解説記事2022年06月20日 特別解説 監査意見の不表明と限定付適正意見①(2022年6月20日号・№935)

特別解説
監査意見の不表明と限定付適正意見①

はじめに

 下記のように、ここ数年、監査基準等の改訂が相次いでおり、会計監査人を取り巻く環境が大きく変化している。
 監査報告書の情報価値をより高めることを目的として、監査報告書に記載される内容、すなわち、監査基準の「報告基準」を強化する形での改訂が相次いでなされている。
 また、このほかに、2021年11月19日付で、「監査に関する品質管理基準」も大幅な改訂が行われた。この結果、監査を取り巻く主要な基準書でここしばらく改訂が行われていないのは、オリンパスの不正会計を契機に導入された「不正リスク会計基準(平成25年3月26日設定)」のみとなった。
 本稿で取り上げるのは、2019年9月の監査基準の改訂である。

監査基準の改訂(2019年9月)

 2019年9月の改訂が行われる前の監査基準では、無限定適正意見以外の場合の監査報告書について、意見の根拠の区分に以下の事項をそれぞれ記載しなければならないとされていた。
・意見に関する除外により限定付適正意見を表明する場合には、除外した不適切な事項及び財務諸表に与えている影響
・不適正意見の場合には、財務諸表が不適正であるとした理由
・監査範囲の制約により限定付適正意見を表明する場合には、実施できなかった監査手続及び当該事実が影響する事項
・意見を表明しない場合には、財務諸表に対する意見を表明しない旨及びその理由
 無限定適正意見以外の場合、監査人の判断の背景や根拠となった事情は、財務諸表利用者の意思決定に対して重大な影響を与え得るため、監査報告書において意見の根拠を十分かつ適切に記載しなければならないが、2019年9月の監査基準の改訂が行われるまでは、特に限定付適正意見の場合に関し、なぜ不適正意見ではなく限定付適正意見と判断したのかについての説明が不十分な事例が見られるとの指摘があった。
 この点に関して、改訂前の監査基準は、意見の除外により限定付適正意見を表明する場合には、監査報告書の意見の根拠の区分において、「除外した不適切な事項及び財務諸表に与えている影響」を記載する中で、不適正意見ではなく限定付適正意見と判断した理由についても説明がなされることを想定していた。
 しかしながら、前述のような指摘も踏まえ、財務諸表利用者の視点に立った分かりやすく具体的な説明の記載が求められることから、監査基準上、意見の根拠の区分の記載事項として、除外した不適切な事項及び財務諸表に与える影響とともに、これらを踏まえて除外事項に関し重要性はあるが広範性はないと判断し限定付適正意見とした理由を記載しなければならないことを明確にするように改訂が行われた。
 同様に、監査範囲の制約により限定付適正意見を表明する場合も、意見の根拠の区分において、実施できなかった監査手続及び当該事実が影響する事項とともに、これらを踏まえて除外事項に関し重要性はあるが広範性はないと判断し限定付適正意見とした理由を記載しなければならないことを明確にする改訂が行われた。
 これを踏まえて、改訂後の監査基準の定めは次のようになった。

意見に関する除外

1 監査人は、経営者が採用した会計方針の選択及びその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が無限定適正意見を表明することができない程度に重要ではあるものの、財務諸表を全体として虚偽の表示に当たるとするほどではないと判断したときには、除外事項を付した限定付適正意見を表明しなければならない。この場合には、意見の根拠の区分に、除外した不適切な事項、財務諸表に与えている影響及びこれらを踏まえて除外事項を付した限定付適正意見とした理由を記載しなければならない。
2 監査人は、経営者が採用した会計方針の選択及びその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が財務諸表全体として虚偽の表示に当たるとするほどに重要であると判断した場合には、財務諸表が不適正である旨の意見を表明しなければならない。この場合には、意見の根拠の区分に、財務諸表が不適正であるとした理由を記載しなければならない。

監査範囲の制約

1 監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、無限定適正意見を表明することができない場合において、その影響が財務諸表全体に対する意見表明ができないほどではないと判断したときには、除外事項を付した限定付適正意見を表明しなければならない。この場合には、意見の根拠の区分に、実施できなかった監査手続、当該事実が影響する事項及びこれらを踏まえて除外事項を付した限定付適正意見とした理由を記載しなければならない。
2 監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったときには、意見を表明してはならない。この場合には、別に区分を設けて、財務諸表に対する意見を表明しない旨及びその理由を記載しなければならない。
3 監査人は、他の監査人が実施した監査の重要な事項について、その監査の結果を利用できないと判断したときに、更に当該事項について重要な監査手続を追加して実施できなかった場合には、重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明の適否を判断しなければならない。
4 監査人は、将来の帰結が予測し得ない事象又は状況について、財務諸表に与える当該事象又は状況の影響が複合的かつ多岐にわたる場合には、重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明ができるか否かを慎重に判断しなければならない。

