解説記事2024年07月22日 論考 クロスボーダーM&Aの課題(2024年7月22日号・№1036)
論 考
クロスボーダーM&Aの課題
神奈川大学名誉教授 葭田英人
1 はじめに
近年、経営のグローバル化を進める企業が増えている。日本企業が海外進出を効率的に行う手段として、クロスボーダーM&Aが活用されている。武田薬品工業やソニーなどの大型クロスボーダーM&Aも目立つが、中堅企業や中小企業によるクロスボーダーM&Aも増加している。自社の企業価値を高めるために成長戦略としてクロスボーダーM&Aを活用する動きが高まっている。高齢化や人口減少で成長が伸び悩んでいる日本に比べ、今後、人口の増加が著しい海外に成長の機会を求める企業が多くなっている。
そこで、政府が取りまとめる規制改革推進会議の答申に、企業が買収する際に、自己株式を対価として対象会社の株式を譲り受ける株式交付制度を盛り込み、国内企業の買収にしか利用できない現行制度を見直し、海外企業を買収する際にも適用できるように会社法を改正し、クロスボーダーM&Aの手法を増やすことで、企業の海外への拡大を後押しする方針である。
一方、国内のM&Aより海外のクロスボーダーM&Aはリスクが多く、特に、中小企業ではクロスボーダーM&Aに対する根強い抵抗感がある。しかし、中堅企業や中小企業が成長するためには、クロスボーダーM&Aを積極的に活用する必要がある。そこで、クロスボーダーM&Aの特徴と目的を検討し、そのメリットとリスクを分析し、クロスボーダーM&Aの手法(三角合併、LBO(レバレッジド・バイアウト、事業譲渡、株式譲渡、株式交付)を解説する。さらに、成長戦略としてのクロスボーダーM&Aについて考察し、PMI(統合プロセス)やデューデリジェンス(買収監査)の重要性を検討し、そのあり方を明らかにする。
2 クロスボーダーM&Aとは
(1)クロスボーダーM&Aの特徴と目的
クロスボーダーM&Aは、国境を越えて行う国際的M&Aであり、次の4つのタイプに分類される。
① In-Out(インアウト)型
In-Out(インアウト)型は、日本企業がM&Aによって海外企業を買収することをいう。(買手企業が日本企業、売手企業が海外企業)
② Out-In(アウトイン)型
Out-In(アウトイン)型は、海外企業がM&Aによって日本企業を買収することをいう。(買手企業が海外企業、売手企業が日本企業)
③ Out-Out(アウトアウト)型
Out-Out型は、海外企業がM&Aによって海外企業を買収することをいう。たとえば、日本企業の海外子会社が事業を売却する場合や他社を買収する場合が該当する。
④ JV(ジョイントベンチャー)型
JV(ジョイントベンチャー)型は、日本企業と海外企業が共同出資などによりジョイントベンチャーを設立し、協働する場合をいう。たとえば、信用力や技術力に強みがある日本企業と販売力に強みがある海外企業とがジョイントベンチャーを共同で設立し、シナジー効果を目的として協働する場合をいう。
確かに、クロスボーダーM&Aは、日本での国内M&A以上に労力とリスクを伴うことは間違いない。しかし、多くの企業が海外に成長機会を求め、積極的に海外投資を行っている状況もある。
直接投資には、海外に法人を設立する「グリーンフィールド投資」と国際的M&Aである「クロスボーダーM&A」がある。グリーンフィールド投資は、最初から事業を立ち上げなければならないのに対し、クロスボーダーM&Aは、すでに事業活動を行っている海外企業を買収するため、短期間で成果を上げることができる。特に、国や産業によっては外資規制がかけられていることも多いが、クロスボーダーM&Aにより海外の既存の企業を買収すれば、その国の許認可がある状態で事業を行うことができ、すぐにリターンを期待することができる。
日本は今後、高齢化と人口減少が予想されることから、現在も高い成長を続けており、将来的に人口が増加し大きな成長が期待できるアジアやアフリカ諸国が投資対象として注目されている。
(2)クロスボーダーM&Aのメリットとリスク
① クロスボーダーM&Aのメリット
クロスボーダーM&Aには、次のような多くのメリットがある。
(イ)シナジー効果
シナジー効果は、クロスボーダーM&Aを行う第1の目的である。国内と海外での企業活動のシナジー効果が発揮されれば、サービスや事業を拡充することができ、新規事業が生まれる可能性もあり、競争優位性が期待できる。
(ロ)新市場の開拓・拡大
