コラム2014年10月06日 【税理士損害賠償訴訟判決紹介】 診療報酬の会計処理を巡り税理士が一部敗訴した事件(2014年10月6日号・№565)
税理士損害賠償訴訟判決紹介
診療報酬の会計処理を巡り税理士が一部敗訴した事件
地裁、税額が増加する場合は納税者の同意が必要
○医師の所得税確定申告を行う際に、保険診療報酬から国保などが負担する部分を差し引いて算定される“理論上”の「患者負担額」と「現実に医院の窓口において記録されている窓口収入」の差額について、その発生原因を納税者に確認せずに収入(売上)に加算する会計処理を行った税理士側に対して損害賠償が命じられた事件(本誌535号4頁で紹介)。裁判所は、税額が増加する会計処理を行う場合には、その処理について予め依頼者に十分な説明をしてその同意を得る必要があると判断した。
事案の概要 本件は、歯科医院を経営する歯科医原告X1(以下「原告X1」という。)及び同人の妻が代表を務める原告有限会社××× (以下「原告会社」という。)が、税理士事務所を経営する税理士被告Y1(以下「被告Y1」という。)との間で顧問契約を締結し、決算及び税務申告書類の作成等を依頼していたところ、被告Y1及び同人の事務所に勤務し、原告らの担当であった税理士補助者被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、原告X1について、適切な会計処理及び税務申告をすべき義務を怠り、平成18年から平成21年分の確定申告において誤った会計処理及び税務申告を行った結果、原告X1に本来納付する必要のない税金(所得税及び住民税)を納付させた(いわゆる税理士過誤)と主張して、被告Y1に対しては債務不履行に基づき、被告Y2に対しては不法行為に基づき、過剰に支払った税金分、過去に支払った顧問料及び決算書類作成手数料、並びに弁護士費用等の損害賠償とこれらに対する訴状送達日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた(本訴)のに対し、被告Y2が、原告X1の妻に対して貸し付けた貸付金について、同人の保証人であった原告X1に対し、保証契約に基づき、貸金残元金及び弁済期の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた(反訴)事案である。
前提事実
(1)当事者 ア 原告X1は、×××において、×××の屋号で歯科医院(以下「原告歯科医院」という。)を経営する歯科医師であり、原告会社は、原告X1の妻であるX2(以下「X2」という。)が代表を務める、診療報酬請求事務及び病院経理事務の受託等を目的とする特例有限会社であり、原告歯科医院の捕助業務を行っている。
イ 被告Y1は、×××で税理士事務所を経営する税理士である。被告Y2は、平成18年6月から平成23年8月までの間、同事務所に勤務していた者であり、同事務所副所長の肩書を持っていたものの、税理士の資格は有していなかった。<証拠略> (2)原告らは、平成9年6月ころ、税理士A(以下「A税理士」という。)との間で顧問契約を締結し、決算及び税務申告書類の作成等を依頼していたところ、当初から原告らについての補助業務を担当していたのは、被告Y2であった<証拠略>。
(3)平成18年6月、被告Y2は、A税理士の事務所を退所して、被告Y1の事務所へ移籍することとなったところ、これに伴い、原告らは、A税理士との顧問契約を解除し、新たに被告Y1との間で顧問契約を締結したが、引き続き被告Y2が原告らについての補助業務を担当した<証拠略>。
(4)原告らは、被告Y1との間で、平成18年8月から平成22年7月まで顧問契約を継続し、顧問料として、原告X1は月額3万円、原告会社は月額2万5000円を、それぞれ被告Y1に支払った。被告Y1は、平成18年ないし21年分の原告らの決算書類作成及び税務申告を行い、原告X1は毎年各15万円(合計60万円)、原告会社は毎年各12万5000円(合計50万円)の決算書類作成手数料を、それぞれ被告Y1に支払った。
(5)被告Y2は、平成18年ないし平成21年分の原告X1の事業所得の決算において、原告歯科医院で診療した各患者の保険診療報酬から計算上算出される原告歯科医院の窓口で各患者から支払を受けるべき収入金額(具体的には、保険診療報酬決定総点数に10を乗じた額から国民健康保険団体連合会及び社会保険診療報酬支払基金(以下「国保等」という。)から支払われた保険診療報酬支払総額を控除した額、以下「窓口理論値」という。)と、現実に原告歯科医院の窓口において支払われるべきものとして記録されている金額(以下「窓口収入」という。)との差額について、いずれも摘要「窓口収入差額」との伝票を起票して原告歯科医院の窓口収入(売上げ)とし、これを「店主貸」の費目に振り替える会計処理(以下「本件振替処理」という。)を行い、かかる処理を前提として、原告X1の所得税確定申告書を作成し、被告Y1は、これらに署名押印して××税務署に提出した。
(6)原告X1は、被告Y2に対し、平成22年春、本件振替処理について疑問を呈したところ、被告Y2は、原告X1の事業所得のうち国民健康保険団体連合会の過誤調整分(診療報酬を請求したもののうち、国保等から減点や再調整の必要があるとして支払を拒絶された分)に相当する88万0986円を減額する旨の所得税の更正申告書を作成し、原告X1は、同年6月21日、これを××税務署に提出し、その後、所得税17万6200円の還付を受けた<証拠略>。
(7)被告Y2は、原告X1に対し、平成22年8月25日ころ、被告Y2が関与し、本件振替処理を行った上でした税務申告により過払いとなった平成17年ないし平成21年分の所得税及び住民税相当額(別紙(編注・略)参照)として102万4194円並びに原告らが被告Y1へ支払った顧問料7か月分38万5000円の合計140万9194円を支払うとの申出をした<証拠略>。
(8)原告らは、被告Y1に対し、平成××年××月××日、×××に対し、紛議調停の申立てを行ったが、同調停は不調となった<証拠略>。
(9)被告Y2は、X2に対し、平成20年5月19日、弁済期を同年6月30日と定め、200万円を貸し付け、原告X1は、X2の被告Y2に対する貸金返還債務を書面で保証した。なお、X2は、被告Y2に対し、上記貸金のうち55万円を弁済した。
