解説記事2026年04月06日 未公開判決事例紹介 相続税申告に間に合わずも、税理士法人に完了義務なし(2026年4月6日号・№1117)
未公開判決事例紹介
相続税申告に間に合わずも、税理士法人に完了義務なし
東京地裁、間に合わない可能性を前提に契約
本誌1099号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇相続税の法定申告期限内に申告手続が完了しなかったため、相続人であり、かつ、クライアントでもある原告から税理士法人(被告)が訴えられた事件(令和7年7月17日判決、令和6年(ワ)第9056号、令和6年(ワ)第18329号)。東京地方裁判所(大野元春裁判官)は令和7年7月17日、委任契約は法定申告期限までに間に合わない可能性が高いことを前提に締結されたというべきであるから、被告の税理士法人が委任契約に基づき法定申告期限内に相続税の申告を完了すべき義務を負っていたとは認められないとの判断を示した。
主 文
1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、270万円及びこれに対する令和6年7月19日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを20分し、その19を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
5 この判決は、2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 本訴請求の趣旨
被告は、原告に対し、2304万8100円及びこれに対する令和5年3月11日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 反訴請求の趣旨
反訴被告は、反訴原告に対し、411万円及びこれに対する令和6年7月19日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)が、被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)との間で、原告の母である亡A(以下「亡A」という。)を被相続人とし、原告が相続した相続財産についての相続税申告手続を委任し(以下「本件委任契約」という。)、被告には、本件委任契約に基づき相続税の法定申告期限内に相続税申告手続を完了すべき善管注意義務があったのに、これを怠って手続を完了させなかったため、他の税理士に委任し相続税申告手続を行わざるを得なくなったが、無申告加算税及び延滞税の支払を余儀なくされた旨主張し、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、無申告加算税及び延滞税相当額、被告に支払う予定だった報酬と他の税理士に支払った報酬の差額分並びに弁護士費用相当額の合計2304万8100円及びこれに対する相続税の法定申告期限の翌日である令和5年3月11日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、原告との間で、令和4年の所得税に関する申告手続を受任し(以下「本件所得税申告手続委任契約」という。)、被告が所得税の申告を完了したにもかかわらず、原告が本件所得税申告委任契約に基づく報酬11万円(消費税込み)を支払っておらず、また、被告が本件委任契約に基づき相続税申告書の最終稿を作成して原告に交付したにもかかわらず、原告が一方的に本件委任契約を解除したため、本件委任契約に基づく既履行分の報酬請求権を有する旨主張し、本件所得税申告委任契約に基づく報酬請求として11万円及び本件委任契約に基づく報酬請求として400万円の合計411万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和6年7月19日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(証拠を付さないものは、争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められるものである。)
(1)亡Aは、令和4年5月10日に死亡した。原告は、単独で亡Aを相続した。
被告は、税理士業務を主たる業務とする税理士法人である。被告は、税理士法人として開業して以来、約20年間にわたって、亡Aとの間で、各種税務顧問として所得税の確定申告等の業務を受託しており、原告との間でも、約10年間にわたって、所得税等の業務を受託していた。
(2)原告は、令和5年2月頃、被告に対し、令和4年分の所得税の確定申告手続を行うことを依頼し、本件所得税申告手続委任契約が締結された。被告は、令和5年3月15日、本件所得税申告手続委任契約に基づき、原告の令和4年分の所得税の確定申告手続を行った。
