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解説記事2019年06月03日 【特別解説】 監査上の主要な検討事項(KAM) 欧州企業による開示事例の調査①(2019年6月3日号・№789)

特別解説
監査上の主要な検討事項(KAM)
欧州企業による開示事例の調査①

はじめに

 主に世界的な金融危機を契機として、監査の信頼性を確保するための取組みの一つとして、監査意見を簡潔明瞭に記載する枠組みは基本的に維持しつつ、監査プロセスの透明性を向上させることを目的に、監査人が当年度の財務諸表の監査において特に重要であると判断した事項(監査上の主要な検討事項(KeyAuditMatters)、以下「KAM」という。)を監査報告書に記載する監査基準の改訂が、国際的に行われてきている。この動きの先頭を切って、英国財務報告協議会(FRC)が、暦年の場合、2013年12月期から長文式の監査報告制度を組み込んだ英国の監査基準を導入した。そして、国際監査基準(ISA)を作成する国際監査保証基準審議会(IAASB)は、2015年1月に、国際監査基準(ISA)701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な事項のコミュニケーション」を公表した。欧州委員会(EC)は、社会的影響度の高い企業(PublicInterestEntities)の法定監査に関する規則を公表し、暦年の場合には2017年12月期から、監査報告に関する規則(ISA701)を適用することを決定した。2018年12月期は、英国企業についてはKAMの導入から6期目、欧州大陸の企業にとっては2期目に当たる。
 本稿では、英国と欧州大陸の主要な企業それぞれ100社について、各社のウェブサイト上で公表されている英文の年次報告書(アニュアル・レポートやレジストレーション・ドキュメント等)の監査報告書に記載されたKAMの個数やKAMの内容の分類・集計を行い、見られた傾向や全体的な特徴などについて分析を行った。また、1年前のデータも比較のため、適宜掲載している。これから2回に分けて、欧州企業の監査報告書に記載されたKAM項目の調査分析を行うこととしたい。1回目(本稿)では英国企業及び欧州大陸の主要な企業の監査報告書に記載されたKAMの全体的な傾向の分析を中心に行い、2回目では個別の事例をいくつか紹介することとしたい。

調査対象とした企業
 今回の調査では、ロンドン証券取引所に上場し、FTSE100の構成銘柄に選ばれている企業を中心に英国の企業100社を選ぶとともに、欧州大陸の企業については、ストックス(STOXX)欧州600指数(注)の構成銘柄に選ばれている銘柄の中から、英国企業以外の企業のうち、主要な企業100社を選定した。なお、各社のKAMの内容に関する記述等は、英文の原文を筆者が仮訳したものである。
(注)ストックス(STOXX)欧州600指数とは、STOXX社(スイス・チューリヒに本拠を置くインデックス・プロバイダー。ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ17か国における欧州証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型指数である。

KAMの定義と決定のプロセス
 監査上の主要な検討事項(KAM)は、ISA701において、「当年度の財務諸表監査において、監査人が職業的専門家として最も重要であると判断した事項。監査上の主要な検討事項は、監査人が統治責任者(わが国では「監査役等」に相当する)とコミュニケーションを行った事項から選択する。」と定義されている(第8項)。また、KAMの決定にあたり、監査人は、次の3点を考慮しなければならないとされている(第9項)。
(a)ISA315「企業とその環境の理解及び重要な虚偽表示リスクの評価」(改訂)にしたがって、重要な虚偽表示リスクが高いと評価された領域、又は特別な検討を必要とするリスクが識別された領域。
(b)見積りの不確実性が高いと識別された会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断が伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断。
(c)当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響
 これらの点を考慮しつつ、監査人は、統治責任者(監査役等)にコミュニケーションを行った事項の中から、監査の実施において特に注意を払った事項(mattersthatrequiredsignificantattention)を決定し、さらに、「監査の実施において特に注意を払った事項」から、「当期の監査において最も重要な事項」をKAMとして絞り込むことになる。
 監査人は、リスク・アプローチに基づく監査計画の策定段階から、監査の過程を通じて監査役等と協議を行うなど、適切な連携を図ることが求められており、KAMはそのような協議(コミュニケーション)を行った事項の中から、監査人が職業的専門家としての判断を行使して絞り込みを行い、決定されるものである。個々の監査上の主要な検討事項の記載内容については、ISA701に次のように定められている(第13項)。
 監査報告書の監査上の主要な検討事項区分における、各監査上の主要な検討事項(KAM)は、財務諸表に記載がある場合には財務諸表における関連する開示へ参照を付した上で、以下を記載しなければならない。
(a)当該事項が財務諸表監査における最も重要な事項の1つであると考えられ、そのため監査上の主要な検討事項であると決定された理由。
(b)当該事項が監査においてどのように対処されたか。

