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解説記事2022年06月06日 論考 法人処罰と役員等の損害賠償責任−日産自動車金商法違反事件−(2022年6月6日号・№933)

論考
法人処罰と役員等の損害賠償責任
−日産自動車金商法違反事件−
 神奈川大学法学部教授 葭田英人

1 はじめに

 2022年3月3日、東京地方裁判所は、カルロス・ゴーン元会長ならびにグレック・ケリー元代表取締役の両名が共謀して、有価証券報告書にカルロス・ゴーン元会長の報酬額を過少記載して提出した事件について、日産自動車に対して、金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)により罰金2億円の有罪判決を言い渡した。しかし、法人としての日産自動車は、この判決に対する控訴を行わないことに決定した。なお、金融庁からも、2020年2月27日付で、虚偽有価証券報告書を提出したものとして、課徴金納付命令の決定がされている。
 金融商品取引法に基づいて、法人の罰金・課徴金について役員等に対して損害賠償請求することの可否について、日産自動車金商法違反事件を通して、法人処罰の特徴を明らかにし、そのあり方を検討することが本稿の目的である。

2 日産自動車金商法違反事件の概要

 日産自動車金商法違反事件は、有価証券報告書の役員報酬過少記載からはじまり、カルロス・ゴーン元会長の特別背任罪を追及する事件に発展している。有価証券報告書のカルロス・ゴーン元会長の役員報酬過少記載は、2011年3月期から2018年3月期の8年間で約91億円であるとして、証券取引等監視委員会は、カルロス・ゴーン元会長と法人としての日産自動車を刑事告発し、その後2018年12月10日、東京地検特捜部はカルロス・ゴーン元会長、グレック・ケリー元代表取締役、法人としての日産自動車を金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)で東京地方裁判所に起訴し、2022年3月3日、グレック・ケリー元代表取締役に対して懲役6か月、執行猶予3年の有罪判決、法人としての日産自動車に対して、求刑通り罰金2億円の有罪判決が下されている。
 なお、この事件は、内部通報を受けたことから内部調査を行い、不正に関与した元秘書室長らが司法取引を行って検察の調査に協力したものとされている。したがって、元秘書室長らは不起訴となり逮捕を免れた。
 証券取引等監視委員会の課徴金納付命令の勧告は、時効5年にかからない2015年3月期から2018年3月期の4年分が対象となった。本来の課徴金の算定額は、約40億円であったが、証券取引等監視委員会の調査が始まる前に日産自動車が違反事実を自主申告していたことから減免制度が適用され、約24億2,500万円となった。
 さらに、2020年2月27日付で、金融庁からも重要な事項につき虚偽の記載がある有価証券報告書を提出したものとして、課徴金納付命令の決定がされているが、この課徴金納付命令の決定のうち、今回の刑事裁判と同一事件に係る部分として課徴金10億1,864万5,000円については、今回の判決による罰金額を控除した額に変更する処分が行われることになる(金融商品取引法185条の8第6項)。
 なお、課徴金制度は、行政処分の1つで、刑事罰を科すまでに至らない事件について対応する制度である。課徴金は金融庁の裁量で会社に科されるもので、役員等には科されることはない。
 課徴金が科される場合には、証券取引等監視委員会が内閣総理大臣と金融庁長官に対して課徴金納付命令の勧告を行い、金融庁で審判手続が行われてから、金融庁が納付命令を行うことになる。
 また、有罪判決を受けた元代表取締役のグレック・ケリー被告(控訴中)に対し、日産自動車は、この事件を巡って日産自動車が金融庁から納付を命じられた課徴金約24億2,500万円のうち、すでに納めた約14億円については、ケリー被告が職務上の義務を怠ったために生じた損害だとして、約14億円の損害賠償を求めて横浜地方裁判所に1月19日付で提訴している。
 なお、元会長のカルロス・ゴーンについては、2020年2月12日、日産自動車は、会社資金を私的に流用したなどとして、100億円の損害賠償請求訴訟を横浜地方裁判所に起こしている。日産自動車が金融庁に支払う課徴金や刑事裁判の罰金なども上乗せされ、損害賠償請求額はさらに増えることになると見込まれる。
 また、裁判では、役員報酬過少記載となった91億円は、カルロス・ゴーン元会長には実際には支払われていなかった。退職後に、顧問料などの形で支払われる予定の未払金だった。しかし、「企業内容等の開示に関する内閣府令」において、未払金であっても「見込額が明らかになった場合」は開示しなければならないと定義されていることから開示義務があったとされた。
 つぎに論点となったのは、未払報酬について、開示しなかったことが「虚偽記載」に当たるのか、それとも「不記載」にとどまるのかということであった。金融商品取引法172条の4では、「虚偽記載」については、課徴金の行政処分とともに、刑事罰の対象と規定されている。一方、「不記載」については、行政処分のみとなっている。
 判決理由のなかで、虚偽記載については、「投資判断を誤らせる危険性がより高いことから、悪質性が高く、刑事罰をもって抑制すべきと考えられる」とし、「不記載」については「情報を投資者に提供しなかったにとどまる」として、有価証券報告書への「虚偽記載」にあたると判示した。

