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解説記事2025年10月13日 未公開判決事例紹介 別件訴訟で和解を成立した弁護士への損害賠償請求(2025年10月13日号・№1094)

未公開判決事例紹介
別件訴訟で和解を成立した弁護士への損害賠償請求
課税処分もみなし譲渡所得課税は予見できず

 本誌1089号40頁で紹介した損害賠償等請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇相続をめぐる別件訴訟で依頼人であった原告が、和解を成立させた弁護士(被告)に対し、和解成立後に多額の課税処分を受けたとして債務不履行等に基づき1億3,400万円超の損害賠償等を求めた事件(令和3年(ワ)第2744号)。東京地方裁判所(本田能久裁判長)は令和7年2月7日、通知弁護士でもない被告が、和解の成立時点で本件株式の譲渡が低額譲渡に該当すると判断されてみなし譲渡所得課税がされる可能性があると予見することはできなかったとし、債務不履行等の責任を負わないとの判断を示し、原告の請求を棄却した。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、1億3400万2510円及びうち1億0740万2510円に対する平成27年10月19日から、うち2660万円に対する令和3年2月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 原告は、被告を訴訟代理人弁護士として提起した別件訴訟において、訴訟上の和解を成立させた。本件は、原告が、和解成立前に被告が情報提供義務を怠ったこと等によって和解成立後に多額の課税処分を受けた旨主張して、次の各金員の支払を求めた事案である。
(1)債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償合計1億0740万2510円及びこれに対する平成27年10月19日(上記和解の成立日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金(以下「請求1」という。)
(2)不当利得に基づく被告に支払った弁護士報酬合計2660万円及びこれに対する令和3年2月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで上記民法所定の年5分の割合による遅延損害金(以下「請求2」という。)
1 争いのない事実等(後掲各証拠(枝番のある証拠は、特に断らない限り、全ての枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実を含む。)
(1)原告の父であるF(以下「F」という)が平成23年1月29日に死亡した後、Fの相続をめぐり、原告と弟であるA(以下「A」という。)との間で紛争が生じた。そこで、原告は、弁護士である被告に対し、後記のとおり、Aとの紛争に係る調停及び訴訟に関し、各準委任契約を締結した。ただし、被告は、通知弁護士(税理士法51条1項。別紙)ではない。
  他方、原告は、毎年の確定申告を、Y税理士(以下「Y税理士」という。)に委任しており、Fの相続税の申告も、Y税理士に依頼した。
(2)原告は、平成24年5月1日、被告を代理人に選任し、Aを相手方として、福山簡易裁判所において、A名義の預金がFの遺産であることの確認及びFが持分を有する土地の賃料の分配を求める民事調停を申し立てた。他方、Aは、同年11月27日、H弁護士(以下「H弁護士」という。)を代理人に選任し、原告を相手方として、上記裁判所において、遺留分侵害額の支払を求める民事調停を申し立てた。平成25年7月3日、上記各調停事件(以下「別件調停事件」という。)のうち、賃料の分配及び遺留分に係る調停は成立したが、遺産確認に係る調停は、同年11月13日、不成立となった。
(3)原告は、同月22日、被告を訴訟代理人に選任し、Aを被告として、広島地方裁判所福山支部において、遺産確認請求訴訟を提起した(以下「別件訴訟」という。)が、上記支部は、平成27年2月3日、原告の請求を棄却する判決を言い渡し、原告は、同月13日、広島高等裁判所に対し、控訴をした。
