解説記事2026年02月23日 巻頭特集 座談会 日本の税制の進路(2026年2月23日号・№1112) ~令和8年度税制改正を起点に~
巻頭特集
座談会
日本の税制の進路
~令和8年度税制改正を起点に~
自由民主党 前税制調査会会長 宮沢洋一
自由民主党 税制調査会幹事 星 北斗
日本経済団体連合会 経済基盤本部長 魚住康博
公認会計士・税理士 緑川正博
令和8年度税制改正は、国内投資の促進や成長分野への資源配分を通じて、日本経済の中長期的な競争力をいかに高めていくかという視点が、これまで以上に強く意識されたものとなった。一方で、「178万円」議論に象徴される所得課税の在り方、金融所得課税を巡る公平性の問題、さらには医療やエネルギー分野における税の位置づけなど、税制が国民全体の負担構造とどう向き合うのかという根源的な問いも浮かび上がっている。
こうした中、本座談会では、公認会計士・税理士の緑川正博氏をモデレーターに、自民党の宮沢洋一前税調会長、税制調査会のメンバーである星北斗氏、そして企業側の立場から経団連の魚住康博氏を迎え、令和8年度税制改正を起点に、日本の税制がどこへ向かおうとしているのかを多角的に議論していただいた。設備投資促進税制の実効性や税制による行動変容の限界、資産・所得格差への対応、金融所得課税の整理、税と社会保険料を合わせた負担の考え方、医療分野における消費税の扱い、そしてガソリン暫定税率を巡る財源論まで、話題は多岐に及んだ。
税制を通じてどのような社会像を描くべきなのか−−。本座談会は、目先の改正項目にとどまらず、日本の税制の進路を考える上で示唆に富むものとなった。 ※本文中、敬称略
税制改正のプロセスの変化
税制をどのような時間軸で設計していくのかを意識
緑川:まず星先生、令和8年度税制改正全体を俯瞰して、税制調査会における議論の進め方や意思決定のプロセスがこれまでとどう変わったのか、税調メンバーとしての実感をお聞かせください。
星:議論の進め方はこれまでと大きく変わりました。178万円問題や車体課税の議論をはじめ、他党との調整を前提にした議論が行われ、その結果、「ペンディング」「会長預かり」となる場面もありましたが、それに対して異論が出るのかと思いきや、「仕方がない」という受け止め方がされていたのは印象的でした。このあたりは、宮沢先生のリーダーシップの下、税調の中で一定の方向性を決め切るという従来の議論運営とは、随分異なると感じました。
これに加えて、令和9年度に持ち越された東京一極集中是正の財源問題について、8年度の段階で一定の議論が行われたことも特徴的だったと思います。9年度に向けて、税をどのように地域に配分していくのかという課題感が、税調メンバーの間でも共有されていました。防衛費の財源論も同様ですが、「今すぐ結論を出す」のではなく、「税制をどのような時間軸で設計していくのか」という視点が、令和8年度税制改正議論全体を通じて意識されていたように思います。

税制による行動変容
グローバルな投資判断の中で問われる“国内投資促進税制”の実効性
緑川:魚住さん、経済界としては令和8年度税制改正をどのように評価していますか?
