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解説記事2019年08月05日 【特別解説】 監査法人の強制ローテーションと共同監査(2019年8月5日号・№798)

特別解説
監査法人の強制ローテーションと共同監査

はじめに

 2020年3月期から、我が国における監査の透明化の目玉となる開示として、監査上の主要な検討事項(KAM)の開示が開始される(強制適用は2021年3月期から)が、欧州では、KAMの開示(2018年12月期から)に加えて、2015年後半から2016年にかけて、監査法人の強制ローテーション制度(一定期間ごとに入札の実施を義務付ける制度)が法制化されている。しかし、「監査の透明化」の先進地域であるはずの欧州(英国)において、後述するように、監査制度を揺るがしかねないような大きな問題が持ち上がっており、監査に関わる制度の更なる変更も提案されている。
 本稿では、欧州における監査法人の強制ローテーション制度の概要を述べた後、現在英国において議論されている問題点と、それを解決するために提案されている施策、さらには英国と海を隔てて隣り合っているフランスにおいて既に制度化されている共同監査の現状を紹介することとしたい。

欧州における監査法人の強制ローテーション制度の概要
 EU法定監査規則(第17条)に定められている監査法人の強制ローテーション制度の概要は次のとおりである。なお、この法定監査規則はいずれも2014年6月16日に効力を発生し、翌17日に施行された。
(a)PIE(社会的影響度の高い事業体)の監査人を任命する場合、初回の任期については、原則として、最短任期を1年(更新可能)とし、最長継続任期を10年(更新されている場合は、更新前の期間と合算)とする。ただし、加盟国は、1年より長い最短任期、又は10年より短い最長継続任期を設定することができる。
(b)最長継続任期経過後、会計監査人は、同一ネットワークに属するメンバーファームを含め、当該PIEに対して4年間会計監査を実施してはならない。
(c)加盟国は、以下の場合において、最長継続任期の延長を可能とすることができる。
 -最長継続任期経過後、公開入札が行われた場合(20年まで延長可能)
 -共同監査を実施し、共同監査報告書が提出された場合(24年まで延長可能)
(d)(公開入札による20年までの延長、共同監査による24年までの延長について)監査委員会の推薦に基づき、経営機関又は監督機関が、当初の最長継続任期の延長を株主総会に提案し、これが承認された場合、最長継続任期の延長が可能となる。
(e)例外的に、PIEが規制当局に最長継続任期の延長を依頼し、これが許可された場合、(公開入札による20年までの延長、共同監査による24年までの延長について、延長後の最長継続任期を超えて、更に)2年を上限として会計監査人の再任が可能となる。

カリリオン事件と事件後の英国での動き
 2018年1月に、英国の建設業大手のカリリオン(Carillion)社が、即時の会社清算を裁判所に申請したと発表された。報道によると、カリリオン社は英国の建設業では第2位であり、公共案件に強みを持つ企業である。カリリオン社は多額の借入金の返済に行き詰まり、取引銀行や政府に資金支援を申し入れていたが、交渉で合意を得られなかったとのことであった。英国では、監査上の主要な検討事項(KAM)の開示が2013年12月期から制度上要求されていたが、カリリオン社の会計監査人であったKPMGが、2013年12月期から最後に公表された年次報告書である2016年12月期までの監査報告書に記載したKAMは、「工事契約の収益、マージン、及び関連する債権と債務の認識」や「のれんの簿価」など、建設業の企業やその他の企業において全般的によく見られる、一般的な項目ばかりであった。また、継続企業の前提に疑義がある旨の会社による注記は経営破綻までに一度も行われておらず、会計監査人も、監査報告書において、継続企業の前提に関して経営者が行った判断に同意していた。
 これまでのところ、カリリオン社の破綻直前に粉飾決算があった等の報道は特になされてはいないが、2016年12月期には多額の役員報酬や配当の支払いを行っていること、破綻の数か月前(2017年秋)に突如として多額の利益下方修正を行ったことなどが問題視され、英国議会が調査を行った。この報告書ではカリリオン社のガバナンスのみならず、監査のあり方についても強い批判がなされていた。具体的には、4大監査事務所(KPMG、Deloitte、EY及びPwCの「Big4」。)による寡占の状況が、品質向上の基礎となる健全な競争を妨げているとの指摘がなされたのである。そしてその後、さらに監査市場改革や監査規制当局の改革、全体的な監査の品質及び実効性のレビューという3つの領域に分けて検討が行われ、2019年4月18日に英国競争・市場庁(CMA)は、監査市場改革案の提言をまとめた最終報告書を公表した。
 当該報告書においては、監査市場における市場弾力性と選択肢の増加のための1つの方策として、共同監査制度の導入が提言されている。すなわち、
① 原則としてFTSE350(ロンドン証券取引所に上場する時価総額上位350銘柄。これらの企業の96.8%の監査をBig4が実施しているとされている。)企業の監査について、2会計事務所による共同監査を提案。一方の監査事務所はBig4以外でなければならない。
② ただし、制度導入当初は、非Big4の受入態勢が整っていないことを考慮し、FTSE350企業のうち最も大規模・複雑な企業等の適用を免除。また、非Big4を単独監査人として選任する場合も免除される。
③ 共同監査の免除を受ける上記企業には、ホットレビュー形式(監査意見の表明前にリアルタイムで監査の内容をレビューすること)によるピア・レビュー(同業者による監査調書のレビュー)制度が適用される。そして、レビューアーには原則として非Big4監査事務所が選任される。レビューアーは監査意見には責任を負わず、レビュー結果を当局に対して報告する。
④ 導入スケジュールとして、企業は遅くとも次回の入札時点で共同監査に移行しなければならない(早期適用可)。
⑤ 競争に関する懸念が解消されたと判断されるまで制度を継続する。
 Big4による監査市場の寡占状態が「悪」であることを前提として、Big4を狙い撃ちにした「劇薬」に近い提言となっている。
 英国と海を挟んで向かい合っているフランスの企業に対しては、すでに共同監査が義務付けられている。以下では、フランスにおける制度の運用状況を概観することとしたい。