争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件振替処理をした上でされた所得税確定申告書の作成・提出は、税理士過誤として、被告Y1の債務不履行を構成するか。
(原告らの主張) 被告Y1は、税理士として、原告らと顧問契約を締結し、決算書類等の作成を依頼されていた専門家であるところ、医師や歯科医師(以下「医師等」という。)の決算業務を行う税理士としては、毎年国保等から医師等に対して送付される診療報酬年間支払額通知書等の記載内容を確認の上、過誤調整分があればその額を控除し、更に診療所にあるレセプトコンピューター等を確認の上、窓口収入を確定し、最終的な医師等の収入を確定した上で、それらを基に決算及び税務申告書類を作成する必要があるというべきであり、もし作成の過程で経理上不明の点があれば、依頼者にその点の確認を求める必要があるというべきである。しかるに、被告Y1は、原告歯科医院の収入について、窓口理論値と窓口収入との間に大きな差額が生じていたのに、依頼者である原告X1にその発生原因を確認することもしなかったばかりか、税務申告上、窓口理論値が唯一窓口収入とすべき金額であると誤解し、被告Y2が本件振替処理をした上で作成した決算及び税務申告書類が適切であったかどうかの確認もせず、漫然と被告Y2作成の所得税確定申告書に署名押印して、これを税務署に提出したのであって、かかる被告Y1の行為が税理士過誤として債務不履行を構成することは明らかである。
(被告Y1の主張) 原告らの主張は争う。「所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》」の記載要領<証拠略>等にあるとおり、医師等が直接患者から支払を受け取るべき収入は、保険診療報酬決定総点数に10を乗じた額から国保等から支払われる保険診療報酬支払総額を控除した額に等しくなるというべきであるから、本来、確定申告の方法としては、窓口理論値を窓口収入として記載することが税務申告上一般的な方法として認められている。また、原告歯科医院の収入として記録されている窓口収入は、窓口理論値と比べて著しく低額ママあったために、原告歯科医院の収入として記録されていた金額をもってそのまま確定申告をすれば、原告X1が税務調査の対象となることは不可避であったし、原告X1は、原告歯科医院の患者から受け取った収入の一部を勝手に費消してしまうことなどがあったため、本来原告歯科医院にあるべき現金と実際にあった現金の差額について、本件振替処理を行うことに合理性はあったというべきであり、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない。そして、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない以上、被告Y1がその処理方法について、原告X1に説明義務を負うこともない。
(2)本件振替処理等についての被告Y2の不法行為責任の成否
(原告らの主張) 被告Y2は、A税理士事務所勤務当時から、原告X1及びX2に対し、税理士の資格を有していると虚偽の事実を述べ、原告らの決算及び税務申告業務に従事してきた。このように、主体的に他人の決算及び税務申告業務に従事してきた者は、税理士資格の有無を問わず、先行行為に基づく義務として税務実務等に習熟してその処理に当たるとともに、経理内容に不明確な点があればこれを本人に確認するなどして適切に処理をすべき一般的な注意義務があるというべきである。しかるに、被告Y2は、原告歯科医院の窓口収入と窓口理論値との間に差額が生じていることを知りながら、その原因を原告X1に確認することもないまま、本件振替処理をした上で原告X1の決算書類及び税務申告書類を作成した。かかる被告Y2の行為は、故意にも匹敵する重大な過失というべきであり、原告X1に対する不法行為を構成する。
(被告Y2の主張) 原告らの主張は否認する。原告X1及びX2は、被告Y2が税理士資格を有していないことを知っていたし、被告Y2は、原告X1の決算及び税務申告書類を作成するに当たり、原告歯科医院の窓口収入と窓口理論値との間に差額が生じている原因を原告X1に確認したが、同人からはこれに対する明確な回答はなかった。
(3)被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為と相当因果関係のある原告らの損害額
(原告らの主張) ア 上記被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為によって、原告X1は、以下の損害を被った。
(ア)別紙(編注・略)記載の内訳による平成18年ないし平成21年分の過払所得税及び住民税相当額合計99万8254円
(イ)平成18年以降、被告Y1に支払った顧問料合計165万円
(ウ)平成18年以降、被告Y1に支払った決算書類作成手数料合計60万円
(エ)本件振替処理が発覚して以降、原告X1が、原告歯科医院の経理処理を是正するための調査を余儀なくされた結果、本業である歯科医業を中断させられたことによる逸失利益として少なくとも100万円
よって、原告X1は、①被告らに対し、連帯して、上記(ア)の99万8254円、②被告Y1に対し、上記(イ)ないし(エ)の合計325万円、③これらに対する訴状到達の日(被告Y1につき平成23年10月4日、被告Y2につき同月27日)の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
イ 原告X1と原告会社は実質的に一体であって、原告X1に対する債務不履行は、原告会社に対する債務不履行と同視すべきものであるから、原告会社が被った以下の損害も、上記被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為と相当因果関係にある損害というべきである。
(ア)平成18年以降、被告Y1に支払った顧問料合計137万5000円
(イ)平成18年以降、被告Y1に支払った決算書類作成手数料合計50万円
(ウ)本件は専門家の責任を追及する訴訟であり、訴訟追行には専門家である弁護士を訴訟代理人とする必要があるところ、相当な弁護士費用として60万円