魚住:経済界としては、全体として非常に評価できる税制改正だったと受け止めています。大胆な設備投資促進税制の創設や、研究開発税制における戦略技術領域型の新設などにより、国内での成長投資や付加価値の高い投資を後押しするというメッセージが明確に打ち出されました。逆に言うと、経済界に対して、設備投資や成長投資、さらには人的資本への投資を含め、しっかりと行動に移していくことが求められているということであり、企業にその覚悟があるのかという問いを突きつける税制改正だと感じています。
緑川:設備投資促進税制は、目玉かのように説明されていますが、対象が一定規模以上の企業や特定の業種に限られるのではないか、という点が気になります。また、実際の設備投資は、海外子会社で行われるケースが少なくありません。こうした中で、国内での設備投資をどこまで税制で後押しできるのかという点についてはどのようにお考えでしょうか。
魚住:ご指摘の通り、企業の投資判断がグローバルに行われる中で、国内投資をどう位置付けるかは非常に難しい問題です。令和8年度税制改正でこの問題のすべてに対応できているとは言えませんが、先ほども申し上げた通り、少なくとも国内で付加価値を生み出す投資については、税制面から明確に後押しする方向性が示されたという点に意味があると受け止めています。経済界としても、そのメッセージをどう行動につなげていくかが問われている段階にあると考えています。
緑川:もっとも、設備投資促進税制や研究開発税制で例示されている投資分野を見ると、AIや半導体、ロボットなどが中心で、結果として、事実上はごく一部の大企業に利用が集中する制度設計になっているようにも見えます。その意味では、広く活用できる余地は限られているのではないでしょうか。
魚住:確かに、今回の改正は比較的大規模な投資を想定した制度設計になっています。ただ、中小企業についても、例えば5億円以上の設備投資であれば対象に含める仕組みが設けられています。また、完成品メーカーだけでなく、部品や素材を供給する企業も含め、ティア1だけでなくティア2、ティア3といった下位層も視野に入れて、サプライチェーン全体での投資を後押しする考え方が盛り込まれています。完成品を手がける企業に限らず、各ティアに位置する企業も含めて国内投資を促すという狙いは、制度設計から読み取れると思います。

企業にとっての「数値目標」として機能した賃上げ税制
緑川:設備投資減税は、税制改正のたびに「切り札」のように語られてきましたが、多くの企業、特に大企業の投資判断において、税制が本当に投資行動を変える仕組みになっているのかという疑問もあります。この点について、昨年まで税調会長を務められた宮沢先生はどのようにお考えでしょうか。
宮沢:令和8年度税制改正で、設備投資減税を成長戦略の中核に位置付けたことは、政策の方向性としては評価できます。ただ、仮に私が税調会長の立場にあったとすれば、もう一歩踏み込んだアプローチを検討したかもしれません。例えば、法人税率を一段引き上げた上で、設備投資の有無によって適用される税率に明確な差を設ける。設備投資を行わない企業には高い税率がそのまま適用され、投資を行った企業には減税の効果が確実に及ぶようにする。こうした法人税率の差を通じて投資行動を促す方が、企業にとってはより分かりやすく、投資行動につながるインセンティブになるのではないかと考えます。
緑川:そもそも、税制で行動を促そうという手法自体が、日本ではなかなか機能していないのではないでしょうか。
宮沢:そうですね。私もこれまでの経験から、日本は税制によるインセンティブ効果が働きにくい国だという印象を持っています。結果として制度を利用したとしても、「その税制があるから投資や賃上げを行った」という企業は、決して多くないのが実態だと思います。もっとも、まったく効果がなかったわけではありません。例えば賃上げ税制については、「7%」といった明確な数値目標を示したことで、大手企業がその水準を意識したという点では、一定の効果があったと言えます。
緑川:企業行動を促すには、税制の内容そのもの以上に、「これくらいやるべきだ」という明確な指標を示すことが重要ということでしょうか。
宮沢:その通りです。もっとも、3%や4%といった水準では、企業の行動を変えるほどのインセンティブとしてはほとんど機能しなかったという印象があります。これは法人税に限らず、所得税についても同様です。米国では所得税減税が行われると比較的すぐに消費が動きますが、日本では減税をしても将来不安から貯蓄に回ってしまい、消費がなかなか伸びない。税制によって経済行動を促そうとする側にとっては、非常に難しい国民性であると言えます。

緑川:今のお話を聞いていると、178万円の議論を含め、手取りを増やせば消費が動くという前提そのものが、本当に成り立つのかが問われているようにも感じます。この点、税調内部で議論に参加してきた星先生はどのようにお考えでしょうか。
