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解説記事2024年09月16日 未公開判決事例紹介 簡易課税の確認怠るも税理士に重大な過失なし(2024年9月16日号・№1043)

未公開判決事例紹介
簡易課税の確認怠るも税理士に重大な過失なし
東京地裁、簡易課税選択を伝えず原告にも原因

 本誌1034号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。


〇原告の医療法人が、簡易課税制度選択届出書を提出していたことを税理士法人(被告)が見逃したとして、債務不履行に基づきおよそ2億4,000万円余りの損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所(貝阿彌亮裁判長)は令和6年1月25日、被告が法定期限までに簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなかったことは、契約上の注意義務に違反するものとしたが、簡易課税を選択していたことについての情報が原告から被告に提供されなかったことからすれば、原告にも原因があったといわざるを得ないとし、被告の不注意の程度が著しいとまではいえず、重大な過失があったとは認められないとして原告の請求を棄却した(令和4年(ワ)第2846号)。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 被告は、原告に対し、2億3511万5300円及びこれに対する令和2年8月31日(債務不履行に基づく請求については令和4年2月26日)から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、938万5985円及びこれに対する令和3年4月19日(債務不履行に基づく請求については令和5年2月22日)から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要旨

 本件は、医療法人である原告が、税理士法人である被告との間で締結した税務顧問契約に基づき、被告に対して税務申告業務を委託していたところ、
(1)令和3年8月期(原告の令和2年9月1日から令和3年8月31日までの事業年度をいう。以下同じ。)の消費税(地方消費税を含む。以下同じ。)の確定申告において、原告にとって税額のより少ない課税方式は原則課税(消費税額の算出に当たり消費税法(平成28年法律第15号(令和5年10月1日施行分)による改正前のもの。以下「法」という。)30条1項所定の方法により仕入れに係る消費税額の控除(以下「仕入税額控除」という。)を行う方法をいう。以下同じ。)であったのに、被告の担当税理士が、原告において過去に簡易課税(消費税額の算出に当たり法37条1項所定の方法により仕入税額控除を行う方法をいう。以下同じ。)を選択する旨の同項の規定による届出書(以下「簡易課税制度選択届出書」という。)を提出していたことを看過して、同項の規定の適用を受けることをやめる旨の同条5項の規定による届出書(以下「簡易課税制度選択不適用届出書」という。)の提出を怠り、原則課税により算出した税額での申告をした結果、簡易課税により算出した税額での修正申告が必要となり、その差額及び延滞税の納付等を余儀なくされるという損害を被ったと主張して、被告に対し、使用者責任又は債務不履行に基づき、損害賠償金2億3511万5300円及びこれに対する簡易課税制度選択不適用届出書の提出期限日である令和2年8月31日(債務不履行に基づく請求については訴状送達日の翌日である令和4年2月26日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、
(2)令和2年8月期(原告の令和元年11月1日から令和2年8月31日までの事業年度をいう。以下同じ。)においては、原告は消費税の課税事業者になるか否かを選択できる立場にあったところ、被告の担当税理士が、原告において過去に簡易課税制度選択届出書を提出していたことを看過し、原則課税により支払消費税の還付を受けられると誤認して同期の消費税の確定申告をしたことにより、簡易課税により算出した税額での修正申告が必要となり、申告をしなければ納付する必要がなかった消費税及び延滞税の納付等を余儀なくされるという損害を被ったと主張して、被告に対し、使用者責任又は債務不履行に基づき、損害賠償金938万5985円及びこれに対する上記確定申告の日である令和3年4月19日(債務不履行に基づく請求については請求の拡張申立書送達日の翌日である令和5年2月22日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 本件の前提となる消費税に係る制度の概要(関係法令の定めは別紙のとおり。甲4の1・2、乙1、2)
(1)課税事業者と免税事業者

 事業者のうち、その課税期間に係る基準期間(法人については原則として前々事業年度。法2条1項14号)における課税売上高が1000万円以下の者については、その課税期間に係る消費税を納める義務が免除される(法9条1項本文。以下、同項本文の規定により消費税の納税義務が免除される事業者を「免税事業者」といい、その免除がされない事業者を「課税事業者」という。)。ただし、特定期間(法人については原則として前事業年度開始の日以後6月の期間)における課税売上高が1000万円を超えるときは、同項本文の規定は適用しないものとされており(法9条の2第1項、4項)、その判定は、課税売上高に代えて、特定期間中に支払った給与等の合計額によることもできるものとされている(同条3項)。
(2)仕入税額控除の方法(原則課税と簡易課税)
ア 原則課税