無限定適正意見以外の監査意見(除外事項付意見)の類型

 無限定適正意見以外の監査意見(除外事項付意見)については、監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」に規定されている。
 除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、及び意見不表明の三つの類型がある。そして、除外事項付意見を表明する場合にどの類型の意見を選択するのが適切かについては、以下の事項に基づいて決定されるとされている(第2項)。
(1)除外事項付意見を表明する原因が、以下のいずれの性質を有しているか。
・財務諸表に重要な虚偽表示がある場合
・十分かつ適切な監査証拠が入手できず、重要な虚偽表示の可能性がある場合
(2)除外事項付意見を表明する原因となる事項が財務諸表に及ぼす影響の範囲、又は及ぼす可能性のある影響の範囲が広範なものかどうかという監査人の判断
 そして、監査人は、以下の場合、監査報告書において除外事項付意見を表明しなければならないとされている(第5項)。
(1)監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて、全体としての財務諸表に重要な虚偽表示があると判断する場合
(2)監査人が、全体としての財務諸表に重要な虚偽表示がないと判断するための十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合
 さらに、限定意見、否定的意見、及び意見不表明としなければならないのは、それぞれ次のような場合である。
① 限定意見(第6項)
 監査人は、以下の場合、限定意見を表明しなければならない。
(1)監査人が、十分かつ適切な監査証拠を入手した結果、虚偽表示が財務諸表に及ぼす影響が、個別に又は集計した場合に重要であるが広範ではないと判断する場合
(2)監査人が、無限定意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、かつ、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が、重要であるが広範ではないと判断する場合
② 否定的意見(第7項)
 監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手した結果、虚偽表示が財務諸表に及ぼす影響が、個別に又は集計した場合に、重要かつ広範であると判断する場合には、否定的意見を表明しなければならない。
③ 意見不表明(第8項、第9項)
 監査人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、かつ、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が、重要かつ広範であると判断する場合には、意見を表明してはならない。
 監査人は、複数の不確実性を伴う極めてまれな状況において、たとえ個々の不確実性については十分かつ適切な監査証拠を入手したとしても、それらが財務諸表に及ぼす可能性のある累積的影響が複合的かつ多岐にわたるため、財務諸表に対する意見を形成できないと判断する場合には、意見を表明してはならない。
 ここで、否定的意見(不適正意見)や意見不表明と限定付適正意見との分岐点となるキーワードである「広範(pervasive)」は、次のように定義されている(第4項)。

 未修正の虚偽表示が財務諸表全体に及ぼす影響の程度、又は監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表全体に及ぼす可能性のある影響の程度について説明するために用いられる。財務諸表に対して広範な影響を及ぼす場合とは、監査人の判断において以下のいずれかに該当する場合をいう。
① 未修正又は未発見の虚偽表示の及ぼす影響が、財務諸表の特定の構成要素、勘定又は項目に限定されない場合
② 未修正又は未発見の虚偽表示の及ぼす影響が、特定の構成要素、勘定又は項目に限定されているものの、財務諸表全体としての虚偽表示に当たる場合、又は当たる可能性がある場合
③ 注記事項における未修正又は未発見の虚偽表示の及ぼす影響が利用者の財務諸表の理解に不可欠であると判断される場合

 したがって、ある事象が限定付適正意見となるのか、あるいは否定的意見、ないし意見不表明となるのかどうかは、当該事象による影響が広範か否かを上記の定義に当てはめて判断してゆくことになる。

不適正意見、意見不表明及び限定付適正意見の表明件数

 日本取引所(東証)のホームページでは、2018年以降に表明された不適正意見、意見不表明及び限定付適正意見の一覧が開示されており、それらをまとめると表1のとおりであった。なお、同一の会社について、事業年度の四半期報告書と有価証券報告書において連続して限定付適正意見等が表明される場合があるが、それらはそれぞれを1件としてカウントしている。

 なお、不適正意見(不適正の結論)が表明された事例はない。
 前述した監査基準の改訂は、2020年3月決算に係る財務諸表の監査から実施することとされた。
 なお、これらの意見及び結論は、いずれも上場会社に対して会計監査人が表明したものである。不適正意見(結論)が表明された事例はまだないものの、意見不表明や限定付適正意見の表明は、特に2020年度以降は決して珍しい事例ではないということができよう。
 以後では、意見(結論)不表明と限定付適正意見(限定付結論)、その中でも特にそれぞれの意見や結論が表明された根拠に焦点を当てて、意見(結論)を表明した会計監査人がどのような判断を下したのかを探っていくこととしたい。なお、取り上げて紹介する事例は、前述の監査基準の改訂(限定付適正意見等を表明した経緯と理由の説明が強化された)後の2020年以降の事例とした。