(4)原告は、同年10月19日、別件訴訟の控訴審(以下「別件控訴審」という。)の第4回弁論準備手続期日において、A及び利害関係人である公益財団法人▲▲▲▲会(代表理事は、Aであり、原告も、Fが死亡するまで評議員を務めていた。乙21。以下「▲▲▲▲会」という。)との間で、次のとおり訴訟上の和解を成立させた(以下「本件和解」という。)。
 ア 原告は、▲▲▲▲会に対し、自己の保有する三社の株式(以下「本件各株式」といい、このうちB株式会社の株式を、以下「B株」という。)を、合計3億0028万8423円で譲渡する(以下「本件譲渡」という。)。
   本件譲渡の際、B株(9万7890株)の価額は、1株3000円で算定され、2億9367万円であると評価された。
 イ Aは、原告に対し、解決金として271万1577円を支払う。
(5)本件和解成立後、原告は、被告に対し、別件訴訟に係る弁護士報酬として、合計2660万円を支払った(以下「本件支払」という。)。
(6)その後、原告は、平成27年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告を、Y税理士の子であるK税理士(以下「K税理士」という。)に依頼した。K税理士は、確定申告した際、本件和解に基づく本件各株式の譲渡先を、本件和解と異なり、▲▲▲▲会ではなく、Aであると記載した。(甲16)
(7)上記(6)の申告を受けた世田谷税務署長は、税務調査(以下「本件税務調査」という。)を行った後、本件各株式の譲渡先は、Aではなく、▲▲▲▲会であり、本件譲渡は、個人の法人に対する低額譲渡(株式を、譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額で譲渡することをいう。)に該当するから、所得税法9条1項2号及び所得税法施行令169条(これらの内容は、別紙のとおりである。)により、譲渡所得の金額の計算上、時価による譲渡があったものとみなされる(以下「みなし譲渡所得課税」という。)等の理由により、原告に対し、平成30年6月27日付けで本税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。(甲17、24から26まで)
(8)原告は、本件処分後、同年7月12日、本税及び過少申告加算税7987万1200円を納付し(一時所得の申告漏れの更正を含む。)、同年9月25日、追徴分の市県民税2331万5000円を納付した。(甲18、19)
2 争点
(1)被告の注意義務の内容及びその違反の有無(請求1関係)

(原告の主張)
 原告は、別件控訴審の第4回弁論準備手続期日まで、本件各株式の譲渡先は、Aであり、その譲渡所得税は、譲渡金額の2割程度であると認識していた。したがって、上記期日において本件各株式の譲渡先が▲▲▲▲会に変更されることを知った被告は、本件和解の成立前に、原告に対し、①本件各株式の譲渡先が▲▲▲▲会に変更されたことを伝える注意義務があり(以下「注意義務①」という)、②税務署に本件譲渡が低額譲渡に該当すると判断された場合にはみなし譲渡所得課税がされる可能性があることを情報提供すべき注意義務があり、被告が自ら判断できないときには税理士に相談して検討する機会を与えるべき注意義務があった(以下「注意義務②」という。)にもかかわらず、被告はこれらを怠ったから、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。
(被告の主張)
 否認ないし争う。被告は、原告に対し、本件和解の成立前に、本件各株式の譲渡先が▲▲▲▲会となることを説明して、注意義務①を履行した。このことは、担当裁判官が読み上げる本件和解の条項を面前で聞いていた原告が何ら異議を述べなかったことからも明らかである。また、税理士法51条1項に基づく通知弁護士ではない被告は、原告から法律事務のみを受任しており、課税問題は、別件調停事件から別件控訴審に至るまで、全てY税理士が対応していたこと、本件和解時の情報を前提にすると、本件譲渡が低額譲渡に該当することについて被告には予見可能性がなかったことに照らすと、被告は、注意義務②を負わないから、債務不履行責任又は不法行為責任を負わない。
