解説記事2017年06月26日 【SCOPE】 特例有限会社から大会社に、監査役は業務監査まで必要か?(2017年6月26日号・№696)

通常監査役の選任は取締役等に義務
特例有限会社から大会社に、監査役は業務監査まで必要か?

 会社法上、資本金が5億円以上又は負債が200億円以上の株式会社は大会社に該当し(会社法2条6号)、公認会計士又は監査法人である会計監査人及び業務監査を行う監査役を設置しなければならないとされている(会社法328条2項、337条1項、389条1項)。今回紹介する判決は、特例有限会社が株式会社に商号変更した際、負債が200億円以上であったため会社法上の大会社になったケースで、監査役は会計監査だけでなく業務監査まで求められるか否かが1つの争点として争われたもの。地裁と高裁では判断が分かれており注目される。被告となった監査役は税理士。中小企業の監査役に税理士が就任することも多いだけに要チェックの判決といえよう。

地裁では監査役の税理士に連帯で約7,000万円の損害賠償請求
 本件は、経営破綻した安愚楽牧場の和牛オーナー契約を締結した出資者である原告が会社や元役員らに対し損害賠償請求を行ったもの。原審である大阪地裁(平成28年5月30日、平成25(ワ)11451)では、元役員に対し約1億6,000万円の損害賠償を命じるとともに、元監査役についても約7,000万円の範囲で連帯責任を負うとの判決を下している。
株式会社に商号変更で大会社に該当  元税務職員の税理士は平成21年9月5日に安愚楽牧場の監査役に就任。安愚楽牧場の定款は、監査役を置くこと及び監査役の監査の範囲を会計に限定する旨の定めを置いており、監査の範囲が会計監査に限定される監査役(会計限定監査役)に就任することを了解したものだ。
 ただし、安愚楽牧場は平成21年4月1日の商号変更により、特例有限会社から会社法の規定が適用される株式会社となっており、その時点で負債が200億円以上であったため会社法上の大会社となっていた。なお、会計監査人は選任されていなかった。
会計監査より厳密な調査を  出資者である原告らは、監査役が適切な業務監査を行っていれば、安愚楽牧場が巨額の負債を抱えており、近い将来に破綻必至であったことなどが認識できたにもかかわらず取締役による新規募集を止める注意義務及び任務があったことを怠ったなどと主張。大阪地裁も監査役は安愚楽牧場が大幅な債務超過の常況にあり、関連会社への未払金、貸付金も多額にのぼることを認識することは可能であると指摘。監査役は取締役が株主総会に提出しようとする議案、計算書類及び事業報告並びに附属明細書の記載内容、会計帳簿を調査するときは会計監査の場合より厳密な調査を行うべき注意義務及び任務があったといえるとの判断を示した。

大阪高裁、業務監査の職責までは負わず
 一方大阪高裁では、監査役は会計限定監査役として就任する旨の監査役就任契約に基づいて就任したにすぎないため、会計監査の職責を負うものの、当然には業務監査の職責まで負うわけではないとし、原審の判決を一転して取り消している(平成29年4月20日、平成28(ネ)1923)。
 大阪地裁は、非公開会社(特例有限会社)が大会社に該当した場合、代表取締役及び株主は、速やかに会計監査人と通常監査役を選任すべきであり、それがされないのは選任懈怠であるが、この場合、会計限定監査役に通常監査役と同様の職責(業務監査も行う職責)を負わせていると解釈し、通常監査役と同じ基準で損害賠償責任を議論することは相当ではないとの判断を示した。
 業務監査を行うことを予定して選任されたのではない会計限定監査役に業務監査の職責を負わせることは会社にとって不足であるばかりでなく、業務監査の職責を果たさない場合の法的責任が生じることになるため会計限定監査役にとっても過酷であると指摘。また、大会社に該当する場合、会計監査人と監査役を選任した上、それぞれの業務を分業することになるが、これらの選任までの間、会計限定監査役が、これらの者が行うべき職務をひとりで行うことは少々無理があるとしている。

【表】高裁における当事者の主な主張
原告ら(出資者) 被告(監査役)
・安愚楽牧場は平成21年4月1日に株式会社になった時点ですでに200億円以上の負債を負っており、会計監査人の選任を要する大会社であったから、監査役は法律上当然に、会計監査のみならず業務監査を行うべき職務上の義務を負っていた。大会社にあっては、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定することができないからである(会社法389条1項)。
・適切な業務監査を行っていれば、監査役は安愚楽牧場が巨額の負債を抱えており、近い将来に経営破綻が必至であったことなどを容易に認識し得た。その場合、取締役に対し、新規のオーナー契約の勧誘を止めるよう進言する等してこれを止めさせる義務が発生したものと解される。
・仮に監査役としての業務が会計監査人に限定されるとしても、安愚楽牧場は公正妥当な企業会計慣行に従うことなく、再売買代金債務を簿外処理し、貸借対照表上の負債に計上していなかったのであり、これを是正するよう取締役に進言することをしなかった。
・監査役は、監査役就任契約を締結した際、定款を示され、監査の範囲が会計監査に限定される旨の説明を受け、会計監査のみを行う監査役に就任することを承諾した。また、監査役在任中、会計監査人が置かれることはなかった。このような場合、監査役が監査役就任契約で委任された業務(会計監査)を超えて業務監査を行う前提を欠くものと解される。
・仮に平成21年4月1日の株式会社への移転時点で監査役が定款変更手続を経ることなく法律上当然に業務監査まで行う義務を負うに行ったとする原判決が正しいとすれば、監査役就任契約に係る意思表示は、業務の範囲という契約の要素に錯誤があるから無効である。
・監査役が業務監査を行う義務を有していても義務懈怠はない。監査役が行う業務監査とは、取締役の職務の執行が法令・定款を遵守して行われているかどうかの監査であるところ、監査役は、取締役や経理職員から事業概況の聞き取り調査をし、会計監査人による監査を受けるよう指摘するなどしていた。

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