カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2017年08月28日 【巻頭特集】 平成29年6月総会における現物株式報酬の導入事例分析(2017年8月28日号・№704)

巻頭特集
平成29年6月総会における現物株式報酬の導入事例分析
 ウイリス・タワーズワトソン 経営者報酬プラクティス コンサルタント 伊藤竜広

はじめに

 平成27年7月に経済産業省が公表した「法的論点に関する解釈指針」及び平成28年度税制改正により、役員報酬として譲渡制限付株式に代表される「現物株式」を直接交付する仕組み(以下、「現物株式報酬」という)の導入が実質的に可能とされたが、平成28年6月総会で現物株式報酬の導入に踏み切る上場企業はそれほど多くなかった。これは、現物株式報酬の導入には株主総会への付議が必要な中、現物株式報酬の税務・法務上の取扱いを明確にした経済産業省の『「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~』の公表が同年4月28日、その改訂版の公表が同年6月3日であったため、3月決算(6月総会)の企業が昨年の総会に導入議案を付議するにはスケジュールが相当に厳しいものであったことが原因と推察される。
 この推察が正しいとすると、本年6月総会は、社内での検討時間を確保した上で現物株式報酬を導入する実質的に初めてのタイミングであったと言える。また、平成29年度税制改正では、インセンティブ報酬の種類および評価期間に拠らず税務上公平な取扱いとするよう関連規定の整備が進んだこともあり、この6月総会においては様々な種類の現物株式報酬の導入事例が見受けられた。本稿では、こうした導入事例をベースに現物株式報酬の類型を整理した上で、どのような現物株式報酬が導入されているのか全体の傾向を分析するとともに、現物株式報酬の各類型についての具体的な導入事例を紹介する。

Ⅰ.現物株式報酬の類型
 現物株式報酬は、譲渡制限付株式(Restricted Stock)、パフォーマンス・シェア(Performance Share)、パフォーマンス・シェア・ユニット(Performance Share Unit)の、3つに大別される。これらの相異点は、主に株式付与のタイミング、業績条件の有無、法人税法上の損金算入の可否である。まずは、この3つの類型の現物株式報酬の概要を整理したい。
 ① 譲渡制限付株式(Restricted Stock)  譲渡制限付株式は、対象期間の始点で譲渡制限の付された株式が付与される仕組みとなっている。具体的には、割当対象者は対象期間初年度に支給される金銭報酬債権を現物出資財産として払込むことで、割当契約に基づく株式の割当てを受ける。対象者は割当の時点で株式を保有し、株主となり、配当受給権や議決権を有することとなる。そして、対象期間終了後、勤務条件を充足することをもって譲渡制限が解除されるという仕組みである。
 譲渡制限付株式は、事前確定届出給与の枠組みの中で、いわゆる「特定譲渡制限付株式」の要件を満たすことで損金算入が可能である。これは、既に平成28年度税制改正において整備がなされたものである。
 ② パフォーマンス・シェア(Performance Share)  ここで言うパフォーマンス・シェアとは、①の譲渡制限付株式に業績条件を付したものである。つまり、対象期間の始点で株式が付与されるという点では譲渡制限付株式と同様であるが、対象期間の終了・勤務条件の充足のみならず、一定の業績条件の達成度に応じて、譲渡制限の解除割合が変動する仕組みである。例えば、評価期間を3年とし、3年後の営業利益の目標達成状況に応じて譲渡制限が解除される、といった具合である。
 パフォーマンス・シェアは、平成29年度税制改正を経て事前確定届出給与の対象から外され、かつ、業績連動給与の対象外ともされたことにより、損金算入が出来なくなった(※1)。この改正は、交付に係る決議が平成29年10月1日以後になされるものから適用される(※2)。
※1 「法人税基本通達等の一部改正」(法令解釈通達)(平成29年7月14日公表)において、業績指標その他の条件により、そのすべてを支給するかしないかのいずれかとする定めに従って支給する給与は業績連動給与に該当せず、事前確定届出給与の対象となる旨が明確にされている(基本通達9-2-15の5)。また、譲渡制限付株式による給与で無償で取得する株式の数が業績指標に応じて変動するものは、定期同額給与、事前確定給与、および損金の額に算入される業績連動給与のいずれにも該当しないことが明確化されている(基本通達9-2-16の2)。
※2 退職給与およびストックオプションに係る給与、並びに事前確定届出給与たる特定譲渡制限付株式に係る給与については、その交付に係る決議が平成29年10月1日以後になされるものから改正法が適用される。
 ③ パフォーマンス・シェア・ユニット(Performance Share Unit)  パフォーマンス・シェア・ユニットは、評価期間の終点で株式が付与される仕組みとなっている。対象期間の始点では、予め基準額(または基準株式数)が定められるのみである。そして、対象期間終了後、業績目標の達成度合いに応じて交付株式数もしくは基準額が確定し、それに対応して支給される金銭報酬債権を現物出資財産として払い込むことで株式が割当てられる仕組みである。支給対象者に発生する所得税の納税資金を考慮し、業績によって確定した額の一部を金銭で支給するケースもある。
 パフォーマンス・シェア・ユニットは、平成29年度税制改正により、業績連動給与の要件を満たすことで損金算入が可能となった。ただし、有価証券報告書における算定方法の開示等の損金算入要件について大きな変更があったわけではない。企業にとってはなおハードルの高い要件ではあるが、早くも本年6月総会において、業績連動給与として損金算入することを企図したパフォーマンス・シェア・ユニットの導入事例(および開示)が散見されている。

