解説記事2024年04月22日 最新判決研究 評価通達6適用の違法判断−最高裁令和4年判決の射程−(2024年4月22日号・№1024)
最新判決研究
評価通達6適用の違法判断−最高裁令和4年判決の射程−
東京地裁令和6年1月18日判決(令和3年(行ウ)第22号)
筑波大学名誉教授・弁護士・税理士 品川芳宣
一、事実
(1)被相続人Tは、薬局の経営、医薬品の製造・販売等を業とするO社(昭和55年5月12日設立、株式会社、従業員数393人)の代表取締役を務め、О社株式総数6万株のうち2万1400株(以下「本件株式」という。)を有していたが、平成26年6月11日(以下「本件相続開始日」という。)死亡した。相続人は、Tの妻M、Tの子X1(原告)及びX2(原告)(以下X1及びX2を「Xら」という。)であり、本件株式をMが1万700株、X1及びX2がそれぞれ5350株相続することにした。M及びXらは、平成27年2月27日、本件株式の価額を財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)180に定める類似業種比準価額により1株当たり8186円(総額1億7518万円余)として、相続税の申告をした。
これに対し、処分行政庁は、平成30年8月7日、評価通達6を適用し、K社が作成した平成30年2月28日付の株式価値算定報告書(以下「本件算定報告書」という。)に基づき、本件株式の価額を1株当たり8万373円(総額17億2000万円)として、更正等(以下「本件各更正等」という。)をした。Xらは、本件各更正等を不服として、前審手続を経て本訴を提起した。
(2)本件株式を含むO社株式をめぐる本件相続開始日前後の取引の動きは、次のとおりである。
① 平成26年1月16日 Tは、医薬品卸売業を主な事業内容とするV社との間で、O社株式をV社に対して売却・資本提携等を前提とする協議を進めるに当たり、相互の秘密保持契約を締結した。
② 平成26年2月28日 Tは、O社の売却・資本提携等に関して、M銀行との間で、M&A等のアドバイスに係る契約を締結した。
③ 平成26年5月29日 Tは、V社との間で、O社株式の全部を取りまとめ又は買い集めた上で、V社に譲渡するものとし、その譲渡価額は63億408万円(1株当たり10万5068円)(以下「譲渡予定価格」という。)とする基本合意(以下「本件基本合意」という。)を締結し、本件基本合意は当事者を法的に拘束するものではないとした(当時、O社株式は、Tが所有する本件株式のほか、Mが1万3000株、Xらがそれぞれ3600株、X1の夫と子が合計800株、O社の他の取締役らが合計1万760株所有されていた。)。
④ 平成26年6月18日 O社の取締役会が開かれ、MがO社の代表取締役となり、TとV社との間で進められていたO社株式の売却プロセスを進めることになった。
⑤ 平成26年7月8日 О社の取締役会において、M以外の全株主が所有するО社株式について平成26年7月14日を譲渡予定日としてМに譲渡すること及びこの株式譲渡が実行されることを前提にМがО社株式6万株を同日を譲渡予定日としてV社に譲渡することが承認された。また、M及びV社は、MがV社に対し、譲渡日を平成26年7月14日とし、MがV社に対しO社株式6万株を譲渡価格63億408万円(1株当たり10万5068円)(以下「本件売却価格」という。)で譲渡する契約(以下「本件株式譲渡契約」という。)を締結した。
⑥ 平成26年7月14日 本件株式譲渡契約に係る代金決済が行われ、MはO社株式6万株をV社に譲渡した。
二、争点及び当事者の主張
1 争 点
本件の争点は、次のとおりである。
① 本件株式を評価通達6により評価することの適否
② 評価通達6に基づき評価した本件株式の価額の適否
③ 過少申告加算税の賦課における「正当な理由」の存否
2 国の主張
(1)時価の評価は評価通達に定められた評価方法によるべきであるとする趣旨が、租税負担の実質的な公平の実現にあることからすれば、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合には、別の評価方法によることが許されるものと解すべきである。このことは、評価通達6において定められていることからも明らかである。
(2)最高裁判所令和4年4月19日第三小法廷判決・民集76巻4号411頁(以下「最高裁令和4年判決」という。)は、相続財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとする合理的な理由があるとして、平等原則に違反しないとの一般的な判断枠組みを示したものと解されるが、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」の有無を判断するに当たって考慮すべき要素については一般的に示しておらず、被相続人の行為により課税価格及び相続税額が大きく減少したこと、租税負担の軽減を意図して当該行為をしたことを必須の要素としたとは判示していない。