(2)相当因果関係の有無及び原告の損害額(請求1関係)
(原告の主張)
 被告の過失との間に相当因果関係のある原告の損害は、上記1(8)の納付額のうち本件処分による追徴税額分合計9463万8646円、慰謝料300万円及び弁護士費用相当額976万3864円である。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
(3)過失相殺の当否(請求1関係)
(被告の主張)
 本件税務調査及び本件処分は、事実と異なる確定申告を行った原告及びK税理士の過失によるものであるから、相応の過失相殺をすべきである。
(原告の主張)
 否認ないし争う。
(4)本件支払が法律上の原因を欠くか(請求2関係)
(原告の主張)
 被告は、上記(1)の注意義務に違反し、多額の報酬を獲得する目的で本件和解を強引に成立させたものであるから、準委任事務を履行したと評価することはできない。よって、本件支払は、法律上の原因を欠き、不当利得に当たる。
(被告の主張)
 否認ないし争う。被告は、原告がかねて望んでいたB株の譲渡を実現させ、別件訴訟で勝訴する以上の利益を原告に取得させた。よって、本件支払は、被告の準委任事務の履行に対する正当な対価であり、法律上の原因がある。

第3 争点に対する判断
1 認定事実

 後掲各証拠(枝番のある証拠は、特に断らない限り、全ての枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。次の事実に反する証拠は、全て採用することができない。
(1)Fは、生前、B株式会社を支配していたところ、原告は、Fから、その株式9万7890株を生前贈与されており(B株)、Fの死亡により、更に9万4203株を相続した(以下「相続分の株式」という。)。
  原告は、B株及び相続分の株式ではB株式会社の支配権がなく、換価性も乏しいにもかかわらず、このまま保有を続けると、自己の相続が発生した際、唯一の相続人である長女に多額の相続税が課税される危険があることを懸念しており、がんの再発についても大きな不安を抱えていた。(乙21)
  そこで、原告は、被告に対し、平成24年11月6日、「今回の相続を…これから私と娘の人生のために有利に…進めたいと思っています。」「B(株)…は売却さえもできないなら、弟へ全て渡してもいいかとも思っています。」と伝え、AへのB株及び相続分の株式の譲渡を希望した。(乙18)
  しかし、相続分の株式を相続税評価額(1株974円)で算定するとAの遺留分に達しないために、原告は、被告を通じて、Aに対し、Y税理士が算定した1株7999円で譲渡することを提案した。(甲32)
  しかし、Aは、既にB株式会社の支配権を有していたため、相続分の株式は、遺留分の一部として相続することを認めるものの、原告が生前贈与されていた株式(B株)は、原告から相続税評価額を上回る金額で買い取る必要がないとして、原告の上記提案を拒否した。(乙19、被告本人)
  そのため、原告は、B株の譲渡を断念し、相続分の株式とともにFの自宅もAに取得させることとして、平成25年7月3日、別件調停事件のうち賃料の分配及び遺留分に係る調停を成立させた。(乙3、4)
(2)他方、A名義の預金がFの遺産であるか否かの協議はまとまらず、遺産確認に係る調停は、同年11月13日、不成立となったため、原告は、被告を訴訟代理人として、同月22日、別件訴訟を提起した。
  原告は、別件訴訟においても、AへのB株の譲渡を望んでいたため、被告は、H弁護士に対し、平成26年1月29日の第1回口頭弁論期日終了後、その旨を打診したが、H弁護士から一蹴された。被告は、原告に対し、同年3月18日付け経過報告書を送付し、「裁判が終わってから、H弁護士と廊下で話をしたのですが、現時点で、当方が望んでいるような和解による解決は不可能であり、このまま裁判所に下駄を預けるしか方法がないという弱気な発言でした。」と説明した(原告は、AへのB株の譲渡以外の和解案を検討しておらず、「当方が望んでいるような和解」がAへのB株の譲渡による解決であることは、明らかである。)。(乙19、乙22、被告本人)