よって、原告会社は、①被告Y1に対し、上記(ア)及び(イ)の合計187万5000円、②被告らに対し、連帯して、上記(ウ)の60万円、③これらに対する訴状到達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
(被告らの主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(4)原告X1の被告Y2に対する損害賠償請求債権を自働債権とする保証債務履行請求債権との相殺(一部)の有効性
(原告X1の主張) 原告X1は、被告Y2に対し、本件弁論準備手続期日において、同被告に対する本訴請求債権をもって、同被告の保証債務履行請求債権と対当額において相殺するとの意思表示をした。
(被告Y2の主張) 原告X1の相殺の効力は争う。
裁判所の判断
1 争点(1)について 税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼にこたえ、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする専門職であり(税理士法1条参照)、納税義務者から税務代理業務等を委任されたときは、委任契約に基づく善管注意義務の内容として、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うとともに、事務処理の方法等について依頼者の指示があればそれに従い、その指示がない場合であっても依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべき義務を負うものと解されるが、証拠<証拠略>によれば、年間社会保険診療報酬が5000万円以下の場合に利用できる租税特別措置法26条の規定を適用して医師等の事業所得の金額の計算を行う場合、「所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》」の診療報酬窓口収入金額欄について、窓口理論値の金額を記入する方法も一般的に許容されているものと認められる。したがって、被告らが、同条の適用がある原告X1の所得税確定申告書を作成するに当たり、原告歯科医院の窓口収入について、窓口理論値に基づき算出された金額を記入し、原告X1の事業所得を算出したこと(本件振替処理をしたことを含め)自体をもって、これが税務申告上不適切であったとか、税理士としての善管注意義務に反する処理方法であったということはできない。
しかしながら、税務申告として必ずしも不適切な処理方法ではないと認められる場合であっても、上記のとおり、税理士は、委任事務の処理に当たり、事務処理の方法等について依頼者の指示があればそれに従い、その指示がない場合であっても依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべきであるから、委任事務の処理方法を選択するについて、納税額が低く抑えられるなど明らかに依頼者にとって利益がある方法を選択する場合はともかく、本件振替処理を行った場合の如く、それを行わなかった場合に比べて納税額が増加することが予想される場合等において、税理士としては、当該処理方法を用いることの優位性やそれを用いたことによって考えられる不利益、それを用いた結果の税額の多寡等について、予め依頼者に十分な説明をしてその同意を得る必要があるというべきであり、かかる過程を経ずに確定申告書の作成・提出を行えば、依頼の趣旨に沿って事務処理を行ったものとは認められず、善管注意義務違反として債務不履行責任を免れないというべきである。とりわけ、原告歯科医院においては、恒常的に窓口収入が窓口理論値を下回っており、平成21年分については約250万円もの差額が生じていた<証拠略>のであるから(なお、特に平成21年において差額が大きく生じたのは、原告X1が誤って同年5月分の診療報酬を重複して請求し、これについて過誤調整がされたことが原因であったと認められる(原告X1本人)。)、これを認識した税理士としては、まずもってその差額が生じた原因について聴取し、その原因に応じて適切な処理方法を原告X1と協議する必要があったはずである。
これに対し、被告Y1は、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない以上、被告Y1がその処理方法について、原告X1に対する説明義務を負うこともないと主張するが、かかる主張が採用できるものでないことは、上記に説示した理由から明らかであり、被告Y1は、原告X1に対し、窓口収入が窓口理論値を下回っている理由を尋ねたり、本件振替処理をしたことについて自ら説明や同意を求めたりしたことはなかったというのである(弁論の全趣旨)から、被告Y1が原告X1の依頼の趣旨に沿ってその委任事務を処理する義務を尽くしたとは到底認めらない。なお、この点、被告Y2は、平成22年3月、原告X1及びX2に対し、平成21年の窓口収入と窓口理論値との間に約250万円もの差額が生じている理由を尋ねるとともに、本件振替処理をしたことを説明したところ、同人らから特段の説明や反応はなかった旨供述する<証拠略>。しかし、原告X1はかかる事実を否認する供述をしている上(原告X1本人)、被告Y2の上記供述を裏付ける証拠もないこと、上記(編注・前提事実)(7)に記載のとおり、被告Y2は、原告X1に対し、平成22年8月25日ころ、平成17年ないし平成21年分の所得税及び住民税相当額として102万4194円並びに原告らが被告Y1へ支払った顧問料7か月分38万5000円の合計140万9194円を支払うとの申出をしたとの事実が認められるところ、本件振替処理について、真実、被告Y2が原告X1にその内容を予め説明し、原告X1の同意を得ていたのであれば、被告Y2が上記申出をするのは不可解であることなどからすると、被告のY2の上記供述を信用することは困難である。
以上のとおり、平成18年ないし平成21年分の原告X1の決算及び税務申告という委任事務について、被告Y1は、自ら又は補助者である被告Y2をして、依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべき義務を尽くしていたとは到底認められないから、上記委任事務についての債務不履行責任を免れず、これにより生じた損害の賠償責任を負うこととなる。
