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解説記事2018年12月10日 【実務解説】 信託の先進国の米国から学ぶ受益者連続型信託(2018年12月10日号・№766)

実務解説
信託の先進国の米国から学ぶ受益者連続型信託
 一般社団法人民事信託活用支援機構 代表理事 高橋倫彦

まえがき 受益者連続型信託

 重要な資産を後の世代に続けて承継させる場合は受益者連続型の信託(以下「受益者連続型信託」と言う。)が必要である。しかし日本では受益権複層化信託の収益受益権が受益者連続型信託の定めにより承継される場合、収益受益権の評価額が信託財産の価額の全額とみなされて相続税が課税されるために(相続税法9条の3)、相続税負担が重くなり、この信託を利用できない状況にある(脚注1)。この受益者連続型信託の収益受益権の評価方法は平成19年の新信託税制の中でも特に目新しい制度である。経済的には価値が低い収益受益権の評価額を敢えて信託財産全体の評価額であるとみなして課税するわけであるから納税者に対する納得のいく説明が欲しいところである。しかし、財務省は新信託税制の解説においてなぜこのような評価額になるのかについての理由を述べていない(脚注2)。この信託の利用例が日本には少ないので、税務当局がこの新信託税制の導入を検討しようとした時に、この信託の歴史が古くまた利用例が多い英米の信託制度を調査しその税制を参考にしたものと思われる。
 そこで本稿では、まず日本のこの新信託税制の問題点を浮き彫りにし、次に米国の類似の信託税制を紹介し、日米の信託税制の比較から、あるべき姿を検討する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

第1章 受益者連続型信託の税制の問題点
 受益者連続型信託とは、①受益者等の死亡その他の事由の発生により他の者が新たに受益権を取得する定めのある信託、②受益者指名権者による受益者の指定・変更が行われる定めのある信託、③一定の事由の発生により受益権が移転する定めのある信託、及び④これら信託に類するもの、を言う(相続税法9条の3第1項、同法施行令1条の8)。
 この受益者連続型信託の代表例が①の一種である後継ぎ遺贈型の受益者連続信託である(信託法91条)。そこでこの信託の事例を取り上げて新信託税制の問題点を浮き彫りにする。

第1節 後継ぎ遺贈型受益者連続型信託

(1)後継ぎ遺贈に対する相続課税
 委託者の親が生前に自分を受益者とする遺言代用信託を設定し、その死亡後、その子と孫とが、その受益権を順番に取得する定めをしたとする。この信託は受益権を順番に承継取得する「定め」があるので相続税法9条の3第1項の受益者連続型信託の類型に該当する。
 子の受益権の取得は、親の死亡時点で子が生存していることが条件である。子が既に死亡している場合は、子の相続人が代襲相続することはできない。親が死亡した時点で、その子が第1次の受益権を取得した場合、子は受益権を現に有している。しかし、孫が子より長生きするかどうかは定かではないので、その時点では、孫が第2次の受益権を現に有するとは言えない。子が死亡した場合、孫はその定めにより親から直接に受益権を取得するが、孫は同法9条の2第2項の規定により、その前受益者の子から継伝処分的に遺贈を受けたものとみなされ、相続税を課税される。
(2)受益者連続型信託の受益権が複層化された事例  この後継ぎ遺贈型受益者連続型信託の受益権が複層化され、収益受益権と元本受益権とに分割された場合(参照)、その信託行為の定めに従って第一次受益者の長男と次男がそれぞれ収益受益権と元本受益権を取得する。孫は第2次受益者として第一次受益者が2名とも死亡した時に受益権を取得する。

