解説記事2025年06月09日 第2特集 オリンパスの不適正会計を巡る監査法人に対する株主代表訴訟(2025年6月9日号・№1077)
第2特集
監査手続に関する善管注意義務違反は認められず
オリンパスの不適正会計を巡る監査法人に対する株主代表訴訟
オリンパスの不適正会計を巡る有限責任あずさ監査法人に対する株主代表訴訟の判決の詳細が明らかとなった。東京地方裁判所(鈴木謙也裁判長)は令和6年12月19日、被告の監査手続に関して善管注意義務違反は認められなかったとして原告らの請求を斥けている(令和元年(ワ)第11335号等)。裁判所は、重要な虚偽記載を発見できずに不適切な意見を表明する可能性を合理的に低い水準に抑えるために、リスクに応じた必要十分な監査手続を実施すべきとした上で、本件では、オリンパスに対して会計処理の変更や特別損失を計上させるなど、財務諸表に重要な虚偽記載が含まれている危険の程度は大幅に低減されていたとの判断を示している。
損失を抱えた金融商品の簿外処理により罰金7億円
本件は、オリンパスは金融商品の含み損の計上を回避する目的で、簿外のファンド等に対して資金を供給し、簿価で金融商品を買い取らせるなどしてオリンパスから損失を分離するスキームを構築し、これにより重要な事項に虚偽記載のある有価証券報告書等を提出した上、分配可能額を超える違法な配当を行っていたとして、同社の株主である原告及び参加人が、その当時に監査人を務めていた被告には一般に公正妥当と認められる監査に関する基準に準拠した監査を怠った善管注意義務違反があるなどとし、有限責任あずさ監査法人(被告)に対し、2,250億円超の損害賠償を求めた株主代表訴訟である。
時価会計導入による評価損計上を回避
不適正会計の原因となった金融商品の多額の含み損を抱えることになった背景には、昭和60年度以降の急激な円高により、オリンパスの営業利益が大幅に減少する状況に直面したことが挙げられる。同社は、営業外収益を得るため、安全な金融商品に加えて、外国債券、株式、先物、スワップ、仕組債等の運用を行うとともに、特定金銭信託及び特定金外信託(以下「特金」)による金融商品の運用を行うようになったが、平成2年頃のバブル経済の崩壊により、平成10年頃には950億円の損失を抱えることになった。金融商品に関しては、これまで取得原価主義が採用されていたが、平成11年1月の会計基準の改正により、平成12年4月1日以降に開始する事業年度から時価評価されることになったため、今後は多額の含み損を評価損として計上しなければならなくなった。
このような事態を受け、オリンパスは、特金等で運用していた金融商品の多額の含み損の計上を回避する目的で、含み損のある金融商品を買い取らせることを主たる目的とする簿外のファンド(受け皿ファンド)等に資金を供給し、含み損を抱えていた金融商品を簿価で受け皿ファンドに買い取らせるなどして、オリンパスから損失を分離して含み損を表面化させないスキーム(損失分離スキーム)を構築。その後、同社は、損失分離スキームによって分離した損失を解消する目的で、自ら又は完全子会社であるO社において、A社・B社・C社の株式(以下「国内3社株式」)を著しく高値で買い取ることなどを通じ、受け皿ファンド等に資金を供給していた。
これによりオリンパスは、損失を抱えた金融商品を簿外処理するなどの方法により純資産合計欄に過大な金額を記載するなどした虚偽のある有価証券報告書を提出したとして、証券取引法違反及び金融商品取引法違反により、罰金7億円に処するとの判決を受けることになった(東京地裁平成25年7月3日判決)。
時価情報を確認する義務があったと主張
原告らは、オリンパスは損失分離スキームを構築して、特金で運用していた金融商品等を簿価で受け皿ファンドに買い取らせるといった「飛ばし」を行っており、被告の監査人においては、同社の過去の金融商品の売却取引について、金融商品が時価ではなく簿価で売却されていないかにつき、オリンパスを通じてその時価に関する情報を入手するだけでなく、独自に専門家に調査を依頼するなど、同社から独立したルートで時価情報を入手し、その時価情報を確認する義務があったなどと主張した。
金融商品に関する会計基準の変更等