 原則課税においては、消費税額は、概要、以下の計算式により算出される(法30条1項)。
課税期間中の課税売上げに係る消費税額−課税期間中の課税仕入れ等に係る消費税額
 この場合、課税売上げに係る消費税額が控除の対象となる課税仕入れ等に係る消費税額に不足するときは、申告によりその不足額の還付(以下「支払消費税還付」という。)を受けることができる。
イ 簡易課税
 簡易課税は、基準期間における課税売上高が5000万円以下である課税期間を適用の対象とする仕入税額控除の特例であり、簡易課税の下では、売上げに係る消費税額を基礎として仕入れに係る消費税額を算出することができ、消費税額は、概要、以下の計算式により算出される(法37条1項)。
課税期間中の課税売上げに係る消費税額−課税期間中の課税売上げに係る消費税額×みなし仕入率
 みなし仕入率は、課税事業者の事業の種類の区分に応じて定められているところ、医療サービス事業を含む事業区分のみなし仕入率は50%である。
(3)仕入税額控除の方法の選択
 課税事業者は、原則として原則課税の対象となり、簡易課税を選択しようとする場合、その適用対象となる課税期間の初日の前日までに、所轄の税務署長に簡易課税制度選択届出書を提出する必要がある(法37条1項)。
 そして、一旦簡易課税制度選択届出書を提出した事業者は、簡易課税の適用を受けることをやめて原則課税の対象となろうとするときは、簡易課税の適用をやめようとする課税期間の初日の前日までに、所轄の税務署長に簡易課税制度選択不適用届出書を提出する必要がある(同条5項、7項)。なお、一旦簡易課税制度選択届出書が提出されると、その後当該事業者が免税事業者となったとしても、簡易課税制度選択不適用届出書が提出されない限り、当該事業者が再度課税事業者となった際には、簡易課税の対象となる。
3 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠等により容易に認定することができる事実)
(1)当事者等

ア(ア)原告は、昭和62年に設立された医療法人であり、「医療法人S整形外科診療所」との名称で、大阪府××市内に主たる事務所を置き、同市内において整形外科診療所を開設していた(以下、この名称であった当時の原告を特に「S診療所」ということがある。)。(甲1、乙5)
   S診療所は、平成16年頃、所轄の税務署長に対し、簡易課税制度選択届出書を提出していた。
(イ)E株式会社(以下「E社」という。)は、令和元年7月1日、S診療所の社員との間で、S診療所の出資持分の全部を譲り受ける合意をした(同年10月31日効力発生)。これを受けて、S診療所は、同年7月8日の臨時社員総会により、その名称を現在の原告の名称に変更するなどの定款変更を決議し、同年10月15日その認可を受けた。
(ウ)原告は、令和元年11月1日、□□□□クリニック渋谷院(診療所)を開設してその業務を開始し、現在、同院のほか、□□□□クリニック銀座院及び□□□□クリニック新宿院(いずれも診療所)を開設、運営している。原告の連結納税上のみなし事業年度の決算月は8月である。
イ 被告は、税理士法2条1項に定める税務代理及び税務書類の作成のほか、組織再編・事業再生、事業承継、国際税務等に係るコンサルティング等を業とする税理士法人である。
(2)当事者間での税務顧問契約の締結
ア 原告と被告は、令和2年3月13日、「税務顧問契約書」と題する書面(甲5。以下「本件契約書」という。)に記名押印して、原告が被告に対して税務顧問業務、税金計算業務、確定申告書(法人税、住民税、法人事業税及び消費税)作成業務等を委託し、これに対して原告が報酬を支払う旨の税務顧問契約(以下「本件契約」という。)を締結した。なお、それ以前から、E社と被告は税務願問契約を締結しており、E社が出資持分を取得した原告の税務業務についても、同契約の一環又は原告に対する先行業務として、被告が行っていた。
  本件契約は、契約期間が令和2年3月1日から令和3年2月28日までであったところ(本件契約3条1項)、同年3月1日以降も更新されたが、令和4年1月28日付けで合意解除された。
イ 本件契約において定められた基本的な報酬の額は、年間で合計108万円(消費税別)であった(本件契約2条)。
ウ 本件契約書には、以下の条項が設けられていた。
(ア)原告は、自らの費用と責任において、被告が効率的かつ適切に本業務を実施できるよう被告に全面的に協力し、関係部署(関係会社等を含む。)に対し周知を図るものとし、遅滞なく被告が必要と判断した全ての記録、書類、その他の情報を遅滞なく被告の閲覧に供し、必要に応じてその謄本を提供し、被告の書面又は口頭による質問に対して回答しなければならない。本項に基づく書類等の提出、質問への回答その他原告の義務の履行の遅れにより又は提出書類、回答等の不足、不備、誤り、虚偽等により生じ得る一切の不利益その他の責任は原告が負担するものと(略)する(1条3項)。
(イ)被告は、本業務の履行に際し、被告の故意又は重大な過失により原告に損害を与えた場合に限り、原告が受けた損害(合理的な弁護士費用を含むが、これに限らない。)について、本件契約2条に定める年間業務報酬の合計額の範囲内において、原告に賠償する責を負う(9条)。
(3)被告の担当税理士による調査等
ア 被告において原告の税務申告を担当した税理士(以下「被告担当税理士」という。)は、令和元年9月30日、原告の税務申告に関してその窓口として被告との連絡・協議を行っていたE社の担当者(以下「E社担当者」という。)に対し、原告に係る消費税申告納付及び法人税見込納付計算に必要な資料の提供を依頼した(以下「本件依頼」という。)。本件依頼の内容を記載したメールの添付資料には、「税務署等への届出資料」として「設立届、青色申告の承認申請書、申告期限の延長届出書、異動届出書等の各種届出書(※設立時から直近までのもの)」の提供を依頼する旨の記載があった。(乙3の1・2、乙16)