  しかし、その後、裁判所による和解協議が行われないまま、平成27年2月3日、原告の請求を棄却する旨の判決が言い渡された。
(3)原告は、被告と準委任契約を締結した上(以下「本件契約」という。)、被告を訴訟代理人として、同年2月13日、上記(2)の判決に対し、控訴をした。
  別件控訴審において、同年5月18日、第1回口頭弁論期日が行われ、期日終了後、引き続き第1回弁論準備手続期日が行われ、双方とも和解による解決を検討することになった。
  同年7月15日、原告も出頭して、第2回弁論準備手続期日が行われ、原告は、Aに対し、B株を含む本件各株式をAが買い取ることを含めた内容の和解を希望し、Aは、上記和解案を検討することとなった。(甲2)
  H弁護士から、被告に対し、同年9月8日、B株を相続税評価額で買い取る内容であれば、Aに話をしてみるが、価格の争いになるのであれば、この話には乗らない旨の連絡があった。被告は、原告に対し、これを報告した上、「私としては、今回の和解で、B社の株式が現金に変わるのであれば、その金額の多寡にかかわらず、この訴訟を起こした意義は非常に大きいものになるのではないかと思います。」、「非上場会社の株式の買い取る場合には、…会社から買い取りを求めない限り、売り手側が弱いのは止むを得ないことだと思います。」、「今回のチャンスを逃すと、おそらく株式の買い取りの話は出てこないのではないかと思います。」「B社にしてみれば、◎◎◎◎さんに96,754株を持たれていても、経営判断には何の支障もないため、買い取る必要性はないからです。徹底的に嫌がらせをしようと思えば、「買いません」と一言言えば、それで終わりの話です。」、「B社の株式は、毎年のわずかな配当はあるものの相続が発生したときには、莫大な負の財産に転化してしまう性質の財産なのです。」、「株の世界に『損切り』という言葉がありますが、ここは、『持ち続ける』という最大のリスクを回避することに一番のメリットがあるというのが、私の意見です。」等と記載したメールを送信して、H弁護士の上記提案を検討するよう促した。
  原告は、被告に対し、「なんとか東京に不動産を持ちたいので1億は欲しいとこなのですが…考えてみます。」と返信した。(乙5から8まで)
(4)同年9月9日、被告は電話会議の方法により参加し、原告は広島高等裁判所に出頭して、第3回弁論準備手続期日が行われ、H弁護士が、評価額によるが、Aが原告所有の本件各株式を買い取る内容も含めた和解を検討することは可能である旨述べたため、原告及び被告は、同月28日までに、B株の譲渡希望額を提示することになった。(甲3)
  そこで、原告が、Y税理士に相談したところ、Y税理士は、原告に対し、同月14日、現在のB株1株の評価額について、「上場会社に比準した株価」(類似業種比準価格)は5094円、「会社の今期決算書中の株主資本等変動計算書の株主資本合計」による価格(簿価純資産価格)は9417円との意見を記載した書面を送信した。原告は、被告に対し、同日、「本日 税理士の先生より…5094円/株との報告を受けました」と記載した書面を送信し、原告にとって有利な9417円に触れていなかったため、被告は、Y税理士は、B株の評価額を、簿価純資産価格である9417円ではなく、類似業種比準価格である5094円であると判断したものと理解した。また、被告が原告から受領した書類中に、原告が第3回弁論準備手続期日後にY税理士から助言を受けた内容を記載したメモがあるところ、同メモには、B株の譲渡に伴う課税割合が20%である旨の記載があった。(乙9、10、14)
  被告は、H弁護士に対し、同月26日、Y税理士作成の上記書面を添付してY税理士の上記判断を説明し、B株の評価額の算定に必要な資料を保有するAにおいて、正確な評価額を算定するよう依頼した。(甲4)