 受益権に「収益に関する権利を含む」場合は、相続税法9条の3第1項により権利の価値に作用する制約はないものとみなされるので、長男の収益受益権の評価額を信託財産の全部の価額と、次男の元本受益権の評価額は零とみなされる。財務省は平成19年度の「税制改正の解説」において、受益者連続型信託の受益権は通常の相続と同様に信託財産の未消費分を含む全額について受益権の相続時に課税することが適当であると説明している(脚注3)。通常の相続の場合は相続財産の全額を消費する権利があるので、未消費になるとしても全額を課税する道理があるが、収益受益権の場合は元本部分を消費する権利がもともとないので、消費することが不可能な部分を含む信託財産の全額について課税する理由がわからない。
(3)受益者連続型信託ではない受益権が複層化された場合  新たに受益権複層化信託が設定されて受益者が権利を取得した場合は信託行為の定めにより承継取得するのではないので、受益者連続型信託の受益権の取得に該当しない。委託者兼当初受益者から相続により受益権を取得した場合も、信託行為の定めにより承継取得するのではないので、これに該当しないと思われる。また、収益受益権が消滅し元本受益者が信託財産を受領した場合も新たに受益権を取得したわけではないので、これに該当しないと思われる。

第2節 受益者連続型信託の税制の問題点

(1)基本的な問題点
 ① 福祉信託の場合に収益受益者課税は信託目的にかなうか
 福祉信託においては、委託者の配偶者や障害に苦しむ子の生活保障や療養費の支出を信託目的とし、これらの者を収益受益者とする信託が多い。この場合、これらの者がその受益権の経済的価値を超えた価額で課税されるのであれば、その納税負担が加重になり、信託目的が達成されなくなる危険がある。
 ② 信託財産が自社株の場合に元本受益権の価値は零か  自社株信託では、多くの場合、元本受益者が信託株式の議決権行使の指図を行う。M&A等が起きた場合は、元本受益者が信託株式の処分の指図を行う。元本受益権はこのように重要な機能を有するので、その価値は零とは考えられない。橋本守次先生は「ゼミナール相続税法」(大蔵財務協会、P680注)で、元本受益権の価値は零にはならないと述べている。
 ③ 収益受益権は信託収益を永遠に享受することができるのか  受益権の権利の価値に作用する要因としての「制約」がないものと「みなす」状況とは、収益受益者が信託収益をその生涯にわたって享受するような状況である。しかし信託財産が確定利付債券等のように満期が到来する資産の場合は、その収益は満期までのクーポン収益と償還差益に限定され、受益者が信託収益を永遠に享受できるわけではない。また、信託財産が永久債(英国のコンソル債は永久に利子が支払われる)であったとしても、永久禁止則により信託法91条が受益者連続型信託の信託期間に制限を設けているので、収益受益権の価値に作用する要因としての「制約」が法律上も存在する。
 ④ 収益受益権のみなし評価額は時価か  相続税法9条の3第1項は、受益者連続型信託の収益を含む受益権の権利の価格の計算方法を示しているだけで、課税価額を信託財産の全部とすると言っているわけではない。同法9条の3第1項の規定は相続税法第1章総則にあり、第3章財産評価にはない。課税価額である財産の評価額は第3章の22条に定めがあり、同条によれば財産の評価額は時価に基づくことになっている。収益受益権の価額が9条の3第1項により信託財産の評価額の全部となるとしても、金融市場においてこの価額で売れるであろうか。時価とは金融市場において第三者間で売買が行われる価額である。なお、小規模宅地等についての相続税の課税価額の計算の特例(租税特別措置法69条の4)の適用は相続税法9条の2第6項の規定を準用する(同法施行令40条の2第23項)。収益受益者はこの規定により信託財産全部を取得したとみなされ、この特例の適用があるのであろうか。
 ⑤ 法律は、残余財産受益者等をどのように定義しているか  信託法2条6項は元本受益者を収益受益者と区別せずに単に受益者として規定している。また、信託の終了及び清算を扱う第7章の182条が残余財産受益者と帰属権利者を定義している。これに対し相続税法は9条の2第4項が、信託終了時に「残余財産の給付を受けるべき、または帰属すべき者となった者」を規定し、これらの者が残余財産を贈与または遺贈により取得したものとみなす。しかし残余財産から信託終了直前に受益者であった者の権利に相当するものは除いている。信託終了直前に受益者であった者は元本受益者である。