(3)原告は、被告に対し、亡Aの相続財産に関して相続税の確定申告手続を行うことを依頼し、本件委任契約が締結された(締結時期については争いがある。)。なお、亡Aの相続財産に関する相続税の確定申告の法定申告期限は、令和5年3月10日だった。
(4)原告は、令和5年5月28日、原告の妻を介して被告に対し、別の税理士に依頼する旨の通知をし、本件委任契約を解除する旨のメールを送付した。
(5)原告は、亡Aの相続財産についての相続税申告手続をT税理士事務所に依頼し、同事務所は、同年6月1日、杉並税務署に対して、上記相続税申告手続を行った(甲1、3)。
杉並税務署長は、法定期限内に上記相続税申告手続が行われなかったとして、同月30日付けで無申告加算税1807万7000円の賦課決定通知をし、原告は、同年7月4日、無申告加算税1807万7000円及び延滞税197万3100円の合計2005万0100円を支払った(甲4~6)。
3 争点及び当事者の主張
(1)被告は、本件委任契約に基づき、法定申告期限である令和5年3月10日までに相続税の申告を完了すべき義務を負っていたか。
(原告の主張)
原告は、令和4年11月初旬頃、被告代表者に対し、直接、亡Aの相続財産についての相続税申告手続を依頼し、被告は、これを快諾した。原告は、被告代表者の指示により、除斥謄本等を取得しているが、これらの発行日は、令和4年11月28日となっており、いずれについても遠方の市役所から郵送により取得したため、1か月間程度要している。したがって、被告代表者が原告に対して指示をしたのは、同月初旬頃であり、本件委任契約が締結されたのは、同頃である。また、原告は、本件委任契約締結時に、亡Aの預金の残高証明についても、取得に時間がかかるからと指示を受け、取得している。
したがって、被告には、法定申告期限までには、十分な時間的余裕があったのであり、被告は、亡Aの各種税務顧問として、亡Aの財産状況を熟知しており、相続人が原告のみであって遺産分割も不要という状況だったのであるから、被告において相続税申告のための各種検討に特に時間を要するはずがなく、税務申告の依頼を行うに当たって、法定申告期限の徒過を許容することなどあり得ないから、被告は、本件委任契約において、法定期限までに確定申告を終える善管注意義務を負っていた。そして、原告は、別紙1「必要資料の授受の経緯についての当事者の主張表」における「原告の主張」に記載のとおり、被告から提出の依頼があった書類については、速やかに対応して提出していたのであるから、法定期限を徒過したのは、必要書類について適切に検討、管理、指示を行わなかった被告代表者の怠慢によるものである。
(被告の主張)
被告代表者は、令和5年1月5日、原告が経営するクリニックで新型コロナウィルスのワクチン接種を受けた際に、原告から、亡Aの相続財産に係る相続税の申告について相談を受け、亡Aの除斥謄本を渡された。被告代表者は、原告に対し、被告の顧問先の法人税・所得税の確定申告に関する業務が繁忙期に入ることや亡Aの相続財産の大きさからすると相当な業務量が見込まれるため、被告が受任した場合に法定申告期限に間に合わせることは困難である旨説明し、別の会計事務所に依頼することを含めてどのように対応するのか検討してほしいと説明したが、原告は、検討するとしたものの、被告に依頼するとも依頼しないとも明言せず、とりあえず亡Aの除斥謄本を預かってほしいとしたため、被告代表者は、当該除斥謄本を預かった。その後、原告は、被告代表者の留守中に、被告の事務所を訪れ、亡Aの預金口座の残高証明を預けてきたため、被告代表者は、同月15日、原告の意思を確認するため、電子メールを送信し、この時点で相続税の申告の依頼を受けても申告期限に間に合わせることは困難であることや必要書類を多数用意してもらう必要があることを説明した。これに対する原告からの返信がなかったため、被告代表者は、同月21日、原告に対して、ショートメッセージでアポイントを入れて面談し、改めて、この時点で相続税の申告の依頼を受けても法定申告期限に間に合わせることは困難だが、最善を尽くす旨説明し、早急に資料を提出することを依頼するとともに、申告期限を徒過した場合には、附帯税の負担が発生するものの、新型コロナウィルスの感染拡大の影響により申告が遅れた場合には、期限延長が認められる可能性があることや本件委任契約に基づく報酬の算定方法について説明を行い、原告は、これらを理解した上で、被告に依頼した。したがって、本件委任契約が成立したのは、同日であり、被告代表者が法定期限に間に合わないことを説明した上で成立しているのであるから、被告は、本件委任契約に基づいて相続税の申告を法定期限までに完了させる善管注意義務を負っていない。現実的にも、相続税の申告には、必要書類の全てが揃っている状態でも、相続財産の精査や過去5年間の現預金の異動を確認しなければならないなど、その業務量が多岐にわたることが多いため2か月から3か月の準備期間を設けて受任するのが通常である上、亡Aの相続財産額は9億円を超えており、原告から必要書類が提出されたのは、別紙2「必要資料の授受の経緯」に記載のとおりであって、法定期限内に申告を終えることなどできない。