(5)しかし、H弁護士から、被告に対し、同年10月15日、「こちらとしては、3億円であれば、B社の株式を買い取ることは可能である。ただし、買取価格についての交渉には応じない。本当に最終提案であり、控訴人(原告)がこれに応じないのであれば和解はできなくても構わない。」と連絡が入り、被告は、原告に対し、同日、その旨を伝えた。(甲30、乙19、被告本人)
  被告は、H弁護士に対し、同月16日、本件各株式の買取価格を尋ねるとともに、B株の評価額の算定資料の開示を再び求め、「株式の買取人はAさん個人という理解で宜しいでしょうか。」と尋ね、更に、多少の解決金の支払を検討するよう求めた。(甲5)
  H弁護士は、被告に対し、同日、本件各株式の買取価格は、合計3億円とすること、B株式会社の決算資料は、決算の最中であるため、決算書が完成次第、送付すること、本件各株式の譲渡先は、「A氏とするか他の名義にするか検討中」であることを回答した。
  原告は、遅くとも、この頃までに、被告から、本件各株式の譲渡先が、法人も含めて、A以外の名義になる可能性があると聞いていた。(甲6、甲30の4頁3段落目、原告本人34頁から35頁まで、原告準備書面(1)の3頁「オ」)
  その後、被告は、H弁護士に架電し、本件各株式の譲渡価格については、B株を1株3000円、その余の二社の株式を相続税評価額で算定したこと、B株式会社の決算資料は、決算が確定しなければ開示できないが、最新の決算期におけるB株式会社の1株の評価額は4000円前後になると予想していることを聴取した。(乙19)
(6)被告は、原告に対し、同月17日、上記(5)のH弁護士から聴取した結果を報告した上、「この遺産確認事件は調停から始まり、広島地裁福山支部、広島高裁と長い期間をかけて、漸く3億円でB社の株を購入するという所まで漕ぎ着けたことは、それなりに評価しても良いのではないかと思います。」、「『株式を買い取れ』という訴訟は提起できないこと、当初の相続税評価額での買取という話からすれば、2億円の上乗せを勝ち取っていることからすれば、根拠について質してみてもあまり意味はないかもしれません。」と助言した上で、「本日、広島に帰られるということですので、最後にゆっくり考えてみて下さい。」と熟慮する機会を与え、H弁護士の提案が端数を切り捨てたものであったため、「私は、端数を切らない解決を提案してみます。」と述べた。(乙11)
  被告は、H弁護士に対し、同日、メールを送信し、最新の決算期におけるB株式会社の1株の評価額が4000円前後になるものと予想される根拠を次回期日で説明するよう依頼するとともに、原告に伝えていたとおり、端数を切り捨てない金額による解決を提案した。(甲7)
  これらに対し、H弁護士から、応答はなく、本件各株式の譲渡先がAとなるか他の名義になるかについての結論も不明ではあったが、被告は、原告に対し、次回弁論準備手続期日の前日である同月18日、原告が、Aに対し、端数を切り捨てない金額である合計3億0298万5423円で本件各株式を譲渡する内容の暫定的な和解条項(案)を送信した。(乙15、被告本人)
(7)同年10月19日、原告のみならず、Aも出頭して、第4回弁論準備手続期日が行われた。
  まず、AとH弁護士だけが、担当裁判官と協議し、その後、被告だけが、担当裁判官と協議したところ、担当裁判官から、Aは▲▲▲▲会の名義で本件各株式を買い取ることを望んでいることを告げられた。そこで、被告は、別室で待機していた原告に対し、その旨を告げた。
  原告は、B株式会社の1株の評価額の根拠を確認することを希望したので、被告は、原告、被告、A及びH弁護士が同席する中で、H弁護士に対し、今期におけるB株式会社の1株の評価額がどうなるかを尋ねたところ、H弁護士は、資料に基づき、前期よりも下がることが確実である旨説明した。この説明を受けて被告が原告と別室で協議すると、原告は、3億円からの一定の増額を希望したため、被告は、担当裁判官に対し、原告の希望を伝えた。その後、担当裁判官が、Aと協議し、最終的に原告が受領する金額は、3億0300万円となった。(甲8、原告本人、乙19、被告本人)
(8)担当裁判官は、原告、被告、A及びH弁護士を同席させて、利害関係人に係る部分も含めて本件和解の条項を読み上げ、本件和解を成立させた。その際、原告が、被告及び担当裁判官に対し、和解条項について質問をすることも異議を述べることもなかった。(甲8、原告本人、乙19、被告本人)