金融商品に関しては、平成11年1月の会計基準の改正により、平成12年4月1日以降に開始する事業年度から時価評価されることになった。それまでは取得原価主義が採用されていた。特金で運用する金融商品については、バスケット方式原価法又はバスケット方式低価法のいずれかを採用することとされていた。
なお、バスケット方式原価法とは、一個の信託契約を構成する財産をまとめて一個の財産単位とみなし、原則として取得価額を付すが、時価が取得価額を著しく下回りかつ回復すると認められないときは時価を付す評価方法であり、バスケット方式低価法とは、一個の信託契約を構成する財産をまとめて一個の財産単位としてみなし、原則として取得価額を付すが、時価が取得価額を下回るときは時価を付す評価方法である。
リスクに応じた監査手続により重要な虚偽記載は大幅に低減
裁判所は、金融商品の時価に関する情報の確認義務違反に関し、監査人は被監査会社による不正又は違法行為の発見・是正それ自体を監査の直接の目的とするものではないものの、このような不正又は違法行為に起因するなどして財務諸表に重要な虚偽記載が含まれているにもかかわらず、これを発見できずに不適切な意見を表明する可能性を合理的に低い水準に抑えるために、財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを適切に評価した上で、リスクに応じた必要十分な監査手続を実施すべきものとされているとした。
本件では、被告は①平成11年飛ばしに係る外国債券の売却取引を取り消したこと、②特金で運用する金融商品の会計処理をバスケット方式原価法からバスケット方式低価法に改めたこと、③全ての特金の口座を解約するとともに、多額の特別損失を計上し、特金で運用する金融商品等の含み損を表面化させる措置を講じたこと、④特金で運用していた金融商品について期末前後で買い戻す取引を行っていないかにつき調査を行い、「飛ばし」を疑わせる取引がないことを確認したことが認められるとし、裁判所は、財務諸表に「飛ばし」に起因した重要な虚偽記載が含まれている危険の程度は大幅に低減されていたということができ、被告には、オリンパスが保有していた金融商品について、被告が行った調査以上に、独自に専門家に調査を依頼するなど、オリンパスから独立したルートで時価情報を入手し、その時価に関する情報を確認する義務があったと認めることはできないとした。したがって、被告に金融商品の時価に関する情報の確認に関して善管注意義務違反があるとは認められないとの判断を示した。
必要な監査業務の引き継ぎを怠ったとは認められず
本件では、被告から後任の監査人への監査業務の引継ぎに関しても争点となっている。原告らは、被告が後任の監査人に対し、①国内3社株式の取得及びJ社買収におけるFA報酬の支払により財務諸表における重要な虚偽表示が生じ得る状況があったこと、②これらの取引に関して被告が抱いていた疑念の内容、③その疑念を指摘した結果、被告が監査人を交代させられたこと、④オリンパスが過去にも「飛ばし」を行っていたことを伝えなかったことなどは、監査基準委員会報告書第33号「監査人の交代」に照らし、善管注意義務違反を構成するなどと主張した(なお、被告と後任の監査人との間の質問及びその回答は表1のとおり)。

裁判所は、監査人が監査業務の引継ぎを行うに際し、後任の監査人に対してあえて虚偽の情報を提供し、また、必要な情報を提供しないなど、必要な監査業務の引継ぎを怠ったと認められる場合においては、善管注意義務違反を構成する場合があると解されるとした。
本件については、監査チームは、オリンパスの役員及び監査役らに対し、国内3社株式については減損処理の必要性を、FA報酬についてはJ社の買収に直接要した費用を超える部分の報酬については費用として処理する必要性を伝え、オリンパスは最終的には被告の考えに沿う方向性での会計処理を行ったこと、また、監査チームは、国内3社株式の取得及びFA報酬の支払に係る一連の取引に関して何らかの不正又は違法な行為がある可能性を視野に、監査役に対して業務監査権の行使を要請するとともに、外部の専門家からなる調査委員会による調査が有効である旨を伝え、その結果、調査委員会が設置され、不正又は違法行為を確認できなかった旨の報告書を受領したことを踏まえると、後任の監査人に上記①の重要な虚偽表示が生じ得る状況や②の疑念の内容を伝えなかったことは、被告の監査の経過や認識に合致する内容であったといえ、善管注意義務違反があるとは認められないとした。また、③の点については、被告は任期満了により監査人を退任し、再任されなかったものであり、④の平成11年飛ばしは10年近く前の出来事であるほか、飛ばしの取引を取り消させ、特金の口座を全て解約させるなどの対応が講じられたことに照らすと、後任の監査人に平成11年飛ばしについて伝達する義務があったとはいえないと指摘。被告が必要な監査業務の引き継ぎを怠ったとは認められないとし、善管注意義務違反はなかったとした。
