訴訟・登記2025年10月12日 「柔軟で優しい信念の人」 原発訴訟・安保法訴訟元原告の早川篤雄さん 提供:共同通信社

室町時代から600年以上続く福島県楢葉町の宝鏡寺(ほうきょうじ)。肺を患い、体の自由が利かなくなって、歩くにも補助車が必要な住職の早川篤雄(はやかわ・とくお)さんは2022年12月8日朝、歌人八坂スミさんの「這(は)うこともできなくなったが 手にはまだ 平和を守る一票がある」という作品を短冊に書いた。
その後、取材に来た共同通信社の記者に「きょうは(1941年に日本が米軍基地を奇襲した)パールハーバーの日。アイゼンハワー米大統領が(53年の国連総会で)原子力の平和利用を言ったのもきょう。お釈迦(しゃか)さんが悟りを開いたのも(約2500年前の)12月8日」と語った。
「これによってこれが起こる」「これを滅すればこれ滅す」と釈迦が説く因果の法則と日本による侵略戦争、広島、長崎への原爆投下、平和憲法、東京電力福島第1原発事故などに話が及んだ。
翌朝、早川さんは救急搬送され、同29日に息を引き取った。享年83。短冊が彼の絶筆となった。
宝鏡寺の檀家(だんか)は100軒ほどだが、22人もの戦死者がいる。6人の若い遺影が並ぶ本堂には「この犠牲の上に、今の平和がある」「殺すな。殺されるな!」と書かれた張り紙がある。こうした早川さんの「平和」への思いは最後の短冊にも込められているのだろう。
早川さんは生前、同志らとともに①東電福島第2原発1号機の設置許可取り消しを国に求める訴訟②福島第1原発事故の損害賠償を東電に請求する訴訟③集団的自衛権行使を認めた安全保障法により、憲法前文の「平和のうちに生存する権利(平和的生存権)」などが侵害された慰謝料を国に求める訴訟―でそれぞれ原告となった。
①の提訴は1975年1月。「福島第1原発は71年に営業運転を始めたが、原発のことは分からなかった。第2原発設置計画が伝えられ、専門家の講演を聴くなどして勉強し、大変な問題だとみんな気づいた。また原発と原爆の根っこは一つだと知った」と早川さんは当時を振り返っている。
▽6年前に対策要求
一審福島地裁は84年7月の判決で、司法審査は「施設の位置、構造、設備が原子炉などによる災害の防止上支障がないものと認めた首相の判断が当時の科学技術水準に照らして一定の基準に適合し、合理性があるかどうかが対象」との基準を示し、首相による設置許可の判断には合理性があるとして、早川さんたちの請求を棄却した。
後藤一男(ごとう・かずお)裁判長は「(原告側が主張する)非常用炉心冷却装置(ECCS)が不作動などの想定の下では、事実上どのような原子炉の設置も不可能に近い」と述べた。
90年3月の二審仙台高裁判決も設置許可は適法とし、控訴を退けた。石川良雄(いしかわ・よしお)裁判長は「(被爆国で)原子力と聞けば、拒否反応を起こすのはもっともである。しかし、反対ばかりしていないで落ち着いて考える必要がある」と言い放った。
最高裁は92年10月の判決でこの判決を支持し、原告敗訴を確定させた。
ところが、2011年3月11日の福島第1原発事故では、地震と津波で全電源が喪失してECCSは作動しなかった。
「落ち着いて考える必要」があったのは原発の安全性であり、それを限定的にしか審査しない裁判所が役に立たないことがはっきりした。
早川さんや一緒に原発の危険性を訴えてきた元県議の伊東達也(いとう・たつや)さん(83)らは05年5月、1960年のチリ地震で起きた5・7メートルの津波で第1原発の冷却用設備などが機能しなくなると東電に指摘し、抜本的対策を求めていた。3・11で全電源を喪失したのは、設備の水没などが原因だった。
②の提訴は2012年12月。早川さんが団長を務める避難住民の原告団は次第に多くなり、216人に上った。
原告が求めた1人当たりの慰謝料は「ふるさと喪失」の2千万円と避難に伴う月50万円。だが一審福島地裁いわき支部が18年3月の判決で東電に支払いを命じたのは、213人に計約6億1240万円(慰謝料は避難区域の種別により1人150万~70万円)にとどまった。これに対し、20年3月の二審仙台高裁判決は「ふるさと喪失」の慰謝料1人250万~120万円を独立して認め、賠償を計約7億3350万円に増額した。
▽まず行使できない
二審判決が国の指針を上回る賠償額となり、早川さんは「良心的な判決だ」と歓迎した。東電は上告したが、22年3月の最高裁決定で退けられ、二審判決が確定した。
同年6月、東電福島復興本社の高原一嘉(たかはら・かずよし)代表は早川さんらの前で、小早川智明(こばやかわ・ともあき)社長名の「取り返しのつかない被害を及ぼし、誠に申し訳ございません」とする謝罪文を読み上げ、頭を下げた。東電が原告に直接謝罪するのは初めてだった。
早川さんは賠償金など私財を投じ、事故から10年の21年3月11日、宝鏡寺の境内に「伝言館」を開設。事故の説明パネルや原発は安全だとアピールしてきた国、電力会社の宣伝物のほか、広島と長崎への原爆投下などの資料を展示している。
境内には、早川さんと安斎育郎(あんざい・いくろう)立命館大名誉教授(85)が連名で「電力企業と国家の傲岸(ごうがん)に 立ち向かって40年 力及ばず…」と彫った「原発悔恨・伝言の碑」や東京・上野東照宮から移された「非核の火」もある。
一方、早川さんたちが16年4月に提訴した③の訴訟。父を戦争で亡くした妻の千枝子(ちえこ)さん(82)が「(安保法で)憲法9条が禁じる国際紛争解決のための武力行為を可能にしてしまい、私たちの子や孫が父のように赤紙(召集令状)1枚で出征させられる不安もある」と意見陳述したが、22年3月の一審福島地裁いわき支部判決は安保法が合憲か違憲かを判断せず、請求を退けた。
早川さんが亡くなった後の23年12月の二審仙台高裁判決で、小林久起(こばやし・ひさき)裁判長は集団的自衛権について、関係の深い国への攻撃で日本が直接武力攻撃を受けた場合と同様の深刻、重大な被害が及ぶなど、まずあり得ない条件を満たさないと行使できないと指摘。安保法は「明白には違憲でない」と初の憲法判断を示した。
「これ以上判断が悪くなっても困るので、上告は見送った」と弁護団長の広田次男(ひろた・つぐお)さん(福島県弁護士会)。早川さんについては「夫婦で教師を続けながら寺だけでなく、障害者の施設も維持してきた。信念の人だった。しかも柔軟で優しい信念の人」と評した。(共同通信編集委員・竹田昌弘、伝言館の資料や安斎科学・平和事務所のホームページなど参照)
不合理な点があるか否か 原発設置許可の司法審査
原発の周辺住民が国に原子炉設置許可取り消しを求めた訴訟の司法審査には「高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるので、行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきである」という判断基準がある。
設置許可を違法とするのは「(調査審議の)具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは原子炉が具体的審査基準に適合するとした調査審議、判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合」とされている。
さらに訴訟の進め方についても、安全審査の資料が全て行政庁にある点を考慮すると、行政庁がまず依拠した具体的審査基準や調査審議、判断の過程などに不合理な点がないことを主張、立証する必要があるというルールも確立している。
これらは、最高裁第1小法廷が1992年10月29日、四国電力伊方原発の周辺住民が設置許可取り消しを求めた訴訟の判決で示した。
(2025/10/12)
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