星:今回の税制改正では、暗号資産の譲渡所得が申告分離課税の対象となるなど新しい論点も一部ありましたが、全体としては、法人税率は据え置いたまま国内投資をどう後押しするかという従来からの課題が、引き続き議論の中心だったと思います。その中で、実際に税制によってどこまで行動が変わったのかという効果検証の必要性を指摘する声は、税調の中でも少なくありませんでした。こうした中で、先ほど宮沢先生がお話しされた「日本では税制によるインセンティブ効果が働きにくい」というご指摘は、私としても腑に落ちるものでした。178万円の議論にしても、税負担が軽くなり手取りが増えた分が本当に消費に回るのかについては、私自身もかなり懐疑的です。
というのも、多くの国民は、社会保障制度が将来どうなるのか、保険料や給付の負担が今後どう変わっていくのかという点に強い不安を抱えているからです。社会保障制度の将来像や負担と給付のバランスについて十分な説明や議論がないまま、負担軽減や給付の見直しといった個別の論点だけが強調されると、税制や社会保障改革が目指す方向性と、国民が抱いている不安や問題意識との間にズレが生じてしまうのではないかと感じています。

格差問題
格差問題解決の第一歩は「資産を把握できる仕組み」の整備
緑川:ここまで税制による行動変容について皆さんのお考えを伺ってきましたが、ここからは令和8年度税制改正を「格差」という視点から考えてみたいと思います。今回の改正では、資産と所得の格差という問題にもあまり踏み込めていないようにも感じますが、この点、宮沢先生はどのように受け止めていらっしゃいますか。
宮沢:資産と所得の格差という問題については、まず資産の実態をきちんと把握した上で対応を考えていく必要があるのは間違いありません。対応は税制に限りませんが、現状では、その前提となる資産情報を国が体系的に把握できていないという点に大きな課題があります。資産を基準とした課税といえば、固定資産税がほぼ唯一となっています。そのため、格差の問題に正面から向き合おうとすると、まずは資産を把握できる仕組みを整備するところから始めなければならないということになります。今後、税の公平性を確保していく観点からは、早い段階でこうした資産把握のインフラを整えていく必要があると考えています。
緑川:これまでも宮沢先生と何度か議論させていただきましたが、資産把握の話になると、どうしてもマイナンバーの活用が避けて通れないと思います。ただ、そのためには、法改正が必要になりますし、実現可能性を含め、現時点では具体的な方向性が見えていないのが実情ではないでしょうか。
宮沢:マイナンバーを活用した資産把握という方向性そのものについては、維新はもちろん、国民民主党、さらには旧立憲民主党の一部も必ずしも否定的ではありません。超党派で一定の理解があるテーマだと思います。
緑川:つまり、マイナンバーを活用して資産を把握するという方向性そのものについては、政治的に大きな反対があるわけではない、という理解でよいのでしょうか。
宮沢:そうだと思います。ただ、これまでの経緯を振り返ると、マイナンバーの導入を巡って国民の反発を招いた経験があるため、行政全体として慎重になりすぎている面があるように感じています。経団連も資産把握そのものに反対しているわけではないですよね。
魚住:はい、マイナンバーの活用は経済界も提言しています。資産や所得の状況を踏まえて制度を考えていくことが重要だという点については、宮沢先生のお話はまさにその通りだと思います。そのような前提が整うことは、税制や社会保障の公平性を高めていく上で不可欠だと考えています。
星:社会保険料、特に高齢者医療の負担については、負担能力をどう反映させるかという点で、金融資産や金融所得をどう扱うのかが一つの焦点になっています。マイナンバーとの関係も含めて、方向性としては一定程度示されてきていますが、実際には資産を十分に把握できているとは言えず、課題はまだ多いと感じています。その意味では、本当に負担能力に応じた公平な負担になっているのか、という点は引き続き検証が必要だと思います。ただ、制度全体を一度に組み替えるのは現実的ではありませんので、まずは把握できる範囲から手を付けていく。その一歩を踏み出すことに意義があるのではないでしょうか。
短期投機家は会社にとって「望ましい株主」と言えるか
緑川:資産格差の議論においては、金融所得課税の在り方も改めて問われていると思います。上場会社の株式の短期売買を繰り返す人が果たして会社にとって、「望ましい株主」と言えるのかという問題意識がある中で、なぜ株式譲渡益について分離課税を続けるのか。二元的所得税の考え方の下で導入された分離課税を、今の短期売買にも適用し続けるべきか、そろそろ整理すべき段階に来ているのではないでしょうか。