(2)原告に生じた損害額はいくらか
(原告の主張)
原告は、被告が本件委任契約を履行しないことから、やむなく、令和5年5月になって被告から亡Aの相続財産に係る相続税申告の関連資料の返還を受け、T税理士事務所に申告手続を依頼し、同年6月1日、相続税の申告手続を終えたものの、同年7月4日、無申告加算税1807万7000円及び延滞税197万3100円の合計2005万0100円の支払を余儀なくされた。
また、原告は、被告との間で、本件委任契約における報酬額を260万円とすることで合意していたが、T税理士事務所に依頼せざるを得なくなり、報酬として459万8000円を支払っており、差額の199万8000円について原告に損害が生じた。
したがって、原告には、被告の怠慢により本件委任契約を履行しなかったとの不法行為により、2204万8100円の損害が生じており、弁護士費用相当額として100万円についても相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
争う。
(3)被告は、原告に対し、本件所得税申告手続委任契約及び本件委任契約に基づく報酬を請求できるか
(被告の主張)
ア 原告と被告は、本件所得税申告手続委任契約の報酬を11万円(税込)とすることで合意していた。
イ 被告は、本件委任契約に基づき、令和5年1月15日、原告に対して必要な資料の提供を依頼したが、原告が資料の全てを提出したのは、申告期限である同年3月10日を過ぎてからであり、過去3年間の贈与税申告書については、探しても見つからないとのことで提供を受けることができず、最終的に、原告から贈与内容の説明を受けて被告が同年4月23日に作成することになった。また、被告は、原告に、同月22日の打合せにおいて、相続税の概算額の説明をするとともに、新型コロナウィルス感染症が第5類感染症に指定変更される前に申告手続を終えれば、災害による申告手続の延長が認められる可能性が高いと考えているが、小規模宅地等の特例の適用を検討する場合、追加の資料が必要となるため、さらに申告が遅れるため、附帯税が課されるリスクが高くなる旨説明したところ、原告は、概算額が高すぎるので、リスクが生じても特例措置等を検討してほしいとし、また、さらに相続税を減額する方法がないかと被告に尋ねたため、被告が亡Aの所有不動産について大規模修繕工事が行われているが、最終支払日が亡Aの死亡後となっているため、亡Aの死亡時には未完成であると評価していたが、完成・検収が死亡前であれば、相続税を減額できる可能性があると説明したところ、原告が確認してみるとした。そして、被告は、原告から追加の資料等の提供を受け、相続税の額を確定させ、同年5月28日に原告に対して相続税申告書の最終版を作成して送付したが、同日、原告から一方的に本件委任契約を解除された。
受任者は、委任者に対して、すでに履行した委任事務の割合による報酬を請求することができるのであり、被告は、原告に対して、相続税申告書の最終版を送付しており、実質的には、委任事務を全て完了したといえる。そして、被告は、本件委任契約締結に当たり、報酬額を、相続財産金額の0.5パーセントからさらに20パーセントを割引きした上で10万円以下を切り捨てるという金額を提示し(締結時に明らかになっていた亡Aの相続財産額は、6億5816万3696円であったため、260万円という概算額を示していた。)、了解を得ていたのであるから、報酬額としては、確定した亡Aの相続財産金額である10億0106万5693円×0.005×0.8≒400万円(税込)となる。
ウ したがって、被告は、原告に対して、411万円の報酬請求権を有している。
(原告の主張)
ア 原告は、被告から、本件所得税申告手続委任契約に基づく報酬について説明を受けておらず、金額について合意していない。
仮に被告の報酬請求権が発生しているとしても、税務調査の対応等元々の委任契約に含まれる事務を被告が履行することはないから、減額されるべきである。また、原告は、被告に対し、本件委任契約に関する不法行為に基づく損害賠償請求権を有するから、対当額で相殺する。
イ 本件委任契約については、成果によって報酬が発生するのであり、被告が相続税申告手続を履行していない以上、被告の報酬請求権は発生していない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告と被告代表者は、ショートメールでやり取りをすることがあり、面談の日程調整をするなどしていた。当該ショートメールでは、令和4年8月20日に、被告代表者から、原告に対して、亡Aの確定申告書を作成したので、その説明をするために同月30日に伺いたいとの連絡及び同月29日に、原告から、被告代表者に対し、了承した旨のやり取り、同年9月28日に、被告代表者から原告に対して、「ご連絡いただきありがとうございます。承知しました。ご連絡お待ちしております。」と連絡した以外は、同年12月8日に、原告が、被告代表者に対し、亡Aの銀行の残高証明は1通でいいのかと質問し、被告代表者が、1通だけ入手すればよい旨返答するまでは、特段のやり取りはされていなかった。(甲7)
