解説記事2023年09月18日 判例評釈 東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式〜発行会社を介する三者間の低額売買)・後編(2023年9月18日号・№995)
判例評釈
東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式〜発行会社を介する三者間の低額売買)・後編
StanRiver税理士法人 代表社員 弁護士・公認会計士・税理士 小林拓真
本判決は、同族会社が、税務署長等を歴任していた高名な税理士からアドバイスを受けて、代表取締役(父)から自己株式を低額で取得し、それを取締役(長男)へ譲渡したところ、父にはみなし譲渡課税が、長男には経済的利益(給与等)が認定された事例である。
以下では、この中で父と長男が主張した錯誤無効の主張について、事案「1」、争点「2」、原告側の主張「3」及び判旨「4」を概観した後、過去の判例で示された錯誤無効にかかる判断と照らし合わせながら、本判決で示された判断を検討していく。
1. 事案の概要
建設業を営む原告会社X1は、その代表取締役である原告父X2から、平成24年2月23日に、X1の株式5000株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「本件取引1」という。)、原告長男X3に対し、同年3月31日に、当該株式5000株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引2」という。)。
また、X1は、X1の取締役を辞任した訴外Aから、同年7月6日に、当該株式1万1460株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「訴外取引」という。)、X3に対し、平成25年2月22日に、当該株式1万1460株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引3」という。)。
なお、これらの取引は、顧問税理士(以下、「本件税理士1」という。)の助言に基づき行われた。
第1事件は、札幌南税務署長(以下、「本件税務署長」という。)が、本件取引1は所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するなどとして、更正処分等(X2分)をしたことから、X2が取消しを求めた事案である。
第2事件は、本件税務署長が、本件取引2及び3は廉価でされたものであり、それによって享受した経済的な利益は所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するなどとして、X3に対し更正処分等をしたことから、X3が取消しを求めた事案、及び、X1が当該給与等に係る源泉徴収義務を負うことになるなどとして、納税告知処分等を受けたことから、X1が取消しを求めた事案である。
2. 争 点
本件の争点は、主に以下の点であるが、本稿では、この内(3)を取り上げる。
(1)本件取引1が所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するか。
(2)本件取引2及び3によって享受した経済的な利益が所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するか。
(3)本件取引1から3までに係る意思表示が錯誤無効であるか否か。
3. 原告側の主張
原告側の主張は、おおよそ以下のとおりである。
(1)本件取引1から3までに係る意思表示は、以下の点より錯誤無効であるといえ、経済的成果もその無効に基因して失われたことになる。
① 本件取引1から3までの対価の額(1株当たり1500円)は、本件税理士1からの指導によって決定されたものである。原告父及び原告長男は、本件税理士1に全幅の信頼を置いており、この対価の額について疑問を差し挟む余地はなかった。また、本件税理士1は、当該指導において、原告父に対し、その結論を伝えただけであり、その意図、根拠等の説明はしなかった。
② 被告の主張を前提にすると、原告らに多額の税負担が生ずることになるが、原告父及び原告長男は、本件税理士1らから、この点に関する指摘を受けておらず、そのような税負担が生ずるおそれがあるとは認識していなかった。
③ 本件取引1から3までをするに当たっては、被告の主張するような多額の税負担が生じないことが当然の前提とされていたし、税務の専門家である本件税理士1の関与の下でされた経緯等も踏まえると、それらは、いずれも黙示的に表示されて本件取引1から3までに係る意思表示の内容になっていたというべきである。そのため、法律行為の要素に錯誤があったと認めるのが相当である。