宮沢:制度論として見れば、米国のように総合課税を基本とする考え方も当然あり得ます。一方で、金融所得が増えるにつれて所得全体に対する実効税率が下がる、いわゆる「1億円の壁」が指摘されてきました。これを受けて、昨年の税制改正では、分離課税を維持しながらも、高額な金融所得については税負担が相対的に軽くなり過ぎないよう手当てが行われています。
緑川:ただ、分離課税を続けることで、金融資産を多く保有する層とそうでない層との間で資産格差が拡大しているのではないかという批判は、やはり避けられないと思います。税制がその一因となっているわけです。
宮沢:すべてを総合課税にすると、それが増税になるのか減税になるのかは人によって異なりますし、実務面でも、株式を保有する人が一斉に申告を求められることになります。簡便性という点では、現在の分離課税には一定の合理性があるのも事実です。
緑川:分離課税の合理性や実務上の利点は踏まえつつも、短期売買による株式譲渡所得を含む金融所得による資産形成を後押しするのか、税の公平性をより重視するのか、そのバランスについて、政府として明確なメッセージを示す必要があると思います。今後の税制改正の中で方向性を示してもらうことを期待しております。

高額所得層の給与所得控除をゼロにする一方基礎控除を300万に
緑川:資産課税や高額所得者への対応、あるいは「178万円」の議論を見ていると、所得課税の中でも、給与所得控除の位置づけは、一度きちんと整理し直してもよいのではないかと感じます。給与所得控除は、その1/2を必要経費とみなし、残りは他の所得との調整とする仕組みですが、実態として、今調整が必要か、さらに本当にその全額が必要経費と言えるのか疑問があります。
そうであれば、控除額を大幅に圧縮する、それこそ調整部分はなくして「半分にする」くらいの見直しをまず行うという考え方もあり得ると思います。また、高額所得層については、例えば年収1,000万円を目安に、給与所得控除を一切適用しないという設計も、選択肢として検討に値するのではないでしょうか。
宮沢:今の制度では、給与収入が850万円を超えると、給与所得控除は195万円で頭打ちになっていますよね。
緑川:私はその目線を、もっと思い切って変えてもいいのではないかと思っています。高額所得層については、例えば給与所得控除を思い切ってゼロにする一方で、基礎控除を大きく引き上げる。例えば178万円ではなく一本化して、300万円程度まで引き上げた方が、所得格差を考えると制度としてはずっと分かりやすい。細かな控除や特例を積み上げて制度を複雑にするよりも、シンプルな仕組みにした方が公平性も高まりますし。
宮沢:方向性としてはおっしゃる通りだと思います。実際、平成30年度税制改正では、令和2年分の所得税から基礎控除を10万円引き上げる一方、給与所得控除を一律で10万円引き下げる見直しを行いました。その時の大綱でも、今後はこの方向を基本に所得課税全体を見直していくという考え方が示されています。
ただ、正直言って、政治の立場からすると、税制を一気に大きく変えるのはどうしても強い反発を招きやすい。ですから、現実には、急激に切り替えるのではなく、少しずつ調整しながら進めてきた、いわば「カンナをかけるような」見直しを重ねてきたというのがこれまでの経緯です。
税と社会保障
賃上げ分が社会保険料負担で相殺
緑川:ただ、その流れも最近は少し足踏みしているように見えますね。
宮沢:そうですね。基礎控除を引き上げるというのは、給与所得控除を見直すのに比べて、財源面ではかなり重たい話になります。対象が広い分、影響も大きくなりますから。
緑川:となると、その分は別のところから財源を持ってくるしかないですよね。結局は、どの目的を優先するのか、という選択の問題になってくると思いますので。
宮沢:これまで繰り返し言われてきたように、控除は本来「人」に着目した人的控除が基本であって、所得の種類ごとに設ける控除は整理していくべき、というのが大きな方向性です。
所得の種類に応じた控除として税収への影響が一番大きいのが給与所得控除で、もう一つが公的年金等控除です。この二つをどう扱っていくかは政治的には非常に難しいテーマですが、避けて通れない大きな課題だと思います。
緑川:給与所得控除を減らせば給与所得者の所得税は増え、手取りが減るという話になりがちですが、そこで所得税だけに目を向けてしまうと、負担全体の姿が見えなくなります。現役世代には、高齢者医療の負担金が社会保険料として、かなり重くのしかかっているのが実態です。もし、この負担を税で賄う形に切り替えていくことができれば、計算の上では社会保険料は相当程度軽くなります。その結果、企業側の保険料負担も下がり、その分を賃上げなどに回すことも可能になる。実際、30代くらいの世代では、所得税よりも社会保険料の負担の方がはるかに重いケースも少なくありません。こうしたいびつな負担構造を、税と社会保障を一体で捉え直すことで是正できるのであれば、それは非常に意味のある改革になるのではないでしょうか。魚住さん、どうですか?
