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解説記事2026年09月07日 論考 会社法改正中間試案と改訂CGコードによる『開示の一本化』の制度的分析(2026年9月7日号・№1137)

論考
会社法改正中間試案と改訂CGコードによる『開示の一本化』の制度的分析
 神奈川大学名誉教授 葭田英人

1 はじめに

 2026年3月18日、法務省の法制審議会会社法制部会は「会社法制の見直しに関する中間試案」を公表し、長年の懸案であった「事業報告等及び有価証券報告書の開示の合理化」へと方針を転換した。一方、同年7月21日には金融庁および東京証券取引所から「コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)改訂」が公表され、有価証券報告書の株主総会前開示が強く要請された。
 これまで、わが国の上場企業は、会社法に基づく事業報告等(計算書類及び事業報告並びに連結計算書類)と、金融商品取引法(以下、金商法)に基づく有価証券報告書という、根拠法を異にする2つの開示書類の作成を義務付けられてきた。しかし、会社の概況、役員の状況、コーポレート・ガバナンスの体制、内部統制システムの整備状況など、これらは記載内容において多大な重複があり、企業にとっては決算期直後の過度な業務負担を生じさせ、株主や投資家にとっても、同一・類似の情報を異なる媒体で検証せざるを得ないという不利益を生んでおり、情報の重複は判読性を阻害しているという、双方に不利益な「二重開示」の状況が続いている。
 本論文では、中間試案が示した「事業報告等と有価証券報告書の開示の一本化」の具体的な課題を検討する。さらに、単なる手続きの簡素化にとどまらない、企業の監督機能・監査機能を担う監査役等(監査役、監査等委員、監査委員)や会計監査人(監査法人)の視点に立ったとき、従来のように株主総会後に有価証券報告書を提出するスケジュールを見直して、株主総会の招集通知(電子提供措置開始日)までに、一本化された開示書類を確定・公表する「株主総会前提出(開示)」が実質的な標準となる。これは、監査役等や会計監査人にとって、これまで会社法監査と金商法監査の間に存在していた約1か月の「時間的猶予(バッファ)」が完全に消滅し、有価証券報告書レベルの厳密な開示内容を、株主総会前の極めて限定された期間内にすべて監査し終えなければならないことを意味する。監査スケジュールへの影響、法的な責任の変容、そして株主総会への影響について考察し、今後の日本企業が取るべき対応策を展望する。

2 現行制度における「二重開示」の構造的課題

(1)制度の歴史的背景
 わが国の企業情報開示制度は、伝統的に会社法による「株主保護」のための開示と、金商法による市場の「投資家保護」のための開示という、2つの異なる目的に基づき行われてきた。会社法開示は、株主総会における議決権行使や、債権者保護のための事後的な経営結果の報告に主眼が置かれる。
 一方、金商法開示は、市場における投資判断のための継続的な情報提供を目的とする。この目的の差異から、前者は株主総会招集通知に同封される事業報告等で株主総会前に配布され、後者は有価証券報告書として事業年度終了後(決算日)後の3か月以内に提出されるという時間的な乖離が定着している。
(2)記載内容の重複と非効率性
 事業報告等と有価証券報告書の記載内容は極めて類似している。例えば、企業の概況、事業の経過およびその成果、主要な経営指標、財産および損益の状況、対処すべき課題、事業等のリスク、役員の状況(経歴、所有株式数)および役員報酬の額、コーポレート・ガバナンスの状況などが挙げられる。
 これらは文言のニュアンスや細部のフォーマットこそ異なるものの、実質的に同一の内容を報告している。企業は、3月末の決算日から5月の取締役会、6月の株主総会に至るわずか2~3か月の間に、これら2つの開示書類を並行して作成し、かつそれぞれに対して会社法監査(監査役等・会計監査人)と金商法監査(会計監査人)という2つの監査を受けなければならない。この重複が開示の著しい非効率性を生んできた。
(3)株主・投資家側の課題
 株主・投資家にとっても、この二重性は問題である。株主総会で議決権を行使する時点(6月末)では、より詳細な情報やサステナビリティ情報が記載された有価証券報告書はまだ公表されておらず、手元にあるのは要約された事業報告等のみという状況が一般的である。情報開示の非対称性が、建設的な「株主・投資家と企業の対話」を阻害している。