新興国では、他の競合企業が少ないことから、新市場の開拓・拡大を見込むことができ、クロスボーダーM&Aを行うことで大きな利益を得る可能性がある。
(ハ)新製品開発
クロスボーダーM&Aによって、日本国内にはない海外企業のノウハウや技術力などを取り入れることができ、新製品の開発を進めることが期待できる。一方、日本から海外にない新製品を輸出できる可能性もある。
(ニ)海外の販路・人材の確保
クロスボーダーM&Aにより、海外市場での販路を開拓したり人材を獲得したりすることができ、そのための時間やコストおよびリスクを軽減することができる。
(ホ)コスト削減
海外の国や地域によっては、給与水準や税率が低いところもあり、クロスボーダーM&Aにより、製品の生産や業務などを海外で行うことで、大幅なコスト削減を図ることができる。
② クロスボーダーM&Aのリスク
(イ)カントリーリスク
クロスボーダーM&Aにおけるカントリーリスクとは、相手国によって政治情勢や経済が不安定な国も数多くあり、状況によっては急激に収益性が悪化したり、資金回収ができなくなったりする可能性がある。また、外国為替や外国貿易法などにより、外国企業の出資に対して規制が設けられている場合がある。したがって、十分な事前調査をする必要がある。
(ロ)訴訟リスク
日本と比べて、海外では訴訟問題が発生しやすい国が多くある。したがって、クロスボーダーM&Aの契約時に、リスク保険に加入するなどの対策が必要となる。
(ハ)雇用関係・人的問題
国によっては、労働文化や雇用制度が異なることから、これらの違いを十分把握し理解する必要がある。したがって、海外と国内の従業員や労働組合との十分な調整が必要となる。
(3)クロスボーダーM&Aの手法
① 三角合併
三角合併とは、対象会社を合併するにあたって、合併対価として存続会社の株式ではなく、存続会社の親会社の株式を対象会社の株主に交付する合併をいう。組織再編の存続会社に加え、存続会社の親会社が合併に関与するため「三角合併」という。
日本の会社法では日本企業と外国企業との間の直接の合併は認められていないことから、法的に合併当事会社になれないケースで三角合併が用いられる。なお、三角合併には順三角合併と逆三角合併の2類型がある。順三角合併とは、日本の対象会社を合併したい海外親会社が日本に合併用子会社を設立し、その合併用子会社が存続会社、対象会社が消滅会社となり、合併用子会社と対象会社が合併(吸収合併)する方法である。
また、逆三角合併とは、海外の対象会社を合併したい内国親会社が合併用の海外子会社を設立し、対象会社に海外子会社を吸収合併させることで合併を行う手法をいう。逆三角合併の実行後は、設立した合併用の海外子会社が消滅会社となり、許認可や取引先との契約関係の維持の観点から、対象会社が存続会社となる。対象会社のもともとの株主には内国親会社株式などが対価として支払われ、存続会社は内国親会社の完全子会社となる。日本企業が海外企業を株式対価で買収するクロスボーダーM&Aの手法として用いられている方法である。
また、三角合併が適格合併の要件を満たせば、資産を移転した対象法人および対価を受領した対象法人株主への課税が繰り延べられる(法人税法24条1項1号・61条の2第2項・62条の2第1項)。
② LBO(レバレッジド・バイアウト)
LBOとは「レバレッジド・バイアウト」の略語であり、クロスボーダーM&Aとしてよく利用される方法である。買収資金を調達するために、譲受企業(買い手)が譲渡企業(売り手)の資産や信用力などを担保に、金融機関等から融資を受けて資金調達をする方法であり、自己資金が少なくてもM&Aが可能となる。
LBOは、M&Aの譲渡企業を買収するために調達する借入金などを譲渡企業自身に負担させることから、借入金などは譲渡企業が返済することになる。LBOを利用することによって、譲受企業は少ない手元資金でも大企業を買収することができる。
また、LBOは、銀行などの金融機関から資金調達をするので利息の支払いが必要となる。支払った利息は損金算入することができることから、税負担を圧縮することができ、法人税の節税につながる。ただし、多額の利息を支払うことは収益を圧迫することになる。なお、この節税効果を享受できるのは、譲受企業ではなく譲渡企業である。
③ 事業譲渡
事業の譲渡とは、会社の各種の財産が有機的に結合した組織的一体を譲渡することをいう。具体的には、積極財産である原材料、商品・製品、機械、土地、建物等の動産・不動産や、商号権、商標権、特許権等の知的財産権、および各種債権、事業上の秘訣、得意先・仕入先、地理的関係等の事実関係と、事業活動により生じた債務・借入金等の負債としての消極財産で構成される。