英国企業の監査報告書に記載されたKAMの分析
 まず、ロンドン証券取引所に上場し、FTSE100の構成銘柄に選ばれている企業を中心に、英国企業100社について、各社の監査報告書に記載されていた監査上の主要な検討事項(KAM)の個数や内容を調査・集計した。
 KAMの記載数別に企業を集計すると、表1のとおりとなった。なお、企業数の横にカッコ書きで記載しているのは、1年前(2017年12月期を中心とした2017年度)の企業数である。

 今回調査対象とした英国企業100社の監査報告書で記載されたKAMは合計で432個、1社当たりの平均では4.32個であった。なお、2017年度のKAMは合計で429個、1社当たりの平均では4.29個であったため、全体的な件数は微増であったといえる。監査報告書におけるKAMの記載数で多かったのは3個、4個及び5個の順で、記載数が3個、4個及び5個の企業で全体の58%を占めていた。
 監査報告書にKAMがまったく記載されていなかった企業はなく、KAMの記載が1個だった企業と業種、及びKAMとして記載されていた項目並びに会計監査人を示すと、表2のとおりである。

 2017年度にバラット・デベロップメンツ社の監査報告書で記載されたKAMは2個、ハーグリーブス・ランズダウン社の場合は2年連続して1個(記載項目も2年連続で収益認識)であった。
 次に、KAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かったものを示すと、表3のとおりであった(監査報告書にKAMとして記載された個数が10件以上のものをピックアップした)。なお、表3でも、参考として、2017年度の監査報告書に記載された個数を併記している。

 収益認識やのれん、無形資産といったおなじみの項目のほか、不確実な税務ポジションや繰延税金資産・負債、引当金や偶発負債(訴訟)等、いわゆる会計上の見積りに関連する項目が上位に並んでいる。全体としてみると、2017年度と2018年度で各社の監査報告書に記載されたKAMの項目には大きな相違は見られない。しかし、個別の項目について2017年度と比較すると、収益認識が7件増えており、これはIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」が2018年12月期から強制適用になったことによる影響が大きいと考えられる。また、のれんや取得(企業結合)の会計処理が大幅に増えているのは、英国の企業によるM&Aが2018年度も引き続き活発であった証拠と言えるのではないか。なお、子会社に対する投資の回復可能性は、連結ベースのKAMではなく、親会社の個別財務諸表上のKAMである。
 2017年度も同様であったが、金融機関の監査報告書で、ITシステムと内部統制がKAMとして記載されるケースが多い。また、表3の一番最後に出てくる「例外的事項(exceptionalitems)」とは、我が国では「特別損益項目」とされる項目である。これらは、IFRSでは営業損益に含められるため、営業損益の内訳としてどのように表示するかが論点になりうる。
 また、詳細はこのあと紹介するが、「英国によるEUからの離脱(Brexit)に伴う不確実性の監査への影響」がKAMとして監査報告書に記載されていた企業が5社あった(いずれも金融機関・保険会社であった)。

英国以外の欧州企業の監査報告書に記載されたKAMの分析
 次に、STOXX600株価指数の構成銘柄として採用されている欧州の企業のうち、英国以外の企業を100社選定し、英国企業と同様の方法・内容による分析を試みた。調査対象とした100社の監査報告書に記載されたKAMは合計で342個。1社平均だと3.42個であった。2017年度の実績はそれぞれ合計で340個、1社あたり3.40個のため、KAMの記載個数はほぼ横ばいであったということができる(前述の英国企業もほぼ横ばいであった)。英国企業の監査報告書に記載されているKAMは平均で4.3個程度であるため、欧州大陸の企業の方が約1個、少ないことになる。この傾向は2017年度から変わっていない。
 KAMの記載数別に企業数を集計すると、表4のとおりとなった。なお、表1と同様に、企業数の横にカッコ書きで記載しているのは、1年前(2017年12月期を中心とした2017年度)の監査報告書にKAMとして記載された個数である。

 英国企業の場合と同様に、監査報告書にKAMが1個も記載されていない企業はなかった。また、監査報告書にKAMが1個のみ記載されていた企業と所在国、業種及びKAMとして記載されていた項目並びに会計監査人を示すと、表5のとおりであった。