(9)原告は、被告に対し、別件調停事件から本件和解の成立に至るまで、具体的な課税問題について、一度も相談したことがなかった。(原告本人、被告本人)
(10)原告は、本件和解の成立後、被告に対し、本件支払をし、同年11月16日、本件各株式の譲受人を▲▲▲▲会とする株式譲渡承認請求書及び名義書換請求書に署名し、印鑑証明書を添付した上、実印を押した。(甲9から15まで)
2 被告の注意義務の内容及びその違反の有無(請求1関係)
(1)注意義務①(譲渡先に係る情報提供義務)について

 別件控訴審の担当裁判官が、原告を含む当事者全員を同席させ、利害関係人に係る部分も含めて本件和解の条項を読み上げて本件和解を成立させ、その際、原告が、被告及び担当裁判官に対し、和解条項について質問をすることも異議を述べることもなかったこと(上記1(8))、原告は、本件和解の成立後、本件各株式の譲渡先を▲▲▲▲会とする各書類に署名押印したこと(同(10))に照らすと、被告が、原告に対し、本件和解の成立前に、本件各株式の譲渡先が、Aではなく、▲▲▲▲会とされたことを伝えていたこと(同(7))は、明らかである。
 原告も、当事者尋問において、別件控訴審の担当裁判官が本件和解の条項を読み上げたこと、その際、「利害関係人」という言葉を聞いたこと、本件和解の成立後、被告から和解調書を受領したことは認めていること、本件税務調査中の被告とのやり取りにおいて、▲▲▲▲会が買い取ることを確認した後に本件和解の条項が読み上げられたことを肯定する趣旨の発言をしたこと(甲28)は、上記認定を補強するものである。そして、これらの事情を踏まえると、本件各株式の譲渡先を▲▲▲▲会とする各書類に内容も分からないまま安易に署名押印した旨の原告の陳述(甲31)及び供述は、信用することができない。
 よって、被告が注意義務①を怠ったとはいえない。
 以上に対し、本件税務調査の過程で作成された調査報告書(以下「本件調査報告書」という。甲24)には、被告が、原告に対し、本件各株式の譲渡先が誰になるかの説明をしたか否かはっきり覚えていないと発言をしたとの記載がある。
 しかし、被告は、自己に対する調査に先立ち、既に調査を受けた原告から、本件和解の「利害関係人」が誰か分からなかったと回答した旨の報告を受けていたため、原告が税務上の不利益を受けるおそれがあることを考慮して、自己の調査において曖昧な供述に終始したこと(乙20、被告本人)、調査報告書の作成においては、質疑応答記録書と異なり、答述の正確性を担保するための回答者による署名押印が求められておらず、回答者の確認も行われないこと(乙24)、本件調査報告書には、別件調停事件における確認の対象となっていない遺産に係る記載があり、H弁護士の言動について事実と異なる記載もあることから、本件調査報告書をたやすく信用することはできない。よって、本件調査報告書の上記記載は、上記認定を左右するに足りるものではない。
 また、本件税務調査中の原告と被告とのやり取りの中で、被告が「個人前提でやっているわけだよね。」等の発言をしたこと(甲28)も、原告の意見に迎合したものにすぎず、上記認定を左右するに足りるものではない。
(2)注意義務②(課税問題に係る注意義務)について
 認定事実によれば、原告は、別件調停事件当時から本件和解成立の直前まで、Fの相続をめぐる課税問題について、一貫して、被告ではなく、Y税理士に相談しており、原告は、被告に対し、具体的な課税問題について一度も相談したことがなかったこと(上記1(1)、(4)、(9))、被告は、通知弁護士ではなく、課税問題の専門家ではないこと(第2の1(1))に照らすと、原告とAの間のFの相続をめぐる紛争については、被告とY税理士との間で、各々の専門領域に応じた役割分担がされていたと認めるのが相当であるから、本件契約に本件和解に係る課税問題への対応は含まれていなかったというべきであって、課税問題についてはY税理士に相談するよう度々助言していた旨の被告の陳述(乙19、20)及び供述は、信用することができる。