魚住:今のお話は、経済界としても非常に共感するところがあります。企業の立場からも、税と社会保険料を切り分けて議論するのではなく、一体的に改革すべきであり、トータルの給付と負担がどうなっているのかを見ることが重要だと思います。特に社会保険料については、企業と従業員の双方にとって負担感が年々高まっており、賃上げを進めても、その多くが社会保険料に吸収されてしまうという構造的な問題があります。そうした中で、応能負担を徹底した上でもし負担の一部を税で賄う形に見直していくことができれば、企業としても人への投資や賃金への還元に、より前向きに取り組みやすくなるのではないでしょうか。もちろん、財源や制度設計の問題は簡単ではありませんが、現役世代や企業に過度な負担が集中しない形をどう作っていくのかという視点は、今後の税制・社会保障を考える上で欠かせないと思います。

増税と比べ議論になりにくい社会保険料の引き上げ
宮沢:税と社会保険料を合わせた負担が、特に低所得から中所得層に重くなっていることへの対応として、給付付き税額控除、あるいは給付による支援を検討すべきだという議論になっています。国際的に見ても、こうした仕組みを導入している国は少なくありませんし、当初は給付付き税額控除として設計された制度であっても、実務上は給付の色合いを強めた形で運用されている例も多い。制度の形は違っても、負担の重い層に直接的な支援を行うという狙いは共通しています。
緑川: 私が問題だと思っているのは、負担のあり方が見えにくいことです。税であれば大きな議論になりますが、社会保険料として引き上げられるとあまり議論にならない。もっとオープンであるべきです。
医療
医療費にゼロ税率導入を
宮沢:社会保険料といっても、年金と医療では仕組みが違います。年金は将来の自分に返ってくるものですが、医療は負担能力に応じて支え合う性格が強い制度です。
緑川:医療は、その支え合い方に不公平感が強いと思います。現在、医療費については消費税が非課税とされていますが、実際には、医療機関が仕入れ段階で負担した消費税は、診療報酬改定時に考慮され、保険者や現役世代が負担しています。消費税であれば最終消費者が負担しますが、医療ではそうなっていない。物価高や設備投資コストの上昇を考えると、この非課税の仕組みが本当に合理的なのかという疑問があります。国民には、医療に係る消費税を負担させない、これが大事ではないでしょうか。それにはまず、最近話題の「ゼロ税率」こそ、医療の制度としてわかりやすく、公平ではないかという気がします。この点について、実際に医療機関の経営に関わってきた立場から星先生はどうお考えでしょうか。
星:ご指摘の通り、消費税が非課税とされている医療分野では、仕入れ段階で発生する消費税負担が、診療報酬改定の中で一定程度考慮されてきました。ただ、それはあくまで診療報酬制度全体としての調整であって、個々の医療機関の実態を十分に反映できているとは言い切れません。特に病院の建設や高額な医療機器の導入といった設備投資には多額の消費税がかかりますし、医薬品や医療材料も輸入に依存している部分が大きいため、円安や物価高の影響を直接受けます。こうした仕入れにかかる消費税を控除できない仕組みの下では、いわゆる損税や益税の問題が避けられません。そういう意味では、消費税を課した上で仕入税額控除ができるゼロ税率の方が、制度としては分かりやすく、公平性という観点からも筋が通っていると感じています。
緑川:医療への消費税が非課税であることは、結果的に国民が消費税を負担していないように見せている点に違和感があります。実際には、仕入れ段階の消費税は診療報酬を通じて広く負担されているわけで、国民がその事実を意識しないままに負担している構造になっている。財源となる消費税を、自らが負担する構造になっているわけです。また、多額の設備投資をしている病院も、ほとんどしていない病院も、キャッシュフロー対応していない診療報酬で調整されることになり、どうしても明らかに不公平感が残るのではないでしょうか。
宮沢:入院料、初診料・再診料を含め色々と工夫は重ねてきましたし、外注費を通じた負担の問題も認識しています。ただ、ここまで議論が積み重なってくると、従来の調整手法だけでは対応しきれなくなっているという面は確かにあると思います。
緑川:医療の消費税や診療報酬の議論は、結局のところ、企業が事業主として負担している社会保険料の金額に直結してきます。経団連としては、これまでも診療報酬改定のたびに、保険料負担の抑制や医療の効率化を訴えてこられました。その立場からすると、消費税の非課税構造やゼロ税率の議論は、企業の保険料負担のあり方を見据えた制度改革として、どう向き合うべきテーマだとお考えでしょうか。
魚住:経済界として一貫して申し上げてきたのは、医療の質や制度の持続可能性を維持しながら、現役世代と企業の保険料負担が際限なく膨らんでいく構造をどう是正するか、という点です。その観点からは、消費税の議論も、単なる税のテクニカルな問題ではなく、企業や被保険者が負担する保険料への影響も踏まえることが重要だと思います。