フランスにおける共同監査制度
 日本公認会計士協会のホームページでは、共同監査は次のように説明されている。
 複数の監査法人または会計事務所が、共同で一つの企業の監査を行うこと。例えば企業が合併した際に、その後の監査を双方の会社の監査事務所が共同で監査を行う場合などがある。表明した監査意見は、共同で責任を負うことになるので、共同監査人の間では緊密な意思の疎通を図るとともに、お互いの事務所の品質管理体制を確認し、共同監査に関する方針や手続き、役割分担等をしっかりと定め、監査が実施されることとなる。
 我が国では、上記の説明にもあるように、企業が合併した際に、その後の監査を双方の会社の監査事務所が共同で監査を行うような場合を除くと、共同監査が行われるケースは稀である。しかし、フランスでは、従来から法律により、連結財務諸表の作成が要求されている企業は共同監査が義務付けられている(北海道大学の蟹江章教授の論文「フランスの共同会計監査役制度」によると、フランスにおける共同監査制度の歴史は古く、1966年7月24日付商事会社法によって共同会計監査役制度が導入されたとのことである。)。そして、新EU法定監査規則では、共同監査の場合には共同監査人間の牽制が働くことを理由に24年の最長継続任期が認められており、フランスの国内法においても、同様に共同監査の場合の監査法人の最長継続任期を24年としている。
 金融庁が作成した「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)」によると、フランスでは連結財務諸表の作成が義務付けられる企業には2つ以上の監査法人で会計監査が行われていることから、中小規模の監査法人も、Big4と同国に基盤を有するMazarsを合わせたBig5と共同監査を行うことでPIEの会計監査に携わっており、共同監査は中小規模の監査法人がPIEの監査業務の経験を積む機会を提供し、監査法人の育成に資すると考えられているとのことである。さらに調査報告では、監査法人の選択肢が限られている状況では、監査法人の強制ローテーション制度の円滑な実施は難しいのではないかとの懸念については、共同監査は複数の監査法人の組み合わせによる人員確保を可能とし、中小監査法人を育成することにより監査市場の寡占状態の改善を図ることができるため、監査法人の強制ローテーション制度の円滑な実施に資すると考えられている、と共同監査に対する前向きなコメントが記載されている。

