解説記事2026年04月27日 論考 コーポレートガバナンス・コード2026年度改訂案の論点(2026年4月27日号・№1120)
論 考
コーポレートガバナンス・コード2026年度改訂案の論点
神奈川大学名誉教授 葭田英人
1 はじめに
金融庁と東京証券取引所は、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向け、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコードという。)の改訂を検討している。
CGコードは2015年に策定され、今回が3回目の改訂である。CGコード導入から10年を経て、「形式的な対応」から企業の「稼ぐ力」を最大化させるために「実質的な企業価値向上」への移行を企図して、6月には改訂CGコードの施行を予定している。
金融庁の「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(以下、有識者会議という。)で改訂内容が議論されているが、(1)現預金の有効活用を含む経営資源の配分を通じた投資の促進、(2)取締役会事務局の強化(コーポレートセクレタリーの設置)、(3)有価証券報告書の株主総会前開示などが議論の俎上に挙がっている。
そこで、本稿においては、5年ぶりのCGコード改訂において、取締役会が、過度に現預金を内部留保として積み増すだけでなく、成長投資、人的資本、配当・自社株買いなどへ積極配分して戦略的に有効活用しているかを監督し開示する意義を考える。
また、コーポレートガバナンスを実質化するための方策の一つとして注目されている取締役会事務局(コーポレートセクレタリー)の機能強化について検討する。取締役会が「監督」機能を実効的に果たすためには、独立社外取締役が十分な情報に基づき、経営陣や取締役と対等な議論を行う必要がある。そのためには取締役会事務局(コーポレートセクレタリー)の役割が重要となる。
さらに、株主・投資家が十分な情報に基づいて、株主総会において適切に議決権を行使し、企業との建設的な対話を促進するための時間を確保する観点から、有価証券報告書を株主総会前に開示することの重要性など、CGコード改訂案の論点について考察する。
2 現預金の有効活用を含む経営資源の配分
CGコード改訂案(原則4−1)解釈指針において、「取締役会は、中長期的に企業価値を向上させる観点から、自社の収益性・資本効率・資本コストや成長可能性及びそれらを踏まえた自社の成長フェーズ、機会コスト(ある選択を行った場合に失われる他の選択肢から得られる利益)等を十分に考慮した上で、経営戦略や経営計画、それを踏まえた資本政策を実現するために具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。投資先を検討するに当たっては、例えば、(i)投資対象を自社の内部に求めるのか(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)、外部に求めるのか(M&A・業務提携・スタートアップ出資への投資等)といった観点、(ii)短期・中長期といった観点、(iii)国内投資(地方への人的投資・地方拠点の整備等)、国外投資といった観点等の多様な投資機会があることを十分に認識すべきである。なお、知的財産等の無形資産への投資については、競争力や企業価値向上の源泉であることを踏まえ、その創出・取得・強化・保護・収益化に戦略的に取り組むべきである。また、経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、取締役会において決定された事業ポートフォリオに関する基本的な方針や事業ポートフォリオの見直しの状況について分かりやすく示すべきである。」とされている。
さらに、改訂CGコード案(原則4−2)解釈指針において、「取締役会は、自社の経営戦略や経営計画を踏まえ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に繋げるために適切なリスクテイクとなる経営資源の配分が実現されるよう、現預金等の金融資産や実物資産等の経営資源を成長投資等に有効活用できているかを含め、不断に検証を行うべきである。また、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。」と説明されている。
企業の「稼ぐ力」向上のため、現預金を含む経営資源が、人的資本、設備投資、研究開発などに適切有効に配分されているか、過剰な現預金の保有が資本効率を下げていないか、労働分配率も低下していることから、内部留保をため込むのではなく成長戦略への資源配分を検証し、より明確に説明することが求められている。
一方、企業がアクティビストからの株主還元に安易に応じる場合には、企業の収益や現預金等を成長投資のために有効活用することに支障をきたし、中長期的かつ持続的な向上を妨げることになる。この観点からも、改訂CGコードにより、経営資源の適切な配分や現預金の有効活用について説明を義務付けるべきである。
このように、中長期的な企業価値向上の観点からの事業ポートフォリオの見直しとともに株主利益も考慮した株主還元を実施すべき旨を改訂CGコードに規定すべきである。
現預金の有効活用は、今回の改訂の焦点であり、取締役会の役割として、「持続的な成長」と「中長期的な企業価値の向上」および「稼ぐ力の強化」のために、現預金の有効活用を含む経営資源の最適な配分方針の開示と監督が一段と強化される必要がある。