2 争点(2)について 上記(編注・前提事実)(1)イに記載したとおり、被告Y2は、税理士ではなく、税理士補助者として被告Y1の税理士事務所に勤務していた者にすぎなかった。そうすると、税理士事務所に勤務しているとはいえ、税理士資格を有しない一般の事務職員に対し、一般的に、税理士がその顧客に対して負うべき注意義務と同様の義務を負わせるのは相当でない(補助者の行為については、雇用主である税理士が債務不履行ないし不法行為責任を負えば足りるというべきである。)から、被告Y2の不法行為をいう原告らの主張を採用することはできない。
これに対し、原告らは、原告X1及びX2に対して税理士の資格を有していると虚偽の事実を述べて従前から原告らの決算及び税務申告業務に主体的に従事してきた被告Y2には、先行行為に基づき、税理士と同様の注意義務があるというべきであると主張する。この点、原告X1は、被告Y2から自分は税理士であると聞かされ、これを信じていた旨供述する(<証拠略>、原告X1本人)が、被告Y2はかかる事実を否認していること<証拠略>に加え、被告Y2が原告X1に渡した名刺には被告Y1の税理士事務所の「副所長」との肩書は記載されていたが「税理士」とは記載されていなかったこと(原告X1本人、弁論の全趣旨)、被告Y2は原告らの税務申告書類に署名押印することはなかったこと<証拠略>、原告らは、被告Y2が税理士事務所を移籍するのに伴い、A税理士との顧問契約を解除し、新たに被告Y2の属する被告Y1と顧問契約を締結していることなど本件で認められる事情に照らすと、被告Y2が税理士であると信じていたとの上記原告X1本人の供述をそのまま信用することはできないから、原告らの上記主張は、その前提を欠くというべきである。
3 争点(3)について
(1)証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告Y2は、原告X1の平成18年ないし21年分の事業所得を算出するに当たり、いずれの年も原告歯科医院の窓口収入が窓口理論値を下回っているとして、平成18年分につき85万4389円、平成19年分につき65万7330円、平成20年分につき76万9989円、平成21年分につき249万6537円について、それぞれ本件振替処理を行った上で決算書類を作成し、これに基づいて被告X1の所得税確定申告書を作成したこと、被告Y1は被告Y2作成の確定申告書に署名押印をしてこれを税務署に提出し、原告X1の税務申告を行ったこと、本件振替処理を行ったことにより、本件振替処理を行わなかった場合に比べ、原告X1は、上記(編注・前提事実)(6)記載の更正申告により還付された所得税(17万6200円)を除いても、更に上記各年分の所得税及び住民税相当額として別紙(編注・略)記載の内訳による合計99万8254円を過大に納付せざるを得なくなったとの各事実が認められるから、これは全て被告Y1の債務不履行により原告X1が被った損害であると認められる。
(2)原告X1は、平成18年以降被告Y1に支払済みの顧問料及び決算書類作成手数料も、被告Y1の債務不履行による損害であると主張するが、これらの費用は、被告Y1の債務不履行がなかったら支出を免れていた費用ということはできないから、その支出と被告Y1の債務不履行との間に因果関係があるとはいえない。
この点、原告X1は、①顧問契約の継続中、被告Y1は一度も原告歯科医院等を訪問することもなく、被告Y2に任せきりにして、顧問税理士として原告らに直接会計処理や税務上の助言等をすることもなかったし、本件振替処理が原告らに発覚した後、原告X1が求めたにもかかわらず税務署への同行や更正申告にも応じなかったから、かかる被告Y1の不作為も委任契約上の債務不履行に当たる、また、②本件振替処理について、被告Y1が原告X1に対する説明義務を尽くしていれば、原告X1は直ちに被告Y1との顧問契約を解除できたはずであるから、原告X1が支払った顧問料及び決算書類作成手数料と被告Y1の債務不履行との間には因果関係があるなどと主張する。しかし、仮にそうだとしても、原告X1は、顧問契約の継続中、被告Y1の補助者である被告Y2から原告歯科医院の伝票整理や試算表作成といったサービスを受けていたし、毎年の決算書類の作成もしてもらっていた事実が認められる(<証拠略>、弁論の全趣旨)から、原告X1が支払った顧問料及び決算書類作成手数料の支出をもって損害と認めることはできないというべきである。
さらに、原告X1は、本件振替処理が発覚して以降、調査のために歯科医業を中断させられたことによる逸失利益として少なくとも100万円の損害を被ったとも主張するが、原告X1にかかる損害が発生したと認めるに足りる証拠はない。
(3)ところで、原告会社は、原告X1と原告会社は実質的に一体であって、原告X1に対する債務不履行は、原告会社に対する債務不履行と同視すべきと主張するが、原告X1に対する債務不履行を原告会社に対する債務不履行と同視することはできないし、仮に同視できたとしても、原告会社が主張する支払済みの顧問料及び決算書類作成手数料を損害とみることができないことは、上記(2)で説示したところと同旨である。
なお、原告会社は、本訴原告ら訴訟代理人の弁護士費用を損害として請求するが、原告会社の損害賠償請求が認められない以上、その弁護士費用を損害と認めることはできないから、原告会社の主張は失当といわざるを得ない。
4 争点(4)について 原告X1は、被告Y2に対する本訴請求債権をもって反訴請求債権との相殺を主張するが、原告X1の被告Y2に対する本訴請求は理由がないことは上記2に説示したとおりであるから、原告X1の相殺の意思表示は無効というほかない。
5 結論 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告X1が被告Y1に対して99万8254円及びこれに対する平成23年10月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告Y2の反訴請求は全部理由があるから、主文のとおり判決する(東京地方裁判所民事第18部・平成25年11月28日判決(確定))。