(3)本件相続開始日において明示されていた譲渡予定価格は、独立した当事者間において金融機関等による一定の客観性ある意見も踏まえ、慎重に時間をかけて形成されて合意された価格である。そうすると、本件相続株式は、形式的には取引相場のない株式であるものの、本件相続開始日において、既に当事者間において合意された取引価格が存在し、当該取引価格が売買当事者間の主観的事情を離れた当該株式の客観的交換価値を反映したものと認められることから、本件相続開始日における本件株式の状況は、取引相場のない株式に係る評価通達の趣旨に当てはまらず、評価通達が本来的に想定していない状況といえる。
(4)本件算定報告書は、公認会計士が一般的な株主価値の算定方法であるDCF法、株価倍率法及び取引事例比較法に基づいて算定された本件相続開始日における本件株式の価額を算定したものである。
(5)本件株式につき、評価通達に定められた評価方法以外に他の合理的な評価方法により評価したことは適法である上、評価通達6の定めからしても、Xらは、評価通達を形式的に適用して相続税を申告しても、これがそのまま是認されるものではないことは当然予測がついたはずであるから、当該過少申告につき「正当な理由」はない。
3 Xらの主張
(1)評価通達6の歯止めのない運用は、租税法律主義に反する。評価通達6は、元来、納税者を救済するために作られた通達であった。そもそも評価通達6を適用して納税者に不利な課税をすることは、憲法84条に明白に違反している。
(2)評価通達は、これに基づいて相続財産を評価することで課税の公平を図ろうとするものであるから、課税の予測可能性の確保や課税の公平性の観点からみると、納税者は、評価通達の定めに従って課税される権利があり、課税庁が評価通達の定めによらずに鑑定評価等で構成することは原則として許されず、評価通達による算定額と時価(通常価額)との間に、どんなにかい離があってもこれを否認することはできないのが原則である。最高裁令和4年判決も判示したとおり、評価通達による算定額と鑑定評価額との間の大きなかい離を納税者側が作出したことが評価通達6の適用要件であるが、本件相続に当たって、TもXらも本件通達評価額と本件算定報告額とのかい離を作出していないから、本件各更正は平等原則に違反する。
(3)株式の価値は、純資産の価値と自己創設のれんの価値を反映したものであるが、本件各更正処分は、評価通達165に反し、DCF法を利用して本件相続株式の自己創設のれんを不当に高く評価した違法なものである。Xらは、本件相続株式の売却後に平成26年分の所得税の確定申告により本件相続株式の売却による利益については納税をしているから、のれんに課税をすることは二重課税となり許されない。
(4)相続開始前に取りまとめた本件基本合意は、最終契約に至る前の段階までに当事者間で合意した内容を確認するものであり、ここで合意された内容は、買収監査を経たものではなく、買収監査の結果やその後の交渉状況によっては、最終契約に至らない場合もあり、至らなくても当事者が法的責任を負うことはないから、最終契約である本件株式譲渡契約と同視することはできない。
(5)企業価値評価ガイドライン(以下「ガイドライン」という。)は、企業価値評価を実施するために準拠しなければならない基準やマニュアルではないし、株式価格の算定が課税目的に用いられることを念頭に置いていない。よって、本件算定報告書に基づく評価額は、適正ではない。
(6)実務上、ほとんどの場合において財産評価が評価通達に従って行われていることに加え、裁判規範としての効力も認められている状況にある。このような状況において、Xらが評価通達に従った時価評価により申告を行ったことは、責めに帰することのできない客観的な事情があるというべきであって、よって、過少申告加算税の賦課に関し、「正当な理由」がある。
三、判決要旨
請求認容。
当裁判所は、処分行政庁が本件株式につき、評価通達180の定める方法による評価額(類似業種比準価額)と異なる価額を算出してXらに対して本件各更正等を行ったことは違法であり、Xらの主位的請求は認容すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 本件相続開始日における本件相続株式の時価について
(1)最高裁令和4年判決の判断枠組み
ア 相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによっては左右されないというべきである。