監査意見(結論)不表明となった各社について、会計監査人がそのように判断した理由

 以下では、監査意見(結論)が不表明となった各社について、会計監査人がそのように判断した理由を簡潔に記載することとする。
 なお、1社につき1度ずつ取り上げており、1社の意見不表明が複数年に跨っている場合は、最初の事例のみ取り上げている。

【2020年】

会社名 監査法人 意見(結論)不表明となった理由(一部要約等あり)
ウェッジHD 監査法人アリア  重要な構成単位であるA社の連結財務情報について、A社の会計監査人にグループ監査に基づく監査及びレビュー業務を依頼しているが、損害賠償請求訴訟の判決に関連してA社の会計監査人の検討が継続しており、計画した監査手続を完了することができなかった。A社の連結財務情報は、会社の当連結会計年度に係る連結財務諸表の数値の大半を占める重要な構成単位であり、連結財務諸表に与える影響は、重要かつ広範であるため、意見不表明とすることとされた。
昭和HD 監査法人アリア  連結子会社A社の子会社B社において、2020年10月6日に、B社等を被告とするシンガポールでの損害賠償請求訴訟の判決が下され、B社ほか被告6名に対し、日本円で約74億円の支払いが命じられた。当該控訴審判決で確定となった債務はその内容を評価し、当社グループ連結決算に組み込むこととなるが、B社の決算を一次的に取り込むこととなるA社の会計監査人であるKPMGの検討は本日時点で継続しており、KPMGによるA社グループの監査レビュー業務は終了していない。この結果、監査法人アリアは、計画していた当社の四半期レビュー手続を完了することができず、他の代替手続によってもB社の連結財務情報に関して結論の表明の基礎となる証拠を入手することができなかったため、当社の四半期連結財務諸表を構成する数値に修正が必要かどうかについて判断ができない状況となった。B社の連結財務情報は、当社の2021年3月期の第2四半期連結会計期間及び、第2四半期連結累計期間に係る四半期連結財務諸表の数値の大半を占める重要な構成単位であり、四半期連結財務諸表に与える影響は、重要かつ広範であるため、監査法人アリアは、当該期間の当社四半期連結財務諸表について、「結論不表明」とすることとした。
理研ビタミン 有限責任あずさ監査法人  当社は、当連結会計年度の四半期連結財務諸表の作成にあたって、連結子会社のC社において実在性が確認できなかった特定の顧客向けのエビ加工販売等の取引に係る売上高を取消し、既入金額を仮受金として計上するとともに、取消した売上に対応する売上原価(特定の仕入先からの仕入高を含む)を特別損失の水産加工品取引関連損失として計上しているが、監査法人は当該売上の計上及び取消し処理について裏付けとなる十分な記録及び資料を当社から入手することができなかった。また、当社は当連結会計年度の四半期連結財務諸表の作成にあたって、C社において過年度より滞留していたたな卸資産に係る評価損を売上原価として計上しているが、監査法人は当該たな卸資産の評価について裏付けとなる十分な記録及び資料を当社から入手することができなかった。さらに、C社の全社的な内部統制の重要な不備が改善されておらず、また、当社は、C社の重要な不備の改善後における他の財務数値への影響を検証できていないことから、監査法人は当該検証結果を評価できず、同社の他の財務数値において、上記の四半期連結財務諸表に重要な虚偽表示を生じさせる取引やその他の事象があるか否かについて判断することができなかった。これらの結果監査法人は、当社の当連結会計年度の四半期連結財務諸表を構成するC社の財務情報に関して結論の表明の基礎となる証拠を入手することができなかったため、四半期連結財務諸表を構成する数値に修正が必要かどうかについて判断することができなかった。
ハイアス・アンド・カンパニー 有限責任あずさ監査法人  当社は、売上高の架空計上などの不適切な会計処理が存在する疑義が認識されたことから、第三者委員会による調査を実施しているが、2020年9月28日付の中間調査報告書において、第三者委員会は、代表取締役及び財務経理・総務部門を統括する取締役(「財務経理担当取締役」)を含む複数の取締役による不適切な会計処理への関与又は認識があったこと、及び、2020年7月に財務経理担当取締役がメール保管期限を操作するという当監査法人によるメールデータ保全手続を妨害したものと評価せざるを得ない行為があったと認定している。これらについては、監査法人においても同様に判断しており、それらに加えて、不適切な会計処理が存在する疑義が認識された後の監査の過程においても、代表取締役による当監査法人に対する虚偽の説明がなされていたと判断している。このことは、監査意見を表明する前提となる経営者の誠実性について深刻な疑義を生じさせていることから、監査法人は、当社の2020年4月30日現在の財務報告に係る内部統制は開示すべき重要な不備があるため有効でないと表示した上記の内部統制報告書に関して、何らかの修正が必要かどうかについて判断することができなかった。

 次回は、本稿に引き続き、2021年以降の意見不表明とされた事例を紹介するとともに、限定付適正意見(限定付結論)が表明された場合について、会計監査人がそのように判断した理由に関する調査分析を行うこととしたい。

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