 上記の各社のうち、スウォッチ・グループは2017年度もKAMは1個であった(ただし、記載された項目は棚卸資産の評価であった)。
 次に、KAMの項目別に、記載された個数が多かったものを示すと、表6のとおりであった(KAMとして記載された個数が10件以上の項目をピックアップした)。表3の英国企業の場合と同様に、見積りの不確実性が高い項目が上位に並んでいるが、欧州大陸の企業の場合には、のれんや無形資産に関連する項目が占める割合がより高くなっている。

 なお、表6でも、参考として、2017年度の監査報告書にKAMとして記載された個数を併記している。
 欧州大陸の企業についても、英国企業の表3で紹介したのと同じような傾向が見てとれる。すなわち、のれんやその他の無形資産の評価(減損処理等)がKAMとして取り上げられることが増え、IFRS第15号の強制適用に合わせて、収益認識も大きく個数を増やしている。また、企業や事業の取得や処分等も活発に行われたことが伺える。

Brexitに関するKAMの記載
 Brexit(ブレグジット)とは、英国が欧州連合から離脱することを指す。2016年6月に行われた国民投票により、英国民の過半数がEUからの離脱を支持したことから手続が開始された。ただ、その後の英国における政治の混乱等もあってまだ離脱は実現しておらず、英国・EU双方の妥協によって、現時点では最長で10月末日までの離脱延期が承認されてはいるものの、「合意なき離脱」の可能性は残っており、不透明感が増してきている。
 表7の5社の2018年度の年次報告書に対する監査報告書において、Brexitに伴う不確実性が監査に及ぼす影響が、KAMとして記載された。5社はいずれも、英国の金融機関である。

 一見してすぐにわかる特徴点は、会計監査人がすべてKPMGということである。本稿ではバークレイズ社のものを紹介するが、他の4社のKAMの記載も、内容や様式はほぼ似通っていた。EY、PwCやデロイトが監査を担当する企業(金融機関を含む)では、Brexitに関する不確実性の影響がKAMとして記載されている事例は今回の調査では見当たらなかったことから、KPMGがファームポリシーとして、大手金融機関の顧客についてはBrexitに関する不確実性の影響をKAMとして記載するように、各監査チームに推奨した可能性もある。

バークレイズ社の監査報告書におけるKAMの記載
 バークレイズ社の監査報告書では、「英国がEUから離脱することに起因する不確実性が我々の監査に与える影響」として、まず、リスクの描写にあたって、「前例のない水準の不確実性(unprecedentedlevelofuncertainty)」という表題が付されている。そして、Brexitは、英国におけるもっとも重要な経済事象の一つであり、監査報告書日現在ではBrexitによる結果が与える影響は、前例のない水準の不確実性の下にあって、あらゆる可能性による影響は不明である、と記載されている。これに対して監査上の主要な検討事項(KAM)に対応した方法として、会計監査人は、監査の計画及び実施に当たって、Brexitから生じる不確実性を検討するための、事務所全体での標準化されたアプローチを開発したとしており、①Brexitに関する我々の知見(OurBrexitknowledge)②感応度分析(Sensitivityanalysis)及び③透明性を評価する(Assessingtransparency)、の3つに分けて、以下のように説明している。
① Brexitに関する我々の知見
 我々はBrexitに関連する、当社グループと親会社のビジネス及び財務リソースに対するリスクの源泉に関する取締役の評価を、リスクに対する我々の理解と比較して検討した。
② 感応度分析
 貸付金の減損と顧客への前渡金、予測に依存するその他の領域に対応する際に、我々は取締役による分析とBrexitの不確実性の結果生じる可能性がある、あらゆるシナリオに対する我々の評価とを比較するとともに、予測キャッシュ・フローを当初の実効金利とは異なる金利で割り引かなければならない場合には、残存する不確実性のレベルに見合った割引率の調整を検討した。
③ 透明性を評価する
 我々が貸付金や顧客への前渡金の減損を評価する手続の一部として、個別の開示を評価することに加え、リスクの全体像に関する我々の理解と比較しながら、Brexitに関する開示(戦略報告書の開示も含む)も一緒に検討した。
 そしてその結果として(Ourresults)、「結果としての見積りや関連する貸付金や顧客への前渡金に関する開示、及び継続企業に関連する開示は、我々は許容可能であると考えた。」と記載されているが、最後に、「しかしながら、監査によって、未知の要因又はすべての起こりうる、会社にとっての将来の示唆を予測することができるとされてはならない。そしてこのことは、Brexitに関連する場合に特に当てはまる」と付記されている。

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