 本稿では次のように定義する。すなわち、単に受益権と言った場合は、元本にも収益にも権利がある。収益受益権は収益に対してだけ権利があり、元本受益権は元本にだけ権利がある。元本受益権は信託満期を待たないで元本を引きだすことができ、残余財産受益者は信託満期まで給付を受けることができない。帰属権利者は信託終了まで権利がなく、残余財産受益者は受給権以外の受益者としての権利をいつでも行使できる。
 ⑥ 信託が終了した時に元本受益者による信託財産の受領が遺贈として課税されるか  収益受益権が消滅し元本受益者が信託財産を受領した場合は、元本受益者は新たに受益権を取得したわけではなく、新たに利益を受けることとなるわけではないので、相続税法9条の2第2項または3項に該当しない。したがって受益者連続型信託でない元本受益者は課税されない。しかしこの元本受益権が受益者連続型信託の受益権である場合は、税務当局は元本受益者についても相続税法9条の2第4項の規定の適用があることに留意するとしている(相続税法基本通達9の3-1注)。相続税法9条の2第4項は課税される残余財産から、信託の終了直前においてその者が当該信託の受益者等であった場合には、当該受益者等として有していた「信託に関する権利に相当するもの」は除くと規定している。つまり元本受益権の権利行使が当初受益者の死亡時から有効である場合は、死亡直前に元本受益者であったので、その権利に基づき信託財産を受領したことになり、受領した信託財産が遺贈財産から除外される。しかし元本受益権が受益者連続型信託の受益権である場合は、税務当局は、元本受益者を「残余財産の給付を受けるべき者」とみなしているので、元本受益権の評価額が零と評価され、「信託に関する権利に相当するもの」が零になり、受領した信託財産から除かれるものが零であるから、受領した信託財産全体が課税されると思われる。そこで、事例において、収益受益者の長男の死亡により元本受益者の次男が信託財産を受領した時に、受領した信託財産について、これを遺贈として相続税が課税されることに留意する必要がある。
 ⑦ 連帯納税義務があるか  受益者連続型信託の収益受益者は収益受益権の価値以上に課税され担税力に問題がある。現行の相続税法34条は他の相続人及び受遺者が連帯納付の義務を定めているが、受託者にはその義務がない。もし収益受益者に他の相続人及び受遺者がいない場合は徴税できない危険性がある。
(2)ケース別の受益者連続型信託の受益権の評価  財務省の平成19年度「税制改正の解説」によれば、受益者連続型信託とは、委託者Aの相続人である受益者B、C、Dが順番に受益権を取得する信託をいうとし、例えばBは100の財産の遺贈を受け、その後CはBが費消しなかった50の遺贈を受け、最後にDはCが費消しなかった20の遺贈を受けた場合は、受益者Bが100、受益者Cが50、受益者Dが20の受益権を取得したものとして課税されることとなるとしている(脚注4)。この場合、各受益者はそれぞれ相続財産を消費する権利があるが、この消費する権利について、以下のケースに分けて検討する。
 ① 委託者Aの一次相続において、受益者Bが収益と元本の受益権を相続し、受益者Cが残余財産受益権を相続したケース  Bは収益と共に元本である財産を消費できるが、CはBの生存中に元本を受領する権利がない。Bが死亡するとBの元本受益権が消滅し、Cがその残余財産の遺贈を受ける。これが信託行為の定めである。しかし、CがBより前に死亡すると、Cは何の遺贈も受けないで、次のDが残余財産受益権を取得する。また、Bが信託財産の全額100消費した場合は、残余財産がなくなるので、Cは生きていても何ももらえない。このCのリスクを考慮すれば、Bの受益権の評価額を信託財産全額としてこれに課税し、Cの残余財産受益権の評価額を零とする意味がある。このケースのBの権利は収益と元本と両方を消費できるので、まさに相続税法9条の3の1項の言う「収益に関する権利が含まれる」権利と考えられる。
 ② 受益者Bが収益受益権を相続し、受益者Cが元本受益権を相続したケース  Bは元本である財産を消費する権利がないので、その評価額を信託財産全額とみなしてこれに課税する理由が見当たらない。また、CはBの生前に元本を引きだして信託財産を消費することができるから、Cの元本受益権の評価額を零とみなして課税しない理由も見当たらない。Cの元本引き出しは、信託の終了前であるため、相続税法9条の2第4項の適用はない。
 ③ 受益者CがBの生存中はBに定期金を支払う負担付きの受益権を相続するケース  Cの権利には収益に関する権利が含まれているので信託財産の全額について課税される。定期金を受領するBの課税はどうなるのであろうか。Cの残余財産を受領するDの残余財産受益権の評価額は零になる。