診療報酬の会計処理を巡り税理士が一部敗訴した事件
地裁、税額が増加する場合は納税者の同意が必要
本誌でたびたびお伝えしている税理士への損害賠償請求事件(税賠訴訟)について、事実関係や裁判所の判断内容などを詳しく知りたいという問い合わせが編集部に多数寄せられた。 そこで、本誌が特集やニュース記事などで紹介した税賠訴訟について、その判決全文を随時紹介していく。 |
○医師の所得税確定申告を行う際に、保険診療報酬から国保などが負担する部分を差し引いて算定される“理論上”の「患者負担額」と「現実に医院の窓口において記録されている窓口収入」の差額について、その発生原因を納税者に確認せずに収入(売上)に加算する会計処理を行った税理士側に対して損害賠償が命じられた事件(本誌535号4頁で紹介)。裁判所は、税額が増加する会計処理を行う場合には、その処理について予め依頼者に十分な説明をしてその同意を得る必要があると判断した。
事案の概要 本件は、歯科医院を経営する歯科医原告X1(以下「原告X1」という。)及び同人の妻が代表を務める原告有限会社××× (以下「原告会社」という。)が、税理士事務所を経営する税理士被告Y1(以下「被告Y1」という。)との間で顧問契約を締結し、決算及び税務申告書類の作成等を依頼していたところ、被告Y1及び同人の事務所に勤務し、原告らの担当であった税理士補助者被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、原告X1について、適切な会計処理及び税務申告をすべき義務を怠り、平成18年から平成21年分の確定申告において誤った会計処理及び税務申告を行った結果、原告X1に本来納付する必要のない税金(所得税及び住民税)を納付させた(いわゆる税理士過誤)と主張して、被告Y1に対しては債務不履行に基づき、被告Y2に対しては不法行為に基づき、過剰に支払った税金分、過去に支払った顧問料及び決算書類作成手数料、並びに弁護士費用等の損害賠償とこれらに対する訴状送達日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた(本訴)のに対し、被告Y2が、原告X1の妻に対して貸し付けた貸付金について、同人の保証人であった原告X1に対し、保証契約に基づき、貸金残元金及び弁済期の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた(反訴)事案である。
前提事実
(1)当事者 ア 原告X1は、×××において、×××の屋号で歯科医院(以下「原告歯科医院」という。)を経営する歯科医師であり、原告会社は、原告X1の妻であるX2(以下「X2」という。)が代表を務める、診療報酬請求事務及び病院経理事務の受託等を目的とする特例有限会社であり、原告歯科医院の捕助業務を行っている。
イ 被告Y1は、×××で税理士事務所を経営する税理士である。被告Y2は、平成18年6月から平成23年8月までの間、同事務所に勤務していた者であり、同事務所副所長の肩書を持っていたものの、税理士の資格は有していなかった。<証拠略> (2)原告らは、平成9年6月ころ、税理士A(以下「A税理士」という。)との間で顧問契約を締結し、決算及び税務申告書類の作成等を依頼していたところ、当初から原告らについての補助業務を担当していたのは、被告Y2であった<証拠略>。
(3)平成18年6月、被告Y2は、A税理士の事務所を退所して、被告Y1の事務所へ移籍することとなったところ、これに伴い、原告らは、A税理士との顧問契約を解除し、新たに被告Y1との間で顧問契約を締結したが、引き続き被告Y2が原告らについての補助業務を担当した<証拠略>。
(4)原告らは、被告Y1との間で、平成18年8月から平成22年7月まで顧問契約を継続し、顧問料として、原告X1は月額3万円、原告会社は月額2万5000円を、それぞれ被告Y1に支払った。被告Y1は、平成18年ないし21年分の原告らの決算書類作成及び税務申告を行い、原告X1は毎年各15万円(合計60万円)、原告会社は毎年各12万5000円(合計50万円)の決算書類作成手数料を、それぞれ被告Y1に支払った。
(5)被告Y2は、平成18年ないし平成21年分の原告X1の事業所得の決算において、原告歯科医院で診療した各患者の保険診療報酬から計算上算出される原告歯科医院の窓口で各患者から支払を受けるべき収入金額(具体的には、保険診療報酬決定総点数に10を乗じた額から国民健康保険団体連合会及び社会保険診療報酬支払基金(以下「国保等」という。)から支払われた保険診療報酬支払総額を控除した額、以下「窓口理論値」という。)と、現実に原告歯科医院の窓口において支払われるべきものとして記録されている金額(以下「窓口収入」という。)との差額について、いずれも摘要「窓口収入差額」との伝票を起票して原告歯科医院の窓口収入(売上げ)とし、これを「店主貸」の費目に振り替える会計処理(以下「本件振替処理」という。)を行い、かかる処理を前提として、原告X1の所得税確定申告書を作成し、被告Y1は、これらに署名押印して××税務署に提出した。
(6)原告X1は、被告Y2に対し、平成22年春、本件振替処理について疑問を呈したところ、被告Y2は、原告X1の事業所得のうち国民健康保険団体連合会の過誤調整分(診療報酬を請求したもののうち、国保等から減点や再調整の必要があるとして支払を拒絶された分)に相当する88万0986円を減額する旨の所得税の更正申告書を作成し、原告X1は、同年6月21日、これを××税務署に提出し、その後、所得税17万6200円の還付を受けた<証拠略>。
(7)被告Y2は、原告X1に対し、平成22年8月25日ころ、被告Y2が関与し、本件振替処理を行った上でした税務申告により過払いとなった平成17年ないし平成21年分の所得税及び住民税相当額(別紙(編注・略)参照)として102万4194円並びに原告らが被告Y1へ支払った顧問料7か月分38万5000円の合計140万9194円を支払うとの申出をした<証拠略>。
(8)原告らは、被告Y1に対し、平成××年××月××日、×××に対し、紛議調停の申立てを行ったが、同調停は不調となった<証拠略>。
(9)被告Y2は、X2に対し、平成20年5月19日、弁済期を同年6月30日と定め、200万円を貸し付け、原告X1は、X2の被告Y2に対する貸金返還債務を書面で保証した。なお、X2は、被告Y2に対し、上記貸金のうち55万円を弁済した。