事業譲渡は、売手企業が所有する財産の一部または全部を、買手企業に譲渡する行為である。事業譲渡の場合、個別承継となるため、譲渡する資産を決める必要がある。しかし、クロスボーダーM&Aにおいては、契約や雇用は同意を得なければ引き継ぐことはできず、許認可は取得申請が必要となる。
事業譲渡では何を譲渡の対象とするかを細かく決めることができるので、売手企業は自社に不要な不採算事業や非中核事業のみを切り離して譲渡し、事業の再建や強化を図ることができる。また、売手企業の法人格は消滅せず、経営権は移行しないので、事業譲渡後も引き続き経営を継続することができる。買手企業は必要な財産だけを譲り受けることができ、買手企業にとっては、簿外債務を承継するリスクを低減することが可能である。
しかしながら、事業譲渡では、契約上の移転手続が煩雑なうえ、売手企業は、事業を売却した対価で得た利益に対して法人税が課される(法人税法22条の2)。また、買手企業にも、取得した資産に対して消費税、不動産取得税、登録免許税などが課税され、税務上の優遇措置がないというデメリットがある。
④ 株式譲渡
クロスボーダーM&Aにおける株式譲渡は、売手企業の発行済株式すべてを、買手企業に譲渡することで経営権を移転させる手法である。株式譲渡契約が締結され、契約に従って、株主が保有する売手企業の株式を譲渡代金の支払いと同時に買手企業へ譲渡することにより承継させる手法である。売手企業と買手企業の双方にとって、手続が迅速かつ簡便に行うことができることから多く用いられている。
株式譲渡は、売手企業の財産や契約関係を全て買手企業に引き継ぐことができる。従業員との雇用契約や取引先との業務委託契約、行政の許認可など従業員や取引先との契約も全て引き継ぐことができる。しかし、買手企業は、売手企業の権利義務を包括承継するため、簿外債務や不良資産を引き継ぐおそれがある。
また、買手企業は、取得対価および取得に要した費用の合計を株式の取得価額とするため、時価で取引する限り、買収時には課税は生じない。一方、売手企業が法人の場合、株式譲渡金額が取得価額を上回れば譲渡益が計上され、その他の益金と同様に課税所得となる。
⑤ 株式交付
株式交付とは、株式会社が他の株式会社をその子会社とするために、通常の新株発行や自己株式処分手続によらずに、その株式会社(子会社となる会社)の株式を譲り受け、その株式の譲渡人に対してその株式の対価としてその株式会社(親会社となる会社)の株式を交付することをいう(会社法2条32号の2)。株式交付により親会社となる会社が株式交付親会社であり、子会社となる会社が株式交付子会社である。
同じような組織再編行為として、他の会社を子会社化する手続としては株式交換があるが、子会社となる会社の全株主から強制的に株式を取得する手法であり、株式交換は100%の完全子会社にすることを目的としている。それに対して、株式交付制度は子会社とすればよく、申込みのあった子会社となる会社の株主からのみ、株式を取得することで子会社化する手法である。したがって、株式交付は、株式交付親会社と株式交付子会社の株主との個別の合意に基づき株式を取得する点で株式交換とは異なる。また、必ずしも100%の完全子会社化ではない点が異なり、部分的な株式交換といえる。
自己株式を用いた株式交付によるM&Aは、キャッシュアウトを伴わないため、資金に余裕はないが、他社の経営資源や技術を積極的に取り込みたい企業にとっての経営戦略として有効である。
株式交付は、50%超の部分的買収を行うことができ、現物出資規制や有利発行規制の制約を受けず、2021年の税制改正および産業競争力強化法の改正により、株式交付制度を利用する場合は、株式を対価とした場合の対象子会社の株主は、株式譲渡益の課税繰り延べの適用を受けることができ、総額の20%までなら現金を対価の一部に用いても課税の繰り延べ(株式対価部分のみ)を受けることができる(租税特別措置法37の13の3、租税特別措置法施行令25の12の3)。
中小企業のM&Aで最も活用されている株式譲渡は、売主から株式を譲り受けた対価として、買手側は現金を交付する。しかし、株式交付制度は、自己株式を対価とすることを対象会社の株主が受け入れることが前提となるが、現金ではなく株式を交付するメリットがあり、企業の成長につながる事業再編を促す制度であるといえる。