イ 原告は、群馬県●●市長から、令和4年11月28日付けで、亡Aの除斥謄本及び改製原戸籍を取得し、同年12月9日付けで、原告の戸籍謄本を取得し、愛知県▲▲市長から、同月13日付けで、亡Aの除斥謄本を取得した(甲12~15)。
また、原告は、□□銀行から、令和4年12月9日付けで、亡Aの投資信託受益証券保護預り残高並びに預金残高証明書及び内訳書を、取得し、◇◇銀行から、同年19日付けで、外貨預金残高証明書及び公共債残高証明書を、同月21日付けで預金残高証明書を取得した(甲18~甲23の2)。
ウ 被告代表者は、令和5年1月5日に、ショートメールで、原告に対し、同日に新型コロナウィルスワクチン接種することの予約を入れ、原告が経営するクリニックでワクチン接種を受けた。
被告代表者は、同月15日、原告に対し、「残高証明書と戸籍謄本をお持ち頂きありがとうございます。相続税申告には、別添ファイルのような資料もあわせて必要となります。特に赤い☆を付けさせて頂いた資料は必要になると思います。」として、亡A所有不動産の登記簿謄本・公図・固定資産評価証明書、証券会社の残高証明書、原告の戸籍謄本・住民票・印鑑証明書、亡Aの葬儀関連の領収書、過去3年間の贈与税申告書、過去5年間の通帳のコピー、保険金の支払通知書の提供を求めるとともに、「相続税の法定申告期限は相続が発生してから10か月後(2023年3月10日)となっており、現状では期限までに間に合わないのではないかと思っております。申告期限延長の手続きを申請できるかどうかを慎重に検討させて頂かなければならないと思いますが、延長できるとしても1カ月程度が限度ではないかと思っております。」と記載し、また、報酬について、相続財産金額×0.5パーセントに20パーセントを割引きして10万円未満の金額を切り捨てるものとして、現状での概算額を260万円(消費税込み)としたいとし、「報酬金額をご検討頂いて、弊社の方でA先生の相続税申告を行わせて頂けるようであれば(以前にもお話しさせて頂いた通り、弊社ではなく他の会計事務所でやって頂くというご選択もあると思いますので)、申告書の作成に着手させて頂ければと思っております。」との内容のメールを送信し、相続税の申告に必要な資料として、一般的な税務関係の本の「相続・贈与の申告に必要な書類リスト」の該当箇所に印をつけたものを添付した。
被告代表者は、原告から、上記メールに対する返信がなかったことから、同月21日、亡Aの相続税申告の件で相談したい旨をショートメッセージで送信し、同日、原告と面談した。
(以上につき、甲7、乙1の1の1、2、原告本人、被告代表者本人)
エ 原告の弟であるB(以下「亡B」という。)は、令和3年10月8日に死亡しており、その法定相続人は、亡Bの妻と亡Aだったが、亡Bが妻に全財産を相続させるとの遺言を残していたため、亡Aを相続した原告が、亡Bの妻に対し、遺留分侵害額請求を行っていたところ、これについて、令和5年1月30日に和解が成立した。亡Aの相続税申告において、相次相続控除を受ける前提として、亡Aの亡Bの相続に関する相続税修正申告をする必要があったところ、被告代表者は、同年3月9日、原告と面談し、同月10日、上記修正申告と本件所得税申告委任契約に基づく当初の申告を行った。(甲7、16、17、24、乙9、11、被告代表者本人)
(2)上記認定事実及び前提事実に基づいて、争点(1)について検討する。
ア(ア)原告は、被告が本件委任契約に基づき法定申告期限内に相続税の申告を完了すべき義務があることの前提として、本件委任契約の締結時期が、法定申告期限まで十分な期間がある令和4年11月初旬である旨主張し、原告の陳述書(甲29)及び供述にはこれに沿うかの部分がある。
また、原告は、本件委任契約の締結時期が同頃である根拠として、原告が亡Aの除斥謄本等を同月下旬から同年12月中旬までに取得しているところ、これらの郵送による取得のために1か月程度要すること及び原告が、被告代表者に対し、同月8日、亡Aの銀行の残高証明は1通でいいのかと質問し、被告代表者が、1通だけ入手すればよい旨返答しており、原告がこの頃銀行の残高証明等を取得していることを挙げる。
(イ)しかし、原告と被告代表者との間のショートメッセージのやり取りを見ても、令和4年11月頃に亡Aの相続税の問題について話題に上っている形跡はなく、面談自体している形跡もない。原告自身の供述によっても、同月頃に本件委任契約が成立したとする状況は、非常に曖昧であるといわざるを得ない。