争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件振替処理をした上でされた所得税確定申告書の作成・提出は、税理士過誤として、被告Y1の債務不履行を構成するか。
(原告らの主張) 被告Y1は、税理士として、原告らと顧問契約を締結し、決算書類等の作成を依頼されていた専門家であるところ、医師や歯科医師(以下「医師等」という。)の決算業務を行う税理士としては、毎年国保等から医師等に対して送付される診療報酬年間支払額通知書等の記載内容を確認の上、過誤調整分があればその額を控除し、更に診療所にあるレセプトコンピューター等を確認の上、窓口収入を確定し、最終的な医師等の収入を確定した上で、それらを基に決算及び税務申告書類を作成する必要があるというべきであり、もし作成の過程で経理上不明の点があれば、依頼者にその点の確認を求める必要があるというべきである。しかるに、被告Y1は、原告歯科医院の収入について、窓口理論値と窓口収入との間に大きな差額が生じていたのに、依頼者である原告X1にその発生原因を確認することもしなかったばかりか、税務申告上、窓口理論値が唯一窓口収入とすべき金額であると誤解し、被告Y2が本件振替処理をした上で作成した決算及び税務申告書類が適切であったかどうかの確認もせず、漫然と被告Y2作成の所得税確定申告書に署名押印して、これを税務署に提出したのであって、かかる被告Y1の行為が税理士過誤として債務不履行を構成することは明らかである。
(被告Y1の主張) 原告らの主張は争う。「所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》」の記載要領<証拠略>等にあるとおり、医師等が直接患者から支払を受け取るべき収入は、保険診療報酬決定総点数に10を乗じた額から国保等から支払われる保険診療報酬支払総額を控除した額に等しくなるというべきであるから、本来、確定申告の方法としては、窓口理論値を窓口収入として記載することが税務申告上一般的な方法として認められている。また、原告歯科医院の収入として記録されている窓口収入は、窓口理論値と比べて著しく低額ママあったために、原告歯科医院の収入として記録されていた金額をもってそのまま確定申告をすれば、原告X1が税務調査の対象となることは不可避であったし、原告X1は、原告歯科医院の患者から受け取った収入の一部を勝手に費消してしまうことなどがあったため、本来原告歯科医院にあるべき現金と実際にあった現金の差額について、本件振替処理を行うことに合理性はあったというべきであり、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない。そして、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない以上、被告Y1がその処理方法について、原告X1に説明義務を負うこともない。
(2)本件振替処理等についての被告Y2の不法行為責任の成否
(原告らの主張) 被告Y2は、A税理士事務所勤務当時から、原告X1及びX2に対し、税理士の資格を有していると虚偽の事実を述べ、原告らの決算及び税務申告業務に従事してきた。このように、主体的に他人の決算及び税務申告業務に従事してきた者は、税理士資格の有無を問わず、先行行為に基づく義務として税務実務等に習熟してその処理に当たるとともに、経理内容に不明確な点があればこれを本人に確認するなどして適切に処理をすべき一般的な注意義務があるというべきである。しかるに、被告Y2は、原告歯科医院の窓口収入と窓口理論値との間に差額が生じていることを知りながら、その原因を原告X1に確認することもないまま、本件振替処理をした上で原告X1の決算書類及び税務申告書類を作成した。かかる被告Y2の行為は、故意にも匹敵する重大な過失というべきであり、原告X1に対する不法行為を構成する。
(被告Y2の主張) 原告らの主張は否認する。原告X1及びX2は、被告Y2が税理士資格を有していないことを知っていたし、被告Y2は、原告X1の決算及び税務申告書類を作成するに当たり、原告歯科医院の窓口収入と窓口理論値との間に差額が生じている原因を原告X1に確認したが、同人からはこれに対する明確な回答はなかった。
(3)被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為と相当因果関係のある原告らの損害額
(原告らの主張) ア 上記被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為によって、原告X1は、以下の損害を被った。
(ア)別紙(編注・略)記載の内訳による平成18年ないし平成21年分の過払所得税及び住民税相当額合計99万8254円
(イ)平成18年以降、被告Y1に支払った顧問料合計165万円
(ウ)平成18年以降、被告Y1に支払った決算書類作成手数料合計60万円
(エ)本件振替処理が発覚して以降、原告X1が、原告歯科医院の経理処理を是正するための調査を余儀なくされた結果、本業である歯科医業を中断させられたことによる逸失利益として少なくとも100万円
よって、原告X1は、①被告らに対し、連帯して、上記(ア)の99万8254円、②被告Y1に対し、上記(イ)ないし(エ)の合計325万円、③これらに対する訴状到達の日(被告Y1につき平成23年10月4日、被告Y2につき同月27日)の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
イ 原告X1と原告会社は実質的に一体であって、原告X1に対する債務不履行は、原告会社に対する債務不履行と同視すべきものであるから、原告会社が被った以下の損害も、上記被告Y1の債務不履行ないし被告Y2の不法行為と相当因果関係にある損害というべきである。
(ア)平成18年以降、被告Y1に支払った顧問料合計137万5000円
(イ)平成18年以降、被告Y1に支払った決算書類作成手数料合計50万円
(ウ)本件は専門家の責任を追及する訴訟であり、訴訟追行には専門家である弁護士を訴訟代理人とする必要があるところ、相当な弁護士費用として60万円