 また、原告は、被告から、遅くとも本件和解成立の3日前には、本件各株式の譲渡先が法人も含めてA以外の者の名義になる可能性があることを聴取しており(上記1(5))、原告は、Fが死亡するまで▲▲▲▲会の評議員を務めていたのであるから(第2の1(4))、Y税理士に対し、本件各株式の譲渡先が▲▲▲▲会を含むA以外の者の名義になる可能性があることを伝達して、本件各株式の譲渡先が法人とされた場合の課税問題を相談する時間的余裕があったというべきである。
 原告が自己の主張の根拠として引用する裁判例(東京地方裁判所平成17年6月24日判決・判例タイムズ1194号167頁)は、税理士としての登録を受けた弁護士が、訴訟上の和解を成立させる前に税務上の助言をした事案であるから、本件とは事案を異にし、本件に適切でない。
 さらに、被告は、原告から送付された書面から、Y税理士が、B株の評価額を類似業種比準価格である5094円であると判断していると理解したこと(上記1(4))、B株の評価額を正確に把握する上で必要な資料の大部分はAが保有しており、被告は、これらの資料の開示を受けていないこと(同(5))、H弁護士は、被告に対し、B株式会社の1株の評価額は4000円前後になると伝えていたが、その後、担当裁判官及び当事者全員の面前で、資料に基づき、前期よりも下がることが確実である旨説明したこと(同(7))、本件和解の成立当時、所得税法59条1項柱書の「その時における価額」の算定方法を定めた所得税基本通達の解釈に争いがあったこと(乙17)に照らすと、通知弁護士でもない被告が、B株を1株3000円で算定して本件和解を成立させる時点において、税務署に本件譲渡が低額譲渡に該当すると判断されてみなし譲渡所得課税がされる可能性があると予見することはできなかったというべきである。
 よって、被告に、税務署に本件譲渡が低額譲渡に該当すると判断された場合にはみなし譲渡所得課税がされる可能性があることを原告に情報提供すべき注意義務があったとはいえず、また、被告自ら判断できないときには税理士に相談して検討する機会を与えるべき注意義務があったともいえない。
 したがって、被告は、注意義務②を負わないから、債務不履行責任及び不法行為責任を負わない。
3 本件支払が法律上の原因を欠くか(請求2関係)
 認定事実によれば、被告が、本件契約に基づき、別件控訴審において、原告に対し、適時に十分な情報提供と法的助言を行った上、検討のための時間的余裕を与えつつ、A及びH弁護士との間で、本件和解の成立直前まで粘り強く交渉し、最終的に、原告が別件調停事件以来一貫して希望していたB株の全部譲渡を実現させることにより、原告の相続に係る不安を除去したばかりか、一定の解決金まで取得させたことは明らかである。
 よって、本件支払は、被告の準委任事務の履行に対する正当な対価であるから、法律上の原因を欠くものではない。
4 結論
 よって、原告の各請求は、その余の争点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第43部
裁判長裁判官 本田能久
裁判官 岡部 弘
裁判官 本郷希美

(別紙)
○税理士法第51条第1条
 弁護士は、所属弁護士会を経て、国税局長に通知することにより、その国税局の管轄区域内において、随時、税理士業務を行うことができる。

○所得税法第59条第1項
 次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす。
 一 (略)
 二 著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)

○所得税法施行令第169条
 法第59条第1項第2号(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)に規定する政令で定める額は、同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額とする。

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