しかし、現行制度では国内企業の買収にしか利用できない。そこで、政府は、2025年にも企業が自己株式を対価として海外企業を買収できるように会社法を改正することが、規制改革推進会議の答申に盛り込まれ、2024年中に法制審議会で諮問した後、会社法改正案として提出される予定である。
現在の円安状況では、現金買収は不利な状況であることから、自己株式を対価にできれば資金面の負担を軽減できる。株式交付と現金を組み合わせる「混合対価」も利用しやすくなる。また、債権者への影響も大きくないことから、債権者保護手続も撤廃する見込みである。
3 PMI(統合プロセス)とデューデリジェンス(買収監査)の重要性
PMIとは、クロスボーダーM&Aが成立した後、統合による効果の最大化を目的として行われる統合プロセスのことをいう。クロスボーダーM&Aは単に実施すれば効果が期待できるわけではない。PMIの実施により、整合性をとりながら経営戦略を進め、経営統合、業務統合、意識統合の各プロセスを経て初めて、シナジー効果の促進、企業価値の向上が期待できる。具体的には、経営・業務・意識をはじめとする統合施策の実施により、クロスボーダーM&Aによって想定していた統合効果や投資効果を得ることを目的に行われる。
また、デューデリジェンス(買収監査)の徹底もPMI成功に不可欠である。デューデリジェンスとは、クロスボーダーM&Aの買収先企業の実態を把握する事前調査のことをいい、最も重要な手続の一つである。デューデリジェンスが不足すれば、統合にあたって必要な情報が欠けるため、PMIがうまくいかない要因となる。
デューデリジェンスは、業績や収益力、法務、税務の実態などを調べ、買収するにあたってリスクがないことを確認し、より詳細な部分に対する調査を行うことにより将来的な障壁を予防することを目的としている。特に、買収先企業が持っている知的財産権についての事前把握や、クロスボーダーM&Aにおいては、為替レートの変動により大きな損害を被るリスクもあるので、事前に買収対価の支払時期を把握しておく必要がある。
また、PMI効果を最大限に得るためにも、デューデリジェンスの実施は、コストや時間をかけて、徹底的に行う必要がある。そのためには、デューデリジェンスを実施してリスクがないかどうかを事前に弁護士や会計士、税理士などの専門家に依頼して、買収側の立場に立って調査、評価を行う必要がある。
4 成長戦略としてのクロスボーダーM&A
特に、個々の中堅企業や中小企業の限られた経営資源だけでは企業価値を高めることは難しい。業績が伸び悩み、厳しい経営状況を改善するための会社の抜本的な立て直し策をする場合においても、クロスボーダーM&Aが効果的である。
自社の高度な技術やノウハウを消滅させることなく、自社が持たない技術を獲得し、事業の多角化や市場を拡大し、生産性を向上させない限り中堅企業や中小企業の存続と成長はない。成長戦略としてのクロスボーダーM&Aは、当事者双方にとって相乗効果があり、最も合理的で効率的な手段であるといえる。
クロスボーダーM&Aにより中堅企業や中小企業が企業価値を高め成長することにより、業績が向上し国の経済も活性化する。生産性が向上すれば、従業員への人的投資をすることができる。人的投資は将来の利益に結び付くのであり、賃上げや教育投資などをしない限り企業も経済も国も発展成長しない。もちろん、国も、規制緩和による経済の活性化により企業の生産性を高め、将来の不安をなくす企業の成長につながる政策を推進する必要がある。
5 むすび
国内のM&Aと比べるとクロスボーダーM&Aはリスクが高くなる場合が多くなるであろう。しかし、その分だけ成功した場合には大きなリターンが得られるものと考えられる。縮小していく日本市場から海外に目を移し、厳しい国際競争を勝ち抜くためには、大企業ばかりでなく、中堅企業・中小企業もグローバル化を行うことが重要である。クロスボーダーM&Aは、それらを実現するために戦略的に非常に有効な手段のひとつといえる。
特に、クロスボーダーM&Aの手法として、海外企業を買収する際に、自己株式を対価として対象会社の株式を譲り受ける株式交付制度の会社法の改正がなされれば、企業の海外への拡大を支援するものとして注目される。
葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など
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