(2)被告は、仮に本件取引1から3までに係る意思表示が錯誤無効であるとしても、これにより生じた経済的成果がその無効に基因して失われた事実は認められないから、それをもって、本件各処分が違法なものということはできないなどと主張している。しかしながら、本件取引1から3までにより生じた経済的成果があったとしても、それは、本件取引1から3までに係る意思表示の錯誤無効に基因して、何らの行為も要することなく、初めから存在していなかったことになるというべきである。また、原告らは、本件調査の時に、本件取引1から3までに係る合意解約をした上で、その対象とされた原告会社の株式をそれぞれの譲渡人に返還する旨などの提案をしていたが、本件調査担当職員から、複数回にわたって、「新たな課税要件、課税事実が発生する取引にしかならない」、「そういうことをすると、別途課税対象になり、税額が倍になる」などと脅しを受けたために、その合意解約をすることができなかった。
4. 判 旨
「本件個別注記表には、平成21年3月期から平成25年3月期までにおける「1株当たりの純資産額」が……記載されていたところ、この本件個別注記表は、原告父及び原告長男も出席する取締役会の承認を受けた上で、定時株主総会に提出され、その承認も受けることが必要とされる計算書類であったことが認められる。……その原告父及び原告長男が原告会社の株式の価額について1株当たり1500円にとどまるものと認識していたとは、にわかには信じ難いところである。また、……本件税理士1は、税負担を圧縮することなどを意図していたものと推認するのが合理的であるところ、その本件税理士1がその点を一切説明することなく、単に原告会社が1株当たり1500円で当該株式を取得した上で、原告長男に対して同額で当該株式を処分することのみを指導し、原告父及び原告長男もその点に関する質問を一切しなかったとすることにも、疑問を差し挟む余地があるというべきである。そのため、この点に関する原告父及び原告長男の供述を採用することまではできない」、
「所得税などのように、課税の対象が私法上の行為それ自体ではなく、私法上の行為により生じた経済的成果である場合には、その原因となる私法上の行為が無効であったとしても、現にその経済的成果がその無効に起因して失われない限り、それに係る課税をすることは妨げられないものと解されるところ、……原告会社の平成31年3月期の法人税の確定申告書には、本件取引1から3までを前提とする株主ごとの株式数が記載されていたことが認められ……、原告らが本件取引1から3までに係る意思表示の錯誤無効に基因してその対象とされた原告会社の株式の返還等をしたとする事情は見当たらない。そのため、仮に本件取引1から3までに係る意思表示が錯誤無効であるとしても、それにより生じた経済的成果がその無効に基因して失われたとは認められないから、それをもって、本件各更正処分(原告父分)、本件各更正処分(原告長男分)及び本件各納税告知処分(原告会社分)が違法なものということはできない。」
「その他にも、原告らは、本件調査の時に、本件取引1から3までに係る合意解約をした上で、その対象とされた原告会社の株式をそれぞれの譲渡人に返還する旨などの提案をしたが、本件調査担当職員から、「新たな課税要件、課税事実が発生する取引にしかならない」などと脅しを受けたために、その合意解約を実行することができなかったという事情があるから、この点に関する被告の主張は信義誠実の原則に反して許されない旨なども主張している。
しかしながら、原告らの主張するところの合意解約は、基本的には、本件取引1から3までに係る意思表示が有効であることを前提とするものであるから、それをした上で、その対象とされた原告会社の株式をそれぞれの譲渡人に返還するなどしても、直ちには本件取引1から3までにより生じた経済的成果がその無効に基因して失われたことにはならないし、新たな行為について課税要件を満たすときに、それに係る課税がされることは当然のことである。そのため、それだけをもって、本件調査担当職員による説明に誤りがあったということはできない」
5. 検 討
民法第95条(平成29年法律第44号による改正前のもの)は、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」と定めている。また、動機の錯誤については、判例及び通説によれば、動機が相手方に表示されたときには、それが意思表示の内容の錯誤となり、要素の錯誤になりうるとされる。
