解説記事2016年07月04日 【税務マエストロ】 日本・台湾租税協定と国内法の整備①(2016年7月4日号・№649)

税務マエストロ 税務における第一人者“税務マエストロ”による税実務講座

今週のマエストロ&テーマ
日本・台湾租税協定と国内法の整備①
#167 品川克己
PwC税理士法人

略歴 89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロースクールにて客員研究員として日米租税条約について研究。97年より00年までOECD租税委員会に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財務省を辞職し現職。

次回のテーマ
#168 固定資産の税額調整(その2) 税理士 熊王征秀 消費税率引上げ、それに伴う課税の適正化など、消費税法の改正が続く。消費税マエストロが実務ポイントを解説する。

※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。
 e-mail:ta@lotus21.co.jp

マエストロの解説  先般(平成28年4月2日)、経営再建中のシャープが、台湾のホンハイ精密工業による買収を受け入れるための契約が締結されたとの報道がされた。ホンハイは、3,888億円を資本投入しシャープ株の66%を取得することとなり、シャープはホンハイグループ企業として経営再建を目指すこととなった。このように、日本経済と台湾経済、日本企業と台湾企業の関係は、外交上の諸問題とは別に、非常に密なものがある(脚注1)。こうした状況下、平成28年度税制改正では、「日台民間租税取決めに規定された内容の実施に係る国内法の整備」として、「外国人等の国際運輸業に係る所得に対する相互主義による所得税等の非課税に関する法律」が大幅に改正された。この法律改正は、実態的には日本と台湾との間で租税条約を締結することと同じ効果をもたらすものであり、その結果これまで日本と台湾との間で租税条約が締結されていなかったことによる問題点が解決されていくことになると考えられる。

1 取決め締結に至る背景  平成27年11月25日付で、日本側は公益財団法人交流協会、台湾側は亜東関係協会との間で「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための公益財団法人交流協会と亜東関係協会との間の取決め」が結ばれた(締結のための協議は、平成25年12月から幾度となく行われた模様。以下、便宜上「日台租税協定」とする。)。この取決めは、体裁としては、一般的な租税条約であるが、両国政府の間で結ばれたものではないため、条約として国会承認の対象となるものでもない。さらに、民間団体同士の取決めであるため、一定の行政上の効力を持つ行政取決めでもなく、ましてや課税権の制限等の効力が付与される条約とは全く異なるものである(脚注2)。こうしたことから、日台租税協定で定められた内容を実現するためには、当該内容を実効させるための別途の国内法律が必要となり、今般、「外国人等の国際運輸業に係る所得に対する相互主義による所得税等の非課税に関する法律」がタイトルも含めて改正され、「外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律」が実質的に制定されたものである(法的には改正法)(脚注3)。なお、日台租税協定のまえがき部分には、次の記載がある。
 公益財団法人交流協会及び亜東関係協会は、昭和47年12月26日に作成した「財団法人交流協会と亜東関係協会との間の在外事務所相互設置に関する取決め」の第3項を考慮し、以下第1条から第29条までに規定する事項を実施するために必要なそれぞれの地域の関係当局の同意を得るよう相互に協力する。
 では、そもそもなぜ通常の租税条約を締結せず、民間団体間で取決めを結ぶ必要があったのかという疑問がある。その理由は、日本と台湾の間では外交関係が存在しないことにある。昭和47年9月、日本は中華人民共和国との間で国交正常化に関する共同声明に調印するとともに、外務大臣が「日中関係正常化の結果として、日華平和条約は存続意義を失い、同条約は終了したと認められるというのが、日本政府の見解である。」との談話を発表した。これに対し、中華民国政府(現台湾)は、即日、外交部が対日断交を宣言し現在に至っている。つまり、日本と台湾の間では、正式な外交関係は存在しない状態となっている。しかしながら、一方、国交断絶当時の台湾には約4,000名の在留邦人が滞在しており、断交前に直接台湾との間で取引関係を持つ企業も数百社存在していた。こうした、実務関係、実態を維持するため、民間レベルの交流を継続するという趣旨で、日本側は「財団法人交流協会」を、台湾側は「亜東関係協会」を設立し、両団体間で「在外事務所の相互設置に関する取決め」に調印し、実施的な外交関係が構築されたのである。こうした経緯を踏まえれば、交流協会は財団法人(現在は公益財団法人)としての法人格を有する組織であるが、日本と台湾の間の実務関係を維持するために設立された特殊な性格を有する団体であり、外交関係がない台湾との間で公的なパイプ役を果たすのみでなく、政府の在外公館(大使館、領事館等)の業務と変わらない公的な事務を行う組織となっている。なお、交流協会設立趣意書(昭和47年12月1日)には、協会の目的につき、次のように記されている(脚注4)。
 財団法人交流協会は、台湾在留邦人旅行者の入域、滞在、子女教育等につき、各種の便宜をはかること、並びに我が国と台湾との間に民間の貿易及び経済、技術交流はじめその他の諸関係が支障なく維持、遂行されるよう必要な調査を行うとともに適切な措置を講ずることを目的として、その目的達成に必要な各種便宜を与え、かつ、所要の事業を行い、もって民間レベルでの各分野における交流の維持、促進に資するものであります。