また、被告は、亡Aとの間で、各種税顧問として所得税の確定申告等を行っていたのであり、これによって把握できる亡Aの資産規模からして、相続税申告のために必要な書類が戸籍関係や銀行の残高証明だけでは到底足りないことは被告において明らかだったといえる。本件委任契約が同月頃に成立しているのであれば、被告が原告に対し、必要書類について、その内容からして書面で具体的な指示をするはずであるが、令和5年1月15日のメールまで、そのような指示がされている形跡もない。
さらに、本件委任契約の成立が令和4年11月初旬であれば、令和5年1月15日のメールの内容は、全く事実に反する上に被告が本件委任契約の履行を怠った結果、法定期限に間に合わない事態になっているということになり、原告にとって受け入れがたいものであるはずであるが、原告がこれを問題視している形跡もない(原告自身の供述によっても、「クレームを出す理由がない。」としている。)。
(ウ)原告は、亡Aの戸籍関係の書類を令和4年11月に取得していることを本件委任契約が同月に締結されたことの根拠としているが、相続税の申告に当たって、被相続人の相続人が誰であるかを確認するために戸籍関係書類が必要であるのは当然であるから、戸籍関係書類を取得していることをもって本件委任契約が同月に締結された根拠ということはできない。
また、原告が、被告代表者に対し、同年12月8日、亡Aの銀行の残高証明は1通でいいのかと質問し、被告代表者が、1通だけ入手すればよい旨返答しており、原告がこの頃銀行の残高証明等を取得していることについては、原告が□□銀行から投資信託受益証券保護預り残高並びに預金残高証明書及び内訳書を取得したのが同月9日付けであり、原告が主張するように、被告から取得に時間がかかるとの説明を受けていたのであれば、原告は、同日より相当前に取得の申請をしていると考えられるが、被告代表者に質問しているのは、取得日付の前日である同月8日であって、時期的に整合せず、かえって、被告の指示によらずに取得したことをうかがわせるというべきである。
(エ)これらからすると、本件委任契約の成立が令和4年11月初旬であるとする原告の主張は採用できない。
イ そうすると、被告が主張し、被告代表者が陳述(乙11)及び供述するように、本件委任契約は、令和5年1月5日以降、原告が被告に対して戸籍関係書類や銀行の残高証明等を預けてきたため、被告代表者が、同月15日のメールによって、法定期限に間に合わない可能性が高いことや報酬額などを検討の上で被告に依頼するか検討してほしいとの確認をし、同月21日に原告と面談して成立したというべきあり、このことは、法定期限の前日である3月9日に原告と被告代表者が面談し、被告が同月10日に亡Aの相続税の修正申告と本件所得税申告委任契約に基づく当初の申告のみを行っていることに対して、原告が何ら問題視している形跡がないこととも整合する。
ウ したがって、本件委任契約は、法定期限までに間に合わない可能性が高いことを前提に締結されたというべきであるから、被告が本件委任契約に基づき法定申告期限内に相続税の申告を完了すべき義務を負っていたとは認められない。
2 争点(2)について
原告は、被告が本件委任契約に基づき法定申告期限内に相続税の申告を完了すべき義務があることを前提に不法行為に基づく損害の発生を主張しているところ、争点(1)で検討したとおり、被告にかかる義務があったとは認められないから、その余について検討するまでもなく、争点(2)における原告の主張には理由がない。
3 争点(3)について
(1)本件所得税申告手続委任契約に基づく報酬について
被告代表者の供述によれば、本件所得税申告手続委任契約の報酬については、原告との間で明確な合意はなかったが、原告の妻の確定申告を同一内容で行っていて、報酬として10万円の支払を受けてきたので、原告にも10万円を請求したとしているところ、証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によれば、被告が、原告に対し、令和5年5月2日付けで本件所得税申告手続委任契約の報酬として11万円(消費税込み)を請求したが、原告から特に返答していないことが認められる。もっとも、原告自身、確定申告の報酬は10万円くらいだったと思うとの趣旨の供述をしているのであるから、本件所得税申告手続委任契約の報酬については、11万円(消費税込み)とすることで黙示の合意が成立していたというべきである。
これに対し、原告は、税務調査の対応等元々の委任契約に含まれる事務を被告が履行することはないから、減額されるべきであるなどと主張するが、被告は、本件所得税申告手続委任契約に基づく確定申告を完了しているのであり、その余に当該申告に関する事務が発生していると認めるに足りる証拠もないのであるから、上記原告の主張は採用できない。また、原告は、本件委任契約に関する不法行為に基づく損害賠償請求権による相殺を主張するが、当該請求権が成立しないことは争点(1)及び(2)で検討したとおりであるから、前提を欠くというべきである。
(2)本件委任契約に基づく報酬について
