解説記事2024年09月23日 ニュース特集 相続税実務におけるよくある誤解 第4弾(2024年9月23日号・№1044)
ニュース特集
総則6項の適用ロジック、税負担の錯誤、無議決権株式発行時の同族株主の判定……
相続税実務におけるよくある誤解 第4弾
本誌980号、1002号、1035号に続き、本特集では「相続税実務におけるよくある誤解」第4弾をお届けする。
1つ目の事例としては、このところ総則6項適用の可否が争点となった事案における判断枠組みとして定着している「合理的理由があれば平等原則に違反せず、総則6項を適用することが許される」のはなぜなのか、「絶対的な平等」と「相対的な平等」に焦点を当てながら改めて整理する。
2つ目の事例としては、相続時精算課税の適用要件を満たす贈与当事者間の贈与について贈与税の申告をしたところ、顧問税理士が相続時精算課税の選択届出書の提出を失念していたためにその適用が受けられず、暦年課税による贈与税の課税処分を受ける羽目になった場合に、果たして納税者や税理士による租税負担の錯誤(民法95)の主張が認められるのかどうかを検討する。
3つ目の事例としては、無議決権株式を大量に相続し、同族株主グループに属することとなった相続人が保有する当該株式を「原則的評価方式」又は「配当還元方式」のいずれで評価すべきかを検討する。
最後に4つ目の事例として、農地だった土地を雑種地に転用し、太陽光発電等に利用することとなった場合において、評価基本通達86《貸し付けられている雑種地の評価》の注書を根拠に、農地から雑種地に転用された土地の比準地目を「農地」として相続税評価することができるとの見解の真偽を検証する。
事例1
なぜ合理的理由があれば平等原則に違反せず総則6項が適用できるのか
平等原則は評価通達の適用においても妥当
本誌1042号(2024年9月9日号)「通達評価額とのかい離のみで“特段の事情”ありとは言えず」では、総則6項適用事案で国が一審に続き二審でも敗訴した事案についてお伝えしたが、一審では、令和4年最高裁判決の判断枠組みを引用し、相続株式について「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(特段の事情)があるか否かが検討され、二審でもこの判断枠組みが支持されている。
総則6項適用の可否が争点となった事案では、この最高裁令和4年4月19日判決(最高裁令和4年判決)の判断枠組みが引用されるというパターンが定着している。最高裁令和4年判決では総則6項の適用の可否について、「評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法」である旨判示している。
ただ、なぜ合理的な理由があれば平等原則に違反せず総則6項の適用が許されるのかとの疑問は根強い。まず、平等原則は憲法14条の「すべての国民は法の下に平等」との文言に由来する租税法上の一般原則であるため、本来、法律の適用においてのみ妥当し、通達の適用上は考慮されないのではないかとの指摘がある。
しかし、金子宏教授は著書「租税法」の中で、平等原則は、法の執行段階においても妥当するとし、その例として、「特定の土地についてのみ近隣の同一条件の土地に比して高く評価することは、たとえ評価額が時価の範囲内であるとしても平等原則に反し、違法である」旨述べている。この考え方を踏まえれば、最高裁令和4年判決が判示したように、平等原則は評価通達の適用においても妥当することになる。
憲法14条は相対的平等を保障
また、一口に「平等」と言っても、「絶対的な平等」と「相対的な平等」があり、評価通達の適用上はそのいずれを前提にしているのかという疑問もある。仮に絶対的な平等が求められるのであれば、同様の財産は同様に評価しなければならないことになるため、総則6項の適用は無条件で違法になる。最高裁令和4年判決は、「合理的な理由がある場合に限り」平等原則に反しないと判示していることから、相対的な平等との立場をとったものと解される。
この点を理解するには、いわゆる大島訴訟(最高裁昭和60年3月27日判決)が参考になる。大島訴訟で納税者は、旧所得税法上は給与所得者について実額控除が認められていなかったことから、事業所得者との関係で平等原則に反すると訴えたが、最高裁は、「憲法14条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない」と判示した。つまり、憲法14条は絶対的平等を保障したものではなく、相対的な平等を保障しているのだから、国民各自の事実上の差異に相応した法的取扱いを区別することは、その区別に合理性がある限り許されるということだ。