第3節 受益者連続型信託における二重課税
 第1節(2)受益者連続型信託の受益権が複層化された場合」の事例では、親が受益者連続型信託を設定し、その受益権を分割して、長男に収益受益権、次男に元本受益権を付与した。委託者の親が亡くなった時、長男も次男も共に第一次相続人であるのに、信託財産が二度にわたり課税されることになった。このように信託遺贈した場合と通常の単純遺贈した場合とで課税がどのように違うかを次の事例により具体的に検証してみる。
(1)事例の前提
① 遺贈財産=信託財産
 財産:普通債券、時価=相続税評価額100、額面=償還額100、クーポン利率年5%
 債券満期10年=信託満期
 税率:所得税0%、相続税50%
 基準利率:年5%(クーポン利率と同じ)、10年複利現価率0.61391、10年複利年金現価率7.722、10年複利終価率1.629、10年複利年金終価率12.578
② 遺贈財産のキャッシュ・フローの満期における税込み終価  期中に受領するクーポン:年5×複利年金終価率12.578=62.89
 満期に受領する元本:100
 トータルのキャッシュ・フロー額:162.89
③ 信託受益権の相続税評価額  収益受益権評価額:年5×複利年金現価率7.722=38.61
 元本受益権評価額:信託財産評価額100-収益受益権評価額38.61=61.39
④ 信託受益権のキャッシュ・フローの満期における税込み終価  信託期中に収益受益者が受領する収益:年5×複利年金終価率12.578=62.89
 信託満期に元本受益者が受領する元本:100
 トータルのキャッシュ・フロー額:162.89
 以上のように遺贈財産の税込キャッシュ・フローと信託受益権の税込キャッシュ・フローとは全く同額になる。
(2)分割単純遺贈の課税  遺贈者がその財産を収益受益権の評価額に相当する額(38.61)と元本受益権の評価額に相当する額(61.39)とに分割し、このように分割した財産を長男と次男にそれぞれ単純遺贈する。
 長男の相続税の終価:受贈財産38.61×相続税率0.5×複利終価率1.629=31.45
 次男の相続税の終価:受贈財産61.39×相続税率0.5×複利終価率1.629=50.00
 長男と次男の相続税の終価の合計:
 31.45+50.00=81.45
(3)信託遺贈の課税
① 通常信託遺贈(受益者連続型信託でない受益権による遺贈):
遺贈者が連続しない受益権複層化信託の収益受益権(評価額38.61)と元本受益権(評価額61.39)を長男と次男にそれぞれ遺贈する。
 長男の相続税の終価:収益受益権評価額38.61×相続税率0.5×複利終価率1.629=31.45
 次男の相続税の終価:元本受益権評価額61.39×相続税率0.5×複利終価率1.629=50.00
 長男と次男の相続税の終価の合計:
 31.45+50.00=81.45
 以上のように信託遺贈も単純遺贈も税額は全く同じになる。その結果、税引純キャッシュフローも全く同じになる。
② 連続型信託遺贈(受益者連続型信託の受益権による遺贈):遺贈者が受益者連続型信託の定めにより第一次相続人として長男に収益受益権を、次男に元本受益権を遺贈する。
 長男の相続税の終価:収益受益権評価額100×相続税率0.5×複利終価率1.629=81.45
 次男の相続税の終価:元本受益権評価額100×相続税率0.5=50.00
 長男と次男の相続税の終価の合計:
 81.45+50.00=131.45
 受益者連続型信託の場合は相続財産が2回課税されるので税額が50だけ大きくなる。その結果、税引純キャッシュフローはその分だけ少なくなる。
(4)負担付遺贈の課税  遺贈者が長男に定期金を支払うことを条件に次男に財産を遺贈する。
 定期金の相続税評価額:年5×複利年金現価率7.722=38.61
 長男の相続税の終価:定期金の相続税評価額38.61×相続税率0.5×複利終価率1.629=31.45
 次男の相続税の終価:(信託財産評価額100?定期金の相続税評価額38.61)×相続税率0.5×複利終価率1.629=50.00
 長男と次男の相続税の終価の合計:
 31.45+50.00=81.45
 以上のように定期金債務負担付遺贈も分割単純遺贈も税額は全く同じになる。その結果、税引純キャッシュフローも全く同じになる。
(5)この事例の課税から分かること  遺贈方法による税額と純キャッシュフリー額の比較は次頁ののとおり。この事例から分かることは、分割単純遺贈と通常信託遺贈は同じであるが、連続型信託遺贈は税負担が重いことである。負担付遺贈は単純遺贈と変わらない。