3 「開示の一本化」の仕組み

(1)会社法改正中間試案が提示した免除・代替措置
 会社法改正中間試案は、「事業報告等及び有価証券報告書の開示の合理化に関し、次の1及び2の規律を設けるものとする。1 上場会社が電子提供措置開始日までに事業報告等(計算書類及び事業報告並びに連結計算書類をいう。以下同じ。)の開示事項の全てを記載した有価証券報告書を提出した場合には、事業報告等を作成することを要しない。2 会計監査人が1の有価証券報告書について金商法に基づく監査をした場合には、会社法に基づく会計監査人の監査をしたものとみなす。」と示した。有価証券報告書を株主総会前に開示した場合、会社法上の事業報告等の作成、株主への提供を免除(代替)するという内容である。
 具体的には、企業が株主総会の招集通知を発送する日(通常、株主総会の3週間前)よりも前に、金商法上の有価証券報告書を電子開示システム(EDINET)等で公表している場合、会社法が求める事業報告等の記載事項はすべて有価証券報告書に含まれているものとみなす。株主総会招集通知には、有価証券報告書の参照先(URLやQRコード等)を記載すれば足りることになり、書面交付を請求する株主への個別郵送対応は残るものの、事業報告等を全株主へ郵送する負担は事実上消滅する。
(2)改訂CGコードとの連動
 会社法改正の動きと連動し、実質的な義務付けをしようとするのが、改訂CGコードである。有価証券報告書の株主総会前開示の要請が重要な柱とされた。
 改訂CGコードは、原則1−2.株主総会における権利行使において、「上場会社は、株主総会が株主との建設的な対話の場であることを踏まえ、株主の視点に立って、有価証券報告書を株主総会開催日前に提出するなど株主総会において株主が適切な判断を行うことに資すると考えられる情報を必要に応じ適確に提供する、株主総会開催日や議決権行使に係る基準日をはじめとする株主総会関連の日程を適切に設定する、プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とするなど、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。」としている。
 また、改訂CGコード原則1−2の解釈指針には、「有価証券報告書は、本来、株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましいと考えられる。そのため、株主総会開催日や議決権行使に係る基準日を従前の慣行に基づく時期から後ろ倒しすることも含めて検討する。」とある。
 改訂CGコードは、上場企業に対し、株主が議決権を行使するための十分な検討期間を確保するため、株主総会日の3週間以上前までに有価証券報告書を開示することを求めている。これにより、会社法改正中間試案と連動した「開示の一本化」の推進は、上場企業が準拠すべき事実上の共通規範として位置づけられた。
(3)監査の一体化
 開示の一本化に伴い、監査手続きも合理化される。現行制度では、事業報告等に対する会社法監査と、有価証券報告書に対する金商法監査が別個に行われていたが、中間試案によれば、株主総会前に有価証券報告書の監査が完了していれば、それが会社法上の監査をも代替する。これにより、会計監査人が同一の数字に対して二度にわたって異なるタイミングで監査報告書を出すという非効率性が解消される。

4 決算・開示プロセスの過密化と対応策

(1)決算スケジュールの過密化
 開示の一本化は、効率性の向上をもたらす一方、決算スケジュールの過密化が生じることになる。これまで6月末までに作成すればよかった有価証券報告書(非財務情報、サステナビリティ開示、コーポレート・ガバナンスの状況、詳細な注記などを含む。)を、約1か月前倒しして、5月下旬までに監査も含めて完了しなければならないということである。
 この前倒しにより、企業の財務・法務部門や監査役等および会計監査人の業務遂行リソースが著しく逼迫するリスクが懸念される。5月中旬から下旬にかけて、全国の上場企業と監査法人が同時に有価証券報告書の最終チェックを行うことになり、現場の作業スピードや処理能力は限界に達する。
 特に近年は、サステナビリティ(温室効果ガス排出量、人的資本、多様性指標など)の開示が激増しており、これらのデータを5月下旬までに確定させることは容易ではない。
(2)対応策としての株主総会時期の後ろ倒しとDX化
 改訂CGコード原則1−2の解釈指針が示す通り、有価証券報告書は株主総会の3週間以上前に提出することが最適である。この期間を確保するため、株主総会日程や議決権行使基準日の後ろ倒しを検討する必要がある。
 具体的には、日本の慣行である6月下旬から7月中旬~下旬へと株主総会開催日を後ろ倒しする手法が挙げられる。これを実現するため、定款を変更して議決権行使基準日を従来の3月末から4月末や5月末へ変更すれば(会社法466条)、基準日から3か月以内に株主総会を開催しなければならないという規定(会社法124条2項)に基づき、決算日から株主総会までの期間が引き延ばされる。その結果、有価証券報告書の作成・監査作業に充てる時間を十分に確保することが可能となる。
 なお、「剰余金の配当(会社法454条)」を受ける権利の基準日(3月末)と、株主総会の議決権行使基準日(4月末や5月末)を別々の日に設定することは、法律上何ら問題はない。
 もっとも、実務を円滑に進めるためには、データの一元管理体制の構築が不可欠である。システム連携やAI等のテクノロジーを活用し、決算・開示業務そのものを抜本的に高速化することこそが、開示の一本化を達成する前提条件となる。