Ⅱ.平成29年6月総会等で導入された現物株式報酬等の傾向
 現物株式報酬の導入企業数(ウイリス・タワーズワトソンと三菱UFJ信託銀行の共同調査結果に基づく)は、導入解禁後(平成28年4月以降)~平成28年6月末までの段階、すなわち導入解禁直後には6社に留まっていたが、導入解禁後~平成29年6月末までの累計では130社と急増している。その内訳は①譲渡制限付株式98社、②パフォーマンス・シェア21社、③パフォーマンス・シェア・ユニット14社となっている。この130社のうち、本年6月総会で現物株式報酬制度を導入した企業は83社にのぼる。その内訳は、①67社、②9社、③10社となっている。
 現物株式報酬の中では①譲渡制限付株式の導入企業数が多いが、長期インセンティブ報酬の機能面(※3)から推察すると、対象期間の初めから株式を役員に持たせ、シンプルに株価のみに連動させることで、早期に株主との利害共有を図るガバナンス機能を重視した企業が多かったものと思われる。
※3 長期インセンティブ報酬の主な機能として、ガバナンス機能と、経営戦略上の目標達成を貰い手に動機付けるインセンティブ機能がある。
 なお、2017年6月末までの1年間に株式報酬型ストックオプションを実際に付与した企業は421社(前年:407社)、2017年6月末日までに役員向け信託型株式報酬プランの導入をリリースした企業は累計351社(前年:223社)となっており、現物株式報酬以外の株式報酬を導入する企業数も増加している。

 なお、この調査では導入事例は確認されていないが、先に述べた①~③の類型以外にも、事後発行型株式ユニット(Restricted Stock Unit)という類型が存在する。これは対象期間当初、(当該対象期間終了後に)株式を取得する権利のみを付与し、当該期間終了後に勤務条件の充足を要件として現物株式を付与するものである。付与する現物株式に譲渡制限を付すことも可能である。平成29年度税制改正では、この類型も事前確定届出給与の枠組みで損金算入が可能という整理がなされた。ただし、先に述べた特定譲渡制限付株式、および法人税法に規定される特定新株予約権とは異なり、事前の届出が不要とされていないことには留意されたい。