これを総則6項に当てはめると、憲法14条は相対的平等を保障していることから、合理的な理由(実質的な租税負担の公平に反するというべき事情)があれば、その適用が許されるということになると考えられる。
事例2
相続時精算課税選択届出書提出失念で租税負担の錯誤は成立せず
「意思表示当時存在した事実」と「意思表示当時認識した事実」の食い違いが必要
相続時精算課税の適用要件を満たす贈与当事者間の贈与(以下、本件贈与)について贈与税の申告をしたところ、顧問税理士が相続時精算課税の選択届出書の提出を失念していたためにその適用が受けられず、暦年課税による贈与税の課税処分を受ける羽目になったという事案は少なからず発生している。
この場合、納税者や税理士から租税負担の錯誤(民法95)が主張されることがある。すなわち、贈与当事者間では、相続時精算課税の適用を受けることによって無税で贈与を受けることができる意思表示をした上で当該贈与を行っていたのだから、租税負担の錯誤を理由に当該贈与を取り消し、かつ、贈与財産を贈与者に返還すれば、課税処分の取り消しを求めることができるのではないか、という理屈だ。
しかし、民法95条に規定する錯誤の対象となり得るには、「意思表示当時存在した事実」と「意思表示当時認識した事実」との食い違いがあることがまず必要であると解されている。
この点、裁判例によると、事後の事態に関する予測の誤りに過ぎない事柄、換言すれば「意思表示当時の予測と異なる事態」が出現したにすぎないことが錯誤の原因事実として主張された場合、法律行為の当時から見て将来の不確定な事実が後に発生したことによって当該法律行為を無効とするのは「条件(解除条件)」であって錯誤ではなく、また、約束した履行をしないのは「債務不履行」であって錯誤ではないとされている(事実と認識の同時存在の原則)。
典型的な例として、未上場株式が、売買当事者間で「将来上場し、確実に利益を上げられる」との認識の下で売買されたとしても、結局は上場を果たすことができず、利益を上げられなかった場合、この売買が錯誤の対象となり取り消すことができるはずがないということを考えれば、錯誤の要件である「事実と認識の同時存在の原則」は容易に理解できよう。
動機と受贈意思の間に錯誤なし
本件贈与を「事実と認識の同時存在の原則」によって判断すると、
① 本件贈与の際、贈与当事者は相続時精算課税の適用要件を満たしており、本件贈与は、選択届出書が期限内に提出されていれば、相続時精算課税の適用が受けられたこと
② 相続時精算課税の適用が受けられなかったのは、税理士が選択届出書を期限内に提出しなかったためであって、本件贈与とは別個の後発的事由に基づくものであること
③ 本件贈与時点では、贈与当事者の動機(税負担を伴わない贈与)に沿った贈与契約が成立していること
から、動機と受贈意思の間に錯誤はないとの結論を導き出すことができる。
すなわち、本件贈与は、そもそも錯誤が適用される場面ではないことから、錯誤を理由に課税処分の取消を求めることはできないということになる。
事例3
評価会社が無議決権株式を発行している場合の同族株主の判定は
原則方式か配当還元方式か
経営者が議決権を保持する目的や、株主に経営に関与させない代わりに高い配当を付与する目的などから無議決権株式を発行している同族会社は少なくないが、無議決権株式を大量に相続し、同族株主グループに属することとなった相続人が保有する当該株式を「原則的評価方式」又は「配当還元方式」のいずれで評価すべきか、悩ましいところだ。
例えばX社で、被相続人甲の弟Aが社長、甲が副社長を務め、その株主は、A、B(Aの配偶者)、C(Aの子)及び甲の4名で、A、B及びCがその発行済株式の70%(全て議決権あり)を、甲が発行済株式の30%(全て議決権なし)を所有していたとする。こうした中、被相続人甲の子ではあるが、X社の役員ではない丙が、甲からX社の株式(以下、「本件相続株式」という)を相続したとしよう。この場合、本件相続株式を「原則的評価方式」又は「配当還元方式」のいずれで評価すべきかということが実務上しばしば問題になる。