資本金1,000万円以上の日本企業が持つ現金・預金は日本全体で260兆円を超した。さらに、日本企業は過去最高益を記録しているにも拘わらず労働分配率は低下傾向にある。13年連続で最高額を更新し過去最高額の約637兆5,316億円にまで積み上げられた内部留保は、賃上げや設備投資等、将来の成長投資を疎かにしてきた証拠である。
一方、企業の存続や雇用の安定のためなど、将来の不確実性に備えて現預金を内部留保として積み増すことは正当なことである。しかし、業績に見合った賃上げをせず、投資に充てられることもなく、必要以上に現預金が保有されている場合には、何ら利益を生むことはない。
また、必要以上の現預金等の保有は、資本効率性の観点から好ましくなく、企業価値の向上に繋がらない資金の滞留になる可能性がある。さらに、賃上げが伸び悩むと消費が低迷し、経済が停滞するおそれがある。また、技術開発や新規事業に投資しないと競争力を喪失することになる。
3 取締役会事務局の強化(コーポレートセクレタリーの設置)
(1)CGコード改訂案における取締役会事務局の強化案
CGコード改訂案(原則4−8)解釈指針において、「独立社外取締役は、必要に応じ自身が株主との対話を行うこと等を通じて、少数株主等のステークホルダーの意見を取締役会に反映させるよう努めることが求められる。また、経営陣との間で緊張感のある信頼関係を構築した上で、平時には経営陣に執行を委ねつつ、監督や助言を通して取締役会における大局的な議論や意思決定を行うことが求められる。経営陣による説明が是認できないものである場合には、反対意見を述べることも自らの役割・責務を適切に果たす上で必要となる。更に、独立社外取締役は、CEOをはじめとする経営陣の選解任(後継者計画を含む)・報酬について、経営陣の恣意性を排除し、中長期的な企業価値の向上の観点から適切な内容となるよう、指名委員会・報酬委員会において主体的に機能発揮することを含め、役割・責務を果たすことが求められる。支配株主を有する上場会社においては、経営陣・支配株主と少数株主との間に構造的な利益相反関係があるため、その役割・責務が特に重要となる。他方、業績悪化・不祥事対応・企業買収などの有事の際には、経営陣から独立した立場にあることを活用し、特に経営陣が利害関係を有する場合には意思決定の主体として適切な判断を行い、説明責任を果たすなど、株主共同の利益を守り中長期的な企業価値の向上に資するよう活動することが求められる。」と説明されている。
また、独立社外取締役の「質」の確保に関する原則をCGコード改訂案(原則4−9)において示された。経営陣から独立し、中長期的な企業価値の向上や株主利益の観点から適切な意見を述べ、行動できる独立社外取締役が求められる。
さらに、CGコード改訂案(原則4−14)解釈指針において、「取締役会がその役割・責務を十分に果たすためには、取締役会において実質的な審議が十分に行われることが肝要であり、取締役会は、主体的に審議の実質化・活性化を図るための取組みを行うことが期待される。そのような取組みとして、例えば、(i)取締役会の資料が、会日に十分に先立って共有されるようにすること、(ii)取締役会の資料以外にも、必要に応じ、会社から取締役に対して十分な情報が(適切な場合には、要点を把握しやすいように整理・分析された形で)提供されるようにすること、(iii)年間の取締役会開催スケジュールや予想される審議事項について決定しておくこと、(iv)審議項目数や開催頻度を適切に設定すること、(v)審議時間を十分に確保することなどを確保しつつ、その審議の活性化を図るべきである。また、取締役・監査役がその役割・責務を実効的に果たすためには、取締役・監査役からの情報入手の要請に応えることを含め、会社側からの適切な支援が必要不可欠である。上場会社は、取締役会及び監査役会の機能発揮に向け、内部監査部門がこれらに対しても適切に直接報告を行う仕組みを構築すること等により、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保すべきである。取締役会の審議の活性化を図り、また、社外を含めた取締役・監査役への情報提供を含めた支援を適確に行うためには、取締役会を支える部署であるいわゆる取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化等の取組みを推進することも重要である。取締役会事務局は、上記(i)~(v)を含む会議運営を行う単なる取締役会の事務方としての役割のみならず、取締役会やその傘下の各委員会の会議体が実効性ある議論の場となるよう、当該会議体の果たすべき役割・責務に照らし適切な審議事項を定めるなど、それらの運営を能動的に行うことが望ましい。また、必要に応じて、社外取締役・社外監査役の指示を受けて会社の情報を適確に提供できるよう社内との連絡・調整にあたる役割を担うことも期待される。」と説明されている。
取締役会における議題設定や運営などについて、独立社外取締役を含む取締役のサポートを行う取締役会事務局が重要な役割を担う必要がある。CGコードの改訂案において、取締役会における審議の活性化や取締役会の実効性の確保を図るために、取締役会事務局の役割が提言されている。
(2)外国企業におけるコーポレートセクレタリーの特徴と役割
日本の企業では、これまで、ガバナンス体制や株主対応の組織構成は、各社の主体的な裁量に任されてきた。英国では、会社法271条により、公開会社はコーポレートセクレタリー(カンパニーセクレタリー)を設置することが義務付けられている。英国企業におけるコーポレートセクレタリーは、取締役会の効率的かつ合法的な運営を支える極めて重要な役職であり、高い専門性が求められる職種である。外国企業、特に英国法系の国・地域(シンガポール、香港、マレーシア、インドなど)におけるコーポレートセクレタリーは、会社の法務・コンプライアンスの責任を担う非常に重要な役職である。会社法に基づき選任され、企業活動を後方から支援する業務を総括し、取締役会・株主総会の運営と法令遵守を担う専門職である。