  本件依頼を受けて、E社担当者は、令和元年11月、S診療所の税務申告を担当していたH税理士(以下「H税理士」という。)の担当者に対し、上記添付資料と同様の記載をしたメールを送信して、S診療所に係る資料の提供を依頼したところ、法人設立届出書、給与支払事務所等の開設届出書、青色申告の承認申請書、棚卸資産の評価方法の届出書、有価証券の評価方法の届出書、減価償却資産の償却方法の届出書及び法人設立等申告書の提供があったことから、同月28日、これらを被告担当税理士に提供した。ただし、H税理士から簡易課税制度選択届出書の提供はなく、それが被告担当税理士に提供されることもなかった。(甲6の1・2、乙4の1、乙5、16、弁論の全趣旨)
イ また、被告担当税理土は、令和元年11月、E社担当者に対し、S診療所による消費税の申告状況及び申告期限の延長の有無を問い合わせた。ただし、その際、S診療所による簡易課税制度選択届出書の提出の有無について、明示的に問い合わせることはなかった。
  上記の問合せを受けて、E社担当者は、H税理士に確認の上、令和元年11月29日、被告に対し、S診療所について、平成26年12月期以降は消費税の課税事業者ではないこと、設立以来申告期限の延長届を提出したことはないこと等の回答をしたが、簡易課税制度選択届出書の提出の有無についての情報提供はしなかった。(以上につき、甲6の2、弁論の全趣旨)
ウ 被告担当税理士は、原告の令和3年8月期の消費税に係る簡易課税制度選択不適用届出書の提出期限である令和2年8月31日までに、簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなかった。
(4)確定申告の経緯
ア 原告は、令和2年8月期の消費税については、課税事業者になるか否かについて申告時に選択可能であったところ(特定期間における課税売上高が1000万円を超えるが、給与等の支払額が1000万円以下であったことによる。法9条の2第1項、3項)、課税事業者となる場合、原則課税によれば支払消費税還付を受けられるが、簡易課税によれば消費税の納付が必要となる状況にあった。(甲7の1・2、弁論の全趣旨)
イ 原告は、令和3年8月期の消費税については、簡易課税によるよりも、原則課税による方が、納付すべき税額が少なくなる状況にあった。(甲8の1・2)
ウ 被告担当税理士は、原告は簡易課税制度選択届出書を提出しておらず、その仕入税額控除の方法は原則課税であり、また、原告が令和2年8月期について課税事業者になることを選択すれば支払消費税還付を受けられるとの誤認の下、令和3年4月19日に原告の令和2年8月期について、その後に原告の令和3年8月期の消費税について、それぞれ原則課税により計算した税額での確定申告を行った。(甲7の1、甲8の1、弁論の全趣旨)
エ 原告は、令和2年8月期の消費税について、上記の確定申告に基づき、1436万3315円の支払消費税還付を受けた。(甲7の1、甲10の1)
(5)修正申告の経緯
ア 原告の所轄税務署は、令和3年12月22日頃、被告に対し、原告の消費税の確定申告(前記(4)ウ)につき、原則課税で計算しているが、平成16年頃に簡易課税制度選択届出書が提出されているため簡易課税で計算する必要があること及び消費税差額の納付が必要であることを指摘した(甲6の2、乙16)。
  これを受けて、被告担当税理士が、E社担当者を介して、H税理士に対し、S診療所による簡易課税制度選択届出書及び簡易課税制度選択不適用届出書の提出の有無を確認したところ、H税理士から、簡易課税制度選択届出書の控えは確認できないが、簡易課税での消費税の確定申告をしていた旨、簡易課税制度選択不適用届出書を提出した認識はない旨の回答があった。(甲6の3、乙16)
イ 被告は、令和3年12月28日、原告の令和2年8月期及び令和3年8月期の消費税につき、簡易課税により計算した税額での修正申告を行い、これに基づき、原告は、同日、令和2年8月期の消費税について2275万4000円(簡易課税による税額に支払消費税還付の額を加えた額)を、令和3年8月期の消費税について3億2705万6100円(原則課税による税額と簡易課税による税額との差額)を、それぞれ納付した。(甲7の2、甲8の2、甲9の1・2、甲16の1)
ウ 原告は、上記修正申告に伴い、令和3年8月期の法人税等について、1億1421万7600円の還付を受けた。
エ 原告は、上記修正申告に伴い、令和2年8月期の消費税に係る延滞税14万5300円及び令和3年8月期の消費税に係る延滞税127万6800円を納付した。(甲10の1・2)
4 争点及び争点に対する当事者の主張
 本件の争点は、被告担当税理士が原告について令和2年8月31日までに簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなかったこと(以下「行為①」という。)及び令和3年4月19日に令和2年8月期の消費税につき原則課税による申告をしたこと(以下、「行為②」といい、行為①と併せて「本件各行為」という。)についての債務不履行該当性並びに重大な過失の有無(争点1)、本件契約9条の有効性(争点2)、本件各行為についての被告の使用者責任の有無(争点3)、原告の損害の発生の有無及び金額(争点4)である。
(1)争点1(債務不履行該当性及び重大な過失の有無)について
ア 行為①について
(ア)債務不履行該当性について
(原告の主張)
 税理士には一般的な注意義務が課されている。また、消費税は代表的な課税項目であるところ、原則課税か簡易課税かの問題は、極めて重要かつ基本的な事項であって、依頼者に与える影響も大きいことから、慎重かつ意識的に確認すべき事項である。そのため、被告担当税理士は、原告の税務申告を担当するに当たり、過去に簡易課税制度選択届出書を提出していたかどうかを調査すべきであった。