イ 他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることも上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。ただし、本件通達評価額と本件算定報告額との間に大きなかい離があるということのみをもって直ちに上記事情があるということはできない。
(2)当てはめ
そこで、本件相続株式につき、「評価通達の定める方法(評価通達180の定める類似業種比準価額)による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(以下「特段の事情」という。)があるか否かについて検討する。
ア 最高裁令和4年判決は、実質的には、特段の事情がある場合に評価通達6を適用することを肯定しているものと解されるが、当該特段の事情としてどのようなものが挙げられるかについて一般論として明示はしておらず、被相続人側の租税回避目的による租税回避行為がない場合について直接判示したものとは解されない。
イ 本件においては、最高裁令和4年判決の事案とは異なり、本件被相続人及び本件相続人らが相続税その他の租税回避の目的でO社株式の売却を行った(又は行おうとした)とは認められない。そうすると、本件各更正等の適否は、本件相続開始日以前に本件通達評価額を大きく超える金額での売却予定があったO社株式について、実際に本件相続開始日直後に当該金額で予定どおりの売却ができ、その代金を本件相続人らが得たことをもって、この事実を評価しなければ、「(取引相場のない大会社の株式を相続しながら評価通達の定める方法による評価額を大幅に超えるこのような売却による利益を得ることができなかった)他の納税者とXらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」(最高裁令和4年判決)といえるかどうかによって判断すべきこととなる。
ウ 相続開始後に納税、遺産分割、事業承継のための親族間での株式等事業承継用資産の集約その他の理由により、相続財産の一部を売却して現金化することは格別稀有な事情ではないが、かかる際に評価通達の定める方法による評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、当該売却やそれに向けて交渉をすること自体は何ら不当ないし不公平なことではなく、仮にそのような売却を行うことができたとしても、売却価額ではなく評価通達の定める方法による評価額で当該財産を評価して相続税を申告することが問題視されることは一般的ではない。また、相続開始後に相続財産を評価通達の定める方法による評価額よりも著しく高い価格で売却することができたとしても、その売却価額が当該財産の(被相続人による)取得価額よりも高額であれば、当該売却による利益は譲渡所得税による納税対象とされることになるし、これによって相続時と売却時に二度納税することになる。こうした点をも考慮すれば、相続税を軽減するために被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産などを購入して評価通達の定める方法における現金と不動産など他の財産に係る評価額の差異を利用する相続税回避行為をしているような場合でない限り、当該相続対象財産を評価通達の定める方法による評価額を超える価格で評価して課税しなければ相続開始後に相続財産の売却をしなかった又はすることができなかった他の納税者と比較してその租税負担に看過し難い不均衡があるとまでいうことは困難である。
本件では、本件相続開始日直後に本件売却価格という評価通達の定める方法による評価額を大幅に上回る高値で本件相続株式を売却することができたという事情に加え、本件相続開始日以前から本件被相続人がO社株式の売却の交渉をしており、かつ、その生前の段階でV社との間でその譲渡予定価格まで基本合意していたという事情が認められる。しかしながら、この場合であっても、最終的に本件相続株式の売却が成立し、本件相続人らが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情がなければ、およそ本件算定報告額をもって課税しなければ他の納税者との間に看過し難い不均衡が生ずるということはできない。しかも、本件基本合意が本件相続の後も本件相続人らとの間でそのまま存続するか否か自体、本件相続開始日においては不透明な状況であったといわざるを得ない。
以上によれば、本件相続の開始前からO社株式の譲渡予定価格が事実上合意されていたという事情をもって、特段の事情(の一部)ということはできない。
