正妥当な会計慣行の一つであるというべきである。
(オ)以上検討したところによれば、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入するという本件会計処理は、公正処理基準に従ったものということができる。なお、被告の前記主張(前記(ア))は、支給年度損金経理が、債務確定主義(法人税法22条3項2号)に反して許されないという趣旨の主張であるとも解し得るが、被告は、少なくとも完全退職の事例において、本件通達ただし書に基づき、支給年度損金経理が行われていること自体は争っていないのであり、上記主張は、整合性のないものといわざるを得ない。前記検討のとおり(前記エ(イ))、役員退職給与に係る費用をどの事業年度に計上すべきかについては、公正処理基準(同条4項)に従うべきところ、本件通達ただし書に依拠した本件会計処理が公正処理基準に従ったものといえることは、これまで検討してきたとおりであり、これと異なる被告の主張は採用することができない。
オ 以上によれば、本件第二金員を平成20年8月期の損金に算入することができるというべきである。
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