 これに加えて、医療機関には、仕入れに係る消費税を支払う一方で、売上げのほとんどが非課税であるためこれを売上げに係る消費税から差し引くことができず、消費税負担が重くなるという問題(以下「医療機関の損税問題」という。)があるところ、小規模な医療法人は医療機関の損税問題を解決するべく簡易課税の適用を受けていることが多いということは、税理士の常識である。また、被告は、組織再編・事業再編、事業承継、国際税務のコンサルティング等を行うことを業とし、かつ税理士約45名を擁する大手税理士法人であり、その業務遂行に際しては最も高度の税務水準が求められる。
 以上の事実等からすれば、被告には、原告の税務申告を行うに際し、原告、前任者及び税務署に対し、簡易課税制度選択届出書の提出の有無を確認し、簡易課税制度選択不適用届出書を提出した上で、原則課税により申告を行う注意義務があった。
 それにもかかわらず、被告担当税理士は、原告を介して前任のH税理士に概括的に尋ねただけで、簡易課税に関して何ら調査せず、その結果、簡易課税制度選択不適用届出書を提出しないまま令和3年8月期の消費税を原則課税で申告したのであるから、上記注意義務に違反しており、被告は、その履行補助者である被告担当税理士の注意義務違反について、債務不履行責任を負う。
(被告の主張)
 本件契約は、事業者間の契約である。そして、原告は、令和3年8月期の売上げが160億円を超える大規模な医療法人であるし、原告を所有するE社も、令和元年当時の年間売上げが50億円を超える大規模事業者であって、税理士・会計士を含む専門家による各種デューデリジェンスを経て原告を買収したのであり、医療法人の税務についての知識も十分有していたはずである。
 原告は、医療機関の損税問題がある旨主張するが、原告は買収直後の法人であって、被告担当税理士は従前の原告の業態についての知識がないのであるから、原告についてそのような問題があることを認識してはいなかった。また、消費税申告の方法の問題について、税理士法人の規模によって注意義務が加重される理由はない。
 以上のことからすると、被告が、原告の税務申告業務に当たり、簡易課税制度選択届出書の提出の有無を調査する義務を負っていたとしても、その確認は一般的・概括的なもので足り、後見的な対応まで必要であったとはいえない。このことは、本件契約1条3項により、原告側の情報提供義務違反による損害が原告負担であるとされていることからも明らかである。
 被告担当税理士は、全くの新規顧客である原告の税務申告への関与を開始するに際し、確認が必要となる資料をリストアップして、原告に提供を依頼しており、その中には「設立から直近までの」「税務署等への届出資料」が含まれていた。簡易課税制度選択届出書は当然にこの「税務署等への届出資料」に含まれるため、被告担当税理士は原告に対して過去に簡易課税制度選択届出書を提出したかどうかを確認していたといえる。そして、この確認に対し、原告は、税務署等への届出資料として各種届出書を提供したものの、簡易課税制度選択届出書は提供せず、これを提出したことがある旨の指摘もしなかったのであるから、被告担当税理士としては、過去に簡易課税制度選択届出書が提出されたことはないと認識するのが当然である。そうすると、被告担当税理士は、原告が過去に簡易課税制度選択届出書を提出したか否かについて調査すべき注意義務を果たしていたといえる。
(イ)重大な過失の有無について
(原告の主張)
 被告担当税理士は、原告に対し簡易課税の選択をしたかどうかを聞くだけでよく、容易に注意義務を尽くせたのにこれを怠ったのであるから、被告担当税理士には著しい注意義務違反があり、その過失は重大である。
(被告の主張)
 前記(ア)(被告の主張)の事実経過からすれば、被告担当税理士に重大な過失すなわち故意に近しい著しい注意欠如がなかったことは明らかである。
イ 行為②について
(原告の主張)
(ア)債務不履行該当性について
 前記ア(ア)(原告の主張)とおり、被告には、原告の税務申告を行うに際し、原告、前任者及び税務署に対し、簡易課税制度選択届出書の提出の有無を確認する義務があった。特に、令和2年8月期については、被告が関与した段階で原告が課税事業者になるか否かを選択できる立場にあり、原則課税であれば申告によって支払消費税還付を受けられるが、簡易課税であれば申告によって納付義務が生じる状態であったところ、このように専ら支払消費税還付を受ける目的で消費税の申告をする場合には、納付を目的として申告する場合と比して、簡易課税の選択の有無等についてより高い注意を払うべきである。これに加えて、行為②は行為①から約8か月後の令和3年4月19日に行われており、簡易課税制度選択届出書の提出の有無について確認する時間や機会は十分にあったといえることからすれば、被告は、令和2年8月期の申告を行うに際して、上記提出の有無を殊更慎重に確認すべき注意義務を負っていた。
 それにもかかわらず、被告担当税理士は、前述のとおり原告が簡易課税を選択しているかについて何ら確認しないまま漫然と令和2年8月期について支払消費税還付を目的とした申告をしたのであるから、上記注意義務に違反しており、被告は、その履行補助者である被告担当税理士の注意義務違反について、債務不履行責任を負う。
(イ)重大な過失の有無について
 上記(ア)のとおり、行為②については行為①よりも長い検討期間があったのであり、簡易課税の選択の有無を確認することはより容易であったといえるから、被告担当税理士には著しい注意義務違反があり、その過失は重大である。
(被告の主張)