2 日台租税協定の概要  日台租税協定に定められた内容(税務上の措置)は、一般的な租税条約に定められているものと、ほぼ同様のものとなっている。以下、日台租税協定についての主要ポイントである。
(1)台湾が締結している租税条約(取決め)  台湾は、2015年12月末の時点で、28か国・地域と包括的な租税条約を、日本を含む13か国・地域と国際運輸業に関する免税取決めを結んでいる。日本との国際運輸業に関する取決めは、今般の日台租税協定と同様、交流協会と亜東関係協会の民間取決めをもとに、今般改正された「外国人等の国際運輸業に係る所得に対する相互主義による所得税等の非課税に関する法律」によって対応している。
[包括的な租税条約]  イスラエル、インド、インドネシア、英国、オーストラリア、オーストリア、オランダ、ガンビア、キリバス、シンガポール、スイス、スウェーデン、スロバキア、スワジランド、セネガル、タイ、デンマーク、ドイツ、ニュージーランド、パラグアイ、ハンガリー、フランス、ベルギー、ベトナム、マケドニア、マレイシア、南アフリカ、ルクセンブルグ、その他未発効ではあるが中国及び日本との取決めが成立している。
[国際運輸業取決め]  イスラエル、EU、オランダ、カナダ、韓国、スウェーデン、タイ、ドイツ、日本、ノルウェー、米国、マカオ、ルクセンブルグ
(2)対象税目  日台租税協定が適用される対象税目は、
日本側:
(i)所得税
(ii)法人税
(iii)復興特別所得税
(iv)地方法人税
(v)住民税
台湾側:
(i)営利事業所得税
(ii)個人総合所得税
(iii)所得基本税
であり、これらに対して課される付加税も含まれる。
[営利事業所得税]  営利事業所得税は、いわゆる法人税に相当し、原則17%で課税される(所得が120,000台湾元以下は免税、120,000~181,818台湾元は半額が課税、所得が181,818台湾元を超える場合にのみ17%が適用される)。また、未配当の所得(いわゆる内部留保されたままの所得)には、別途10%で追加的な課税がされ、所得基本税(いわゆるミニマム税負担)の対象となる。
[個人総合所得税]  個人総合所得税は、いわゆる個人の所得税に相当する。台湾では、1課税年度の滞在期間が183日以上の場合に「居住者」とされる。「非居住者」の場合、台湾源泉の所得について原則源泉徴収される(給与の場合は18%)。源泉徴収されない所得、たとえば海外雇用主が台湾外で支払う場合などは、原則として確定申告する必要がある。
[所得基本税]  2006年1月より適用されている最低税負担制度。これは、一定範囲の非課税所得や免税所得等を加えた「基本所得」を計算し、これに通常の所得税率とは異なる税率等による計算を行い、最低限の税負担を求めるものである。計算式は以下の通り。
 納付すべき所得基本税=
    基本税額-本則により計算される税額
 基本税額=基本所得額(A)×税率(B)
(A):(法人の場合)本則上の課税所得額+各種優遇措置により営利事業所得税が免除された所得額-50万台湾元
(個人の場合)本則上の純所得額+海外所得等純所得に算入されない所得額-670万台湾元
(B):(法人の場合)12%、(個人の場合)20%
(3)PEの範囲  日台租税協定におけるPE(恒久的施設)の範囲は、基本的には一般的な租税条約と同様であるが、コンサルタントPEが含まれた点が大きな特徴である。この規定は、日本・中国租税条約、日本・ベトナム租税条約にも例があるが、実務的にいくつかの税務上の問題(PE認定による短期滞在者免税の否認など)が報告されている。日台間においても、該当するコンサルタントの定義、プロジェクトの連続性、継続期間の計算の仕方などが不明確であり、同様の問題が生じる可能性がある。
第5条 恒久的施設  3項(b)企業が行う役務の提供(コンサルタントの役務の提供を含む。)であって、使用人その他の職員又は者(当該役務の提供のために当該企業によって採用されたものに限る。)を通じて行われるもの。ただし、このような活動が単一の又は関連するプロジェクトについて当該課税年度において開始し、又は終了するいずれかの12箇月の間において合計183日を超える期間一方の地域内において行われる場合に限る。
(4)投資所得に対する限度税率  台湾から日本に支払われる投資所得(配当、利子、ロイヤルティ)について軽減税率(限度税率)が定められた。台湾では、本則上、日本居住者(法人を含む)に支払われる配当、利子、ロイヤルティには、原則20%で源泉徴収されることとされているが、日台租税協定を適用することにより、それぞれ10%の税率に軽減されることとなる。
 なお、台湾における軽減税率の適用に当たっては、日本の「居住者証明書」等の提出が必要になるものと考えられる。
(5)移転価格税制への対応  台湾では、「所得税法第43条の1」の規定を根拠とした移転価格税制が、2005年より執行されている。しかしながら、これまでは日台租税協定(特に第9条2項)の規定がなかったため、日本企業と台湾企業との間の移転価格課税が行われた場合、対応的調整を行う根拠がないため、結果的に二重課税となるリスクが極めて高かった。今般、当該規定が設けられたことにより、今後は移転価格課税に起因する二重課税の排除、調整が行われる蓋然性が高まっていくものと考えられる。
 また、対応的調整の前提となる当局間の合意は、通常、「相互協議」を通じて得られることとなる。今般の日台租税協定では、第24条に相互協議手続きに関する規定が定められたことにより、両国間の協議が進展していくことも期待される。なお、相互協議手続きに関する規定が設けられたことは、日本と台湾の間で二国間APAを締結することが可能になったことも意味している。
(6)個人所得税に関する措置  一般的な租税条約と同様、個人の給与所得について、「短期滞在者免税」の規定が定められた。また、「学生」についての免税措置も設けられた。これは、教育又は訓練のために相手国に滞在する学生又は事業修習者が、生計、教育又は訓練のために受け取る給付について免税とするもので、次のように規定されている。
第20条 学生  専ら教育又は訓練を受けるため一方の地域内に滞在する学生又は事業修習者であって、現に他方の地域の居住者であるもの又はその滞在の直前に他方の地域の居住者であったものがその生計、教育又は訓練のために受け取る給付(当該一方の地域外から支払われるものに限る。)に対しては、当該一方の地域において、租税を課することはできない。この条に定める租税の免除は、事業修習者については、当該一方の地域内において最初に訓練を開始した日から2年を超えない期間についてのみ適用する。
 なお、政府職員の所得に関する規定(第19条)は設けられているが、外交官に関する規定(OECDモデル条約28条)に関する規定が設けられていないことも当然の特徴といえよう。
(7)減免の制限  昨今の一般的な租税条約は、条約の濫用(トリーティ・ショッピング)を防止するため、租税条約の適用を一定の条件を満たす「適格者」に限定する「特典制限条項」が定められることが多いが、日台租税協定には当該規定は設けられていない。ただし、次のような条項が定められている。
第26条 減免の制限  この取決めの他の条の規定にかかわらず、一方の地域の居住者は、当該居住者又は当該居住者と関連を有する者による業務の遂行が、この取決めの特典を受けることをその主たる目的の全部または一部とするものである場合には、他方の地域においてこの取決めに規定する租税の軽減又は免除の特典を受けることができない。
(8)相互主義  今般の日台租税協定を実効ならしめるためには、別途の国内法が必要となるところであるが、その法律は国会で成立することとなる。この日台租税協定のみでは、それぞれにおける措置の効力が担保されていないため、別途、日台租税協定に定める措置の効力は、明確に相互主義に基づくことがうたわれた。
第27条 相互主義  一方の地域は、この取決めに規定する特典と同等のものが他方の地域において適用されていないと認める場合には、この取決めに規定する租税の軽減又は免除の特典を当該他方の地域の居住者に与えることを義務付けられるものではない。