なお、その他の争点と裁判所の判断は表2のとおりとなっている。
【表2】その他の主な争点と裁判所の判断
残高情報の調査義務違反の有無 |
・オリンパスが構築していた損失分離スキームは、組織ぐるみで社外の協力者とも共謀した上で、融資金等の資金を様々な名目で複数の簿外ファンドを経由させて受け皿ファンドに注入するというものであり、それ自体が容易には想定し把握することが困難な巧妙かつ複雑なスキームであって、同社が金融機関に多額の定期預金等をしていた事実をもって、財務諸表に重要な虚偽記載が含まれていることを疑うことは困難であったといえる。 ・オリンパスが特金で運用していた金融商品が多額の含み損を抱えていたことや、飛ばしを行っていたことをしん酌したとしても、平成12年3月期から平成19年3月期までの監査で、被告において、オリンパスが定期預金等を担保に資金を工面しており、その資金が「飛ばし」のために使用され、これに起因して財務諸表に重要な虚偽記載が含まれているといった危険があることを疑うべき状況にあったとはいえないことから、残高情報の調査義務違反があったと認めることはできない。 |
国内3社株式の取得についての調査義務違反の有無 |
・国内3社株式の取得価額は高額であり、取得対象会社の事業計画が非常に楽観的であったなどの事情があり、財務諸表には何らかの不正又は違法行為に起因する重要な虚偽記載が含まれている一定程度の危険があった。 ・他方で、飛ばしの一環として損失解消スキームが構築されていたことはもとより、財務諸表に不正又は違法行為に起因する重要な虚偽記載が含まれていることを具体的に疑わせるまでの状況ではなかったなかで、監査チームは、国内3社株式の取得価額の金額的な重要性に鑑み、取締役会議事録の閲覧、国内3社の本社の往査及び工場視察、代表取締役等との面談などを通じて国内3社株式の取得が関連当事者ではない第三者との取引であること、その取得がオリンパスの経営方針と合致していること、取得対象会社の事業計画の前提条件等に明らかに不合理な点がないことを確認するなど、国内3社株式取得の「事業の合理性」について相当の手段を尽くしてその確認を行っていたことからすると、国内3社株式の取得に関する監査上の危険を合理的に低い水準に抑えるために必要十分な監査手続が実施されていたと認めることができる。そうすると、被告において、それ以上に、外部の専門家を利用して国内3社の事業価値について評価を行うなどの独自の調査を行う義務があったとは認められない。 |
監査報告書に適切な意見表明を付す義務違反の有無 |
・監査チームは、①FA報酬につき、一般的な相場に比べて高額になっていたことに注意を払い、オリンパスの役員及び監査役に対し、J社の買収に直接要した費用を超える部分の報酬は費用処理する必要性を伝え、最終的にそれに沿う会計処理が行われたこと、②国内3社株式につき、減損処理の必要性を伝え、最終的にそれに沿う会計処理が行われたことが認められることからすると、個別の財務諸表項目に虚偽記載が含まれる危険についての監査上の危険性を合理的な水準に抑えるために必要十分な監査手続が実施されたものと認められる。 ・一連の監査経過に鑑みると、被告において、重要な監査手続を実施できなかった場合には当たらず、オリンパスの計算書類に不適切な内容がある場合にも当たらないと判断したことは相当であったといえ、監査基準に照らし、無限定適正意見を付したことが不合理であったとはいえず、被告が必要な監査手続を実施した上で監査報告書に適切な意見表明を付すべき義務を怠ったとは認められない。 |
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