オ また、評価通達は、評価通達6が適用される場合を除き、公開株式のように個別性が低く客観的な価格が容易に算定され又は判明するような相続財産でない限り、不動産など個別の評価において、あらかじめ定められた一定の方法で算出された価格をもって当該相続財産の価格と評価することとしており、当該方法によって算定された価格ではなく、相続開始後に行われた当該財産の具体的な取引価格を参照したり、類似の取引事例を考慮して当該財産を評価したりする方法は採用していない。仮に、課税庁が相続開始後の取引といった個別事情を考慮するとなれば、相続開始日と売却時期がどの程度接近していれば当該売却の事実を考慮するのか、評価通達の定める方法による評価額と売却価額の間にどの程度の差があれば評価通達6に基づく個別評価をするか、個別評価をするとしてどのように評価するかといった点が問題になるところ、これらについての基準はなく、課税庁が個別的にその適否を判断することにならざるを得ない。しかしながら、そのようなこと自体、課税庁による恣意的判断が介入したり、他の事例との間で不合理な差異が生じたりする余地があって、評価通達の趣旨や平等原則の要請に反するというべきであり、適用の有無の別やその具体的方法の差異について、納税者間に不均衡又は不利益が生ずる可能性を否定することができない。
これを納税者側から見ると、評価通達6という極めて抽象的な規定を除けば、法令にも評価通達その他の通達にもかかる事態が具体的に想定されているとは解し難い点も併せて考えれば、納税者側が租税回避行為をしていたような場合は別として、納税者がかかる不安定な地位に置かれ、不利益を受けるのは、申告納税制度や評価通達の趣旨に照らし、強い疑問が残るものといわざるを得ない。
カ 以上の点を考慮すれば、本件のように、相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が評価通達の定める方法による評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではなく、評価通達6を適用するに当たっては、上記オで説示したような不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情が必要と解すべきである。
(3)本件算定報告額による本件相続株式の評価の適否
以上を踏まえて検討するに、本件ではO社株式の売却手続が進行中に本件被相続人が死亡しているところ、その手続が遅れたとか、本来は本件被相続人の生前に売却手続を完了することができたといった事情は認められない。本件相続において、本件被相続人が本件相続開始日以前に行った行為は、本件基本合意及びその後の本件買収監査への協力にとどまるところ、これらの行為は、本件相続開始日以降に行われた本件相続株式の売却の結果を含めて評価したとしても、それがなかった場合と比べて本件相続税の金額を軽減する効果を持つものではない。よって、本件において特段の事情はないものというほかはないから、本件相続株式の価額については本件通達評価額によって評価すべきであり、評価通達6を適用して本件算定報告額を用いて本件相続株式を評価した本件各更正処分等は、最高裁令和4年判決の示した判断枠組みに照らし、平等原則という観点から違法である。
(4)国の主張に対して
国は、最高裁令和4年判決は租税負担の軽減を意図して納税者側が行為をしたことを評価通達6の適用の必須の要素とはしていないとした上で、評価通達が、客観的な交換価値を端的に評価し得る場合にはそれらによることが最も望ましいという考えを前提にし、当該株式の客観的な交換価値と評価し得る価格が明らかになっているという事情がある場合には、特段の事情があることになる旨主張する。
しかしながら、評価通達は、財産の種類ごとに評価方法を定めているところ、不動産や取引相場のない株式など個別性の高い財産に関しても、それを前提に画一的な評価方法を定めており、直近に客観的な交換価値を反映した同種の取引事例があればそれを参照するなどとはしていない。そして、評価通達6に該当する場合を除き、評価通達の定める方法による評価額ではなく、個別に取引事例を参照するなどして客観的な交換価値を評価すべき場合があることを評価通達が想定しているとはいえない。
そもそも、個別性の高い財産に関しては、市中の不動産などのように一定の市場が形成され、比較的客観的価値が把握しやすいと思われるものや、競売入札などによる売買であったとしても、実際の売却価格の決定は大なり小なり売主側、買主側双方の資力、取引の必要性や緊急性、他の取引相手候補者の有無や動向などの事情によって左右されることに照らせば、客観的な交換価値と評価し得る価格が明らかになっている場合がいかなる場合を指すのか自体曖昧といわざるを得ず、そうであるからこそ、評価通達は、客観的な交換価値に近似する価格を比較的容易にかつ保守的に把握するため、路線価方式などの評価方法をあらかじめ定めているものと解される。
(5)小括