相続税上、取引相場のない株式について配当還元方式により評価することができる株主は、以下に掲げる者とされている(評基通188)。
同族株主かどうかは「議決権割合」で判定、配当還元方式の利用可
このように、同族株主に該当するか否かの判定は、持株割合ではなく議決権割合により行うため、同族株主グループに属する株主であっても、中心的な同族株主以外の株主で議決権割合が5%未満の役員でない株主等は、無議決権株式の所有の多寡にかかわらず同族株主に該当しないことになる。
以上を踏まえると、丙はX社の同族株主グループに属する株主ではあるものの、本件相続株式は無議決権株であること、X社の中心的な同族株主以外の株主であること、X社の役員ではないことから、本件相続株式は配当還元方式により評価するのが相当ということになる。
(1)同族株主のいる会社の株式のうち、同族株主以外の株主の取得した株式
(2)中心的な同族株主のいる会社の株主のうち、中心的な同族株主以外の同族株主で、その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるもの(評価会社の役員及び相続税の法定申告期限までの間に役員となる者を除く。(4)において同じ。)の取得した株式
(3)同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の15%未満である場合におけるその株主の取得した株式
(4)中心的な株主がおり、かつ、同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の15%以上である場合におけるその株主で、その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるものの取得した株式
事例4
農地から転用され貸し付けられている雑種地の比準地目は
雑種地は「状況が類似する付近の土地」に基づき評価
農地だった土地を雑種地に転用し、太陽光発電等に利用することは多い。農地だった土地を太陽光発電に利用するためには、農地法上、農地を「雑種地」に転用することについて都道府県知事の許可を得る必要がある。また、通常、雑種地への転用許可を得た土地は太陽光発電業事業者に貸し付けられ、同事業者が造成工事を実施し、太陽光発電設備の敷地として利用することになる。
財産評価基本通達82《雑種地の評価》は、雑種地の価額は原則として「その雑種地と状況が類似する付近の土地」について評価通達の定めるところにより評価した1㎡当たりの価額を基として評価する旨規定している。例えば当該土地が店舗等の建築が可能な幹線道路沿いや市街化区域との境界付近にある場合には、“宅地化”の可能性があることから、課税実務上、付近の宅地の価額を基に評価するのが相当と解されている。
賃借人が造成しても比準する地目は変わらず
一方、農地から雑種地に転用された土地の比準地目を「農地」として相続税評価することができるとの見解も聞かれる。
この見解の根拠となっているのが、評価基本通達86《貸し付けられている雑種地の評価》の注書だ。ここでは、賃借人が雑種地の造成を行っている場合における賃借権の目的となっている雑種地の評価は、「造成が行われていないものとして」評価した価額を基礎とする旨を定めている。この規定を踏まえると、当該土地の“造成前”の地目は農地であるため、当該土地と状況が類似する付近の土地(比準地目)を「農地」として当該土地を評価することができるようにも見える。
しかし結論から言えば、賃借人が造成したことにより、比準すべき地目が変わることはない。評価基本通達86の注書の趣旨は、造成後の価額に基づき雑種地を評価した場合、造成費相当額分評価額が高くなり、不合理な結果となることを回避することにある。そこで、雑種地の自用地価額を「造成工事が行われていないもの」として近傍の土地の価額から比準して求め、当該価額を基に賃借権の価額を計算し、先に求めた自用地価額から賃借権価額を控除して評価することが相当としている。
したがって、当該土地の評価は「造成前の地目」に基づいて行うのではなく、「造成が行われていないもの」とした場合の「雑種地」として、状況が類似する付近の土地の価額を基に行うことになる。住宅が点在する市街化調整区域内の農地を雑種地に転用した場合などは、宅地が比準地目となることも考えられよう。
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