フランス企業が会計監査人に支払っている報酬と各監査事務所のシェア
 フランスにおいて、企業が会計監査人に支払っている報酬の水準や各監査法人のシェアはどのようになっているであろうか。本稿では、STOXX株価指数(注1)を構成する銘柄のうちフランス企業74社について、報酬の金額(監査報酬と非監査業務報酬とを合計したもの)と会計監査人を調査した。なお、データはいずれも各社の2018年度(2018年12月期の企業がほとんど)のレジストレーション・ドキュメントやアニュアル・レポートに記載された開示を和訳・円貨に換算したものである。
(注1)スイス・チューリッヒに本拠を置く、インデックス・プロバイダーであるSTOXX社(ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ先進17か国における証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型株価指数である。
 まず、フランスの企業が会計監査人に支払った報酬全体の水準を見てみると、STOXX株価指数を構成する主要な欧州企業(フランス企業を除く)100社の報酬(監査報酬と非監査業務報酬の合計額)の平均が16億75百万円であるのに対して、フランス企業74社の報酬(監査報酬と非監査業務報酬の合計額)の平均は17億30百万円であり、大きな差はみられなかった。
 また、今回調査対象としたフランス企業の中で、会計監査人に対して支払っている報酬金額が大きい企業を列挙すると表1のとおりである。

 次に、Stoxx株価指数を構成する主要な欧州企業(フランス企業を除く)の中で、会計監査人に対して支払っている報酬金額が大きい企業を列挙すると、表2のとおりである。

 米国や我が国においても同様であるが、銀行業・保険業等の金融機関や電力・ガス等の公益企業、企業規模が巨大な資源・インフラ系の企業が支払う報酬額が大きいという傾向がみられる。
 次に、完成車メーカーと自動車部品メーカーを題材に、業務内容や売上規模が類似する欧州、及びフランスの個別企業の監査報酬の水準を見てみると、表3のとおりであった。

 会計監査人に支払った報酬は各社ごとに相当ばらつきがあり、所在国をくくりとした単純な比較は困難であるが、複数の会計監査人の監査を受けているフランスの企業が支払っている報酬が他国に比較して大幅に高いという傾向は特に見られなかった。
 最後に、調査対象としたフランス企業74社について、会計監査人の担当会社数を一覧にすると、表4のとおりであった。

 フランスにおいてもBig4が大きなシェアを持っていることは他国と変わらないが、同国に基盤を有するマザーが健闘しており、Big4の牙城を崩している。
 なお、調査対象の74社のうちの5社(BNPパリバ、BPCE、カルフール、ナティクシス及びPSAグループ)は、3つの会計事務所による共同監査を受けていた。

おわりに
 カリリオン社の破綻を契機とする監査制度改革をめぐって揺れ動いている英国であるが、いわゆるEU離脱問題(Brexit)もなかなか先が見通せずに、政治的・経済的にも極めて不安定な状況に置かれている。また、共同監査の長い歴史を持つフランスも、「黄色いベスト」運動や極右政党の躍進など、内憂外患の状態が続く。幸いにデモ行進やテロ事件等とはほぼ無縁で、全体的にみて平和と好景気を謳歌している米国や我が国に比べると、欧州は政治的にも経済的にも極めて厳しい状況に置かれていると考えざるを得ない。そして、今後予定される欧州議会の選挙や英国における政権交代後の国家運営など、これ以後も不確定要素のオンパレードであり、このような状況は当然に企業業績や将来見通しの悪化に直結して、会計上の不祥事の誘因を高めることにもなりかねない。
 監査法人のガバナンス・コードや監査上の主要な検討事項(KAM)など、監査の透明化に関する施策は欧州(EU)各国の制度化が先行し、我が国や米国がそれに追随するという流れが続いているが、本稿で取り上げた監査法人の強制交替(定期的な入札の実施)制度や共同監査制度も、欧州での導入から数年後に我が国にも導入される可能性がないとは決して言いきれない。2019年度からのKAMの導入開始早々に、カリリオン事件のようなことが我が国でも起これば、我が国の監査制度改革のスピードが一気に加速する可能性も考えられる。上場会社の監査市場では、いわゆるBig4が極めて大きなシェアを占めている状況は、我が国も英国と大差ないことから、フランスにおける共同監査の事例や英国における監査制度改革の行方は、我が国にとっても決して対岸の火事ではなく、「明日は我が身」と考えておくべきであろう。本稿でも一部紹介したような共同監査、定期的な入札制度の適用状況や導入後の動向の分析、導入によるメリット・デメリットの分析等を、制度を導入するかどうかにかかわらず、怠ってはならないと考える。

参考資料
・監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告) 平成29年7月20日 金融庁
・本誌 No.752(2018年8月27日発行) 特別解説「監査上の主要な検討事項(KAM)欧州企業による開示事例の調査③」
・週刊経営財務 No.3407(2019年5月13日号)監査をめぐる英国の状況と日本企業への影響
・蟹江章 「フランスの共同会計監査役制度」2016年6月9日 北海道大学 経済学研究
・日本公認会計士協会ホームページ

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