課税負担の錯誤がある場合、すなわち、課税負担が生じない、あるいは、より少ないと誤解していたという場合は、動機の錯誤となるが、最高裁平成元年9月14日判決(判例時報1336号93頁)において錯誤無効が認められている。但し、判例の多くは、納税者間の公平、租税法律関係の安定及び信義則の観点等から、課税負担の錯誤を認めることに極めて慎重である。
本件原告らも、課税負担は生じないと誤解していた(錯誤があった)として、本件取引1から3の無効を主張したが、本件では錯誤が認められないとされた。
判決は、その理由として、個別注記表には1株当たりの純資産額が記載されており、その額は1500円を上回っていたこと、節税のために1株1500円で売却することを指導した本件税理士1が、株式の価額がこれとは異なる価額となる可能性について一切言及しなかったとは考えられないこと等を理由としてあげている。
妥当な判断であると思われる。
X1の個別注記表には、1株当たりの純資産額として、平成21年3月期は1万8383円、平成22年3月期は2万1063円、平成23年3月期は2万4342円、平成24年3月期は2万7529円、平成25年3月期は2万9515円と記載されていた。1株当たりの純資産額は、計算書類の一部である個別注記表に記載されていること、また、経営における重要な指標の一つであることなどを考えると、X1の取締役であるX2及びX3が当該1株当たりの純資産額を全く認識していなかったという主張は信じがたい。そうだとすると、当該1株当たりの純資産額を大きく下回る1株1500円という価額で取引することに何の疑問も持たなかったという主張も受け入れられないであろう。
なお、本件では、X2及びX3の節税の意図については必ずしも明らかではないが、節税に関する錯誤については、(節税対策は)「法形式を自由に選択して行われたものであり、……その効果として期待した節税効果があげられなかったとしても、その選択した法形式をいまさら否定することはできず、また、これを錯誤ということはできない」(千葉地裁平成12年3月27日判決(訟月47巻6号1657頁))として、そもそも錯誤にはならないとする判例も存在する。
以上のように、本件では、錯誤が認められなかったが、仮に錯誤が認められた場合、それに伴い、課税処分が違法になることはあるだろうか。
本判決では、仮に意思表示が錯誤無効であるとしても、それにより生じた経済的成果がその無効に基因して失われたとは認められないから処分は違法とはいえない、としている。
したがって、錯誤無効が認められ、かつ、株式を返還するなどの経済的効果を失わせる行為が行われていれば、処分が違法になるとも言えそうである。
しかしながら、本判決の当該言及は、所得税法では、無効な行為により生じた経済的効果も所得に含まれ、課税の対象とされているところ(所得税法第152条、同法施行令第274条第1号)、この点(錯誤無効があったとしても経済的効果が生じていれば課税しうるという点)を確認したに過ぎない。錯誤無効が認められ、かつ、経済的効果を失わせる行為が行われていれば、処分が違法になるとしたものではない。
錯誤無効が認められた場合の課税処分について正面から述べた判例は見当たらないが、過去の判例は、「課税負担の錯誤は、動機の錯誤であるとして、又はこの錯誤のため合意解除したとして、右法律行為が無効であることを、租税行政庁に対し、法定申告期間を経過した時点で主張することはできない」(神戸地裁平成7年4月24日判決(月報44巻12号2111頁)、「課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たるとして、当該法律行為が無効であることを法定申告期間を経過した時点で主張することはできないと解するのが相当」同旨高松高裁平成18年2月23日判決(訟務月報52巻12号3672頁))と述べている。すなわち、法定申告期間を経過した場合には、錯誤無効があったとしても、租税行政庁に対しては、その主張を行えない(したがって、課税処分に影響を与えない)と考えているようである。
課税負担の錯誤は、現状、そもそも認められるケースは少ないが、仮に認められたとしても、課税処分が覆る可能性は低いといえよう。
小林拓真 (こばやし たくま)
StanRiver税理士法人 代表社員
弁護士・公認会計士・税理士
平成8年 慶応義塾大学商学部卒
10年 慶應義塾大学大学院民事法学研究科修了
14年 公認会計士登録
20年 弁護士登録
平成22年〜令和2年
公認会計士実務補習所法人税法講師
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