以上のとおり、本件相続において、本件被相続人及びXらについて、評価通達の定める方法と異なる方法によって本件株式を評価すべき特段の事情は見当たらない。
2 本件各更正処分の適法性について
以上によれば、本件相続税の課税価格は、本件株式の価額に関する部分を除き、本件申告の際の課税価格を上回ることがないから、本件各更正のうち申告時の課税価格及び納税すべき金額を超える部分は違法である。
四、解説
はじめに
本判決は、注目された最高裁令和4年判決後初めて評価通達6を適用した課税処分の適否を裁いたものであり、しかも、当該課税処分を違法として取り消したことで、大きな関心を呼んでいる。しかも、本件の事案が、最高裁令和4年判決の事案のような評価通達上の評価額と取引価額の差額を利用した租税回避的な事案ではなく、最近、事業承継の一環として注目されているM&Aの最中に相続が発生したということで、一層注目されているものである。
最高裁令和4年判決の以降、評価通達6の存在意義や適用要件等について種々議論されているが、その中には、やや的をはずしているものも見受けられる。そこで、そのような基本的な問題を整理した上で、本判決の内容と問題点を検討することとする。
相続税法上の「時価」と評価基準
1 制度−評価通達6の存在意義−
(1)相続税法22条は、「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」ると定めている。この「時価」の意義については、学説、判例とも、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」すなわち「客観的交換価値」であると解されている。このような時価概念については、所得税法及び法人税法においても、無償取引等における当該資産の「その時の価額」(所法36②、59①、法法37⑧等)の解釈と共通している。
それにもかかわらず、所得税法及び法人税法においては、「その時の価額」の解釈について、それぞれの基本通達において数箇条で済ましているにもかかわらず、相続税法については、独立した評価通達の中で200数十箇条にのぼる定めを設けている。このようなことは、相続税の偶発性、非取引性等の特殊性から要請され、かつ、相続等により取得した財産の全ての客観的交換価値を容易に把握できないことから要請されている。
(2)具体的には、評価通達1(2)が、「……時価とは、課税時期(〈略〉)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」と定め、同通達2項以下において、各財産の具体的な評価方法(評価額)を定めている。このような定め方については、国税庁が「時価」を定めるということで、租税法律主義に反する旨の批判もあるが、元より、評価通達は、国税庁長官が部内の職員に発する命令手段である(国家行政組織法14条2項参照)から、外部の者がとやかくいう問題ではない。しかし、納税者も、事実上法的拘束力を受けるので、その点では、別途検討を要する(注1)。
ところで、前述の「この通達の定めによって評価した価額」とは、当該相続財産の課税時期前に予め定めておく「標準価額」にほかならない。そのことは、宅地の評価における路線価方式を定める評価基準制度に代表される(注2)。このような評価基準制度の問題は、当該評価額が「標準価額」であるが故に、各納税者が実際に課税時期において取得した財産の「時価」(客観的交換価値)と乖離することがあり得ることである。例えば、路線価方式の評価額は、その年の1月1日現在の「時価」を定め、その1年間適用するのであるが、その1年間に地価が変動したら、各課税時期における「時価」と乖離することになる。その乖離が、租税法律主義上の合法性の原則の要請において許容されないようであれば、何らかの措置が必要になる。
(3)そのため、評価通達の中にも、特定の取引等により取得した財産の価額については、個別の評価方法(評価額)による旨の個別的限定条項(評基169(2)、185かっこ書等)を設けており、それで対処できないものについて、包括的限定条項(6)を設けている。すなわち、評価通達6が、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めている。このような規定については、納税者側からすると、予測可能性や法的安定性が害されることになり、平等原則違反も惹起されることになる。そのため、評価通達6の適用については、何らかのルール(適用要件)を必要とするものと考えられる。
しかしながら、評価通達における評価基準制度と評価通達6は、前述のように、相続税法の執行においてセットとして定められているものであるから、評価通達6のみを廃止すべきとする見解には首肯し難いことになる。けだし、評価基準制度は、路線価方式一つとっても、納税者にも多大な便宜を与えているわけであるが、その便宜性をそのままにして、評価通達6のみを廃止すべきとするのであれば、評価基準制度それ自体を理解していないことになる。