英国企業と同様、米国企業におけるコーポレートセクレタリーは、取締役会の運営、株主総会の実務、およびコーポレートガバナンス(企業統治)の遵守を担う重要な役職である。法務・コンプライアンスの専門知識を背景に、取締役会と経営陣、株主の橋渡しを行い、意思決定の透明性と適法性を確保する機能を果たしている。
(3)日本におけるコーポレートセクレタリーのあり方
取締役会が単なる「監督」にとどまらず、戦略的な意思決定機関としての役割を強め、戦略的な説明責任が取締役会の責務としてより明確化される必要がある。そこで、取締役会が、経営陣や取締役による中長期的な成長戦略としての経営を後押しし、経営陣や取締役に対する実効性のある監督を行うために重要な役割を果たすのが独立社外取締役である。単に一定の割合ないし数の独立社外取締役を選任するのではなく、独立社外取締役の「質」が極めて重要である。
特に、独立社外取締役が重要な役割を果たすために、コーポレートセクレタリーが注目されている。コーポレートセクレタリーと独立社外取締役は、コーポレートガバナンスの実質化と取締役会の機能強化において、相互補完的な関係にあり、独立社外取締役が経営監視や助言を行うのに対し、コーポレートセクレタリーは、独立社外取締役が必要な情報や環境へアクセスできるようにサポートし、効果的な意思決定を支える調整役としての役割を担う必要がある。
コーポレートセクレタリーは、企業の取締役会の運営、コーポレートガバナンスの遵守、株主対応、ステークホルダーへの情報開示など、法務、経営戦略、IR(投資家対応)といった多岐にわたる知識を要求され、経営陣や独立社外取締役をメンバーとする取締役会を支える戦略的な専門職として、稼ぐ力や中長期的な企業価値の持続的な向上には不可欠である。
4 有価証券報告書の株主総会前開示
CGコード改訂案(原則1−2)解釈指針において、「株主総会は株主にとって議決権行使等を通じて上場会社に対して直接意見を発信することができる数少ない機会であり、株主との建設的な対話を行うことができる場の一つであることを踏まえ、上場会社は、株主総会において株主が適切な判断を行うことができるよう、例えば以下の点について、株主の視点に立って適切な環境整備を行うべきである。(i)有価証券報告書には役員報酬や政策保有株式等のガバナンス情報等、投資家がその意思を決定するに当たって有用かつ信頼性の高い情報が豊富に含まれていることから、本来、株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましいと考えられる。そのため、株主総会開催日や議決権行使に係る基準日を従前の慣行に基づく時期から後ろ倒しすることも含めて検討する。(ii)株主が総会議案の十分な検討期間を確保することができるよう、招集通知に記載する情報を、株主総会の招集に係る取締役会決議から招集通知を発送するまでの間に、TDnetや自社のウェブサイトにおいて電子的に公表する。……(略)……。」と説明されている。
有価証券報告書には株主・投資家の意思決定に有用かつ信頼性の高い情報が豊富に含まれている。欧米などの主要な海外市場においては、株主総会前に有価証券報告書(年次報告書)を開示することは「常識」であり一般的である。株主・投資家との対話を促進するため、株主総会前の有価証券報告書を開示する必要がある。
わが国においては、3月決算の会社が毎年6月下旬に定時株主総会を開催する場合が多く、決算期末から短期間で株主総会が開催される実務慣行が定着しており、詳細な情報が記載された有価証券報告書は、株主総会後に開示されるのが通常である。株主が議決権行使の判断を行うにあたり、有価証券報告書に記載された情報等を、株主・投資家が株主総会前に十分な時間をもって確認・検討できることが望ましいとの指摘がなされてきた。
上場会社においては、定時株主総会の開催日の3週間以上前の有価証券報告書の提出を明記すべきである。困難である場合には、その理由について説明すべき旨を改訂CGコードに規定すべきである。
有価証券報告書の総会前開示は、日本の資本市場の透明性を高め、国際的なガバナンス水準に適応するためにも必要である。また、企業は投資家からの信頼を獲得し、サステナブルな企業価値向上へとつなげることができる。
5 むすび
2026年度のCGコード改訂は、形式的なルールの遵守(コンプライ)から、企業価値向上に直結する「実質化」への転換が強く期待されている。現預金の適切な配分や、事業ポートフォリオの見直しを通じた「稼ぐ力」の向上が焦点となる。また、独立社外取締役の「独立性」基準の見直しや、取締役会事務局(コーポレートセクレタリーの設置)の機能を強化し、取締役会が実質的な議論を行える環境を整備する。さらに、有価証券報告書の株主総会前開示を促進し、株主が十分な情報を持って議決権を行使できるようにCGコード改訂する必要がある。このように今回のCGコード改訂の目的は、「ガバナンス改革の実質化」および「企業の持続的成長」と「中長期的な企業価値向上の促進」にある。
葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。神奈川大学名誉教授、YAP代表。専門分野は、会社法・税法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など他多数。
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