一般2026年09月09日 自力救済禁止の原則について(法苑WEB連載第28回)執筆者:畔山亨 法苑WEB

1 自力救済禁止の原則
紛争において、自力救済が問題となる例は珍しくない。
自力救済は、他人によって権利を侵害された者が、裁判手続を経ずに自らの力をもって権利を実現することをいう。
「自力救済」の語は、一般的には民事の側面で用いられ、刑事においては「自救行為」の語が用いられることが多い。
自力救済禁止の原則を明確に定めた規定はない。
法律上の例外として、たとえば民法233条3項・4項がある。
また、最高裁昭和40年12月7日第三小法廷判決(民集19巻9号2101頁)では、「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない」とされている。賃貸人が賃借人を追い出す行為等について、実務上問題となる例が多く、裁判例の一定の蓄積がなされているところである。
2 自力救済が禁止される理由
自力救済が原則として禁止されるのはなぜか。その理由は、自力救済を容認すると、暴力的な手段で権利の実現が図られることになりかねず、法治国家体制に反して社会が混乱する点や、権利者の事実上又は法律上の主張が正当であるとは限らない点にあるとされる。そして、自力救済禁止の許容性として、裁判手続によれば正当な権利が実現される(そのような制度が構築されている)ことが挙げられる。
なお、個人の損得の観点からも、自力救済が容認される社会になると、自分だけではなく、対立当事者も自力救済を行うことが想定されるので、社会が混乱するのみならず、自分にとっても「損」となる可能性は低くない。むしろ、普段から紛争の中に身を置いているわけではない当事者としては、自力救済の場面で用いられる有形力等の使用に慣れていないのであるから、「損」となることが想定される。
3 権利者の主張の正当性に関する理由付け
権利者の事実上又は法律上の主張が正当であるとは限らない点については、権利者が正当ではないことを認識しながら自力救済により権利を実現しようとする場面だけではなく、権利者は事実誤認や勘違い等により主張が正当と信じているが客観的には正当でない場面も想定される。いずれにしても、自力救済の場合は、裁判手続を経ないので、相手方が主張の正当性を争うための手続保障がない形となってしまう。そこで、裁判手続を経て、相手方が反論する機会を与え、公正な裁判官が判断することによって、主張の正当性(ひいては権利の有無)を確認することとなっている。
このような理由付けであるとすると、裁判官の判断が客観的真実と異なり得るが、このことを理由に自力救済を正当化し得るか。そもそも裁判官が全ての客観的真実を把握することは不可能であることからすると、裁判官が客観的真実と異なる判断をする可能性があること事態は制度として織り込み済みであり、そのことのみをもって自力救済を正当化する理由とすることはできないものと思われる。
また、別の観点として、全ての事案で裁判を経るのは、手続負担として重すぎるのではないかとの観点もあり得る。請求額や目的物の価額が小さい場合や、明らかに相手方の応訴負担が小さい場合等にも裁判を経る必要があるとすると、権利者にとっての手続負担が重いことからいわゆる泣き寝入りする事態となり、「やったもの勝ち」の状態になったしまうこともあり得る。しかし、この点も、通常は、自力救済を正当化するものではないものとは考えられていない。制度としては、裁判手続をとらないのであれば最終的に権利者の権利が実現できなくても、それは仕方がないとの前提で構築されているものと思われる。
4 裁判手続によれば権利が実現されるとする理由付け
そして、裁判手続としてどのような制度が構築されているかは、自力救済禁止の許容性にも関わる。
弁護士としては、相談者から禁止される自力救済に当たる(当たり得る)行為について相談を受けた場合、これを容認することはできず、また、自力救済を助長すると受け取られる回答をすべきではない。もっとも、相談者に対して「そのような行為は、自力救済になってしまうので、いけません。」と回答するのは、やはり最終的には裁判手続によれば正当な権利が適切に実現される(そう信頼されている)ことが前提であるはずである。
「裁判手続を経ても自らの権利が実現されない」と考える人にとっては、自力救済の原則禁止は(少なくとも許容性の点で)説得力を失う。昨今では、裁判所の人員不足等から裁判手続の進行に以前よりも時間を要するようになったことや、認容される損害賠償額が低いこと、強制執行制度が脆弱であることを指摘して、裁判手続による実効的な解決が図られていないとする意見を目にすることが増えた。
だからといって自力救済が正当化されるわけではないが、司法に対する信頼が損なわれている状況は望ましくないものと思われる。
5 社会の混乱に関する理由付け
上記の通り、自力救済禁止の原則の根拠の一つとして、自力救済を容認すると社会が混乱することが挙げられる。しかし、むしろ、社会が安定していないと(少なくとも裁判手続が機能していないと)自力救済禁止の原則が成り立たないという関係にもあるといえる。自力救済が横行する社会では、裁判手続によって紛争解決しようと考える者は少なくなると想定され、そうするとさらに自力救済が蔓延る悪循環になりかねない。
裁判手続が機能し、裁判手続によって適正な解決がなされることは、当事者間にとってはもちろん、ひいては、自力救済を防ぎ、社会の安定を図る観点からも重要であると思われる。
(弁護士)
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執筆者

畔山 亨あぜやま とおる
弁護士
略歴・経歴
[主な著作]
・「賃金(一時金)支払債務の不履行と不法行為の成否-「日東電工事件」(最二小判令和8年2月13日)」労働基準広報2026年4月21日号(労働調査会・2026)<単独執筆>
・『こんなところでつまずかない!事業承継21のメソッド』(第一法規・2026)<共編著>
・『Q&A デジタル領域の相続実務-クラウド上のデータ・オンライン資産・SNSアカウント・ポイントプログラム等-』(新日本法規・2026)<共編著>
・「公務員に対する懲戒処分と裁量権の範囲-「糸島市(消防職員懲戒免職処分)事件」(最三小判令和7年9月2日)」労働基準広報2025年12月21日号(労働調査会・2025)<単独執筆>
・「公務員の懲戒処分と退職手当の支給制限処分(全部不支給)-「京都市(市営バス運転手)事件」(最一小判令和7年4月17日)」労働基準広報2025年11月21日号(労働調査会・2025)<単独執筆>
・『こんなところでつまずかない!高齢者をめぐる法律問題21のメソッド』(第一法規・2025)<共編著>
・「労災支給処分における取消訴訟の原告適格・違法性の承継-「あんしん財団事件」(最一小令和6年7月4日判決)」労働基準広報2024年10月1日号(労働調査会・2024)<単独執筆>
・「AI(人工知能)のビジネス活用に関する法的留意点」労働基準広報2023年7月1日号(労働調査会・2023)<単独執筆>
・「業務委託契約における契約書作成時のポイント」労働基準広報2023年1月21日号 (労働調査会・2023)<単独執筆>
・『ケーススタディ日本版司法取引制度 会社と社員を守る術 平時の備え・有事の対応』(ぎょうせい・2019)<分担執筆>
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