2 参考となる重要裁判例
本件の事案は、被相続人TがV社との間でM&Aの交渉においてO社株式の譲渡方法と譲渡価額について基本的合意が成立した段階で相続が開始したということで、最高裁令和4年判決の事案のように、相続税対策のために、相続開始前に評価通達上の評価額と取引価額との開差を利用して不動産を大量に取得したものではない(租税回避的な事案ではない。)。そこで、本件のように、相続財産が売買の対象になっている場合に、評価通達6の適用が問題になった次の事例と対比・検討する。
① 東京地裁昭和53年9月27日判決(税資102号551頁)、東京高裁昭和56年1月28日判決(行裁例集32巻1号106頁、以下「東京高裁昭和56年判決」という。)及び最高裁昭和61年12月5日第二小法廷判決(訟務月報33巻8号2149頁)(注3)
この事件では、市街化農地の売買において、売主が、売買代金4539万円余のうち手付金600万円、内金1000万円を受領し、残代金の決済と所有権移転登記を予定していた1週間前に死亡し、相続が発生した場合に、相続人が、当該相続財産は当該市街地であり、その価額は路線価の2018万円余である旨申告したことに対し、当該市街地農地は売却済であり、相続財産は受領済の金員と残代金である旨の課税処分が行われ、当該課税処分の適否が争われた。前掲の東京地裁判決は、所有権が移転していないから相続財産は当該市街化農地であると認定し、当該課税処分を取り消した。
これに対し、東京高裁昭和56年判決は、相続財産は当該市街化農地であると認定したものの、評価通達の定めによらないことを正当と是認されるような「特別の事情」がある場合に当該定めによらないことができるとし、当該市街化農地については、売買されることが確実になっているという「特別の事情」が認められるから、当該価額は当該売買価額で評価できるとして、原判決を取り消した。この判決は、売買途上にある土地の価額について、初めて「特別の事情」を容認した画期的なものであった(注4)。これに対し、前掲の最高裁判決は、原判決の結論は維持したものの、当該相続財産は債権化しているとして、原判決のような「特別の事情」がある場合の評価方法は認めなかった。
② 東京地裁平成17年10月12日判決(税資255号順号10156、以下「東京地裁平成17年判決」という。)(注5)
この事件では、電子秤等の製造会社の経営者が、取引先である外国会社の経営者(少数株主)に対し、自社株式を1株当たり100円(評価通達上の少数株主に対して適用される配当還元価額は1株当たり75円)で譲渡したところ、所轄税務署長が、当該株式は取引銀行に対しては1株当たり793円から796円で譲渡していることを事由に、評価通達6を適用して、1株当たり794円とする課税処分(みなし贈与)をした場合に、当該課税処分の適否が争われた。東京地裁平成17年判決は、評価通達の定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような「特別の事情」がない限り当該譲渡価額を不当とはいえない旨判示し、本件における取引銀行に対する譲渡価額は融資等が条件とされているので客観性を備えたものでないから「特別の事情」は認められないとして、当該課税処分を取り消した。この判決は、国税当局が評価通達6を適用した課税処分を初めて取り消したものであるが、国も控訴しなかった。
以上の各判決は、本件の事案のように租税回避的な事案でない場合に、評価通達6が適用し得る「特別の事情」の存否を判断したということで、本判決と対比される。
3 最高裁令和4年判決の射程
(1)この事件では、札幌市居住の被相続人が、平成21年中に、杉並区及び川崎市所在の賃貸マンション等の不動産を総額13億8700万円で取得し(銀行から総額10億800万円の借入れ)、平成24年6月に死亡し、相続人らが、当該不動産を評価通達上の評価額3億3670万円余と評価して相続税の申告をしたのに対し、所轄税務署長が、評価通達6を適用して、当該不動産の価額を不動産鑑定士の鑑定評価額12億7300万円とする課税処分を行った場合に、当該課税処分の適否が争われたものである。
一審の東京地裁令和元年8月27日判決(平成29年(行ウ)第539号)及び控訴審の東京高裁令和2年6月24日判決(令和元年(行コ)第239号)は、本件において従前の裁判例同様に「特別の事情」を認めて、当該課税処分を適法と認めた。
(2)最高裁令和4年判決は、原判決を適法と認めたものの、その理由付けについて「特別の事情」という用語を使用せず、次のように判示した。
「国税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