脚注
1 「2014年の日台双方の貿易額は615億9,000万ドル。日本は台湾の貿易相手先3位、台湾は日本の貿易相手先の4位と、密接な貿易関係を築いている。また、2015年9月までの日本の対台投資額は185億8,000万ドルで対台投資先3位、台湾の対日投資額も37億5,000万ドルと(以下、省略)」(世界のビジネスニュース:JETRO)
2 交流協会と亜東関係協会の間では、1990年に国際運輸業の免税に関する取決めが結ばれている。
3 本稿の筆者として、個人的な意見ではあるが、いかなる理由があろうとも、特定の地域・国を対象に包括的な租税条約と同様の効果・措置を国内法令によって定めることは、憲法上も「条約」が「法律」とは異なる手続き等により定められること等に鑑みれば、そもそも「条約」の意義を否定することにならないか危惧されるところである。条約を締結しなくとも、国内法令により対応できることに違和感を覚える。
4 「交流協会設立の経緯及び性格」(公益財団法人交流協会ホームページ)

記事に関連するお問い合わせ先 記事に関するお問い合わせは週刊「T&Amaster」編集部にお寄せください。執筆者に質問内容をお伝えいたします。
TEL:03-5281-0020 FAX:03-5281-0030 e-mail:ta@lotus21.co.jp
※なお、内容によっては回答いたしかねる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索