 前記アの(被告の主張)と同様の理由により、行為②についても、被告に債務不履行はなく、被告担当税理士に重大な過失があったともいえない。
(2)争点2(本件契約9条の有効性)について
(原告の主張)

ア 軽過失免責について
 税理士は、税務に関する専門家(税理士法1条)として、税務に関する法令、実務の専門知識を駆使して、依頼者の要望に適切に対応し、善良な管理者として依頼者の利益に配慮する義務があるのであり、その専門家としての義務の不履行による不利益を非専門家である委任者に帰すことは、専門家責任の性質上、許されない。また、高度の注意義務を負うことによるリスクから税理士を保護する制度として、税理士賠償責任保険が存在するのであり、税理士が自らの出捐で賠償責任を果たすことは稀であるから、これに加えて責任制限条項を設ける必要性は小さい。そのため、本件契約9条のうち、故意又は重大な過失がある場合に限り被告が損害賠償責任を負うと定めた部分は、公序良俗(民法90条)に反し無効である。
イ 賠償額の制限について
 被告に故意又は重大な過失があった場合でも、年間の業務報酬額を賠償額の上限とすることは、著しく不公平である。特に本件では、報酬額は年間108万円と低廉であり、現に原告が被った損害はその200倍を超える金額であって、賠償額をそのような異常な低額に限定することを許容する合理的理由は存在しない。したがって、本件契約9条のうち、重大な過失がある場合にまで賠償額を報酬額に限定する部分は、公序良俗に反して無効である。
(被告の主張)
 税理士が専門家として高度の注意義務を負担するとしても、注意義務の範囲・水準と、注意義務違反による不利益をどう分配することが許容されるかとは、全く別の問題であり、高度な注意義務が課されていることと軽過失免責を行うことは矛盾しない。また、賠償責任保険への加入も、責任限定条項の合意も、いずれも役務提供者にとって防衛手段の一つであり、両者は矛盾なく両立する。
 一般に、税務申告の過誤の場合の損害額は、本件の請求額に現れているとおり、多額に上る可能性がある。特に、本件は、経営者の交代が伴うために依頼者側も旧来の業態等に関する知識を欠く事案であるから、なおさら申告に誤りが生じる可能性の高い類型であったといえる。このように、原告の税務申告は類型的にリスクが高い業務であったから、被告が損害賠償責任を負う場合及びその賠償額を制限した上でこれを受任することは、税理士の専門性等と矛盾なく両立する。
 以上のことからすると、本件契約9条は全体として有効である。
(3)争点3(使用者責任の有無)について
(原告の主張)

 被告の被用者である被告担当税理士は、前記(1)の(原告の主張)のとおりの本件各行為に係る注意義務違反により原告に損害を負わせたことにつき、不法行為責任を負うため、被告はこの損害について使用者責任を負う。
(被告の主張)
 原告は被告担当税理士の委任契約上の善管注意義務違反を主張するものと解されるが、仮に契約上の義務違反があったとしても、本件では単なる債権侵害を超える私権の侵害は観念できないため、被告担当税理士の行為は不法行為を構成せず、被告が使用者責任を負うことはない。
(4)争点4(損害の有無及び金額)について
(原告の主張)

ア 行為①により、原告は次の損害を被った。
(ア)令和3年8月期の消費税についての原則課税による税額と簡易課税による税額との差額(ただし、損益相殺として法人税等の還付額を控除した金額。) 2億1283万8500円
(イ)令和3年8月期の消費税に係る延滞税 127万6800円
(ウ)弁護士費用 2100万円
(エ)合計 2億3511万5300円
イ 行為②により、原告は次の損害を被った。
(ア)令和2年8月期の簡易課税による消費税額(還付額1436万3315円と納付額2275万4000円との差額) 839万0685円
(イ)令和2年8月期の消費税に係る延滞税 14万5300円
(ウ)弁護士費用 85万円
(エ)合計 938万5985円
(被告の主張)
 否認し争う。
 仮に被告が原告に対し損害賠償義務を負うとしても、本件契約9条により、その金額は年間業務報酬の合計額(108万円)を超えない。

第3 当裁判所の判断
1 争点1(債務不履行該当性及び重大な過失の有無)について
(1)行為①について

ア 債務不履行該当性
(ア)本件契約においては、消費税の確定申告書作成業務が被告に対する委託業務に含まれているところ(本件契約2条1項③)、申告書の作成又は税務計算に必要な資料の依頼は被告が行い、基礎資料の準備は原告が行う旨の業務分掌が定められている(本件契約書別紙「業務分掌一覧表」)(甲5)。
  また、消費税については、仕入税額控除の方法として原則課税と簡易課税とが存在するところ、原則課税と簡易課税とでは税額の計算方法が大きく異なり、いずれの方法によるかによって、算出される税額に大きな差異が生じ得るものである(前記第22(2)。現に、原告については、令和3年8月期において、簡易課税によるよりも原則課税による方が税額が少なくなる状況にあった(前記前提事実(4)イ)。)。そして、特定の課税期間についていずれの方法が適用されるかは、当該事業者による簡易課税制度選択届出書及び簡易課税制度選択不適用届出書の提出の有無によって定まること(前記第22(3))からすれば、税務に関する専門家(税理士法1条)として事業者から消費税の申告業務を受託した税理士は、当該事業者との関係では、当該事業者にとって有利な税額の計算がされる仕入税額控除の方法により申告をすることや、その方法の適用を受けるための簡易課税制度選択届出書等を法定の期限までに提出することが期待されているものといえ、本件契約においてこれと別異に解すべき事情があるとは認められない。