 以上の結果はクーポンが基準年利率より高い場合でも変わらない。

第2章 米国の資産承継の税制
 新信託税制の導入にあたって税務当局が参考にしたと思われる米国の受益者連続型信託の税制はどうなっているのだろうか。まず米国の相続・贈与税の全体を概観し、その上でその信託税制を見てみる。

第1節 連邦遺産税

(1)課税対象
 連邦遺産税は課税遺産の移転に課税する(内国歳入法2001条)。
 課税遺産の額は総遺産から控除額を控除して決定される(同法2051条)。葬儀費用等の費用は控除できる(同法2053、2054、2056条)。
(2)税額  下記の(1)から(2)を差し引いて税額を計算する(同法2001条(b))。
(1)課税遺産額と調整課税贈与額の合計額に対し、移転年の税率を適用して算出した仮の税額。
  この調整課税贈与額とは総遺産に加算された贈与以外の課税贈与額である。
(2)(1)と同じ移転年の税率を適用した場合に支払ったはずの贈与税の合計額
(3)遺産税の支払い義務  遺産管理人が遺産の中から遺産税を支払う(同法2002条)。
 信託財産が委託者の遺産財団に加算され相続税を課される場合は、遺産管理人が支払えなかった税額について受託者に支払い義務がある(連邦歳入法6324条(a)(2))。
(4)遺産税からの統一税額控除(unified credit against estate tax)  適用税額控除額は、非課税枠に対する税額である。
 適用非課税枠は次の(1)(2)の合計額である。
(1)基本非課額枠500万ドル(インフレ調整)
(2)生存配偶者の場合、死亡した配偶者の未使用非課税枠
(5)贈与税控除(credit for gift tax)  もし贈与税が支払われ、贈与額が総遺産額に加算された場合は、支払い贈与税額は遺産税額から控除される(同法2012条(a))。
(6)総遺産(gross estate)  遺産税の対象となる総遺産には次の財産を含む。
 ① 被相続人が権利を有していた財産  総遺産には、相続人が死亡時に有していた財産に関し、その権利の範囲内の価値を含む(同法2033条)。
 ② 留保生涯権付移転(transfer with retained life estate)  被相続人が信託等により移転し、被相続人が生涯権またはその死亡前に終了しなかった有期の次のような権利を留保していた場合は、その権利の範囲内でその対象となる財産の額を含む(同法2036条(a))。遺産に含まれる額は信託財産の全額である(財務省規則20.2036-1(C)(1)(i))。
・財産の所有または享受、またはそこから発生する収益の受益権、または
・その権利者を指名する権利
 この条文の適用においては、支配会社の株式の議決権の保有は移転財産に対する権利の留保とみなされる(同条(b))。
 しかし、この条文は、信託が新規に設定され、委託者が収益受益権等の生涯権等を留保した場合に適用され、他の者がそのような権利を取得した場合には適用されない。
 ③ 死亡時に発効する移転(transfer taking effect at death)  総遺産額は、次の場合は、被相続人が信託等により移転した権利の範囲内でその対象となる財産の額を含む(同法2037条(a))。遺産に含まれる額は権利の評価額である(同規則20.2037-1(C)(3))。
・被相続人より長生きすることによってのみ、権利に基づく財産の所有または享受を受ける場合
・被相続人がその財産の価額の5%を超える価額の復帰権を留保していた場合
 ④ 撤回可能な移転(revocable transfers)  被相続人の権限の行使により、受益権の変更等が行われる場合は、被相続人が委託者に移転した財産権の範囲内で、総遺産額に信託財産が算入される(同法2038条)。
 ⑤ 定期金(annuities)  総遺産額は、被相続人が終身またはその死亡前に終了しなかった有期に受領していた定期金を、受益者が被相続人より長生きすることにより、受領することになった場合は、この定期金の価額を含む(同法2039条(a))。
 この条文は定期金の価額のうち、被相続人が掛け金を支払った購入価額に比例する部分の額にのみ適用される。
 ⑥ 指名権(power of appointment)  被相続人が一般指名権(general power of appointment)を有している場合は、これに関する信託財産は総遺産に算入される(同法2041条)。