〈中略〉
そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入、借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」
この最高裁判決は、評価通達上の画一的な評価額(標準価額)の例外的評価(評価通達6)につき、「合理的な理由」があれば、平等原則違反を阻却するとし、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があれば、「合理的な理由」に該当するとし、当該事案の租税回避的行為は当該「事情」に該当すると判示したのであって、租税回避的行為以外のものが「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」に該当しないと判示しているわけではない(注6)。
4 本判決の内容と問題点
(1)本件では、前述のように、O社の代表取締役T(O社株式6万株のうち2万1400株所有(本件株式))が、平成26年1月頃から、V社との間で、O社株式の売却・資本提携等を協議し、同年5月29日、O社株式全部を取りまとめた上で、V社に譲渡することとし、譲渡価額1株当たり10万5068円、総額63億408万円とすることで合意したものの、同年6月11日死亡し、相続人らが当該相続開始後も上記合意を進めることとし、平成26年7月14日、上記合意どおりにO社株式を譲渡し、平成27年2月27日、相続人らは、本件株式の価額を評価通達が定める1株当たり8186円(総額1億7518万円余)として相続をしたことに対し、評価通達6を適用して1株当たり8万393円(総額17億2000万円)とする本件各更正等が行われ、当該処分の適否が争われた、というものである。
本判決は、前述のように判示しているのであるが、その要点は、次のとおりである。
「最高裁令和4年判決は、実質的には、特段の事情がある場合に評価通達6を適用することを肯定しているものと解されるが、当該特段の事情としてどのようなものが挙げられるかについて一般論として明示はしておらず、被相続人側の租税回避目的による租税回避がない場合について直接判示したものとは解されない。」
「相続開始後に納税、遺産分割、事業承継のための親族間での株式等事業承継用資産の集約その他の理由により、相続財産の一部を売却して現金化することは格別稀有な事情ではないが、かかる際に、評価通達の定める方法による評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、当該売却やそれに沿って交渉すること自体は何ら不当ないし不公平なことではなく、〈中略〉その売却価額が当該財産の(被相続人による)取得価額よりも高額であれば、当該売却による利益は譲渡所得税による納税対象とされることになるし、これにより相続時と売却時に二度納税することになる。」
「本件では、本件相続開始日直後に本件売却価格という評価通達の定める方法による評価額を大幅に上回る高値で本件相続株式を売却することができたという事情に加え、本件相続開始日以前から本件被相続人がO社株式の売却の交渉をしており、かつ、その生前の段階でV社との間でその譲渡予定価格まで基本合意していたという事情が認められる。しかしながら、この場合であっても、最終的に本件相続株式の売却が成立し、本件相続人らが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情がなければ、およそ本件算定報告額をもって課税しなければ他の納税者との間に看過し難い不均衡が生ずるということはできない。」
(2)このような本判決については、長年、評価通達6を含む評価基準制度の執行に携わり、その後も当制度のあり方を研究してきた筆者としては、いささか首肯し難いところがある。まず、最高裁令和4年判決の射程については、前述したとおりであるが、本判決は、同判決の結論に利するように、最高裁令和4年判決の射程を当該判決の事案のような租税回避的な事案に限定しようとしている。また、本判決は、相続財産を譲渡した場合の譲渡所得税と相続税の二重課税的関係を重視し、当該キャピタルゲイン相当額を当該相続財産の価額の評価に反映させることを消極視しているが、それは、相続財産に係る評価制度を軽視し、相続税と譲渡所得課税の関係を無視することになる(注7)。
更に、本判決は、「本件相続人らが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情」がなければ、本件算定報告額をもって課税する必要はない旨判示しているが、当該「事情」があれば、本件相続開始日には、本件株式は相続財産にならないで、当該代金が相続財産を構成することになるはずである(そうなれば、本件株式の価額の評価問題ではなくなることになる。)。