  これらの事情によれば、税理士法人として原告から消費税の確定申告書作成業務の委託を受けた被告は、本件契約上、原告の令和3年8月期の消費税の申告に関し、過去の簡易課税制度選択届出書の提出の有無について、原告に確認するなどの調査を行い、その提出がある場合には法定の期限までに簡易課税制度選択不適用届出書を提出すべき注意義務を負っていたものといえる。
(イ)そこで、原告の令和3年8月期の消費税の確定申告に至る経緯をみると、被告担当税理士は、令和元年9月30日、原告の窓口となっていたE社担当者に対し、本件依頼をして、「税務署等への届出資料」として「設立届、青色申告の承認申請書、申告期限の延長届出書、異動届出書等の各種届出書(※設立時から直近までのもの)」の提供を求め、これを受けたE社担当者は、同年11月28日、被告担当税理士に対し、法人設立届出書をはじめとする各種届出書を提供したものの、簡易課税制度選択届出書は提供しなかった(前記前提事実(3)ア)。これを受けた被告担当税理士は、本件契約締結後を含めて、原告(S診療所時代を含む。)による簡易課税制度選択届出書の提出の有無について、原告に対して明示的に問い合わせるなどの更なる調査をすることなく(同(3)イ)、原告は簡易課税制度選択届出書を提出していないものと誤認して(同(4)ウ)、法定の期限(令和2年8月31日)までに簡易課税制度選択不適用届出書を提出しないまま(同(3)ウ)、原則課税の方法により令和3年8月期の消費税の確定申告をしたものである(同(4)ウ)。
  上記の経緯によれば、被告担当税理士は、E社担当者に対し、税務署等への届出資料について概括的な資料提供の依頼をしたにとどまり、これに対して簡易課税制度選択届出書の提供がなかったことのみをもって、原告に対して明示的に問い合わせるなどの更なる調査をすることなく、漫然と原告が簡易課税制度選択届出書を提出していないものと誤認したのであるから、前記(ア)のとおり本件契約上求められる調査を尽くしたものということはできない。そうすると、被告担当税理士が法定の期限までに簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなかったこと(行為①)は、本件契約上の注意義務に違反するものと認められ、被告には債務不履行があるというべきである。
(ウ)これに対し、被告は、簡易課税制度選択届出書の提出の有無の確認については、「税務署等への届出資料」の提供を求めるといった概括的な資料提供依頼をすれば足り、このことは本件契約1条3項により原告側の情報提供義務違反による損害が原告負担とされていることからも明らかである旨主張する。
  しかし、「税務署等への届出資料」などという概括的な資料提供依頼をしただけでは、当然にそれが過去の簡易課税制度選択届出書の提出の有無を確認する趣旨を含むことが明らかであるとまでいうことはできない。そして、本件契約上、申告書の作成又は税務計算に必要な資料の依頼は被告が行うこととされていること(前記(ア))からすると、本件契約1条3項の定めは、被告が必要と判断する資料の提供を原告に依頼することを前提とするものと解され、被告による資料提供の依頼に不十分な点があった場合にまで、資料提供の不足による損害を当然に原告の負担とする趣旨のものとまでいうことはできない。したがって、被告の主張する内容を考慮しても、被告に本件契約上の注意義務違反があったこと自体は否定できない。
イ 重大な過失の有無
(ア)もっとも、原告は、従前、「医療法人S整形外科診療所」との名称の医療法人(S診療所)であったところ、E社において、その出資持分の全部を譲り受けた上、名称等を変更するとともに新たな診療所(□□□□クリニック渋谷院等)を開設したもの(前記前提事実(1)ア)、言い換えれば、既存の医療法人を買収して従前と異なる態様の事業を行おうとしたものであるから、E社による出資持分の取得に当たっては、S診療所がしていた税務処理の状況について、調査、検討がされていてしかるべきであるし(なお、この出資持分の取得の際の調査、検討に被告は関与していない(乙16)。)、E社による出資持分の取得後の原告においても、この調査、検討の結果を踏まえて、従前のS診療所による税務処理と整合的な税務処理が行われるよう自らも注意すべきであることは、いうまでもない。そして、被告は、E社による出資持分の取得後の原告との間で、新たに税務顧問契約(本件契約)を締結したものであり、S診療所との間に契約関係はなかったのであるから(前記前提事実(2)ア、弁論の全趣旨)、S診療所時代の業務態様やそれを前提とする税務処理の状況についての情報を有しておらず、その把握は委託者である原告からの情報提供によらざるを得ない立場にあった。そうすると、そのような立場の被告に税務申告業務を委託する原告としては、S診療所において税務申告業務を委託していた税理士の協力を得るなどして、従前のS診療所による税務処理と整合的な税務処理が行われるのに必要な情報が被告担当税理士に引き継がれるよう、注意する必要があったというべきである。
  そして、消費税の仕入税額控除の方法として原則課税と簡易課税のいずれが選択されているかは、算出される税額のほか経理事務の方法にも大きく影響する税務処理の基本的事項であるから、E社による原告の出資持分の取得の際に調査、検討がされていてしかるべき性質の事柄であるといえるし、被告に税務申告業務を委託した原告においても、その情報が被告担当税理士に引き継がれるように注意する必要があったというべきである。しかしながら、本件においては、S診療所において簡易課税を選択していたこと(簡易課税制度選択届出書を提出していたこと)についての情報が原告から被告担当税理士に提供されず、その結果、被告担当税理士による簡易課税制度選択不適用届出書の提出がされなかったのであるから、この点において、行為①については原告にも原因があったといわざるを得ない(少なくとも、被告担当税理士が令和元年11月にE社担当者にS診療所による消費税の申告状況について問い合わせたことを契機として、上記情報を被告担当税理士に提供することは可能であったというべきである。)。