5 一本化に伴う法的責任の交錯

(1)一本化と責任の非対称性
 会社法改正中間試案の「開示の一本化」は実務負担を軽減するが、役員等の法的責任の免除や一本化を意味するわけではない。現行制度下において、取締役、監査役等、会計監査人は、会社法と金商法という異なる法域で固有の民事責任を背負ってきた。一本化の導入は、この三者の責任構造を変容させる。
(2)取締役の二重の責任とセーフハーバー・ルール
 開示書類の作成責任を負う取締役にとって、一本化された新たな書類の記述情報に虚偽記載等が存在した場合、取締役は「投資家に対する金商法上の虚偽記載責任」(金商法21条1項)と「会社に対する会社法上の任務懈怠責任」(会社法423条1項)の双方から同時に追及を受けるリスクを負う。
 有価証券報告書の「事業等のリスク」など将来予測記述について、合理的なプロセスに基づく作成であれば金商法上の虚偽記載責任を問わないとする民事免責規定(セーフハーバー・ルール)(改正金商法21条の2第3項)が法制化(2027年4月1日施行)された。
 しかし、金商法上で免責と判定されても、それが直ちに会社法上の任務懈怠責任(善管注意義務違反)の免責を意味するのかという課題があり、これら二つの免責基準(金商法上のセーフハーバーと会社法上の経営判断の原則)をいかに調和・連動させるかについては、法制審議会会社法制部会における一本化規律の議論においても極めて重要な注視すべき論点となっている。経営陣の過度な萎縮を防止し積極的な開示を促す観点からも、今後の解釈論において最も注視すべき論点である。
(3)会計監査人の責任
 会計監査人の実務手続は、開示の統合に伴い金商法監査への一本化が図られる。会社法改正中間試案に基づき金商法による監査を適正に執行すれば、会社法上の会計監査も実施されたものとみなされるため、2つの監査報告書の個別作成負担は解消される。
 しかし、これは法的責任の軽減を意味しない。改正金商法上のセーフハーバーは会計監査人も対象に含めるが、この免責はあくまで対投資家の民事責任(金商法)に限定される。書類の一本化が進むなかで、会計監査人は対会社・株主代表訴訟における任務懈怠責任(会社法)の追及リスクを依然として別個に負う。この金商法上のセーフハーバー要件を、会社法上の善管注意義務の減免にどう連動させるかという『法域の壁』の克服こそが、現在法制審議会で検討されるべき真の課題である。
(4)金商法・会社法上の監査役等の責任
 会社法改正中間試案が提示する「開示の一本化」は、会計監査人による財務諸表監査の手続代替を定めたものに過ぎず、監査役等が負うべき法的な監視・監督責任を免除するものではない。
 改正金商法のセーフハーバーは監査役等をも含め、対投資家の賠償リスクを低減させた。しかし、法制審議会で検討されている会社法の中間試案(開示の一本化)において、この免責を会社法上の任務懈怠責任へ連動させる規律はいまだ確立されていない。
 一本化された『将来予測や非財務情報』の監査において、監査役等が会社法上の二重リスクに萎縮することなく、健全なガバナンスの番人として機能するためには、金商法と連動した会社法上の免責・責任限定規律の創設が不可欠である。

6 むすび

 2026年の会社法改正中間試案および改訂CGコードが志向する「開示の一本化」の本質は、単なる企業の事務的コストの削減やペーパーレス化にとどまらず、二重開示に起因する制度的非効率性を解消し、財務・非財務情報を統合的かつ適時に提供する開示の構築にある。株主・投資家との建設的な対話を可能にする市場構造の抜本的な転換を迫るものと位置づけられる。
 現行の二重開示から開示の一本化への移行は、企業の開示の透明性を高め、海外投資家が安心して日本企業に投資できる環境が整い、国際的な市場競争力を向上させる有効な仕組みとなり得る。しかし、新制度が企業価値の持続的向上に機能するためには、有価証券報告書の総会前提出に伴う決算スケジュールの過密化への対応が必要となる。タイトなタイムラインで開示の質を担保するには、業務プロセスの抜本的見直しやDX投資による社内体制の強化、さらには定時株主総会の7月開催へのシフトを視野に入れた経営戦略の再構築が要請される。
 一方、金商法と会社法の間で生じる「責任論のねじれ」の解消が不可欠である。金商法の改正でセーフハーバー・ルールが法制化された一方で、同一の記述情報に対して会社法上の取締役・監査役等・会計監査人の善管注意義務違反(任務懈怠責任)をいかに整合的に解釈し、経営判断の原則を機能させていくかという点については、未だ議論の余地を残している。これら両法の免責・責任限定基準が有機的に連動しなければ、経営陣の開示の萎縮を完全に払拭することは極めて困難である。
 2026年7月21日の改訂CGコード正式確定を経て、企業は2027年の新制度適用に向け、ガバナンス体制と開示管理プロセスの再設計を急がねばならない。「開示の一本化」という「制度の合理化」を持続的な企業価値向上への契機とするか否かは、今後の法制度の精緻化と企業の主体的かつ統合的なガバナンス対応にかかっている。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。神奈川大学名誉教授、YAP代表。専門分野は、会社法・税法。主著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など他多数。

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