よって、原告会社は、①被告Y1に対し、上記(ア)及び(イ)の合計187万5000円、②被告らに対し、連帯して、上記(ウ)の60万円、③これらに対する訴状到達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
(被告らの主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(4)原告X1の被告Y2に対する損害賠償請求債権を自働債権とする保証債務履行請求債権との相殺(一部)の有効性
(原告X1の主張) 原告X1は、被告Y2に対し、本件弁論準備手続期日において、同被告に対する本訴請求債権をもって、同被告の保証債務履行請求債権と対当額において相殺するとの意思表示をした。
(被告Y2の主張) 原告X1の相殺の効力は争う。
裁判所の判断
1 争点(1)について 税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼にこたえ、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする専門職であり(税理士法1条参照)、納税義務者から税務代理業務等を委任されたときは、委任契約に基づく善管注意義務の内容として、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うとともに、事務処理の方法等について依頼者の指示があればそれに従い、その指示がない場合であっても依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべき義務を負うものと解されるが、証拠<証拠略>によれば、年間社会保険診療報酬が5000万円以下の場合に利用できる租税特別措置法26条の規定を適用して医師等の事業所得の金額の計算を行う場合、「所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》」の診療報酬窓口収入金額欄について、窓口理論値の金額を記入する方法も一般的に許容されているものと認められる。したがって、被告らが、同条の適用がある原告X1の所得税確定申告書を作成するに当たり、原告歯科医院の窓口収入について、窓口理論値に基づき算出された金額を記入し、原告X1の事業所得を算出したこと(本件振替処理をしたことを含め)自体をもって、これが税務申告上不適切であったとか、税理士としての善管注意義務に反する処理方法であったということはできない。
しかしながら、税務申告として必ずしも不適切な処理方法ではないと認められる場合であっても、上記のとおり、税理士は、委任事務の処理に当たり、事務処理の方法等について依頼者の指示があればそれに従い、その指示がない場合であっても依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべきであるから、委任事務の処理方法を選択するについて、納税額が低く抑えられるなど明らかに依頼者にとって利益がある方法を選択する場合はともかく、本件振替処理を行った場合の如く、それを行わなかった場合に比べて納税額が増加することが予想される場合等において、税理士としては、当該処理方法を用いることの優位性やそれを用いたことによって考えられる不利益、それを用いた結果の税額の多寡等について、予め依頼者に十分な説明をしてその同意を得る必要があるというべきであり、かかる過程を経ずに確定申告書の作成・提出を行えば、依頼の趣旨に沿って事務処理を行ったものとは認められず、善管注意義務違反として債務不履行責任を免れないというべきである。とりわけ、原告歯科医院においては、恒常的に窓口収入が窓口理論値を下回っており、平成21年分については約250万円もの差額が生じていた<証拠略>のであるから(なお、特に平成21年において差額が大きく生じたのは、原告X1が誤って同年5月分の診療報酬を重複して請求し、これについて過誤調整がされたことが原因であったと認められる(原告X1本人)。)、これを認識した税理士としては、まずもってその差額が生じた原因について聴取し、その原因に応じて適切な処理方法を原告X1と協議する必要があったはずである。
これに対し、被告Y1は、本件振替処理やこれに基づく所得税確定申告書の作成・提出自体に過誤は存在しない以上、被告Y1がその処理方法について、原告X1に対する説明義務を負うこともないと主張するが、かかる主張が採用できるものでないことは、上記に説示した理由から明らかであり、被告Y1は、原告X1に対し、窓口収入が窓口理論値を下回っている理由を尋ねたり、本件振替処理をしたことについて自ら説明や同意を求めたりしたことはなかったというのである(弁論の全趣旨)から、被告Y1が原告X1の依頼の趣旨に沿ってその委任事務を処理する義務を尽くしたとは到底認めらない。なお、この点、被告Y2は、平成22年3月、原告X1及びX2に対し、平成21年の窓口収入と窓口理論値との間に約250万円もの差額が生じている理由を尋ねるとともに、本件振替処理をしたことを説明したところ、同人らから特段の説明や反応はなかった旨供述する<証拠略>。しかし、原告X1はかかる事実を否認する供述をしている上(原告X1本人)、被告Y2の上記供述を裏付ける証拠もないこと、上記(編注・前提事実)(7)に記載のとおり、被告Y2は、原告X1に対し、平成22年8月25日ころ、平成17年ないし平成21年分の所得税及び住民税相当額として102万4194円並びに原告らが被告Y1へ支払った顧問料7か月分38万5000円の合計140万9194円を支払うとの申出をしたとの事実が認められるところ、本件振替処理について、真実、被告Y2が原告X1にその内容を予め説明し、原告X1の同意を得ていたのであれば、被告Y2が上記申出をするのは不可解であることなどからすると、被告のY2の上記供述を信用することは困難である。
以上のとおり、平成18年ないし平成21年分の原告X1の決算及び税務申告という委任事務について、被告Y1は、自ら又は補助者である被告Y2をして、依頼の趣旨に沿うように委任事務を処理すべき義務を尽くしていたとは到底認められないから、上記委任事務についての債務不履行責任を免れず、これにより生じた損害の賠償責任を負うこととなる。