第2節 連邦贈与税

(1)課税移転
 連邦贈与税は贈与による財産の移転に課税する(内国歳入法2501条)。信託への移転(transfer in trust)、すなわち信託設定の為の受託者への信託譲渡にも課税する(同法2511条)。しかし、形式的なコモンロー(普通法)上の権利(bare legal title)を受託者へ移転する場合には課税されない。また、受託者自身が受益権を有しない信託財産を受益者に移転しても、受託者による受益者に対する贈与にはならない(財務省規則25.2511-1(g))。
 従って、自益信託の設定による受託者への移転は非課税であり、受託者が受益者に信託財産を給付することも非課税であるが、他益信託の設定は課税される。
(2)課税額  課税額は年間の贈与総額から控除額を差し引き算出する(同法2503条(a))。
 連邦、州等の政府機関や公益団体等への寄付、および配偶者への贈与は贈与総額から控除できる(同法2522、2523条)。
 また、年間贈与額から最初の1万ドル(インフレ調整)の非課税枠(exclusion)を課税額から控除できる(同法2501条(b))。
 更に、教育資金や医療費等の贈与は非課税とされる(同条(e)以下)。

第3節 米国の信託税制の特例

(1)適格委託者留保信託等の受益権贈与の受益権評価の特例
 この信託による移転に対する贈与税の課税にあたっては信託財産の評価額から適格な受益権評価額を控除することができる(週刊「T&Amaster」762号「信託の先進国の米国から学ぶ信託受益権評価」第2章米国の収益受益権の税務の取り扱い、第1節信託による資産の贈与に対する課税を参照)。
(2)譲与者信託の委託者が死亡した場合の信託財産への課税  委託者定期金留保信託等の譲与者信託の委託者は信託財産に支配権を持つので、委託者が信託期限の前に死亡した場合は、信託財産の一部が委託者の遺産に加算される(米国財務省規則§20.2036-1(c)(2))。以前は信託財産の価額の全額を委託者の遺産に加算していたが、2008年の同財務省規則の改正により、遺産に加算される額は年次の定期金額を法7520条金利で割って得られる投資元本相当額に改正された(同規則同条(c)(2)(iv)Example2)。
 委託者が信託期限の前に死亡した場合は、その定期金の権利は消滅するが、それにもかかわらず、その定期金の権利に相当する信託財産の額が委託者の遺産に加算される。委託者が信託設定時に支払った贈与税額は遺産税額から税額控除されるので二重に課税されるわけではない。
(3)適格期限・条件付権利資産信託の生存配偶者が死亡した場合の信託財産への課税  この信託の信託財産は収益受益権等の期限・条件付権利の対象となる資産である(Terminable Interest in Property=QTIP)。