(イ)また、本件契約により被告が受託した確定申告書作成業務の対象は、法人税、住民税、法人事業税及び消費税であって、これらの税目について申告をする上で調査すべき事項は極めて多岐にわたるところ、上記のとおり原告は新規の委託者であり、被告担当税理士は従前の原告の業務態様やそれを前提とする税務処理の状況について把握していなかったことからすると、原告に対して資料の提供を依頼する際にも、具体的にどのような点に留意すべきであるかが明らかであったとはいえないから、当初の依頼(本件依頼)の内容が「税務署等への届出資料」等の概括的なものにとどまったこと自体には、やむを得ない側面がある。そして、仕入税額控除の方法は、事業者が簡易課税制度選択届出書を提出しない限り、原則課税となる仕組みであること(前記第22(3))、本件依頼や、その後の被告担当税理士によるE社担当者に対するS診療所による消費税の申告状況についての問合せに対し、原告から簡易課税制度選択届出書の提出に係る情報提供はなかったこと(前記前提事実(3)ア、イ)からすれば、被告担当税理士において、原告につき、特に手続を要することなく原則どおり原則課税の対象となるものと誤認したことには、一応の理由があるものといえ、被告担当税理士が原告に対して簡易課税制度選択届出書の提出の有無を明示的に問い合わせるなどの更なる調査をしなかったことについて、その不注意の程度が著しいとまではいえない。
(ウ)以上のとおり、行為①については、原告にも原因があったといわざるを得ず、被告担当税理士の不注意の程度が著しいとまではいえないことからすれば、被告に重大な過失があったと認めることはできないというべきである。
(エ)これに対し、原告は、小規模な医療法人は医療機関の損税問題を解決するべく簡易課税の適用を受けていることが多いということは、税理士の常識であるなどと主張する。しかし、そのような問題が生ずるか否かは、当該医療機関の規模だけではなくその具体的な業務態様等によるところ、被告は従前の原告の業務態様を把握する立場になかったこと、また、そのような問題への対応は、E社による原告の出資持分の取得の際に調査、検討がされていてしかるべき性質の事柄ともいえることからすれば、原告が主張する点をもって上記(ウ)の判断が左右されるものとはいえない。
  また、原告は、被告の業務内容や規模を理由に、被告には高度な税務水準が求められていた旨主張する。しかし、被告は本件契約において事業承継に係る業務まで受託していたわけではないし、以上に述べたところは税理士法人の規模にかかわらず妥当するものであるから、原告が主張する点をもって上記(ウ)の判断が左右されるものとはいえない。
(2)行為②について
ア 債務不履行該当性
(ア)原告は、令和2年8月期の消費税については、課税事業者になるか否かについて申告時に選択可能であり、課税事業者となる場合、原則課税によれば支払消費税還付を受けられるが、簡易課税によれば消費税の納付が必要となる状況にあった(前記前提事実(4)ア)。前記(1)ア(ア)で述べたところも踏まえれば、税理士法人として原告から消費税の確定申告書作成業務の委託を受けた被告は、本件契約上、原告の令和2年8月期の消費税の申告に関し、過去の簡易課税制度選択届出書の提出の有無について、原告に確認するなどの調査を行い、原告に適用される仕入税額控除の方法に応じて、課税事業者となるか否かを選択すべき注意義務を負っていたものといえる。
(イ)そこで、原告の令和2年8月期の消費税の確定申告に至る経緯をみると、被告担当税理士は、原告は簡易課税制度選択届出書を提出しておらず、その仕入税額控除の方法は原則課税であり、原告が同期について課税事業者になることを選択すれば支払消費税還付を受けられると誤認して、原則課税の方法により同期の消費税の確定申告をしたものである(前記前提事実(4)ウ)。上記確定申告までの間に、被告担当税理士が、前記(1)ア(イ)で述べたことのほかに原告の簡易課税制度選択届出書の提出の有無について調査をしたとはうかがわれないから、前記(1)ア(イ)の判断と同様、被告が上記確定申告をしたこと(行為②)は、本件契約上の注意義務に違反するものと認められ、被告には債務不履行があるというべきである。
イ 重大な過失の有無
(ア)前記(1)イのとおり、行為①について被告に重大な過失があったと認めることはできないところ、その理由は、行為②についての被告の重大な過失の有無についても同様に妥当するものである。
(イ)これに対し、原告は、特に行為②について被告に重大な過失があることを基礎付ける事情として、(a)支払消費税還付を受ける目的で消費税の申告をする場合には、納付を目的として申告する場合と比して、簡易課税の選択の有無についてより高い注意を払うべきこと、(b)行為②は行為①から約8か月後に行われており、簡易課税制度選択届出書の提出の有無について確認する時間や機会が十分にあったことを主張する。
  しかし、上記(a)について、支払消費税還付を受ける目的で消費税の申告をする場合に関して、原告が主張するように税理士の注意義務を加重すべき理由は見当たらない。これを本件に即してみると、被告担当税理士は、原告が簡易課税制度選択届出書を提出しておらず、その仕入税額控除の方法は原則課税であると誤認していたものであるところ、その誤認を前提とすれば、原告の令和2年8月期の消費税については、課税事業者となることにより支払消費税還付を受けられる以上、支払消費税還付を受けるべく課税事業者として申告をするのが合理的な行動であるから(かえって、課税事業者とならなければ、受けられるはずの支払消費税還付を受けられないという不利益を受けることとなる。)、その誤認に基づく行為①について重大な過失が認められないのと同様に、その誤認に基づく行為②についても重大な過失は認められないものというべきである。