もっとも、本件においては、本件相続開始日において、本件基本合意が売買の予約にすぎず、売買が確定していないということを重視するのであれば、本件株式を類似業種比準価額で評価する余地は残されているように考えられる。しかし、このような場合には、相続人が一見売買契約を解除して、改めて同じ売買契約を結ぶというような細工をすると、重加算税も賦課されることもあり得るので、留意する必要がある(注8)。
5 評価通達6の適用要件
(1)前記1で述べたように、評価通達6の適用は、それが評価基準制度の下で必要な措置であるにしても、納税者側の予測可能性に支障を来たすことになるので、何らかのルール(適用要件)が必要であると考えられる。当該適用要件については、従前の裁判例等から帰納的に考えられるところ、国税当局は、記者会見等を通して、次の三要件を明らかにしているようである(注9)。
① 評価通達に定められた評価方法以外にほかの合理的な評価方法(不動産鑑定士による不動産鑑定評価や非上場株式の場合は専門家による企業価値評価など)が存在するか。
② 評価通達に定められた評価方法による評価額と他の合理的な評価方法による評価額との間に著しいかい離が存在するか。
③ 課税価格に算入される財産の価額が、客観的交換価値としての時価を上回らないにしても、評価通達の定めによって評価した価額と異なる価額とすることについて合理的な理由があるか(評価通達の定めによって画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるか)。
このような適用要件については、①については、従前評価通達6の適用が問題になった財産について合理的な評価方法がないものはなかったと考えられるし、③については、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を明らかにすることが「適用要件」であること等を考えると、必ずしも実効性のあるものとも考えられない。
(2)そこで、筆者は、評価通達6の適用要件について、次の3点を提案してきたところである(注10)。
① 当該財産につき、評価通達上の評価額と客観的交換価値(通常取引される価額)との間に相当大幅な乖離があること。
② 当該乖離に関した(利用した)取引が行われ、当該取引をしなかった場合に比し、多額な税負担が軽減していること。又は、当該取引により評価通達上の評価額を大幅に上回る客観的交換価値に相当する利益が確実に見込まれること。
③ ②の取引と税負担の軽減(又は実現)との間に相当因果関係があること(当該取引と税負担の軽減との間は3~4年程度(長くて5年)以内であること)
このような適用要件について、本件の事案に対応すると、次のように考察することができる。まず、①については、当該要件を充足することになるが、②については、本件相続開始日における本件基本合意の確実性をどのように評価するかによって判断が分かれるものと考えられる。また、③については、②の要件が充足することになると、当然充足されることになるものと考えられる。
(注1)詳細については、品川芳宣「租税法律主義と税務通達」(ぎょうせい 平成16年)50頁、同「詳解 財産・資産評価の実務研究」(大蔵財務協会 令和4年)53頁等参照。
(注2)評価基準制度の詳細については、前出(注1)「租税法律主義と税務通達」119頁、「詳解 財産・資産評価の実務研究」58頁等参照。
(注3)品川芳宣「重要租税判決の実務研究 第四版」(大蔵財務協会 令和5年)1216頁等参照。
(注4)詳細については、品川芳宣「傍流の正論」(大蔵財務協会 令和5年)110頁参照。
(注5)前出(注3)1209頁参照。
(注6)詳細については、前出(注1)「詳細 財産・資産評価の実務研究」613頁、品川芳宣「総則6項適用に対する最高裁初の判決」本誌2022年6月27日号14頁等参照。
(注7)シャウプ税制の時には、相続財産に係るキャピタルゲインについては、相続時に、相続税と譲渡所得税を同時に課税していたが、それが酷であるということで、所得税法60条等により、実際の譲渡時まで譲渡所得税は延期されることになっている。
(注8)東京地裁令和2年10月29日判決(平成30年(行ウ)第422号、前出(注3)1002頁)参照。
(注9)税のしるべ 令和5年12月18日号3頁、笹岡宏保「評価通達6項の是否認ポイント」(ぎょうせい 令和5年)128頁等参照。
(注10)前出(注1)「詳解 財産・資産評価の実務研究」637頁、品川芳宣「東京地裁平成6年1月18日判決と評価通達6項の適用要件」(ぎょうせい 2024年5月号)219頁等参照。
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