 米国では、遺産税または贈与税における配偶者控除は無制限に認められるが、生存配偶者が亡くなり、二次相続が発生すると、その未消費の遺産は課税されるので、納税者としては、むやみに配偶者控除を使うことが必ずしも得策ではない。また、配偶者控除は、生存配偶者の生活保障のために、その生存期間中に限って、生存配偶者に残された遺産に対する課税を繰り延べる目的で設けられたので、残された遺産を非課税にする趣旨ではない。しかし、生存配偶者の生涯の収益受益権のような期限・条件付権利は生存配偶者の死亡とともに消滅するので、二次相続において、この権利に対して課税することができない。このために期限・条件付権利に対しては原則として配偶者控除を認めないルールになっている(適用制限)。しかし税制適格な期限・条件付権利資産の場合は被相続人の課税遺産または贈与税の課税財産からの控除が例外的に認められる(同法2056条、または2523条)。但し、二次相続の時には信託財産が総遺産に算入され課税される。

第3章 米国の信託税制から学ぶこと
第1節 収益受益権の評価額を信託財産の全額とみなす場合

 米国では譲与者信託の委託者が死亡した場合(第2章第3節)と適格期限・条件付権利資産信託の配偶者受益者が死亡した場合(同章第4節)は、死亡した委託者又は配偶者受益者は収益受益権等こそ有するものの信託財産の全額に対する権利は有していないにもかかわらず、信託財産の全額が死亡した委託者又は配偶者受益者の遺産に算入されて課税される。日本の税務当局は、新信託税制の導入にあたって、この米国の信託税制を参考にしたのであろう。しかし、米国のこのような税制には日本と大きく異なる課税状況がある。そこで、第2節以下で日米の税制を比較する。なお、岡村忠生教授は、この受益者連続型信託の課税方法は課税強化の意図にもかかわらず、逆に贈与税を回避する余地が生じる危険があると指摘されている(脚注5)。

第2節 米国の委託者定期金留保信託と日本の受益者連続型信託
 米国では、委託者が委託者定期金留保信託等により定期金受益権を留保している場合は、委託者が信託期限の前に死亡した場合は、譲与者信託として信託財産が委託者の遺産に算入され、遺産税がかかる(内国歳入法第2037条(a)(1))。しかし、信託財産の内残余財産受益権に相当する部分は、既に贈与税を課されているので、この贈与税額は遺産税から控除できる。自益信託の場合は、委託者が死亡し、遺産税が支払われれば、相続人である収益受益者も元本受益者も課税されることなく信託財産を受領できる。この収益受益者が死亡し、元本受益者が権利を取得した場合は信託財産ではなく元本受益権の評価額が収益受益者の遺産に算入され課税される。
 日本では収益受益者だけに対して信託財産の全額の相続税が課税され、収益受益権の消滅後に元本受益者が信託財産を受領した時に、信託財産に再度課税される。複層化されない通常の受益権が2名の相続人に分割されて一次相続される場合には信託財産が1回しか課税されないのに対し、なぜ複層化された受益権が2名の相続人に一次相続される場合には信託財産が2回も課税されるのであろうか。この原因は、課税される主体が日本の場合は相続人であり、一次相続の相続税を収益受益者一人に負担させるためである。
 なお、遺産が世代を飛び越して相続される場合、日本では相続税の2割加算があるが、米国では世代飛び越し税(Generation-Skipping Transfer Tax)が課税される。