  また、上記(b)について、被告担当税理士による原告の税務署への届出資料等の調査は、前記前提事実(3)記載のとおり、令和元年9月から11月にかけて行われたものである。そして、消費税に係る仕入税額控除の方法は、前記第22(3)のとおり、原則課税と簡易課税のいずれであっても、新たに届出を行わない限りは、その方法が維持されるのであるから、ひとたび事業者の仕入税額控除の方法を調査した税理士は、それが誤っていることをうかがわせる事情がない限り、その後に重ねてこれを調査することは予定されていないものといえる。そして、本件では、被告担当税理士が簡易課税制度選択不適用届出書を提出せずに令和2年8月31日を経過して(行為①)から、行為②がされた令和3年4月19日までの間に、原告が過去に簡易課税制度選択届出書を提出していたことをうかがわせるような事情が生じたとは認められない。そうすると、行為②が行為①から約8か月後に行われたものであることによって、被告の重大な過失の有無の判断が左右されるものということはできない。
(ウ)以上によれば、行為②についても、被告に重大な過失があったとは認められないというべきである。
(3)小括
 以上のとおり、本件各行為のいずれについても、被告に債務不履行(本件契約上の注意義務違反)があったとはいえるものの、重大な過失があったとまではいえない。
2 争点2(本件契約9条の有効性)について
(1)本件契約は、いずれも事業者である原告と被告との間で締結されたものであるところ、その締結当時、原告は、E社による出資持分の取得を経て、大規模な経営を予定していたものと解されるから(令和3年8月期の原告の消費税の課税標準額は、約165億円に上っている。甲8の1・2)、税務顧問契約の締結に関して一定の交渉力を有していたといえるし、原告が税務申告業務を委託し得る税理士又は税理士法人が被告に限られていたという事情があるとはうかがわれない。また、本件契約書は約款ではなく個別契約の形式を採っており(甲5)、本件契約書上の個別の条項の内容について、当事者間の協議によって調整することも可能であったと解される(現に、本件契約書別紙「業務分掌一覧表」は、当事者間の個別協謙の結果を踏まえて作成されたものと考えられる。)。
  そうすると、原告及び被告は、基本的に対等な立場において、各自の判断の下に、本件契約書の内容に合意して本件契約を締結したものというべきであって、本件契約9条についてこれと別異に解すべき事情があるとは認められない。
(2)また、本件契約については、その締結の直前にE社が原告(S診療所)の出資持分の全部を取得しており、原告の経営母体が変更していたこと(前記前提事実(1)イ)からすれば、原告の従前の業務態様や税務処理の状況の把握に困難を伴うことや、原告側の情報の引継ぎに不備がある可能性等が想定され、通常の事業者を委託者とする税務顧問契約よりも、税務過誤が発生するリスクが大きく又は当事者においてそのリスクの程度を把握することが困難な事情の下で締結されたものということができる。
  このような事情の下では、原告の税務申告業務等を受託する被告において、その業務の履行について損害賠償責任を負う場合を、故意又は重大な過失により原告に損害を与えた場合に限定しようとすることは、一定の合理性を有するものといえるし、被告に税務申告業務等を委託する原告においても、あらかじめ被告の損害賠償責任の発生が上記場合に限られることを認識した上で契約関係に入るのであるから、その限定が原告との関係で不公平であるとまでいうことはできない。
(3)以上の事情等を考慮すると、本件契約9条のうち、被告の故意又は重大な過失により原告に損害を与えた場合に限り、被告が損害賠償責任を負うと定めた部分は、被告が税務の専門家であることや、税理士賠償責任保険が存在することを踏まえても、それが公序良俗に反して無効であるということはできず、当該部分は有効であるというべきである。なお、本件契約9条のうち、被告が負担すべき損害賠償額を年間業務報酬額に限定する部分の有効性については、本件では判断を要しない。
(4)そして、前記1のとおり、本件各行為のいずれについても、被告に重大な過失があったとは認められないから(なお、故意があったとも認められない。)、被告は、本件契約9条により、本件各行為について、債務不履行に基づく損害賠償責任を負わないものというべきである。
  したがって、原告の被告に対する債務不履行に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。
3 争点3(使用者責任の有無)について
 原告が主張する本件各行為に係る被告又は被告担当税理士の注意義務(原告による簡易課税制度選択届出書の提出の有無の確認義務等)は、前記1(1)ア(ア)及び(2)ア(ア)のとおり、本件契約を根拠として初めて認められ得るものであって、本件契約を前提としない不法行為法上、被告担当税理士においてそのような注意義務を負っていたと解すべき事情があるとは認められない。
 そうすると、被告担当税理士の本件各行為が不法行為に当たるとは認められないから、原告の被告に対する使用者責任に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

第4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第37部
裁判長裁判官 貝阿彌 亮
裁判官 中原隆文
裁判官 山㟢優介

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