その上で、保険料負担の抑制と医療の持続可能性を両立させるために、経団連としては、医療DXの推進や、医療機能の分化・連携・集約化などを通じた提供体制の効率化について提言を重ねてきました。負担の在り方についても、感情論ではなく、制度全体の公正・公平性を高める方向で、腰を据えた議論が必要だと考えています。
ガソリン暫定税率
EV時代に顕在化する道路財源の不公平感
緑川:ここまで、税制による行動変容や負担の公平性、社会保障との関係など、さまざまな角度から議論をしてきましたが、突き詰めると、やはり最後は「財源をどう確保し、どう使うのか」という問題に行き着くのだと思います。そこで最後に、その象徴的な例として、ガソリン暫定税率の廃止について伺いたいと思います。
宮沢:ガソリン暫定税率については、当初から「廃止する」ことを前提にしていたわけではありません。一昨年の年末、補正予算を成立させる過程で、国民民主党がそれまでの賛成姿勢を変えるかもしれないという状況の中で、暫定税率を廃止する方向での政治的な合意が形成された、という経緯があります。ただ、その合意には期限が明記されていたわけではありませんし、暫定税率を廃止した上で本則化する、という選択肢もあり得るという認識でした。とはいえ、一度「廃止」という流れができると、なかなかそれを止めるのは難しく、他の政党も含めて廃止論が強まった結果、そのような判断に至ったというのが実情です。
一方で、日本のガソリン価格は国際的に見ても相対的に低い水準にあります。その結果、脱炭素やカーボンニュートラルに向けた行動変容を促すという観点からは、必ずしも十分な抑制効果を持っていないのではないか。この点については、政策的にも冷静に検討する必要があると、個人的には感じています。
緑川:これだけ社会保障財源が足りないと言われている中で、確実に税収が見込める財源を自ら手放してしまうのは、どうにも腑に落ちません。目的税化するという選択肢もあったのではないでしょうか。
宮沢:ただ、道路の維持・管理だけでも、現在のガソリン税収だけではとても賄えない状況です。その意味では、「余っている財源」というわけではありません。
緑川:だからこそ、税率や使途を整理し直すという方向もあり得たのではないかと思うのです。せっかく財源の議論をしているのに、財源そのものをなくしてしまうのは、逆の判断だったのではないかと感じます。
宮沢:そういう問題意識が正面から議論されにくいのが、当時の政治の難しいところでもありました。
魚住:経済界の立場から申し上げると、ガソリン税や暫定税率の問題は物流コストや企業活動全体に直結するテーマです。特に製造業、運輸業では、燃料コストの影響は極めて大きい。一方で、道路インフラの維持や脱炭素への対応が不可欠であることも、十分に理解しています。だからこそ、税率の上下だけでなく、「何のための税なのか」「その負担が最終的にどこにどう影響するのか」を明確にした制度設計が重要だと考えています。経団連としても、企業の競争力や物流の持続可能性に配慮しつつ、インフラ整備や環境対策を支える安定的な財源の在り方について、引き続き建設的な議論を求めていきたいと思います。
星:ガソリン暫定税率の議論を聞いていて改めて感じるのは、税制、社会保障、インフラ、環境対策などが、どうしても縦割りで議論されがちだという点です。暫定税率を残すか、廃止するかという二者択一の議論になりがちですが、本来は、どの負担を、誰に、何の目的で求めるのかを、もう一段高いところから整理する必要があると思います。例えば、ガソリン車に乗っている人はガソリン税を通じて道路の維持費を負担していますが、電気自動車に乗っている人は同じように道路を利用し、車重による道路への負荷が小さくないにもかかわらず、その負担が見えにくい。車体課税を含め、自動車を巡る負担の仕組みが、技術の進化に追いついていないのが実情です。
国民全体で負担を分かち合う安定財源をどう設計するのかという意味では、社会保障財源の議論とも無関係ではありません。税調としても、目の前の負担軽減や政治的な判断だけでなく、中長期的に持続可能な財源構造をどう描くのかという視点が、これまで以上に求められていると感じています。暫定税率の問題は、その象徴的なテーマの一つとして、改めて腰を据えて議論していく必要があるのではないでしょうか。
緑川:今日の議論を通じて、投資、格差、医療、エネルギーと分野ごとに見えている論点は違っても、最後は「誰が、何に対し、どこまで負担するのか」という一点に収れんするということを改めて感じました。これからの税制を考える上で示唆に富む議論になりました。
宮沢先生、星先生、魚住さん、本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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