第3節 米国の適格期限・条件付権利資産信託と日本の受益者連続型信託
 米国では遺産税の配偶者控除が金額制限なしに利用できる。収益受益権は残存配偶者の死亡で消滅して課税できなくなるので、一次相続の時にこの配偶者控除を利用して残存配偶者に収益受益権を遺贈すれば、残存配偶者の死亡による二次相続の時に節税できる。そこで配偶者控除を利用する場合は、この特殊な信託により、収益受益権の対象になる信託財産を受託者に管理させ、二次相続の時にこの信託財産に課税できるようにしたものである。一次相続の時にこの信託が適格であれば、収益受益権の遺贈に配偶者控除を適用できるので、信託財産が夫の遺産に含まれることなく遺産税を課税されない。二次相続では、信託財産全体が妻の遺産に加算されるので、遺産税を課税される。
 これに対して、この控除を利用しない通常の収益受益権を遺贈することは制限されない。例えば夫の死亡による一次相続の時にこの遺贈が非適格のために配偶者控除できず、信託財産が夫の遺産に含まれる場合には、信託財産全体の価額に遺産税が課税される。この時、妻が収益受益権を取得し、弟が元本受益権を取得した場合は、妻の死亡による二次相続の時に、妻の受益権が消滅し、信託財産が妻の遺産に加算されることなく遺産税は課税されない。弟は元本受益権により信託財産を受領する。
 このように米国では収益受益権が適格か非適格かにかかわらず、信託財産は1回しか課税されない。
 これに対し、日本では、妻が受益者連続型信託の収益受益権を一次相続する時に信託財産全額について課税される。妻の配偶者控除は相続財産の全額ではない。弟が二次相続する時は、妻の収益受益権は消滅するが、弟が元本受益権に基づき受領した信託財産の全体について相続税が課税されるとすれば、信託財産が二重課税されることになる。

第4節 結語
 岡村忠生教授は、「不完全な移転や派生的な権利利益の発生は、受益者連続型信託に限られているわけではない。組合がそうである。会社も金融商品もそうである。」とし、この信託を使えなくすることはできるが、「同様な効果は、他の方法によっても得ることができるだろう。その場合そのような行為を潰さねばならなくなり」、経済活動を萎縮させるので、「むしろ不完全移転を承認し、これを素直に対話すべきではないかと思われる」と述べている(脚注6)。
 信託業務に50年余にわたり従事した者として、聊かの提言をさせていただく。
 被相続人が受益者連続型信託の信託財産の全額に対する権利を有していたならば、その信託財産の全額に対して相続税を課税すべきことは当然だが、相続税を収益受益者だけに課税し元本受益者に課税しない制度は、課税公平性の見地から不適切であり、信託財産に対する二重課税は租税の中立性の原則に照らして好ましくない。代替案としては受託者に課税することが考えられる。この方法によれば、徴税が容易であり、信託財産が税額分だけ減少するので、信託収益額は信託財産の減少分だけ減少する。また残余財産も税額分だけ減少する。受益者には課税しなくても、結果として収益受益者も残余財産受益者も共に応分の相続税を負担することになる。また信託財産の二重課税を防止することができる。但し小規模宅地の特例等の受益者個人を対象とする制度の適用は、手当が必要である。

脚注
1 岡村忠生京都大学教授は「税制が(受益者連続型)信託制度を殺している」と報告している(法学論叢164(2009年3月)号217頁)。
2 財務省「平成19年度 税制改正の解説」478頁。
3 前出(注2)478頁。
4 前出(注2)477頁。
5 前出(注1)151頁。
6 前出(注1)218頁。

高橋倫彦 たかはし ともひこ
 東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、外資系の信託銀行を経て、ベルニナ信託(現FPG信託)の取締役。現在一般社団法人民事信託活用支援機構の代表理事。富裕層向けの信託の設計、家族信託の設計では日本でも数少ない専門家。本誌に掲載された論文「受益者複層化信託の税務の取扱い─所得課税と相続課税─」は第39回日税研究賞の奨励賞を受賞。
 著書に『信託を活用した ケース別 相続・贈与・事業承継対策』日本法令(共著)等多数がある。

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