3 法人処罰による影響

 一般的に、法人が処罰を受けた場合には、国や地方自治体が発注する公共事業等において、指名競争入札に参加することができなくなる可能性が高い。また、それまで受けていた許可等が取り消されることにもなりかねない。法人税法上も、罰金は経費とすることができず(損金不算入)、経営上の負担となる。さらに、その事件の大きさ、事件を起こした人物の知名度等から大きく報道されることになる。特に、日産自動車金商法違反事件の場合には、日本を代表する大企業の不祥事であり、元会長のカルロス・ゴーンは、世界的な著名人であることから、社会的影響が大きいこともあり、法人としての社会的評価は大きく傷つけられたことから、今後の経営への悪影響が懸念される。

4 法人処罰の特徴

 刑法では、刑を科される者は人間(自然人)であり、処罰されるのは、実際の行為者である役員等であって法人ではない。しかし、他の法では、犯罪が行われた場合、役員等だけでなく、役員等と関係がある法人を処罰する旨の「両罰規定」を置くことが多い。
 法人である会社に懲役や禁固刑を科しようがないため、会社に科される刑は、罰金のような財産刑に限られる。大企業には、懲罰として機能し、抑止効果のある罰金を科す必要性があることから、不正競争防止法では上限を10億円とする罰金が、金融商品取引法では上限を7億円とする罰金が科されることが規定されている。
 法人処罰に関して、両罰規定に基づく法人の責任の根拠が問題であり、役員等の責任と法人の責任の関係をどのように捉えるべきかを明らかにする必要がある。日産自動車の金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)は、法人の行為なのか、役員等の行為なのか、法人が起訴された場合、両罰規定により法人の処罰は免れることはなく、今日まで法人の責任の存否が検討されることはなかった。
 日本においては、一般的に、会社の利益のために行われた犯罪において、役員等が実刑になることはほとんどなく、執行猶予が付くのが通例である。これは、欧米諸国では、会社の利益は、その利益に貢献した役員等に還元されるが、日本においては、違法行為による利益は、ほとんど会社の利益となるという違いがあることに起因するものと思われる。
 しかし、法人の違法行為は、役員等の行為により行われるものであり、役員等の経営判断については、判断の前提となる事実認識を不注意で誤らなかった場合、あるいは、事実に基づく判断が著しく不合理でない場合は、その判断によって結果的に会社に損害が発生したとしても、役員等としての善管注意義務違反には当たらない。そもそも法令に違反する行為があった場合には、経営判断の原則の適否が問題となることはなく、役員等は損害賠償責任を負うことになる。
 したがって、役員等の違法行為によって会社が利益を得た場合には、両罰規定の適用は認められると思われるが、役員等の違法行為によって会社が損失を被った日産自動車金商法違反事件のような場合には、役員等の違法行為により行われた犯罪を、両罰規定により法人も処罰されることの妥当性が問題となる。やはり、企業犯罪における両罰規定のあり方を見直す必要がある。

5 法人処罰のあり方

 役員等の任務懈怠と因果関係がある限り、会社に対する罰金や課徴金も役員等に対する損害賠償の対象とするのか、法人に科せられた罰金や課徴金を役員等に損害賠償請求することは認められるべきでないとするのかどうかが問題となる。法人処罰規定は、法人に直接に罰金や課徴金を科すことで、法人の違反行為防止という行政目的を達成するためのものであり、これを役員等の損害賠償の対象に含めると、法人自体を罰することの意義がなくなる。
 法人の刑事責任については、法人固有の責任であるとする考え方と代位責任とする考え方(国が法人を処罰し、その後、違法行為に関与した役員等に対して責任を追及するとする考え方)がある。法人固有の責任とすることは、役員等への損害賠償請求を否定することになる。法人に対する罰金や課徴金を法人固有の責任とした場合、罰金や課徴金の経済的不利益は法人の株主等の利害関係者(ステークホルダー)が負担することになる。これに対し、代位責任とする場合、違法行為に関与した役員等は損害賠償責任を負うことになるため、より直接的に違法行為の抑止効果が生じる。
 従来の法人処罰の議論においては、法人の利益帰属者である株主等のステークホルダーの利害関係は十分に考慮されてこなかったことから、再検討が必要である。今回の日産自動車金商法違反事件の場合においては、原則どおり両罰規定が適用され、法人としての日産自動車には罰金や課徴金が科され、元代表取締役のグレック・ケリーに対して懲役6か月、執行猶予3年の有罪判決が下された。しかし、法人処罰としての日産自動車の罰金や課徴金の経済的不利益は、法人の株主等のステークホルダーが負担することになることが妥当であるかどうか疑問である。一方、違法行為に関与した役員等の経営責任として損害賠償責任を追及することは理に適ったことである。なお、日産自動車は、元代表取締役のグレック・ケリー(控訴中)被告に対して、約14億円の損害賠償を求めて提訴したことは当然のことであろう。今後、法人自身の処罰がどのような場合に成立するのか、法人が支払った罰金・課徴金について役員等に対して損害賠償請求することの是非について根本的な検討が必要である。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など。

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