ア 委任契約において、委任者は、委任が履行の中途で終了した場合に、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる(民法648条3項2号)ところ、本件委任契約は、原告の解除によって終了しているから、被告は、本件委任契約に基づく履行の割合に応じた報酬を請求できるというべきである。
原告は、本件委任契約が成果型の委任契約であり、被告による相続税申告手続が履行されていない以上、報酬請求権が発生しない旨主張する。しかし、委任契約において報酬の発生を成果にかからしめるためには、その旨の合意が必要であるところ(民法648条の2第1項)、本件委任契約においてその旨の合意がされていると認めるに足りる証拠はないから、上記原告の主張は採用できない。
イ そこで、被告が履行した本件委任契約の割合について検討するに、証拠(甲1、乙1の2、乙1の3の1、2、乙1の4の1、2、乙1の5、7、11、乙3の1、2、乙9、原告本人、被告代表者本人)によれば、被告代表者が、令和5年4月22日に亡Aの相続税申告書の原案を原告に渡して説明したところ、相続税額を減らせないか検討することになり、小規模宅地等の特例の適用及び亡Aの所有不動産について大規模修繕工事に関し、不動産評価を減額できないか検討することになり、被告代表者は、原告から資料の提供を受け、小規模宅地等の特例の適用及び不動産評価を減額した相続税申告書案を作成し、同年5月13日に原告に交付し、さらに、修正した最終案(相続税がかかる財産額:9億4389万9226円)を同月28日にメールで送信したこと、被告が作成した相続税申告書の最終案は、現実に申告手続を行ったT税理士事務所が作成した申告書とほぼ同内容のものであったことが認められる。
上記認定によれば、被告は、同日までに亡Aの相続に関する相続税申告書を完成させていたということができる。もっとも、税理士法上、税理士の業務には税務書類の作成や税務相談以外に、税務申告等の代理や代行を行う税務代理があり(税理士法2条1項1号~3号)、本件委任契約は、税務代理をその内容とするものということができる。相続税申告書の作成は、相続財産の調査や検討を必要とするものであるから、申告書の作成が税務代理の履行を兼ねているというべきであるものの、税務代理で予定されている業務として、税務官公署に対してする主張や陳述を行うことの代理が含まれているのであるから、相続税申告書の完成をもって、本件委任契約が全て履行されていると見ることはできない。本件では、亡Aの所有不動産についての大規模修繕工事の件など、当初の申告書案がそのまま税務署において認められるか不明な部分があったというべきことに加え、被告の主張によっても、原告が医療従事者で行動制限がされていたことによる「災害による申告、納付等の期限延長申請書」(乙2の4)にかかる申請を被告において代理にして行う予定だったとしているところ、原告が納めることになった附帯税の金額からしても、この申請が認められるかどうかは、本件委任契約において重要だったというべきであり、相続税申告書の完成後も本件委任契約に基づいて履行すべき事務が少なからず残っていたというべきである。これらからすれば、被告による本件委任契約の履行割合は、7割を相当として認める。
ウ 本件委任契約は、被告代表者が原告に送った令和5年1月15日に送付したメールの内容を前提として成立したと認められるから、原告と被告との間で、報酬について、相続財産金額×0.5パーセント×80パーセントから10万円未満を切り捨てる金額(消費税込み)とすることで合意されたと認められる。そして、被告が完成させた亡Aの相続税申告書における亡Aの相続財産額は、9億4389万9226円(被告は、特例措置により控除を受けた5734万0932円を加算した10億0106万5693円になると主張するが、「特例措置により控除を受けた」金額が何を指しているのか及びこれを加算すべきとする根拠が判然としないから、採用できない。)であるから、9億4389万9226円×0.005×0.8≒370万円となり、この7割に相当する259万円が、本件委任契約における履行した割合に応じた報酬額と認める。
(3)したがって、被告が原告に請求できる本件所得税申告手続委任契約及び本件委任契約に基づく報酬は、11万円+259万円=270万円となる。
4 以上によれば、原告の被告に対する本訴請求には理由がなく、被告の原告に対する反訴請求は、本件所得税申告手続委任契約及び本件委任契約に基づく報酬として270万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和6年7月19日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第6部
裁判官 大野元春
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