Ⅲ.現物株式報酬導入議案の具体例
 以下、具体的な総会議案の事例を取り上げる。譲渡制限付株式の導入事例としてSUBARU、三井化学の2社、パフォーマンス・シェアの導入事例としてユナイテッド・アローズ、ヤマハの2社、パフォーマンス・シェア・ユニットの導入事例として富士通、複数類型(譲渡制限付株式およびパフォーマンス・シェア・ユニット)の導入事例としてエイベックス・グループ・ホールディングスを取り上げ、それぞれについて概要をまとめた(企業名に続くカッコ内は当該企業の平成29年7月時点での機関設計を表す。また、特に断りの無いものについては、各社の平成29年6月総会議案をベースとしている。)。
【SUBARU(監査役会設置会社) 第5号議案】  社外取締役を除く取締役に対して、譲渡制限付株式付与のための報酬枠(年額2億円以内)を決議。譲渡制限期間は3年間としている。また、当該報酬は過去に承認された取締役に対する報酬等の総額(年額12億円以内)の範囲内で支給することとしている。なお、同議案内の末尾に参考情報として、新しい取締役報酬制度のイメージ図や、同種の制度を取締役を兼任しない執行役員についても採用する旨の記載がある。
【三井化学(監査役会設置会社) 第8号議案】  社外取締役を除く取締役に対して、従来の報酬枠とは別に譲渡制限付株式付与のための報酬を決議(年額1億2千万円以内)。譲渡制限期間は、3年間から5年間までの間で取締役会が予め定める期間としている。なお、同議案の中で、従来の報酬枠が月額枠(月額6千万円以内)であり、賞与は毎期株主総会議案として上程していたところ、それらをまとめて年額の報酬枠(年額6億円以内)とする旨の記載がある。
【ユナイテッド・アローズ(監査等委員会設置会社) 第3号議案】  監査等委員である取締役を除く取締役に対して、従来の報酬枠とは別に譲渡制限付株式付与のための報酬枠(年額3億円以内)を決議。中期経営計画の対象期間である3事業年度の初年度に、3事業年度にわたる職務執行の対価に相当する額を一括して支給する旨を決議している。
 また、譲渡制限期間(取締役会において3年間の間で予め定める期間)における連結経常利益額および連結ROEの達成度、その他対象となる中期経営計画ごとに取締役会においてあらかじめ設定した業績達成度に応じて、譲渡制限が解除される仕組みとし、一定割合については業績達成度に関わらず譲渡制限が解除される仕組みとしている。
 なお、同議案の中で、従来の報酬枠の改定についても触れられている(年額5億円を年額4億円に改定)。
【ヤマハ(指名委員会等設置会社)適時開示より】  社外取締役および監査委員である取締役を除く取締役、執行役(内部監査担当を除く)、および執行役員(国内非居住者を除く)を対象としている。中期経営計画初年度において対象期間に相応した譲渡制限付株式を一括支給することを原則とするが、今回は中期経営計画が2事業年度目となっていることから、支給対象期間を2年間とし、2事業年度分に相当する譲渡制限付株式を付与することとしている。重大な不正会計や巨額損失が発生した場合には、役員毎の責任に応じて、累積した譲渡制限付株式の全部または一部を無償返還するクローバック条項を設定している旨の記載がある。
 譲渡制限期間は10年とし、業績条件として、連結営業利益率、連結1株当たり当期純利益、ROEを均等の指標として、その達成度に応じて譲渡制限期間が満了した時点で譲渡制限を解除するものとしている(ただし、割当株式の3分の1については、株式保有促進の観点から譲渡制限期間満了時に原則として譲渡制限が解除されるとしている。)。
【富士通(監査役会設置会社) 第3号議案】  業務執行取締役(代表取締役および執行役員を兼任する取締役)に対して、予め定めた3年間の中長期業績目標の対象期間開始時に、役位に応じた基準株式数、業績判定期間(3年間)および中長期業績目標等を提示し、業績達成水準に応じて基準株式数に一定係数をかけて算出した数の当社株式を年度ごとに計算し、業績判定期間の終了をもって対象者毎にその合計株式を割り当てる仕組みとし、従来の報酬枠とは別にこの制度に係る報酬枠を決議している(年額3億円以内)。
 なお、本議案末尾に、執行役員と常務理事も対象とする旨、参考情報として記載されている役員報酬額等の決定方針の中に、具体的な業績指標(連結売上収益と連結営業利益)が開示されている。
【エイベックス・グループ・ホールディングス(監査役会設置会社) 第5号議案※】  業務執行取締役に対して、譲渡制限付株式に関する報酬としての報酬枠(年額1億2千万円以内)、およびパフォーマンス・シェア・ユニットに制度に係る報酬としての報酬枠を700,000株×交付時株価の額以内で設定する旨を決議している。
 譲渡制限付株式の譲渡制限期間は、3~10年の間で取締役会が定めるものとしている。
 パフォーマンス・シェア・ユニットに関しては、中期経営計画の対象期間(当初の対象期間は、平成30年3月31日に終了する事業年度から平成33年3月31日に終了する事業年度までとする)中の業績等の数値目標を取締役会にて予め設定し、その達成率に応じた数の普通株式および納税資金確保のための金銭を交付する仕組みとしている。具体的な業績条件として、営業利益、売上高等による対象期間の数値目標の達成率に応じて、取締役会において定める方法により0%から150%の範囲で算定するとしている。
※ 同社の有価証券報告書には、このパフォーマンス・シェア・ユニットについて業績連動給与であることを明確にうたっており、その具体的な算定方法(株式交付部分の算式、金銭交付部分の算式、業績に応じて変動する支給割合の算式、評価期間中の異動の場合の取扱い、評価期間中の組織再編の取扱い、等)について、詳細な開示がある。

おわりに
 株式報酬の在り方が多様化する中で、企業はより自由度の高い報酬制度設計が可能となった。企業が経営戦略達成に資する業績連動スキームを構築するにあたり、その土壌が着々と整備されつつあると言える。
 今後も、現物株式報酬を含む株式報酬の導入企業数の上昇傾向が続き、現在以上に株式報酬が一般化することが予想される。このような状況において重要なのは、自社内で「何のための株式報酬なのか」を改めて明確にしておくことであろう。新規に株式報酬を導入する企業も、現在何らかの制度を有する企業も、いま一度報酬設計の方針に立ち返り、報酬(諮問)委員会等の社内の議論を通じて、自社のポリシーを明確にしておくことが望まれる。

伊藤竜広(いとうたつひろ)
2008年にウイリス・タワーズワトソン入社。国内大手企業における経営者報酬戦略立案及び報酬制度の詳細設計、国内大手企業の国内子会社及び海外子会社における報酬制度設計・導入、報酬委員会への陪席・運営支援等に関与。外部セミナーでの講演、雑誌・Web媒体への寄稿にも携わる。ミドルサイズ企業向け役員報酬調査に関しての責任者。国内大手企業を中心とした経営者報酬データベースの編集・分析にも従事。過去には、ストックオプション付与概況調査に関しての責任者を務め、金融危機後の役員報酬の削減状況調査、国内企業における退職慰労金の廃止状況に関する調査にも関与。京都大学経済学部卒。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索