2 争点(2)について 上記(編注・前提事実)(1)イに記載したとおり、被告Y2は、税理士ではなく、税理士補助者として被告Y1の税理士事務所に勤務していた者にすぎなかった。そうすると、税理士事務所に勤務しているとはいえ、税理士資格を有しない一般の事務職員に対し、一般的に、税理士がその顧客に対して負うべき注意義務と同様の義務を負わせるのは相当でない(補助者の行為については、雇用主である税理士が債務不履行ないし不法行為責任を負えば足りるというべきである。)から、被告Y2の不法行為をいう原告らの主張を採用することはできない。
これに対し、原告らは、原告X1及びX2に対して税理士の資格を有していると虚偽の事実を述べて従前から原告らの決算及び税務申告業務に主体的に従事してきた被告Y2には、先行行為に基づき、税理士と同様の注意義務があるというべきであると主張する。この点、原告X1は、被告Y2から自分は税理士であると聞かされ、これを信じていた旨供述する(<証拠略>、原告X1本人)が、被告Y2はかかる事実を否認していること<証拠略>に加え、被告Y2が原告X1に渡した名刺には被告Y1の税理士事務所の「副所長」との肩書は記載されていたが「税理士」とは記載されていなかったこと(原告X1本人、弁論の全趣旨)、被告Y2は原告らの税務申告書類に署名押印することはなかったこと<証拠略>、原告らは、被告Y2が税理士事務所を移籍するのに伴い、A税理士との顧問契約を解除し、新たに被告Y2の属する被告Y1と顧問契約を締結していることなど本件で認められる事情に照らすと、被告Y2が税理士であると信じていたとの上記原告X1本人の供述をそのまま信用することはできないから、原告らの上記主張は、その前提を欠くというべきである。
3 争点(3)について
(1)証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告Y2は、原告X1の平成18年ないし21年分の事業所得を算出するに当たり、いずれの年も原告歯科医院の窓口収入が窓口理論値を下回っているとして、平成18年分につき85万4389円、平成19年分につき65万7330円、平成20年分につき76万9989円、平成21年分につき249万6537円について、それぞれ本件振替処理を行った上で決算書類を作成し、これに基づいて被告X1の所得税確定申告書を作成したこと、被告Y1は被告Y2作成の確定申告書に署名押印をしてこれを税務署に提出し、原告X1の税務申告を行ったこと、本件振替処理を行ったことにより、本件振替処理を行わなかった場合に比べ、原告X1は、上記(編注・前提事実)(6)記載の更正申告により還付された所得税(17万6200円)を除いても、更に上記各年分の所得税及び住民税相当額として別紙(編注・略)記載の内訳による合計99万8254円を過大に納付せざるを得なくなったとの各事実が認められるから、これは全て被告Y1の債務不履行により原告X1が被った損害であると認められる。
(2)原告X1は、平成18年以降被告Y1に支払済みの顧問料及び決算書類作成手数料も、被告Y1の債務不履行による損害であると主張するが、これらの費用は、被告Y1の債務不履行がなかったら支出を免れていた費用ということはできないから、その支出と被告Y1の債務不履行との間に因果関係があるとはいえない。
この点、原告X1は、①顧問契約の継続中、被告Y1は一度も原告歯科医院等を訪問することもなく、被告Y2に任せきりにして、顧問税理士として原告らに直接会計処理や税務上の助言等をすることもなかったし、本件振替処理が原告らに発覚した後、原告X1が求めたにもかかわらず税務署への同行や更正申告にも応じなかったから、かかる被告Y1の不作為も委任契約上の債務不履行に当たる、また、②本件振替処理について、被告Y1が原告X1に対する説明義務を尽くしていれば、原告X1は直ちに被告Y1との顧問契約を解除できたはずであるから、原告X1が支払った顧問料及び決算書類作成手数料と被告Y1の債務不履行との間には因果関係があるなどと主張する。しかし、仮にそうだとしても、原告X1は、顧問契約の継続中、被告Y1の補助者である被告Y2から原告歯科医院の伝票整理や試算表作成といったサービスを受けていたし、毎年の決算書類の作成もしてもらっていた事実が認められる(<証拠略>、弁論の全趣旨)から、原告X1が支払った顧問料及び決算書類作成手数料の支出をもって損害と認めることはできないというべきである。
さらに、原告X1は、本件振替処理が発覚して以降、調査のために歯科医業を中断させられたことによる逸失利益として少なくとも100万円の損害を被ったとも主張するが、原告X1にかかる損害が発生したと認めるに足りる証拠はない。
(3)ところで、原告会社は、原告X1と原告会社は実質的に一体であって、原告X1に対する債務不履行は、原告会社に対する債務不履行と同視すべきと主張するが、原告X1に対する債務不履行を原告会社に対する債務不履行と同視することはできないし、仮に同視できたとしても、原告会社が主張する支払済みの顧問料及び決算書類作成手数料を損害とみることができないことは、上記(2)で説示したところと同旨である。
なお、原告会社は、本訴原告ら訴訟代理人の弁護士費用を損害として請求するが、原告会社の損害賠償請求が認められない以上、その弁護士費用を損害と認めることはできないから、原告会社の主張は失当といわざるを得ない。
4 争点(4)について 原告X1は、被告Y2に対する本訴請求債権をもって反訴請求債権との相殺を主張するが、原告X1の被告Y2に対する本訴請求は理由がないことは上記2に説示したとおりであるから、原告X1の相殺の意思表示は無効というほかない。
5 結論 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告X1が被告Y1に対して99万8254円及びこれに対する平成23年10月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告Y2の反訴請求は全部理由があるから、主文のとおり判決する(東京地方裁判所民事第18部・平成25年11月28日判決(確定))。
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